はじめてを奪われて

    作者:悠久

     2月14日といえばドッキドキのバレンタインデーなわけですが。
     まあ毎年『今年こそ俺にも……!!』なんて期待を抱いてしまう哀しさを自嘲するように、今年も登校したんですよ。
     高校に近付くにつれて、周囲が浮き足立っていくのがまた辛いんだ。男女共学だからね。
     で、昇降口に着いて、期待をほんの少ぉしだけ込めて、下駄箱を開ける。
     ――ない。普通に俺の上履きしか入ってねぇ。
     まあ、そんなことは分かってたよ……と、俺は教室に向かった。
     だが、奇跡が起きたんだ。
    「木村君、これ、クラスの女子全員から、バレンタインのチョコ!」
    「へ……?」
     差し出されるきれいな包み。予想すらしていなかった展開に、ぽかん、と口を開ける俺。
     なんでも昨年中、面倒な仕事を真面目にしていた俺に、感謝の気持ちを込めての義理チョコってことらしい。
     一時期は目が回るほど忙しくて、もう全部放り出して逃げちまおうと思ってたこともあったけど。

    「……頑張ってよかったな、俺」
     生まれて初めて家族以外の異性から貰ったチョコレートを眺めながら、俺は帰路に着いていた。
     だが、そのとき。
    『ゲハハハハ!』
     俺の前に、なんかすごいのが立ち塞がった。
     平べったい串団子のような頭にマントを付けた、特撮でよく目にするような怪人と、明らかに戦闘員っぽい全身タイツの奴が3人。こちらは胸元に『ろしあん』と書かれている。
    『キサマ、その手に持っているのはバレンタインのチョコだな!
     日本人でありながら西洋の甘味に篭絡されるなど、男子として軟弱だとは思わんのか!?』
    「いや、別に思いませんけど……ていうかあんた誰」
    『問答無用ッ! 往けッ!!』
     次の瞬間、俺は3人の戦闘員に拘束されていた。
    『これはワシが頂いていこう。なァに、悲しむことはない』
     怪人はチョコの包みを奪うと、文句のひとつでも言ってやろうと開いた俺の口に、なんだか平べったい団子のようなものを突っ込む。
    「もが、むがむがーっ!!」
     口の中いっぱいに甘い味噌ダレの味が広が……ってあっちぃ!
     これ超熱いよ! 火傷しちゃうよ!!
    『ゲハハハ、美味いであろう! これぞ群馬名物、焼きまんじゅうよ!!』
     もがき苦しむ俺を満足そうに見やると、怪人はビシィッ、とポーズを決めて。
    『焼きまんじゅう怪人、ここに推ッ参ッ!
     キサマのチョコレートはワシがありがたく、そして美味しく頂くとしよう! ゲハハハハ!!』
     口の中の熱さに目を白黒させる俺を残し、怪人と戦闘員は風のように去って行った。
     ていうかお前、実は食いたいだけなんじゃねぇのかそれ。
     ……いや、今はそんなことよりも!
    「返せよ! 俺のバレンタインチョコレートぉぉぉっ!!」


    「というわけで、この悲劇を君達に防いで欲しいんだ」
     なお、ここまでの説明は全て宮乃・戒(高校生エクスブレイン・dn0178)さんが情感たっぷりにお届けいたしました。
     ちなみにご当地怪人は全国各地でバレンタインチョコレートの強奪を行っているらしい。
     酷い話である。
    「群馬のご当地怪人である焼きまんじゅう怪人は、木村くんの下校中に現れる。あまり人気のない通りで、事件発生時には木村君1人だけが歩いている状況のようだね。
     加えて、怪人はチョコの強奪だけが目的のようだから、一般人の避難なんかはあまり考えなくても大丈夫だよ。
     ただ、怪人の出現より早い段階で君達と木村君が接触してしまうと、バベルの鎖に予知されてしまう。そうなると、怪人はいつどこで彼を狙うか分からない。作戦の成功は困難になるだろうね」
     灼滅者達が介入できるのは、怪人がチョコを奪ったその瞬間。
     木村君の口にあっつあつの焼きまんじゅうが突っ込まれるかどうかというタイミングである。
    「ちなみに周囲には倉庫や駐車場なんかがあるから、隠れるのに不自由はしないはずだよ」
     と、戒は灼滅者達へ数枚の資料を配った。
     焼きまんじゅう怪人の使用サイキックはご当地ヒーローと同じもの。それに加え、あつあつの焼きまんじゅうを飛ばしてくるようだ。
     また、同行しているのはロシアンタイガー配下のコサック戦闘員3名。こちらの使用サイキックはチェーンソー剣が2名、ガンナイフが1名となる。
    「未来予測の有利こそあるけれど、ダークネスの戦闘力を侮ることはできない。どうか、油断することなく戦いに挑んで欲しい。それから……」
     と、戒は無言で灼滅者達へ視線を送る。
     そこには、言葉にせずとも通じる『何か』が秘められていたのだった。……多分。


