敗者の国

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     国がある。とても、美しい国だ。
     こがね色をした雲の間からはぱらぱらと光の雨が降る。空にかかる虹の橋のうえで、白い鳩がくるくると遊び回っている。庭園を囲む花々からは、いつも甘い蜜のにおいがこぼれている。そんな、夢のような国だ。
     ここに足を踏み入れれば、どんな大悪党でも心洗われ武器を捨てるだろう。
     だから、彼女の国に戦争はない。どんな小さな争いでも、だ。

    「あったかいね。ずっとここにいていいんだよ。『外』は戦いばかりだから……私も、すこし疲れちゃった。怒ったり、憎んだり、傷つけたり、そういうの苦手。全部ぜんぶ笑って避けてきたの。そしたらね『あのコ、事なかれ主義だから』って。『八方美人でムカつく』『信頼できないよね』って。……何がいけなかったのかな、って思ったし、ショックだった。私、苦しくて……それでも笑ってた」

     戦う、ということが苦手だ。
     人の敵意が苦手だ。クラスメイトの派閥争い、父と母のちょっとした喧嘩、部活のレギュラー決め……ありとあらゆる戦いから逃げ、勝ちを譲り、なんとなく全てに負けたまま、平穏無事である事のみを願って生きる。
     世界から争いがなくなれば楽なのにな、とも思う。
     しかし中途半端に賢い彼女は、その願いがかなわない事も知っていた。
     そのはずだ。しかし、黒い運命が彼女に味方した。

    「これね、夢なんだ。きみの夢を借りて、私が作った国……。もう『外』には出たくないでしょ? あはは、私も……ここは、争いのない世界だから。私の、ずっといきたかった、場所……」

     彼女の国に足を踏み入れれば、誰もが手をとりあって仲良く暮らす。 
     己の罪を嘆き、武器を捨て、心より平穏を願う。
     争いのない平和な国。
     これは、そんな世界を望み、力を得た娘。冠木ゆいの話だ。
     
    ●warning――たたかわなければいきのこれない
    「目覚めない夢を望んだ少女、冠木ゆい……か」
     鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)はそう呟き、手の施しようがないといった様子で天井を仰いだ。どこか呆れている風にも見える。
    「……雪椿先輩は報告有難うございました。それで、こいつをどうするつもりですか?」
    「それはわたしだけじゃ決められないと思うわ……。でも、まだ助けられるのよね?」
    「まぁ理論上は」
     歯切れの悪い鷹神に対し、雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)はひとつ瞬きを返す。告げられるべきである言葉は、彼女が引き継いだ。
    「ゆいさんは、友達の陰口がきっかけで闇堕ちしかかっているけど、まだ完全なシャドウじゃないわ。わたし達と同じ、灼滅者になれるかもしれない子なのよ」
     
     ソウルボードを渡る力を得たゆいは、無作為に選んだ見知らぬ少年に、己の望む『争いのない平和な国の夢』を見せ、そこに引きこもっている。
     ゆいの作る夢を見続けた者は戦う意思を失う。だんだんと無気力になり、衰弱して、死に至る。
     ゆいはまた理想の世界を作りに次のソウルボードへ逃げこむだけだ。彼女は、そういうダークネスになる。
     その前に対象のソウルボードに乗りこみ、ゆいの心に呼びかけてから撃破する。
     ゆいを灼滅者として救出するには、それしかないが。
    「戦いたくない、とか言われてもな……」
     鷹神は静かに眼を細めた。
    「このまま闇堕ちすれば、冠木の中の怪物が戦いを引き起こす。救い出しても、灼滅者の運命が戦いを強いる……」
    「どちらにしても、ゆいさんの願いは叶わない、って考えてるのね」
    「ええ。だが、ひとつ望み通りにしてやれる方法がある。この場で冠木を灼滅すればいい」
    「豊君。それは……本気で言ってるのかしら?」
    「まぁ屁理屈みたいなもんですけど、一番嫌な選択肢は俺が提示するべきでしょう。……俺には、冠木みたいなのの気持ちはさっぱりわからん。君達はどうしたい?」
     
