お前達は義理チョコの貴重さがわかっていない

    作者:波多野志郎

     少年は、落ち着かない足で帰路についていた。時刻は夕方、雪の積もった街並みを小学生である少年がこの時間に帰っているのには、一つの理由がある。
    (「……まさか、母さん以外から貰えるなんて……」)
     少年のランドセルんに入っているのは、一枚の板チョコである。同じ保険委員の女子から貰えた義理チョコである――だが、それは生涯で初めて、母親以外からもらった大事な義理チョコであった。
     義理である事は、わかっている。だが、それでも生まれて初めての母親以外からのチョコである。少年は挙動不審になりながら、こそこそと人目を気にして帰宅していて……この時間になってしまった。
    「コッコッコッ! いおったな!! チョコを得た勝者が!」
    「……へ!?」
     少年が、振り返る。そこにいたのは、錦鯉だった……もとい、錦鯉の被り物をつけた男だった。
    「よこせよこせ! 小学生の分際で色恋に呆けるなど、百万年早いわ!!」
    「や、やだよぉ!? そもそも、百万年たったら老人どころじゃなういだろう!?」
     ごもっともな少年のツッコミを無視して、強要する。しかし、所詮は一般人。ダークネスの前に、屈してしまった。
    「コッコッコッ! この錦鯉の餌を代わりにくれてやる! お前も新潟県人ならば恋ではなく鯉を育てるがよい!」
     そう餌袋を少年に叩き付けると、錦鯉ご当地怪人と二人のコサック兵は意気揚々とその場を去るのだった……。

    「もうすぐ、2月14日っす。バレンタインデーっすよ」
    「あー、そんな時期だっけ?」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)の切り出しに、南場・玄之丞(小学生ファイアブラッド・dn0171)が思い出したように言った。
    「まぁ、リア充どもだけ喜ばしい日っすよ。そんなバレンタインデーを前に、全国のご当地怪人達が傍迷惑な事件を起こそうとしているのがわかったんす」
     それが、チョコレートが狙われるという事件だった。何故、そんな事になってしまったかはわからない。今回は、チョコレートが奪われるのを阻止して、そのご当地怪人を倒して欲しい、そういう依頼だ。
    「まー、その少年は生まれてもらった義理チョコを奪われそうになってるんす」
     恋人からもらったものではないが、生まれて初めて母親以外から貰ったものだ。少年にはまさに値千金のチョコである。
    「その想いの強さで少しは抵抗できるんすけどね? 結局は差し出してしまうんす」
     その問答の最中に乱入して欲しい。ご当地怪人も少年自体に危害を加えるつもりはないので、避難させれば問題ないだろう。
    「そこは、サポートさんにお願いする感じっす」
    「で? 錦鯉怪人だっけか?」
     敵は錦鯉怪人一人と、コサック兵二人だ。錦鯉怪人は見た目こそギャグ要員だが、かなりの強敵だ。時間は夕暮れ、ESPによる人払いしてしまえば無関係の人達を巻き込む事はない。
    「まぁ、何でこんな真似をしてるのかはまったく不明っすけど……最後の希望まで奪う必要はないはずっす。どうか、助けてあげて欲しいっす」
     翠織がしみじみとそう言った直後だ、玄之丞は小首を傾げた。
    「何か、忘れてる気もすんけど……ま、いっか! 悪い奴ら、ガツンとぶん殴ろうぜー!」


    参加者
    霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)
    寺見・嘉月(星渡る清風・d01013)
    エレナ・フラメル(ウィザード・d03233)
    九牙羅・獅央(誓いの左腕・d03795)
    折原・神音(鬼神演舞・d09287)
    棗・螢(黎明の翼・d17067)
    エスメラルダ・ロベリアルティラ(硝子ノ小鳥・d23455)
    足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101)

