とある京都府のスーパーでのこと。バレンタインを控え、売り場にはチョコレートのコーナーが設置されていた。そこに一体の怪人と何人かの戦闘員が佇んでいた。戦闘員はロシア帽を被ったコサック戦闘員であり、怪人はしなびた赤紫のナスの頭の柴漬け怪人であった。
「コサック怪人のみなさん、やっちゃってください」
「ははっ!」
丁寧な口調の怪人の指示に従い、戦闘員は手際よくチョコを片づけていく。そして代わりに棚に柴漬けを置いていく。
「チョコもいいけど柴漬けもね!」
マスクの下はドヤ顔だっただろう。呆然とする人々を置き去りにし、怪人達は大量のチョコを持ち去った。
「もうすぐバレンタインね。というわけで怪人退治よ」
いや、全然というわけじゃねーよ。
灼滅者達の視線によるツッコミを無視しながら、口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)はメモをめくる。
「なんだかご当地怪人が全国でチョコレートを奪う事件を起こすようなの。放っておくわけにはいかないし、何か企みがあるかもしれないから阻止してきて」
まぁ、ないかもしれないけど、と目は付け加えた。
相変わらずよくわからない連中である。
こちらが介入できるのは、一通り柴漬けを置き終えたころだ。怪人達を返り討ちにして、ぜひチョコレートを取り戻してほしい。
「現れるのは柴漬け怪人よ。京都府のスーパーのバレンタインコーナーが狙われるわ」
ちなみに柴漬けとはナスなどを赤シソの葉とともに漬けた漬物であり、京都が発祥とされている。といっても今では全国で普及しているが。
「柴漬け怪人は槍で武装しているわ。さらに戦闘員を三人ひきつれてる。こっちはなぜかコサック戦闘員で、ご当地ヒーローに似たサイキックを使うみたい」
コサック怪人といえばロシアンタイガーの部下である。今回の事件もロシアンタイガーの差し金の可能性はあるが、背景を探る前に、まずはチョコレート強奪の阻止だ。
「怪人が何を考えているのか知らないけど、楽しいイベントを邪魔させるわけにはいかないわ。たとえ渡す相手やもらう相手がいなくても」
そう締めくくり、目は灼滅者達を見送った。リア充のイベントだからって爆発させるわけにはいかないのだ。
参加者 | |
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源野・晶子(うっかりライダー・d00352) |
椿森・郁(カメリア・d00466) |
九条・風(紅風・d00691) |
叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613) |
ギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153) |
エクスティーヌ・エスポワール(銀将・d20053) |
鷹嶺・征(炎の盾・d22564) |
清浄・利恵(中学生デモノイドヒューマン・d23692) |
●柴漬け怪人現る
京都府某所の小さなスーパー食料品売り場の前に設置されたバレンタインコーナーを蹂躙する者達がいた。柴漬け怪人とコサック戦闘員である。
「さて、これくらいでいいでしょう。戦闘員のみなさん、お疲れさまでした」
チョコは全て袋に詰められ、棚には代わりに柴漬けが置かれている。あとは撤収するだけだ。だがそこに、ご当地怪人の企みを阻止すべく、灼滅者達が立ちはだかる!
「そこまでだ!」
「何者です!?」
「淡く白い雪の使者、ホワイトショコラ!」
真っ先に声を上げたのはアルティメットモードで豪華版に変身した叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613)だった。衣服は白く染まり、さらには天使を思わせる飾り羽までついている。
「爽やかなる春の使者、フレーズショコラ!!」
次いで、名乗りを上げるギュスターヴ・ベルトラン(救いたまえと僕は祈る・d13153)。ちなみにフレーズはフランス語でイチゴのことらしい。それに違わぬフリフリピンク衣装が風もないのにゆらゆら揺れる。あ、ギュスたんは男の子です。
「落ち着いた大人の苦味、バレンタインビター!」
清浄・利恵(中学生デモノイドヒューマン・d23692)は黒を基調としたメイド服に身を包む。黒色は、見ただけでその苦みを想像させる。そういえば、カカオ分が強いチョコがダイエットにいいとか言われていた時期もあった気がする。なかった気もする。
「え、えっと……甘いお菓子は悪魔の囁き、しょこりゃっ」
チョコはカロリー高いです、はい。でも分かっていても我慢できないんですよ。
名乗りで噛んでしまった源野・晶子(うっかりライダー・d00352)はもともと恥ずかしかったのもあって、相棒のライドキャリバーの後ろに隠れてしまう。
「そして製菓の基本、スイートチョコ!」
さらに椿森・郁(カメリア・d00466)がズバンと登場。アルティメットモードにより、板チョコの翼が生える。チョコを溶かすときは直にお湯に入れちゃダメなんだぜ。ちゃんと湯煎しような! バレンタイン戦隊との約束だ!
