麗しのドミナ

    作者:小茄

     薄暗い個室で、ベッドに腰掛けた半裸の男が煙草をふかした。
     鋭い眼光、刺青の彫り込まれた精悍な体つきには、無数の傷跡。さながら、歴戦の古兵を思わせる。
     ――がちゃ。
     扉が開かれ、姿を現したのはガウンを纏った色香ある女。ふくよかな唇に真っ赤なルージュが煽情的だ。
     だが、男はそちらを一瞥する事もなく、煙草を灰皿に押しつけた。
    「跪け」
    「……はい」
     言われるまま、足下に跪き、忠犬の様に次の命令を待つ。
    「舐めろ」
    「はい……有難うございます。舐めさせて頂きます」
     そして命令が下されるが早いか、這いつくばると、足に舌を這わせ始めた。
    「あぁぁ……幸せです……ご主人様ぁ」
    「情けない犬。犬らしく鳴いてみなさいよ」
    「……わんっ、わんっ!」
     恍惚の表情を浮かべ、丹念に足を舐め回す。蔑むような視線も、嘲るような言葉も、全てが愉悦をもたらすのだろう。
     絶対的主人による奴隷の調教は、その後も暫くに渡り続いた。

    「運んで頂戴、鹿児島駅まで運んで、後はあっちが何とかするわ」
    「はっ」
     おおよそ1時間後。数人の男達が、ぐったりと幸せそうな表情で横たわる刺青の男を運び出して行く。
     女は、煙草の煙をフッと吐き出した。
     
    「博多の中洲地区で、HKT六六六の強化一般人が事件を起こしていますわ」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、この強化一般人は色香漂う女性で、いかがわしいお店を出店しているらしい。
     そこに刺青の施された客を招き、調査を行っているのだと言う。
    「確かなことはまだ判明していないけれど、このお店を訪れた客の数人は、彼女に魅了されてHKT六六六の協力者になっていますわ。放置するわけにはいきませんわね」
     確かなのは、急ぎ潰さねばならないと言う事だ。
     
    「ただ、彼女も警戒はしていて、あなた達の様な敵が来たことを察知すれば、すぐに逃走出来る様な備えをしている様ですわ」
     彼女達を逃さずに倒す為には、何か手段を考える必要がある。
    「一つは、誰かが客としてこの店を訪れる事ですわ。いわば潜入捜査という奴ですわね」
     この場合、いかがわしい店に客として訪れる以上、大人の装いでなくては入店さえ断られてしまうだろう。
     囮が個室でお色気強化一般人を引きつけている間に、退路を断ち、彼女を倒すと言う手順になる。
    「まぁ……その引きつけている間に、囮役は尊い犠牲になるかも知れませんけれど……」
     意味深な物言いの絵梨佳。
    「もう一つは、刺青強面の強化一般人を逆に籠絡し、お色気強化一般人に対する忠誠心を揺るがす方法ですわ」
     現状では、強面一般人は女王様に忠誠を誓っており、彼女を逃がす為ならどの様な事でもするだろう。
     彼に対し、お色気強化一般人を上回る魅力でもって色仕掛けを仕掛ける事が出来れば、彼女を逃がさず倒すチャンスも増える事だろう。
     
    「ともかく、手段は皆さんにお任せしますわ。博多の平和を守るため、頑張って下さいまし! ……程々に、ね」
     そう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    東雲・夜好(ホワイトエンジェル・d00152)
    獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    前田・光明(中学生神薙使い・d03420)
    神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)
    坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)
    佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)
    花衆・七音(デモンズソード・d23621)

