子魂聖

    作者:来野

     そこは古く美しい街だ。
     決して大きな都市ではない。喧騒もない。だが、歴史があった。重ねた歴史が趣という形で残っていた。
     特に山肌を切り開いて建立された寺社の姿が美しい。
     長い石段の左右には無数の風車が奉納され、風の一吹きにカラカラと音をたてる。
     観光客ならば一度は足を止め、カメラを構える光景。だが。
    「おや、あちらの脇道には何も供えられていないんですね」
     旅行者の問いに、土地の老女が竹箒の手を止める。
    「あの先は、踏み入ってはならんのですわ」
    「でも、あちらだけお供えがなくて寂しそうだ」
    「いえ、いえ」
     老女が首を横に振った。
    「そう思うのがねえ、いけんかったのです。そう思うくらいならねえ」
     首をひねった旅行者は、曖昧な笑みを浮かべてその場を離れる。どうせ迷信だろ。
     日が落ちる。いつの間にか老女の姿もない。
     社の森を白い炎がよぎる。
     それは、まるでオオカミ。全身くすんだ灰の色。覗ける牙は、三日月が二つ交差したかのような食い違い。
     スサノオだ。風の匂いを嗅ぎ、ふっと姿を消す。
     供え物のない脇の石段の奥で、格子戸が開いた。がらんと音を立てて、朽ちた骨がいくつも落ちてくる。
    「ウ、ゥ、グゥ」
     唸り声。鎖の鳴る音。
     四つ足の生き物が、そこに居た。
     
    「今度は、ここに」
     石切・峻(高校生エクスブレイン・dn0153)が、地図の一点を指差す。
    「古の畏れが現れる。スサノオが原因だ」
     灼滅をお願いします、と頭を下げた。
     拡大された地図には寺社を示すマークが入っているが、峻の指先が辿るのは途中から分岐した別の石段の先。
    「この突き当りには小さな祠があって、地元の人は皆『コダマヒジリ』の祠と呼んでいる」
    「木霊?」
    「いや、多分、こう」
     峻が書いたのは『子魂』の二文字。
    「言い伝えでは、この祠の主は即身仏らしい。しかも、幼い子供ばかり何体も」
     即身仏。生きながら浄土へと召されたミイラ。
    「ただ、ここから生じる古の畏れは、ミイラじゃない。四つ足で歩き人を食う、人間だ」
     足に鎖が絡みついているのは他の例と変わらず、二足歩行は上手くない。人語をろくに解さず襲いかかる。
     だが、元をただせば人間。
    「ここには、年に一度子供を送り込むとき以外は足を踏み入れてはいけないという掟があったんだそうだ」
     それでも、ひっそりと食べ物を供える者がいた。不憫と哀れんだか、自らを許すためか。
     山の獣とお供えを奪い合って生きた子供は、それら獣を見習った。お供えで足りなければ鼠を狩り、鳥を狩り、やがては人も。
    「俺はこれを食人鬼と呼んで良いのかわからない。自分を食獣鬼と呼ばれたら戸惑うだろう」
     マーカーを置いた峻は、思案の顔となる。遺伝子か習慣か。
    「ただ伝承では、この怪事以降、子供を送り込む風習が絶えたとも言われている」
     人食い子魂の最期は伝えられていないが、思わぬ功罪だ。
    「時刻はちょうど日没時、君たちはスサノオが去ってから到着することになる」
     古の畏れはスサノオと入れ替えに既に生じている。現場には灯篭があるので、真っ暗ではない。
    「相手の攻撃能力は、巨大なつむじ風での切り裂きと、長く伸びる爪での刺突、切断、牙での噛み付き。爪や牙には石化のおそれがある」
     動きは速く、回復能力も持つ。そして、と続いた。
    「こいつは、体の小さい者、幼い者を優先して襲ってくる。襲う理由が飢えだから、理にかなっていて躊躇いがない」
     一方の子魂は2mほどの大柄な体躯で、力も強い。感覚は野生生物並み。ぼろを纏い地に着くほどの髪を持つが、恐らくは男だ。
    「気をつけてくれ。脇道への一般人の侵入はないけれども、四畳半ほどの祠の前は数歩も歩けば細くて急な石段だし、周囲は木立ちだ」
     古の畏れは祠から出てくるが、正面以外から接近するのも可能だ。
     顎に当てた拳を下ろし、峻は皆に向き直る。
    「人間としての自覚がないのが、幸か不幸か。わからない。どうか無事に帰ってきてくれ」
     険しくとも道は続き、ここは階の一つだからと。