    参加者
    エルヴィラ・フィス(くろがねの火・d01533)
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    ミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)
    弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)
    静杜・詩夜(落藤の雫・d17120)
    那梨・蒼華(蒼氷之華・d19894)
    宍戸・源治(揺るぎな鬼魂・d23770)
    ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)

    ■リプレイ


     2月14日、夕方。群馬県某所。 
    『これはワシが頂いていこう。なァに、悲しむことはない』
     平べったい串団子のような頭部を持つ群馬名物・焼きまんじゅう怪人が、コサック戦闘員に拘束させた少年、木村君から初めてのバレンタインチョコレートを奪った、その瞬間。
     付近に並ぶ倉庫の陰に潜伏していた灼滅者達は、一斉に行動を開始した。
     今まさに怪人からあっつあつの焼きまんじゅうを口に突っ込まれようとしていた木村君の前へ、滑り込むように立ち塞がったのは静杜・詩夜(落藤の雫・d17120)。
    「待てい!」
     どこか芝居がかった口調で叫ぶと、鬼神の如く変化させた腕で焼きまんじゅうを払い除け、木村君を拘束していた戦闘員の1人を殴り飛ばす。
     同時に飛び出した無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)も、瞬時に展開したエネルギー障壁で怪人へと殴りかかった。素早い打撃で距離を測った後、正確な一撃を怪人へ見舞う。
    『ムム、何奴!?』
     地面へ落ちた焼きまんじゅうを慌てて拾い、怪人はよろめきながらも突然現れた2人へ驚愕の眼差しを向けた。ノリがいいのか釣られたのか、その言葉もまたどこか芝居がかっている。
    「名乗る程の者ではない……が! バレンタインに斯様な事件を起こすこと、けして見過ごす訳にはいかぬ!」
     びしぃ、と怪人へ指を突き付ける詩夜。
     理央もまた、冷静な、けれど戦意に燃える瞳を向けて。
    「何を考えてるかは知らないけれど、キミの好きにはさせないよ」
     その後ろでは、ミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)と那梨・蒼華(蒼氷之華・d19894)が残り2人の戦闘員を木村君から引き剥がしていた。
    「大人が4人でチョコレートを奪うなんて汚いですよ! 恥を知るのです!」
     激しい炎を纏ったミルミの一撃が戦闘員の背中を燃え上がらせ。
    「非道な行い、絶対に許さぬぞ!」
     銀の髪をなびかせ、蒼華は破邪の長剣を振るった。白光が彼女を包み込み、その体へ守護の力を与える。
     応戦のため、慌てて木村君を解放する戦闘員2人。
    「な、なんだ……何が起こってるんだ?」
     困惑する木村君へ駆け寄ったのは、弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)と霊犬の五樹だった。
    「あれは変質者です、僕たちが追い払うので離れてください」
    「でも、俺のチョコレートが!」
    「大丈夫です」
     焦る彼の瞳を覗き込み、誘薙は力強く、真剣に言葉を紡ぐ。
    「あなたのチョコレートも取り戻すので、終わるまで待ってくれないでしょうか?」
    「……わかった」
     完全に納得はしていないものの、彼は誘薙の真剣な言葉を信じたようだ。
     木村君が灼滅者達から離れたことを確認すると、誘薙はご当地怪人へ向き直り。
    「その行動、恥ずかしくないのですか? ご当地怪人の名が泣いてますよ」
    『ゲハハ! 何とでも言うがいい!!』
     だが、怪人が堪える様子はなく。
    「なら、これは如何ですか?」
     怪人の前に立ち塞がったエルヴィラ・フィス(くろがねの火・d01533)が見せ付けたのは、あらかじめ用意しておいたバレンタインチョコレートの包みだった。
    「まったく、余所様に迷惑を掛けず活動していたなら、プレゼントするのも吝かではなかったのですが」
     わざとらしくため息までついて見せる。
    「チョコならここにもあるわよ」
     ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)も隣に並び、たくさんのチョコレートを手のひらに乗せて怪人へと差し出した。
    「あなたの欲しいものはこれでしょう? なら……」
     探るようなペペタンの視線。語尾には微かな緊張が混じる。
     エクスブレインによる予測において、怪人は最後に逃亡を測っていた。
     それを阻止するため、チョコを使って怪人を惹き付けようとしたのだが――。
    『そのようなもの、もはや用無しよ!』
     怪人の返答は、手にした焼きまんじゅうをエルヴィラ目掛けて発射することだった。
    「危ないっ!!」
     咄嗟にその射線へ割り込み、エルヴィラを庇うペペタン。
    「ペペタンさん! ……これは一体、どういうつもりですか!?」
     炎に包まれたペペタンの体を抱き込むと、エルヴィラは祭霊光で彼女の傷を癒した。
     各地に現れたご当地怪人は、バレンタインチョコレートを強奪しているのではなかったのか。
     それなのに何故――と、その瞬間。
    『どうもこうもないわ! ゲハハ……ッギャー!』
     満足そうに高笑いを続ける怪人と、それに付き従う戦闘員達が一瞬で冷たい炎に包み込まれて。
    「ああ、どうもこうもねぇ。やるこたぁたったひとつだ!」
     魂を削る一撃。燃えるような戦意を瞳へ秘め、宍戸・源治(揺るぎな鬼魂・d23770)は敵をきつく睨み付けた。その頭部に輝くのは、鬼の証たる黒曜石の角。
    「年に1度の大イベントにふてぇ真似しやがって。男の夢は俺らが絶対に守ってやるからなあ!」
     無尽蔵に湧き上がるような怒り。それこそが彼の背を戦いへと押し出して。
    『クッ……我が焼きまんじゅうが冷めてしまうではないか!』
     一方、怪人もまた、先ほどの一撃で冷めた焼きまんじゅうの串を片手に、怒りに震えていた。
    『許さんぞ、貴様等! かかれ、コサック戦闘員達よ!!』
     怪人の号令に、一斉に『ハラショー!!』と応える半分氷漬けの戦闘員達。
     男の夢と希望を賭けた戦いが、今まさに始まろうとしていた。


