赤き爪のスサノオ~嫉妬の青きリボン~

    作者:日向環


     冷たい風は渦を巻くように蠢きながら、近くの高校のグラウンドに流れ込んでいく。まるで生き物のように、砂塵を巻き上げながらグラウンドを這い回った後、校舎の裏手に回り込む。竜巻のように風が巻き起こったかと思うと、その中から1匹のケモノが姿を現した。
     雪のように白い体毛が、炎のようにゆらゆらと揺らめいている。爪は毒々しい程に赤く、2本の立派な尾が楽しげに波打つ。スサノオと呼ばれている幻獣だ。
     スサノオは、その真っ赤な瞳でどこかの教室を見上げるような仕草をした後、再び風となってその場から姿を消す。
     スサノオがいた場所から、何か長細いものが伸びていた。青っぽい紐状のものだ。数は2本。先には鎖のようなものが巻き付けられ、その鎖は地面へと伸びていた。
     それは、蛇のように蠢きながら校舎を壁伝いに上っていく。
     向かった先は、スサノオが見上げていた教室だった。


    「どうやら、過去に二度出現している赤い爪のスサノオの仕業のようなのだ」
     木佐貫・みもざ(中学生エクスブレイン・dn0082)が、タブレットPCの画面をタップして情報を呼び出す。
     開かずの古き箱からケサランパサランを呼び出し、幸福の貸衣装から小袖の手を呼び出し、そして今度は青きリボンから――。
    「蛇帯(じゃたい)と呼ばれる妖怪を呼び出したようなのだ」
     蛇帯は2体。校舎の壁を伝い、調理実習室に侵入したという。
    「もともとは1本のリボンだったんだけど、引き千切られちゃったら、2本になっちゃったようなのだ」
     かつて、一人の女子学生が、バレンタインデーに手作りのチョコレートを作った。だが、贈ろうと思っていた相手には、ライバルが多かった。
     ライバルたちは、その女子学生を校舎裏に呼び出し、チョコレートを強引に奪うと、その場で踏み潰した。綺麗に掛けられていた青いリボンは、無残に引き千切られたらしい。
    「なので、その高校では、青いリボンは呪われるって、噂が流れていたのだ」
     赤い爪のスサノオが影響を与えずとも、何れはその噂が都市伝説を出現させることになったかもしれない。
    「蛇帯には物凄い怨念が籠もっているのだ。チョコレートを作ろうとする人たちを、無差別に攻撃するのだ」
     バレンタインデーに向けてのチョコレート作りが、調理実習室で行われることになっているという。蛇帯は正に、それを襲撃すべく、調理実習室内に潜んでいるという。
    「なので、夜のうちに高校に侵入して、調理実習室に潜む蛇帯を2体とも撃破して欲しいのだ」
     蛇帯は、チョコレートを作り始めると出現し、襲い掛かってくる。
     攻撃方法はバリエーションに富んでおり、2体といえど油断はできないという。
    「スサノオの動きはブレイズゲートと同じで、予知がしにくいんだけど、もう少しで赤い爪のスサノオの尻尾を掴めるかもしれないのだ」
     その為にも、ひとつひとつ確実に、事件を解決していく必要がある。
    「それでは、よろしく頼むのだ」
     みもざは灼滅者たちを送り出すのだった。


    参加者
    水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)
    小圷・くるみ(星型の賽・d01697)
    鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)
    久野儀・詩歌(絞めて嬲って緩めて絞めて・d04110)
    三影・幽(知識の探求者・d05436)
    如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)
    桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)
    天衣・緋雨(紅涙の舞鬼姫・d23071)

