隻眼のスサノオ

    作者:飛翔優

    ●波濤に眠る大海蛇
     朝方は漁師たちを中心とした活気に満ち溢れている港町。少しだけ離れた場所にある砂浜に、左目に傷を持つ大型のニホンオオカミ……スサノオが、静かに佇んでいた。
     スサノオは押し寄せて引いていく波を眺めつつ、小さく瞳を細めていく。
     合間に何かを見出したのか、不意に、水平線の彼方へと咆哮した。
     空気を震わせるほどの咆哮が大きな大きな波紋を生み出し、砂浜を僅かに侵食する。
     収まってなお水面が震え続けるのは、古の畏れが呼び起こされたからだろう。
     スサノオは、視線も外さずそれを眺めた。ただ、真っ直ぐに……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、小さな笑みを浮かべたまま口を開いた。
    「スサノオにより古の畏れが生み出されようとしている場所が判明しました。つまり、スサノオを止めるチャンスが来たって事ですね」
     本来、スサノオはブレイズゲートと同様、エクスブレインの予知を邪魔する力を持っている。しかし、スサノオとの因縁を持つ灼滅者が多くなったことで、不完全ながらも介入できるようになったのだ。
    「スサノオと戦い方法は、二つあります」
     一つは、スサノオが古の畏れを呼びだそうとした直後に襲撃を行うこと。
     この場合、六分以内にスサノオを撃破できなかった場合、古の畏れが現れてスサノオの配下として戦闘に加わってしまう。古の畏れが現れた後、スサノオは戦いを古の畏れに任せて撤退してしまう可能性もあるので、短期決戦が必要となるのだ。
     もう一つは、スサノオが古の畏れを呼び出して去っていこうとするところを襲撃する事。
     古の畏れからある程度離れた後に襲撃すれば、古の畏れが戦闘に加わる事はない。
     一方、スサノオとの戦いに勝利した後、古の畏れとも戦う必要がある。スサノオと戦う場合の時間制限はないが、必ず連戦となるため、それ相応の実力と継続戦闘能力が必要となるだろう。
    「どちらを選ぶかは、皆さんにお任せします。構成などを計算し、より良い方を選んで下さい」 
     続いて……と葉月は地図を開いた。
    「肝心の、スサノオが古の畏れを呼びだそうとしている場所は……この港町の砂浜。お昼すぎに赴けば、呼びだそうとしているスサノオを見つけることができるでしょう」
     後は作戦に従い行動する、と言った流れになる。
     肝心のスサノオの姿は、左目に傷を持つニホンオオカミ風。力量は八人ならば倒せる程度で、破壊力に優れている。
     技は三種。一定範囲内を防具ごと砕く水針の雨、一定範囲内を加護ごと砕く雷、周囲をなぎ払い自らも浄化する雄叫び。
     一方、出現しない可能性もある古の畏れの姿は、全長十数メートルもある水で構成された大海蛇。力量は八人ならば倒せる程度で、破壊力に優れている。
     技は破壊力が特に高く加護をも破壊する噛み砕く。鞭のように頭を振るい周囲をなぎ払う技。そして、大気中の水分を吸収し、傷を癒しつつ守りを固める技……の三種。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は地図など必要な物を手渡し、締めくくりへと移行した。
    「今が、スサノオを倒せるチャンスとなります。強敵ですが、可能な限り全力で挑み、倒してきて下さい。何よりも無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


    参加者
    セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)
    玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)
    桃山・華織(白桃小町・d01137)
    花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)
    幌月・藺生(葬去の白・d01473)
    緋神・討真(黒翼咆哮・d03253)
    廻谷・遠野(ブランクブレイバー・d18700)
    天使・翼(ロワゾブルー・d20929)

