ぷるるんチョコサービス

    作者:灰紫黄

     男が寂れた雑居ビルの一室に足を踏み入れると、甘ったるい声が聞こえた。
    「おかえりなさいませ、ご主人様」
     声の主は若い女だった。なぜかメイド服に身を包んでおり、声に合った童顔が印象的だ。
     ここはいわゆるメイド喫茶ではない。もっといかがわしいお店である。
    「ただいま、バレンタインのチョコサービスを行っております。いかがですか、ご主人様」
     男はとりあえず頷いた。女はそれを確認して、メイド服をはだけていく。
     ぷち、ぷち。金属のボタンが外れる音が妙になまめかしい。
     ぷるんと露わになった上体にチョコクリームを塗りたくり、女は微笑んだ。
    「どうぞ、ご主人様」
    「っ!」
     すると、男はスイッチが入ったように激しくチョコを貪り出した。それに合わせて、女の頬も赤く染まっていく。
    「あ、ふあっ。ごしゅじん、さ、ま……あっ、もう、我慢でき、ません。まだ早いけど、アカリにホワイトなお返し、くださいっ!」
     女のひときわ甘いお願いに、男はだらしなく頷いた。
     それからしばらく。お返しをたっぷり受け取った女は乱れたメイド服をそのままに眠りこけていた。その隣には同じく男が寝ていて、額に『鹿児島行』と書いてあった。

    「は、は、はれんちやーーーーー!!!」
     これで何度目だろうか、顔を真っ赤にした口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)が叫んだ。エクスブレインとして一年近くの経験があるはずだが、いまだに苦手分野があるようだ。まぁ慣れろというのも酷かもしないが。
     というわけで今回はえっちぃ依頼である。
    「HKT六六六に所属する強化一般人が博多の中洲にお店を出して、『刺青の調査』を……してるみたい」
     刺青があるかどうかを確かめるってことは肌を見ないといけないわけで……はいそうですそういうことです。
     また、刺青がなくても強化一般人に魅了されて手下になってしまう。勢力増強を許さないためにも、店は潰さなくてはならない。
    「で、強化一般人なんやけど……えっと、メイドさんで、えっちぃチョコがホワイトで、えっと……」
     目が壊れた機械のように吐き出した情報をまとめるとこうなる。
     強化一般人の名はアカリといい、メイド服姿でえっちなチョコのサービスをしている。なお、さらにその配下が三人おり、彼女を守っているとのこと。
    「正面から突入しても強化一般人を倒すのは難しいわ。手下を盾にして逃げるでしょうね」
     攻略法はふたつ。目は指を二本立てて見せた。
    「ひとつは、誰かが囮になっている間にお店を包囲。退路を断ってから戦闘に入る方法。……ただし、みんなが突入する頃には囮の人は戦闘不能になってると思う。べ、別に命を取られるわけじゃないけど、うん、覚悟はしておいて」
     つまり七人で戦うことになる。囮の人もそれ以外の人もいろいろ覚悟しておく必要があるだろう。
    「もうひとつは、手下を籠絡する方法。手下さえなんとかしてしまえば、逃走も阻止しやすいはず。でも、アカリに忠誠を誓っているから、同じ方向性でより強い魅力を見せつけないとうまくいかないわ」
     忠誠といっても色香によるもの。ならば寝返らせることも可能。キーワードは『メイド』と『お色気』だ。
    「一応、お店さえ潰せば最低限の目標は達成よ。どうするかはみんなに任せるわ」
     早口でまくしたてると、目は教室から出ていく。はれんちやー、という叫びが駆け足の音とともに遠ざかっていった。


    参加者
    置始・瑞樹(殞籠・d00403)
    真白・優樹(あんだんて・d03880)
    四条・貴久(サディスティックな執事見習い・d04002)
    リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)
    極楽鳥・舞(艶灼姫・d11898)
    木崎・シン(黒き終末論・d13789)
    プリュイ・プリエール(まほろばの葉・d18955)
    竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)

