血塗られた運命

     男は、ぼんやりと目の前の凶劇を眺めていた。
     哀れな声を上げる数人の男たちを、その倍以上の男たちが『死なない程度に優しく』相手をしてやっていた。
     熱に浮かれたような頭で、地べたを這いずる男たちを見る。裸同然にひん剥かれて、筋彫りの刺青が血に濡れていた。
     ボカシ入れてないのか。何だ、こいつら根性ねぇんだな――ああ、昇り鯉が真っ赤に泣いてらぁ。
     思いながらふらりと身体を揺らす。背中が熱い。そりゃあ辛いわけだわ。暑ぃな。
    「兄ィさん?」
     羽織っていた上着を脱ぎ捨て傍に来た男を訝り、声をかけるが応えはない。
     ぬっと伸ばした腕が血まみれの男の襟を掴み、
     ぐぢゅり。
     首を引き千切る。
    「ひっ……」
     荒事に慣れている男たちが女のような声を上げた。
     恐怖と狂気に彩られた視線を一身に受けながら、滴る血で濡れる指に舌をやり、違う、と呟く。
    「……足りねぇんだわ。何だろうな。ちょっとお前ら、ソレ寄越せ」
     昏い瞳が男たちを、返り血で染まるその刺青を睨め付ける。
     背に負う刺青が凶行に駆り立てるままに。
     
    「刺青を持った人が羅刹化する話は、皆さん聞いたことがあると思います」
     灼滅者たちを見回し言う五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)の言葉に、白嶺・遥凪(中学生ストリートファイター・dn0107)が眉を顰めた。
    「特殊な自営業が羅刹になるという事件か」
    「ええ。今回皆さんに倒していただきたいのは、その特殊な自営業の方です」
     言いながら、すっと1枚の資料を取り出す。
    「彼の背負う刺青は『妖精』。妖精はかわいらしいイメージがあるかと思いますが、その本質は『魅了』と『運命』です」
     美しくも禍々しいその図案は、およそその名から連想されるものではない。
     般若にも似た、悪鬼羅刹と呼ぶに相応しい形相をしていた。
    「羅刹と化するのは花菱・秋水。とある組の若頭で、文武共に秀で一目置かれる存在のようですね」
     『ちょっとしたミス』を犯した三下の対応をするために、子飼いの手下を連れてとある廃工場に向かうと予測されている。
     放っておけば、そこに集まる人々を殺し尽くすだろう。
     その説明に遥凪は愁眉を開かず問う。
    「人に囲まれていることが多いんだな」
    「ええ、何かある時はいつも数人が傍にいます」
     涼やかにエクスブレインは答えた。
    「ですが、ひとりになるタイミングはあります。彼は『ちょっとしたミス』の対応に向かう途中で、手下を先に向かわせて自分は個人的な用件で単独行動をとるようです。ですから、そこを狙えば」
     つまり、手下たちと合流する前に引っかけて倒してしまえ、ということか。
     戦場となる廃工場の見取り図を差して、あ、と小さく声をこぼす。
    「『ちょっとしたミス』の対応のほうはここから少し離れたところで行われていますので、こちらを気にする必要はありません。わざわざ巻き込まれる理由もありませんから」
     つまり、羅刹を倒すことのみに集中すればいい。
     だが、あまり手間をかければ手下が彼を探しに来るかもしれない。
     或いは、それ以外が現れる可能性も。
    「注意する点としては、羅刹となる前に倒すと完全な羅刹として復活するようです。ですから、2度戦う必要があります。復活した際ダメージやバッドステータスなどは残りませんので、再度完全に倒してください」
     人間のまま倒しても万全の状態で復活するのだから、羅刹となってからが本番だろう。
     集まった灼滅者たちの表情が引き締まる。
    「ところで気になったんだが」
