籠の中から出たくて

    作者:猫御膳

     とある屋敷では、こんな言い伝えがある。離れの屋敷には近づいてはならない、と。
     何故?と思った者が聞けば、祟りがあるからだよ、と言い伝えられていた。しかし詳しい事を聞いても、誰もが知らないと口を閉ざしていた。その離れの屋敷は現在もあるのだが、言い伝えは廃れ、来月には取り壊しが決定している。
     その離れの屋敷の前に、1匹の白いオオカミが突如として現われる。離れの屋敷の扉はまるで意志を持つかのように、白いオオカミを誘うように開かれる。
     オオカミは迷わず屋敷の中に入り、暗い屋敷の中でも体毛と思えるものはまるで炎のように周囲を歪ませ明るくする。それ以外の特徴では、額には赤色と金色の色違いの二房があるのが分かった。
     やがてオオカミは一番奥の間に辿り着き、徐に遠吠えを上げる。遠吠えが終われば、もう興味が無いといわんばかりにオオカミは立ち去る。
    『……動ける』
     オオカミが立ち去った後に赤い大袖姿の小さな少女が現われ、数歩ほど歩き、微かな喜びの声を上げる。その少女の足には鎖が繋がれていた。

    「皆さん、集まってくださりありがとうございます。今回もスサノオが事件を引き起こしたようです」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集まった灼滅者達に礼を言い、スサノオの事を述べる。
    「とある屋敷に、古の畏れが生み出されました。皆さんには、この古の畏れを灼滅していただきたいのです」
     とある東北の地図を指差し、詳しい場所を説明する。
    「着くのは夕方ぐらいだと思われます。その屋敷は取り壊しが決定していますので、一般人が立ち入る事は出来ません。屋敷の外の周囲を歩く人は居るでしょうが、居ない時間もあると思いますので、上手く侵入してください」
     侵入する時間はお任せしますし、灼滅者なら簡単に侵入出来ます、と姫子は言う。
    「そして古の畏れですが、見た目は小学生ぐらいでしょうか。赤い大袖姿に、おかっぱみたいな髪型ですね。どうやらこの離れの屋敷に幽閉されていたようです。原因は、人と思えない程の歌声を持ち、未来を当てるのだと……」
     それが原因で、離れの屋敷に閉じ込められて命を落としたのだと、悲しそうに言う。
    「この古の畏れは、1人だけで出現します。そして能力ですが、まるでサウンドソルジャーと魔法使いのような力で戦います。動きは早くないのですが、まるで未来が見えているかのような戦いをするようなので、注意してください」
     そして言い難そうに、
    「それで……この古の畏れですが、外に出たいという想いが強いようですが、人に会えば怯えるように攻撃してきます。屋敷の取り壊しが決定していますので、近い内に人と出会ってしまいます。悲しいようですが、被害が出る前に止めてあげてください」
     説得もきっと無理でしょう、と悲しそうに補足する。
    「それと申し訳ありませんが、スサノオの事は今回も行方は追えませんでした」
     スサノオの行方はブレイズゲートと同様に、予知がし難い事を告げる。
    「けれど、事件を引き起こしているスサノオに近づいては居る筈です。ですから、無事に解決して帰って来てください」
     姫子は灼滅者達に、そうお願いするのであった。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)
    土方・士騎(隠斬り・d03473)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155)
    牙島・力丸(風雷鬼・d23833)
    シェルト・ガルバレック(高校生魔法使い・d24581)

