怪力乱神・雨の奇譚~愛し姫

    作者:志稲愛海

     古くから在る其の大きな橋には、嫉妬に狂う鬼女が現われるという。

     ぼう、と迫る夕闇に灯る白き炎。
     だが其れは只の炎に非ず――狼の様な見目をした獣の姿を成す。
     燃ゆる真白の身体に、尾だけが藍黒色を帯びていて。その艶やかな色の長い尾は、切れ込みの深い二股の、いわゆる燕尾形である。
     そしてその燕尾の獣が、茜色に染まる夕焼け空に数度、遠吠えを上げて。
     ふっと、何処かに姿を眩ました……その時であった。
     大きな古橋に現われたのは、何者かの影。

     最初は妬んでいた女。そして次は、その女の親類縁者。この橋に現われるという鬼女・橋姫は、終いには、誰彼構わず見境なく殺すようになったのだという。
     深い深い、妬みの念に捉われて。
     男か女か――その姿は、この橋を渡る者によって変化する。
     男を殺す時は女、女を殺す時は男の姿と成りて。
     

    「橋姫といえば、『宇治の橋姫』の伝承が圧倒的に有名だけど。宇治だけじゃなくて、橋姫の言い伝えがある橋って全国にいくつかあるみたいだねー」
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)は、集まってくれてありがとーと灼滅者達にいつも通りへらりと笑んでから。早速、察知した未来予測を語り始める。
    「今回みんなに集まってもらったのはね、スサノオが古の畏れを生み出した場所が判明したからなんだ」
     現場は、ある川に架かった古くて大きな橋。
     その橋に、古の畏れとして生み出された、妬みの念に捉われし鬼女――『橋姫』が現われるのだという。
    「古の畏れ……橋姫が現われる今回の橋はね、有名な宇治のものではないよ。橋姫の言い伝えって各地にあるらしくて、その中のひとつになるよ」
     今では渡る者も滅多にいない、古びた橋。
     古の畏れとして生み出された橋姫は、この橋を渡った者を、誰彼構わず殺してしまうのだという。
     随分前に新しく整備された橋ができて以来、人の行き来が殆どなくなったという古い橋のため、幸い今はまだ被害は出ていないが。放っておけば犠牲者が出る恐れがある。
     急ぎ現場に向かい、古の畏れを退治して欲しい。
    「古の畏れの橋姫はね、申の時より下……いわゆる17時頃に、ひとりでこの橋を渡る人を殺さんと現われるんだ。複数人で渡ったら出てこないから、誰かが囮になるしかないんだけど……橋を渡る人が男の人だったら女の、渡るのが女の人だったなら男の姿で現われるみたい」
     それから橋姫は、こう渡る者に声を掛けてくる。
     一緒に行っても良いか――と。
    「でも橋姫の足は地から伸びた鎖に繋がれていて、問われた言葉にどう答えようと橋を渡った直後に鬼のようなその正体を現して襲い掛かってくるから。橋姫が正体を現した後、みんなで退治して欲しいんだ。橋を渡りきる前に囮以外が橋に足を踏み入れたら、戦闘に不利になる状況に陥ったり、最悪、橋姫が姿を消したりするみたいだから」
     そして橋姫が姿を現わした時の性別によって、戦闘の際の攻撃手段が若干違ってくるらしい。
    「橋姫は、縛霊手みたいな巨大な腕で攻撃してくるのは同じなんだけどさ。現われた時の姿が男型の時は日本刀、女型の時は鋼糸を、さらに得物として使ってくるよ。戦場は古くて大きな橋を渡ったところになるけど、何もない広い場所になってるから戦闘に支障はないみたい。時間は夕方で、真っ暗ってわけではないけど、少し薄暗いかも」
     
     そして、そこまで説明を終えた後。
    「そういえば能面の『橋姫』って、朱をさして顔を歪めてる怨霊面だったね。この面が使われるお能『鉄輪』を観たことあるんだけどさ……なんか、蝋燭が怪しげで鬼気迫るって感じで、怖かった記憶があるよー」
     遥河は資料としてプリントアウトした、嫉妬と復讐心に顔を歪める女性の能面に視線を落としてから。
    「この事件を引き起こしたスサノオの行方はね、ブレイズゲートみたいにさ、予知がしにくい状況みたいなんだよね……。でもね、起きる事件をひとつづつ解決していけば、必ず事件の元凶のスサノオにつながっていくんじゃないかとオレは思ってるよ」
     だから事件の解決をお願いするね、と灼滅者達を見送るのだった。