     ふと遥凪が口にする。
    「『ちょっとしたミス』の対応って何をしているんだ?」
     問いに、姫子はにこにこと微笑む。
     そして少しの間。
    「……分かった。ああ、必ず余計なことはしないで敵を倒してこよう」
    「はい。強敵ですが、皆さんなら大丈夫だと信じています。ですが、くれぐれも気をつけて、油断のないようにお願いしますね」
     視線を逸らした灼滅者を、エクスブレインは念を押しながら激励した。


    参加者
    結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)
    九井・円蔵(デオ!ニム肉・d02629)
    文月・咲哉(七の月の契約者・d05076)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    大御神・緋女(紅月鬼・d14039)
    深山・戒(翠眼の鷹・d15576)
    豊穣・有紗(小学生神薙使い・d19038)
    御火徒・龍(憤怒の炎龍・d22653)

    ■リプレイ


     さわりと風が草木を揺らして渡っていく。
     夜空は快晴。だが半月の明かりは覚束なく、灼滅者たちの姿を照らすことはない。
     まして隠れているのだから。
    「人の身に、羅刹化をもたらす刺青ですか」
     ヒヒヒ、と九井・円蔵(デオ!ニム肉・d02629)の浮かべる薄笑いに、眼鏡の奥の瞳を細めて御火徒・龍(憤怒の炎龍・d22653)は眉を顰めた。
    「誘拐事件まで起きてましたね。それが何に繋がるかはさっぱり分かりません」
     小さいところから潰していくしかない。息を吐き、周囲を確かめる。
     まったく面倒な話だぜ、と文月・咲哉(七の月の契約者・d05076)も溜息をつき、
    「俺としては、三下のミスよりは寧ろ、花菱の個人的な用件の方が気になるけどな。廃工場に一人で来て何するつもりなんだろ」
     手下から離れて済ませる用事というのは何だろうか。きな臭い内容なのか、それとも?
    「ちょっとしたミス……か。どの世界でも、少しのミスが責任に繋がるものなんだね」
     結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)の言葉を拾い、霊犬・夜叉丸をもふもふしながら、ちょっとしたミスってなんだろうね?と豊穣・有紗(小学生神薙使い・d19038)が笑う。
    「夜叉丸がおイタしたくらいじゃ、ボク怒らないけどな~」
     主の言葉に夜叉丸が、そうじゃないでしょ、とツッコミを入れるようにぽふりと鼻先で突っつく。
    「……ん」
     不意に声がした。
     ざりと足音を立て、百入茶のジャケットを羽織った中年男がふらりと姿を見せる。そう背は高くないが、着慣れた上着とシャツの下に収めた体格はなまくらではない。
     くわえた煙草を揺らして投じた視線は、しっかりと灼滅者たちを捉えていた。
    「何だ……かくれんぼかい。ここは子供の遊び場じゃねぇぞ」
     闇纏いで姿を隠していた深山・戒(翠眼の鷹・d15576)までもを見据え『子供』たちに言う。
     低く落とした声と鋭い視線に射られ、隙あらば奇襲を仕掛けようとしていた有紗がふるりと身を震わせた。
     こうなれば隠れている意味もない。男の動向を確かめながら、灼滅者たちは対峙する。
    「そっちこそどうした、誰かと待ち合わせか?」
    「訊いてどうすんだ」
     咲哉の問いには不審げな調子で短く応えた。
     懐に手をやり、警戒する灼滅者たちの前で円柱状の携帯灰皿を取り出して煙草を収める。
    「オジサンな、子供の相手するほどヒマじゃねぇんだわ。ヤることヤんならどっか行きな」
     どうやら『夜遊び』をしにきたと勘違いされているらしい。
