●山形某所の帰り道
「あの渡し方。義理だよなぁ、露骨に」
マカライトグリーンのオーガンジーでラッピングされた小箱に視線を向けて、境・吉武少年は大きく溜息をついた。
教室はもうここぞとばかりにカップル大量発生! 居たたまれなくて、逃げるように帰路についた彼の脳裏に、家族同然に育った幼馴染みの素っ気ない台詞がリプレイされる。
「……あ、ついでに吉武にもチョコあげとくわ」
最近、どんどん綺麗になっていく春菜。教室でも大量のチョコをばら撒き男子に引っ張りだこだった。
「誰とくっつくんだろうなぁ! ああ畜生!」
口惜しさに拳をふりあげた彼の鼻をくすぐるのは、醤油の香ばしくも甘い香り。
この川縁は確かに郷土イベント『芋煮会』のメッカであり、秋ともなればこの香りが充満するが、今は冬だ。
「少年よ、その丁寧なラッピングに篭められた想いがわからんとは、青いのう……」
なんだろう。
芋煮会でよく見る黒い鉄鍋が、しゃべってる。
くつくつ煮える芋煮のアクを取りながら、重々しく語ってる。
ちなみに鍋の取手には煌めくリボンかついている、丁度鍋をラッピングしたらそうなるなって感じで。
「コサーック」
「コサッ!」
「ック!」
「ああバカもの、ビーツを入れるでない! それではボルシチではないか!」
なんだろう、周りのもふもふ帽子を被った人達は。この人達は季節にあってる恰好だけど、全然安心出来ない。
――少年のその予感はまったくもって当たっていた。
「まぁよい、行け!」
「コサーック!」
もふもふ帽子の人達に取り囲まれて、あっさりと彼の手からチョコが消える。
「あっ、ちょっと返してくれよっ」
「ふっ――代わりにこれを差し上げよう」
鉄鍋の人は白い発泡スチロールのお椀によそった、里芋やら牛肉やらが湯気を立てる山形芋煮を差し出した。
「芋煮だ。あたたまるぞ」
なぐさめられてるんだかひどいことされてんだか、なにがなんだかわからなよ。
でも。
――俺の実家仙台だから芋煮は味噌なんだよねって言うとヤバイのは、わかった。
●あまじょっぱい想いを護れ
「……て、事件が起るんだよね。バレンタインデーに」
灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)が質問は? と区切った所で、機関・永久(中学生ダンピール・dn0072)がぼんやりと呟く。
「そのチョコは……義理じゃないん、ですか?」
これだから男子ってさーあー。
そんな顔の標は、質問には答えず続けた。
「山形ご当地怪人『芋煮ンガー』の狙いが何かはわかんないけどさ、とにかくチョコが奪われるのを阻止して倒してくれる?」
事件は夕暮れ、山形市の河川敷で起る。
襲われるのは、幼馴染みからのチョコを手に帰宅途中の境・吉武、高校一年生。
「狙いは、ずばりチョコレート」
チョコを取られた吉武が茫然自失で芋煮をもそもそ食べている所に灼滅者達は辿りつける。
『義理じゃないのかなー、いやでもなー』なんて言ってる吉武を、芋煮ンガーはそれ以上害しようしないので、護衛に神経を払う必要はない。
「今のトコ、未来予測で他の人が通りがかる予定はないよ。だから思う存分、芋煮ンガーとコサック兵3体と戦って、灼滅してきて」
ちなみに彼らの能力だが、見た目はともかくそれぞれ『ご当地ヒーロー』のサイキックと同じと考えて差し支えがない。
「キックの際に、牛肉と里芋が……周りを螺旋のように取り巻いていても、ですか?」
ぐるぐる。
永久は指をまわす。
「ん」
こくこく。
標は髪を揺らす。
「ちなみに、芋煮ンガーはクラッシャー、コサック兵は全てディフェンダーだよ。芋煮ンガーの方が強いからね」
怪人と戦闘員の法則である。
「チョコレートを贈った春菜さんのためにも、みんな頑張ってね」
「でも、ついでチョコ……なん、ですよね?」
男子ったらドン感なんだから、もう!