    ■リプレイ


     札幌すすきの、新宿歌舞伎町と並び、日本三大歓楽街の一つに数えられる福岡中洲。
     夜に掛けて一際輝きを増すこの街に、灼滅者一行の姿があった。
    「……中洲は別にこんなお店ばかりやないよ、美味しいご飯もいっぱいなんですよ?」
     と、福岡県出身の佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)は誤解を解くのを忘れない。
     それは全くの事実なのだが、今回一行が訪れたのは、学生には似つかわしくない「妖しいお店」が多く並ぶ地域。エイティーン等を活かしつつ、大人達の視線を避け、どうにか目標の雑居ビルへと辿り着いた。
    「作戦開始、だな」
    「光明、御前の覚悟確と見届けた……後の事は全てオレ達に任せて、安心して未知なる世界に飛び込んで来い」
     今回、囮役を務める前田・光明(中学生神薙使い・d03420)の肩をポンと叩くのは、神代・煉(紅と黒の境界を揺蕩うモノ・d04756)。
     囮役は女王役であるお色気強化一般人、ミサキに客として接し、時間を稼ぐと言う重要かつ危険(意味深)な役どころである。
    「大丈夫だ、どんな有様になっていようと必ず骨は拾ってやるからな」
    「あぁ、必ず時間を稼いでみせる」
     仲間達にそう告げると、ビルの中に消えてゆく光明。それはあたかも、元より生還を期さぬ戦士の出撃であった。
    「では、私達も……」
     光明を敬礼で見送った一行は、巫女装束を纏った日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)の言葉に頷き裏口へと向かう。
     ――トントン。
    「……誰だ」
     こうしたビルには珍しく、綺麗に片付けられた(逃走時に困らない様にだろう)裏口のドアをノックすると、中からは低い男の声。
    「開けて頂戴」
     のぞき窓の前に立ち、さも当然の様に言う坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)。
     ――カチャ。
     プラチナチケットの効果により、この店の関係者と思わせる事が出来た様で、扉は間もなく開かれた。
     そこに居たのは、やや強面と言えなくも無い精悍な顔つきと、がっしりした体躯の壮年男性。鋭い眼差しを灼滅者達に向ける。
    「お名前は……シゲルさん、だっけ? ゴメンナサイね、何時もの子は今他の人の相手中だから」
    「気遣いは無用だ。俺は客としてここに居るわけじゃない」
     東雲・夜好(ホワイトエンジェル・d00152)の言葉に対し、きっぱりと応えるシゲル。
    「でも折角だから、イロイロ試してみてくれるかしら?」
    「うちらな他所の店からヘルプに呼ばれて来てん。どうや、選り取り見取りやろ♪ 折角やったらうちらにちょっと付き合わへんか?」
     花衆・七音(デモンズソード・d23621)も、シゲルにしなだれかかって誘惑。
    「悪いが……」
    「客が来るまで暇だ。良い、手始めにお前と遊んでやろう」
     獅之宮・くるり(暴君ネコ・d00583)はシゲルの言葉を遮り、見下すような視線でそう言い放つ。
    「あなたみたいな犬、ミサキさんがいつも相手してくれる訳ないでしょ」
     同様に、制服姿の佐倉・結希(ファントムブレイズ・d21733)も冷たい眼差しで告げる。
    「済まんが……俺は、誰でも良いと言う類いの安い男じゃないんだ」
     だが、そんな灼滅者達に対し、数多の修羅場をくぐり抜けてきた事を伺わせる鋭い視線で、シゲルはそう返すのだった。


    「アナタ学生? こう言うお店に来たことは?」
    「……はぁ、まぁ」
     余り嘘をつきすぎるのも怪しまれると考え、ミサキの問いかけに曖昧な答えを返す光明。
    「光明、アナタ口の利き方を知らないのね。『はい、学生です。ミサキ様』でしょ?」
     ミサキと名乗るその女性は、光明の顔を掴むと息が掛かるほどに自分の顔を近づけ、そう囁く。
    「はい……ミサキ様」
    「いい子ね」
     素直に復唱する光明の頭を撫で、妖艶に微笑むミサキ。
     2人は、ベッドや椅子、磔台やその他諸々の器具を備えるプレイルームに居た。客とスタッフでありながら、女主人と奴隷と言う倒錯的な立場である。
    「私は賢くて忠実な犬が好きなの。アナタは忠犬? それとも駄犬かしら?」
    「私は忠実な犬です。全てミサキ様の御心のままに……」
     ミストレス(女主人)用の豪華な椅子に腰を下ろしたミサキの足下に跪き、忠誠を誓う光明。ミサキもまた、彼に見込みがあると感じたのか、満足げな様子だ。
    「ご褒美に私の足、舐めさせて上げる。嬉しい?」
     ストッキングを履いたままの足を、跪いた光明の目の前に差し出すミサキ。
     仲間達がシゲルをどうにかするまで、何としてもミサキをここに留めておかねばならない。全ては彼の演技力に懸かっているのだ。 