     このまま話を続けてもいたずらに時間を浪費するだけだ。そう判断し、創矢はスレイヤーカードを手にする。
    「それじゃあ、後はキミに任せるね……」
     暗示めいた言葉を口にし殲術道具を解き放ち、現れた武器を見て男がじりと殺気をまとう。
     だが、それは人間のものだ。それと知るからこそ、葛藤が生まれる。
    「……人間の姿で一度屠らねばならぬとは」
     わらわ達と彼奴めの行い、どちらが悪鬼の所業かの。サウンドシャッターを展開しつつぽつりと口にする大御神・緋女(紅月鬼・d14039)の言葉に、白嶺・遥凪(中学生ストリートファイター・dn0107)がかすかに眉を寄せた。
     事件は未然に防がなければならない。だが、いずれ闇堕ちするとは言え相手は人間なのだ。
     その矛盾とジレンマが落とす陰は昏く底が知れない。しかし、現実は悩む余裕を与えてくれない。
     だからこそ、と咲哉は思う。
     灼滅は命を奪うことだ。正面から堂々と、せめてもの筋を通したい。
    「敵は暫定羅刹が一人。宿敵であるが故にその強さを知っている。気を引き締めてかからないとな」
    「花菱・秋水……倒させてもらいます」
     戒の言葉に灼滅者たちは各々の得物を手にする。炎の瞳を細め告げる龍に、男――花菱・秋水はすっと攻撃の構えを取った。


    「悪いが相手して貰うぜ、手加減は無しだ」
    「いざじんじょーにしょーぶだー!」
     十六夜の名を持つ刀を振るう咲哉が斬り込むと同時に、威勢よく声を上げ海藤・俊輔(べひもす・d07111)が小さな身体を秋水の懐に滑り込ませる。
     男は一気呵成に畳み掛けられる攻撃を防ぎきれず全身を朱に染め、それでも顔をしかめながら気合で立ち尽くす。
    「お前ら何だ、ちょいと昔に流行ったオヤジ狩りってヤツか。俺ぁ真っ当な人間じゃねぇが、こんな目に遭う気はねぇぞ」
    「倒さねばならぬのじゃ」
     べっと血を吐き捨てた男を緋い瞳でまっすぐに見つめ、緋女が荒神切「暁紅」を構える。
     視線だけで言葉の意味を問うやくざ者には軽薄な哄笑が応えた。
    「ヒヒヒ、二度倒されるのが嫌でしたら、さっさと羅刹となると良いですよぉ!」
     なったとしても、必ず倒すんですけどねぇ!
     笑いながらざんっ! と繰り出される円蔵の一撃を紙一重に受け止め、秋水は怪訝な顔を隠さない。
    「よく分からねぇが……ゲーム脳ってヤツか?」
     愚昧と言うわけではないのだろう。単純に、状況が理解できない。ましていきなりやくざ者に攻撃を仕掛ける子供がいようとは常識的に考えて思うまい。
     訝る間にも、夜叉丸を従えた有紗が放つリングスラッシャーにその身を刻まれ膝を突く。
     間髪入れず咲哉の剣閃が男を捉え、一息に斬り捨てた。
    「っぐ……!」
     短い苦鳴をこぼして打ち倒れる。
     一瞬の静寂。だが。
    「……まだまだ序の口だ。こんなもので倒れる奴では、ないのだろう?」
     さっさと起きろ。完全に潰してやる――サングラスでその表情を隠した創矢が冷たく告げる。
     油断なく灼滅者たちが環視する中、ひくり、と身を震わせた。
    「お前ら……あんまオトナ舐めんなよ」
     ずるり。と。緩慢な動作で立ち上がった。
     血に濡れたジャケットを脱ぎ捨てる。切り裂かれ元は何色をしていたかも分からなくなったシャツを乱暴に脱ぐと、朱に染まっているが傷ひとつない、引き締まった体躯が現れた。
     闇色の闘気がゆらりと立ち上がり、短く整えた髪の下、黒曜石の角が覗く。

     月光の鋭さを映す刀から剣気を放つ咲哉と、永環顕す蛇を模る闘気をまとう円蔵が同時に地を蹴る。
     素早く繰り出される連撃を、ダークネスと化した男は低い唸りを上げそれまでとは打って変わった動きで避け流した。
