甘チョコ酒

    作者:柿茸

    ●恋する乙女の家
     世の中はもうすぐバレンタインデー。日本中がチョコ塗れになる日。
     それに乗っかり、3人の恋する乙女が、1人の家に集まってチョコ作りを行っていた。全員が全員、本命の相手がいる。ならば渡すべきは手作りチョコレート一択。
     手作りと言っても、市販のチョコレートを溶かして型に入れて固めるだけなんですが、愛情さえ籠っていればいいのです。
    「ねー、次はどうするの?」
    「えっと、ちょっと待ってね」
    「んー美味しいー♪」
    「ちょ、何食べてるの!!」
     そんな会話をしながら、湯煎で溶かしたチョコレートを前に和気藹々と盛り上がる女の子たち。
     誰が狙いなのだとか、学校の噂とか、色んなことを話しながら作業はゆっくりと進んでいく。
    「私……告白に成功したらどうしようかなぁ……」
    「んー、このチョコ甘いわね……ちょっと酸っぱいパインでもつけておこうかしら、好きだし」
    「告白に成功したらパーティしよっか!」
     微妙なフラグ3連発。
     その数秒後。
    「この家から甘ったるチョコの匂いと雰囲気の気配!」
    「見つけたぞ!」
    「バレンタイン殺すべし!」
     喧しい言葉と共に台所と一体化しているリビングの窓やら、リビングの入口やらが勢いよく開き、コサック帽を頭に乗せた変な男共がコサックダンスをしながら入室してきた。
     いきなりの事に訳も分からず呆然とする女の子達。その目の前に置かれていた、今まさに型に入れられようとしていたチョコレートが入ったボウルを奪い取るコサック男、もといコサック怪人共。
    「ヒャッハー! チョコレートだぁー!」
    「ウォッカチョコレートにしてやるぜー!!」
    「ロシアと言えばウォッカだよね!」
     そしてチョコに投入されるウォッカ。室内がアルコール臭くなり、女の子達の悲鳴が響き渡る。
    「待てーい!」
     そこに響き渡る声。コサック怪人がそのダンスの動きを一瞬にして止めてリビングの窓を見る。
     酒樽を肩の上に乗せて……というか頭が酒樽になっている、着流し日本刀にマントというよく分からない出で立ちの何かが窓から入ってきた。
     そして怪人共を1体ずつ、順に叩き倒す。
    「貴様らは何も分かっちゃいない。いいか! チョコにいれるべきは!」
     入れるべきは?
    「甘酒しかあるまい!!」
     宣言と共にお辞儀。酒樽の蓋が開き、甘酒がチョコの入ったボウルどころか台所一体に溢れだした。
     そんな怪人の酒樽には、甘酒、とでかでかと書かれていた。
     
    ●教室
    「チョコがそろそろ安くなる日だね」
     田中・翔(普通のエクスブレイン・dn0109)が、相変わらずカップ麺を啜りながらそんなことを言う。
    「独り身の皆も嫉妬とかマスクとか被って襲撃して返り討ちにあってないでさ、チョコ大量に買って食べようよ。美味しいよ?」
     余計なお世話だ! と誰かが叫んだような気がしなくもない。
     それは置いといて、カップ麺を食べ終えた翔がおもむろに地図を取り出す。石川県の金沢市を示す地図には、一部に赤丸でマークがつけられていた。場所的に住宅街だろうか。
    「チョコを作っている女の子の家に、甘酒怪人が現れる。コサック怪人3体引き連れて。それで女の子の作っているチョコを駄目にしちゃう」
     何それ嫉妬?
    「そういうわけじゃないみたいだけど、少なくとも甘酒怪人は」
     ということはコサック怪人はそうでもないということを暗に示していることであり。全くもってはた迷惑もいいところである。一部、いいぞもっとやれと言っている灼滅者もいそうではあるが、ご当地怪人相手ならば灼滅せざるを得ない流れなのは確定的に明らか。
    「えーと、怪人達の使ってくる技なんだけど」
     コサック怪人はウォッカを瓶からラッパ飲みして火を吹いてくる、コサックダンスしながら。火は勿論、遠くまで届き、当たると燃えてしまう。
     甘酒怪人はその腰に刺している日本刀で斬りかかってきたり、熱々の甘酒を辺りに撒き散らしてくる。
     日本刀による一閃は居合斬りのソレに非常に近い。甘酒を撒き散らす技は周囲一帯に広がり、足場が悪くなり足止めされてしまう。
     なお、戦闘場所は友達と一緒にチョコを作っている女の子の家の台所&リビングになるだろう。少々狭いが戦う分には問題ないはずだ。
    「怪人たちはチョコに気を取られているから、奇襲をかけてもいいかもね」
     どのタイミングで突入するかは任せるけど。
    「でもなんでチョコを狙ってるんだろうね?」
     怪人でもリア充爆発してほしいのかな? と翔は首を傾げる。
    「まぁ視えなかったから考えても仕方ないし、折角作ろうとしたチョコを台無しにされるのも悲しいし、何より視えちゃったご当地怪人だし」
     しっかりと灼滅お願いね。と、集まった灼滅者を見渡しながらお願いをする翔だった。


