51番目の詩

    作者:佐伯都

     屋根もなかば落ちてすっかり荒れ果てた教会の中。
     恐らく書見台が置かれていた位置に、長身の人影がひとつ。満月の光を通した壁のステンドグラスが木のベンチの残骸や埃だらけの床へ、やけに鮮やかな色彩を落としていた。
     しんと静まり返った空気を揺らして観音開きの扉が開かれる。
     右手に烏頭を模した鎌。
     長身の人影は教会の入口を見た。闇よりもなお黒い肌、炭火のように赤く燃える双眸はかつてのヒトとしての気配を微塵も残していない。
     観音開きの扉の中央、外側から開かれたはずのそこには誰もいなかった。
    「時機弁えず問う」
     向き直る動作に乗せ、まだ首のすわらない乳児じみた風情で頭ががくりと後ろへ倒れる。教会の中には彼以外、誰の陰も見えない。
    「キミは一体何の為に戦う?」
    「そんなもの、楽しいからに決まっている」
     ぐるん、と肩のまわりを一回転して正面に戻った顔が笑みを作った。無人であったはずの教会内に、忽然と痩せぎすの背中が現れる。
    「コロシは最高の娯楽だからな!!」
     狂喜に似た声をあげて襲いかかる男。
     灰色の長い髪、血色の目。その胸の奥深く、とめどなく血を流しているはずのもうひとりの自分と、目の前に迫る序列外の雑魚との両方に向かって宣言した。
    「さぁ祈ろう」
     渾身で振り下ろした鎌。その行方が最後に残るニンゲンの心のひとかけらを微塵に粉砕する、その確信があった。
    「Miserere nobis、て! ギヒヒヒ!!」
     ミゼレーレ・ノービス、我らを憐れみ給え、と。
     
    ●51番目の詩
    「山奥の廃教会で六六六人衆が、同じ六六六人衆の殺戮を企てている。序列六六五番、名前は――ミゼ・レーレ」
     ラテン語の響きに似つかわしくない、低くかたい声音。
     成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)はじっと手元のルーズリーフへ視線を落としたまま続ける。
    「あえて下位に留まり、序列を狙いにくる番外を返り討ち……という名目でこれまでも随分殺してきたらしい。そうやってミゼの精神が壊れていくのを楽しんでいるようだ」
     蝋燭をひとつひとつ吹き消して、じわじわ暗闇へ閉ざしていくように。
     それこそミゼが完全に壊れる、その一歩手前まで追い詰めるほどに。
    「闇堕ち人格やその行為を肯定する言葉が一つでもあれば、その瞬間にミゼの精神が崩壊する。ただミゼ本人を力付ける呼びかけが、抵抗するための大きな力になるのも間違いない」
     救いだすためには、ダークネス人格に抵抗する人間の意識なしには成立しない。その部分が消えてしまえば、結末はおのずと想像できる。
    「だから発言に関しては、慎重に言葉を選んでほしい」
     ダークネス人格は卑怯者、臆病者、嘘吐き、虐殺と人をからかい挑発を何より好むという絵に描いたような外道で、反面尊大な態度を取ろうとする。そのくせ気に入らない事があると途端に不機嫌になって怒りだし、嫌いなものは『綺麗事』だ。
    「こんな性格だから呼びかければ片っ端から否定して揚げ足とって罵倒してくるだろうけど、ミゼ本人に届いていない、聞こえていないとは絶対に思わないで」
     むしろ反応が苛烈になればなるほど、効いていると考えるべきだろう。
    「現場の廃教会へは、ミゼに誘い出された番外の六六六人衆より先に到着できる。知っての通り六六六人衆は不利とわかれば戦闘続行より逃走を選ぶから、建物の中に複数人いるとわかればすぐ引き返す。だから番外の対処については一切考えなくていい。目の前の、ミゼのほうに集中してほしい」
     山奥という立地上、一般人が近寄る可能性もない。
     教会内部は壊れた木製ベンチの残骸やら何やらが転がっているが、足場に不安はなく広さも十分だ。当日はよく晴れた満月の夜なので、破れた屋根から月明かりが差し込んでおり戦闘に支障もないだろう。
    「闇墜ちしたミゼは、刃の部分が烏の頭のような形をした咎人の大鎌で襲いかかってくる。特にデスサイズ、黒死斬、虚空ギロチン、ブラックウェイブ、ティアーズリッパーのサイキックを好むみたいだ」
     序列外の六六六人衆を虐殺しミゼ本人の精神を追い詰めていた以上、その対象が灼滅者となった場合ミゼ本人に与えるダメージは計り知れない。救出するにしてもまず一度倒さなければならないが、対峙する上で可能なかぎりこちらが倒れぬよう対策を練ることも重要だろう。
    「それから、もし救出できそうにない場合、その時は」
     ルーズリーフを閉じ、樹はそこでようやく顔を上げた。
    「相手が以前誰であったとしても、その人間はもう二度と帰ってこない。灼滅を迷っていたら、致命的なミスに繋がりかねない――本当に辛い選択になるだろうけど」
     人間の心も持たぬ別の何かになり果て虐殺を重ねさせるか、仲間の手による灼滅。どちらが彼にとってより良い結末か、それは考えるまでもないだろう。


