アーモンドチョコレートは死の香り

    作者:西灰三

    ●幸せ者に災い来る
    「いやっはー! 今年もこんなにたくさんもらえてうれしいぞぅー!」
     背中にリュック、両腕には手提げかばん、その中にはチョコレートがぎっしり。よたよたと歩く男子学生の表情は明るい。
    「どれから食べようかなー、大きいのからかなー、それともかわいいのからかなー」
     ちなみに彼は気付いていないがその中身は全て義理である。幸せな男だ。だがそんな彼の幸せ気分をぶち壊す奴らが出現。
    「コサーック!」
     曲がり角から、電柱の上から、ゴミバケツの中から飛び出すように現れるコサック兵達。
    「な、なんだこいつら! チョコはやらんぞ!」
     男子学生ばっと防御モードに移行する。丸まっただけとも言う。そんな彼にゆっくりと近づくダークネスが一体。
    「なあに。貴様から奪うのはアーモンドの入っていないチョコレートだけだ!」
    「な、なんだと……」
     男子学生が声の主を見上げると、頭がアーモンドの形をした怪人が一人。
    「我が名は大嗚呼主水(だいああもんど)! 世界にアーモンドの素晴らしさを広める者だ……!」
    「まさか……アーモンドとチョコレートのハーモニーを奪おうと言うのか!」
    「フフフ……、貴様になどチョコレートはまだ早い! このアーモンドを食べアーモン道に邁進するがいい!」
     
    「って、言う事件があるみたいだよ」
     有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)が割りと軽い口調で言った。
    「なんで、わざわざバレンタインデーにチョコレートを」
    「何か目的があるのかもしれないけけれど……分かんないや。とりあえず倒して来てよ」
     要するにコサック兵を連れたアーモンドのご当地怪人がチョコレートを奪いに来てるから奪われる前に倒せと。3行もいらない、2行でいい。
    「あ、ちなみに小豆島出身だって」
     至極どうでもいいし、オリーブじゃないという所に突っ込みを入れたい。
    「で、詳しい話。このアーモンド怪人……大嗚呼主水って名乗ってるんだけど……にとある男の子のチョコレートが狙われてるの。たくさんあるよ」
     ただし義理。
    「大嗚呼主水はチョコレートを男の子から奪っちゃおうとしてて、やっぱりダークネスだからあっさりと」
    「あっさりと」
     まあギャグっぽくても無理なのは無理なのである。
    「とりあえず被害が大きくなる前に止めてあげて。……あ、怪人はチョコにしか興味ないから男の子に危害は無いよ。精神的なもの以外」
     そういう意味では安心らしい、とりあえず人的被害を気にすることないだろう。
    「で、敵は大嗚呼主水にコサック兵が3体。コサック兵はそうでないけれど大嗚呼主水はかなり強いから気をつけて。……なんで強いのにこんなことしてるんだろ」
     詳しい敵の資料を渡しながらクロエは言う。
    「んー、……気をつけてね。冗談みたいな相手だけど強さだけは本物だから。それじゃ行ってらっしゃい」


    参加者
    リズリット・モルゲンシュタイン(シスター・ザ・リッパー・d00401)
    因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)
    三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)
    碓氷・爾夜(コウモリと月・d04041)
    大條・修太郎(メガネ大百科・d06271)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    秋月・神華(酷寒の光焔・d10578)
    ブリギッタ・フリーダ(必殺冥路・d23221)

