溢れんばかりの他人の幸福は

    「なっ、何だよお前ら!」
    「くくく、案ずることはない。貴様に危害など加えはせぬよ。
     ただ貴様が今、持っているチョコレートを渡してもらおうか。
     なに、甘味が必要であれば、我が阿久根には文旦飴があるではないか。代わりにこれを食すがよい」
    「あ、ああ……」
     
    「……」
    「あの、お話とは何なのでしょうか?」
     何故か教室の机に突っ伏している神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)に、高屋敷・紗菜(箱入りストリートファイター・dn0102)が声を掛ける。
    「ああ、そうだな……ご当地怪人がコサック戦闘員を率いてバレンタインチョコレートを奪おうとする事件が、各地で発生するのだ。
     鹿児島県阿久根市で伊東・実という高校生が文旦飴怪人に襲撃されるのも、その1つだ」
     襲撃の時刻は夕方、高校からの帰り道。
     実の通学鞄には当時、バレンタインチョコレートが5つ入っている。
     今から向かった場合、一般人である実がダークネスの圧力に耐えかねて文旦飴怪人に鞄を渡してしまった時点で、現場に到着できるだろう。
    「で、そのチョコレートを実に渡した女性、というのが……」
     ヤマトは一旦大きく息を吸った後、一気に言葉をつなげた。
    「1人目が親の再婚でできたばかりの、実の義理の妹。身体は強くなくて保健室の主だが、実にはもうベッタリ懐いている。ピアノ演奏が得意。
     2人目がその新しい妹の存在に戸惑っている、実の血縁上の妹。近くのファミレスでアルバイトに励んでいて、そこの看板娘と見られている。
     3人目が隣家に住んでいる実の幼馴染み。陸上部所属で短距離のスプリンターだが、朝はあまり強くなくて朝練に遅刻したり、朝食のトーストを咥えたまま走って通学したりってことが間々あるらしい。
     4人目が物静かで読書好きな実のクラスメイト。実家は古い神社で、『霊能力ある美少女巫女』としてテレビなどでもちょっと名の知られた存在になっている。
     最後が実の従姉で、高校の担任教師。教職に就いている割にはおっちょこちょいで、たまにFカップブラジャーを着けるのを忘れたまま授業に出たりもするらしい」
    「……」
     灼滅者、ヤマトの表情の理由をようやく把握する。
    「わかりました! 必ずやバレンタインを妨害する、不埒な文旦飴怪人を灼滅して参ります」
     そして紗菜、KY。
    「ああ、頼む……。
     ただ、なんでご当地怪人がこんなチョコレート狙いの行動に出たかはまだ不明なんだ、それだけ頭に置いておいてくれ」


    参加者
    両角・式夜(黒猫ラプソディ・d00319)
    新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)
    鴻上・巧(造られし闇・d02823)
    神座・澪(和気愛々の癒し巫女・d05738)
    イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)
    ベル・リッチモンド(マクガフィン・d10631)
    卯月・あるな(正義の初心者マーク・d15875)
    篠山・仁(ユウェンタスの剣・d19557)