    ■リプレイ

    ●海原よりいでし大海蛇は後にして
     燦々と輝く太陽が活気づき始めた町並みを照らしていく、港町の昼下がり。煌めく波が寄せては返していく海岸線に、一匹の狼……左目に傷を持つスサノオが佇んでいた。
     何をするでもなく波間を眺めている光景を、灼滅者たちは観察する。
     さなか、桃山・華織(白桃小町・d01137)は視線を外し、霊犬の弁慶の頭を優しくなでた。
    「……同じ犬ながら、そなたは良い子であるのにな」
     スサノオの目的はわからない。
     だが、何が目的であれ厄災を招くのならば、それは悪い子だ。
     幌月・藺生(葬去の白・d01473)もまた霊犬のくーちゃんへと向き直り、元気に気合を入れていく。
    「隻眼のスサノオさんもかっこいいけど、やっぱりくーちゃんの方がかっこいいですけれども!」
     大まかな形がニホンオオカミであるからか、はたまた真っ直ぐに海原を見つめる視線にかっこよさを感じたか、声音はどことなく弾んでいる。
     さなか、スサノオが静かに顔を上げた。
     高らかなる咆哮を響かせた。
     瞳を細める花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)の視線の先、波間がにわかに盛り上がる。
    「……何の目的があるのかは、判らないけれども……放っておいたら大変、だよね」
     盛り上がった波間は全長十数メートルもあろうかという海蛇へと変化して、ゆっくりと頭を巡らせる。
     この地へと繋ぐための鎖を引き釣りながら、町の方に向かって這いずり始めた。
     静かな眼差しで見送っていたスサノオは、興味を失ったかのように踵を返す。
    「――さぁ、行こうか」
     悪夢は此処で断ち切る、それがどんな結末であろうとも……と、セリル・メルトース(ブリザードアクトレス・d00671)が仲間たちを促した。
    「真白なる夢を、此処に」
     光を手に取り槍へと変える中、一足先に武装を整えた玄鳥・一浄(風戯ゑ・d00882)がスサノオの進路へと割り込んだ。
    「何を願うてはりますの?」
     返答など期待していない問いを発しながら、足元を狙って氷柱にも似た剣を振るっていく。
     掠めさせることには成功し、己の存在を植えつけた。
     一つ目の目的は、スサノオ。
     街へと向かった大海蛇の存在を考えれば、あまり長い時間は使えない。
     灼滅者たちは包囲するように動きながら、スサノオの戦いを挑んでいく……。

    ●スサノオの司りし水の力
    「厄災を招く悪い子には、お仕置きをせねば」
     静かに告げながら、華織は指輪をはめた拳を突きつけた。
     スサノオの眉間に狙いを定め、魔力の弾丸を発射する。
     顔を逸らして掠めさせるのみに留まっていく光景を眺めつつ、いきり立つ弁慶を手で制した。
    「そなたの役目は治療じゃ。しばし、我慢していてくれ」
    「くーちゃんも後ろで観察をお願い! 誰かが傷ついたら……お願いね!」
     藺生もまたくーちゃんに指示を出しながら、石化の呪詛をスサノオへと差し向ける。
     見た目からは、通じたのか否か分からない。
     問題ない、重ねればよいのだと続いて影に力を送っていく。
    「さ、もふもふ……スサノオも古の畏れも両方倒せるよう、みんなで気合を入れていこうね! もちろん、くーちゃんも!」
    「個人的に恨みは無いがお前たちの様な奴がいると世の中が住み辛くて仕方ない」
     呼応するかのごとく、緋神・討真(黒翼咆哮・d03253)が左側からスサノオの背後へと回り込んだ。
    「隻眼……戦いで弱点を突くのは常套。ならば躊躇はしない」
     視界の通らぬであろう場所から刃を振るい、足に深い傷跡を刻んでいく。
     動きは鈍らない。整った鼻先が天を仰ぐと共に、大気中の水分が凝固し鋭き針となって前衛陣へと襲いかかった。
    「おっと! 危ないよ、気をつけてね!」
     オーラと影を傘代わりにして受ける面積を最小限度にとどめつつ、廻谷・遠野(ブランクブレイバー・d18700)は暖かな風を吹かせていく。
    「さあさあ、万全の体勢を保ちながら反撃しよう!」
    「そうなの。今度は……外さん!」
     暖かな風に抱かれながら、華織は杭をドリル状に回転ささせつつ飛び込んだ。
     ただ真っ直ぐに突き出して、スサノオの右肩をえぐっていく。
    「そういえば、一つ聞きたいことがある」
     引き抜きながらも退かず、落ち着いた調子で問いかけた。
    「そなたは一体何者じゃ? 何体いる? 何が目的じゃ?」
    「……」
     返答はない。スサノオはただただ視線を周囲に送り、反撃の一打をさばいていく。
     ならば代わりに……と、藺生がスサノオに飛びかかった。
    「問答無用でもふもふさせて頂きます!」
     やわらかな毛並みに顔をうずめ、戦いに支障のない短い時間もふもふと。
     特に拒否する様子のない暖かな感触を堪能した後、改めて縄状に分割させた影を送り込んだ。
    「良いもふもふでした」
    「この調子なら、きっと」
     天使・翼(ロワゾブルー・d20929)も同様に影を送り、スサノオの両前足を拘束する。
     されど、スサノオの動きに揺らぎはない。一見浅くはない傷を受けているはずなのに、よろめく様子など微塵もない。
     ただただ高らかに咆哮し、拘束を砕き前衛陣を薙ぎ払った。