参加者 | |
---|---|
杉本・沙紀(闇を貫く幾千の星・d00600) |
ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019) |
佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385) |
色射・緋頼(兵器として育てられた少女・d01617) |
城戸崎・葵(素馨の奏・d11355) |
九十九坂・枢(飴色逆光ノスタルジィ・d12597) |
神谷・蒼空(揺り籠から墓場まで・d14588) |
熱気・血潮(熱血の転校生・d24053) |
●季節外れの芋煮会
寒い!
2月の山形だからなー。
更に寒さが倍加する河川敷にて、真っ黒鉄鍋の中で醤油の芋煮が食欲そそる匂いをまき散らす。
「語る割りにバレンタインに関連がないご当地怪人って……」
ノリが違うよねと、土手を降りる前に佐々・名草(無個性派男子(希望)・d01385)がぽつり。全国的に起きてるらしいと、機関・永久(中学生ダンピール・dn0072)も首を傾げた。
「そもそもなんでロシア怪人がチョコなんか狙うんだろう?」
おっと、芋煮ンガーはあっさり利用されてる認定だ!
まだチョコの機微とかわからないけどとミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)は、黒いスカートの裾を翻し歩く。
「手間かけて作ったチョコなら、無くしたら悔しいじゃない?」
だから杉本・沙紀(闇を貫く幾千の星・d00600)の台詞は、ミルドレッドにはとてもお姉さんに聞こえた。そういうものなのだ、乙女心ってやつは。
これ以上奪われるチョコがでないように、倒す!
『義理じゃないのかなー』
『青少年、山形人であれば芋煮を食べておれ』
オーガンジーに包まれたチョコを腰に下げた袋(形は黒鉄鍋)に仕舞い、芋煮ンガーは呵々と笑う。そんな所にずらり現れる灼滅者達。
「バレンタインやし……」
がさがさ。
ビニール袋の擦れる音をたて、九十九坂・枢(飴色逆光ノスタルジィ・d12597)が取り出したのは、
「あげる」
スーパーで買ってきた100円ぐらいの板チョコ。溶かしたり想いを込めたりしてないので清々しいぐらいの義理チョコだ!
『そんなチョコは、不要』
「境君のんとどこが違うんよ、もう!」
振り払われながら誘導尋問。枢頭脳派!
(「――想いを伝える大切な日に、チョコを奪うなんて許せない!」)
でも理由は気になると神谷・蒼空(揺り籠から墓場まで・d14588)も黙って反応を待つ。
「……」
コサック兵から芋煮をもらってあぐあぐと噛みしめながら、色射・緋頼(兵器として育てられた少女・d01617)は上目遣いの紅で答えを伺う。柚羽と永久もちゃっかりもぐもぐ。
『何処が違うかぁ?』
「まさか口にはできへんようなアヤシイ嗜好に使お思ての犯行?」
『私を愚弄するな! そのチョコはな……』
『コサーック』
コサックコサコサ!
三体が宙へ飛び交い残像で描くは『×』つまり喋るなこのバカ、芋煮にビーツ入れるぞ。
『おっとそうだった』
自分の鍋の蓋を取り口元にあてる、言う気はないとの意思表示。
「何故季節外れの今に? 例えば誰かから脅された、とか」
緋頼の探りも、
『食い終わったな。うまいか、うまいだろう? 醤油と牛肉が奏でるハーモニー、素晴らしいだろう』
躱すようにお椀を回収するとゴミ袋へin。そして改めて芋煮ンガーはマントを翻した。
『小賢しいお前達はここで倒してくれる』
やっと入りやすい流れになった!
「バレンタインの日にチョコを奪うなど、たとえ天が許してもオレが許さん!」
カキーン!