    ■リプレイ

    ●温度差
    「これがいわゆる主人公体質というやつですね……ゲームではよく見ますけど、実際にお会いするのは初めてです。
     ここまで来ると、世の中の男性に背後から襲われないか心配になりますね」
     実の設定を耳にして、イシュテム・ロード(天星爛漫・d07189)がつぶやく。
     ……いや、設定って何よ。
    「何か世の中の不公平さを感じますが……。
     他人の不幸は蜜の味といいますが……溢れんばかりの他人の幸福は、何になるのでしょうかね……」
    「なんだこの主人公属性むんむんな男は……羨ましすぎる! マジでいるんだなぁ、こんなゲームみたいに女の子に囲まれながら過ごすやつ……。
     いかん、考えれば考えるほど俺がRB化しそうだ! 落ち着け……」
     現に灼滅者の中でも、新城・七波(藍弦の討ち手・d01815)や篠山・仁(ユウェンタスの剣・d19557)が頭痛を覚えているようだし。
    「そうかな? この学園だと割と似たような人いるんだけどなぁ。
     自分の幸せは当たり前だと思っていても、他人の幸せになると途端に妬ましくなるのかも?」
     卯月・あるな(正義の初心者マーク・d15875)には別の感想があったようだ。正式な彼女とは別に複数の女の子(あるな自身を含む)とよろしくやっているクラスメイトとか、心当たりがあったり。
    「今回のターゲットがリア充らしいが、私情は挟まない。依頼を受けたからには必ず守ってみせる」
     ベル・リッチモンド(マクガフィン・d10631)が淡々と、
    「バレンタインのチョコレートを奪おうとするダークネスですか……なんと不躾な試みを」
    「ああ、そのチョコはただのチョコじゃねえ。贈った者の気持ちが込められているはずなんだ。
     それが何か、俺には分からねえが、贈ったことには意味があるはずだ」
     高屋敷・紗菜(箱入りストリートファイター・dn0102)や鴻上・巧(造られし闇・d02823)が静かな内心とともに、来たるべき戦闘の準備をなす一方で、
    「チョコを奪おうなんて不届き千万! ウチの瞳がハートな内は許さへんえ!」
     らぶの使者、神座・澪(和気愛々の癒し巫女・d05738)が怒りに萌え、もとい燃え上がっていた。
    「文旦飴超うまいじゃん! むしろその文旦飴が欲しいわ! 別に悔し紛れじゃないぞ! ……って、それじゃあダメか」
     両角・式夜(黒猫ラプソディ・d00319)に至っては謎のテンションで1人身をよじらせていたり。
     まあいずれにせよ、灼滅者の立場としてはダークネスの陰謀を見逃す訳にはいかない。
    「けどまぁ、こいつにチョコを渡した女の子達を悲しませねぇ為にも、いっちょ張り切って行くか!」
    「いろいろ納得できないあたりを、ご当地怪人にぶつけることにします」
     仁にせよ七波にせよ、その一点に揺らぎはなかった。

    ●闇が見えずとも
    「待ちぃ! その子のチョコが欲しいなら……ココにまだ一つ残っとるえ!」
     実を威圧し、チョコレートの入った鞄を奪ったばかりの文旦飴怪人とコサック戦闘員。
     その背中に、澪の凛々しくも甘い声が投げかけられた。紅白リボンでラッピングされたハート型チョコを高々と掲げて、怪人達の注意を引きつけようとする。
    「はあ? くだらん、そんな普通のチョコレートがどうした」
    「……あ、あら?」
     しかし予想に反して文旦飴怪人は、澪のチョコにはまったく反応しなかった。
    「(普通のチョコ……)」
     怪人の言葉を内心で反芻しながら七波が、かくんと固まっている澪の前に出る。
    「なぜあなた方は、チョコを狙うのですか?」
    「何でバレンタインの邪魔をするの? そんなにチョコレートが羨ましかったの?」
    「いや、貴様だけじゃない。色んなところでチョコを集めてると噂になってる……どうして大量のチョコが必要になったんだ?」
     あるなとベルも同調し、事件の闇を引き出そうと試みた。
     だが怪人は返答を返さない。まあ予想していた、とばかりにスレイヤーカードを起動させるベル。
    「Set……Ready」
    「来いよ怪人、チョコなんか捨ててかかってこいや!」
     愛用の無敵斬艦刀『血錆のツヴァイ・ヘンデル』を大きく振りかぶる仁。
     その後方では、あるながバスターライフル『タネガバスター』を構え、怪人に奪われた鞄を叩き落とそうとする。
    「いくら文旦飴が甘くっても、ピュアな恋愛の方がずーっと甘いんだからね!」
     しかし、あるなの第一射は外れた。
     鞄ほどの大きさの物体の狙撃には、身体のどこに当たってもいい場合とは、要求されるレベルが違う。
     まして今その鞄を手にしている相手がダークネスとあっては、あるなほどの実力あるスナイパーと言えども、なかなか一発命中とはいかない。
    「ちっ、これでは食べる暇もないではないか。猪口才な」
    「(食べる暇……?)」
     怪人の舌打ちを耳にして、七波の頭の中で、かちかちとパズルのピースが動いた。
    「もしかすると、鞄の中のチョコ5つのうちに、怪人に食べられたらまずいのが含まれているのかもしれません!
     あるなさん、そのままどんどん狙っていってください! 相手に鞄からチョコを探す暇を与えないで!」
    「うん、わかった!」
     軽快にステップを踏み、相手に狙いを絞らせずに自分が攻めるための機会を切らさないあるな。
    「ふん。ならば行け、勇敢なるコサック戦闘員よ!」
     果たして七波の考えが当を得ていたのか否か。怪人は引き連れたコサック戦闘員に、前進を命じた。
    「……!」
    「……!」
     コサック戦闘員の武器はキックである。言葉を発することもなく(あるいは戦闘員にされた時点で言葉自体を奪われているのかもしれない)、ただ足でのみ語る。
     しかして、あるいは神速で地を薙ぎ、あるいはふわりと空を舞う、姿勢は変幻自在。
     その一撃は、灼滅者達が築いた戦列の壁を容易く乗り越え、後方で回復の任に就いていたはずの七波までも襲った。
    「くっ、陽の気よ……!」
     やむなく仲間への回復を中断し、自らの気を練り直す七波。
    「戦闘員にしてはこいつ、動きが厄介だな……」
     巧が顔をしかめているのは、1人のコサックから足払いを受けた際に痛めたせいだろうか。他のコサックより1歩下がっている分、効率よく痛めつけるツボが見えているのかもしれない。
    「なら、動けなくしてやるさ」
     ベルはそのコサックの腕を掴むと、後頭部から肩へとひょいと飛び乗る。
    「……!?」
    「貰った! 英国式パロ・スペシャル!」
     そしてそのまま、レスリングを模したサブミッションで締め上げた。
     腕と上半身を封じ込むための技であり、コサックの武器である足には直接影響しない。
     だが、仁の『血錆のツヴァイ・ヘンデル』が薙ぎ払うに必要なだけの隙を、コサックの胴体に作るには十分だった。
    「どうだ、俺の愛剣の切れ味は!」
     均衡の一角は、崩れつつあった。