    ■リプレイ


     こそこそこそ……。
     きょろ、きょろ、きょろ。
     ちょい、ちょい。
     夜の闇の中、慎重に足を運び、周囲を確認した鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)は、振り返って、物陰に身を潜めている仲間たちに合図を送る。
     夜間の学校とはいえ、学生や教職員が残っていないと考えるのは、ちょっと危険すぎる。念には念を。夜魅は「闇纏い」で先行し、周囲の状況を良く確認してから、仲間たちを呼び寄せていた。
    「久しぶりの依頼だ。頑張らないといけないねえ」
     物陰から飛び出すと、久野儀・詩歌(絞めて嬲って緩めて絞めて・d04110)は夜魅の元へと走る。彼女を追って仲間たちが駆け寄ってくるので、詩歌は持参した懐中電灯で彼らの足下を照らしてやる。
     校舎の中に入っても、それは変わらない。夜魅が先行し、仲間たちが後に続く。
    (「夜の学校……妖怪にはぴったりですね……」)
     静まりかえった校舎は不気味だ。学校の階段たるものは、このような夜の校舎が舞台になることも多い。妖怪、魑魅魍魎の類には、正に打って付けのシチュエーションだと、三影・幽(知識の探求者・d05436)は思っていた。
     そんな彼女の足元を、猫が悠々と通り過ぎた。猫変身した水月・鏡花(鏡写しの双月・d00750)だ。幽の霊犬のケイが、猫の姿の鏡花にちょっと驚いて毛を逆立てている。如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)のビハインドの千秋が、暗闇に包まれた廊下をすぃ~っと滑るように移動していく。
     何気に、ちょっと不気味な風景である。
     ようやく調理実習室まで辿り着くと、全員が素早く身を滑り込ませる。その動き、まるで忍者の如し。
     調理実習室に入ったことで、やっと一息つくことができた。
     小圷・くるみ(星型の賽・d01697)が即座にサウンドシャッターを展開し、春香が殺界を形成する。これで外に音が漏れることはないし、万が一教職員が残っていたとしても、おいそれとは近寄ってこないだろう。
     天衣・緋雨(紅涙の舞鬼姫・d23071)がカーテンを閉める。調理実習室のカーテン如きでは外に光が漏れてしまうが、何の対策も取らないよりかは、マシかもしれない。
    「ブラウニーくらいなら時間かけずに作れるわよね」
     調理器具を準備しつつ、くるみは右手の人差し指を顎に当て、僅かに首を傾ける。『古の畏れ』を出現させる為には、チョコレート作りを行わなければならない。囮役を兼ね、くるみと夜魅がチョコレートを作り始めた。
    「気を付けてね。こっちもすぐに出られるように待機しているよ」
     桃之瀬・潤子(神薙使い・d11987)は声を掛け、周囲の警戒を始めた。いつどこから、『古の畏れ』が襲ってくるか分からない。
     くるみと夜魅のチョコ作りを、鏡花と詩歌がサポートする。
    「それにしてもどの段階で現れるのかしら? 中途半端なところで現れると材料が無駄になるかもしれない気がするわ」
     調理器具を見詰めて、鏡花が肩を窄めた。どうせ現れるなら、空気を読んで欲しいところではある。
     鼻歌交じりに、夜魅もチョコレートを作り始めた。バレンタイン用ではなく、自分用である。もちろん、今日の戦いが終わった後のデザートだ。メインディッシュは、古の畏れ・蛇帯だ。
    「元々蛇帯は着物の帯が妖怪化したもんだけど、最近は着物着る人少ないからな。それでリボンか?」
     湯煎して溶かしたチョコを型に流し込みながら、夜魅はふと疑問を口にした。確かに、最近は和服を普段着にしている人は少ない。
    「そのリボン、本当は真心がこもった綺麗なものだったんだよね。嫉妬や怨念が強いってことは、愛情が沢山あったってことなのかな」
     椅子に腰掛け、テーブルで頬杖を作り、チョコレート作りを眺めている潤子がポツリと呟いた。愛情が強かっただけに、恨みの念が強くリボンに残ってしまったのかもしれない。結果として、それがスサノオを呼び寄せてしまったのかもしれなかった。
    「折角の贈り物を台無しにされて悔しい気持ちはわかりますわん。けれどそれを他の誰かに味あわせてもいい、ということにはなりませんのよ?」
     緋雨の意見も尤もだ。
    「その悔しさを、悲しみを怨念にせずにもっとおいしいものをつくる、もっと素敵になる、と前向きに使えたらよかったのですけれども……」
     残念ながら、当人にその話をすることは叶わない。青いリボンに想いを込めた少女は、今ではどこの誰とも分からないのだ。
    「人の想いが生み出したモノが、人を襲う……なんだか皮肉ですね……」
     幽はそう言いながら、無意識のうちに霊犬のケイの頭を撫でる。
    「……それにしても…チョコ、美味しそうです……」
     とても良い香りが漂ってくる。女子心がそそられる。手持ち無沙汰だったので、本を読んで時間を潰していたのだが、香しきチョコの誘惑によって、読書に集中することができないでいた。
     そんな幽の視界に、床を這う青い紐状のものが飛び込んできた。
    「気を付けてください! 出ました!!」
     幽が声を上げるのと同時に、緋雨が即座にガスの火を消した。万が一に備え、安全面も考慮してのことだ。
    「まだ完成してないのにー」
     くるみが呪いの言葉を発しながら、素早く戦闘態勢に入った。
    「もう少しで完成だから、それまで待ってろ……って言っても無理か」
     夜魅は指に付いてしまったチョコをぺろりと舐めると、武器を構えた。
     床を滑るように這いながら、2本の青いリボンが迫ってきていた。