     蒼華の繰る鋼糸が周囲へ張り巡らされ、糸の結界を構築していく。
    「何を企んでいるかは知らないが、戦うとあらば容赦はしない!」
     鋭く飛ぶ声。ぴんと張った糸も、その切れ味を敵達へと示す。
     焼きまんじゅう怪人達は僅かに気圧された様子だった……が、その戦意は失われることなく。
    『怯むな、突撃ぃ!』
     怪人の号令で一斉に襲い来るコサック戦闘員を、誘薙のバベルブレイカーが出迎えた。
    「木村さんのチョコを奪って何を狙っているのですか?」
     その問いに返る答えはなく。先頭を走る戦闘員に、誘薙は体を捩じ切るような一撃を叩き込む。
     胸元に具現化したクラブのスート。強化された攻撃が敵の体を大きく吹き飛ばした。
    「五樹!」
     傍らの霊犬を呼べば、無数の六文銭が弾雨の如く発射されて。
     敵が怯んだ隙を突くように、炎を纏った西洋剣を構えたペペタンが戦場を駆ける。
     振り下ろされた一撃は、戦闘員が咄嗟に掲げたチェーンソー剣と衝突し、周囲へ細かな炎を散らした。
    「炎に焼かれなさい!」
     力任せに押し切る。戦闘員の体が炎に包まれると同時に、ペペタンの体へも激しく駆動する刃が掠った。
     だが、傷は即座にふわりと飛んできたナノナノのミートによって癒されて。
    「ミート! えらい、いい子ね!」
     笑みを浮かべた主人の言葉に、ミートは嬉しそうにくるんと回った。
     一方、焼きまんじゅう怪人を相手取るのは理央。
    「そのチョコ、きっちり返してもらうよ」
     素早いフットワークを駆使し、怪人を逃がさないよう渡り合う。
     時おり生まれる隙を突くように、死角から拳を繰り出して。
     攻撃は、怪人へダメージを与えると共にその守りをも薄くしていく。
    『ムッ、キサマなかなかやりおるなっ! だがっ!』
     怪人は理央の射程範囲から逃れるように後退すると、懐からあっつあつの焼きまんじゅうの串を取り出した。
    『食らえっ、焼きまんじゅうファイヤー!!』
    「そんなものっ!」
     放たれたいくつもの焼きまんじゅうを、理央は巧みな体重移動で回避する。
     だが、その足を止めるように放たれたのは後方からの援護射撃。ガンナイフを持つ戦闘員の攻撃だ。
     不規則なリズムで断続的に放たれる弾丸は、理央のみならず、前衛で戦う灼滅者達のリズムを狂わせる。
     今まさに敵へ攻撃を仕掛けようとしていたミルミも姿勢を崩し。
     そこに襲い来る戦闘員。振り上げられたチェーンソー剣からは耐え切れないほどの騒音が生まれる。
    「っ……このぉっ!」
     目の端に涙を浮かべながらも、ミルミは咄嗟に地面へ手を突き、体勢を立て直した。
    「成敗ですっ!」
     低い姿勢で飛びかかると同時に、戦闘員の体へ無数の打撃を叩き込む。
     拳に宿る闘気の輝きが収まると同時に、戦闘員はがくりと地面へ崩れ落ちた。
    「まずは1人、やりましたぁ!」
    「おうよ、でかしたミルミ!」
     その声に応えるように源治は豪快に笑った。が、すぐに表情を引き締めて。
    「清き風よ、穢れを祓い落とし給え……」
     言葉と共に生み出された癒しと浄化の風が、動きの鈍った前衛の体を癒す。
    「ったくよお、よりにもよって羅刹が回復役とはなあ!」
     苦笑する源治へ、詩夜もまた微笑を返し。
    「ふふっ。だが、おかげで自在に動ける。礼を言うぞ!」
     一瞬で異形化させた腕を、戦闘員目掛けて叩き付ける。
     大きく吹き飛んだ戦闘員の体。手放されたチェーンソー剣は地面に落ち、しばし嫌な音を立てた後、その駆動を停止した。
     残る戦闘員は後方から支援を行う1人のみ。
    「逃がしませんっ!」
     エルヴィラは激しい風の刃を生み出し、援護のために動き続ける戦闘員へと素早く放った。
     狙い定めた一撃は、敵の急所を正確に切り裂いて。
     地面へ倒れる戦闘員。これで怪人の配下は全滅である。
    「さあ、残すはあなただけです。覚悟を決めてもらいましょうか!」
     きつく怪人を見据えるエルヴィラ。
    『クッ……!』
     コサック戦闘員の全滅を受け、怪人の顔には僅かな焦りが見え始めていた。