     攻撃態勢へと移らせる一瞬すらも与えずにクラッシャーの激しい追撃が降るがすべてをかわすか防ぎきる。
     灼滅者が次の行動を取ろうとするその隙を突き、秋水は鋭い殴打を叩き込む。ぐっと呻きを漏らし、不意打ちを食らった形の創矢がくずおれた。
    「おう、完全に潰してくれるんだろ? しっかりしてくれや」
     すらとして戦闘体勢を取る男は、人であった時とそう変わらぬ表情で灼滅者たちを睥睨する。
     その殺意を遮るように戒が立ち塞がり、
    「まるで別人ですね……いや、別の存在ではありますが」
     創矢へと癒しの矢を放ちながら龍が呟いた。
     人の姿でありながら人ならぬモノである闇はにっと笑みを浮かべ、
    「威勢がいいのは口だけかい。小さいお嬢ちゃん巻き込んで粋がってるだけか?」
    「まだまだ始まったばかりだよっ!」
     びしっ! と有紗が得物を手にダークネスを指差し、それを合図と夜叉丸が駆けた。
     鋭い斬撃を放つ霊犬を舌打ちして振り払い、隙を狙う有紗と緋女の攻撃をその身体で防ぐ。
    「部下の不始末の落とし前とはいえ、侠客の頭がこんな所で油売ってていいんですかい?」
     光放つ聖剣を滑らせわざと挑発する言動で自身に注意を向けさせ攻撃を集めようとするが、
    「俺がいなきゃどうにもならねぇヤツを子飼いにしちゃいないんでな」
     がづっ! 鈍い音を上げてその拳で防がれ緩やかに否定される。
     どこか掴みどころのない物腰は変わっていない。だが、その力は大きく変化していた。
    「本当に……別ものだな」
     炎滾る斬艦刀を構える遥凪の言葉にこくりと緋女が頷く。
     猛々しく揺らめく闘気をまといながらも軽快な様子を崩さず俊輔は秋水に問うた。
    「ねーねー、特殊なじえーぎょーって何ー? 刺繍彫るとなれんのー??」
    「あ? ……刺繍? 刺青か? 別に条件じゃねぇし、遊びでやるもんでもねぇぞ」
    「そっかー、あんがとー」
     礼を言いながら疾風の勢いで鋭い拳打を繰り出す。
     小柄で俊敏な少年の攻撃をさらりと受け流し、その勢いを利用して一息に叩きつけた。
     俊輔は不意の衝撃に一瞬呼吸ができず、癒しの力を受けてようやくはあっと大きく息を吐いた。
    「さすがに強いな……」
     まったくダメージを与えられていないことに軽い焦燥を覚えながら、短期撃破を目指し攻撃を仕掛ける。
     だが連携を取りながら畳み掛ける攻撃を羅刹はなおも受け流し或いは防ぎ、お返しとばかりに放たれる打撃に灼滅者たちは少なからぬ傷を増やす。
     メディックを担う龍の回復も追いつかず、足りない回復を補うために攻撃手が減れば一層にダメージを与えることはできず、じりじりと削られていた。
    「!」
     負った傷の痛みに創矢が目を眇めたその一瞬を狙い、ダークネスが異形と化した巨腕を轟と振り上げ襲う。
     ぞぶり、と。鈍い音が肉を抉る。だがそれは少年ではなく翠眼の少女だった。
    「戒!」
    「っ……これくらい大丈夫だ」
     深くその身を抉られながらも戒が応える。押さえた傷口からじわりと血が滲み、くっと唇を噛み締めた。
     ディフェンダーを担う彼女だが、直撃を食らえばそのポジション効果をもってしても軽減しきれない。
    「無理をしないでね」
     柔らかな声とともに城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)の癒しの歌が向けられ、白・理一(空想虚言者・d00213)の招く優しい風が傷付いた灼滅者たちを癒す。
     現れた加勢に秋水がわずかに目を見張る間にも、ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)が前衛を庇うように光輪の盾を展開させた。
