朱雀門と刺青の女羅刹

    作者:緋月シン

    ●朱雀門と刺青の女羅刹
     風一つ無い、静かな夜だった。
     空には真円の月。周囲に人気は無く、ただ打ち捨てられた物々だけが寂しげに転がっている。
     そんな場所に、男は一人で立っていた。誰かと待ち合わせでもしているのか、その場から動こうとはせずに何処か遠くを眺めている。
     と。
    「あんたが朱雀門の使いかい?」
     その声は唐突に響いた。
     だがそれに驚いた様子もなく、男――紫堂恭也はそちらへと視線を向ける。その先、闇の中から生じるように姿を現したのは、一人の女だ。
    「そうだ」
     頷きつつ、恭也はその姿を眺める。
     はだけた着物。襟元から覗く刺青。額から生える黒い角。
    「――鈴山虎子だな?」
     自らの名を呼ばれたことに、女――虎子は、しかしすぐには反応しなかった。観察するように恭也の姿を一通り眺めた後で、ようやく頷く。
    「ああ、そうさね。それで、このあたいに一体何の用だい?」
     虎子は呼び出されてここにやってきていたが、詳しい用件は聞いていなかった。それでも簡単に姿を見せたのは、例え罠であったとして切り抜けられるという自負故か。
     しかしだからこそ、言葉を間違えればどんな行動に出るか分からない。
     だから、というわけでもなかったが。
    「単刀直入に言う。こちらの陣営に加わらないか?」
    「……ふうん?」
     その言葉に、虎子の目が僅かに細められる。
     だが恭也はその反応を無視して続けた。
    「厳密には同盟を結ぶようなものだ。こちらはお前に、他の刺青を持つ羅刹の情報を渡す」
    「それで、あたいはその代わりあんた達に力を貸す、ってことかい?」
     これは双方にとって利のあることであった。朱雀門に関しては言うまでも無く、自身の組織が壊滅した今、虎子にとってもこの話は渡りに船だと言える。
     もっとも。
    「……この鈴山虎子に、学生さんのお遊びにつきあえってかい」
     だからといって相手の軍門に下るかどうかは、話が別だ。
     そしてそれに積極的に賛同する意思が無い、という意味であるならば、恭也にも同じことが言えた。
     とはいえ別に反対というわけでもない。
     確かにこうしている理由の一つに、仲間を保護してもらっている恩を返すため、というものはある。だがそれは拒否できないということを意味するわけではない。
     本当に嫌ならば、拒否するも出来ただろう。そうしなかったのは、つまりはそういうことだ。
     実際のところ、虎子が朱雀門と同盟を組むのは恭也にとっても意味があることであった。
     刺青を持つ羅刹が無作為に人間を襲い、結果的に無関係な一般人も殺しているのは確かに気に入らない。だがその情報を集めて虎子に渡し、互いに戦うようになれば、それはダークネス同士の争いだ。
     一般人に対する被害も、抑えられるはずである。
     そうして肯定する理由こそあれ、少なくとも明確に反対する理由は、ない。
    「……まあいいさ」
     決して互いに完全に納得しあってのものではない。そこに信頼などが、あるはずもない。
     しかしそれでも。
    「とりあえず話ぐらいは聞いてやるさね。どうするかは、それを聞いてから判断するさ」
     一先ず虎子は恭也の話に耳を傾けるのだった。

    ●恭也と虎子
    「刺青を持つ羅刹の一人、鈴山虎子の次の動きがわかったわ」
     四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)はそう言って話を切り出すと、一度口を閉ざし教室を見渡した。
     その名前に聞き覚えのある者や、直接会った事がある者もいるかもしれない。
     だが今回相手にするのは、虎子だけではないのである。
    「紫堂恭也。朱雀門に加わった彼が、虎子と接触して仲間に加えようとしているわ」
     皆も知っていることだとは思うが、朱雀門勢力はデモノイドをはじめとして、様々な勢力を傘下に引き入れて強大化しようとしている。今回の件もそのうちの一つだろう。