    参加者
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    黒咬・昴(叢雲・d02294)
    天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)
    小田切・真(ブラックナイツリーダー・d11348)
    柊・司(灰青の月・d12782)
    月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)
    中津川・紅葉(咲き誇れや風月の華・d17179)
    シュウ・サイカ(ダンタリオンの名を騙る者・d18126)

    ■リプレイ

    ●燃ゆる冬茜
     ふと空を見上げた瞳に映る其の色は、静謐な赤。
     だが、その夕焼け空の静けさがどことなく不自然な気がするのは……目に見えぬその根底に、また違った別の色を孕んでいるからかもしれない。
     人の心の奥底に、秘めた感情が大きく渦を巻いている事がある様に。
    (「……。妬みですか」)
     微かに細められた瞳は、いつもと変わらぬ柔らかな青。だがどこかその表情は、雲間から覗く月の様に、優しくも複雑な色を帯びている気がする。
     だが柊・司(灰青の月・d12782)は、……まぁ、宜しいでしょう、と。視界の隅に捉えた古い橋へと改めて視線を向けた。
     其の橋に現われるといわれているのは、古の物の怪。
    (「橋姫、か。伝承にだけは聞いていたけれど、こうして相対するのは初めてだね」)
     それは只の伝承に過ぎない存在であったはずのもの。だが白き炎の獣の声に導かれ、この古橋に姿を現すのだという。
     月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)も、仄かに赤に染まった銀の髪をさらりと靡かせながら。
    (「嫉妬に身を燃やす女は恐怖と憤怒を表していると思うけれど、今回はどうだろう」)
     お手並み拝見と行こうか、そうまだ誰の姿もない橋へと歩みを進める。
    (「日本の伝説ほんとに種類が多いのだな……」)
     白き獣が生み出した別の伝承と先日対峙したばかりである、シュウ・サイカ(ダンタリオンの名を騙る者・d18126)。
     いや、シュウだけでなく、今回任務にあたる灼滅者の中には同じように、他の『古の畏れ』の事件に携わった者も少なくはない。
     それだけ日本に、古くから伝え聞かれる話が多いということだろうが。
    (「まあ、それが周囲に被害を与えるものなら容赦はしないけどね」)
     シュウは優雅な物腰を決して崩さぬまま、聞いた橋姫の伝承を思い返してみる。
     彼が店主を務める喫茶店の庭園を彩る薔薇の色は赤と青。だがこの橋姫にお誂え向きのその花の色は、黄色であるだろうと。
     そして今回の橋姫を具現化させたという、事の元凶・スサノオ。
     その所業は各地で幾つも確認されてはいるが、その白き獣の足取りを掴むのは容易なことではないという。
    (「スサノオの行方が判らない今はこういった小さな事件を解決していくしかありませんね」)
     小田切・真(ブラックナイツリーダー・d11348)の思うように、今は、ひとつひとつ手繰り寄せた糸を辿っていくしかないだろう。
     細い糸を束ね、追っていけば……もしかしたらその行方に、いずれ辿り着くかもしれないから。
     真は橋に近づきながらも、スッと軍用ゴーグルを装着して。
    (「それに今はなくとも、いずれ人命に関わることになるならば全力で駆逐するだけです」)
     抱く正義の心に忠実に、任務を遂行すべく動く。一人でも多くの人を護るために。
     そして、橋姫の伝承が京都の有名なものだけでなく各地に幾つかあるということにビックリしながらも。
    「思いっきりいいパンチ入れちゃってね、期待してるわっ♪ 気をつけて」
     ぱちんと明るくウインクした中津川・紅葉(咲き誇れや風月の華・d17179)に、おねーさんにまかせなさーい! と返すのは、黒咬・昴(叢雲・d02294)。
     それから昴だけを残し、辿り着いた古い橋をゆっくりと渡りながらも。
    「橋姫伝承ね、あ、薀蓄語るならどーぞっ♪ え、だって煉夜歴史マニアだし事前に絶対調べてるでしょう?」
     紅葉は、隣を歩く森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)の横顔を見上げた。
     そう急に振られ、紅葉が連れているナノナノのめーぷるを何気にモフモフしつつも。
    「……人を鬼にするというのは、羅刹の仲間を増やそうとする今時のダークネスのようだな」
     煉夜は、嫉妬に狂う鬼女の伝承を思い返してみる。
     嫉妬という心の闇に飲み込まれ、鬼と化したという女の物の怪。
     それに似た様な輩を、灼滅者達はこれまで何人も目にしてきたが。今となっては……橋姫伝説の真実は、闇の中。
     そして煉夜は、茜色を帯びた橋の上で思う。
    (「橋姫か、貴船大明神も罪な事をする」)
     だが、そう思いはするも。すぐに漆黒の瞳を、そっと細めたのだった。
     えてして神というのはそういうものか――と。
     そんな煉夜に変わり、橋姫の薀蓄を語るのは、天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)。
    「古くからある大きな橋では、橋姫が外敵の侵入を防ぐ橋の守護神として祀られているんだよね。水神信仰の一つで、橋の袂に男女二神を祀ったことが始まり」
     相棒のきょしとともに首を傾けつつも、ぱらりとめくった橋姫にまつわる本を読み読みして。
    「だから男の橋姫も女の橋姫も出てくるんだね……」
     橋を渡りきったその時、橋の向こう側の昴を振り返る。
     それと同時に、赤く焼ける空に向かって。
     昴の手に握られた緋色の和傘が、パッと、大輪の華を咲かせた。