    ■リプレイ


    「我が名は大嗚呼主水(だいああもんど)! 世界にアーモンドの素晴らしさを広める者だ……!」
    「まさか……アーモンドとチョコレートのハーモニーを奪おうと言うのか!」
    「フフフ……、貴様になどチョコレートはまだ早い! このアーモンドを食べアーモン道に邁進するがいい!」
     突然の襲撃事件。だがそこに何者かの声が木霊する。
    「待て!」
    「な、何者だ!」
     主水が誰何の声を上げる、それに対する答えよりも早く声の主達が姿を現す。
    「そういった迷惑行為は感心出来ませんね」
    「貴様等は……灼滅者か。だが何者であろうとも我の邪魔はさせん!」
     ブリギッタ・フリーダ(必殺冥路・d23221)が帽子の鍔を上に持ち上げながら一歩を踏み出す。彼もチョコレートが欲しい身、看過はできない。他の灼滅者達も少しずつ間合いを詰める。
    「今すぐここから逃げて。そのチョコレート、大事なんでしょ?」
    「そいつは僕たちに任せて逃げろ」
     因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)と碓氷・爾夜(コウモリと月・d04041)に男子学生は諭されるが、相対する主水の腕にはチョコレートの袋が既にありそれを諦めきれないようだ。
    「だけど、あれを!」
    「ククク……諦めるがいい小僧……! これは既に我のものだ……!」
    「なんて酷い怪人……!」
     その様子を見て三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)の口からそんな言葉が漏れる。
    「アーモンドチョコも美味いのにこれじゃイメージダウンだろっ!」
    「黙れ! 世界の中には汚名を被ってでも成さねばならぬことがあるのだ!」
     問答をするが主水がチョコレートを手放すつもりはなさそうだ。
    「仕方ねぇ……。ここは任せて早くチョコと逃げろ!」
     呼びかけつつ大條・修太郎(メガネ大百科・d06271)が殺界形成を用いて彼を戦場から遠ざける。その姿を見送る主水の後ろからトランド・オルフェム(闇の従者・d07762)がアヌビス神の頭部があしらわれた黒いエジプト風の杖を構える。
    「例え義理でも少年の嬉しい気持ちは本当ですから、それを奪い取るような真似をして傷ついて欲しくはないですね」
    「バレンタインは男の子にも女の子にも大事なイベント! それを邪魔させるわけにはいかないわ、覚悟しなさい!」
     ビシッと秋月・神華(酷寒の光焔・d10578)が指を突きつける、臨戦態勢の彼らに主水はアーモンド型の鼻をフンと鳴らす。
    「覚悟するのは貴様等の方だ、この場でアーモンドの素晴らしさをその身に味あわせてくれようぞ!」
     バサッとマントを翻してコサック兵達に指示を出す。同時に灼滅者達もかけ出す。
    「神よ、罪深き者に許しと安らぎを与え給え。……ぶった斬るぞうらぁ!」
     リズリット・モルゲンシュタイン(シスター・ザ・リッパー・d00401)が剣呑な言葉と共に自前で買ってきたチョコレートを噛み砕く。借金はどうしたのか。


    「まずはこれでも喰らえぃっ!」
     主水が投げつけるのはアーモンドの弾丸、それがまるでガトリングの様にばら撒かれ前衛にいたもの達を貫いていく。
    「いかにも毒々しいアーモンドだな、誰が食うか!」
     そう呟いた修太郎の口の中にナイスシュート。そのまま思わず口の中で噛み砕く。
    「ぶほぁっ!? ……喉がっ! 喉がっ!」
     もんどり打ってダメージによじれる修太郎、近くでリズリットがかけたアーモンドの匂いを嗅ぐ。
    「ペロッ……これは青酸カ……」
    「どうだ、我のサイキック青酸カリの威力は!」
     せっかくリズリットが言いよどんだのに台無しである。というかなんでもサイキックとつければいいってもんじゃない。
    「というか冗談抜きに危ないですね、この攻撃」
     トランドが呟く。単純にダメージが大きく毒も含んでいるのだ、そして明らかに主水はこちらより遥かに格上の相手である。この攻撃を多用するだけでこちらを簡単に追い込めるだろう。
    「……莫迦らしいと舐めてかかってはいけないということか……」
     爾夜は認識を改める。通常のダークネスは灼滅者よりも常に上位なのだ、たとえ冗談みたいな行動原理でも能力は高い。いや、本当に。
    「善なる者を苦しみから救い給え……」
     セイクリッドウィンドを呼び、前衛の仲間達を癒やす。だがそれだけでは浅い傷も治りきらず、少し毒も残る。
    「少しでも攻撃を……」
     ブリギッタがギルティクロスを放つが、それが主水に到達する前にアーモンドに砕かれる。
    「フン、そのような小細工。貴様程の力量では通用せぬわ!」
     狙う事に集中していれば幾分かは通用したかもしれないが、動きを封じる術すら相手に通していない以上、そうやすやすとは思い通りにならないだろう。無論それは他の攻撃を主軸とする者達も同じだろう。
    「まずはコサック兵からなんとかしよう!」
     神華がワイドガードで防御を高めつつ、戦線を維持する。その間から亜理栖と柚來が駆け出して銀の刃と鬼の腕によって一体を倒す。その勢いのままに灼滅者達はコサック兵を蹴散らしていく。
    「おいコサック兵、お前ゴミ箱の中にいつからいたんだ」
    「企業秘密だコサック!」
     というやりとりが修太郎とコサック兵の間であったりしたが、すぐさまに撃破されていた。残るは大嗚呼主水のみである。