    「現時点で正面から戦うわけにはいかないけれども、ヴァンパイア勢力の強大化は憂慮すべき事態よ」
     それを防ぐためにも、今回のことは阻止せねばならない。
     虎子と恭也が接触する場所は、群馬県某所。よほどのことがなければ人が立ち入ることはないような、山奥の工場跡地である。
    「その場には二人しか居ないけれども、少し離れた場所にそれぞれの仲間達が待機しているわ。具体的には、そうね……異変を察知してから合流するまで、凡そ二十分ほどかかる場所、というところかしら」
     つまりはあまり時間をかけることは出来ず、逃走した場合に深追いをするのも危険、ということだ。
    「あなた達がその場に到着できるのは、二人が接触した少し後になるでしょうね」
     より正確に言うならば、同盟に関しての詳細な話がされる直前、というところか。
     そのまま話が進むと同盟が締結されてしまう可能性が高く、それを阻止できるギリギリのタイミングだ。
    「そこからどう動くのかは、あなた達に任せるわ」
     阻止するためにはどうすればいいか、それを考えた上で行動する必要がある。
     恭也も虎子も武蔵坂との因縁のある相手なので、その戦闘能力もある程度は把握できるだろう。
    「虎子と正面から戦うのは厳しいでしょうけれども、うまく灼滅できればそれに越したことは無いわ。勿論、無理は禁物だけれど」
     そして気をつけなければならないのは、恭也に関しても同様だ。
    「確かに彼は灼滅者。戦闘能力でいえばあなた達と同じぐらいでしょうから、苦戦することはないでしょうね」
     だが灼滅者だからこそ、恭也には取れる手段がある。
    「――闇堕ち。勝ち目が無い状態に追い込まれれば、ダークネスの力を用いて状況を打開しようとする可能性があるわ」
     何にせよ、油断することは出来ない。
    「もっとも、今回の目的はあくまでも同盟の阻止よ。それが可能であるならば、そもそも無理に戦う必要は無いわ」
     むしろ下手に奇襲などを仕掛ける方がまずい。そんなことをしてしまえば、同盟を阻止する為に襲撃にきた武蔵坂の灼滅者を紫堂恭也と鈴山虎子が協力して迎撃する、などということにでもなってしまいかねない。
    「ただ、奇襲をしては駄目、と言っているわけでもないわ。相応の方法を用いることが出来るのならば、それもありでしょうね」
     とはいえ失敗した場合は前述の通りになってしまう可能性が高いので、十分に考える必要があるだろう。
    「やり方次第では、口八丁でどうにかできるかもしれないわよ?」
     ともあれ、全ては皆次第である。
    「それと、最後に紫堂恭也に関して、もう一つ」
     恭也は灼滅者とはいえ、これまでにもダークネスやダークネス組織に協力している。恭也がどう出るかは、こちらからの行動と恭也次第ではあるだろうが……状況によっては、武蔵坂の敵として扱わなければならないかもしれない。
    「そうなってしまう可能性があるということも、覚悟しておいてちょうだい」


    参加者
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)
    鮎宮・夜鈴(宵街のお転婆小町・d04235)
    ユリア・フェイル(白騎士・d12928)
    シュテラ・クルヴァルカ(蒼鴉旋帝の血脈・d13037)
    高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)

    ■リプレイ

    ●恭也と朱雀門
    「お話の途中、失礼します。私達の話を聞いてもらえませんか?」
     声が響いた瞬間、恭也と虎子は弾かれたようにそちらへと顔を向けた。
     武器を構え臨戦態勢に移行する中、その視界に映し出されるのは八つの人影。
     灼滅者達である。
     そのうちの一つ、たった今声を掛けたシュテラ・クルヴァルカ(蒼鴉旋帝の血脈・d13037)は、二対の視線が向けられているのを感じながらもさらに一歩を前に踏み出した。
    「初めまして、武蔵坂学園所属のシュテラ・クルヴァルカといいます」