    ■リプレイ

    ●おかえりなさいませ
     博多は中洲。エイティーンを使用した木崎・シン(黒き終末論・d13789)は意を決してダークネス組織・HKT六六六人衆の構成員が経営する店に乗り込んだ。全てはダークネスの支配から人々を解放するため。彼の眼には正義の炎が灯っていた。けしてやましいことなどない。これは灼滅者としての使命なのだ。
    「おかえりなさいませ、ご主人様」
     シンを出迎えたのはメイド服姿の若い女だった。アカリに間違いないだろう。禁断の果実は服の上からでも存在感を放っていた。
    (「木崎殿……ご武運を」)
     蛇変身で先んじて裏口に到着した四条・貴久(サディスティックな執事見習い・d04002)は鍵穴からシンの雄姿を見守る。手下を籠絡した女性陣が入ってくれば戦闘開始だ。それまでもってくれればいいが……それは希望的観測だろう。もし自分が代わってやれればどんなにいいか。仲間の身を心から案じる。
    「ご主人様、ただいまバレンタインのチョコサービスを行っております。いかがですか?」
     口では聞きながらも、すでにメイド服をはだけはじめるアカリ。これではシンも止めようがない。
    「じゃ、じゃあお願いするよ」
    「ふふ。たっぷり味わってくださいね」
     ごくり、とシンの喉が鳴る。強化一般人の精神攻撃を受けようというのだ。期待しないはずが、もとい、怖くないはずがない。
    「アカリを召し上がれっ」
     ぺたぺたとクリームを塗る音が聞こえる。普段はなんでもない音なのに、この場ではひどく扇情的な音だった。顔を真っ赤にしながら、勝手口から侵入したプリュイ・プリエール(まほろばの葉・d18955)は物陰に隠れていた。
    (「はれんちゆるすマジでス……って、はわわっ!」)
     プリュイが目撃したのは、どでかいミサイルだった。あんなものを喰らってはたとえ灼滅者といえどひとたまりもないだろう。それをシンは一人で受け止めなくてはならない。その意志は見下げはてた、げふんげふん、ではなくて見上げたものである。
    「アカリにも……お返し、くださいね」
    「え、ちょっ」
     淡く微笑みながら、アカリはシンの服のボタンに手をかけた。まるでリンゴの皮をむくように、少しずつ服を脱がせていく。露わになった上体に、ちろちろと舌を這わす。
     女性陣に隠れて入店し、入口に細工をした置始・瑞樹(殞籠・d00403)もまた、物陰に隠れて様子をうかがっていた。
    (「HKT恐るべし、か。木崎、死ぬな……!」)
     その手腕には瑞樹も舌を巻くしかない。あの、不退転の覚悟で先陣を切ったシンがすでに骨抜きにされていたのだ。それもとろんと気持ちよさそうな表情で。それがどれだけの屈辱かを思うと、瑞樹は胸が張り裂けそうだった。
    「くすくす、ご主人様だけ楽しんじゃヤですよぉ」
    「あ、やめ、らめぇぇっ!!」
     舌は首元から胸へ、さらにその下へと。ソファーが邪魔だ。三人からはもう何が起きているか確認することはできない。シンの無事を祈るしかなかった。