    参加者
    影道・惡人(シャドウアクト・d00898)
    楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)
    蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)
    多和々・日和(ソレイユ・d05559)
    布都・迦月(幽界の深緋・d07478)
    夕凪・真琴(優しい光風・d11900)
    唯空・ミユ(藍玉・d18796)
    峰月・戀(残響ノイズはお菓子を作る・d22697)

    ■リプレイ

    ●風よりも静かに
     陽が落ちた。しんとした寒気が肌に沁みる。
     石段を逸れて木立ちに分け入ると、灯篭の明かりが背に遠い。祠を目指す灼滅者たちは、縦に長い陣形を強いられた。
     先頭の峰月・戀(残響ノイズはお菓子を作る・d22697)が、両手を前へと捧げ出す。隠された小道よ、我らが前に。
     木々はざわりと揺れて道を開け、行く手には半透明の闇が待ち構える。彼女にとって、この力を用いるのは初めてのこと。驚きの色が隠せない。
     布都・迦月(幽界の深緋・d07478)が一歩を踏み出し、ふと足を止めた。蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)と楯縫・梗花(なもなきもの・d02901)も、同じ動き。三人が顔を見合わせ、足許を見る。
     この季節、枯れ枝や枯葉が靴底で騒ぐ。三人の仕草が皆の注意を喚起し、祠の真後ろへと到着するまで一団の足取りは慎重なものとなった。
     後ろからの接近は成功。しかし、前面が見えない。戀が周囲に注意を払う。薄暗い。
    「鎖に繋がれてなかったら、絶対不利だろうな……」
     ジャリン。
     彼女の感慨に、唐突な物音が応えた。
     それは、縛鎖が敷石を打つ音だろう。恐らくは扉のすぐ外。どうにも苛立たしげだ。
     皆が視線を見交わす。飢えと不自由を訴える物音は切ない。
     影道・惡人(シャドウアクト・d00898)が一人ごちた。
    「なもんどーでもいんだよ」
     乾いた言葉だが、情を蝕まれそうなこの状況において揺るぎのなさが鮮烈だ。
     じっと耳を傾けていた夕凪・真琴(優しい光風・d11900)のシルエットが、きらめき始める。
    (「少し可哀想ですけど、被害が出る前に止めないとです」)
     光と共に見る間に大人びる真琴。花が綻びるかのような光景だが、
    「やっぱり少し落ち着かないかも、です」
     と、当人は物慣れない顔つきだ。
    「えと、ミユさんと敬厳さんは気をつけて下さいね」
     前に出ることとなった仲間へと、その思いを送る。唯空・ミユ(藍玉・d18796)と敬厳が頷いた。
     多和々・日和(ソレイユ・d05559)の傍らに霊犬・知和々がその姿を現す。薄闇に馴染む黒豆柴の毛並み。
     祠の外壁に身を寄せて、八人はぐるりと祠の片脇へ。
     鎖が鳴る。そして、冷たい夜気を震わせる声。
    「ゥ、ゥオゥ」
     行こう。
     それぞれの想いを胸に、灼滅者たちが地を蹴った。