    「同じく、武蔵坂学園の狩野翡翠と申します」
     礼儀正しく挨拶をするシュテラに合わせるように、一礼と共に狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)も名乗る。
     二人の手には、殲術道具どころかスレイヤーカードすらも持たれていない。それは他の皆も同様だ。
     戦う気はない。その意思表明のためのつもりであったが――
    「突然の訪問で失礼。武蔵坂所属、紫乃崎謡という者だ。各々に伝えたいことがあり馳せ参じた」
    「所属は武蔵坂学園、愛などとかぬが正義は守るものっ、中島九十三式・銀都だ。まずは交渉の場に割り込む非礼、容赦頂きたい。が、俺達もここで伝えたい義があるゆえ、敢えて参上させて頂いた。ついてはこの場に参加させてほしい」
     紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)と中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)の言葉が続き、終わっても、二人の警戒は解かれない。むしろ虎子に関しては、増しているようにすら見えた。
     だから、というわけでもないが、その後の言葉は自然と恭也へと向けられたものになった。
    「恭也様とは廃校での救出作戦の折に、ご同行させて頂いて以来ですわね。……恭也様の不信ももっともですけど、あの折の御縁に免じて、今この場での御話をお赦し願えないでしょうか?」
     鮎宮・夜鈴(宵街のお転婆小町・d04235)の言葉に返答はない。だが恭也の手に握られているウロボロスブレードの切っ先が、僅かに下げられる。
     それに安堵の息を吐く夜鈴の姿を横目に、八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)は恭也へと向き直ると頭を下げた。
    「仲間の件は失礼した。事情を説明する時間も説得する余裕も無かった。以前ほど信用出来なくなっているかもしれないが、どうか高柳達の話を聞いてほしい。その上でどうするかは君の判断を尊重するが、それが君の生き方を傷つけないものである事を祈ろう」
    「以前恭也君の仲間を倒しちゃったのは、彼らが裏切ろうとしてて、近くに裏切り相手の白の王の仲間が迫ってたから。ああしなければ恭也君達がやられてたの」
     源一郎の言葉を継ぐように話し出したのは、高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)だ。
    「せめて目につかないように配慮したことが裏目に出た形だな……時間がなかったとはいえ、あの時何も言えなくて本当にすまなかった」
     補足する銀都へと視線だけで礼を述べ、続ける。
    「信じ難い話だろうけど……この場に私達が来れたのもそれを知ることが出来たから。情報収集力なら朱雀門に引けを取らない、ううん、それ以上だと思ってる」
     一瞬だけ虎子へと視線を向けるも、すぐに戻した。虎子と話すのは一葉の役目ではないし、今でもない。
    「恭也君と会うのは初めてだけど、ダークネスの力になってるのは面白いなって。私達だって、危害さえ加えられなければ、わざわざダークネスに手を出そうとは思わないよ。とはいえ自分を保つ為に癒しが必要だから、矛盾なんだけどね……」
     苦笑を浮かべるも、恭也からの反応は先ほどから薄い。
    「今すぐ信用してくれとは言わないが、朱雀門は考えている以上に非情だ。俺達を落としめるために平然と一般人を手駒に使い、闇落ちを強要されこともある」
    「うん、恭也君を朱雀門に誘ったのも、その一人だよ。もう学園に戻ってきてはいけるけど……。目的の為に罪も無い人をも利用する所に、恭也君も仲間も身を置くのは危険じゃないかな」
     銀都の言葉に今度は一葉が付け加えるが、やはり恭也はそれに頷くことも、首を振ることすらもしなかった。
    「そしてベレーザが加わったことで彼らは阿佐ヶ谷の時のようなことを、ううん、もしかしたらもっと酷い事になるかもしれないことをしようとしてる。そんなことに手を貸すことになるかもしれないんだよ?」