……とか効果音が似合うキメポーズで真紅のマフラーたなびかせ、熱気・血潮(熱血の転校生・d24053)が躍り込む。
その隙に枢は境少年を眠らせて、コートをかけて横たわらせる。食べかけの芋煮が美味しそうだ。
「折角貰ったチョコを奪うなんて君は幸せではないのかな?」
その台詞からリア充オーラが拭えない。城戸崎・葵(素馨の奏・d11355)は茉莉華の人ジョルジュと手をつなぐ。
「バレンタインとは特別なもの、壊させないよ」
それは灼滅者達の願い――戦いの火ぶたは切って落とされた!
●電光石火!
『ふ、この芋煮スペースで戦いを挑んだ事を後悔させてやるわ』
滑るようにダッシュし ひっつかんだのはなんと! ジョルジュの腰。
「! なっ」
瞠目する葵の目の前でジョルジュは天地逆転、ジャスミンが芋煮香へと、変じた。
「くっ……ジョルジュ」
「落ちついて」
黒レースに包まれた腕をすっと伸ばし、ミルドレッドは霧で姿をくゆらせる。まるで匂い消しのスプレー……げふんげふん、匂いは消えないけど傷は癒えるよ!
小さなレディの霧が展開しきる前に、腕を組みしゃがむコサック兵ズ。
『『『コサーック!』』』
かけ声と共に脳天から突き抜けるような明るいメロディが流れはじめる。
『へーい!』
『ふんっはっ! ふんっはっ!』
『コサックコサーック!』
何故この体勢でそんなに素早いのか。くるくる回る余裕まで見せながら、彼らがやってきたのは後衛沙紀と血潮と永久の元だ! つまりこのメロディはご当地ビーム相当! 蹴ってるけどなー。
「させませんよー」
燦然と金糸靡かせたレイラが沙紀の前に立ちはだかり、
「――」
不敵な笑みを浮かべた黒の男が盾となる。
「くッ……なぁにピンチから立ち上がるのがヒーローってもんだ!」
一方、ぼっこぼっこに蹴られながら血潮は挫けず心の火を燃やす。
「分かりました」
芋煮は美味しかったですと添えつつも、
「それでは、灼滅者の役目を果たすと致しましょう」
緋頼はすんなりとした指で構えたガンナイフで銃弾をばら撒く、それはそれは容赦なくな!
『うむ、それは良かった。レシピはな……』
マントで弾くように避け語るのを、同じ山形を愛する紅華は悔しげに聞いた。
「紅華ちゃ……ヴェニヴァーナ!」
そんな友達を奮い立たせるように名草はヒーローの名で呼んだ。
「いくよ! 轟天も!」
「ええ、花笠ガード!」
唸りをあげて旋回しつつ轟天が弾を見舞うのを飛び越して、名草の闇がジョルジュを、ヴェニヴァーナは血潮を癒す。
「丁寧なラッピングの意味がわかってるなら教えてあげればいいのに」
巻き込まれぬ場所で転がる境少年を横目に、柚羽は芋煮ンガーへ眩し十字を見舞う。少しでも攻撃が当たりやすくなるように。
「初芋煮会がこれとは……灼滅者ってほんま、修羅の道やね」
ぶわっと膨れあがった腕は血潮を蹴ったコサック兵の顔面へ突き刺さる。今回はまだマイ箸は握らない。とっても食べたい枢だけど。ちなみに狙いは真っ直ぐ里芋だ。
「皆さん、ありがとうございます……ジョルジュ、大丈夫かい?」
ジャスミンの君は葵の手を撫でるようにそっと離すと、コサック兵へヴェールをあげる。
『コッコサッ……』
この技を彼女が使う度に敵の反応が気になる、が、葵は気を引き締めて護りを味方へ広げた。特に彼女へは入念に想いを込めて。
(「やはり最初は避けられがちね」)
沙紀は相棒たる弓を愛でるように唇を寄せる。するとまるで沙紀の意志を受け止めるように、銀の細工繊細な星弓に灯る綺羅。だが今回矢は放たれる事無く、宵闇夢のスペードが浮かび力を高めた。
「理由を話してくれないんだったら」
コッ。
名前そのままののびやかな蒼空の周りが氷点下の凍てつきへと変じていく。
「容赦しないんだからね!」
身を踊らせて敵の最中に立つと、蒼空は冷たい怒りを解き放つ。
『芋煮が凍ってしまうではないか?!』
頭部の鍋に氷が浮かべ怒る芋煮ンガーの腰元へ蒼空は指を伸ばす。
「チョコを返しなさい!」
マカライトグリーンのオーガンジーひらり。
『させぬわっ』
必死で腰を押え引いた、余程そのチョコは大事らしい。
通りすがりの素振りで永久は注射針をぷつっとしようとし、外した。
「くらえっ!」
血潮はマフラーを引くと怒りの儘にコサック兵へとビームを放つ。
「コサーック!」
ヒュッ!