     残る敵は焼きまんじゅう怪人ただ1体。
     だが、さすがはダークネスと言うべきか。数で勝る灼滅者達といえど、決定打を叩き込めないまま一進一退の攻防が続く。
    「バレンタインデーに焼きまんじゅうとか渡すのは、おばあちゃんぐらいで十分です!」
     妖の星を構え、怪人へと突進するミルミ。
     勢いよく振り抜かれた一撃は怪人の胴体を確実に捉え、その体内へ破壊の魔力を流し込んだ。
    『クッ、これしきの痛み! 食らえ、素晴らしき焼きまんじゅうの味っ!!』
     だが、怪人は苦しみながらも、至近距離のミルミへ無数の焼きまんじゅうを放った。
     腕、足、胴体。焼きまんじゅうは全身のあちこちに命中し、火傷のように赤い痕を残す。
     やがて飛来した最後のひとつを、ミルミは顔面――もとい、口で受け止める羽目になった。
    「……むぐ、あひゅ!?」
     襲い来るのは、味の濃い味噌ダレと尋常ではない熱さの微妙なハーモニー。
    「ひかひ、ひょのはふさが、わらしをひょっほふよく……ごほっ!?」
     最初こそ強がっていたミルミも、最後は盛大にむせて。
    「おいおい、大丈夫かあ!?」
     後方の源治はすかさず片腕の縛霊手を展開し、ミルミへ癒しの霊力を撃ち出した。
    「けほっ……た、助かりましたぁ」
    「おう、いいってことよ! ……にしても、怪人よう!」
     と、源治は憤怒の形相で怪人を睨みつけ。
    「てめえのご当地を攻撃に使うなんざ、何考えてやがる! そんなんだから焼きまんじゅうがバカにされるんだよ!」
    「同感だ」
     静かな声。戦場を駆ける蒼華が、青い異形の刃へ変化させた片腕を怪人目掛けて振り下ろす。
    「自らのシンボルを蔑ろにするなど、ご当地怪人失格。だいいち、それでは口内を火傷し、饅頭をそれ以上味わえないではないか!」
    『ムッ……』
    「そもそも貴様は群馬怪人であろう!」
     動揺を見せる怪人を畳み掛けるように、詩夜がシールドを掲げて突進する。
    「手にした焼きまんじゅうでも貪っておればよいものを……とはいえ、それが群馬名物など初耳だがな」
     怪人の体を渾身の力で跳ね飛ばし、詩夜は勝ち誇るように笑んだ。
     それは、挑発としてはこの上ない効果の態度と言葉だった。とはいえ、群馬名物を知らないのは本当だが。
    『ムムムーッ! どこまでも群馬を虚仮にするか!!』
     と――怪人は、懐へ仕舞い込んでいた木村君のチョコを取り出し。
    『かくなる上は……っ!』
     その包装紙へ勢いよく手を掛ける。――中身を食べようとしているのだ!
    「なっ……させませんっ! 五樹!!」
     真っ先に動いたのは誘薙だった。
     霊犬へ号令を掛け、同時に自らの足元から影を伸ばす。
     包装が破られる寸前、誘薙の放った影が怪人を飲み込み――。
     同時に、五樹の振るった斬魔刀が、怪人の手から見事バレンタインチョコレートを弾き飛ばしていた。
    「ミート、お願いっ!」
     宙を舞うチョコを捕まえたのは、ペペタンのナノナノ。
     影から解放された怪人を、彼女の伸ばした漆黒の触手が拘束する。
    「大切なチョコを食べようとするなんて、言語道断よ!」
     いつもはぽわんとした雰囲気のペペタンも、誰かの大切なものが奪われるとあっては表情を引き締めて。
    「ご当地怪人、許しません!」
     エルヴィラもまた、巨大な縛霊手を怪人目掛けて振り下ろした。
     凄まじい膂力をもって振るわれた一撃。同時に放出された霊力が敵の体を束縛する。
    『は、放すのだ……!!』
    「お断りします! 真面目に働いた男子のチョコを奪い、あまつさえ食べようとするなど言語道断!!」
     エルヴィラは怪人をきつく睨みつけ。
     動きを止められた敵目掛け、理央が駆けた。
    「……これで終わりだよ!」
     怪人の胴を抉るように放たれた、捻りの加わった一撃。それが決定打となった。
    『む、無念なり……!』
     苦悶の呟きと共に焼きまんじゅうを取り落とす怪人。
     と――次の瞬間、その体は粉々に砕け散ったのだった。