    参加者
    シャルロット・ノースグリム(十字架を背負わせる者・d00476)
    竹宮・友梨(鳴歌巫医・d00883)
    洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)
    四津辺・捨六(想影・d05578)
    阿剛・桜花(目指すは可愛い系マッスル女子・d07132)
    天神・ウルル(イルミナティ・d08820)
    曙・加奈(蠱毒宿す氷華の姫・d15500)
    月姫・舞(炊事場の主・d20689)

    ■リプレイ

    ●仮面の下
     黒い森を夜半の風が揺らしている。
     ぽつんと山の奥で忘れ去られたままの廃教会、その前に竹宮・友梨(鳴歌巫医・d00883)と洲宮・静流(蛟竜雲雨・d03096)は立っていた。 上空は風が強いようで、満月に照らされた雲がやけに急いで通り過ぎていく。
    「やる事なす事、いちいちせこくて姑息ですねぇ……」
     はーっと溜息をつきながら、月姫・舞(炊事場の主・d20689)は建て付けがあやしくなりつつある観音開きの扉を押し開けた。それに四津辺・捨六(想影・d05578)とシャルロット・ノースグリム(十字架を背負わせる者・d00476)が続く。
     内部は広く、三角屋根の天井も高い。
     壁まわりだけは崩れたり壊れた形跡は見当たらないが、屋根にはそこかしこに穴があき、腐れの目立つ梁が数本天井近くで垂れ下がっている。満月の白い光がいくつか斜めにさしこんでいる教会内、ほぼ中央あたりにステンドグラスをすかした色鮮やかな影が落ちていた。
     阿剛・桜花(目指すは可愛い系マッスル女子・d07132)が見回すと、突き当たりの数段高くなっているあたりがちょうど暗がりになっている。
     そこで裾の長い衣服が揺れたような、そんな気がした。
    「……あの時、助けてくれてありがとうございます」
     開口一番、誰かが立っているはずの暗闇に向け曙・加奈(蠱毒宿す氷華の姫・d15500)は呼びかけた。
     友梨がクラブ仲間の声を録音した人形を取り出すのを、天神・ウルル(イルミナティ・d08820)は無言で見守る。尋常でない決意をもって握りしめられた掌へ爪が食い込むが、構う気もなかった。
    「貴方に庇われなかったら私は死んでいたかもしれないですし、本当に感謝しています」
     力任せに襟首を引かれ、代わりに殺戮者の刃を受けんと前に進み出たあの背中。もうずいぶん遠い昔のような気もするし、ついこの間、のような気もする。
    「だから闇堕ちを選んででも虐殺を止めようとした貴方を、お節介と思われそうですがお迎えにあがりました」
     ゆらり、と闇が揺れてそこから長身の人影が姿を現す。
     灰色のはずの長い髪は月光で銀色に輝いて見えた。単眼の仮面をあてていたはずの顔に仮面はなく、それなのに何か、顔は人間のようでいて人間ではない。
     赤く光る目と細かな牙を並べた口のほかは影を塗りこめたように真っ黒で、鼻梁の存在が確認できないことも相まって妙に平らな印象がある。それこそ往事の単眼の仮面の表面のような、ゆるやかな球面に近かった。
     じっと加奈は返答を待つが、微妙にゆらゆら揺れながら彼は沈黙している。本当に聞いているのか、聞き流しているだけなのか。
    「……あなたには用もないですし、ミゼさんを返して退場して下さい。邪魔なんですよ」
    「報告書を読んで、ミゼさんが虐殺を止めるために闇堕ちした事は私も知っておりますわ」
     桜花の声に重なるように、友梨の手元からいくつもの声音が流れ出す。ミゼと面識はなく所属クラブも重ならない舞にはそれらの声の主が誰なのかは想像するしかないが、おそらく彼が所属しているクラブの人間なのだろう。
    「望んでいなかったとはいえ、虐殺を行った事は許されない罪に変わりはありません。しかし生きて償う事はできる……私もミゼさんにその気があるなら、力を貸したいと考えていますわ」
    「やれやれ、いつか仮面の下を拝んでやろうと思ってたけど、こんな形になるとはな」
     ほら一応持ってきてやったぞ、と捨六は用意してきた仮面をかざす。寸分たがわぬ物はさすがに無理だったが、常に素顔を晒すことがなかったことを考えれば今はこれで我慢してほしい、といった所だった。
    「このメンバー、見覚えがあるでしょう? みんな貴方を迎えにきたの。他の人も、貴方があの子の元に帰ることを望んでいるわ」
    「カスティタティスだって待ってるから、安心させてやろうぜ」
     シャルロットの後を継いで妹分の名をあげた静流の声に、ゆらぁ、と長身の上半分が不気味に大きく傾いだ。骨の通っていない操り人形のような、首の据わらない乳児のような。
    「私が? カスなんとやらを?」
     書見台が置かれていたであろう付近を通り過ぎ、説教壇から降りてきた――序列六六五番『ミゼ・レーレ』はさも楽しそうに肩を揺らす。