     スサノオの操る力。水の針も咆哮も、雷ですら一つ一つを取ればさほど大きな力は持たない。
     しかし、代わりに広く灼滅者たちに襲いかかり、時に深く根ざしていく。
     時を重ねるにつれて、拭い切れないダメージが増えていく。
     前衛陣よりは安全な位置より狙いを定め、ドリル状に回転させた杭を突き出すましろ。確かな手応えを感じながら、改めて問いかけた。
    「あなたの名前は? 後、先日他所で目的された毒龍と、何か関係があるの?」
     やはり、返答はない。
     スサノオは杭を外し、退いた上で、激しき雷を前衛陣へと降り注がせる。
     右へ左へサイドステップ、セリルはフロントステップも交えながら接近し、槍状の杖に魔力を込めた。
    「零距離……撃ち貫くっ!」
     頭を狙い突き出せば、右肩を見事に捕らえ貫き爆散。
     勢いに負けたスサノオが宙を舞い、砂に埋もれるようにして不時着する。
     そんな光景を眺めつつ、遠野は優しい風を発生させた。
    「ほんと、何が目的なのか教えてくれたら良かったんだけど」
     仲間を治療しながら静かなため息をはきだして、少しだけ元気を潜めていく。
     何が目的なのか、多くの者が知りたいと思っていた。
     しかし叶わぬ、あまり長い時間も書けられないから、ましろが影を解き放った。
    「っ! 捕まえた……!」
     前足後ろ足を拘束し、完全な形でスサノオの自由を封じていく。
     仲間たちへと視線を送り、総攻撃だと指し示した。
     もちろん! と、翼が炎を放ちスサノオの体を焼いていく。
     激しき輝きにより、斬撃を弾丸を、影を打撃を導いた。
     杖をしまい双剣を引き抜いたセリルもまた、導かれるままに剣を振るう。
    「此処で、断ち切る!」
     十字を刻む斬撃は、スサノオの体に深く、深く入り込む。
     スサノオは静かに目を伏せた後、風にさらわれれるようにして消滅した。
     静かな息を吐きだして、セリルは双剣を鞘に収めていく。
    「まずは一勝目、だね」
    「ああ。んじゃま少し休んで」
     頷く翼が肩の力を抜いた時、何かが破壊されたような轟音が街の方角から聞こえてきた。
     思考するまでもない。大海蛇の所業だろう。
     人の命が脅かされる可能性もあると、灼滅者たちは治療は道中に行うと決めて駆け出した。
     幸い、道路には大海蛇の残していった軌跡がある。追いつくのに長い時間はかからないだろう。