    ■リプレイ

    ●言い伝えられる祟り
     昔々のお話。
     離れの屋敷には近づいてはいけません。祟られてしまいますから。と大人達が子供達に注意する。何故と聞かれても、皆して口を閉ざす。まるで、何かを恐れるように。
     そして現在。その恐れていた何かが、蘇った。
    「今が良いか。さて、行くかね」
     時刻は夕方。灼滅者達は蘇った古の畏れを灼滅する為、とある屋敷の前に集まっていた。土方・士騎(隠斬り・d03473)が周囲の人の流れを確認した後に、殺界形成を展開すれば周囲から人の気配はしなくなり、近寄る事も無い。
    「今の内に行きましょう」
    「そうね。暗くなる前に終わらせましょう」
     龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)が、軽い足取りで屋敷内の門をくぐり、六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)がライトを片手に後に続く。
    「あの離れた屋敷ですね。……扉は開いてるようです」
     大きな屋敷とは別に、久瑠瀬・撫子(華蝶封月・d01168)が指した方を見れば、見るからにボロボロの屋敷があり、彼女が言ったように何者かが訪れたように扉が開いている。
    「スサノオの尻尾は今回もつかめえねえってな。先ずは古の畏れをなんとかしねえと」
     意気揚々と、牙島・力丸(風雷鬼・d23833)が周囲を警戒しながら離れの屋敷へと侵入する。
    「埃っぽいの。けど、思ったよりは暗くないの」
     久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155)は、埃っぽさに顔をしかめながらランプを手にし、室内を見渡す。薄暗いが、今ならばまだ明かりも必要無いぐらいである。
    「宜しければどうぞ」
     念の為に人数分持ってきたペンライトを、シェルト・ガルバレック(高校生魔法使い・d24581)が仲間に配っている。それを礼を言いながら受け取った刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)は、
    「スサノオに呼び起こされたこの少女は、生まれてきて良かったのだろうか」
     と、思わず呟く。彼女はエクスブレインがくれた情報の、幽閉されて命を落としたという言葉を思い返しているのであろう。
    「籠の鳥か。この廃屋も檻に見えてくる」
     廃屋と呼ばれてもおかしくない、この離れの屋敷。外から見ればボロボロであったのに、室内の造りはまだしっかりしている。そう、何かを閉じ込めるように。周囲を警戒しながら歩く士騎は、そう評した。
    「籠の鳥ならば、空へ羽ばたけるのでしょうが……古の畏れという亡霊であれば、無理なのでしょうね」
     人を恐れる、古の畏れの少女。
    「その恐れこそが古の畏れの源泉、でしょうか」
     外に出る事も出来ないこの少女を、せめて魂だけでも救いたい、と言う静香。
    「今回の古の畏れとなる少女は並外れた歌声と、未来が視えるという事ですが」
    「本当に全部未来が見えてたらそもそも捕まってないの」
     歩きながら古の畏れの能力を言う光理に対し、一姫は口を挟む。
    「それに端から見てそう思えるって事は少なくともその人達の為に言ってるの」
     未来が視えるという事を知られているという事は、相手を思って教えた事。そしてその能力故に、幽閉されて命を落とした。なのにまた、その能力を利用されるのが忍びない。と彼女は言う。
    「死者であり害を為すなら、灼滅しかないでしょう」
    「ガキの姿なうえにこんな境遇ってな。クッソ、生きてりゃ助けてやれんのに」
     私達が灼滅するしか無いと言う撫子に、力丸は歯痒い気持ちを表すよう、手の平と拳を合わせる。
    「皆様、奥の間に着いたようです」
     気分が沈みがちになっていた一向に、シェルトは声を掛ける。いつの間にか奥の間に灼滅者達は着いていた。そこは庭が通じており、夕焼けが差し込み部屋を赤く染め上げている。
    「……これは、歌声か?」
     逸早く気づいた刃兵衛は、どこかもの悲しげに聞こえる歌声の方へ歩き出すとと、歌声は消える。
    「居るのか。姿を見せて欲しい」
     士騎は古の畏れへと声を掛けるが、出てくる気配は無い。仕方なく、全員で警戒しながら探していると、部屋の隅で物音がする。そこに明かりを照らして見れば、赤い大袖姿のおかっぱの少女が身を縮こまらせて居た。