    ●Miserere nobis
    「そのカスなんとやらを何故安心させてやる義理が? キミ達、根本的に勘違いしてるから教えてあげるけど説得しようとか論破しちゃえーとか思ってること自体大間違いだからねフヒヒヒヒ笑っちゃうねギャーハハハハハハハハハ!!!」
    「……ノーブレスでご苦労さんなこったな。お望み通り総武式に説得してやるからさっさと帰って来い」
     斜めに差し込む月光の下、捨六の周囲に不自然な角度と勢いで影が広がった。やけに鋭角的な、装飾的な曲線の影が徐々に枝分かれし、蔦模様を描くように複雑化する。
    「好きで仲間を庇って、そして勝手に堕ちたお人好しめ。そんなに苦労が欲しいならいくらでもさせてやる」
    「勘違いとか言ってましたが、そっちも盛大に勘違いしてますね」
     まだまだ再生が終わりそうにない人形を、なんとか椅子の形状を保っているベンチへ座らせてから友梨は左手に弓を顕現させた。どこからともなく霊犬の晴嵐がその足下へ寄り添う。
    「僕らはレーレ先輩と話をしに来たんであって、そっちに全く用はないしむしろ邪魔、要するにとっとと引っ込めという事なんですよ」
    「お前と話す事はない。お前の考えは心底理解できんからな」 
     ゆらゆらがくがく、頭を揺らしてフロア中央へ歩を進める序列六六五番。ミゼ・レーレという灼滅者の身体を蹂躙する別物。
     そのくせ内側の本当に奥深い場所には当の本人の精神を囲い込んでいるのだから、本当に腹立たしいと静流は思う。まるでれっきとした持ち主がいる家を、厚顔にもねぐらと決めて居座る空き巣か何かだ。
    「俺は、ダークネスではなく人間で灼滅者のレーレ先輩に会いたくてここにいる。無駄話はいらん、さっさと先輩を返せ」
    「やーーーだね。もうすぐ消えてなくなる奴の身体なんて、返す必要ある? だから祈るんじゃないか、Miserere nobis、て! ギヒヒヒ!」
     嘲笑する六六五に、おまえがそれを言うな、と桜花が頬を歪めた。
     左腕へ展開した深紅の盾が前衛に攻撃への耐性を与えたのを皮切りに、加奈と舞がそれぞれベンチの残骸が散らばったフロアを駆ける。観音開きの扉を背にしたシャルロットが左手を掲げると、魔力が凝集しそこに弾丸を形成した。
    「……」
     耳障りな笑い声をあげて咎人の大鎌をぶん回す六六五をひとまず避け、ウルルはつかず離れずの距離を保つ。
     ふと舞はそんな彼女の様子が気になったものの、すぐに今は相手を削りとることこそ最重要と思い直した。加奈と挟撃する形でマテリアルロッドを叩き込む。
    「ぎゃああああ!」
     凄まじい悲鳴をあげのたうちまわる六六五に思わず桜花の動きが止まった。ほんのわずかに躊躇したものの、加奈は一歩大きく踏み込んで白く輝く剣で真横に斬り払……ったと、思われた。
     覚えのある不吉すぎる予感に加奈は夢中で身を翻す。間一髪、加奈の首を刈り取らんと大鎌の刃が虚空を掻いた。
    「なぁんだ、ざぁんねーん。ひっかかれば楽に死ねたのに」
    「……卑怯なことやる暇があれば正々堂々と戦う方がいいです」
     過去二度、あの六六六人衆と対峙した時ならば今の一撃も食らっていただろう。静流と捨六の援護でいったん間合いを外し、加奈は仕切り直しを試みる。
    「時機弁えず問う」
     ぐらぐらと相変わらず収まりの悪い頭を揺らし、六六五番は嘲笑をにじませながら呟いた。
    「キミは一体何の為に戦う?」 