     それでも構わず、ユリア・フェイル(白騎士・d12928)がその後に続き、言葉を重ねる。
    「今は拒否することもできるかもしれない。でも今後朱雀門が力を膨らませていけばその限りじゃないと思う」
     一つ息を吐き。
    「ねぇ、恭也君」
     呼び掛けと共に言葉を区切り、恭也の目を真っ直ぐに見た。
    「今の小さな屍王を保護してる立場や行動の結果に理由を付けて、諦めたり自分の気持ちを誤魔化してない? もし私達に不満があるなら、もっと気持ちをぶつけてきてよ。敵対とか協力とか色々して知らない仲じゃないけどさ、分かったつもりになってて、まだ私達お互いに知らないことだらけじゃない?」
     口を閉ざし、息を吐き、それからもう一度口を開こうとしたところで、しかしユリアはやめた。まだ続けたい言葉はあったが、恭也からの反応は鈍いままである。
     これ以上続けても意味はなさそうだと、代わりに再度息を吐き出した。
    「恭也さん、朱雀門は一般人をデモノイドの材料としか考えないわ。それでも朱雀門に留まるのなら止めはしないけれど、私達と再度協力してもよいと思ってくれたらいつでも連絡して欲しいの。個人的に私はそれについての見返りを貴方に求めるつもりは無いのよ。虫のいいことを言っていると思うかもしれないけど、考えて欲しいわ」
     シュテラの言葉にも反応なく、恭也は沈黙を守る。
    「俺はこの『正義』を示すバンダナに誓ってウソは言ってない。みんなの発言も真実だ。この曇りない瞳が何よりの証拠だと思ってくれ」
     自らのバンダナを示しながら銀都が真摯に告げ――そこでようやく恭也が動いた。
    「……話は分かった」
     けれども。
    「だが、俺は武蔵坂を認める事はできない」
     それは拒絶の言葉であった。
    「一般人であろうと灼滅者であろうとダークネスであろうと、理由なく殺すのは悪だ」
     その言葉が何をいいたが為のものなのかは明白である。
     だから、違う、と言いたかった。言ったはずだった。
    「そもそもお前達のやり方は間違っている。幾ら一般人の被害を抑えようとしても、お前達では――灼滅者では限界がある」
     しかしそれは言い訳としか捉えられなかったのか、恭也は八人の姿を眺めながら言葉を続ける。
    「かつて蒼の王の強大な力は、ダークネスが自儘に一般人を殺す事を抑止していた。そして彼らは灼滅者である自分を手許に置き、行き過ぎた振る舞いをするダークネスを狩る事も許していた」
     この関係こそがダークネスと灼滅者、そして一般人の関係の理想形だと、恭也は語る。
    「最も強大な力を持つダークネスが力の使用を自制し、自らを滅ぼす灼滅者の存在を認める。灼滅者は、ダークネスの行いを監視し、無節操な殺人が行われる事を防ぐ。個別の事件は、その状況を鑑みて、適切に対応すれば良い」
     人も人を殺す。しかしその後に待っているのは、裁判だ。人を殺したからと問答無用で殺されるということはない。
    「ダークネスだからといって即座に灼滅してしまうというのは、乱暴にすぎないか?」
     だから。
    「今自分達が取るべきは、より良いダークネス組織が覇権を握る手伝いをし、秩序を生み出す事だ」
     それが、恭也の答え。至った理想。
    「朱雀門の会長と副会長は信頼できる。朱雀門がダークネスの覇権を握る事ができれば、現在よりも一般人の被害は激減するだろう。だが現在朱雀門の力は強くは無い。覇権を握る為にはある程度の犠牲が必要になるだろうが、それを少なくする為に俺はここに来た。話し合いという方法で勢力が拡大できる事を示せば、今後の犠牲はより少なくなるはずだ」
     そう言って、恭也は口を閉ざした。

    ●同盟の行方
    「で、そっちの話はそれで終わりかい?」
     その声に視線を向けると、虎子がこちらを何処か退屈そうに眺めていた。それでもその姿からは相変わらず警戒が抜けていないが、すぐに襲い掛かってくる様子もない。
     どうやら話を聞くつもりはあるらしい。
     まだ恭也へと言いたい事はあったが、これ以上は何を言っても無駄だろう。