    「姿を見せるたびに元凶に近づいてると思って、被害が出る前に出来るところからやるしかないわね」
     鏡花が2歩ほど後ろに下がった。スサノオの本体に近付く為にも、ひとつひとつ事件を解決していかなければならないのは、ある意味歯痒い。
    「僕達は所謂友チョコを作ってるからだけだから見逃して欲しい。とか言ってみる」
     詩歌のその言い訳は、残念ながら通用しないようだ。
     2本の青いリボン――蛇帯は、チョコレート作りをしていた夜魅とくるみに襲い掛かる。
     だが、灼滅者たちは予測済みだ。だからこそ、2人は防御を重視したポジションを選択していた。2体の蛇帯はそれぞれ、夜魅とくるみの足に噛み付き、彼女たちの体力を吸収する。
    「ヘビだというなら……その頭、潰します……!」
     読んでいた本をパタリと閉じて、幽はフリージングデスを放つ。
     潤子が、夜魅に噛み付いた蛇帯に攻撃を加えると、
    「こっちに集中するよ!」
     詩歌が皆に声を掛ける。1体ずつ集中攻撃して、確実に倒す。それが、今回の作戦だ。緋雨と春香が、詩歌の後に続いて蛇帯を攻撃する。
     一方、くるみは、自分に噛み付いてきた蛇帯と1対1の戦いを演じていた。味方がもう1体を集中攻撃で撃破する間、ひとりで目の前の蛇帯を押さえ込むつもりでいた。
     龍翼飛翔をお見舞いすると、彼女の狙い通り、蛇帯は怒りを露にして自分に襲い掛かってきた。くるみの小さな体に、青いリボンが絡みついていく。
     その様子を潤子が気づいた。蛇帯1体の戦闘能力は、恐らく灼滅者4人分程度だ。それを長時間1人で抑えきるのには、かなりの無理がある。こちらの撃破を急がねばならない。龍因子を開放し、くるみは必死に耐えていた。霊犬のケイと春香が、くるみを援護をしている。
    「Blitz Urteils――裁きの雷で撃ち抜いてあげるわ!」
     鏡花がマジックミサイルを放つ。迸る魔力が雷のようにミサイルに纏わり付く。直撃。だが、後が続かない。連携が、今ひとつ上手くいっていない。攻撃が散発になりがちだった。
     夜魅の鬼神変が、蛇帯にクリーンヒットした。今度は蛇帯が夜魅に噛み付き、彼女の体力を奪い、自らの傷を癒そうとする。
     バットステータスを付与するべく、緋雨が様々な攻撃を繰り出していたこともあり、徐々に蛇帯は弱まっていく。
    「空白の理……」
     幽の放った神霊剣が直撃すると、乗り移っていた蛇帯は消滅し、色褪せた千切れた青いリボンだけが残された。
     残るは1体だ。満身創痍のくるみから蛇帯を強引に引き離すと、集中攻撃を仕掛けた。
    「それにしても……相手の姿がリボンだけというのは、変というか、奇妙な光景だね」
     詩歌は素直な感想を口にした。見た目は青いリボンそのものなのだが、先端が蛇の口のようにガバリと開くのだ。確かに奇妙である。
     蛇帯が体をジグザクに震わせ、攻撃を仕掛けてきた。蛇帯を取り囲むような位置にいた潤子、夜魅、幽、そしてビハインドの千秋がその猛威に曝される。それでも既に1体を倒している彼らには、精神的に余裕があった。落ち着いて反撃を加える。
     蛇帯は目一杯体を伸ばし、詩歌の体に巻き付き、彼女を縛り上げる。
    「君もなかなか良い縛りっぷりをしてくれるじゃあないか。でも僕には及ばないね」
     すぐに振り解くと、仕返しとばかりにウロボロスブレイドの刃を伸ばす。蛇帯の細い体に巻き付くと、蛇の如くその体に牙を突き立てた。
    「手当たり次第に人を襲うのは虚しいだけだよ!」
     潤子の閃光百裂拳が、蛇帯に叩き込まれた。
     充分に受けた傷を治療したくるみが、前線に戻ってきた。やられた分は、きっちりとやり返さないといけない。
    「人の恋路を邪魔するヤツは私に斬られて灼滅されなさい!」
     尖烈のドグマスパイクが炸裂した。直撃を食らった蛇帯は僅かに痙攣すると、元の青いリボンへと戻っていった。
    「正直誰かひとりに対する特別な感情というのは僕にはまだ良く解らないよ。でもそんな当たり前の想いを抱けるのがほんの少しだけ羨ましいね」
     ただのリボンへと戻ったものを見詰めて、詩歌は呟く。彼女のその言葉に隠された本当の意味は、彼女にしか分からない事情だった。