    「……使えぬ奴らだ」
     配下のコサック兵がいともたやすく撃破されたのにも関わらず、主水は動揺の気配さえ見せない。その主水を灼滅者達が取り囲んでいた。
    「フン、我を逃さぬ心積りか」
     コサック兵達を全滅させるまでに灼滅者達が受けたダメージは軽くは無い。その殆どは目の前のダークネスの攻撃によるものだ。だがこの戦力差ならば相手の攻撃を耐えつつ灼滅できるだろう。
    「……ところでお前は何をさっきから食べているのだ」
    「見れば分かるでしょ、チョコレートよ」
     この微妙な緊張感の中リズリットはひたすらに見せつけるようにチョコレートを食べていた。
    「我がアーモンドアイによると、それにはアーモンドが入っていないようだが」
    「無いわよ、そんなもの」
    「なっ……!」
    「だってマカダミアナッツの方が美味しいじゃない。産地も小豆島とハワイじゃ格が違うわ」
     彼女の言葉を聞いて主水が震え始めた。ご当地怪人にとってもっとも痛い台詞である。彼女の言葉に追撃するように他の灼滅者達も次々にアーモンドをけなし始める。
    「僕ねマカデミアナッツの入ったチョコのほうがレアリティ高いなっておもうんだけど、どうだろう?」
    「アーモンドチョコ……僕はマカダミアナッツの方が断然好きだ」
    「私はカシューナッツの歯ごたえの方が好きですね」
     亜理栖の言葉に爾夜が同意し、トランドはメガネを上げながら別のナッツを支持する。どちらにせよアーモンド下げである。
    「チョコの中にアーモンドとかちょっと硬くて邪魔だよな~」
    「アーモンドって皮が歯に挟まったりして、あまり好きじゃないですね」
    「アーモンドって何個も食べると飽きる。味が単調」
    「味もよくわかんないし」
     今度は柚來がアーモンドそのものにケチをつけ始め、修太郎とブリギッタも追随して悪口を言い始める。神華が黙っていたのはご当地ヒーローが故だろうか。
    「……よし、分かった。貴様等には真のアーモンドの力を教えてやろう」
     怒りを押し殺したような声音で主水はゆっくりと先程奪ったチョコレートを手にする。
    「チョコレートで何をするつもりなの……!?」
    「じきに分かるだろう、お前達のその身を以ってな!」
     大嗚呼主水の口の中でチョコレートの粒が砕けた。


     ……結論として何も起きなかった。「バ、バカな!」と本人は言っていたが。そしてその隙を逃す灼滅者達でない。
    「変異抜刀・ナッツ落水」
     リズリットが居合い斬りに勝手に名前を付けて放つ。その攻撃を受けながら主水は鞄の中を漁っていた。
    「チョコレートを取るなんて可哀想だろっ」
     柚來が逃げる主水を後ろから殴りつける。背中に衝撃を受けた主水がよろめく。
    「義理チョコで喜ぶ小僧の事なぞ知らぬわ!」
     そう返しながらも、まだ手は鞄の中に突っ込まれている。そんなに大事か。
    「今の時期、アーモンドはチョコレートの支えになることでダイアモンドのように輝くんだよ。 けれど、無理やりに輝かせるのはどうなんだろう」
    「今からそれを見せてやろうと言うのに!」
    「義理だとはいえ、プレゼントをもらうのはうれしいんだよ。それを男の子から取り上げるのはひどい」
    「必要なのだ! この中身が!」
     亜理栖の言葉に必死に反論する主水。ブリギッタのサーベルやトランドの杖の攻撃を受ける彼に今度は爾夜が仕掛ける。
    「よく考えてみろ……チョコレートを奪って何になる?」
    「考えた結果だ。……む?」
     そんなやりとりの中、主水が何かに気付く。
    「ここで逃げるとは、アーモンド道をあきらめるということだ! 敗北を認めることだ!マカデミアナッツに負けるということだよ!」
    「ふっふっふ……もう逃げんよ」
     亜理栖に対する言葉の雰囲気が突然変わる。急に余裕を取り戻した主水を前に僅かな緊張が灼滅者達に走る。けれど彼らが事を起こすよりも早く主水が口を開く。
    「見せてやろう……本当の力と言うものを!」
     大嗚呼主水がやはり一粒のチョコレートを口の中に落とす。刹那、香ばしい音と共に大嗚呼主水の姿が大きくなっていく。
    「今の内に攻撃するんだ!」
     亜理栖が叫び、そして仲間達も攻撃を加えていく。その間にもぐんぐんと敵の体は大きくなっていく。