    ●人を恐れて
    『っ…!』
     灼滅者達に気付いた古の畏れは立ち上がり、怯えを露わにする。その足元には、不釣合いの鎖が足首に巻きついており、古の畏れの動きと共に音を鳴らす。そして古の畏れが何か言おうとするが、その前に静香が言葉を被せる。
    「聞きたい事があります。どうして、この屋敷に閉じ込められたのか。足に鎖が巻かれているのか」
     ほんの少しだけ古の畏れの怯えを薄れるが、首を横に振って警戒心を再び露わにし、怯えながら後ずさる。
    『わ、私は何も悪い事をしてないません! 私はやっと、やっと自由になれたんだ!』
     怯える古の畏れに対し、士騎は飄々とした態度で話し掛ける。
    「しかし君は、鎖に縛られてるではないか。私はその因縁を斬り、君を解き放ちに来た」
    『ぁ……今更……今更、過ぎる。私は! 私は、外に出たい! 見たい! だから、今更……来ないで……っ』
     彼女の言葉に一瞬だが呆けてしまう古の畏れ。だからこそ怯え、顔を伏せながら自分の体を抱き締め、拒絶する。その拒絶に反応するように、衝撃波が灼滅者達を襲う。だがその衝撃波を、咄嗟に光理が雷渦旋を射出させ相殺する。
    「危ないですね。これはもう……」
    「我が主家の名に恥じない様、全力で退治してみせます」
     相殺し終わる前にシェルトが動き、古の畏れを捕らえるように雷を纏いながら拳を突き上げる。
    『ひぇっ!? 貴女達は……そう、私を消すつもり。私は、畏れ。ああ……なるほど。やっぱり、こうする気なんだ』
     古の畏れは怯えながらも歌うように呟き、一歩下がるだけで拳は空を切る。
    「身も心も鬼にして、お前を解き放つ! 風雷鬼さまのお通りだぜ!」
     避けた古の畏れは、そのまま自分の頭上へと視線を移す。そこには飛び掛るように、異形化した腕と足を振るいかざす力丸の姿がある。
    『っ……ふふ。私と変わらないのに……貴方は立派な大人になりそう』
     私には無理でした。と、呟く古の畏れの顔は酷く無表情になりながらも、透き通るような歌声で迎撃する。
    「相手は1体ですが、油断無きように。殺戮・兵装(ゲート・オープン)」
    「それが未来を当てる歌声か。――いざ、推して参る!」
     袖から取り出したスレイヤーカードに口付けし解放させ、撫子は妖の槍に炎を纏わせ動き、刃兵衛はその動きに応えるように、死角から動きを止めようと風桜を薙ぎ払う。2人の斬撃は、炎と花弁が舞うよう古の畏れを斬り裂く。
    『ええ……分かっています。その攻撃が避けれない事だって』
     古の畏れは避けれないと知っていたかのように、僅かに動くだけで斬り傷を少しでも軽減しながら、灼滅達の動きを視ようとする。
    「そう」
     古の畏れに対し一姫は短く答え、影迅で急所を狙う。古の畏れは足元から矢が放ち攻撃を弾こうとするが、その矢を避けるように影迅は急所を突き刺す。
    『……私は貴女達が怖い。だけど、それでも……私は外に出たいという気持ちは変えれない』
     泣き笑うよう表情を変えながら多くの灼滅達の姿を視て、捕らえる。次の瞬間、灼滅達の足元から凍えるような冷気と痛みが走り、何人かが氷に纏わり付かれる。だが、誰1人として倒れる事も無く、灼滅達は古の畏れを灼滅する為、救おうと動き出す。
    『こ、来ないでよ……! 放っておいてよ!』
     誰もが倒れない事に、決して諦めない事に、古の畏れは恐怖する。その叫びと共に、奥の間は無残な姿へと変えていく。