    ●51番目の詩
     答えながらも攻め手を緩めない捨六により、六六五番の足下が凍りつく。
    「仲間を信じているから、とでも答えておこうか。たとえ失敗したとしても、やり直せばいい」 
     非のつけようのない模範解答、と言えそうな捨六の返答に六六五番は腹を抱えて笑い出した。
    「ひ、フヒヒヒ、ギャーッハハハハ! 馬鹿がいる! せんせーここにどうしようもない馬鹿がいまーす!」
    「そうだな。ダークネスの言葉なんかで傷つく必要はない。悩むなら、一緒に悩もう」
     嘲笑を完全無視したあげくまるで堪えていない静流に、六六五番がハァ? と首を傾ける。その様子に、つい友梨が左手の下に隠した口元で必死に笑いをこらえていたことを知っているのは、彼女の背後にいたシャルロットだけだ。
    「そして、一人で絶望する必要もない」
    「ええ、過去の事実は変えようがなくても、命ある限り希望はあると、何度でも言ってさしあげます」
     笑いを噛み殺した友梨が明快すぎるほど明快に、清々しく断言する。全く迷いのない矢がひとすじ射かけられれ、六六五番の裾に裂け目を作った。
     それが綺麗事だなんて誰もがわかっている。それで全てが解決できれば、悩む人間なんてどこにもいない。
    「お前等、そんな綺麗事、本気で言ってる?」
    「綺麗事? 素敵ですね、結構じゃありませんか綺麗事。どうせ貴方程度では綺麗事を綺麗事と吐き捨てることしかできないでしょうから」
     その綺麗事を信じ、愚直なまでに追いかけることが無様だとか、無意味だとは思わない。ただそれだけのことだ。
     杖は上段、槍は下段に。悠然と得物を構えたまま、舞はことさら挑発するように続ける。
    「否定する事しかできない貴方はレーレさんに否定されて消えてしまいなさい」
     その一言は的確に六六五番の状況を表現していた。灼滅者として覚醒したなら、それこそ命の危険でもないかぎりダークネス人格は日の目を見ない。
     常に生かさず殺さずだった六六五番が、あともう一押しでミゼを打ち砕けるという千載一遇のチャンス。よりにもよってそこに、大嫌いな綺麗事を大上段で肯定しながら割り込んできた邪魔者。その相手に図星を突かれ激昂しないほど、六六五番は老獪ではなかった。
    「消えるのはお前達!」
     体重を上乗せするように叩き下ろされた烏頭の大鎌。静流はぎりぎりで受け流したものの、運悪く軌道上にいたシャルロットがその黒い余波を受けて膝をつく。すかさず友梨は晴嵐を前衛の援護に回し、自らは癒しの矢を放った。
    「この防具は貴方の帰還を望む一人から借りたもの。貴方を連れ戻せるようにと!」
     シャルロットは声を張り上げ、術士たちが着るローブを誇示するように両腕を広げる。もし見覚えがあるなら、と祈りにも似た思いで叫んだ。
    「――それだけ貴方は望まれているのよ。灼滅者として生きることを!」
     そう、舞や加奈に鎌を振り下ろし、沈黙を守ったまま身体を張るウルルを薙ぎ倒し、捨六を狙い撃って喜んでいる六六六人衆ではなく。
    「ああ嫌だ嫌だ、綺麗事ばっかり理想ばっかり、うんざりするね!」
    「……挑発は無駄です」
     横薙ぎの斬撃。クルセイドソードを全身で支え、ウルルはからくもそれを耐え抜いた。
    「綺麗事と笑っても結構です。ミゼを救う為なら全て耐えてみせます……人の心の強さを、見せてあげるのです」
     憎しみでも怒りでもなく、そのとき彼女は笑っていた。
     その心の強さを証明するように。
    「……天神、さ……!」
    「ウルル!!」
     あろうことか、目前の六六五の手を掴んだ。

