籠の鳥

    作者:海あゆめ


     その昔、哀れな娘がいた。
     親の顔も知らぬ、哀れな娘。
     自由を奪われた、哀れな娘。
     絶望をみせられた、哀れな娘。
     そして、自ら命を絶った娘は、復讐に駆られる、哀れな怨霊になったという……。
     
     月が、出ていた。静かな夜にそれは現れた。
     淡く輝く銀の毛並みに、鋭い金色の目。まるで、月から舞い降りた使者のような大きな狼。
     スサノオが、その姿を現したのだ。
     ここはかつて、ダムの底だった場所。更にもっと昔には、小さな村があったらしい。
     今は荒れ果ててしまったこの場所に、小さな石碑が残っていた。何を書いているのかは、もう分からない。その吹きさらしの石碑に、スサノオはゆっくりと近づいて、鼻先でそっと触れた。
     地面が、揺れる。石碑を中心に、何かが地面の中からせり上がってくる。
     屋敷だった。小さな古い屋敷が現れたのだ。
     一部始終を見届けて、スサノオは風のように去っていく。
     突如として現れた、小さな屋敷。その中から、すすり泣くような少女の声が、さめざめと響いている……。
     

    「スサノオが現れた場所がまた分かったよ……」
     何だか浮かない顔で、斑目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)は、教室に集まっていた灼滅者達にそう切り出した。
    「今回は、ダムの跡地だね。ずっと昔には、そこに村があったんだって。で、スサノオが生み出しちゃった畏れのことなんだけど……」
     どこか話し難そうに、スイ子は、かつてその場所にあった村に伝わる話をし始めた。
     
     その昔、村には哀れな娘がいた。
     親の顔も知らぬ、たいそう哀れな娘は、物心つく頃から座敷牢の中にいた。
     外の世界すら知らぬ哀れな娘は、村の男達が慰む道具として、夜な夜な惨い仕打ちを受けていた。
     そんな娘にも、心を開ける存在がいた。外へと繋がる、小さな格子戸の隙間からやってくる小鳥達だ。
     娘は、自らに与えられるほんの僅かな粟や稗を小鳥達と分けて食べては、束の間の穏やかな時を過ごしていた。
     だが、それを知った村の男達は、その小さな幸せさえも、娘から奪ってしまった。
     男達は、屋敷にやってくる小鳥達をすべて殺してしまったのだ。
     娘の目の前で小鳥の首を飛ばし、羽をむしり、焼いて喰らってみせる男達。
     絶望した娘は、その日、自ら命を絶ったという。
     
    「そうしてね、女の子は怨霊になって、村人を呪い殺すようになったんだって。ダムの跡地に残ってる石碑はね、その女の子の怨霊を鎮めるために作られたものなの……まあ、すごく昔の話だから、どこまで本当の話なのか、分からないけどね」
     取り繕いながら、スイ子は薄く笑ってみせるも、その表情は笑顔になりきれていなかった。
    「……ごめん、続けるね。この場所には、女の子がいたお屋敷も現れちゃってるんだ。そのお屋敷の奥にある座敷牢に、女の子の怨霊がいるの。でも、その前に……」
     言って、スイ子は教室の黒板に屋敷内の見取り図を描き始める。
    「ここが、女の子のいる場所ね。ここに着く前に通らなきゃいけない広間でね、小鳥が4羽、襲ってくるよ」
     この小鳥達は、話に出てくる、男達に殺された小鳥達なのだろう。少女のいる座敷牢に近づこうとする者達に対し、攻撃を仕掛けてくるという。
    「それから、女の子は座敷牢の外には出られないみたい。牢に鍵とかは掛かってないんだけどね」
     少女は最早怨霊と化し、人を見ればたちまちに襲い掛かってくる。特に、男性に対しては酷く凶暴になるらしい。
     
