徘徊する鬼の亡者

    作者:刀道信三

    ●新宿の繁華街の一角
    「あー……太陽が黄色い、眩しくてとける……」
    「もう始発動いてるよな。さっさと帰ろうぜ……」
     まだ太陽が昇ったばかりの時間帯に、大学生らしき二人がヨロヨロとした足取りで駅の方に向かって歩いていた。
    「ん、何だあれ?」
    「どうした?」
    「いや、ちょっと見間違いかもしれねえけど……」
     彼らが歩いている道より一本外れた比較的人通りの少ない道を、四つの人影が駅とは逆方向に歩いて行く。
     早朝とはいえ新宿の繁華街を人が歩いていること自体は珍しいことではない。
    「なんか頭から角みたいなもんが生えてたような気が」
    「疲れて寝ぼけてるんじゃないか?」
     そう言いつつ気になったのか彼らは人影が歩いて行った路地へと、その姿を確認してみようと軽い気持ちで入って行った。
     二人の足音に気づいたのか、四つの人影はゆっくりと彼らを振り返る。
     その頭には確かにアクセサリでもない角が生えていた。
     そしてその後二人の男子大学生の消息を知る者はいなくなったのだった。


    「こんにちは、天野川・カノンです。病院勢力の灼滅者の死体を元にしたと思われるアンデッドの出現が確認されました」
     教室にやって来ると移動型血液採取寝台『仁左衛門』に乗った天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)が待っていた。
    「ん……ちょっと口調を崩してもいいかな?」
     カノンは集まった灼滅者達の表情を少し覗うと、手許のペットボトルからお茶を一口飲み、再び口を開く。
    「このアンデッド達は一見羅刹のような姿をしていて、普通のアンデッドよりかなり強力みたい」
     このアンデッド達が出現するのは、新宿周辺であり、何かを探しているようにも見えるが、それが何かはわかっていない。
    「このアンデッド達は普段は人目を避けて活動しているんだけど、誰かに発見されたりしたら、その相手を殺そうとするみたいだから、放っておくと被害が出てしまうかもしれないんだよ」
     既に死亡して自らの意思はないとはいえ、アンデッドにされた元病院勢力の人造灼滅者達を思い、カノンは複雑そうに視線を落とした。
    「見つけることさえできれば、アンデッド達の方から襲ってくるから、逃がさず戦うことは簡単だよ」
     そう言いながら未来予測によって予知された、アンデッド達と接触できる場所を示した地図を、カノンは灼滅者達に渡す。
    「アンデッド達は普通より少し強力で、4体でダークネス1体分くらいの強さがあるよ。特別強い固体はいないけど、一対一の状態になると危ないから、みんなで協力して戦った方がいいと思うよ」
     アンデッド達とは意思疎通は不可能なものの、武器を手にサイキックを繰り出してくるので注意が必要だ。
    「アンデッド達が何かを探しているのを止めないといけないけど、わたしは死んじゃった病院の人達がこれ以上利用されるのを見たくないよ。どうか、みんなの力で彼らを安らかに眠らせてください」


    参加者
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)
    禰宜・剣(銀雷閃・d09551)
    南谷・春陽(春空・d17714)
    愛川・優香(陽だまり・d24185)