    ●愛(は)し姫
     橋姫の姿は男か女か、橋を渡る者によって変化する。
     男を殺す時は女、女を殺す時は男の姿と成るのだという。
     昴は、橋を渡り終えた仲間達が付近に身を隠したことを確認した後、雰囲気を出すためにと開いた和傘を差しながら。
     ゆっくりとひとり、古びたその橋を渡り始める。
     周囲に人の気配は一切ない。
     梗鼓の成した殺気の結界が一般人を遠ざけ、紅葉のサウンドシャッターが戦闘音を遮断すべく展開されたからだ。
     しかし――誰も近寄らぬはずのこの橋に。
    『……そこの娘さん……私も一緒に、行っても良いだろうか』
     いつの間に現れたのだろうか。
     橋の真ん中付近でそう彼女に声を掛けてきたのは、和装に身を包んだ男であった。
     その足元を繋いでいるのは、しゃらんと鳴る怨念の鎖。
     間違いない。この男が、スサノオに生み出された『古の畏れ』橋姫であると。
     だが。
    (「橋姫の話はよく聞けど……お前男かよぉ!!」)
     思わず心の中でツッこむ昴。
     今すぐにでも鉄拳でガツンとツッこみたいのは山々であるとはいえ、今は囮という立場。幾重にも猫を被り、男の橋姫と並んで、大人しく橋の上を歩く昴。
     橋の袂に祀られているのは男女二神ですから、実は男の橋姫でも可笑しくはないのですよ、ええ!
     そして……二人が橋を渡り終えた、その時であった。
    『私と、一緒に……逝きましょう!』
    「!!」
     急にピタリと男が足を止めた刹那、その形相が一瞬にして変わる。
     裂けた口、血走った目をした、鬼女。
     抑えきれぬ妬みの感情に大きく歪んだ顔が激情の朱に染まって。
     妖しく閃く日本刀がスラリと抜かれると、燃え上がるような夕焼けの空から、一気に振り下ろされる。
    「ひっ……! だ、誰かー!!」
     一般人の女性がこのような状況に陥れば、途端に足がすくみ、無残に斬り裂かれ死んでいくことだろう。
     ――怖い!!
     昴は夕陽よりも赤を帯びたその瞳を大きく見開くも。
    「……なんちゃって、死ね!」
     いつ橋姫が正体を現しても対応できるようにと、狙いを定め構えていた真のMPX-AⅡに装着されているフラッシュライトが恐ろしい形相の物の怪の姿を瞬時に照らし出し、橋姫へと援護射撃を撃ち放った刹那。襲い掛かってきた斬撃に一切怯む事無く、赤に咲いた和傘から雷の闘気を纏いし拳にその手を握り替えた昴の一撃が、橋姫の顎に炸裂する。
     さらに茜空を舞うのは、幾つもの影。
    「さて、鬼退治を始めましょう♪」
    「今はとりあえず余計な事になる前にさっさと片付けてしまおうか」
     紅葉の護りの力を宿す符が昴へと目掛け飛ぶと同時に、地を蹴り間合いを詰めながら放たれた煉夜の冷気のつららが橋姫の身へと突き刺さる。そしておどろおどろしい空気を払拭するかのように、主である紅葉の符と共にぷわぷわ戦場に舞う、めーぷるのふわふわハート。
     だがその嫉妬に歪んだ橋姫の表情は、鬼気迫るものがあって。
    「こ、こわぁ!!」
     まじまじとその顔を見た梗鼓は、きょしを思わずぎゅうっと抱き締めて声を上げるも。
    「橋姫、いざ勝負!!」
     蒼桔梗、天の羽と参る! ――そう紡ぐと同時に、青空色の翼を夕焼け空へとはためかせて。すぐさま気を取り直すと、跳ねるように前線へ躍り出るきょしを伴い、ぶん回した魔力を帯びる得物で強烈な打撃を橋姫へと叩きつけた。
     そして続いた司が纏い戦場にはためかせるその色は、朱。
     だがそれは、嫉妬の炎の如く燃え上がる冬茜の彩りとは違って。サンダーソニアが咲く、暖かな陽だまりの色。
     さらに衝撃を繰り出した色は、また別の朱。螺旋を描き、唸り泣くアーネスティアの鋭撃が橋姫へと襲い掛かる。
     正体を現した物の怪のその形相は、まさに鬼。
     だが、夜を思わせる背広姿の仮面の道化師は飄々と紡ぐ。
    「さて。……遊ぼう、僕と」
     鬼さんこちら、手の鳴る方へ――異形巨大化したその手を打つかのように。
     言の葉とは裏腹な、鬼を縛らんとする打撃を見舞いながら。
     そして焼けるような夕陽の世界を一瞬染めかえるのは、恐るべき死の魔法。
    「世界よ……凍り付け……エターナルフォースブリザード!!」
     神の祝福を受けし、その指元で光る青薔薇の輝きのように。
     シュウの解き放った永遠究極とも謳われそうな氷結の魔力が、橋姫を巻き込まんと戦場を吹き荒れた。
     正体を現した橋姫に一斉に向けられる、灼滅者達の猛攻。
     その怒涛の攻撃に、ゆらりとその身を揺らしながらも。
    『妬ましい……なんて、妬ましいの……!!』
    「!」
     橋姫は、再び日本刀を振るう。
     赤き血の花をいくつも咲かせるほど鋭利な、冴え冴えとした月の如き衝撃を。

