氷灯夜の花嫁

    作者:零夢

     北海道河西郡芽室町、芽室公園。
     事件は五千のアイスキャンドルに彩られた、バレンタインの夜に起きた。

    「わたしと結婚して下さいっ!」
     人で賑わう祭りのさなか、豪華なブーケを手に深々とお辞儀したのは純白のウェディングドレスに身を包んだ華奢な少女だった。
     彼女の前にいるのはごくごく普通の平均的なオッサン。
    「はぁ……」
     お嬢ちゃんいったい誰と間違えているんだい、それとも新手の詐欺か美人局かいとでも言いたげに戸惑う彼に、少女はぴょこっと顔を上げ、「あっ、説明が足りないですよね、すいません」と笑顔を見せる。
     どうやら悪い子ではないらしい。
    「えっとですね、今日はご存知、氷灯夜なのです。今宵はたくさんの人々を楽しませ、恋人たちの仲を彩るお祭り……――こんなに素敵なイベントが芽室だけのものでいいのでしょうか。いいえっ、もっともっとインパクトを強めて、日本全国津々浦々に広めるのです!」
     だから協力しろという事らしい。
     どこが結婚の説明だ。
     どうやら頭は悪い子なのかもしれない。
    「なので、私と結婚して下さい!」
    「い、いや、おじさん、奥さんも子供もいるからね?」
     どうにかこうにか返した言葉。
    「なんとっ!? 侘しい独り身の方ではなかったのですね!?」
     さくっとぶち込まれるカウンター。
     どういう意味だ。
    「いやはや……それでは仕方ありません」
     言うや、少女は握ったブーケを振り上げる。
     叩き付けると同時に、男へ放つは強烈な冷気。
    「そんなあなたは素敵な一夜を飾るため、キャンドルになっていて下さい!」
     そうして少女は氷漬けになった男の頭上にロウソクを乗せると、次なる配下、もとい、花婿を求め、走り出すのだった。
     
     
    「いっそ誰か結婚してきてやったらどうだ?」
     その後の結婚生活という現実を見たら、案外あっさり目が覚めるかもしれんぞ?
     なんて、帚木・夜鶴(高校生エクスブレイン・dn0068)はくつくつ笑う。
    「まぁ、無駄か。少女にとって重要なのは祭りを盛り上げる事であって、その後の生活は別の話だしな」
     だからオッサンは捨てられた……否、それはあくまで予知の中の出来事であって、正確にはまだ捨てられていないのだけれど。どころか、灼滅者達の行動次第で捨てられることすらないはずだけれど。たぶん。
    「それでは本題へ移ろうか。渦中の少女の名前は氷灯・咲姫――氷灯夜でダークネスへと堕ちる、小さなブライドだ」
     
    「そもそも氷灯夜というのはだな」
     夜鶴は資料を手に、説明を始める。
    「その名の通り氷灯、アイスキャンドルがメインの祭りだ」
     他にも出店があったり花火が上がったり、子供から大人まで毎年たくさんの人が訪れる。
     その中でも目立つ客層は、やはりカップルだろう。なにせ開催日がバレンタインだ。しかも会場には雪の特設チャペルが立てられ、スノーブライダルショーでもって新婚カップルを祝福する。恋人たちが浮足立つのも無理はない。
    「で、咲姫の目的は氷灯夜で日本征服だからな」
     そのためにはインパクト、そして量だ。
     とりあえずの作戦は新婚カップルを増産すること。
     さらにとりあえず、野望の第一歩は自分で結婚――という名の配下作り。一人でも配下がいれば後の作業が楽かもしれないという安直な考え。
     将来は立派なかかあ天下かもしれない。
     閑話休題。
    「きみたちは、彼女が誰かを巻き込む前に接触してくれ。方法は任せるよ。ただ、祭りが台無しになるような混乱は避けるように工夫してほしい」
     うまく咲姫を釣り上げるコツとしては、やはり郷土愛をくすぐることだろう。
     なにせご当地怪人に闇堕ちするほどである、もとは地元大好きっ子だ。
     『こんなインパクトあることできるよ!』『こんな工夫したら楽しそうじゃね!?』などとご当地を盛り上げることを話せば、そりゃもう食いつくだろう。
     うまくいけば、その戦力を少なからず削ぐことも出来るはずだ。
    「もしも咲姫に灼滅者としての素質があったら、救出した後に学園へ誘ってやるのもいいだろう。逆に、素質がないと判断した時は、わかっているな?」
     夜鶴の問いに、灼滅者たちは頷きを返す。
     そう、灼滅だ。
    「……まぁ、バレンタインのカップル向けイベントにいろいろ思うことがあるものもいるかもしれんがな」
     言って、夜鶴は微かに苦笑してみせる。
    「氷灯夜はカップルでなくても楽しめる祭りらしいし、うまくやれば、多少遊ぶ時間もあるだろう。健闘を祈っているぞ」