    ■リプレイ


    「……あの戦いを思い出すわね。病院灼滅者を助ける為に突撃したのを」
     禰宜・剣(銀雷閃・d09551)は地図を手に歩きながら、ダークネスの襲撃から殲術病院を守った戦いを思い出していた。
     しかし今回アンデッドにされてしまった人造灼滅者達がいるように、すべてを救えたわけではなかった。
     剣はもっと早くダークネスの襲撃に気づき対応できていればと、悔しげに歯を噛みしめる。
    「学園に人造灼滅者さん達が来た矢先に、こんな事件が起こるだなんて……」
     武蔵坂学園に合流してくれた病院勢力の人造灼滅者達を思い南谷・春陽(春空・d17714)は複雑な表情を浮かべていた。
    「何を探しているのか気になるけど今はアンデット達を灼滅しないとね。病院の人達も自分の仲間をアンデットにされた上に手駒にされたんじゃ許せないだろうし、本格的に探すのは終わった後だね」
     叢雲・秋沙(ブレイブハート・d03580)は仲間を鼓舞するように明るい声で言う。
    「死してその身を利用される……魂がこの場に在ればさぞ悔しい事でしょうね。すぐに解放してあげるからもう少しだけ待っててね」
     新宿のビルとビルの合間に神薙・弥影(月喰み・d00714)の呟きの声がこぼれた。
     新宿とはいえ、昼間に駅や繁華街を離れれば人気は少ない。
     人目を避けて行動をしているアンデッド達の居場所は、そんな都会の中にあって静かなところを地図で示されていた。
    「己の死後も他者に利用されるというのは気に入らないだろう。何より見るに堪えん。黄泉路への先導は務める」
     叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)は前を真っ直ぐ見据えながら視線に力を込めながら歩く。
    「この人たちはダークネスと戦って負けて亡くなって、今は利用されて、さぞ無念だろうな」
     白い息を吐き出しながら、若宮・想希(希望を想う・d01722)は何気なくビルに囲まれた冬の空を見上げた。
    「俺だったらさっさと止めてほしいから、この人たちがこれ以上苦しまないように、ここで出来るだけ早く終わらせる」
     想希が視線を戻した先、目的地まではもう少しである。
    「病院勢力の灼滅者のアンデッドと対するのは二度目だ。彼らの身体をこんな風に使う黒幕について知りたい。死んでまで利用される存在を、早く無くす為に」
     桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)は鍔を触りながら帽子を目深に被り直し、人造灼滅者のアンデッドに対する決意を言葉にした。
    「新宿でアンデッド達が何を探しているのかとても気になるんだけど、カノンちゃんの気持ちを考えるとアンデッドにされた人たちを直ぐにラクにして上げたいなと思うんです。そしてほんの少しの手掛かりでも掴めるなら掴みたいのです」
     愛川・優香(陽だまり・d24185)が、ぐっと拳を胸元で握りしめて気持ちを奮い立たせる。
     そうして灼滅者達はあとひとつ路地を曲がれば地図の示す場所まで来ていた。
     耳を澄ませば人ならざる者の声が聞こえるような距離である。
     灼滅者達はアンデッド達を安らかに眠らせるべく、スレイヤーカードを片手に戦場への角を曲がった。


    「グルルォ……!」
     命令通りに動くだけの人形であるアンデッド達にとって、灼滅者達との遭遇もただ目撃者を消そうという反応を見せるだけで、当然のことながら動揺などすることなく灼滅者達に躍りかかる。
     腐敗した機敏には見えない体がワイヤーに引っ張られるような動きと速度で跳躍し、ライフルを持っていない2体の腕部が肥大化、その凶器となった腕で春陽を殴り飛ばすが、直撃を避けしっかり防御したことで2、3メートルほど押し返されただけで持ちこたえた。
     2体が飛びかかっている間にバスターライフルを構えていた2体から、優香に向かって二条の光線が銃口から放たれ、仲間が攻撃を肩代わりする暇もなく命中する。
     比較的体力の強くない優香は、火力を担うアンデッド達の集中砲火を受けて軽くはない傷を負った。
    「こいつら武器を使うだけじゃなくて手強い」
     秋沙は赤いグローブを手早く着けつつ、春陽を狙って前に出てきていたアンデッドの片方の懐にステップインし、フェイントの拳を避けさせたところで足許から影業を展開して覆いつかせる。
    「喰らい尽くそう……かげろう」
     弥影がスレイヤーカードを解放すると、影業は漆黒の狼のようなシルエットとなり、弥影はそれに乗るようにしてライフルを持ったアンデッド達に接近、鬼神変で異形化した腕で1体を殴り倒す。
    「貴方たちの出番はまだよ」
     敵陣に切り込んだ弥影にアンデッド達が反撃するより早く、弥影は魔導書を手にし、ゲシュタルトバスターでアンデッド達の肉体を爆破炎上させた。
    「……こうするしか無くてゴメンな」
     南守はアンデッド達の体に、通常のアンデッド達にないものがないか観察しながら、腕を突き出して契約の指輪を照準し、魔法弾でアンデッドの手首から先を撃ち抜く。
     頭に黒曜石の角、手には殲術道具を持っているが、それは人造灼滅者の特徴であり、南守は特別変わった部分を見抜くことはできなかった。
    「一凶、披露仕る」
     片方の手首を失ったアンデッドの背後に音もなく忍び寄っていた宗嗣の刃が、アンデッドの肉を横一文字に切り裂く。
    「眠って下さい……もう、戦わなくていいんです」
     想希は眼鏡を外すと両手から鋼糸の結界を張り巡らせていき、アンデッド達の動きを封じていく。
    「悔しいだろう……無念だろう……その魂、解放する!」
     糸の結界に足を止めたアンデッド達に、剣から放たれた黒い殺気が広がり、覆い尽くしていった。
    「これ以上あなた達に誰も傷つけさせはしないわ」
     春陽はアンデッド達の射線を優香から遮るようにしながら、集中攻撃を受けているアンデッドにクルセイドソードを一閃、更にもう片手で持ったマテリアルロッドを攻撃の流れに乗せて同じ軌道で振り抜き、アンデッドをビル壁に叩きつける。
    「……まだこんなところで倒れるわけにはいかないよ」
     優香は自らに集気法を使うことで傷を塞ぎつつ体勢を立て直した。
     意思のないアンデッドとはいえ、戦闘に関しては合理的な戦術を取り、1体1体の能力は灼滅者達一人一人を上回っているため、油断はできない。