     降伏する。だから、戦うのはやめないか。
     ……どうしても、私の国を壊したいのか。
     
    「もし助けたいのなら、冠木からの要求と質問に気をつけろ。冠木が灼滅者になれるか否かは、奴の事なかれ主義を突き崩せるかどうかにかかってる」
     灼滅こそが彼女への救いだと思うなら、説得はせず、すぐ戦闘を仕掛けてかまわない。
     いずれの場合も、戦闘になれば、ゆいは剣と盾の衛兵を呼び出して戦わせる。
     自らは配下を回復するのみ……だ。
    「あくまで戦わないってことね。でも、学園にきたらきっとそうはいかないわ。彼女、変われるかしら」
    「……前例は知ってますよ。だから俺も或いは、と考えてしまう」
     君達のせいだな、と彼は意地悪く笑った。鵺白もふふ、と笑みを浮かべる。
    「選択肢を残してくれてありがとう。どんな結果になっても、彼女の夢はわたし達で終わらせましょう」


    参加者
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    穂照・海(ツァラトゥストラの仮面・d03981)
    蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)
    神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560)
    早乙女・ハナ(タリア・d07912)
    雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)
    レイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)
    袖裂・紗津香(高校生殺人鬼・d21533)

    ■リプレイ

    ●1
     国の門を開くなり、誰もが眩しさに眸を細めた。
     絵画のように鮮やかで、童話のようにはかない。壊したくなくなる。争いも消える。夢の中は美化され、とても素敵だ。
     だから少女は『覚めない夢』を望んだのだと得心した。雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)は深く感嘆の息をもらす。けれど犠牲が出る夢が幸せの国だなんて――おかしい、と思う。
     そんな歪んだ理想郷のなか。
     少女は満たされた虚ろな目を向け、屈託のない笑顔で蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)に言った。
    「ありがと。きみたちも、戦いに疲れたの? 名前は?」
    「初めまして。私は高一の蓮咲煉。冠木ゆい……さんだよね」
    「うん、煉ちゃんだね、同い年だ! きみは?」
    「僕は穂照海。争いのない、穏やかな世界、素敵だね」
     穂照・海(ツァラトゥストラの仮面・d03981)が言うと、ゆいは頷き握手を求めてきた。
     しかし海は手をとらず、首を振る。
    「……だが偽物だ」
     それを伝える事が、彼女の眼を覚まさせる為に必要だと思う。
     ゆいはびくりと身を震わせ、他の面々を見た。いかにもやんちゃな男子に見える神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560)が視界に入り、ゆいは反射的に顔を伏せる。
    「そりゃあまぁそうなるか……でも、落ち着いて聞いてなー。ほら俺達武器とか持ってないでしょ? ……率直に言うと、この国はそこの彼の犠牲の上で成り立ってるんだ。知ってた?」
     朝陽は可能な限り穏やかな声で述べ、少年の方を示した。呑気なことに『被害者』は夢の中で更に昼寝中のようだ。
    「……え?」
    「わかるよ。私も、世界から悪意が消えればいいと思う。人は残酷なものだから……でもこのままじゃ、あなたは人を傷つけて、そして殺めてしまう。わかるよ……私もそうだったから」
     人は残酷。
     そう呟く一瞬、袖裂・紗津香(高校生殺人鬼・d21533)の声に研ぎ澄まされた刃物の鋭さが宿った。語る事も憚られるような身の上である。地獄から落ち延びた娘の口が紡ぐ言葉は、ただならぬ重みをもって響く。
     この中では取っつき易く見えたのであろう。ゆいは室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)と早乙女・ハナ(タリア・d07912)へ助けての視線を投げた。心が綻ぶような笑みで二人は応じる。
    「だからわたし達は、あなた達を助けにきたの。わたし達の話をきいてくれる?」