    ●とろける甘い蜜
    「今度こそ……いっけー!」
    「ぐぬぅっ……!?」
     3回目のあるなのチャレンジで、ついに鞄が怪人の手元を離れた。
    「ナイスやあるにゃん! 次はウチの番やね♪」
     すかさず落下地点へ向けて澪がダッシュし、下へ回り込んだ。ぽよん、と1度弾んだ鞄が、次いで深々と谷間に埋まり込む。
     双つの白いふくらみに左右から圧迫され、飛び出た茶色の先端が桜色の唇に固定される形で、実の鞄は澪に受け止められた。
    「あむぅん♪ 実くんのコレ、ちょっと元気よすぎるわぁ♪」
     澪が自らの身体をクッションに用いたのは、万が一にもチョコを割ったりしないための配慮だろうか。単に澪の趣味、の可能性も否定できないが。
    「さななん、後は任せたえ!」
    「はいっ!」
     さらに鞄を最後方の紗菜へと投げ渡す。これで灼滅者の前衛中衛が全滅しない限り、怪人に鞄を奪還されはしない。
    「凍っててくださいですの!」
    「……!?」
     残り2人のコサックもまた、イシュテムの放つ凍気の魔力によって、まとめて氷漬けとなった。
    「さて、残るはお前だけだぞ……のわっ!?」
    「文旦……ビィィィムっ!」
     怪人はなお怯む様子もなく、オレンジ色のビーム攻撃を放つ。
     正面にいた式夜の額に、文旦飴のペーストが命中した。
    「うぉい!? ちょ、ちょっと待て!」
     いや、確かに甘くて美味だし、さっき欲しいと言ったのは事実である。
     しかし、戦闘中にこんなの味わってはいられないし、髪も少し汚れて洗わなければいけないだろう。イライラする……。
    「式夜さん、落ち着いてください!」
     後ろから紗菜の澄んだ声が聞こえる。仲間を元気づけ、再び立ち上がらせる有様は、まさに戦場の天使。
     そうだ、まずは落ち着け、冷静になれ。この敵を倒さねば何ごとも始まらない。
     俺、この戦争が終わったら風呂に入るんだ!(フラグ)
    「文旦ビィィィム!」
     怪人はさらに、澪にもビームを発射した。
    「ひゃあん!? い、いけずせんといてぇ……」
     甘いペーストが澪の顔から口元、それに神聖な巫女服までをとろとろと汚していく。
     だが、それは式夜の視点からすれば、攻撃の絶好の隙だった。
    「人の贈り物は取ったら泣くぞ! お母さんが!」
    「この焔は、加速する」
     『阿久根の文旦』と書かれた怪しげな怪人の衣装を、式夜の日本刀がズタズタにしていく。
     さらに続けて巧の手中で、サイキックソードの刀身が炎を吹き上げた。
    「そ、そんな、そんな……ろし、あん……」
     怪人の身体は可燃物のように一気に燃え上がり、朽ち果てていく。対照的に見守る巧の視線は冷たかった。
    「人の想いを奪う存在は、トナカイに蹴られてシベリア行きだ」