     ライフルを持っていないアンデッド2体は同時にシールドリングを集中攻撃を受けていた方の固体の周囲に展開し、肉体の損傷を修復した。
     残ったアンデッド達も今度は無造作に腕を振るい神薙刃で再び優香を集中的に狙う。
    「させないわよ」
     事前に射線に立ち塞がっていた春陽が一撃を肩代わりすることで、なんとか優香の受けるダメージをギリギリで戦闘続行が可能な範囲に留めることができた。
     しかし毎回攻撃から確実に庇うことはできない。次もアンデッド達が優香を執拗に狙ってくるようなら守り切ることは難しいだろう。
    「早く頭数を減らさないとまずいわね」
     弥影はガトリングガンから弾丸の嵐をバラ撒きながら歯噛みした。
     4体を狙うと思うように状態異常を与えることができず、バスターライフル持ちの動きを上手く抑えることができない。
    「早く倒れてくれ」
     南守もバスターライフルでアンデッドの脚を狙撃し、遊底を引きながら焦りを隠せずにいた。
     アンデッドも攻撃と回復の役割を分担しており、手早く各個撃破するという流れに持ち込めない。
     攻撃が命中しないほどの能力差はないが、相手も攻撃対象をしぼって灼滅者達の手数を減らすことを狙ってきているため、下手をすれば数的有利を切り崩されかねない状況だ。
    「しつこいよ。これならどうかな?」
     秋沙のバベルブレイカーが噴煙をあげながら吸い込まれるようにアンデッドに叩き込まれ、射出された杭が体の中心を打ち貫く。
    「もう眠ってくれ。これ以上苦しむことはない」
     宗嗣の鉛色のオーラを纏った拳の乱打が、腐って脆くなったアンデッドの肉体を打ち崩していく。
    「これ以上意に添わぬことはしなくていいんですよ」
     鞘走らせた日本刀から想希が月光衝による斬撃を放つが、バスターライフルを持ったアンデッドを、リングスラッシャーのアンデッドがそれぞれ1体づつ攻撃に割り込んで庇った。
    「あんた達のいる場所はここではない。後はあたしらに任せて眠れ!」
     その直後にアンデッドの懐に踏み込み剣が大上段から振り下ろした日本刀が、1体目のアンデッドを両断し灼滅する。
    「侮っていたつもりはないけど……」
     春陽は防具を血に濡らし、立っているのもやっとという様子の優香を背に庇いつつ、クルセイドソードからの祝福の風を優香に放った。
     敵は1体倒せており、負傷しているのも春陽と優香だけと、戦況は悪くない。
     しかし優香の傷は自身での治療と合わせても応急処置で回復できる限界で、アンデッド達の無機質な銃口は無常にも優香を照準している。
    「さすがに狙いまでわかっていれば読み切れますよ」
     アンデッド達の撃ったバスタービームの一発は春陽が壁となって防ぐが、その横を抜けた光条が優香を撃ち貫く直前に想希が射線上に走り込んだ。
    「想希先輩、春陽先輩、ありがとうございます」
     優香は度重なる失血に呼吸を乱しながらも、気丈に笑顔を作りつつ庇ってくれた二人に礼を述べる。