ヒーロー風に登場する者もいれば、後ろで見守っている者もいる。九条・風(紅風・d00691)は(頼んでもいないのに)BGM係をかってでた。ラジカセをライドキャリバーのサラマンダーにくくりつけ、どこかで聞いたような音楽を流す。
(「非リア充としては……いや、なんなんだ、この気持ちは」)
繰り返される戦いの空しさが渇いた笑みに表れている。悔しくなんてないもん。
「柴漬けは私も好きなのですが……わざわざバレンタインに贈らなくても」
どうやったってチョコの代わりにはなるまい。あなたのことが好きでした、と柴漬け渡されても返事に困るだけである。エクスティーヌ・エスポワール(銀将・d20053)はシュールな画を想像してしまう。
一方で、賑やかな空気に溶け込めない者もいた。鷹嶺・征(炎の盾・d22564)だ。ご当地怪人と戦うのは初めてらしく、その緊張が顔に出ていた。もともと表情に乏しいが、今日はさらに表情筋の動きが少なかった。といっても、戦いの前に緊張感を持つのは当たり前であり、彼の方が普通といえば普通である。
「なるほど、バレンタインを守りに来たというのですね」
「……とりあえず、外に出ましょう。ここではみなさんに迷惑がかかります」
「いいでしょう。その心意気、敵ながら天晴」
征の提案に、怪人はふたつ返事。でも上から目線で、みんなはちょっといらっとした。
●柴漬けVSバレンタイン戦隊
ところ変わって、ここはスーパーの駐車場である。寒い。冷たい風は非リア充をあざ笑うように風の心に襲いかかる。早く帰りたーい。
「こっちから行くぜ!」
サラマンダーが弾丸をばらまくのと同時、対リア充、もとい対霊の結界をはりめぐらせる。だが、柴漬け怪人は背負い物を置くと、あっさり回避してみせた。その顔には不敵な笑みが……いや、ナス頭なので表情は分からない。
「戦闘員のみなさん、お願いします!」
「「コサーック!!」」
狙いは郁だ。コサックダンスの要領で、戦闘員達が蹴りを放つ。だが命中の直前、征が割って入った。受け止めた額にブーツの足痕が残る。
「この程度、問題ありません」
緊張が解けたのか、口元には微笑が浮かぶ。けれど、目は笑っていない。烈火のごとき激しさで怪人達をにらむ。
「甘いと思ったら苦い、熱いと思ったら冷たい! ビターブリザード!!」
利恵の魂そのものを削って放つ、凍てつく炎。人造灼滅者だけが使えるサイキックだ。炎と氷という二律背反は、甘くもほろ苦い、恋とチョコを連想させる……かもしれない。とにかく戦闘員を氷漬けに。
「まとめていきます!」
槍を回転させ突撃するエクスティーヌ。その動きはチョコをかきまぜるヘラのように滑らかに戦闘員を吹っ飛ばしていく。だが、怪人は自身の槍で回転を受け止めた。その槍はなぜか柴漬けと同じ匂いがした。愛用の槍に匂いが映らないよう、距離をとる。
「やりますね。ですが!」
柴漬けビーム。赤紫の光条が晶子を襲う。しかし、寸前でライドキャリバーが間に合った。主人を守った代償で、なんか柴漬けくさいが。
「ありがとう、ゲンゾーさん……あれ?」
ボディを撫でると、うっすらと赤紫の液体を浴びているようだった。害はなくても、なんだかなぁ。
「ねー、そのチョコどうするの?」
「知れたこと! 世界征服です!」
ダメ元で聞いてみる郁であったが、やっぱりまともな答えは返ってこなかった。期待はしていなかったが。そうしている間にも、蔓の形をした影業がぎゅぎゅーっと戦闘員を締め上げる。
「とおりゃー!」
身軽なこぶしの飛び蹴りが戦闘員を直撃。瞬間、『釧路』の刻印が現れ、戦闘員に引導を渡した。といっても死んでませんよ。元の人間に戻っただけですよ。外国人らしきマッチョの男できっとロシアの人だろう。
「バレンタインは教会の公式見解としては既に『ウァレンティヌスの記念日』は公式としては祝日となっていない。だが、この日に愛を語る者が居る限り! この日は恋人達の日であり続ける!」
仲間を回復しつつ、かっこよく啖呵を切るギュスターヴ。でも衣装がピンクなので、ちょびっとシュールかもだった。
●チョコなんてぇっ!!