    参加者
    草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622)
    リーファ・エア(夢追い人・d07755)
    燎・イナリ(於佐賀部狐・d15724)
    杠・嵐(花に嵐・d15801)
    カノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043)
    白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)
    アレス・クロンヘイム(中学生ファイアブラッド・d24666)
    宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)

    ■リプレイ

    ●予想気温は氷点下
     北海道河西郡芽室町、芽室公園――の、はずれ。
    「氷灯夜ですか。初めて見ましたが、とても綺麗なのですね」
     遠くに揺れるアイスキャンドルの灯りに、カノン・アシュメダイ(アメジストの竜胆・d22043)が目を細める。
    「ほんと、折角のお祭りだし、アタイ達も楽しみたいところだね」
     言いながら、燎・イナリ(於佐賀部狐・d15724)は寒いのは苦手だけどね、とモコモコのコートに首をうずめる。なんだか動物チックな動きだ。
     ほのぼのと言葉を交わす彼女たちだが、その身から放たれているのはほのぼのなどというものではない。ただならぬ殺気――というと不穏だが、まぁ、例によって例の如くの人払いである。
    「この分なら俺の出番はなさそうだな」
     周囲を見回し、うん、と宇佐・紅葉(紅蓮浄焔・d24693)は腕を組む。
     もしもの時は王者の風を使うことも考えていたが、幸い、使わずに済みそうである。
     むしろ下手に腰でも抜かされたら非常に面倒かもしれない。
     こちとら見知らぬオッサンを介抱するために遥々東京から来たわけじゃない。……いや、オッサンじゃないかもしれないが。
     区画内で逃げそびれた一般人は、草壁・悠斗(蒼雷の牙・d03622) が見つけ次第に祭り会場への道を教えてやる。
     これからここへ誘き寄せる少女を思えばやれやれな心境だが、それはそれ。こうして戦場を整えたのだから、囮カップル達には何としてでも釣り上げて来てもらわねばならない。
    「……頼んだぞ」
     悠斗は祭りのざわめきへ、小さく呟いた。

     で、当の囮達。
    「あっ、アレスさん次アレ行きましょう、芽室特産ですって!」
    「あ、あぁ……」
     進路を定めたリーファ・エア(夢追い人・d07755)は、アレス・クロンヘイム(中学生ファイアブラッド・d24666)の腕をぐいぐい引く。
     初依頼にどこか緊張気味なアレスだが、女性への気遣いは忘れない。隣のリーファを庇うように、さりげなく人混みからの盾になる。
    「でもよかったですよね、捨てられたオッサンがいなくて」
     道中、ふと洩らされた彼女の言葉には、あぁとアレスも頷いた。
     そういやそんな予知もあった。
    「そう、いないんですよね……奥さんにも娘さんにも捨てられたオッサンなんて!!」
    「え、ちょ、エアさん?」
     何を言い出すんだこの人は。
     あれってそんな予知だっけ?
     ていうかせめて声抑えて!?
     もしかしたら本当にいるかもしれないじゃないか!
     どうにか話題を誤魔化そうと必死になるアレス。
     純粋にオッサンを案じ続けるリーファ。
     ――そんな二人の近くでは、杠・嵐(花に嵐・d15801)と白樺・純人(ダートバニッシャー・d23496)も祭りを回っていた。
    「にしても、人多いな……」
     嵐はボソリと呟くが、まさかそれが殺界形成の副産物だとは思いもしない。
     公園のはずれで発動されたそこから遠ざかるように、人々は祭りの中心へ。
     しかも祭りから外れた迷子たちも悠斗がしっかり誘導しているのだ。
     人口密度が上がれば必然、人々の距離が縮まる。
     恋人同士の距離がやけに近いのはそのせいだ。そうに違いない。
    「あ、あの、杠さん……」
     純人は腕を絡める嵐におずおずと声をかける。
     近くないかなと訴える視線は身長差のせいでやたら見上げる形になってしまう。しかも嵐がブーツを履いているせいで、その差は今や20センチ近い。
     なんかもう恥ずかしい。色んな意味で恥ずかしい。
     なのに、
    「……まだだ、もうちょっと」
     などと囁かれては開き直るしかない。
    「あ、え……っと、そうだ! ここって初めて来たけど、すごく綺麗なお祭りだよね!」
     そして、続けるのは逆接の接続詞。
    「……でもちょっと残念だな。もっと良くなりそうなのに」
     それには嵐も全くだと頷く。
     ちらりと目配せする先はリーファ。
     二人は小さく頷き合って、
    「そーだな。これで氷灯夜限定の合コンとか」
    「ここであえてお見合い的な事とか」
    「「そういうのがあったら、もっと楽しそうなのに」」
     二人の声が重なり合う――その時、四人は各々の視界に勢いよく振り返る『純白』を捉えていた。
    「ふっふっふ……あったんですね、それが!」
     カツンと鳴らすヒール。ビシッと突きつけるブーケ。
     人ごみをかき分け灼滅者達の前に現れたのは、
    「そこのお兄さんお姉さん。ちょっと一回いかがですか、サクッと結婚でも!」
     闇堕ちブライド、氷灯・咲姫だった。