    ●2
     ダークネスのこと。シャドウのこと。
     ここに居続ければ少年は死に、ゆいも心無い怪物に変わること。ひとつひとつ聞かせるたび、ゆいは青ざめていった。
    「未来を変えるには、ユイちゃん自身が戦わないと駄目なの」
    「君を傷つける為の戦いじゃない。ココに囚われた人だって、衰弱していつかは死んでしまうんだよ」
    「……ここは優しい国で、私、何ともないし……。怖い力でこの国ができてるなんて、ウソだよ」
     やっと手に入れた楽園だった。泣きそうなゆいを見て、ハナとレイッツァ・ウルヒリン(紫影の剱・d19883)も困ったように眉を寄せる。
    「そ、そうだ! 私が負ければ、シャドウっていうの、いなくなるんだよね。私、みんなに降伏します! だからさ……戦うの、やめにしよ?」
     戦う前から白旗をあげ、後へ後へと問題を流す。ダークネスの影響もあるのか暴走気味の『事なかれ』に、皆も多少面食らった。
    「上辺だけの気持ちや笑顔で接して、争わない代わりにもっと大事なものを失ってないかな? 例えば、君の心とか……」
    「私の事はいいよ。皆が仲良くしてくれれば私は……」
    「君だけの問題じゃない、この国では皆がそうなるって事だよ。皆が一緒の没個性で、誰もが人の顔色を気にしてって、争いよりも残酷な事じゃない?」
     レイッツァの的確な反論にゆいはぐうの音も出ない。一際煌びやかで目立ちそうな彼がそう言うと、この国には住めないよ、という否定にも聞こえた。
    「和解はしない。キミの意思を否定しに来たのだから。こういう世界は一時の夢であるべきだ」
     間髪いれずに海が突っぱねる。そんなあ、とゆいは肩を落とす。
    「それじゃ少年の命も、ゆいちゃんも助からないよ。だから受け入れることはできない。争いのない平和な世界と、争いを拒否して逃げ続ける世界は違うと思うんだ」
    「気持ちは、分かります。私も争いが苦手だから……でもわざと負ける事を相手は望んでいるのでしょうか。相手の気持ちを無視して、自分の都合を押し付けていませんか」
     朝陽の答え、そして香乃果の問いかけに、ゆいは言葉を詰まらせる。彼女の優しさには共感できる。否定はしたくないが、なにか、違う。
    「少年を死なせない為に、あんたに唯害する存在になって欲しくないから、私達は来た。戦わないって事は、皆のその気持ちも無下にする事」
    「戦って、外出て……どうするの? また陰口言われるかも」
    「誰かを犠牲にしてまで作る国って、結局は陰口を言ってた人と同じなんじゃないかしら? ゆいちゃんは心を傷つけられて、少年もゆいちゃんに傷つけられてる。争いは無いけれど傷つく国を望んだの? それで幸せ?」
    「幸せじゃないけど、そんなつもりじゃ……」
    「あんたがこの国を作った事は『主張』で、国を守る為に私達と話す事は主張の衝突。避けた筈の『戦い』……じゃない? 大なり小なり、戦いは必ずあるんじゃないかな」
    「頭いいね……私、そこまで考えられないよ」
     そんな問答が続いた。
     曖昧な返答で茶を濁し、事の重大さを理解していると見えない。それも『事なかれ』の悪い部分の一端だろう。
     皆に優しくしていたのに、陰口を言われる。その理由を説くのは重要かもしれない。
     煉と鵺白の説得にも煮え切らぬ態度のゆいへ、ハナが諭すように声をかける。
    「陰口を言われるのは辛いよね。でも、本当の気持ちを隠してばかりの人と心から仲良くなんてできる?」
     ……。
     ゆいはここで微かに首を横に振り、意思表示をした。
    「相手に向き合うことまで逃げてはいなかった? 本心を知ることで争うこともある。けれど互いを理解できた時には、心から手を取り合うこともできるの。争いだけで人の関係は終らない。その先に、確かな人との繋がりがあるのよ」
     ハナの訴えの後、ゆいはまた黙する。先程までとは表情が違う。なにか大切な事を迷っている風だった。
    「…………。どうしても、私の国を壊すの?」
     虚ろに笑う女王へ、今こそ答えを突きつける。
     香乃果が、煉が、戦う構えをとった。どこからか衛兵が駆けつけ、被害者も何事かと起き上がる。
    「犠牲の上に成り立つこの国を壊します。私は、貴女に勝って欲しいから……」
    「戦うよ。あんたじゃなく……蝕む、影と」
     彼女達は、ゆいとは違う『戦い』を視ている。
    「……怖いよ。きみは何と戦ってるの? 私、何と戦うの……?」
    「生きていく為に、自分と戦うことも……時には必要だと思う」
     紗津香の袖から静かにピアノ線が伸びる。眼前の争いから目を背ける。私は、そんなの嫌だ。
     皆の思いはまだ分からぬだろう。争いの表面のみ見て、逃げてばかりいたゆいには。