    ●それが人の理ならば
    「ゥ、ゥ?!」
     祠の扉から段を降りたすぐ真下、四つ足の生き物が振り返った。
     ぼろ雑巾のように敷石を這う髪、低く構える警戒の姿勢。小魂聖の姿は、痩せ衰えた獅子にも似ている。
     その間近を囲んで、敬厳、ミユ、日和、知和々のディフェンダー陣が前に出た。
     鎖を引きずり、小魂聖が一歩引く。捲れ上がった唇の端に、鋭い牙が覗いた。
     対する敬厳の口からは、
    「どれ、相手してやろうかの」
     鷹揚な声がこぼれた。迷いのない立ち姿。彼を中心に、魔力を帯びた霧が生じ始める。
     隣を固めたミユはWOKシールドを構え、胸の奥から訴えた。
    「お腹がすいてるんですね。でも、ごめんなさい。私達は貴方の空腹を満たしてあげるために、ここに来たわけではないんです」
     首を捻る敵に意思の疎通は感じられないが、声には興味を示す。人の声。悲鳴以外に初めて聞いた柔らかな音色。
     もう一つ、日和の手にもWOKシールド。護りを固め、石段を背にした。敵の滑落を阻みたい。
     先手は隠密を成功させた彼らにある。全員、所定の位置で抜かりがない。惡人がアームド・ザウエルを石段ぎりぎりまで切り返し、宣した。
    「おぅヤローども、やっちまえ!」
     その意味を、古の畏れは取れない。弾かれたように上げた横面で、衝撃が炸裂した。視界外からのフォースブレイク。
     扉の陰から踏み込んだ迦月が、響霊杖『火燕』を振り抜く。
    「古より伝わる伝承。スサノオによって甦る……か」
     涼しい響きは、遊環の触れ合う音。甦ったというのならば。
    「ここで終わらせようか」
    「イ……ッ、ギ」
     石突で背後を探り、迦月は平らな敷石の上を後ろに退った。実を取り、不確かな場所は選ばない。
     背をたわめた小魂聖が巨大な芋虫のように転がって、日和の盾に激突する。
    「っ、う」
     日和は、ザと一歩を退りながらも前へと押し戻す。
     絡みつく鎖を蹴って立ち上がろうとする古の畏れ。それを見ていた梗花が、口の中で短く噛む。
    (「……他人事じゃない、かな」)
     そして、スレイヤーカードを解いた。
    「僕が必ず、守ってみせるから」
     その声に応える武具は、拳から真横に伸張する槍。頭上に構えて下段に落とし、立ち上がりかけの敵の足を掬って倒す。捻り込む槍穂が素足の甲を貫いた。
    「ギャッウ!」
     血に塗れた足指が宙に跳ね、鎖が虚空でうねる。横転した小魂聖の脇腹が、祠の段を打った。ミイラ化した小さな遺体が踏まれて弾け、それらは乾いた塵に。
     その隙を狙って真琴が放った防護符は、暗がりを縫って敬厳の元へ。その姿は、仲間を護る切なる祈りだ。
    「フッ、ゥ……グ」
     地に這いつくばった小魂聖が頭を振り上げ、邪魔な鎖を苛立たしげに蹴り払う。天を仰ぎ、喉を大きく膨らませた。
    「オ、オオオッ!!」
     迸る遠吠え。一気に傷が塞がり、血が乾いて砕ける。
     鎖が荒れ、敵の背後には祠。それを壊すまいとする惡人の銃口が、右に左に照準を揺らす。
    「勝ちゃ何でもいんだよ」
     そう言い切るからこそ、無駄弾は撃たない。
     揺らめき立った小魂聖が、両手を天へと向けた。
     ザクッ――
     八の字に振り下ろす爪は鋭く長く、狙い過つことなくミユと敬厳の喉へ。
     長く赤い血の帯が、鎖のように闇へとくねった。