     灼滅者達は無事、木村君へチョコを返すことができた。
    「あ、ありがとうございました」
    「こちらこそ、無事に返せて何よりだ」
     何度も頭を下げる彼へ、蒼華は微かな笑みを浮かべ。
    「ここで会ったのも何かの縁です。どうぞ!」
     ミルミの言葉をきっかけに、灼滅者達は次々と木村君へチョコを差し出した。
     本来はご当地怪人の気を惹くために用意したものだが、何故か見向きもされなかったものだ。なら、こうして彼に手渡すのが一番だろう、と。
    「男からチョコを渡されるなんて、複雑かもしれませんけど」
    「そんなことないって! 本当にありがとう……!」
     複雑な表情の誘薙に、木村君はぶんぶんと首を横に振る。
    「ふふ、私のチョコも喜んでもらえるなら何よりだ」
     呟くのは、気付かれないようチョコを忍ばせた詩夜。
    「よかったら、私のも。……ふふ、ミートも食べる?」
     傍らに浮かぶナノナノへも、ペペタンはそっとチョコを差し出して。
    「ははっ、チョコが増えたなあ!」
     無事にチョコを取り戻せて本当に良かった、と源治は嬉しそうに笑った。
    「それじゃ、頑張ったキミ達には、ボクから」
     理央の用意したチョコは、源治と誘薙の手へ渡って。
     手元に残ったチョコを見つめ、エルヴィラは複雑な表情を浮かべた。
     無言。その胸の内は、誰にも明かされることなく。

     空が赤くなる頃、灼滅者達は並んで木村君を見送った。
     彼にとって、初めてのバレンタインチョコ。
     それを守り切ることのできた充足感が、8人の顔に自然と笑みを上らせていた。

    作者:悠久 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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