速効しゃがみあの蹴りで避ける様に、血潮は口元を拭うと「やるな」と敵を賞賛する。
●練武の宴
寒い河原に、ロシアアレンジの心踊る音楽と醤油出汁の香りが混然と溶けあう。
ガードを固めるコサック兵、彼らに護られる芋煮ンガー……崩すのが難解な敵だ。しかし、灼滅者達は躊躇わない怯まない!
ひゅ。
醤油の香気を真紅の薔薇の茨が斬り裂く。ミルドレッドの駆る大鎌は二体目のコサック兵を地につけた。
「……芋煮って美味しいの?」
けれど問う声は何処までも無垢で。
『ああ、美味しいぞ。丁寧に取った出汁に牛肉の旨みがさらに溶け出し、まろやかに煮込まれた里芋と豆腐と……』
「はい、確かにおいしかったです」
チョコの部分を避ける気持ちで緋頼は氷で辺りを取り巻いた。
『コッ、コサック! ボルシチもうまいでコサック!』
とか言うからコサック兵は芋煮ンガーの盾にされた! いやえっと、自分の意思で守りました。
「後で一緒に食べましょう」
「うん、楽しみだね」
頷きあう緋頼とミルドレッド。
「だが、これ以上牛肉と里芋に塗れるのは勘弁願いたいな」
流麗な仕草で杭を掲げあげれば、トラウマを付与して戻ってきたジョルジュが寄り添うようにしな垂れかかる。血生臭く戦っててもきらきら☆ リア充オーラは絶対消えない、絶対、だ!
アンカーのように地に刺さる杭を横目に、枢は槍の先に氷のつららを招聘する。
しゃん。
槍に絡む輪を涼やかに鳴らしながら、
「ロシア人でも寒いんとちゃう?」
散々フリージングデスの洗礼を受けたコサック兵へいっそ屈託ない程の笑みで、極寒の塊を見舞う。
「恋の切欠、返してもらうわよ」
……実際は本人次第だけど、なんて眠る境へ心でつけたしながら、沙紀は背筋を伸ばし基本に沿ったフォームで弓を引き絞る。
狙いはコサック兵。
星輝の尾を引き真っ直ぐに刺さった矢はその清廉さからは想像もつかぬ結果を招く。
「コサーック!」
コサック兵のモフモフ帽子を病んだ色に染めていくのだ、じわじわと。
「回復は任せて」
「頼んだよ!」
訛りの抜けた友達に頷き、名草は腕のベルトを解くように招いた影でコサック兵を覆う。黒のコサック兵は更に紅のラインの轟天の体躯に跳ね飛ばされる。
「もしかしてバレンタインってイベントが狙いなのか?」
『ふ……答えると思うてか』
やりとりはシリアスなのに、影が芋煮に惹かれるようにちょっと寄り道。でも頂戴するのは戦闘後、自分の口で!