    ■リプレイ


    「よこせよこせ! 小学生の分際で色恋に呆けるなど、百万年早いわ!!」
    「や、やだよぉ!? そもそも、百万年たったら老人どころじゃなういだろう!?」
     時刻は夕方、雪の積もった街並みの中で言い争うものたちがいた。一人は気の弱そうな少年、もう一人……と呼んでいいのかわからないモノは錦鯉の被り物をつけた男だ。
     そこへ、爆音が鳴り響く。ドルゥン、というエンジン音――それに、錦鯉怪人とコサック怪人が振り返った。
    「問わねばならない気がする、誰だ!?」
    「待てぇい!」
     そう言って、九牙羅・獅央(誓いの左腕・d03795)が錦鯉怪人と少年の間へと降り立つ。そして、銀竜型のライドキャリバー――ドラグシルバーを駆る霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)もまた、そこへ割り込んだ。
    「……え?」
     突然の天の助けに、少年は目を白黒させる。よほど大事なのだろう、チョコの入ったランドセルを必死に抱きしめるその姿に、竜姫は満足げに言った。
    「よく守り抜きました。それでこそ男の子です」
    「はいはーい、そこまでやで!」
     赤いワイシャツの上に白衣に黒いタイトスカート、雪の上でも素足にピンヒールといういでたちの足利・命刻(ツギハギグラトニー・d24101)は、満面の笑顔で少年に用意していた自分の義理チョコを手渡した。
    「ハッピーバレンタイン! お家に帰ってゆっくり食べて!」
    「あ、ありがとうございます……?」
    「ええい! 邪魔をする――」
    「いやいや、しない訳ないだろ」
     錦鯉怪人が無理矢理突破しようとするのを、南場・玄之丞(小学生ファイアブラッド・dn0171)もその巨大な縛霊手の拳を突きつけ防ぐ。エスメラルダ・ロベリアルティラ(硝子ノ小鳥・d23455)も壁になるように歩み寄り、凛と言い捨てた。
    「幼気な少年の幸せを邪魔するのは頂けないな、それこそ君達のご当地の品性を疑われるよ? それが義理であれ何であれ、人の想いの籠った物を奪う事は重罪だ……だろう?」
    「古人曰く、「他人の幸福をうらやんではいけない。なぜならあなたは、彼の密かな悲しみを知らないのだから」ってね。錦鯉を売って回るのは貴方の勝手だけど、小学生からチョコ巻き上げて満足してんじゃないわよ、ちっちゃいわねぇ。鯉じゃなくて鮒なんじゃないの?」
     眼鏡を押し上げてエレナ・フラメル(ウィザード・d03233)が言い放った言葉に、錦鯉怪人の錦鯉のマスクが真っ赤に染まる。どうやら、怒っているらしい――しかし、ふと錦鯉怪人は獅央が持っているそのお椀に気付いた。
    「く、それは……鯉こくか!?」
    「そうだ、知っているか!好意を持っている相手にチョコではなく鯉こくを作るという風習があるんだぞ!
     そんな風習があるのは、広島県である。ちなみに、鯉こくとは輪切りにした鯉を味噌汁で煮る、味噌煮込み料理の一つである。
    「旨い!」
     この雪化粧の寒空では、ほくほくの鯉の身と暖かい味噌の汁がたまらなく美味しい。
    「ほら、チョコレートも無事だ。君は早く逃げた方が良い、あの変な人に盗られてしまうよ」
     エスメラルダの言葉に戸惑う少年に、近づいた由良がうなずいた。
    「では、逃げるのじゃ!」
    「彼は、僕等が家まで送ります」
     想希がそう告げ、悟と共に少年を連れて早足でその場を去っていく。
    「オレたちのことは気にせず行ってくれ。余計なことは忘れて構わないからな」
     八雲の言葉に、少年もコクコクと何度も首肯した。それをコサック兵が追おうとするが、止めたのは誰でもない錦鯉怪人であった。
    「いい、追うのはこいつらを片付けてからだ……その鯉こくをとっとと味わって食うがよい」
    「あ、うん」
     獅央は素直にそう答えると、鯉こくを味わってかき込んだ。最後にごちそうさまでした、と告げた獅央を見て、寺見・嘉月(星渡る清風・d01013)が言い捨てる。
    「……さて、人の幸福を邪魔する輩はお仕置きですよ?」
    「さあ、ちゃっちゃと叩き潰しましょうね」
     折原・神音(鬼神演舞・d09287)もまた、そう言って身構える。棗・螢(黎明の翼・d17067)は、スレイヤーカードを手に一歩前へと踏み出した。
    「我が剣に蛇を、我が体に青き魔獣の力を……」
     螢がウロボロスブレイドを引き抜くのと同時、仲間達もスレイヤーカードを解放した。
    「祓え給え清め給え……いざ!」
    「さぁ、物語の騙り手となろう」
    「足利流威療術、臨床開始!」
     嘉月が、エスメラルダが、命刻が――目の前で臨戦態勢を整える灼滅者達へ、錦鯉怪人は踏み出した。
    「コッコッコッ! 我が邪魔をしようというのなら、打ち砕くのみ。この錦鯉怪人の前に、朽ちて果てるがいい!」
     ジャガガガガガガガガガガガガガ! と錦鯉怪人の周囲に浮かぶのは、ディフォルメされた錦鯉の姿をした銃弾の群れが現われる。錦鯉怪人がダン! と地面を踏みしめた瞬間、まるで川を遡る鯉の群れのようにバレットストームが灼滅者達へと降り注いだ。