    参加者
    敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)
    高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)
    明日・八雲(十六番茶・d08290)
    千葉魂・ジョー(ジャスティスハート・d08510)
    土岐・佐那子(高校生神薙使い・d13371)
    祟部・彦麻呂(災厄の煽動者・d14003)
    高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)
    妃水・和平(ミザリーちゃん・d23678)

    ■リプレイ

    ●ご当地怪人の事より、かわいい女性をちゃんと演技できるか心配です
    「実は、余りバレンタインと言うものと関わりが無かったのでイマイチ事の重大性がわからないのですよ」
     料理本を読みながら土岐・佐那子(高校生神薙使い・d13371)が今更ながらに呟く。隣では祟部・彦麻呂(災厄の煽動者・d14003)が妃水・和平(ミザリーちゃん・d23678)に作り方を教えてもらっていた。
    「ご当地ってホント何考えてるのか分からない。とか言って油断してるとたまに物凄い事してくるし、結局は灼滅するしかないのかな……」
     彦麻呂の言葉。ダークネスですし、と苦笑する和平が、ふと気が付いたように2人の顔を見る。
    「私はまだ友達少ないからクラブのお友達にあげるだけなんですが、お二人はどうなんですか?」
    「え、そ、それはその……」
    「私はあっすー先輩に!」
     しどろもどろになる佐那子。あげる人が決まっているような彦麻呂。和平の顔が佐那子に向けられる。
    「えー、佐那子さんもかわいくて素敵なのに義理ばっかりなんですか?」
    「ぎ、義理?」
     義理とは何ぞや。頭の上に疑問符が浮かぶ佐那子。軽く引きつって笑いを作っていた口がふと真顔に戻り、軽くため息をつく。
    「……ごめんなさい、可愛い女性を演じようと思ったんですが無理です。まぁ恋する乙女の邪魔をするなと言うことでご当地怪人を懲らしめてやります」
    「早いよまだご当地来てないよ!!」
     それはそうとして、和平ちゃんせっかく可愛い顔してるのにー。やだ、そんなことないですよ。
     そんな会話をしている台所兼リビングの隣の部屋。
    「この時期は妙に必死だったり殺気立つ奴も多くて、バレンタインデー怖いって思う事もあるが……」
     うむ、和気藹々って感じだな。結構結構。
    「いや聞こえてくる会話が不穏なんだが」
     駄目ですよ直接炙って溶かそうとしちゃ!
     あ、確かに焦げ付いちゃうもんね。油注げばいいかな?
     違うと思います。
     ……メシマズ的な意味とか、火災的な意味で。
     目を閉じてうんうんと頷いている千葉魂・ジョー(ジャスティスハート・d08510)に敷島・雷歌(炎熱の護剣・d04073)が真顔を向けた。
    「いやー、バレンタインって何言っても負け惜しみみたいになるからなー。大人しくやりすごそーと思ってたけど」
     努力の結晶のチョコを奪おうなんて怪人はさすがに見過ごせないっスね!
     そしてそんなことを言う高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)の言葉に、雷歌はしかしと腕を組んで唸る。
    「……バレンタインってご当地関係あるか……? チョコなんざ集めてどーすんだか。ロシアンタイガーにでも贈るのか?」
    「嫉妬かもしれませんけどねえ。少なくともコサック怪人達は」
    「情けねえ……」
     高瀬・薙(星屑は金平糖・d04403)の意見。エクスブレインの言葉からしても否定はできない故に肩を露骨に落としてため息をついたコワモテ系リア充。
     ところで、と薙が別室で待機している男性陣を見渡す。
    「明日君はどこに?」
     明日・八雲(十六番茶・d08290)の姿がこの部屋の中に見えない。
     ああ、と答えを返したのはジョー。
    「八雲ならクローゼットに隠れてるぜ」
    「「は?」」
     その頃。
    「(嫌いじゃない、この怪人たち)」
     エクスブレインから聞いた情報を思い返しながら。リビングのクローゼットの中で体育座りしている八雲だった。
     クローゼットの隙間から見える視界には、(主に彦麻呂の起こす頓珍漢な料理行動に)騒ぐ女性陣の姿。
     その姿は、通報されてもおかしくなかった。