    ●白光を追いて
    「つかまえた」
     その瞬間の彼女の笑顔は、凄絶と表現した方が近かったかもしれない。
     六六五番の空いた左手を掴み、ウルルは完全に一対一で相対する体勢になった。あまりと言えばあまりの事態に捨六はもちろん、シャルロットもすぐには援護に入れない。
    「離せ離せ離せ離せ何する!!」
     鎌の柄でしたたかに殴られながらも、ウルルは顔を上げるのをやめない。
     何か盛んにぎゃんぎゃん喚きながら六六五番が手をふりほどこうとしているが、一体どれだけ力を入れているのか、彼女の指が離れる気配はなかった。
    「離せ! なんなんだおまえ!!」
    「どこへも」
     上半身ごと、滅茶苦茶に腕を振り回されながらそれでも笑った。
     纏う闘気が白く明るく、闇の底に墜ちた顔を照らす。文字通り暴挙とも言える行動に、桜花はもちろん加奈や舞も完全に言葉を失ったものの、すぐに気を取り直し攻めを緩めない。
    「行っちゃ、駄目」
    「なに、……」
    「帰ってこなくちゃ返事できないじゃないですか! 一体いつまで待たせる気ですか、だいたいこんなになるまで何処ほっつき歩いて……!!」
     最後のほうは悲鳴に近かったかもしれない。
     ずっと沈黙を守り機会を伺っていたのだと思い至り、桜花はあえて左腕の盾で六六五番を殴りに行く。なぜかここで彼女の手を離れさせるわけにはいかないと、何か勘のようなものがそう告げていた。
    「もう、アレですわね、とりあえずブッ飛ばせばOKですわね!!」
    「五月蠅い、うるさ……アアアアァァ、この糞があああ!!」
     雨あられと降り注いでくるシャルロットのサイキックが、裾の長い衣装をずたずたに裂き、あるいは手脚から力を奪い、標的を狙う精密さを削いでいく。
     どうしようもなく苛立つ存在の桜花を葬ろうにも、それより邪魔なこの、手を掴んだまま離さない誰かのせいで何もかも思うようにならない。
    「ミゼと裏山で手合わせした時はボロボロに敗けたけど」
    「うるさい、うる……アアア、アァぁ」
    「お前の方は大したことないな、六六五番?」
     勝利を確信した捨六の影縛りが、六六五番の脚をフロアへ縫い止める。
     アア、アアアア、と耳下近くまで裂けた口から悲痛な悲鳴が漏れた。それは彼らが聞く、初めての、六六五番の本物の悲鳴だった。
     鎌を床へ突き立てて体勢を保とうとするものの力が抜け、柄から右手があっけなくすべり落ちる。
     完全に横倒しになるようにして意識を失った身体を抱きとめ、ウルルはベンチの残骸が散らばる床へへたりこんだ。
     ウルルの肩へ、完全に頭を前に倒して昏倒しているので誰にもその顔色は窺えない。しかし人間の体温がある。大動脈のある所へ指を当てれば、きっと脈もあるはずだ。
     見上げれば破れた屋根から満月が見えていた。荒い吐息が白く、紺碧の夜空へ吸い込まれる。
     灼滅者とて多少異能があるだけのただの人間だ、辛い事はあるだろう、逃げ出したくなる日もあるだろう。でも決して一人ではない。絶対に、一人きりではないのだ。
     大きな白い光の円、その真ん中でまだ素顔を見ないですむようウルルは頬を寄せる。
     目元がひどく熱く、視界も派手に歪んでいるがまだ泣かない。
     今は、まだその時ではない。
     集まってくる仲間たちの足音を聞きながら、その耳元へ溜息を落とすように呟いた。
    「……帰りましょ、ミゼ」
     蝋燭を一本一本吹き消すように、暗闇と絶望が迫ることもあるだろう。
     たとえ51番目の詩が歌い終えられすべてが闇に沈んだとしても、それでも必ず太陽は地平から蘇り、朝は来るのだ。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 6/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 14
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