    ●分かち合うがゆえの痛み
     傷付き飢えを増した小魂聖は、切り裂いた勢いで二人を地に押し倒した。幸い石化は免れている。が、二人の口からあふれるものは、声でも息でもなくゴボリという鉄錆くさい異音。
     赤く血走った二つの眼が、大きく見開かれたミユの灰の双眸を覗き込む。受け止める瞳は瞬きもない。
    「ざ……、こ、ぅ……っ」
     微かな声がくぐもり、舌先が血の中で泳ぐ。
     瞳に映り込む異形を、彼女は必死で生きようとした幼い魂だと受け止めた。語り継がれる伝承、風習、それらは、時にとんでもなく、
    (「残酷です……」)
     敵の硬い腕が、二人を抱え込んだ。そのまま、ずるり、ずるり、と後退る。獲物を巣に運び込もうとする獣の動き。
     それを見た戀が、二人のいた位置まで駆け込む。するりと伸びる影は真っ直ぐに古の畏れの脛へ。
    「いくら素早くたって……これで!」
     祠の扉の手前で、敵の膝が落ちた。
    「グゥ……ッ」
     鎖と影。動きが鈍る。その僅かな合間に、敬厳の指先が動いた。握る得物はバイオレンスギター『Fleur No.15』。瞳に血が流れ込み、何も見えない。掌に食い込むエンドピンの硬さを頼りに渾身で振り抜く。
    「く……っ!」
     薔薇色の弦が震え、高鳴る一音がヒットを耳に伝えてきた。二人を抱えたままの敵が、地に伏す。腹に響くドッという重み。敬厳は息を詰めて、それに耐えた。
    (「僕たちが止めます!」)
     そう決めたのだから。
    「ガァ、ッ!」
     痛い。苦しい。腹が減った。渦巻く苦痛に必死の形相となった小さき魂が、牙を剥いた。もはや場所は選ばない。
    「グ、アグゥッ!!」
    「ああ……っ!」
     ミユの肩口に喰らいつき、敬厳の腹に爪を突き立てる。肉を穿ち骨を食む音が、全員の鼓膜を打った。
     その時。
    「知和々ちゃん!」
     正面から激突した霊犬が、小魂聖を突き倒した。口許を汚した人喰いが、ぽかんとして動きを止める。
     なぜ。
     なぜ、共に食いつかない。なぜ、自分を攻撃する。獣に敵対された当惑が、ありありと顔に浮かんでいた。
     そこに、夜気を貫く銃声。
    「おぅ、わかったぜ。そいつの弱点は同士討ちだ」
     敬厳を縫い付けた腕を撃ち抜き、惡人が顎先を振った。その瞬間を逃さず、真琴が風を纏う。
    「ごめんなさい」
     今は伸びやかな十八歳の姿にふわりと髪を絡み付かせ、柔らかな清めを抱え込まれた二人へと。
    「でも食べられてはあげられないです」
     すぅっと生臭い匂いが晴れた。真琴の唇が柔らかく動く。
    「それにきっと、そんな状態では満たされないですから」
     その言葉を、古の畏れは解することができない。だが、正鵠を射ていた。
     ぐっと喉を鳴らしてご馳走を飲み込んだは良いが、瞳に浮かんだものは満足ではなく失望。まるで砂を噛むよう。自分はどうかしてしまったのか。
     もう一度、今度は敬厳の喉に食らいつこうとする。そこに梗花が影の刃を割り込ませ、顎を押さえにかかった。
    「こっちだよ」
     彼の手の甲を大きく抉って口の端を舐め、しかし、小魂聖は目を見開いた。やはり満たされない。
    「ゥ、ゥアアッ!」
     どっと風が巻く。恐慌状態から発せられた風の刃は、灼滅者たちを滅茶苦茶に切り裂く。
     シャンと遊環が鳴った。食われようとする者と食おうとする者の間に火燕を渡し、迦月が炎を迸らせる。騒がずして毅然と。それが線引き。耳朶が裂け、頬が赤く濡れたが、そこから引かない。
     戀が傷付いた瞼を伏せ、相手を捕らえた姿勢から影を広げ始める。
    「この、まま……影、喰らい!」
     ぐるんと翻った影は、次第に小魂聖の脛から膝へ。纏わり着き、呑み込もうと這い上がる。
     荒れる風車と交錯する清めの風。頭より高く舞う枯葉に全身を打たれながら、真琴は風を操り仲間を癒し続ける。
     知和々が飛び退くと、日和が敵の正面に膝を落とした。
    「だめ。――こっちだよ」
     癒えつつある仲間を庇うようにシールドを立て、小魂聖の顔を覗き込む。
    「お腹が空くの、嫌だったね」
    「グゥ……ゥ」
    「ずっと寂しかったね」
    「ゥ……ゥ、タ、ネ?」
     何を言われているのかわからない。わかれない。その焦燥が、小魂聖に耳を澄まさせた。
     気付いた戀が、自分の腹に手を当てて空腹を示す。両肩を抱き、寂寥を示す。
     目の前の人喰いを、ただ化け物とは言えない。子供たちだと感じる心が、彼女を動かしていた。
     小魂聖が、ネ、と呟き、自らの腹を押さえてみた。真似だ。その手が二人と同じだと気付いた瞬間。
    「ウ……ォ、ォォオ」
     顔中に驚愕が浮かんだ。
    「もうおしまいにするから……ねんね、しようね」
     日和の声が静かに響いた瞬間、うねる鎖をダートジャンプで超えたザウエルが祠を横に見て着地する。響く掃射音。小魂聖の額を照らすライトの閃光。
     仰向けのままのミユが震える手を持ち上げる。瞬きは一度。狙いを外さないよう。目尻の血は、もう乾いている。
     杭打ちの一撃がドッと突き出された。額の真ん中へと。
    「ネ……ヨゥ、ネ……、ッ」
     頭蓋の向こうまで貫かれた子の魂は、苦痛を悟るよりも早く、乾いた塵となって風に舞い上げられた。
     灰の瞳にはもう恐ろしげな姿が映らない。寒さに洗われた夜空が広がっている。
     塵を浴びて、日和の声が微かに震える。
    「ごめんね」
     惡人がライトを余所に向けた。
     そしてこう口にする。
    「ぁ? 知るかよ、なもんただ倒すだけの『物』さ」