    「これでトドメだよ!」
     秋沙が投擲して突き刺したクルセイドソードの天叢雲剣の柄を、アンデッドが展開していたシールドリングごと蹴り抜いて灼滅した。
     1体目のアンデッドを灼滅した段階でこのアンデッドはほぼ無傷であり、狙われる優香が自身の回復に手一杯になっていたため、弥影と南守がそれを庇う春陽と想希の回復に回り、戦線を支えることはできていたが、攻め手を欠いて2体目の灼滅には時間がかかった。
    「しまった!?」
     2体目のアンデッドを灼滅したという集中の途切れを突くように、バスターライフルを持った2体のアンデッド達は別々のビルの壁を蹴るように跳躍し、空中から十字砲火を仕掛ける。
     一方は咄嗟に南守がバスターライフルの銃身を狙い撃つことで射線を逸らすが、正面からの攻撃に構えていた想希と春陽は動くことができず、優香が倒れた。
    「あたしは、大丈夫です……あとを、お願いします……」
     血だまりが広がる中で、優香は最後の力を振り絞り、自らの命の無事を仲間に伝えてから気絶する。
    「愛川さんの安全を確保するためにも、あと2体イッキにいくわよ!」
     狼を模した弥影の斬影刃の顎が着地したアンデッドの片腕を背後から食い千切った。
    「灰塵と散れ」
     追撃するように間合いを詰めた宗嗣の短刀と刀が、片腕を失いバランスを崩したアンデッドを乱れ斬り、言葉通り灰のように細切れになりながら消滅した。
     バスターライフルを持つアンデッド達も範囲攻撃の余波に曝され続け無傷ではなく、リングスラッシャーのアンデッド達ほど頑丈ではないため、ここまでの戦闘でダメージが蓄積している。
    「もらったわよ」
     残った最後のアンデッドが振り返る方向の反対から駆け寄った剣が、交差すると同時に日本刀で横薙ぎに一閃し、上半身と下半身が真っ二つに分かれた。
    「これでラスト、安らかに眠りなよ」
     胴から下を失いながらもバスターライフルを構えようとするアンデッドの落下点に駆け込むようにしながら、秋沙のバベルブレイカーがアンデッドに叩き込まれる。
     杭に打ち抜かれたアンデッドは、他のアンデッド達と同じようにサラサラと灰となり、そのあとには風に吹き散らされ何も残らなかった。
    「……剣先輩、そういえば人造灼滅者さん達の身元は?」
     アンデッド達を灼滅し終え、仲間達の処置により意識を取り戻した優香が、事前にアンデッド達について調べようとしていた剣に問う。
     優香の負った傷は深く、一命は取り留めたものの自分で立つことはできず仲間に支えてもらっていた。
    「未来予測の情報だけでは結局彼らの名前まではわからなかったわ……」
     無念そうに剣は顔を俯ける。アンデッド達の証拠を隠滅するように、灼滅されたアンデッド達は消滅し、彼らの目的について捜索しようと考えていた灼滅者達は情報らしい情報を掴むことができなかった。
    「せめて今度こそ安らかに……」
     誰の口とはなしにポツリと供養の言葉が漏れ、灼滅者達はしばし黙祷を捧げると、新宿の街をあとにした。

    作者:刀道信三 重傷:愛川・優香(陽だまり・d24185) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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