    ●3
     ゆいの戦いぶりは、それはもう酷かった。
     盾の衛兵が袋叩きされている間は、おろおろと自分の守りを固めるばかり。剣の衛兵に攻撃が及ぶと、ようやく味方を守ろうとしだしたが。
    「……ど、どうしよ。なんで壁がはれないの!?」
     ゆいが唸っている間に、海に斬撃を受けられた衛兵達が業火に吞まれ、焼かれていく。いくら兵が守りを固めても、灼滅者たちは容赦なく砕いてしまう。
    「ごめんねっ、僕たちちゃんと話がしたいんだっ!」
     レイッツァが後方から走り出て、巨大な縛霊手で兵の一人を殴った。クリーンヒット。霊力に捕われ動きの鈍った敵の頭を、脈打つ鬼の剛腕が掴み、地面に叩きつける。
     出来ればこの腕で助けたい。けれどもしもの時は、この腕で汚れ役を担うこともいとわない。
     覚悟と優しさを秘めた朝陽の鬼の掌が、ふっと風を握る。空は曇天。消滅した敵の下に、枯れた大地が見えていた。一見拒絶されているようだが、彼女が現実を見始めた兆し、とも朝陽は感じた。
     現実とは――ドロドロして、嫌なことが多いものだから。希望を信じ、彼は、皆は武器を振る。
     ゆいにとっては圧倒的な暴力。最も恐るべき戦い。海は特にそれを見せつけるように惜しみなく力を使い、彼女へ言葉を投げた。

    「世の中は、残酷で、貪欲だ。抗わない者からは全てを奪う。世界を否定するものは、世界に居場所を失う」
     戦いを避け続けたから、戦い方を知らない。
     だからいちばん大切な時に、護りたいものを護れない。彼女の無力な盾は、その顕れだ。

    「怖いんだね。わかる、僕もそうだから。けどやめないよ。譲れないものを護って戦う時、僕は自分を誇らしいと感じる」
    「誇らしい、気持ち……?」
    「負けを受け入れちゃいけない。僕達に勝ってみせろ。勇気を出して。やってみればわかるよ」
     前線で背中合わせに武器を振るい、兵をいなしていた鵺白とハナは、海の言葉に顔を見合わせた。いいこと思いついた、という風に。
    「ゆいちゃん! 風は届くわよ」
    「あ、そ……そうなんだ」
     本当にひどい戦いだ。それでも、誰もゆいの戦いを笑ったりしない。微弱な風がきちんと衛兵を癒した時、皆なんだか嬉しいような、不思議な気持ちだった。
     勝つ為に一生懸命行う、尊い努力を否定したくない。
     香乃果も煉へ視線を送った。わかってる、と煉は微笑み、頷く。命は惜しい。後方で護られている少年も、前に出る気はないようだ。
     自分が確りする事で、誰かを助けられる事もある。純粋に己を護るための盾なら、それでもいいと煉は思った。だがこの状況と彼女の意思が食い違っているなら、確かな答えがなくても力を貸したい。
    「ゆいさん、前衛に出ませんか」
    「それであんたの『盾』は誰かを守れる。国を作れたあんたには『護る力』がある」
     後方から飛んだ光輪が盾となり、香乃果をかたく護る。盾を壊そうと迫る兵の斬撃を、朝陽の相棒・フェイクスターが食い止める。その隙を見極め、紗津香のピアノ線が手足を深く絡め取ってしまう。
     優しい言葉の後ろにも手加減はない。己の役割を守る彼らが、ゆいには眩しかった。
    「……怖いよ。私には無理」
    「できます!」
    「私にもできた。あなたも、帰ってこれる人だから」
     手を取り、抱き締めて救える所まで歩くのは、自分達じゃない。
     ゆい自身の足で、きてほしい。
     香乃果と紗津香の懸命さに押され、ゆいが足を踏み出した。香乃果は只、隣の衛兵を斬った。
     命のやりとりが傍にある。恐怖に涙しながらゆいは兵を護ろうと試み、一行はことごとく打ち砕く。
     鵺白の振るった剣が真白の軌跡を描き、最後の衛兵を沈めた。いよいよ、その切っ先はゆいへ。
    「無理、もももう無理! 降参……!」
    「立ち向かわなければいけない時もあるの。わかって、ゆいちゃん」
    「来ないで!」
     ゆいは錯乱しハナを突き飛ばした。倒れ込んだ彼女は、土埃を拭って立ち上がる。
     戦いの涯に、きっと得られる物がある。そう信じたいのは寧ろわたしの方。
     ううん、信じるの。
     でないと、灼滅者である意味がないから――!
    「痛くないわ。こんなに心強い友達がいるんだもの、格好悪いところは見せられないわ!」
     騙してしまったようで辛い。でも人として生きてほしいから、ここで退けない。
     鬼の心と腕で放つハナの拳撃が唸る。喰らったゆいは後ろへ吹っ飛んで地面に落ち、痛さと怖さで立てない。
     ……難しいものだ。注射器の中で毒を練りながら、レイッツァは思う。
     誰も傷つけたくないという願いが叶えは、皆幸せになるだろう。けれど現実にはこうして、想いやりすら誰かを傷つけていく。
     彼はそこでふと足を止め、くすりと笑んだ。現実も捨てたものじゃないようだ。
     倒れたゆいに、すぐ手を貸しに走った二人がいる。朝陽と煉だ。
    「戦うのは辛いけど、もう一人じゃないから。横見て、仲間が居て、一緒に前を見れば。世界は変えれるよ?」
    「本当一歩ずつだけど、一緒に、探そう。自分の戦い方……ってやつ」
     レイッツァと紗津香も、三人へ歩み寄る。
    「争いをなくす為に戦う方法もあるはず。私はその可能性を信じたいんだ」
     かつて言葉という凶器に呪われ、彼女は殺意に堕ちた。ゆいと紗津香は同じで、真逆だ。けれど逆だから、自分に無い言葉を、力を貸し合えるのではないか。
    「あなたの国、綺麗だと思う。夢で終わらせたくないから……一緒に戦おう」
    「ねっ。時間はかかるかもしれないけど、理想を実現出来るように現実でも頑張ってみない?」
     レイッツァのウインクにゆいは戸惑った顔をする。そんな答えあっていいの、と。
    「私だって『正しい事』は言えない。唯、一緒に考えたい」
    「どうする? 掴むかは、ゆいちゃん次第だ」
     煉が答え、朝陽が尋ねた。ゆいは両手で二人の手を掴み、立ちあがる。