    ●女の子が一生懸命作ったチョコを奪うのは許しませんよっ!
    「この家からどこかメシマズな雰囲気!」
    「メシマズチョコは見逃す!」
    「だがバレンタイン殺―――」
    「そぉい!!」
    「リキュルンッ!?」
     突如突入してきたコサック怪人共。彦麻呂がとりあえず、一番近くの怪人の側頭部をフォースブレイクで張り倒す。
    「バレンタインは女の子が頑張る日なのに、それを邪魔するような人だからチョコ貰えないんですよー!」
     和平も口を尖らせながら、結界を台所に張ってチョコに手を伸ばした別の怪人を追い払った。結界に弾かれて怯む怪人、その懐に潜り込む影が一つ。
    「……斬る」
     神霊剣が恐怖に慄くコサック怪人の身体に突き刺さる。
    「雰囲気こいつだけ違う! というよりもイタイ!!」
    「待てーい!」
     慌てふためく怪人共。追撃を仕掛けようと女性陣が体勢を整え直したところに響く声。着流しを着た『甘酒』と書かれた酒樽が1人、窓から堂々と入ってくる。
    「貴様ら……ただ者ではないな?」
    「あ、甘酒怪人さん甘酒飲ませて欲しいんですけどっ!」
    「よかろう」
    「いやそうじゃねえだろ!!」
     空気を読まない和平、甘酒怪人。雷歌が怒鳴り込んできたその時にはリビングに甘酒がぶちまけられていた。
     そこへジョーが飛び出して来る。
    「ハッハッハ! すり替えておいたのさ!」
     ドヤ顔で指を突き付けるジョー。実際、元々エクスブレインが視た女の子達は予め魂鎮めの風で眠らせて別室に避難させてあります。条件は『女の子3人がチョコを作っている』だからバベルの鎖に引っかからないもん!
    「手作りと甘い雰囲気にドキドキする男! 千葉魂ジョー!」
     チョコに甘酒を入れるとは……許せルっ!?
     足を滑らして盛大に後頭部を打った。最後は許せんって言おうとしたんですよ、足滑らせて舌回らなかったんですよ。
    「あっつ! 甘酒あっつ!!」
     そして彦麻呂が甘酒の熱さに悲鳴を上げていた。
     ズズッ。
    「甘っ!!」
    「飲むなよ!!」
     脊髄反射的な雷歌のツッコミ。リビングのクローゼットが盛大に開く。
    「あっ、まろちゃんが甘酒に飲まれる!」
    「誰だお前は!?」
    「それ俺が言われるべき台詞!」
    「危ない! おかゆ頼む!」
     慌てふためくストーカーもとい八雲。咄嗟に霊犬のおかゆに指示を出す。
     頼むって何をだよ、と言いたげにギロリと睨みあげた長い耳のふわふわ霊犬は、とりあえず浄霊眼で治療しておいた。
    「まあ良い、そのチョコを渡せ」
    「ちょっと待ったぁー!」
     今度は麦の声が響き渡る。
    「いやいや、チョコに入れるなら栃木のイチゴでしょー!」
    「ウォッカに決まってジンッ!?」
     コサック怪人が甘酒怪人に殴られたのを見て、ホントに仲間なのかなぁ……とか思いつつもずかずかと、甘酒の海を踏みつけながら歩み寄る麦。
    「チョコに酒入れるっつーか、酒にチョコフレーバーつける方がいーんじゃないっスか?」
     チョコ味ってだけで女子人気があがりますって多分!
    「ほ、本当か?」
    「ヒャッハー! ウォッカチョコだぁー!!」
     にわかに色めき立つコサック怪人共。駄目だこいつら早く灼滅しないと。
    「お祝いにパーティだぁー!」
    「いやその流れはおかしいっス!?」
     そして有頂天になった怪人の一人が、激しくコサックダンスをしながらウォッカをがぶ飲みして火を吹いてきた。間一髪避ける麦。それに触発されて続けざまに2本、火柱が部屋の中を駆け抜ける。
    「家の中で火吹いたりするんじゃねえ!」
     今日は俺も何となくレーヴァテイン使ってねえのに! とオーラキャノンで無理矢理コサック怪人を黙らせるジョー。
    「やめるんだ! まろちゃんが燃える!」
     ツッコみ代わりにおかゆに蹴り飛ばされる八雲。一方、心配された彦麻呂は、甘酒を啜りつつ腕を異形化させてコサックをぶん殴った。錐もみ回転で吹き飛ぶコサック怪人。その身体が薙の影に飲み込まれる。
     影がもぐもぐして、ぺっと吐き出される怪人。その身体が徐々に透けてきている。
    「リア充……爆……発」
     ああ、やっぱりチョコレートにトラウマというかバレンタインにトラウマがあったのか、とかそんなことを思いながら、薙はコサック怪人の消滅を見届けた。
    「どうせあれだろ、チョコもらえねえからって妨害作戦だろ」
    「何故それを!」
    「分からない方がおかしいです」
    「嫉妬格好悪いです!」
     消滅しながらのトラウマ声を聞いた雷歌が別のコサック怪人に踏み込む。うろたえながらもコサックの動きは乱れない怪人に佐那子が冷静にフォースブレイクを叩き込み、和平がメロディに乗せながらきつい一言を入れた。
     さらに、雷歌のビハインドの紫電が霊撃を叩き込む。ぐぬぅっ、と唸る怪人。
    「くっ……貴様ら、その滲み出るバトルオーラ、リア充だな!?」
    「そうだぜ。去年までの俺と同じと思うなよ?」
     そしてドヤ顔の紫電。雷歌の父親であるので、それはつまり既婚者ということであり。
    「(リア充の極みだよなつまり)」
     チラリとその横顔を見た雷歌に炎が襲い掛かった。焼かれる痛みは、直ぐにリア充仲間の八雲の祭霊光によって鎮まる。
    「ぬるいな、炎ってのはこういうもんだよ!」
     反撃のリア充レーヴァテイン。独り身は灼滅される。
     容赦なく使われたレーヴァテインをジョーが何とも言えない目で見つめる向こう。麦がイチゴチョコキックで残りの怪人を吹き飛ばし、それを薙の霊犬であるシフォンが六銭文で撃ち抜いていた。