     そもそも今回の目的は恭也との話し合いではない。
     主目的を果たすため、虎子へと向き直り気を引き締めながら、まずは謡が口を開いた。
    「刺青の羅刹。その情報に関し話をしたい」
     新宿を根城にした外道丸、返り血の刺青化の情報など。まだ他にも情報があるようなことも仄めかしながら、淡々とそれでも礼儀は惜しまずに言葉を続けていく。
     自分達が招かれざる客人なのだということは十分承知している。だがそれでも語るべきことがあるなら、どうするかは明白だ。
    「情報なら恭也さんより私達武蔵坂の方が確実な情報を渡せてよ。根拠は先ほど一葉さんも言ったけれど、今日この場に私達が来れたこと」
     補足するようにシュテラが加え、翡翠も口を挟む。
    「朱雀門さんには刺青の所有者に興味を持っている方がいます。所有者を利用して、手に入る『力』を得ようとしているかもしれません」
     そして話はそのまま、朱雀門に関することへと移行していった。
    「以前に朱雀門さんは戦力増加のため、一般の方の拉致を計画したことが有りました。彼らは刺青を集めるために同様に一般の方への被害が広がる作戦も取りかねません。そのような方々へ協力するのは仁義から外れるのではありませんか?」
    「義道にもとる相手と組めば、遠からず貴方の道も曇りますのよ。……力のためならば、カタギの方々に手を出すことも厭わない。そのような輩の走狗になることが、あなたの仁義なのかしら?」
     翡翠の言葉から続けるように、夜鈴が訴えかけるのは虎子の拘っている事、仁義だ。
    「そもそも朱雀門と武蔵坂、学生抗争の手出しは仁義に反するのでは?」
    「どうしても学生同士の諍い、子供の喧嘩に加わりたいという事なら強くは申せませんが、他に優先すべき事がおありならそちらに専念して頂いた方がよろしいかと思います。……競争相手もいらっしゃるようですし」
     畳み掛けるように謡と源一郎が言葉を重ね、夜鈴がさらに続ける。
    「確かに私達はかつて敵対し合った身。互いの刃鳴のことごとく、この場で華と咲かせるも一興ですけど……まずは御話致しませんこと?」
     一先ず出せる情報は出し、言いたい事は言った。
     後は――
    「ふぅん、なるほどねぇ」
     話は分かったとばかりに、虎子が頷く。
     そして。
    「――問答無用で赤城山を攻めたお前達が、話し合い、かい」
     先ほどよりも鋭さが増した視線が、八人の身体を貫いた。
    「ま、とりあえずそれはいいさね。だけど仁義を語るってことは、当然それなりの覚悟が出来てるんだろうね?」
     なら、と、その言葉が発されるのと、その腕が動いたのはほぼ同時。
     宵闇の中に一瞬、月光を浴びたそれが鈍く光る。
    「――組長の仇に一太刀受けな」
     それは無防備な姿を晒している、銀都の身体へと迫り――直後、甲高い音が響いた。
    「ふん。口では偉そうなことを言っておきながら、いざ自分の命が危なくなったらそれかい」
     虎子より放たれた鋼糸、それを反射的に弾いたのは銀都の腕だ。
     防いでいなければ、深手を負っていたかもしれない。今のは間違いなく、そんな本気の一撃であった。他の灼滅者の顔にも虎子の行動に対する驚きと警戒とがある。
     しかし、いやだからこそ、虎子の瞳には怒りが篭っている。
    「お前達は、赤城山の羅刹の村で多くの羅刹を灼滅した。その遺恨をたった一人の灼滅者の命で捨ててやろうってのに、まさかそれすら許さないというのかい?」
     虎子の視線の先では、殲術道具を纏い完全な警戒態勢に移っている灼滅者達の姿がある。
     だがそれは当たり前だ。そんな提案が受け入れられるわけがない。
     しかしそれはあくまでも彼らにとっての当たり前である。虎子の、彼女達の当たり前は、違う。
    「命のケジメは命でつける。それすら出来ない奴らが仁義を語って正々堂々と話し合いなど、片腹痛いね」
     話し合いの空気などは既に微塵もなかった。殺気が瞬時に場を満たし、銀閃が舞う。
     だが灼滅者達も慌てる事はない。元よりその可能性は常に意識しており、その場合の方針も予め決めていた。