     これまで心の奥底で密かに渦巻いていたものを一気に吐き出すかのように。
     幾度となく攻撃されても下がることなく、感情を剥き出しにして、容赦なく衝撃を放ってくる橋姫。
     だが簡単に倒れぬのは、灼滅者も同じ。
    「いい子だね、きょし! みんな、今回復するよ!!」
     仲間へと放たれた橋姫の攻撃を肩代わりしたきょしを褒めてあげながらも、翼のようにシールドを広げ、皆を回復する梗鼓。
     積極的に攻めつつも、決して無理はしない戦いを展開する灼滅者達は、橋姫の怨念に決して負けてはいない。
     だが……その囚われた感情を、真っ向から否定することも、どこかできないでいた。
     人は誰しも、そういう妬みの気持ちを抱いたことがある、もしくはこれから再び抱く可能性を心に秘めているのだから。
     そんな嫉妬を生むのは、じわりじわりと心を侵食していく陰の気持ちか。
     にこにこと優しい表情のお兄さんの印象はそのままながらも。何かを振り払うかのように司が振るう夕暮れ色の雲雀の夢は、まるで春を告げる暖かな幻。
     そして叩きつけられた魔力が敵の体内で爆ぜた刹那、狙撃体勢からすかさずナイフを握るスタイルへと切り替えて。纏うもの諸共、敵の身を引き裂きにかかる、真の死角からの斬撃。さらにジグザグに変化させたナイフの刃を捻じ込むように繰り出し、嫉妬に狂う鬼を斬り刻みにかかるシュウ。
     その集中砲火に、橋姫は堪らず激しい奇声を上げるも。
     嫉妬に狂う感情をぶつけるかのように、目の前の昴へと重い斬撃を振り下ろす。
     だが、その鋭き刃に微塵の畏れもみせずに。
    「なんの真剣白羽取り……一度やってみたかったのよね!」
     両の掌でそれを確りと受け止めた昴は、燃え盛り噴出す炎を、握り締めた得物に宿して。
    「橋姫の伝説がどうであれ……その腐った根性は私が叩き直してあげるわ! もっと熱くなれよ!」
     男なら拳ひとつで勝負せんかい! と、強烈な衝撃を橋姫へと叩きつけた。
     いえ……さっきは男型でしたが、基本、橋姫って女の鬼なのです。
     でもそんな細かいことはどうでもいい、気にしない!
     身も心も燃え上がる昴にツッこむことは敢えてせず、めーぷるとともにひらりひらりと踊るオーラを纏いながら。
    (「嫉妬が過ぎて鬼に堕ち、この地に縛られるあなたが本当に復讐したい相手は一体誰なのかしら?」)
     嫉妬に縛られし物の怪に、何事にも縛られぬ刹那に輝いた瞳を向けて。
    「大事な仲間だから、嫉妬が転じて無差別攻撃とか、そんなあたり屋みたいな理由で傷つけさせられないのよねっ!」
     確りと回復の中枢を担い、一生懸命頑張るめーぷると一緒に、戦線を支え続ける紅葉。
     そしてそんな彼女の符が飛び交う中、閃いたのは――するりと素早く鬼女の懐に入った、煉夜の冴え渡る一刀。
    「……そこだ」
    『!!』
     瞬間、夕焼け空に舞うは、噴出したどす黒い血と斬り飛ばされた物の怪の腕。
     橋姫の腕を綺麗に斬り落とした彼のその刀は、まさに当世の鬼斬りといったところか。
     そして片腕を失い全身血に塗れ、上体を大きく揺らし身を捩らせながらも。
    『あ……あぁッ! 妬ましい……憎い!!』
     尚、溢れ出る嫉妬心を口にし、妬みに縛られた激情の形相をさらに歪ませる橋姫に。
    「―――おやすみ」
     引導を渡したのは、表情からは感情を全く垣間見せぬ、仮面を被った殺人鬼の一撃であった。
    『あぁ……なんて、妬ましい……妬ま……ッ!!』
     狙い澄まし打ち抜かれた巴の鬼神変のその衝撃に、橋姫は一瞬だけ、血走った瞳を恨みがましくカッと見開くも。
     ドサリと無様に地に崩れ落ち、跡形なく、この世から消え去ったのだった。