    ●おかえりなさいませませ
     一方、その頃。プリュイを除く女性陣は配下の男達を攻略していた。末端の末端といえど、HKTの一部であることに変わりはない。油断なく全力で面接に臨む。四人はまず倉庫のような部屋に通された。
    「このお店の仕事に興味があるんだってね」
     鼻の下をにょきにょきと伸ばしながら、男の一人が言った。なんか鼻息も荒い。
    「はい。早く大人になりたくって」
    「分かるよぉ、その気持ち。じゃ、何ができるかやってみせてよ」
     リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)……ここではリリィと名乗った……は言われた通り、メイドの演技をやってみせた。大人びた化粧をして、メイド服は大胆なミニスカート。白い肌の上に走る黒のガーターベルトがスパイスを与え、危険な香りを放っていた。男の視線は分かりやすく胸元と腰回りを何度も往復していた。よく目が回らないものだ、と逆に感心してしまう。早く終わってほしい。
    「いいよいいよ。じゃ、君は?」
    「優樹です。ご奉仕します、にゃん」
    (「ぎゃー、恥ずかしくて死にそう! いっそ殺して!」)
     ネコミミメイド姿の真白・優樹(あんだんて・d03880)は心の中で叫んだ。こんなところをボーイフレンドとかに見られた日には恥ずかしさで爆発してしまう。……やってあげたらそれはそれで喜ばれるかもよ?
     スタイルには自信がないので、変化球で勝負。本物のネコのようにすりすり。
    「可愛がってください、にゃん」
     語尾をできるだけ、可愛く甘く。砂糖菓子じみた殺人的な甘さだった。けれど、やっぱりミサイルの火力不足は否めなかったようで男達の興味はすぐに冷めてしまった。
    「ふーん。はい、次」
    (「あとで絶対ぶっとばす!」)
     と復讐を誓ったのだった。
    「はぁい、ご主人様っ」
     ある意味、本命と言えるだろう。次は極楽鳥・舞(艶灼姫・d11898)の出番だった。この中ではアカリと最も系統の近い色香の持ち主だ。ナァイスバディを胸元の開いたメイド服で包み、男の一人に駆け寄る。ぎゅにゅーっと抱きついて零距離射撃。
    「私の胸……すごくドキドキしてるの分かります?」
    「分かる、分かるよ!」
     羞恥で舞の顔がみるみる赤らんでいく。仕方ないとはいえ、純情ハートには十分すぎる試練である。男の手が伸びるのを見て、ひゃ、と小さく悲鳴を上げた。
    「今日はここまでじゃ、ダメですか? ご主人様ぁ」
    「今日は、ね。いいよいいよむふふ」
    「ありがとうございます。ご主人様優しいです」
     その言葉の裏にはそのうち、という下心が込められていたが。
     最後は竹間・伽久夜(月満ちるを待つ・d20005)だ。とはいうものの、舞のあとで男達はあまり伽久夜に興味はないようだった。ロングスカートのクラシカルなメイド服は、色香よりも厳粛さを思わせる。
     だが、
    「あなたの欲望、かなえて差し上げます。ご主人様」
     スカートをつまむと、黒いピンヒールが。それを見て、男の一人が立ちあがる。
    「ほら、何が欲しいか言ってごらんなさい」
    「ふ、ふ、ふ踏んでくださぃぃっ!!」
     無様にひざまずく男。残りの二人は冷たい目を向けていたが、そんなものは気にならない。ぶひぶひ鳴きながら、ヒールの痛みを味わっている。
    「あの、私達、採用でよろしいでしょうか? うるさい、お黙り!」
     ふみふみしながら尋ねる伽久夜。足元の何かがやかましいので、蹴りを一発。
    「え、えっと、あ、はい。でも、最後はアカリちゃんが決めないと」
     ふみふみ。
    「じゃあアカリさんとお話してきます。その間、邪魔しないでくださいね」
     ふみふみ。
    「あ、はい」
     とりま籠絡(?)は成功したっぽい。

