――その光景を目にすれば、誰でも目を疑っただろう。
「は?」
事実、そのサラリーマンも目を疑った。新宿、その都会のど真ん中に、『ソレ』がいたのだから。
それは、獣だった。真紅の毛並みを持つ、大型犬よりも一回りは大きい猫――少し小ぶりな虎やライオンを思わせる獣が、路地裏を歩いていたのだ。
繰り返すが、ここは日本の新宿だ。このような獣が、出るような場所ではない。
獣の後ろに続くように歩くのは、二人の男だ。しかし、その表情にはまったく生気がない。歩く屍、アンデッド――ただ、普通のサラリーマンがそんな事を知るはずもなく。
『――――』
それは、一瞬の出来事だ。駆け抜けた獣の牙が炎を宿し、サラリーマンの喉笛を食い千切った……。
「本当、不運というしかないっすね」
湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は深呼吸を一つ、語り始めた。病院勢力の灼滅者の死体を元にしたと思われるアンデッドの出現――それを察知したのだ。
「新宿周辺で、何かを探してるみたいなんすけどね? 普段は人目を避けて行動してるみたいっすけど、誰かに見つかったら迷わずその相手を殺そうとするんすよ」
今回の未来予測も、その結果だ。
「ただ、まだ防ぐ事が出来る未来予測っす。みんなには、それに対処して欲しいんすよ」
アンデッド達の移動ルートは、予測済みだ。だから、人目のつきにくい路地で待ち受けていれば接触は簡単だ。
「ただ、万が一を考えてESPによる人払いはお願いするっす。光源とかは電灯とかがあるんで、一応大丈夫っすよ」
問題の敵は、イフリートのアンデッドが一体、そして、男のアンデッドが二体だ。この三体は揃ってダークネス一体分程度の戦力がある、と思っていい。特に、イフリートのアンデッドの方が、わずかながらも強力だ。十分に注意を払う必要がある。
「何を探しているのか? まったくわかんないんすけどね。まずは、それよりも犠牲者が出る前に終わらせてあげてほしいっす」
アンデッドにされた人造灼滅者もそれを望まないはずっす、と翠織は厳しい表情でそう締めくくった。
参加者 | |
---|---|
伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695) |
夕永・緋織(風晶琳・d02007) |
皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155) |
パメラ・ウィーラー(シルキー・d06196) |
紺野・茉咲(コードレスナイト・d12002) |
安田・花子(クィーンフラワーチャイルド亚・d13194) |
八神・菜月(徒花・d16592) |
山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836) |
●
深夜、薄汚れた路地裏で紺野・茉咲(コードレスナイト・d12002)はその目を凝らした。
(「……何を探しているのだろうか? 道端に落ちている何かなのか、どこかの場所なのか? 探す様子から何か窺い知ることができたら……」)
未来予測のルートで、来る方角はわかっている。だからこそ、茉咲はその裏路地の入り口を物陰から伺っていた。
「人造灼滅者のアンデッドか、一体何者の仕業だ」
伐龍院・黎嚇(ドラゴンスレイヤー・d01695)が、低くこぼす。その厳しい表情のまま、静かに続けた。
「……ともあれ、見過ごすわけにいかない。神の身許へ送ってやろう、伐龍院の名にかけて」
「ええ、このクィーン☆フラワーチャイルド2世の名にかけて!」
黎嚇の言葉に、安田・花子(クィーンフラワーチャイルド亚・d13194)もうなずく。茉咲も二人の言葉に、決意の表情で言った。
「……はやく、終わらせてあげないとね」
茉咲がそう言った瞬間だ、八神・菜月(徒花・d16592)の眠たげな呟きを仲間達は聞いた。