    ●お約束だが何度でも言うぞ
     残りが甘酒怪人だけとなってから数分後。リビングの中は甘酒だらけになっていた。灼滅者の達の心を占めるのは怪人のほかに。
    「甘酒とかウォッカファイヤーとか派手にやってくれたなおい……」
    「家は綺麗にして帰ろう……」
    「あ、でも金沢の甘酒は米と糀の甘さって聞いた……興味ある! ちょっとくらい味見したっていいっスよねっ……?」
     掃除の大変さと甘酒美味しそうということばかり。
     再度撒き散らされる甘酒。すぐさま踏み込んだ雷歌が、撒き散らされた甘酒の上を踏みしめながら低い声で呟く。
    「甘酒は! 飲み物であって!! そういう用途に使うんじゃねええ!」
     拳と共に放たれる心からの叫び。誰が掃除すると思ってんだよ! の言葉と共に殴り飛ばす。
     受け身をとって転がり起きる甘酒怪人に影が落ちる。酒樽が上を向くと、視界にロケットハンマーを振り上げた麦の姿。
    「俺、ハンマーで蓋叩き割る……樽開き? ってのやってみたかったんスよねっ」
    「ぬおおお!!」
     咄嗟に転がった怪人の真横を、ロケット噴射したハンマーが通り過ぎていく。息を荒げながら片膝立ちになり、刀に手をかける怪人。
    「殺す気か貴様! ならば斬る!」
    「お前も殺る気じゃねーか!」
     麦を刀が一閃。和平から回復が飛ぶが回復しきらない傷をみた薙がシフォン、と声をかける。
     床に飛び散った甘酒を舐めていた霊犬が口元を舐めながら顔を上げ、浄霊眼を麦に向けた。
     一方、刀を収めて残心させる間も与えずにジョーが閃光百裂拳を放っていた。
    「しかし酒入りのチョコか……洋酒の奴とかあるよな?」
     だが甘酒はどうなんだろうなあ。
    「意外といけそうな気もするが」
     そんなことを呟きつつも最後の一発。間髪入れず佐那子が鬼神変にて殴りかかった。
    「その酒樽かち割ってくれる」
     皆割りたいのね。おかゆも甘酒の酒樽に齧りついているし。
    「おかゆちゃんが甘酒飲むのって共食いなのかな?」
    「違うと思うよ」
     それを見ていた彦麻呂が神霊剣を突き刺しながら首を傾げる。薙が冷静に返しながらもギルティクロスを打ち込んでいた。八雲は、いけーおかゆ頑張れー、とリバイブメロディでおかゆを応援することに夢中でその言葉に気が付いていない。
    「ぐ、ぬぅぅぅ……!」
     ボコボコに殴られふらふらになりながらもなんとか立ち上がった甘酒怪人。構え直す灼滅者達だが、体勢を整え直すその一瞬の隙をついて、一気にリビングを走り抜ける。
    「あっ!?」
    「ふはは、頂いたぞ!!」
     台所から強奪するはチョコが入ったボウル。取り返そうと麦と八雲が走るが、その前にボウルが、酒樽の中に放り込まれた。
    「食ったー!?」
    「あれ食べたっていうの!?」
    「ふおおぉぉぉ……力が漲ってくる……!」
    「くっ……なんて気迫だ……!」
    「乗らなくていい!」
    「でも実際なんか、大きくなってません?」
    「「「えっ」」」
     色んな意味で慌てふためく灼滅者達の目の前で、確かに酒樽怪人がでかくなりつつあった。自分たちよりもちょっと背が高いぐらいだったのが、今やもう天井に酒樽が付きそう、と言ってる間にも前かがみにならないと天井突き破るというか横幅もデカくなって。
     このままじゃ部屋がやばい。全員がそう思い、一声に攻撃を仕掛ける。しかし弾かれたり、刺さらなかったり、当たっても全く聞いた様子がなかったりと、非常にまずい事態になったと察する。
    「ククク……さぁ、捻りつぶしてくれよう!」
    「口調まで変わってるし」
    「怪人のお約束とは言えこれはやべえ!」
    「来るぞ!」
     身構える灼滅者達。刀の柄に怪人の手がかけられ―――一閃。
     刀が、怪人の腹に突き刺さっていた。
    「……え?」
    「あれ?」
    「グフゥッ!? さ、催眠とは卑怯な……ぐおおおおおお!!」
     崩れ落ちながらも消滅していく怪人。
    「「「……」」」
     部屋の中を包む居た堪れない沈黙。
    「な、なんかごめん……」
     そして、催眠をかけていた張本人の薙は申し訳なさそうに目を逸らした。