    ●氷の姫に火が付いた
    「まぁ……あった、っていっても、去年の話なんですけどねー」
     しかも私、参加してないから詳しくないですし――って、当然だろう。今年はベストカップルコンテストだと得意げに語る彼女は去年、小学生だったはずだ。
    「ってことで、去年の分も取り返すべく、結婚しちゃいませんか、結婚!」
     私、精一杯祝福しちゃいますよ!
     ぱあぁっと期待の眼差しを向ける咲姫。
     だが向けられたってどうしようもない。なにせしがない囮である。出来るのは方向転換ぐらいだ。なので、
    「なぁ氷灯、結婚しなくても祭りが楽しくなる方法、あたしらはいっぱい知ってんぞ?」
     言った嵐に、
    「本当ですかっ!」
     ぐいっと咲姫が食いついた。
     ちょろい。
    「何ですか、それは。ぜひ教えて下さい!」
     ぐいぐいくる少女に、灼滅者達はじりじり下がる。安全距離は大切だ。
     もういい、このまま餌をぶら下げて誘導してしまえと、リーファ、純人、アレスは次々と提案をぶつけていく。
    「えっとですねー、それじゃあまず、ウェディングドレス姿で記念撮影とかどうですかねー?」
    「わ、小さい女の子でも出来そうですね!」
     ずいっ――ささっ。
    「あとは着色した氷で偽チョコを作るとか……悪戯っぽいけど、可愛くないかな?」
    「なるほど、いかにもバレンタインですね!」
     ずずいっ――さささっ。
    「そうだな、他にもかまくらを取り入れてはどうだろう。アイスキャンドルと合わせて出店に使えば雰囲気も良くなると思うが」
    「ああ、かまくらのお店ですか!」
     ずずずずずいぃっ――ささささささささっ。
    「もうっ、なぜ皆さん逃げるんですか! ……って、ここ……」
     異変に気付いた咲姫は、はっとして足を止める。
     そう、ここは殺気に満ちた――。
    「人気のない場所に連れ込んで何をする気ですかっ!? いかがわしいですっ!」
     いや、そっちが迫ってきたんだろ!?
     四人、いや、最早会話の聞こえている待機組も含め、八人の心がシンクロする。
     むしろこっちは被害者だ。
     殺気の中心であるイナリとカノンはほっとするやら気が抜けるやら、複雑な心境だ。
     ともあれ、身の危険を察し、祭りの喧騒へ戻ろうとする咲姫を放っておくわけにもいかない。逃げられる前に、とっとと捕獲だ。
    「よぉ、氷灯さん。ちょっと俺達の話も聞いてかねぇ?」
     本当に祭りを盛り上げたいならさ。
     ぽんと咲姫の肩を掴んだ紅葉の後ろには、悠斗、イナリ、カノンがいた。