「……来たよ」
視線を向けたその先、裏路地の入り口にその三つの影は姿を現す。二つは、人影だ。どこにでもいそうな普通の男が二人、生気のない顔で歩を進めていた。そして、最後の一つは二つの人影を従えるように歩く獣だ。真紅の毛並みを持つ、大型犬よりも一回りは大きい猫――小振りな虎やライオンを思わせる獣だ。
「死者を弄ぶような行為を……」
パメラ・ウィーラー(シルキー・d06196)が、小さくこぼす。死体ではなく死人にする方法、アンデッド――死の安らぎさえ踏み躙られた存在に、パメラは呟いた。
「その魂が救われますように――」
「……彼らが生きたかったとしても、きっとこんな形じゃないよね。もう、ゆっくり眠って貰おう……」
夕永・緋織(風晶琳・d02007)の言葉こそ、この場にいた全員の総意――あるいは、願いだった。
(「死した身を仇敵に弄ばれる……なんて哀れ。あなたたちの遺志は私たちが引き継ぐから、心配しないで安らかに眠るといい」)
救う事は出来ない、だからこそ討ち倒す事が最期にしてあげるべき事なのだと――強く強く、山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)はその拳を握り締めた。
「さあ、狩りの時間だ!」
「女王……それは花の如く!」
皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)が、花子が、灼滅者達がスレイヤーカードを解除して物陰から飛び出す。
「参りますわよ!」
花子が言い放ち、身構える。立ち塞がるように、囲むように配置した灼滅者達に、男のアンデッド達も武器を引き抜き、イフリートのアンデッドも低く構える。
「同じ仲間になったかもしれなかった人達の灼滅ですか……気が重いですね……屍王は赦せないです」
刀の柄を握る手に力を込めて、桜夜を凛と言い放った。
「ですが、楽しませてくださいね」
それに応えるかのように、イフリートがその口から炎を吐き出す。ゴォ! と巻き起こる炎の瀑布、バニシングフレアが夜の裏路地を赤く染めた。
●
「さぁ来るがいい、迷える者達よ。僕の光で逝くべき道を照らしてやろう」
Black Transienceで黎嚇が十字を切った瞬間、炎を掻き消していくように夜霧が立ち込める。その深い純白の霧の中から、菜月が欠伸を噛み殺して跳び出した。
「……めんどくない? 死んでから動くの」
その問いかけに、答えは返らない。菜月の異形化し巨大となった鬼神変の拳が突き上げられ、護符揃えのアンデッドを横から殴打した。アンデッドの足が浮き、壁に叩き付けられる――そこへ、花子が槍を構えて間合いを詰める。
「先代より賜りしこの槍……お受けなさい!」
回転を加えられた槍の刺突、花子の螺穿槍がアンデッドの肩を貫いた。アンデッドは引き抜くために後退する。重ねるようにビハインドのセバスちゃんが霊撃を重ねる。アンデッドは宙に浮かべた護符でその刃をかろうじて受け止め――慌てて、振り返る。背後に、金色の輝きが回り込むのが見えたからだ。
「…………」
回り込んだ緋織が、悲痛の表情で振り返ったアンデッドをシールドで殴打する。腹部を殴打されてよろけたそこへ、透流が手刀を振るい光の刃を放出した。
「イフリートを!」
立て続けに狙われた護符揃えのアンデッドを庇うように動こうとしたイフリートのアンデッドに、透流の鋭い声が飛ぶ。直後、イフリートのアンデッドの茉咲が立ち塞がり、鋭いシールドバッシュをイフリートの頭へと振り下ろした。
「……く」
手から伝わる感触に、茉咲は眉根を寄せる。今は自分の敵だ、しかし、彼等は決してそれを望んでこうなった訳ではない。炎で焼かれたその傷よりも、殴った手が痛む――殴った方が痛い事もあるのだ、と茉咲は唇を噛み締めた。
「――捕まえた。おとなしく、していてください」