     ダム跡地がある山のふもとには、いくつか町や村もある。誰かがこの生まれてしまった古の畏れの犠牲になってしまう前に、なんとか断ち切って欲しいのだと言って、スイ子は灼滅者達に頭を下げた。
    「……それと、スサノオに関しては、やっぱりよく分からなかったの。この畏れを生み出した後、どこに行ったのかも……なんか、ごめんね。あんまり気持ちのよくない話しちゃった上に、こんなんで……」
     しゅん、とうな垂れて、スイ子は申し訳なさそうに視線を落とす。
     いつもより元気のない様子だった。無理もない。年頃の女の子には、今回の事件の内容はショックが大きいのだろう。
    「事件を辿っていけば、きっと、このスサノオに繋がってるはず……みんな、よろしくお願いね。被害を未然に防ぐっていうのもそうだけど……この女の子ね、苦しんでると思う……みんなの手で、終わらせてあげて……!」
     最後にもう一度、スイ子は深く頭を下げてみせた。
     
     スサノオに生み出されてしまった、ひとりの哀れな少女の存在。その苦しみを断ち切る為に、灼滅者達は今、動き出す……。


    参加者
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    上木・ミキ(ー・d08258)
    百舟・煉火(キープロミネンス・d08468)
    籠野・美鳥(高校生サウンドソルジャー・d15053)
    亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)
    朱屋・雄斗(黒犬・d17629)
    ハイキ・ベルマー(雪虫の意図・d20849)

    ■リプレイ


     山の中のダム跡地は、すっかり荒れ果てていた。その昔、この場所には小さな村が存在したという。
    「……他の現場との共通点は……荒れ果てた場所というのは祟りがあるとささやかれる以上は……」
     辺りを撮影して回っていた、天峰・結城(全方位戦術師・d02939)は、ちらりと視線を上げた。
     荒れた土地に、突如として現れた古い屋敷。これが、スサノオが蘇らせた古の畏れである。
     吹き抜けていく風にのって、少女のすすり泣く声が聞こえてくる。
    「人は人として育てられ、ようやく人となるという事か……かの少女だけでなく、逸話の男共もな」
     薄く目を閉じた、エリスフィール・クロイツェル(蒼刃遣い・d17852)の、束ねられた長い髪が風に揺れた。
     この地に伝わる伝承は、それはそれは聞くにも耐えない酷い内容だった。灼滅者達の心の中にも、それは大きなわだかまりのようになってつかえている。
     スサノオの力で再びこの地に呼び起こされてしまった、悲劇の中の少女。彼女にとって、自分達が今からしようとしている事は、正しい事なのだろうか。
    「……いや、今は余計な事を考える時じゃないな」
     百舟・煉火(キープロミネンス・d08468)は、ふるふると首を横に振ってみせる。各々、覚悟はしてきたはずだ。
    「起きてしまったものは仕方ない。きっちり供養してやるのが俺達の務めだ」
    「そうですね……それに、無関係の人に害を為すなら……止めなければなりません……」
     低く呟く、朱屋・雄斗(黒犬・d17629)に、籠野・美鳥(高校生サウンドソルジャー・d15053)も静かに頷く。
     この場所に囚われている少女は、今もなお苦しんでいる。
    「ちゃんと、お休みしてもらおう。死んでからも、人を恨むなんて辛すぎるから……」
     言って、亜寒・まりも(メリメロソレイユ・d16853)は、きゅっと唇を結んだ。
    「はあ……しばらく寝覚め悪くなりそうですね」
    「せめて娘さん罪を犯さないうちに、こう、やっちゃいましょう」
     決意はすれど、気持ちは重い。深いため息をつきながら、バツが悪そうに頭を掻く、上木・ミキ(ー・d08258)の肩を、ハイキ・ベルマー(雪虫の意図・d20849)は何度か軽く叩いてやる。
     ここで悲劇の連鎖を断ち切ること、それが、少女にとってせめてもの救いになると信じて、灼滅者達は屋敷の中へ足を踏み入れた。