    ●せっかくなので作ったチョコ、皆で食べませんか!
     ぐだぐだな空気の中、和平がそう言って手を打った。
    「いや、勝手に人が買ったチョコを使うのは……」
    「ちゃんと別に買ってあるので大丈夫です」
     佐那子が指差した先には、別のボウルに入れられたまだ溶かされていないチョコ達。
     その間にも和平が男性陣にチョコを配っていく。
    「敷島さんは麦チョコ、明日さんは犬型チョコ、高沢さんはイチゴチョコ、高瀬さんは星型のチョコ、千葉さんはピーナッツチョコ!」
     それぞれをイメージして作りました! とお礼を言われ胸を張る。その傍ら。
    「私も作ったの! はい、皆さんどうぞ」
     彦麻呂もチョコを皆に手渡し始める。その瞬間、八雲の顔が固まった。
     それに気が付かず、彦麻呂は八雲の前に立ってチョコを口元に差し出す。
    「はい、あっすー先輩♪ あーん♪」
    「ま、まろちゃんのチョコ……」
     ギギギ、と立ちそうな音を立てて八雲の顔がぎこちない笑みを作る。冷や汗がだらだら流れていて察した者はその時点でそっと、彦麻呂製のチョコをしまった。
     ごくりと唾を飲み込み、勇気を振り絞って口を開く。放り込まれるチョコ。舌の上で溶け染みる味。
    「オイシイ!」
     それが、白目をむいて倒れた八雲の最後の言葉だった。おかゆはおかゆでざまぁないと言わんばかりに主人を見つめている。
    「八雲さんー!?」
    「何を入れた!」
    「えっ……ええと、何入れたっけ」
     テヘペロする彦麻呂。ふと思いついて薙がシフォンに彦麻呂製チョコを向けてみる。全力で首を横に振られた。
     掃除以上に手間を増やすな! あ、和平さん製チョコは美味しい、とギャーギャーとうるさくなった仲間達を見ながら。
     自分のチョコは大丈夫だろうか、と部員に配ることにしたチョコを見ながら、不安になる佐那子だった。

    作者:柿茸 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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