     見た目は冗談のようだが、その威力は本物だ。降り注ぐ錦鯉の群れに、螢が構わずに踏み込んだ。
    「棗・螢……参るよ!」
    「護りの光輪を!」
     嘉月の四つ星から分離した小光輪が駆ける螢の守りとなると同時に、傷を癒す。そして、螢の振るう蛇腹の刃が錦鯉怪人の右腕に巻き付いた。
    「ちょっと大人しくしてよね?」
     グっとウロボロスブレイドを引く螢に続き、命刻が駆ける。掌の縫合痕から噴き出した炎を注射器にまとわせ、槍を突き出すように繰り出した。
    「バレンタインにチョコを奪いに来るとか、何が目的なん!?」
    「ココ! 冥土の土産に教えてやる――などと言うと思ったか!?」
     真剣白羽取りの要領で命刻のレーヴァテインを受け止めた錦鯉怪人は、燃える両手を振り払う。そして、そこへドラグシルバーが突撃。合せるように、竜姫はその光の刃を放った。
    「いたいけな少年の想いを踏み躙る悪行、鱗の錦が哭いていますよ?」
     ザン! とその光の刃に鱗を切り裂かれながら、錦鯉怪人は後退――鋭く警告を発する。
    「コ! 来るぞ!」
     その声に、コサック兵がコサックダンスの構えを取った。そこへ、ブラヴァーツカヤ神智写本を開いたエレナが笑みと共に言い捨てる。
    「たまにはリア充じゃない方が爆発するのも良いんじゃないかしら? ――Sol lucet omnibus!」
     太陽は万物のために輝く、そのラテン語が意味する通り、太陽のような輝きを持って爆炎が巻き起こり、コサック怪人達を飲み込んだ。しかし、コサック兵達も然るものだ。コサックダンスしながら、ゲシュタルトバスターの爆炎の中から跳び出した。
     しかし、そこへ獅央と玄乃丞が同時に縛霊手を突き出す。
    「まな板の上の鯉ってやつ?」
    「コサックダンスの場合、何ていうんだろうな? これ」
     キキキキキキン! と、二重に展開された除霊結界が、コサック兵達を押し潰さんと展開された。完璧なリズムを誇っていたコサックダンスがわずかに鈍るその隙を、神音は見逃さない。
    「全力全壊で暴れまわりましょう」
     パワータイプを自認する神音は、ザッ! と雪を蹴りながら一気に間合いを詰めた。足元から伸びた影の大剣を掴むと豪快に振り回し、ヒュル! と鞭のようにしなった影の大剣がコサック兵に絡み付く。神音はそのまま、コサック兵を軽々と宙へと放り投げた。
    「く!?」
    「さぁ、罪をあがなってもらうよ?」
     そして、そこに駆け込むのは体のあちこちを水晶化させたノーライフキング――否、人造灼滅者のエスメラルダだ。そのオレンジ色をした水晶の爪で掴むバベルブレイカーを、ドォ! と鋭く繰り出した。回転する杭が、コサック兵のとっさに構えた両腕に突き刺さる――エスメラルダの尖烈のドグマスパイクは、そのまま地面にコサック兵を叩き付けた。
     しかし、コサック兵はブレイクダンスの要領で回転、遠心力を利用してすぐさま立ち上がる。
    『ウラー!!』
    「とと!?」
     跳躍してからのコサックダンスによる苛烈な連続蹴り――コサック兵達のご当地キックを、神音と玄之丞を襲った。神音は踏みとどまるが、軽い玄之丞は宙を舞う。だが、空中で猫のように体勢を立て直した玄之丞はザス、と雪の上に着地した。
    「こいつ等も、結構強いぞ?」
    「ええ、油断なくいきましょう」
     神音は蹴りを受け止めた腕に力を込め、肯定する。あのコサックダンスの体勢に騙されそうになるが、あれも彼等にとってはもっとも実力を発揮する構えなのだ。重要なのは理屈ではない、心意気なのだろう。
    「コココ! 打ち破るぞ?」
    「させると思って? 鮒ちゃん?」
     錦鯉怪人の宣言を、真っ向からエレナは受けてたつ。退けない理由を持った両者が、全力を持って激突した。