     薄暗い屋敷の中を進む。突き当たりの襖を開けたその瞬間、小鳥達の甲高い鳴き声が耳を貫いた。
    「うっ、わ! ちょっと、こんな! いきなり!?」
     頭上から降り注いでくる鋭い爪やくちばしの猛攻に、煉火は思わず声を上げた。
    「小鳥ちゃんたちっ、違うのっ、まりもたちは……」
     言いかけて、まりもは、はっと口を噤んだ。何も、違わないのだ。この小鳥達にとって、自分達は敵でしかない。
     命を奪おうと踏み込んできた、敵。
    「迷っている暇は、無いみたいですね」
    「ああ、やるしかない……!」
     結城と雄斗が、前に出た。向かってくる小鳥達を雄斗が振り払った隙に、結城は己の体から滲む殺気を、じわり、じわりと広げていく。
    「……行くぞ!」
     広く展開された殺気が、小鳥達を飲み込んだ。ギッ、と濁った鳴き声が屋敷の中の空間に反響する。
    「まだまだ終わりませんよ。ぶっ殺す気で来なさいな」
     床を強く踏みしめて、ハイキも殺気の領域を広げた。バタバタと羽を鳴らしてもがき回る小鳥達を、ハイキは厳しい視線で捕らえ、見据える。
     それでも小鳥達は頑なだった。傷付き、羽が舞い散っても襲い掛かってくることをやめようとはしない。
    「貴方達に怨は無いが、ここは押し通らせて貰う。泣いている子を、迎えにいく所でな」
     腕に着けたバベルブレイカーの噴射の勢いで前へと踏み込んだエリスフィールが、一羽の小鳥を激しく貫く。
     ぱっと、小鳥の羽が飛び散った。
    「……っ、へペレぇっ!」
     まりもは叫んだ。その呼び声に、ライドキャリバーのへペレがエンジン音を唸らせる。
     縛霊手の中の祭壇を展開し、結界を展開するまりもの横を、熊のような車体が鋭くすり抜けていく。
    「わかってる……やらなきゃ、いけない……!」
     苦虫を噛み潰したような顔で歯を食いしばっていたミキは、叫びだしたくなるような衝動を歌声にのせる。
    「どうか……気付いて下さい。貴方達は、もう……」
     目をそっと閉じた美鳥が、前へと差し出した指先を静かに払う。
     歌声の軌跡を追うように、燃え盛る炎が小鳥達を包んだ。
     ひとつ、ふたつ、と、小鳥達は力なくその場に落ちる。
    「……っ、ごめん!」
    「……すまんな」
     詫びながら、煉火はロッドで小鳥を払って魔力を解放し、雄斗は炎を纏った刃で小鳥を切り裂いた。
     けたたましい小鳥達の鳴き声は止み、静まる部屋の中。宙に舞っていた小さな羽根が、ゆっくりと落ちてくる。
    「この小鳥達も……かつては大空を駆けて素敵に囀っていたのでしょうか……」
     手元に降ってきた羽根を受け止めて、美鳥は目を伏せた。
    「結局、私達のやってることは、件の男達となんら変わらないんですよね……」
    「それは、違いますよ。違うと思いましょう」
     悔しそうに唇を結ぶミキに、ハイキはゆっくりと首を横に振ってみせる。
    「まあ、少女に二度も悲劇を見せてしまう状況は避けられたんだ。それだけでも良しとしよう。そうとでも思わねば、耐えられぬぞ」
    「……う、ん……」
     エリスフィールの、どこか優しさを含んだ言葉。目にいっぱい涙を溜めていたまりもは、それを手で少し乱暴に拭って頷く。
     ここで、挫けていてはいけない。まだ、進まなければ。
    「……声は、あっちからか?」
     雄斗は広間の奥の襖を見やった。そこから、少女のすすり泣く声が響いてくる。
    「そのようですね……行きましょうか」
     頷いて、結城は仲間達をそっと促した。
     進んだ先には、怨霊と化した少女がいる。延々と続く悲しみと憎しみの狭間で、苦しみ、嘆き、そして、泣いている。
    「……許してとは、言わないから」
     前を向いたまま呟いて、煉火も足を進めた。
     新たな決意を胸に、灼滅者達は屋敷の奥へと向かう……。