    「んちゅ……ぺろ……んはぁ……」
    「美味しい?」
    「はい、おいひいれす……れろれろ……」
    「うふふ……こういうのがいいんだぁ? 聞いていたけれど、ホントにスキモノなのねぇ~♪」
     普段は年相応の(?)男の娘として元気に振る舞っている夜好だが、今や小さな女王様と言った貫禄を漂わせていた。
     最初はミサキ一筋と主張したシゲルだったが、これだけの数の美少女達に誘惑されて、割とあっさり陥落していた。
    「ほら、何やってるんですか犬の方が上手に舐めますよ。やっぱり犬以下ですね」
    「申し訳御座いません、佐倉様。犬以下の卑しい奴隷をお許し下さい……ぺろぺろ」
     どちらかと言うとM(!)を自称する結希も、この時ばかりはSになりきり、自身の足をシゲルに舐めさせる。
    「こんなの考えてみたのですけど、どうでしょう……ありですか?」
    「ひゃあっ! はひぃぃ……興奮しますぅ」
     赤面しつつ御幣でぺしぺしと叩く翠に対しても、完全に屈服しきって恍惚の表情を浮かべている。
    「喋るな。鳴け。言葉を発して良いのは人間だけだ」
    「はひっ……きゃうん、きゃうん!」
     こちらも、黒のガーターとストッキングが艶めかしいエイティーン版のくるり。元々お嬢様として傅かれるのに慣れて居るせいか、奴隷に接する様子も堂に入っている。
    「おっちゃんは変態さんやなあ。犬どころか変態の豚野郎や♪ ほら、ブーブー言うてみい!」
    「ぶ、ぶひぃぃぃっ!」
     七音がシゲルの臀部を蹴り上げると、彼はもはや人間としての尊厳さえも棄てたかの様に、鳴きながら何かの高みへと達したのだった。
    「あたしはこの手の事はとやかく言う程初心じゃないつもり、だが……ま、あえて言うなら……Oh,What vulgar……(あぁ、なんて卑しいんだ)」
     すっかり堕ちきったシゲルの姿に感想を漏らす未来。
     裏口からの逃走を阻止する為、施錠した鍵穴に瞬間接着剤を流し込み、その上ドアノブにローションを塗りつけて封鎖する事も忘れない。

    (「ふむ、こうしてると何かで見た張り込みとやらみたいだな……牛乳とアンパンでも用意しておくべきだっただろうか?」)
     一方その頃、店の外では煉が不測の事態に備えて入り口を見張っていた。
     旅人の外套を用いていなければ、キャッチやらスカウトやらナンパやらでさぞかし面倒な事になっただろう。
    (「それにしても光明、無事だと良いが……」)
     煉がすっかり暗くなった空を見上げ、囮役の無事を祈っていたその頃――

    「んはぁぁっ! そ、そこはぁっ……」
    「ん? ここがどうかしたの? そんなに情けない声上げちゃって」
    「だ、だめ……です」
    「あら、ダメなんだぁ? じゃあやめにしようか?」
    「や、やめないで……下さい」
    「へぇ、自分からこんな事おねだりしちゃうんだ。ヘ・ン・タ・イ♪」
    「あぁぁ……」
     諸事情により音声のみでお送りしているが、光明は文字通りその身を挺して貴重な時間を稼いでいた。
     決して、秘蔵の円盤や川原のお宝本の世界を実体験してラッキーとか、内心煮え煮えになってるとか、任務を忘れて個人的に愉しんでるとかそんな事は全く無い……はずである。