     懐から友情チョコを取り出して見せた獅央は、軽い調子で問いかける。
    「なんでまたチョコ強奪してんの?」
    「話す謂れはない!」
     コサック兵が、チョコを持つ獅央を足を蹴ろうとした。しかし、既に獅央は手を引いている。
    「このチョコは大事だからあげない!」
     獅央の紅牙槍が死角から跳ね上がり、コサック兵の足を切り裂いた。ガクン、と体勢を崩したコサック兵にエスメラルダは二の腕につけた病院の腕章を揺らし、マテリアルロッドを振り下ろす。
    「か弱き少年から強奪するなど、その踊りに恥じ入らないのかい?」
    「ぐ、う! 大義に、勝るのだ!」
     打撃と共に打ち抜かれた衝撃に、コサック兵の体勢が崩れる。そこへ、螢は破邪の白光に包まれたクルセイドソードを振り払った。
    「僕に盾を……」
     胴を断たれ、コサック兵がついに力を尽きる。それを見て、残ったコサック兵が顔色を変えた。
    「もういっちょ、だな!」
     そこに玄之丞が跳躍して回り込み、影を宿した縛霊手でコサック兵を掴み宙を舞わせた。空中で体勢を立て直したコサック兵へ、エレナがそのエルダー・バウンドが輝く手をかざす。
    「Scientia est potentia! 義理チョコの代わりに魔弾よ!」
     ドォ! と放たれた魔法弾は、空中のコサック兵が相殺しようと放ったビームごと撃ち抜いた。雪の上に背中から落ちたコサック兵へ、神音が踏み込む。
    「鬼の力、舐めると死にますよ?」
    「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!?」
     ドン! と振り下ろされた異形の拳が、コサック兵を文字通り押し潰した。力なく立ち上がらないコサック兵――直後、錦鯉型の銃弾が豪雨のように降り注ぐ!
    「静けき風よ、来たれ!」
     嘉月がすかさず、清めの風を吹かせた。雪の混じるその中を、ドラグシルバーのフルスロットルのエンジン音が竜の咆哮の如く大音量で轟く。
    「甘露煮にしてあげます。レインボービーム!」
     両腕をクロスさせ放つ虹色をした竜姫のご当地ビームを、錦鯉怪人はその背から放つ滝を登る錦鯉を思わせるビームで相殺、大爆発を引き起こした。
    「コココココココ! この錦鯉怪人を侮るな!」
    「何言うてんねん! ちょちょいのちょいや!」
     そこへ、命刻が踏み込む。その鋭い手刀の連撃を、錦鯉怪人は鱗で固めた両腕で受け止めていく――ザッ、と一歩下がって、命刻は持っていた自分のチョコを錦鯉怪人の目の前で振るった。
    「欲しいかー、欲しいんかー? あんた、誰からもチョコ貰われへんかったから僻んでるんやろ!」
    「――僻んで何が悪い!?」
    『いや、悪い悪い』
     男らしくない事を男らしく言ってのけた錦鯉怪人に、思わずいくつものツッコミが入った。
    (「とはいえ、ここでようやく『折り返し』なのは事実ですね」)
     コサック兵を失った、この状態でも錦鯉怪人は色物の癖に強い。それでも灼滅者達は、錦鯉怪人を着実に追い詰めていった。
     後、一手――その最後の一押しを果たしたのは、エスメラルダだった。
    「隙あり!」
     錦鯉怪人が灼滅者達をかいくぐり、エスメラルダを背後から抱え上げた。
    「錦鯉ダイナミック!」
     それは爆発が豪快な跳ねる錦鯉の形となるご当地ダイナミックだった。爆風が吹き荒れる中、しかし、錦鯉怪人には痛恨の表情があった。
    「翼で、我が腕を振り払ったか!」
    「ああ、役に立ったよ」
     その機械細工のような水晶の翼を広げ、エスメラルダのバベルブレイカーが放たれた。そして、白衣をひるがえした命刻が錦鯉怪人の背後から逆手に構えた殺人注射器を突き刺す!
    「お注射の時間やで?」
     杭が、注射針が、錦鯉怪人に深々と突き刺さった。膝が揺れる錦鯉怪人へ、獅央は紅牙槍を振り下ろす。
    「氷で〆てやる!」
     ドン! と放たれた巨大な氷柱を錦鯉怪人は両腕で受け止めた。そして、腹部に突き刺さるそれを強引に振り払う。獅央は、手に持ったチョコを振り振り言った。
    「義理だってちゃんと心がこもってるんだぞ? この友情チョコだって俺が慣れないながらも一生懸命友達に贈るために作ったんだからな!」
    「し、る、かあああああああ!!」
     錦鯉怪人が、吼える。そこに神音が、無敵斬艦刀を振り上げて駆け込んだ。
    「鯉は鯉と恋して来いですよ。……こいこいこいー?」
    「行ってやろう!」
     同時に踏み込む両者、わずかに錦鯉怪人が速いが神音が構わない。受け止めた腕ごと、神音は無敵斬艦刀を振り抜いた。
    「く、そ!!」
     錦鯉怪人が、後退しようとする。しかし、螢がそれを許さなかった。
    「逃がさないよ……」
     ジャラララララララ! と螢の放った蛇腹の刃が錦鯉怪人に巻き付く。そこへ、エレナが笑みと共に囁いた。
    「Sera, tamen tacitis Poena venit pedibus! 心の篭ったプレゼント。悪意だけどね」
     放たれた漆黒の弾丸が、錦鯉怪人の胸を打ち抜く。膝を揺らした錦鯉怪人を、玄之丞の燃えるアッパーカットが宙へと放り投げた。
    「嘉月兄ちゃん! 竜姫姉ちゃん!」
     そこに嘉月が歌姫がごとくすんだ歌声を響かせ、ドラグシルバーを駆る竜姫が跳躍する!
    「震え、狂え……!」
    「あなたには一生かかっても竜門は登れません。キャリバーダッシュ!」
     ダン! と錦鯉怪人が、天高く跳ね上げられる。天を駆け上がり、龍になれなかった錦鯉はそのまま雪の上へと落下、二度と立ち上がる事はなかった……。