     少女の泣く声が、だんだんと鮮明に近づいてくる。
     屋敷の最奥。木の格子戸で囲まれた座敷牢に、彼女はいた。近づいてくる灼滅者達に気がついたのか、顔を伏せて泣いていた彼女は、はっとしたように顔を上げた。
    「こんにちは、娘さん」
     少し、薄く微笑んで、ハイキは少女に声を掛けた。
    「ダレ……コナイデ……コナイ、デ……」
     涙に濡れた瞳が、恐怖に見開かれる。
    「……ッ、コナイデッ!!!」
     恐怖と狂気に染まった表情。きっともう、彼女には何を言っても無駄なのだ。迷うことなく、結城は座敷牢へと踏み込んでいく。
    「ウアァァァ! アアアッ!!」
    「男達の慰み者にされて最後に自殺ですか。生まれた意味があるのか?」
    「っ!? ちょっと待って! 何でそんなこと……」
    「待て……あれは、わざとだ」
     辛辣な言葉を少女に浴びせる結城に詰め寄ろうとした煉火を、雄斗が引き止めた。
    「わざと……?」
     不安そうに漏らしながら、煉火は結城の背を見つめた。
     襲い掛かってくる少女を受け止めながら、仲間達を包む霧を展開している結城。少女に言葉が通じているかどうかは分からない。けれども、男性に対してより凶暴性を露にするという事だけは分かっていた。ああすることで、彼はきっと少女の注意を自分へと向けるつもりなのだ。
    「……っ、バカっ、一人で背負おうとしないでよ!」
    「同感だ」
     頷き合って、煉火と雄斗も駆け出していく。すり抜けざま、煉火はロッドをくるりと回して少女へと叩き込み、雄斗は炎を纏わせた剣を振るった。
    「へペレ、行くよ! 悲しいのは、ここで終りにしなくっちゃ!」
     縛霊手を掲げ、祭壇を展開するまりも。ライドキャリバーのへペレも、エンジン音を轟かせ、駆け抜けていく。
    「因も怨も、全て撃ち貫く!」
     バベルブレイカーを装着した腕を水平に構えて、エリスフィールはその引き金を絞った。
     連戦になるとはいえ、少女はひとり。展開はほぼ一方的だった。
    「援護は、任せてください」
     陣の後方について、ミキもこまめに回復を飛ばす。
     倒すためではない。救うのだ。一刻も早く、少女を苦しみから解放させるために、灼滅者達は武器を手に、戦っている。
    「アアアァアッ!! ウアァアッ!!!」
    「ひどい、話ですよね……辛かったですよね……」
     思わず、頬を伝った涙をそのままに、美鳥はバベルブレイカーの照準を少女へと合わせ、踏み切った。
     高速回転する杭が、少女の体に突き刺さる。
    「アアアッ!!!」
     激しい一撃に撃ち抜かれた少女が、体を二つに折った。
    「ウゥ……ウウゥッ……」
     少女は、復讐心に狩られた怨霊だ。よろめきながらも、ゆるゆると上げたその顔は、憎しみの色に染まっている。
    「ウウゥ……ガァッ!!」
     人というより、もはや獣だ。傷付いた体もそのままに、血が滲むほど唇を噛み締めて、少女は、そのか細い足で床を蹴った。
    「させませんよ」
     合わせて踏み切ったハイキが、素早く前へと滑り込む。
    「如何でしょうか」
     掲げられた掌から展開するシールド。それ越しに少女を見下ろしながら、結城は静かに口を開く。
    「ま……とりあえず、ウザたいからサッサともう一度死んでくれよ」
    「ウゥ……アアァアアァアッッ!!!」
     突っ切ってくる少女を、結城はそのまま逃げもせずに受け止めた。
    「……っ」
     ふいに走った鈍い痛み。傷の痛みはさほど気にならない。それよりも痛む何かに、結城は眉を寄せる。
     少女の動きが止まった。その隙を、エリスフィールの影が捕らえる。
    「宵闇の牙……喰らい付け」
     勢いよく伸びていった影が、少女の体を飲み込んでいく。
    「ア……ア、ァ……」
    「……お休み」
     徐々にその形を失くしていく少女を、エリスフィールは笑って見送った。
     消え去っていった少女。彼女を失ったことで、この小さな屋敷もその存在を薄れさせていく。
     この屋敷も、このまま消えていくのだろう。少女や、小鳥達と同じように。
    「どんな事が、あったんだろう……きっと、男の人がイヤになっちゃうような事があったんだ……小鳥ちゃんたちも、守ろうとしたのに、守れなかったんだね……」
     胸の前で小さな手を握り締めて、まりもは少女が消えた後をじっと見つめる。少女の受けた苦しみはどんなものだったのか、まだ幼いまりもには想像もつかなかった。
    「お気持ちは、お察しいたします……私も同じ、女性ですから……」
     そんなまりもに聞こえてしまわないよう小さく囁いて、美鳥は屋敷の床にそっと触れた。
    「お前の受けた心の痛み……少しでも肩代わりできてりゃ、それだけでも来てよかったと思えるぜ」
     座敷牢を囲んでいた木の格子戸を見やりながら、雄斗は口元を僅かに緩ませる。
     少女を捕らえていた屋敷が、消えていく。
    「こんなところで延々なんて……私だったら、あなたほど頑張れなかったと思いますよ……」
     きっと、気が狂っていたと思う。己の中の闇に、その身を委ねて。
     そう、ミキは静かに言って目を閉じた。