    「今キミは戦っている。何のため?」
    「私を、私の国を護るため」
    「戦わなければどうなった? それでも、戦いを放棄しろと言えるだろうか?」
    「……いえない……っ!」
     児戯めいた戦いの果てに答えを聞きとげると、海はようやく口に笑みを灯す。最後の一撃を見舞う瞬間、香乃果はふと、強い恐怖に囚われた。
     手は尽くした。本当に、今度は、助けられるのかと自問する。
     絶対はない。でも共に歩く人がいるから、怖くてもまた戦える。
     傷の数だけ強くなってきたはずだ。もう私は、届く距離にある手を離したくない――!
    「ゆいさん。シャドウに……己の闇に負けないで!」
     杖をかざす。閃光が弾け、凄まじい爆炎が辺りを包みこむ。
     
     ここはどこだろう。ずっと深い闇で、何もみえない。ここが敗者の国。死の世界かと、少女は思った。
    「ね、深呼吸をしてまわりを見渡して、君は一人じゃないよ」
     柔かな声に、ゆいは薄く目を開く。鵺白が、皆が……被害者少年までもが、彼女の目ざめを待っていた。
     生きている。事実だけを、ぼんやりと思う。その時、鵺白が彼女の手をそっと握った。
    「ね、辛い時は、辛いって誰かを頼って。楽しい時は皆で笑って。知ってる人は知ってる。見てる人は見てる。君は既に、色んな人に守られてる」
     ゆいの叫びに気付いた鵺白が、可能性を探った者が、それを信じた七人がいた。
     そうだ。ずっと一人で、一人の争いから逃げてきたわけじゃない。鵺白が一番伝えたかった、大切な事。
    「辛くなったら肩の力を少しだけ抜いて。今度はみんなで一緒に、その人たちの為に立ち向かいましょ?」
     声も発せぬ様子のゆいへ、朝陽がまたなにか指し示した。
    「……あ」
    「一緒に生きてこうよ。きっと、楽しいことも、嬉しいことも見つかるから」
     新しい夢の国は美しくなくとも、穏やかな野。ぽつんと咲く小さな花の群生へ、ゆいは手を伸ばす。
     喜んでいいのかと、ゆいは迷う。ただ、ひとりの灼滅者の誕生を、レイッツァが心から喜んだ。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 6/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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