    「折角なので、チョコを完成させたいのですけど……」
     遠慮がちに、くるみが言った。空気を読まずに襲い掛かってきた蛇帯たちのお陰で、チョコレートは作りかけだった。こんな中途半端な状態のままこの場を去るのは、少し惜しい気がした。しかし、いつまでもここに留まっているのも、あまり得策ではない。
    「もうすぐ完成だし、さっさと作っちまおうぜ」
     夜魅はそそくさと作業を始めた。どうせなら完成させたい。
    「そういや、古の畏れを繋いでる鎖とバベルの鎖って、何か関係あるのかな?……」
     ふむと、夜魅が鼻を鳴らす。同じ鎖であることは確かなのだが、果たしてその役割まで同じかどうかは、今の段階では分からない。
     幽は徐に椅子を引くと、そこに腰掛け、読みかけの本を開いた。その傍らに、霊犬のケイがお行儀良くお座りする。
    「凝ったものにしなければ、それほど時間もくわないでしょうしね」
     鏡花が袖を捲る。
    「ありがとうございます!」
     くるみが笑顔を作ると、先ほどと同じように、詩歌も手伝いを始めた。
    「リボンを着ける度に今回の相手を思い出しそうだよ」
     小さく肩を竦めて苦笑した。
     潤子と緋雨は、使い終わった機材から手早く片付けを始める。
    (「皆の想いが、恋が成就しますように」)
     緋雨は静かに胸中で祈る。
    「みもざちゃんへのお土産にしようっと♪」
     くるみは完成したブラウニーのひとつを、エクスブレインへのお土産にしようと決めた。
     深夜の学校の調理実習室で作ったチョコレートは、ちょっぴりせつない味がしたとかしないとか。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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