     そこにあったはずの屋敷は、すっかりその姿を消してしまった。まるで、夢でも見ていたかのように。
     荒れ果てたダムの跡地。屋敷のあった場所には小さな石碑だけが静かに佇んでいる。
     突き抜けるような冬の空の下。吹く風に炎が揺らめき、線香の匂いが凛と空気を引き締める。
    「……古の畏れですか。亡き者への敬意を忘れるなとでも言いたいんですかね、スサノオさんは」
     石碑を濡らした布で磨いてやりながら、ミキはため息をついた。もしそうだとしても、こんなやり方は納得できるはずもない。
    「彼女も……スサノオの被害者というべきなのでしょうか……無理やり起こされて……どうか、安らかにお眠り下さい……」
     祈り、美鳥は静かに歌う。
     少女を送るためのせめてもの供養だった。安らかに眠ってほしい。そんなことを願いつつ、灼滅者達は少女に祈る。
    「閉鎖された場所での風土は恐ろしいですね……」
     どこか懐かしいような、そんな温もりのある美鳥の歌声に耳を傾けながら、ハイキは石碑の傍で燃える炎の中へコクリコの花を投げ入れる。
    「これで、ゆっくり小鳥と過ごせたら良いわね」
     そうして、立ち上る煙を見上げて、ハイキは笑った。
     少女は救われているだろうか。憎しみと恐怖から解放されて、笑えているだろうか。
    「これをお前にやる。じいさんから貰ったものなんだ。俺、じいちゃん子だったしな、昔はよくこれで遊んだもんだ。結構上手いんだぜ?」
     そう言って、雄斗は取り出したけん玉を突いてみせる。カツ、カツ、と乾いた空気に響く小気味良い木の音。何度かそれを繰り返してから、雄斗は手にしていたけん玉を、炎の中へ放り入れた。
    「そっちで友達作って教えてもらいな。お前はもう、自由なんだからな」
     祖父との思い出が詰まった大切な物だったが、惜しむような心は無かった。これで少しでも少女の魂が慰められればいい。そう祈って、雄斗は空を見上げる。
    「天国でゆっくりねー、小鳥ちゃんたちも……おやすみなさい」
     小鳥のエサをそっと撒いて、まりもは手を合わせて目を閉じた。
     天国で困らないように。手向けた花はもちろん、少女のために、いろいろなものを送ってやる。
     新しい足袋に草履。串団子や草餅なんかの甘いお菓子も。
    「さあ、友と共に思う所へ駆け行くといい。お腹が空いたらご飯やお菓子を食べて、疲れたら陽の光と夜の安寧に抱かれ、ゆるりとな……」
     捧げられた少女への供物を飲み込み、赤々と燃え盛る炎を、エリスフィールは晴れやかな面持ちで見届けた。
     そんな仲間達の背を、結城は少し離れた場所でぼんやり眺めていた。
    「……いいの? 参加しなくて」
    「……作戦といえど、彼女の心を傷付けた人間に、そんな資格なんてありませんよ」
    「そう? そんなこと、ないと思うけどな」
     遠慮がちに言った結城にそう返して、煉火は小さな石碑を囲む仲間達を見つめる。
    「これで、怨霊としてではない彼女の姿を、ボク達が覚えておく切欠になったのなら、今回の事も、悪い事ばかりではないんだろうけど……」
     誰に言うでもなく呟いて、煉火は目を伏せた。
     空には、一筋の煙。それは天を目指すようにゆっくりと、高く、高く、どこまでも昇っていく……。

    作者:海あゆめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 3/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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