音もなく、護符揃えのアンデッドが影によって締め付けられる。背後に忍び寄ったパメラの囁きに、アンデッドは壁を振りほどこうと動こうとする――それを、桜夜が許さない。
「動かせるか」
背後の死角へと回り込み、下段から刀でアンデッドの足を切り上げた。桜夜の黒死斬に、護符揃えのアンデッドが体勢を崩した、その時だ。
「来るわ」
緋織の警告の直後、冴え冴えとした月光の如き衝撃が裏路地を駆け抜けた。日本刀のアンデッドが放った、月光衝だ。ギン! というすんだ斬撃音を残し走った衝撃を緋織は眼前に掲げたシールドで、寸でのところで相殺する。
「ふぅ~」
自身を防護符で回復したアンデッドを見て、パメラはいい仕事をしたなぁ、と笑顔を浮かべた。相手も複数だ、回復に一手費やさせる事の価値を理解しているのだ。
唸り声一つなく、イフリートのアンデッドが爪に炎を宿して茉咲へと襲い掛かった。
●
混戦――そう表現するのが、もっともふさわしい戦況だった。
日本刀のアンデッドが、鋭く踏み込む。生前もたいした使い手だったのだろうか? その滑るような踏み込みの鋭さは、黎嚇は感嘆した。
「大した技だが――」
しかし、日本刀のアンデッドの踏み込みが急に止まる。ギィン! という鈍い激突音の共に火花が散った。アンデッドの斬撃を阻んだのは、電灯を背にした透流の足元から伸びた影だ。
「今日の私は実体をもたない攻撃のオンパレード……目に見えるものだけがすべてだと思わないほうがいい」
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギン! と、透流とアンデッドの間で影と刃が鎬を削る。変幻自在の影の刃と縦横無尽に振るわれる刃の攻防、その拮抗を崩さんと護符揃えのアンデッドが導眠符を放とうとした。
そこへ、舞うように緋織が降り立った。その影が鳥を形取り、護符揃えのアンデッドの脇腹を切り裂く!
「ありがとう」
緋織の口から零れ落ちるのは、感謝の言葉だ。護符揃えのアンデッドが、大きく体を震わせる――死角から、パメラが殺人注射器を突き刺したのだ。
「安らかに眠ってくださいね」
悲しげな瞳で、パメラが告げる。護符揃えのアンデッドが、崩れ落ちる。世界を守るために戦い、なお誰かの駒として扱われた灼滅者にようやく死の安息が与えられた瞬間だった。
「これぞ、女王の一撃!」
セバスちゃんの霊障波と共に、花子のデッドブラスターが日本刀のアンデッドを襲う。打ち付けられ、打ち抜かれ、日本刀のアンデッドの動きが鈍った瞬間、透流の斬影刃が一気に手足を切り刻んだ。
日本刀のアンデッドが、後方へ跳ぶ。そこへ、菜月が踏み込んだ。構えられたマテリアルロッドが放たれるより早く、アンデッドの大上段の斬撃が振り下ろされ――横へステップした菜月の真横を、刃が通り過ぎる!
「見えてた。つまんないね」
最小限度で回避した菜月のフォースブレイクが、アンデッドの胴を薙いだ。衝撃に宙を舞ったアンデッドへ、桜夜が駆ける。
「やってみようか?」
桜夜が大上段に刀を構え、アンデッドが高速で納刀する。同時に繰り出された雲耀剣と居合い斬り――紙一重で先に当て、切り伏せたのは桜夜の斬撃だった。
「残ったのは、お前だけだ」
茉咲の左手の人差し指に輝く細い指輪、かざした手から放たれた魔法弾がイフリートへと放たれる。イフリートは、穿たれながら止まることなく周囲に浮かべた七つの炎を円盤状にし、縦横無尽に走らせた。
「油断は出来ないな、仕留めるぞ」
黎嚇は夜霧隠れで仲間達の傷を癒しながら、そう告げる。それに、仲間達も身構える事で応えた。
(「一体、何者による仕業だ?」)
黎嚇が、その目を細める。人造灼滅者のアンデッド――我々が知らなかっただけで今までも存在していたのか、それとも最近になって現れ始めたのか。このアンデッド達が何を求めてさ迷っているのか、興味深くはある。
(「なんにしても、まだまだ我々も知らない事が多いという事か」)