    ●氷の沸点は意外と低い
    「……つまり祭りを広めたいと、そういう事だな?」
     一応、形ばかりの事情聴取を終え、そう纏めた悠斗に咲姫はこくこく同意する。
    「そうですそうです、今もこちらのご夫婦方から――」
    「「「「ちょっと待て」」」」
     ツッコミ四重奏。
     そんな四人を代表し、訂正を入れたのは純人だった。
    「その、僕達は夫婦じゃないんだけど……」
    「あっ、ご姉弟でしたか!? これはとんだご無礼をっ」
    「違うけども!!」
     思わず叫んだ純人を、よしよしと嵐が慰める。
     恐るべし、精神攻撃。
     悪気がないのがさらに悪いというべきか、男心は脆いのである。
     この無垢な言葉の暴力は早急に止めねばなるまい。
     悠斗は一人、心に誓うと溜息を洩らす。
    「というか、日本の法律じゃ中学生は結婚できないぞ。知っているか?」
    「あれ? でもホラ、よく言うじゃないですか。『大事なのはキセージジツだ!』って」
    「何をする気だよ」
     漢字も知らない中学生は頼むから大人しくしていてほしい。
     とはいえ、まぁ。
    「地元を盛り上げたい、ってのはよく分かるんだよなぁ」
     そこは否定しないと紅葉が歩み寄る。
     折角チャペルもあるわけで、新婚方向で盛り上げたい気持ちももっともだ。
    「でもさ、無理矢理仕立て上げられても当人たちは嬉しくないと思うんだ……自分らの意志で掴んだ幸せだからこそ、此処で祝われることに意味があるはずなんだよ」
    「はっ……!」
     まるで気づかなかったと咲姫の目が見開かれる。鱗でも落ちそうである。
     そこへ、カノンも協力して畳みかけた。
    「確かに、こんなに綺麗なお祭りは素晴らしいと思うけど、広めたいのなら人様に迷惑をかけてはダメですよ? ちゃんと色んな人に話さないと」
     ね? と小首を傾げるカノン。
     しかし。
    「で、ですがこれは大事の前の小事なのです! 平和の礎です!」
     あくまで咲姫は畳まれない。
     そう、全ては氷灯夜の名のもとに!
    「日本全国氷漬けですよ!」
    「それじゃ駄目だろ!?」
     何ら聞いちゃいねぇ咲姫に紅葉が叫ぶ。
    「そ、それならさ!」
     こんなのはどうかな、と新たに手を上げたのはイナリだ。
    「ご当地を盛り上げるには、やっぱり甘い物だよね。芽室といえば帯広、帯広名物のお菓子といえば、あの有名なクリームとレーズンのビスケットサンド……コラボ出来たら凄いよね」
     ほぅ、とどこかうっとり気味なイナリに、咲姫がぴくっと反応する。
    「なっ、なななっ! 何てことを言うんですかっ、アレ美味し、じゃない、さてはあなた、帯広の回し者ですね!?」
    「へっ?」
    「別に帯広なんて羨ましくないんですから!」
     チリッとブーケから火の粉が落ちる。まずい、このまま戦っては彼女の力が未知数だ。
     何とか安全かつ無難な話題に戻すべく、純人は素早く声を上げる。
    「あっ、じゃあ氷彫刻も増やしてみるとか! 氷で作った花が炎で輝いたら……」
    「氷彫刻……? それはつまり、帯広氷祭りの二番煎じですね!?」
    「いや、違うけど!」
     とことん地雷を踏み抜く二人――と思いきや、咲姫の口がもごもご動く。
     そりゃ私だって今年も行きましたけど……って、これで案外、心は揺れているのだろうか。なんかもうよく分からない。
     だがその混乱はあちらも同じらしく、
    「もうっ皆さん嫌いですっ! 全員まとめて灯火になっちゃって下さいっ」
     言うが早いか、前列に炎のブーケを撒き散した――はずなのに。
    「――La lumier du noir de jais」
     闇に響くカノンのコード。
     同時に巻き起こった清浄なる風は、仲間の傷を癒すとともに燃え移った炎を鎮める。
    「あ、れ……?」
    「あーあ。祭りを愛するお前が、祭りを楽しむ人たちを滅茶苦茶にするなよ」
     戸惑う咲姫に、嵐がゆるやかに言い放つ。
     すっと伸ばした指先が取り出すのは、ブーツに忍ばせた細い銀の魔女の杖。
     そっちがその気ならこちらも本気だ。
     魔女の魔法を、見せてやる。
    「これがあたしの、とっておきだ」
     放たれる魔法は歌声に乗せ、澄み渡る旋律が詠唱のごとく少女の意識を惑わせる。
     ぎゅっと耳を塞ぐ咲姫――だが、戦場で目まで閉じては素人だ。
     瞬間、容赦なく撃ち込まれたリーファの巨大杭、紅葉の鬼神変に小さな身体が折れる。
    「~~っ」
     それでも必死に踏みとどまり、構えたブーケが燃え上がらせれば、アレスが最前線に飛び出した。ビハインドのイグニスを従え、手の甲に張り付いたシールドを晒す。
     威嚇のようなイグニスの霊撃、アレスの障壁は前衛達を包み込む。これ以上は、炎も氷も寄せ付けない。
     業火の花は咲姫の心を映したように成長し――そして、さらに大きな炎に呑みこまれる。
    「狐の炎だって負けてないよ」
     イナリだ。
     背後に伸びた影の先では、煌々とした熱が揺れている。
     マズい、と咲姫が唇を引き結ぶ。
     それほどに、形勢は明らかだった。
     咲姫との実力差を補って余るほどの策と経験が、灼滅者達にはある。
     雪を走り出した純人の影は咲姫を捕え、決して逃さぬようきつく締めあげれば、悠斗がそこへ更なる枷を加える。高く掲げる巨大な籠手、叩き付けるように放つは縛霊撃。
     それは、どれほどもがこうと剥がせぬ縛め。
     霊犬・数珠丸の六文銭も受ける以外の術はない。
    「動くなよ、すぐ終わるから! ……あんま暴れてっと祭り終わっちゃうぜ?」
     揶揄めいた紅葉の言葉に咲姫が固まる。
    「って、皆さんが放して下さればいいんじゃないですか!」
     騙された――なんて、もう遅い。気づいた時には、殲術執刀完了だ。
     そうして目の前では、いつの間にか距離を詰めたリーファが剣を構える。
     シャドウハンターの闇を纏わせたそれは、暗く紅い輝きを放つ。
     大きく見開かれる目。
     突き刺さる刃。
     ず、と抜けば、崩れるように少女は倒れた。