    ●チョコの食べ過ぎに注意
     というわけで女性陣はアカリのいる部屋に突入。同時に隠れていた仲間も飛び出した。
    「そんな……なんてこと」
     あまりの惨状に、伽久夜は口を覆った。シンは虫の息で気を失っており、ほとんど虫の息だった。衣服はほとんど着ておらず、血まみれ。おそらくチョコの食べ過ぎによる鼻血の出し過ぎだと思われた。だが表情は晴れ晴れとしていた。使命を果たした達成感からだろう。
    「あ、あの……あなた達、誰?」
     突然の乱入者に驚きを隠せない様子のアカリ。シンを平らげ、ついでにおやつのショートケーキを食べていた。食べ方が悪いのか、口にも胸元にもクリームがべっとりだ。
    (「こ、ここでいったい何が……」)
     裸のシンとアカリを何度も見渡して、舞の紅潮が最大に。よからぬ想像が頭の中を駆け抜けて、もうオーバーヒート寸前だ。放っておいたらぷすぷすと煙が出そうなくらいである。
    「お店の人は?」
    「待ってもらってるよ。あとでぶっ飛ばすけどね!」
     優樹の腕にはメイド服には似合わない巨大な杭打ち機が装着されている。がしゃん、という装填音は彼女の怒りを表すものであった。恥ずかしい思いをして、しかも見向きもされなかった。青いオーラまで怒りで赤くなりそうだ。
    「えぇ! あの人達、大事な時で役に立たないなぁ」
     灼滅者達の怒りを感じ取り、アカリはもう逃げ腰になっていた。だが、瑞樹がその行く手を塞ぐ。男性的な肉体美を強調した出で立ちであったが、この場面では威圧感しか感じない。というかひたすら怖い。筋肉の絶壁がそこにあった。あ、でもこれはこれでとアカリは思った。
    「観念しろ。逃げ道はない」
    「諦めてください」
     眼鏡に執事、そして鋭い眼光。見るからにドSっぽい貴久である。アカリの表情が絶望に歪むのを見て、にやりと笑みを深めた。とりあえずこの中では一番楽しそうだ。
    「逃がさないよ。こんな恥ずかしい思い、もう二度としたくないからね」
     リリアナの顔は笑っているが、目は笑っていない。顔を下から照らす光の剣がなんともいえない凄味を演出していた。暗闇の中、懐中電灯で顔を照らすアレである。とにかくホント怒ってんなぁ、というのがアカリの感想だった。
    「平和の為にモ、犠牲となったシンさンの為にモ、あなたヲ倒しまス!」
     拳を固く握るプリュイ。正義のため、その体を張ったシンに勝利を誓う。彼は勇敢に戦い、そして散った。その想いを受け継がなくて、何が仲間だというのだ。プリュイの拳は熱く燃えたぎる。
     絶望的状況を悟りつつ、アカリはいつもの営業スマイルを作った。もはやそれしかやることがないとも言う。
    「おかえりなさいませ、ご主人様方。チョコサービス、いかがですか?」
    「「結構でーす!!」」
     ですよねー、とアカリは灼滅者7人(とナノナノ)のサイキックの雨に消えていった。

    ●悪は滅びた
     アカリを倒したあとは、その配下の後始末だ。優樹がすごく盛り上がっていた。
    「絶対に、絶対に許さない! やっぱり世の中胸なのかー!!」
    「どべしーっ」
     爆炎を吐き、バベルブレイカーごと急加速。渾身のアッパーカットをぶちかます。それだけでは足りないのか、ブレイカーの弾層がぎゅんぎゅん回転していた。
    「消えてください。貴方達はどうでもいいので」
     ドSどころか、何の感情も宿さない瞳で貴久はナイフを振るう。興味ゼロ。まるで雑草を刈るようだ。
    「助かるのか、こいつらは?」
     拳を血まみれにしつつ、瑞樹が問う。犠牲は少ない方がいいと思っていたが、目の前にしてみると正直どっちでもいいような気がしたが、一応。
    「どうだろうね。倒してみないとどうにも」
     鬼の腕を叩きつけられ、男の一人がノックアウト。どうやらまだ息はあるようだ。それはそれで面倒だとリリアナ心底思った。
    「なんで生きてるんですか?」
    「生まれてきてすみませぇん。ぶひひー!」
     伽久夜は男をヒールで踏みつけながら、リングスラッシャーで切り刻む。踏まれて嬉しそうなのは、痛みで混乱しているだけだ、うん、きっとそうだ。そうだと思いたい。
    「ふぅ、なンだカ疲れまシタ」
     いい仕事した、とばかりに額の汗を拭うプリュヤであった。灼滅者達の徹底的な消毒により、男達は元の一般人に戻ることができた。またHKTの魔の手から一般人を救ったのだ。これも誇れる戦果と言えるだろう。たぶん、たぶんね。
    「これでマナにもいい報告ができるね」
     と、舞。それ絶対からかうだけですやん。えへんと胸を張れば、立派な山が強調される。大自然の神秘がそこにあった。優樹がチラ見していたとか、そんなことはない。
     ことを終え、皆の視線は自然とひとつ所へ向かう。そこには血で赤く染まったシンの姿があった。
     ありがとう、木崎シン。彼のおかげでまたひとつ博多から悪が消え去った。(鼻)血まみれの伝説は後世まで語り継がれることだろう。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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