イフリートは、暴れまわる。おそらく、生きていた頃であったのならば、この三『人』はより厳しい脅威であっただろう。しかし、そこに連携がない限り、数と連携で勝る灼滅者達を切り崩すほどの脅威ではない。
「……終わらせましょう、もう」
感受性の強い緋織にとっては、あまりにも痛く苦しい戦いだった。恋人が行った殲術病院の危機、そこでの人造灼滅者の人達も命を賭して守ってくれた事を聞いている――だからこそ、なおさら。
イフリートが、地面を蹴る。自分の喉笛を狙うイフリートの燃える爪を、真正面から迎え撃った緋織、は渾身の力でシールドを叩き付けて相殺――そのまま、腹部へと妖冷弾の氷柱を繰り出した。
ザグ! と柔らかい腹部を刺し貫かれたイフリートが、アスファルトの上を転がる。四肢を踏ん張り素早く立ち上がったイフリートへ、透流が素早く踏み込んだ。低く低く身の沈めて横回転――透流は、手刀の形に整えた右手にまとう光の刃を切り上げた。
「サイキックチョップ……!」
ザン! と、大きく切り裂かれたイフリートが、よろける。そこへ、背後へと回り込んだパメラの足元で影が膨れ上がった。まるで夜の津波のように裏路地を走った影が、一気にイフリートを飲み込んだ。
「どうぞ」
「ええ――!」
その影の上から、桜夜のオーラに包まれた無数の拳が振り下ろされていく。一撃、ニ撃、三撃、叩き込まれる度に火花を散らす拳の豪雨に、イフリートが吹き飛ばされた。
「もう、休むがいい」
ドン! と、そこに重ねるように黎嚇のジャッジメントレイが放たれる。かざした右手からほとばしる裁きの光条に焼かれ、イフリートはその場でのた打ち回った。
「――――」
そして、間合いを詰めた茉咲が零距離でかざした左手から制約の弾丸を撃ち込んだ。イフリートは、懸命に逃れようと後退しようとする。だが、遅かった。そこへ、上から舞い降りたセバスちゃんの斬撃が重ねられ――同時に、花子と菜月が手をかざす!
「貴方の還る場所へ……さあ、お逝きなさい!」
「ばいばい。つまんな過ぎて眠いからもう帰る」
ゴォ!! と裏路地に渦巻く、二つの旋風――花子と菜月の神薙刃によって起こされた風の刃に切り刻まれ、ついにイフリートのアンデッドは力なく、その場に崩れ落ちた。
「……あ……」
茉咲が、思わず手を伸ばす。何か掴めるものが、残せるものがないかと――しかし、その手は虚しく虚空を掴んだ、それだけだった……。
●
戦いが、終わった。遠い喧騒が届くほど静かになった裏路地には、いくつもの安堵の吐息がこぼれる。
「ありがとう、、貴方達が居てくれたから救えた命も、止められた事も沢山あったの。お疲れ様……ゆっくり休んでね」
囁き、緋織は彼等の冥福を祈った。
「どうか今度こそ安らかに」
その横で、黎嚇も胸元で十字を切る。パメラもまた、黙祷を捧げた。
「何を探していたのかはわかりませんが……貴方達の無念は忘れません」
(「……神さまなんて信じていないけれど、どうか彼らに、安らかな眠りを」)
茉咲も、目を閉じて祈った。神を信じる者、信じない者、それぞれではあったが、等しい想いは、この死者達に安息を――そんな願いだった。
「……ご飯でも、食べて帰りましょうか?」
ことさら明るく言った桜夜の言葉に、灼滅者達は歩き出した。戦闘の痕跡は、もう裏路地には残っていない。あのアンデッドが、何を探していたのか? その答えもここにはない。
ただ、一つだけはっきりとしている事がある。それは、この世界を想い戦い抜いた誰かが居て――その人達の安息の眠りが、もう二度と破られる事がないその確信が、灼滅者達にはあった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年2月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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