     それからしばらくの間、プレイルームとスタッフルームではそれぞれに濃密な時間が経過した。
     床に転がっているシゲルは、完全に魂が抜けきったように放心状態だ。
    「それじゃ、合図送りますね」
     それを確認すると、結希は待機中の仲間をコールする。いよいよミサキの居るプレイルームへ突入する時だ。
    「準備は良いな、行くぞ!」
     ――バンッ!
     未来がプレイルームへの扉を蹴り開け、なだれ込むとほぼ同時、待合室側の扉からも煉が室内へと押し入る。
    「「……!?」」
     そこに居たのは、ボンテージを身に纏い、バラ鞭を手にした妙齢の女性と……磔台に繋がれてがくりとうなだれる光明の姿。
     しかし不思議と、その表情は安らかだ。
    「行ってしまったか……新たなる地平線の向こうへ……」
     無茶しやがって、と駆け寄る煉は、磔台から光明を降ろすと、ベッドへと横たえる。
    「仕方が無い……骨は拾う約束だ、暫く此処で休んでいてくれ」
    「ちょ、ちょっと何なのあなた達? シゲル?! 何やってるの!」
     ミサキは、スタッフルームから一斉に姿を現した灼滅者達を見て、動揺を隠せない様子。
    「豚野郎……もとい、あのおっちゃんなら、うちらがたっぷり調教してやったで。まあ、おばちゃんべっぴんさんやけど、若さには勝てへんかった言うことやろ」
    「なっ……誰がおばちゃんですって? あの役立たず……こんな小便臭い、胸も育ってないガキども相手に……」
     やや挑発的な口調で言う七音に対し、ミサキは眉をピクリと反応させる。しかし、頼みの綱のシゲルが彼女をフォロー出来ない状況なのは火を見るより明らかだ。
    「……所詮……胸なんて、飾り、だからな!」
    「さ、遊びは終わりの時間よ……ミサキちゃん」
     殺気をまき散らす未来とは対照的に、笑みを浮かべつつヴァンパイアミストを纏う夜好。
    「私達の方が、お前よりも奴に愉しい夢を見せられた様だな?」
    「祓います! 祓います! 払いますですーっ!」
     高速回転するバベルブレイカーの杭を繰り出すくるりと同様、目一杯恥ずかしい思いをさせられた恨みを晴らさんと、翠は神霊剣を振るう。
    「ちぃっ! ふ、ふざけるなっ!」
     鞭を振るって反撃を試みるミサキだが、元々武闘派ではない上に、シゲルが戦闘不能とあってはいかにも苦しい状況だ。
     彼女もそれを自覚しているのだろう、何とか逃げ道を探して視線を巡らせるが、どちらも退路は断たれている。
    「光明の仇だ、覚悟」
    「死んでないですけどね」
     死角を突き、影の刃でミサキの足を払う煉と、フォローを入れつつ抗雷撃を見舞う結希。
    「くううっ……! シ、シゲル!」
    「痛くされるんは苦手みたいやねぇ?」
    「ひっ……」
     闇の滴る本来の姿に戻った七音は、ミサキの側背より切っ先を突き立てる。
    「ぐあぁぁっ!」
    「……言っておくが、あたしはノーマルだから、な」
    「私も同じくー」
     チェーンソー剣を振り下ろしつつ、余り説得力の無い注釈を入れる未来。夜好もギルティクロスを降臨させ、一気にトドメを刺しに懸かる。
    「ひっ、ま、待って……いやあぁーっ! ……あ、でも責められるのもちょっと良い、かも……」
     ――どさり。
    「Rest in peace.Ms.Queen……」
     剣を収め、瞑目する未来。
     籠絡と陽動作戦を成功させた灼滅者達の前に、ミサキはあっけなく倒れたのだった。


    「すごい幸せそうな顔しとる……ほんとにKOされてるの……?」
    「よう頑張ったなあ、幸せそうな顔しくさって。……嘘みたいやろ、死んでんねんでこれ」
     ツンツンと光明の腕を突く結希と、静かに看取る七音。
    「死んでは居ない……と思うが」
     ペチペチと頬を叩きつつ、煉。
    「うぅ……」
    「お、光明だいじょうぶか? 新たな世界に目覚めてはないか?」
     ようやく目を醒ました光明の顔を覗き込み、尋ねるくるり。
    「……あぁ、大丈夫だ。ただ……全てのオプションを体験する事が出来なかったな」
     フッとニヒルな笑みを浮かべて応える光明。今回何かに目覚めると言うより……元々目覚めていたと言った方が正しいかも知れない。
    「それにしてもえっちなのは初体験でしたし、恥ずかしかったです……皆さん良くあんなに上手に出来ますね」
    「実は一回足舐めさせて見たいと思ってたんですよねー。……思ってたよりよくなかったかな? それはそうと、折角中洲に来たんだから屋台でラーメン食べて帰りたいです」
     翠の言葉にしれっと応えつつ、ふと提案する結希。
    「あ、私も行きたい♪ やっぱり博多と言えば夜の屋台だよね」
    「……裏口は封鎖してしまったから、表口から出よう……」
     夜好や未来もこれに同意。

     かくして、無事HKT六六六の目論見を一つ挫いた灼滅者達は、今度は健全な目的で博多の夜に繰り出してゆくのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