    「刺青の羅刹って、どうしてこうガラの悪い方ばかりなのでしょうかね?」
     溜息混じりに誰へともなく言う。まあ、ガラの悪い人でないと刺青を入れようなんて、あまり思わないからかもしれないが。
    「それはともかく、なかなかの強敵のようですし微力ながらお手伝いさせてもらいますね」
     微笑む支援者に戒は短く礼を言う。
    「手伝おう。さっさと倒すぞ」
     龍砕斧を手に蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)が無愛想に告げ、灼滅者たちは羅刹へと強襲する。
     攻守逆転とはいかずとも、回復を任せられるようになった分攻撃に集中できる。
     勢いを増す攻勢に秋水の防御も崩れ始め、チッと舌打ちをして円蔵の攻撃をかわすと闇色の闘気をざわめかせ癒しに変えた。
     好機と見た俊輔がバベルブレイカーを撃ち放つが、だぐんと重い音を上げ剛力で打ち払われる。
     間隙なく襲う咲哉と創矢の剣閃を完全には避けきれずその身に傷を負うがいまだ致命傷には至らない。
    「覚悟せい、この紅月鬼の緋女が灼き尽くしてくれようぞ」
     自らを悪鬼と卑下する少女が鮮やかな色の衣装を躍らせ放つ、紅蓮の炎に似た闘気をまとった連激を秋水は避けようとし、一瞬にも満たない間で判断を変え身を挺して防ぐ。
     が、遅い。直撃は免れたが確実にダメージは入った。
     次の行動に移る間を狙い有紗が夜叉丸を駆けさせ、自身は死角を狙いリングスラッシャーを疾け滑らせる。秋水はサーヴァントの一閃に耐えたが、想外から襲い来る光輪には反応できずまともに食らう。
     たたらを踏みそうになる足をぐっとこらえたところを、風を斬り戒の剣閃が捉えた。
     ざんっ! と銀光が羅刹を鋭く斬り、ぼたぼたと血をこぼすダークネスを、その血の色よりもなお紅い炎を従えて龍のレーヴァテインが迸り焼き焦がす。
    「……熱ぃな」
     真冬だと言うのに、羅刹は不意に言った。炎に焼かれたためだけではないだろう。
    「背中がな……刺青がな。熱ぃんだわ。さっきっから気分が悪ぃ。うまく言えねぇけどな」
    「刺青が熱い……?」
     反芻に応えず、低く唸り大きく身体を振るうとその勢いで刃が生まれる。
     風斬る刃は後衛に位置していた灼滅者をひと薙ぎに煽り、身を防いだ拍子にかつり、と乾いた音を立てて何かが落ちた。
    「……ニしてくれんだテメェ」
     低く。地を這うような声が唸る。炎の瞳でぎりとダークネスを睨む龍のその豹変に、びくりと遥凪が身を震わせた。
     彼の足元に落ちる眼鏡に気付き、傷付く前にと拾い上げて渡すがかけなおさずに懐に収める。
    「足りねぇ。何が足りねぇんだ? ……分かんねぇ」
     羅刹が熱に浮かされたように呟くその背で、禍々しい刺青が嗤うのが見えた。
     動いている、わけではない。ぎょろりと目を剥き、世のすべてを嘲笑うかのように口を歪ませ、それは妖精などと呼ぶには程遠い。
     人を魅了し、人に禍為すために存在する魔性。
    「花菱さんの趣味なんですかねぇ。意味があるのならちょっと知りたいですねぇ」
     ざわり影業を奔らせ円蔵が薄く笑う。
     秋水は応えず自身を襲う影を激しく叩き退け、続く俊輔が繰り出したフォースブレイクを防ぎきれずしたたかに撃ち据えられ注ぎ込まれる魔力に身体の内が爆ぜる。
    「チッ……!」
     小柄な少年を振り払おうと苛立たしげに豪腕が薙ぎ、その大振りの動作の死角を突き、
    「この一撃で、切り捨てる……!」
     裂帛の気合と共に創矢と咲哉の剣閃が迸った。
     ぐらり大きく身体を傾げる羅刹は満身創痍となりながらもぎらと灼滅者を睨み大きく喘ぐ。