    ●柔は剛を制して明日へ
     無傷の者は一人もいない。狭い場所での戦いを、皆、身を削ってやり遂げた。
     石段から二歩も落ちていた真琴が、切り傷だらけのままで全員の間を駆け回る。彼女が祠に向けて両手を合わせることができたのは、その傷が完全に乾いた頃だ。
    「ゆっくりと休んでください」
     自らの労苦を横に置き、労いの声を投げかけた。
    (「過去の風習もそれで本当に終わったことになると思います」)
     それを見ていた戀が、自らの両手を見て、それを背を撫でる仕草に動かす。
    「……お疲れ様。お前らは十分、役目を果たせたから。もう、おやすみ……ええっと、言葉わかるかな?」
     拳を握って枕の形に。そして眼差しを足許に落とし、ぽつりと呟いた。
    「……忘れないから。絶対」
     それが救いなのかどうか。答えることは誰にも難しい。難しいことだから、願いという。
     将来、歴史の道に進むのもありかもしれない。柔らかな心には、幾つもの可能性が浮かぶ。
     迦月が祠の手前に静かにお供えを置く。落ち着いた所作。だが、冷ややかさとは違う。
     その背を見ていた敬厳が、かすれた咳払いを繰り返し、やっと微かな声を取り戻した。
    「きっと、すごく空腹で、すごく辛かったんでしょうね……」
     その足許に、何か桜色の柔らかそうなものが置かれた。
    「これは……すあま、ですか?」
     ミユの問いに、供えた梗花が頷く。散らばっていたミイラたちの塵は、きちんと祠に納めた。
    「……彼らに、親はいたのかな」
     お供えの傍らに留まり、決して目を離さない。帰りには回収。それが責任。
    「どうぞ召し上がれ」
     蟻が一匹寄ってきたが、梗花の眼差しは優しい。
    「寂しさとか、辛さとか、苦しさとか。……受け止めないと、前に進めない」
     手の甲をさする。
    「僕が痛くても、彼らの痛みに比べたらきっと小さなものだ」
     そして、ふと首を捻った。
    「……それにしても、どうしてこんなこと、したんだろうね」
     惡人が、ひょい、と腰を上げた。
    「どれ……」
     周囲と目が合うと、
    「ちょっくらスサノオの痕跡でも探してみっか」
     と告げる。
    「痕跡?」
    「足跡? 毛? 臭い? なんでもいんだ、まぁ期待してるわけじゃねーけどさ」
     臭い。皆で鼻を鳴らすと、寒気が脳髄にツーンと沁みる。これは冬の匂いだ。
     そこまでさせておいて、あの白炎オオカミが残したものは灼滅された古の畏れのみだった。
     小さくくしゃみをし、日和が黙祷する。手には愛用のデジタルカメラ。
     掲げてファインダーを覗いてみると、灯篭の明かりの遠くに小さな赤い風車が幾つも回っているのが見えた。
     からり、からり、からり。
     皆で石段を降り、それぞれの居場所に帰って、口にする言葉はきっと『ただいま』。
     それを恵まれたものと噛み締める背が、しんとした夜闇に包まれる。
     風車が、いつまでも見送っていた。
     

    作者:来野 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 6/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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