    ●古の畏れの少女
    「喰らえッ!」
     大きな氷柱を異形の腕で掴み、力丸は古の畏れへと投擲する。だが、その動きを読んでいたのか、衝撃波で弾くように逸らす。
    「ミスター牙島。私に癒しの矢をお願いします」
     その言葉に力丸は、天星弓を放ちシェルトの力を高める。感謝します、とお礼を言いながらシェルトは影業で古の畏れを飲み込むが、古の畏れは影から即座に抜け出す。
    『視えてる、から。全部』
     赤い大袖姿と髪を翻し、前衛達を視つめ捕らえる。そうすれば凍てつく程の冷気に包まれて、氷に閉ざされる。
    「本当に厄介ですね。ですが、させませんよ」
     光理が夜霧を展開し、仲間の回復と同時に妨害能力を高め、氷を消す。
    「予言できたとて、避けれなければ意味がありません」
     その霧から飛び出すように古の畏れの死角へと回り込み、斬撃を放つ撫子。
    『避けれないのなら、最小限に抑えるだけ』
    「逃げ出したいという気持ちは分かります。私もそうでした。私は武蔵坂で救われましたが、あなたはきっと……」
     体を捩って矢を放ち、僅かに斬撃を逸らして薙ぎ払われる古の畏れを追うように、中段の構えから血染刀・散華を振り下ろす静香。
    『……救われない、でしょ。知ってる』
    「……それでも祈る事はだけは止めません」
     体を大きく斬り裂かれても、古の畏れは視るのを止めない。
    「その力を利用されてるだけなの」
    『し、……知ってます。だけど、それが何?』
     一姫は龍牙槍の妖気を変換させ氷柱を放つが、展開していた矢を連続的に放ち、氷柱を撃ち落とす。その氷柱を陰から刃兵衛が駆け出す。
    「未来を断つのは忍びない、が……この世界にお前の居場所は無い。負の鎖という束縛から解き放ち、全てを終わらせる」
     片腕をすれ違いざまに風桜で斬り裂かれ、古の畏れは悲鳴を噛み殺す。
    『っ……ぅ、知ってます。分かってます。……だけど、外に出たい!』
     泣き叫ぶような、心に直接響くような歌声が、刃兵衛へと襲い掛かる。撫子が反射的に庇おうと前に出るが、更にその前へと士騎がクルセイドソードを非物質化させ、歌声を破壊するように薙ぎ払われる。
    「未来を映し、歌い紡ぐその力。それが君を苦しめるのなら、断ち切ってみせよう。だからもう、泣かなくて良い」
     真っ直ぐに見詰められ、頬に流れる涙を拭いをしようともせず、古の畏れはぎこちなく笑う。
    『……私は、古の畏れ。私は、まだ貴女達が怖い。だから……』
     目を閉じ、ゆっくりとした動作で今まで違うような歌声を、夕焼けに染まりながら奏でる。
    「……分かった。――これが私からのせめてもの餞だ」
    「おやすみなさいまし。良い子は寝る時間です」
    「確実に灼滅してあげるの」
     その恐れを削り斬るといわんばかりに、刃兵衛、撫子、一姫が同時に動く。左右から舞うような炎の斬撃と、急所を的確に狙う斬撃が襲う。棒立ち状態の古の畏れを、更に納刀状態から抜刀した緋色の刃が確実に捕らえる。
    「悲しい娘……なら、せめて消えるならば綺麗な夕暮れの中で」
     夕焼けに照らされる古の顔を忘れぬようにと瞼に刻み込み、静香は急所へと突き出して止めを刺す。
     崩れゆく古の畏れは、死角へと踏み込んだ筈の士騎と目が合う。
    「共に往こう」
     その言葉に古の畏れは微かに笑い、蝕喰は足元の鎖を見事に断ち切った。

    ●檻の中から出たくて
    「未来が視えるっていうなら、お前はこうなるのも知ってたのかよ……」
     夕焼けも沈み、部屋は暗くなっていく中、力丸は搾り出すように呟く。 
    「最後は避けようともしませんでした」
     あの古の畏れと呼ばれる少女は、滅びを受け入れていたように光理には見えた。
    「……」
     シェルトは気遣うように、2人の肩を優しく叩く。
    「次があるなら、その魂、綺麗な空に、翼ある鳥のように、自由な人生を」
     戦闘中でも祈っていた事を、静香は終わった後にも祈りを捧げる。
    「……彼女には、スナノオの行方はどう見えていただろう」
     暫しの黙祷の後に、刃兵衛が思い浮かべるように言う。それはあの少女しか分からない事であり、彼女達には未だ、元凶となるスサノオの行方を追う事は出来ない。
    「……さて、お腹が空きましたね、夕御飯でも食べてから帰りませんか?」
    「辛いもの以外が良いの」
     雰囲気を変えようと撫子が提案すれば、一姫が賛同する。そしてあちらこちらで賛同の声が上がり、灼滅者達は屋敷を後にする。最後に残った士騎が、誰に言うでもなく言葉を残す。
    「檻は壊れた。同胞だったのかもしれん者よ、もう自由だ」
     後ろに手を差し出し、二度と悲しげな歌声が聞こえる事は無いと確信したまま、屋敷を出るのだった。

    作者:猫御膳 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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