     夜叉丸と共に有紗の影業が男を襲い、防ぐことができず捕らわれた。
    「妖精と一口に云ってもいろんな種類が居るからな。悪戯の過ぎる奴がいたっておかしくないさ」
     あんたも鬼なら、私も鬼さ。さあ仕合おうじゃないか――
     ダークネスから眼を離さずに言う戒の腕が異形と化し、烈火の如き勢いで打擲するその背から紅い鬼が舞った。
    「煌めけ暁紅、その紅に彼奴めを染めあげるのじゃ!」
     炎をまとう曙光の大刃をひといきに振り落とす。
     避けることも防ぐこともかなわずまともに食らい膝を屈する羅刹に、止めを刺そうとする仲間をふと差し止めて円蔵が秋水に問う。
    「最後にひとつだけ。あなたと同じような刺青を彫った人がいたら、教えてくれませんかねぇ」
     刺青を持つ者が羅刹となる。ならば、その刺青に何らかの意味があるのではないか。
     そう考えての問いだったが、秋水の答えは求めていたものとは違った。
    「こいつぁな……いいオンナさ。お前ら知ってるか、妖精ってのはかわいいもんじゃねぇ」
     もっと厄いことをしろって、ヒトを惑わす運命の魔物なんだよ。
     薄い笑いがこぼれ、一閃がその魔物ごと羅刹を断つ。
    「殺るか殺られるか……成程、血塗られた運命だな」
     どざりと倒れ伏し二度と動くことのない男を見つめ、灼滅者は自嘲気味に呟いた。


     血に濡れ一層に禍々しさを増した刺青の図案をスケッチし終え、戒がこくりと頷く。
     轟と炎が振るわれ男の亡骸を焼き尽くし、その様を誰からともなく見つめた。
    「『魅了』と『運命』を司る妖精。あんたはヒト以上の力に魅入られたが故に、運命を狂わせた。いや、運命故に力に魅入られたのかな?」
     呟きに、緋女が白い顔に物憂げな表情を浮かべる。
    「紅蓮の如く燃るがよい。灰も残さぬ、汚れた魂もさえも爆ぜよ、その身の内より紅に染まれ」
     ……この世に悪鬼は、わらわだけでよいのじゃ。
     ぽつりとこぼす言葉をあえて聞かず、円蔵が身につけた腕時計で時間を確かめる。
     そう時間はかけていないはずだ。秋水の手下が来る様子もない。
     と、土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)と灰色・ウサギ(グレイバック・d20519)が姿を見せた。
    「皆さんが羅刹と戦っている間に手下どもの対応に動いていたのですよ」
    「え……」
     だからか。
     エクスブレインの話では、そちらに手を出す必要はないと言っていたように思えたが……まあ、問題はないだろう。
     手下たちがどうなったのかはともかく。
    「“オマケ”は片づけておいた」
     すっと現れたレオン・ヴァーミリオン(新米便利屋・d24267)の言葉に粗方を察する。
     手下以外の何かが現れた様子も、現れる気配もなかったのだろう。
    「これ以上長居する理由はないし、引き上げよう」
    「ああ……何かが現れるかもしれないしな」
     創矢の促しに咲哉は頷き、出口へと足を向ける。
    「何か来てもメンドーだしなー」
     俊輔も軽快なステップで後を追い、うん、と夜叉丸をもふもふしながら有紗も従った。
     刺青と羅刹の関係性の手がかりを得ることはできなかったが、居座ることで危険を招くこともない。
     各々に廃工場を去る中、ふと龍は男のいた跡を見据えた。
     その身を焼いた炎と同じ瞳でしばらく眺め、それから眼鏡をかける。
     灼滅者たちが去った後には、ただ冷え冷えとした廃墟が佇むのみだった。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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