「チョコフォンデュで妥協……できま、せんか?」
キュ。
永久は糸を張り巡らせる、やはり自分には注射器より糸が馴染むようだと再確認。
「畳みかけるよ」
一房の三つ編みを左に揺らし、蒼空は前傾姿勢で地を蹴る。
「そっちは任せたぜ!」
「うん、絶対に!」
キュッ。
踵を地面に刻むように急停止、ガトリングガンを両手で確と構え蒼空は血潮へ答える。
「ここでコサック兵は倒すから、血潮くんは芋煮ンガーをお願い」
轟音。
夥しい銃弾発射でのけぞる華奢な躰、でも腕飾る薔薇は蒼空の意志のように散らない。
「おう! オレの必殺技パート1! 熱(ねっ)キック!」
とおっ!
地を蹴り空中一回転、着地し刹那の宙返りで芋煮ンガーを、蹴る!
が。
『ふん。止まって見えるぞ』
僅かに躰をずらし避け、ついでのように血潮を蹴り上げた。
●かくなる上は!
――だが、芋煮ンガーが強気でいれたのも、血潮を地につけた所までだった。
護りのコサック兵を喪った後は、灼滅者達のテンポ良い攻撃に翻弄される……さながら、汁にたゆたう薄切り見切り品牛肉のように。
自己の気配をギリギリまで絞った男とレイラが身を張る仲間を確と支える間を縫うように、柚羽は毒と黙々とマイペースに氷と毒を重ね敵を蝕んでいく。
(「ありがたいわ、攻撃に集中できるわね」)
名草をはじめ仲間に任せれば大丈夫と、沙紀は攻撃に特化する。
「へへっ、男ってのはピンチになればなるほどスイッチが入るモンなのさ!」
先程通じなかったキックにも腐らず、血潮は何度目かのジャンプ。
「オレの必殺技パート2! ダブル熱キック!」
熱い! なんだか違う気がする! 気合か、気合、なのか?!
『?! うおおー』
コイン♪
鉄鍋が熱棒で打たれるように軽妙な音をたてて、芋煮ンガーの上体が揺れた。
『ぐぬぬ、かくなる上は……』
頭頂から零れた汁を拭うと、芋煮ンガーは腰へと手を伸ばす。その先にあるのは、境少年がもらったチョコレートだぞ?!
(「まさか食べようとしている?」)
緋頼が判断した時には、彼女の魔力は躰を離れた後だった。魔力の連撃を受けながらも芋煮ンガーはチョコレートのリボンに指をかける。
「チョコを護って下さい」
――食べさせると拙い事態に陥りそうだ。
「ええ、させないわ」
緋頼の注意喚起に応じ、沙紀は隙を招くべく速効矢を放つ。
『ぐっ』
狙い鋭く描かれた軌跡は芋煮ンガー胸を侵しその動きを一瞬止めた。
……この瞬間があれば、充分だった。
痛みを厭わずに全体重と強い意志をかけて蒼空が躰をぶつければ、薄緑に包まれたチョコレートは芋煮ンガーの手を離れ虚空へ踊る。
「そのチョコは境くんへのプレゼントなんだから!」
――幼馴染みを好きになった春菜の気持ち、それが踏みにじられる痛みに比べたら、こんなのなんてこと、ない!