    「嘉月先輩お疲れ様や!」
    「ええ、そちらも」
     少年を見送り終えた悟達に、嘉月は笑みを浮かべて労いの言葉を送る。
    「バレンタインビュッフェをやってるお店を予約してありますので、皆で行きましょう」
     嘉月は「びゅっふぇ?」と首を傾げる玄之丞に微笑かけ、言った。
    「お誕生日、おめでとうございます」
    「十歳の誕生日おめでとー!」
     獅央のさしだす友チョコを見て、きょとんとしていた玄之丞にエレナが苦笑混じりに言う。
    「南場くん、誕生日なんでしょう?」
    「あ? え……あー、あーあー、オレの誕生日かー。なんか忘れてた気が、してたんだよな」
    「せっかくだから、君も義理チョコを持って行きなさい……魔女からの贈り物だからって、別に変な副作用は無いわよ?」
     おー、あんがとー、とエレナの手からチョコを受け取った玄之丞がしみじみとこぼした。
    「いっつも、ばっちゃんが教えてくれてたからなー。そっか、今年からはもういないんだもんなー」
     そう語る玄之丞の表情に、陰りはない。こうして思い出させてくれる誰かが家族以外にもいた、それが嬉しかったからだ。
    「ハッピーバースディ南場君、これは僕からのプレゼントだよ」
    「可愛い女の子からじゃなくて悪いけれどね」
    「あんがと。螢兄ちゃん、エーメ」
     螢から友人に頼んでおいた美味しい紅茶やコーヒーにクッキーをラッピングを、一応と用意していたエスメラルダからのチョコを、玄之丞は屈託のない笑顔で受け取る。
    「男でも気持ちがこもっていればいいですよね!? 友チョコです友チョコ」
    「ちゃんとケーキもあるんよー、誕生日やし、特別に命刻おねーさんがあーんしてあげよっか♪」
     微笑む神音が、からかう命刻が、そして、竜姫が笑顔で言った。
    「玄之丞君、キャンドルの火を一息に吹き消すと願いが叶うそうですよ?」
     少年少女達が、雪の中をわいわいと歩き出す。想いを伝えるのは、照れくさいものだ。それが愛情であろうと、好意であろうと、感謝であろうと。それを伝える『きっかけ』があってもいい――バレンタインや誕生日とは、そういう日なのだと少年少女達は改めて知るのであった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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