やがてなんやかんやあって戦闘員は全て地に倒れ、怪人だけが残った。
「柴漬けになんら興味も好意もない者の手を借りて、無理やり柴漬けを広めようなど!」
征の剣の刃が半透明になり、霊体化。そのまま怪人の奥底、魂めがけて突き刺す。手応えはあった。だが、怪人は揺るぎもしない。
「聞き捨てなりませんね。私のやっていることが間違っているというのなら、頼んでもいないのに毎年設置されるバレンタインコーナーは何だというのですか!? あれこそ製菓メーカーの押し売りではないのですか!?」
柴漬け怪人は恨みのあまりに血涙を、もとい漬け汁を流す。
「抹茶チョコ、チョコ八ツ橋! 猫も杓子もチョコ! チョコの何がいいというのですかっ!?」
怒りのままに槍を振り回す怪人。
「好きな人に、柴漬けを贈ってはダメですか!?」
「いや、俺に聞かれても」
非リア充の風には答えようがなかった。チョコを奪った怪人の行いは悪そのものだが、彼の叫びには悲痛なものがあった。ホント何したいのお前って言ってやりたかったが、可哀想なのでやめておいた。
「チョコなら恋愛の甘さや苦さを表現できます。その点、チョコに勝てますか?」
「勝てます、勝てますとも!」
エクスティーヌの銀色のビームを受け切り、怪人はそう答えた。柴漬けに勝る食べ物はない。そう、心から信じているのだ。決してチョコを認めたくないとかじゃないし、断じて嫉妬ではない。
「柴漬けは確かに素晴らしい。だが、チョコと比べても仕方ないさ」
ジャンルがあまりにも違いすぎる、と利恵。たとえバレンタインに出番はなくても、白いごはんの友達であることには違いない。でもやっぱりチョコの代わりにはならないのだ。冷徹な執刀が怪人の弱点をえぐり斬る。
「やってることはチョコ泥棒だろうが!」
灼滅者側が優勢だと判断したギュスターヴは攻撃に転じる。無数の光輪が怪人を切り裂き、血の代わりに漬け汁が噴き出た。どんな理想を掲げようとも、一般人に迷惑をかけるなら灼滅するしかない。しかも、ロシアンタイガーが関わっているならなおさらだ。
「そうだよ! チョコは僕達バレンタイン戦隊が守る!」
こぶしは匂いがつくのも恐れず、怪人をつかまえて大ジャンプ。駐車場の地面に叩きつける。汁がしぼられ、顔から浴びても怯みはしない。まぁ無害だし。
灼滅者の猛攻に、さすがの怪人も足元がおぼつかない。だが、戦う意思は失っていない。打倒バレンタイン、ではなく世界征服のために! ロシアンタイガー様のために!
「うおおぉっ!」
渾身の飛び蹴りが郁を襲う。だが、今度はぎりぎりで回避。
「何度も当たってらんないって!」
再び郁の足元から影が伸びる。そこに根があるように、影は蔓を伸ばし、葉を茂らせ、怪人を絡めて切り裂いた。返り血ならぬ返り漬け汁はなんとか回避。
「かくなる上は、最終手段!」
なんと、追い詰められた柴漬け怪人は奪ったチョコの包装を破り、食べようとしたのだ。それはバレンタインへの抗議なのか、あるいは他の意味があるのか。ご当地怪人のすることだから分からないけれど。
チョコが所在不明の怪人の口に運ばれるより早く。
「ごめんなさい、柴漬けは美味しいし悪くないんですけどっ」
なんとなく申し訳なさげに、晶子がライフルの引き金を引く。魔弾はぴたりと怪人の体幹を撃ち抜いた。この一撃によって怪人は絶命し、その場に伏した。だが、死んでもチョコは放さなかった。
●柴漬けうめぇ
チョコを回収し、柴漬けを片付けた灼滅者達は休憩をとることにした。戦闘中、ずっと柴漬けの匂いがしていたせいで お腹が減ったのだ。しかも、怪人が残した背負い物は炊飯器だった。中にはホカホカツヤツヤのごはんが。これも怪人の供養ということで、柴漬けとともにいただく。
「結局、怪人は何がしたかったんでしょうか」
と征。無表情に柴漬けをポリポリ。柴漬けうめぇ。
「最後にチョコ食べようとしてたけど、あれも意味あるのかな。それともバレンタインが憎いだけ?」
郁も首をかしげつつポリポリ。柴漬けうめぇ。
「さぁ……ご当地怪人の考えることは分からねェな」
視線を逸らしつつ、風も柴漬けポリポリ。柴漬けうめぇ。
「とりあえず柴漬けへの愛は伝わりました」
銀の箸を使い、エクスティーヌももちろん柴漬けポリポリ。柴漬けうめぇ。
「でもその愛は、白いごはんの上で活かされるべきだったんだよ……」
明後日の方向を見上げるこぶし。ごはんつぶがついていなければ様になっていかもしれない。柴漬けうめぇ。
「ああ。美味しい奴、いや、惜しい奴をなくしたな」
渋い味が好みだという利恵はほうじ茶と一緒にポリポリ。柴漬けうめぇ。
「こうしてると落ち着きますねぇ」
カロリーを気にしてなのか、小さいお茶碗の晶子。柴漬けうめぇ。
「和のココロって感じだね」
果たして柴漬けはフランス生まれのギュスターヴの口に合うだろうか。パリ、とひと口。あ、柴漬けうめぇ。
かくして、柴漬け怪人の企みは阻止され、バレンタインは守られた。たとえ教会が認めなくても、柴漬けがうまくても、これからも恋人の日なのだった。
柴漬けもいいけどチョコもね!
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年2月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
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