    ●白き炎の糸
     鬼女の嫉妬心の如く燃えていた冬茜の空も、いつの間にか夜の色へと変化していた。
     古の畏れの嫉妬の怨念ごと、飲み込むかのように。
    (「もしかしたら、ナニか見つからないかな」)
     シュウは、そう静けさが戻った橋の周囲をふと調べてみて。
     梗鼓も、ポメラニアン特有の長い飾り毛のついた巻尾を振るきょしをもふもふ撫でて労いながらも、同じく周りを見回した。
     事の元凶――『燕尾のスサノオ』の痕跡が、何かないかと。
     そしてその古びた橋を何となく眺めていた司は、持って帰れたらと、あるものを探してみる。
     橋姫を繋いでいた、足元の鎖を。
     だが、橋姫とともに消え失せたそれを見つけることは叶わずに。
    「どうせ会えるなら……鬼より綺麗なお姉さんが良いですね」
     ふとそう穏やかな表情を纏いながらも呟いた。
     妬みに囚われた顔は、確かに恐ろしい形相をしているかもしれない。正体を現した先程の橋姫も、例外なく。
     ……けれど。
    「でもそれは何となく……、綺麗な仮面をしてそうじゃないですか」
     激情に飲まれながらも、どこか悲しげで美しさをも孕む、その仮面。
     いや……それは恐ろしいだけのものでなく、そうであって欲しいと。
     心のどこかでそう、密かに思っているからかもしれない。
     それから暫く、灼滅者達は橋の周囲を探索してみたものの……特に目ぼしいものは発見できなかった。
     だがきっと、今回手にした細いこの糸を辿っていけば。
     古の畏れを生み出した白き炎の獣の元に、いつか、辿り着く日が来るかもしれない。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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