    ●目指すところは月下氷人
    「あっ、目が覚めたね」
     ぱちっと瞼を開けた咲姫に、大丈夫かいとイナリが手を差し出す。
     きょとんと見つめ返す彼女だったが、やがてその手をとって起き上がれば、見守っていたアレスはふっと表情を和らげた。
     ――よかった。救出できた。
    「あ、えと……、どうやら皆さんにはご迷惑をおかけしたようで……」
     改めて八人に囲まれた咲姫は、しどろもどろにすみませんと謝る。
    「あっ、でも、氷灯夜は本当に素敵なんですよ? 嫌わないで下さいね!?」
     と、慌てて付け加えれば、純人が笑顔で提案した。
    「じゃあさ、僕らの学園においでよ! いろんな人がいるから、きっと氷灯夜もいっぱい宣伝できるよ」
    「そーだ、あそこは未来の新婚カップル、いっぱいいんぞ」
    「本当ですか? それは応援しなくてはですね!」
     嵐の言葉に、咲姫は瞳を輝かせる。
     でもその前に、と、咲姫は手の中のブーケを二つに分けると、嵐とリーファに差し出した。
    「まずはお二組が幸せになれますように!」
    「あ」
    「あー……」
     今さら違うとは言えない雰囲気。
    「……というかそれ、大丈夫なのか?」
     花束を示し、炎やら氷やらでないのかと悠斗が問えば、
    「えっと、大丈夫ですよ? その辺のお花屋さんで買ったものですし」
    「……」
     なんだか見たくもない舞台裏を見てしまった気分だ。
     確かにダークネスの力で普通の道具が変化するのはよくあることで、咲姫が闇から戻った今、最早それは無害かつ無力なのだろう。
    「では、無事に解決しましたし、あとはお祭りを楽しみましょうか」
    「私も屋台のコンプリートがまだですしね!」
     事件をまとめたカノンに、意気込むリーファ。
    「そんで、今年だけじゃなく、来年もまた一緒に来ようぜ?」
    「――、はいっ!」
     紅葉の誘いに、咲姫は大きく頷く。
     そう、来年も。
     だってこれからは、同じ学園の仲間になるのだから。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