     向ける意識は後方へ。迫るそれらを防ぎ弾きながら、即座に撤退のために身を翻す。
     ただ、その前に。
    「ご自愛なさいませね? 恭也様」
     これから同盟を組もうとしている相手に誠意を見せるためにか、動こうとしていた恭也へと夜鈴が言葉を投げる。
    「くれぐれも油断なさらぬように。あの子達の笑顔を曇らせるようなことは、めっなのですわ」
     屍王の子供達の様子を尋ねられなかったことを少し残念に思いながらも、地面を蹴った。
    「苦渋とはいえ、家族を手に掛け済まない。利害なき種族の絆。大事にしてね」
    「恭也君、鍵島さんは君をあの戦いに巻き込みたくなかったんじゃないかなって思うんだ。個人的には、だけど」
     それに続くように、先ほど伝えられなかった言葉を残しながら、皆も次々とその場を離れていく。
    「俺は諦めないぞ。きっとわかりあえると」
     二人の姿をしっかりと見詰めながら、悔しげに呟いた銀都も離脱し、これで残るのは一葉のみ。
     下がりながら、それでも視線を向ける。
    「恭也君は我を貫ける強い人、そして優しい人だね」
     そこへ振り抜かれた刃が伸び、迫るも、当たる直前にライドキャリバーのキャリーカート君によって弾かれた。
    「友達になりたいんだけどな」
     それは決して過去形ではない。
     そしてそれだけを残し、一葉もその場を去ったのだった。

    ●悔恨の先の未来
     既に追っ手はないことを理解してはいたが、彼らはその足を止めることはなかった。まるで胸中に浮かぶ思いを殺すが如く、地面を踏みしめ、蹴る。
     そうして念のために周囲を警戒し走りながら、ふと銀都は視界の端に映った腕を持ち上げた。それは先ほど咄嗟に相手の攻撃を防いだ腕であり、そこには今も殲術道具が展開されている。
     戦う意思はないということを示すための非武装であったが、それは逆効果でしかなかった。瞬時に殲術道具を取り出せる以上、非武装に意味はなく、むしろ武器を隠しているように見えて相手の敵愾心を刺激してしまったのだろう。虎子が朱雀門高校に加わることは、もはや避けられまい。
     しかしだというのならば、どうすればよかったのか。
     それとも、やはり。
    「ダークネスの同盟を阻止するというなら、どっちか片方でも殺す覚悟が必要だったのでしょうか……いえ」
     それを横目に見ていた翡翠が、自らの口から零れた言葉を否定し首を振る。
     その選択肢も提示された上で、敢えてこちらを選んだのだ。結果失敗に終わってしまったのだとしても、それが間違いであったなどと思いたくはない。
     だが間違えてしまったことがあったのも事実だ。
    「私達は赤城山で虎子さんの手下を多数灼滅しているわ。まずはその釈明をするべきだったわね……」
     そこに事情があったとはいえ、相手がそれを知らなければ意味はない。
     或いはそれをきちんと伝えていれば話し合う余地もあったかもしれないが、既に後の祭りである。
    「恭也君の考えは、朱雀門の会長や副会長の入れ知恵なのかな?」
    「そうですわね。少なくとも以前はそのようなことを考えているようには見えませんでしたし」
     とはいえ、恭也にとって受け容れ易い考えではあったのだろう。アンデッドである鍵島を尊敬していたことを考えれば、予想出来なかったことではない。
     だが武蔵坂学園に否定的であった要因は、また別だろう。
    「やはり一番のネックは、エクスブレインの予知についてだね」
    「それを正しく理解していなければ、儂らの行動はただ闇雲にダークネスを殺してるだけにしか見えぬ、か」
    「かといって簡単に教えちゃうわけにもいかないし、難しい問題だよね……」
     言葉に悔しさを滲ませながら、それでも誰一人として俯くことは無く。先の見えない暗闇の中を、八人は前へと進んでいくのだった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 33
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