    ●チョコ、チョコ、チョコ
    「えへへ、だいじょぶやった?」
     澪はハンカチで汚れた顔をぬぐうと、呆然としている実に笑顔を向けた。
    「あ、あなた達は……?」
    「通りすがりです。名乗るほどでもありません」
     素っ気なく返す七波。巧は無言で、周囲を警戒している。
    「実くんのらぶ多き人生、これからもああいったイベントがあるかもしれへんけど、頑張ってな♪ ウチも応援しとるえ♪」
     澪は笑顔のまま、結果的に使い道のなかったハート型チョコを実に手渡した。
     実にとってはチョコをくれた6人目の女性である。『悪の怪人から助けてくれた正義の女戦士、ただしコスチュームは戦闘に耐えられないほど露出面積大な改造巫女服、あまつさえはいてない』の設定がさらに加わった模様。だから設定って何よ。
    「みんなの気持ち、ちゃんと受け取ってね?」
    「ちゃんと女の子達の気持ちに応えてやれよ? このモテ男め!」
    「チョコを貰ったのなら、チョコをくれた人達の気持ちを大切にしなさい」
    「……す、すみません。どうもありがとうございました」
     さらに他の灼滅者からも、様々な祝福を背中に受けながら、実は姿を消した。
    「俺もチョコ、貰えるかね……いや……」
     見送る仁は、思い悩んでいるようだった。
     今年は仁にも彼女ができた。きっともらえるはず。
     そう信じてはいても、チョコの実物を手にするまでは不安を払拭できないのが男性心理か。
    「べ、別に絶対欲しいなんて思ってないんだからね! ちょっと羨ましいだけだもんね!」
     式夜のリアクションはさらに露骨、なのか何なのか。チラッチラッと澪の方に視線を送っていたり。
    「わかってるえ♪ みんな大好き、みんならぶ!」
     なんと澪、巫女服の胸元から、同じデザインのチョコをわらわらと取り出した。どこにそんなスペースが……いやはや、色んな意味でオールマイティな胸である。
    「私からも、よろしければどうぞですの!」
     イシュテムもまた、用意した手作りチョコレートを配り始めた。
     こちらのチョコは男性に対しては星形、女性にはハート型である。
    「うっひょー! やったね、今日は君達のお陰で最高の日になったよ!」
     本日1日の式夜のテンション、まさにマッハ。
    「どういたしまして。ところで……」
     イシュテムは静かに笑みを浮かべると、振り返ってはるか後方の電柱にも声を掛けた。
    「そちらのお兄さんも、ご一緒にどうです?」
    「えっ……? そちらのお兄さんって、向こうに誰かいるの?」
     が、その頃にはすでに電柱の陰から、サポートのスウ・トーイ(d00202)は姿を消していた。
    「くすっ……」
     紗菜もイシュテムに釣られるように微笑み、仲間から受け取ったチョコレートをゆっくりと口に含んだ。
     来年の今頃には、自分にもチョコレートを贈りたい人が現れるのだろうか。
     いや、今と同じくまだ、己の身体を鍛える方が楽しいかもしれない。
    「どちらにせよ……まだまだ、世界は広いですね」

    作者:まほりはじめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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