    「こ、こういうことかよ……!」
     修太郎は完全に巨大化した大嗚呼主水……いや超嗚呼主水と呼ぶべき相手を前にしてそんな呟きがこぼれた。相手から放たれる威圧感は先程までとは比べ物にならない。
    「先程までのアーモンドに対する言い様、許しておけぬ」
     エコーでもかかりそうな声で主水は言う。そして手元に巨大なアーモンドを呼び出す。
    「アーモンドを貶めるものに真の価値を教えてやろう」
     その巨岩を思わせる塊が複数放たれる。その一撃で何人かが地に伏せる。前衛で辛うじて立っているのは柚來と彼をかばった神華だけだ。
    「けほっ……!」
     だが攻撃を二重に受けた神華の体にも濃密度の毒が回る。
    「癒しの光よ……彼の者を癒し給え」
     残された後衛の爾夜が彼女にヒーリングライトを放つ。それによって当座の治癒はできるものの戦線を維持するには心もとない。
    「貴様等にも罰が必要だな」
     頭上から主水の声が響く。後衛の二人が反応するよりも早くアーモンドがリズリットと爾夜を押し潰す。主水が巨大化してからあっという間にパーティは半壊以上に陥る。
    「くっ……」
     残る3人は敵を見上げる。相手のダメージは残っている、攻撃をし続ければ勝てるかもしれないがその率は高くないだろう。
    「バレンタインは……守ってみせるわ……!」
     神華が炎を拳に灯す。まだ3人共戦意は失っていない。
    「まだ邪魔するか、ならば……!」
     主水が高く跳び上がる、このまま落下して頭突きをするつもりだろう。これを受ければ最早倒すことは不可能だ。致命的な一撃を受ける前に灼滅者達は最後の一撃を放つ。
    「てぇぇい!」
     跳び上がった神華の炎が主水の体に火をつける。
    (「ごめんな、アーモンド」)
     柚來の思いを乗せたオーラキャノンが主水の勢いを削ぐ。
    「……効かぬ、効かぬぞおっ!」
     だが主水の勢いは止まらない。そして向かう先にいるのはブリギッタ。武器を構え最後の一撃を加えようとするが圧倒的に分が悪い。
    「我の勝ち……っ!?」
     主水の言葉が終わるよりも早く振りぬかれたのはブリギッタの刃。
    「貴方の行いを償う時です……!」
     彼が刃を収めると同時に、少し離れた所へ轟音を上げ主水が激突する。おそらくは今の一撃が止めとなりコントロールを失ったのだろう。
    「き、貴様……まさか……」
    「……実はアーモンドは結構好きなんですよ」
     大嗚呼主水はブリギッタの言葉の後に大爆発し、消滅した。


    「……大した事件だったわね」
     リズリットがよろよろと立ち上がりなら呟く。まさに満身創痍の辛勝といったところだ。
    「あ、怪人の取ったチョコって持ち主に返すべき?」
     柚來が問うと、トランドが答える。
    「戻してあげたほうがいいでしょうね」
    「うん、きっと渡した子もそう思うんじゃないかな」
    「あげる側、貰う側それぞれの気持ちのこもったものですしね」
     トランドが鞄を拾い上げ、神華が彼の言葉に頷く。みんなで散らばったチョコレートを回収しながら修太郎が呟く。
    「ていうか義理でも数集まるって、ある意味人気者じゃないのか……」
    「嬉しそうですしね」
    「幸せそうだよな……っと」
     鞄の中に大体散らばったチョコレートが全て収まる。こっそりリズリットが板チョコ(88円)を入れてたりするがそれはそれで。
    「チョコ拾ってきたら食べたくなってきたなっ」
     柚來が自分の荷物からいくつかチョコレートを取り出す。
    「持ってきたチョコ皆で食べようぜ♪  疲れた後は甘い物って言うしな!」
     差し出された灼滅者たちはチョコレートを食べる、甘みが戦闘で疲れた体に染みわたる。男子学生に返す鞄を手に灼滅者達はこの場を後にするのであった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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