『このっ~、逆転のチョコを……許さんっ』
「渡さないんだからっ」
無防備にチョコへ腕を伸ばす蒼空へ怒りの芋煮シャワー! 熱きだし汁を被ったのは――黒銀の機体、轟天。
「名草さん、回復は任せてください。花笠ガード!」
「ありがとう、ヴェニヴァーナ」
花笠を翳す心強い声に頷き、雄々しい相棒へ誇らしい眼差しを注ぐ。
(「後でしっかり拭いてあげるね」)
名草はこれ以上させじと漆黒の弾丸を放った。
「チョコは返してもらうよ」
そ。
チョコレートはジョルジュが無事キャッチ。抱きしめるような仕草に愛しさを感じながら、葵の影は慈悲なく芋煮ンガーを斬り裂いた。
「やっぱり秘密が……」
薔薇と踊るように、ミルドレッドは大振りな鎌を翻す。
「あったみたいだね」
胴の傷を押え悔しげに歯がみする芋煮ンガーの前へ立つのは、枢。
「理由知りたかったんやけどなあ」
伸ばした腕が爆ぜるように膨らんでいく。
「でも食べるのはなしや」
ドン。
鈍い音と共に芋煮ンガーの頭の蓋がはじけ飛ぶ。
「境君に返さんとあかんしな」
『ぐぁ』
零れた芋煮をかき集めようと震えた腕が動きを止めた所で、
どかーん!
派手な爆発音と共に芋煮ンガーは、果てた。
●本当の気持ちは?
――状況終了、撤収。
今日もまたスウは言葉なく戦場から背を向ける。
「落ち着いて食べると美味しいです」
はふはふ。
残った鍋をさっそく柚羽はつつき出す。
「アタシも芋煮は大好きだかんなぁ」
「本当、あたたまるね。今度クラスで鍋しようか?」
混ぜる手つきはさすが慣れたもの、そんな紅華と並んで名草も頬張る。
「はわー、これは何チョコだと思いますー?」
永久に差し出されるピンクのハート。
「……もしかして、中身、どら焼き、ですか?」
レイラが、和菓子作りの時に話しかけてくれたのを思い出して。
「憶えててくれましたかー? 正解は……『これチョコ』!」
同じ年だからこれから仲良しになりたいなチョコ、その楽しい響きに永久は「ありがと」と寿ぐ。
皆さんもと配るレイラのチョコを受取った沙紀が、境の肩をちょんとつついた。
「うう~ん」
「ついでやからあげる」
ぬ。
起き抜けの彼に枢は剥き出しの板チョコをつきつけてみる。
「え、ええ?!」
「……こういうんが、ほんまの『ついでチョコ』や」
会話を遠目に芋煮を頬張るミルドレッドは「ボクにはよくわからないけど……」と、そばに来た沙紀へ芋煮を渡す。
「大切な想いなら、通じるといいよね」
「わかってるじゃない」
頬緩める沙紀、いい切欠になればと啜る出汁は程良い甘味。
「ついで……って、あ、春菜のチョコ?!」
慌てる境に葵は緑のオーガンジーにくるまれたチョコを丁重に差し出した。
「境くん、他の人に渡してたチョコ、本当にこれと同じだった?」
蒼空の問い掛けにオーガンジーから透けて見える箱が、とたんに大切な重みを持ち始める。
「…………いや、確か他のはデパートの包装っぽくて」
気づいてくれたと、緋頼は小さく口元に弧を描き、蒼空も嬉しげに頷いた。
「なら、大切に味わった方が良いです」
――改めて取り返せて良かったと灼滅者達は心から思う。
「彼女の気持ちに応えてあげたらどうかな?」
男としてはやはりもう一押し。大切に想い編む乙女を幸せにするのは紳士の役目と葵。
「待っていても何も始まらないぞ!」
腕を組み、葵の台詞に鷹揚と頷く血潮は境の背中をぽんっと叩く。
「男なら自分から動け!」
「あっ、えっと……」
そうだ、そもそもしょげていたのは春菜が他の男子にチョコを渡しているのを目にしたからだ。
「うん」
ぎゅうっとチョコを抱きしめると、境は気合を入れるように立ち上がる。
「なんだか良くわかんないけど、勇気でた」
境は急き立てられるように土手を駆け上がり、一度だけ振り返ると「ありがとー!」と手を振り去っていった。
彼が去ったとたん、戦いの疲れと共に大きな達成感が押し寄せる。
山形の地に産まれた恋を護れて本当によかった――芋煮のようなほっこりとした充実に、灼滅者達は身を委ねるのであった。
作者:一縷野望 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年2月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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