    ●大海蛇は破壊をもたらした
     幸い、というべきだろう。
     大海蛇は家の中にいる一般人を狙ったか、ブロック塀を破壊していた。今はまだ、それだけの所業で済んでいた。
     安堵の息を吐き出しながら、討真は痛みを堪え剣を抜く。
    「全て癒えたわけではないが、仕方ない。さあ、舞踏会の始まりだ」
     瞳を細めると共に駆け出して、半透明な体躯に剣を突き立てる。
     後を追うかのように呪詛を紡ぐ藺生は、崩れたブロック塀を……そして、大蛇のものと思われる傷を受けた家の壁を眺め、目を細めた。
    「大きな音はブロック塀が壊れた音……取り返しの付かない事態になるところだったね。……くーちゃん! 全力での治療をお願い!」
     くーちゃんに全員の治療を願いつつ、自身は大海蛇に呪詛を送り込む。
     僅かに体が硬質化したことに気づいたか、大海蛇は一軒家から視線を外し灼滅者たちの方へと頭を向けた。
     小さな口笛を拭きながら、一浄は仕掛ける構えを取りつつ動きを観察し始める。
    「こら涼し気な蛇さんや……なんて、言うてる場合じゃありまへんな」
     水で構成された体を持つ大海蛇。字面だけ並べて絵に直すなら、確かに涼をもたらす存在となるだろう。
     しかし、現実の物となったならば話は別。
     多大な質量を持つ脅威として、目の前に立ち塞がってくる。
     巨大な顎に噛み砕かれては叶わぬと、不意に振り下ろしてきた頭を回避するため華織は素早く後退した。
    「勝手に呼び出され我らに挑まれ、災難であろうが、じゃが正義の為、倒れて貰うのじゃ!」
     予想以上に伸びてきた顔を盾の形にした影で受け止めて、噛み砕かれる直前に魔力の弾丸を撃ち込んでいく。
     弁慶は忙しなく灼滅者たちの間を走り回り、討真の治療を開始した。
     痛みが和らいでいくのを感じながら、討真は大海蛇の後方へと回りこむ。
    「堕天の一撃、その身で味わえ!!」
     足となるだろう体の先端を刃で貫いて、深い傷を与えていく。
     動きが鈍ることはない。が、楔を穿つことはできたはずと距離を取り、注意深く大海蛇を観察する。
     大海蛇は一浄へと視線を送った後、鎌首を持ち上げて……。
    「っ!」
     バックステップを計二回。
     一浄は観察の結果割り出した距離だけ飛び退き、透明な顎を完全な形で回避した。
     膝を曲げ後方への勢いを反転させて、頭に飛び乗っていく。
    「っと、思ったより硬いんやな」
     そのまま滑り落ちながら、後方へと回り込んだ。
     体をひねる勢いで先端の辺りを切り裂いて、勢いを弱める楔を植えこんでいく。
    「あんたはんは何の未練がありましたん、眠り醒まして堪忍え」
     距離を取りながら、静かな言葉を投げかける。
     大海蛇の動きに変化はない。ただただ周囲に視線を巡らせた後、頭のあたりを鞭のようにしならせ周囲を薙ぎ払った。

     前にいる限り、逃れられぬなぎ払い。
     ギリギリ影響下ではない位置に立つまひろは、吹きすさぶ風の勢いから威力の程を感じ取り指輪に触れていく。
    「まだ、だいじょうぶ」
     万全ではない状態で挑んでいるこの戦い。
     気持ちだけでも勝たねば勝利など程遠い。だから大切な人にもらった指輪から力をもらい、魔力の矢を発射した。
     深く、深く潜り込んでいく中、ふっとばされながらも着地した遠野は深呼吸。乱れる息を整えた上で、声を大きく張り上げる。
    「よし、もうちょっとがんばろう!」
     確実に攻撃は刻んでいる。
     後はどちらが粘り勝つのか……ならば我らが粘り勝つのだと、暖かな風を吹かせて前衛陣を癒していく。
     言われるまでもない……といったところか。スサノオも畏れも関係ない、とにかくぶっ飛ばすと決めていた翼が、腕を砲台へと変貌させた。
    「……水に酸が混じりゃ、どうなるんだろうな」
     酸の弾丸を撃ちだして、大海蛇の体を焼いていく。内部へと浸透させ、根深い傷として刻んでいく。
     今まで積み重ねてきた呪詛も実を結んだか、大海蛇が僅かに体勢を崩していく。
     見逃さない、とセリルは大海蛇の体に飛び乗って、中心部に槍の形をした杖を突き立てた。
    「さあ、そろそろ終幕の時間だよ」
     魔力の爆発に乗る形で飛び退けば、痛みに耐えかねたか大海蛇が暴れだす。
     痛みを消そうというのか、大気中の水分を吸収し始める。
     体を硬化されては叶わぬと、一浄が非物質化させた剣を突き出した。
    「蛇さんは寝んねの時期やろ」
     凍りついてしまう前にお休みんさいと力を込め、加護を砕いた。
     華織が巨大な体躯を影で縛り付けた時、灼滅者たちは総攻撃を仕掛けていく。
     打撃が体を波打たせ、斬撃が一部を力なき水へと変えていく。
     暴れること許さぬと、翼は指輪をはめた腕を突き出した。
    「これでお終い、だな」
     魔力の弾丸を撃ちだして、大海蛇の額を撃ちぬいた。
     大海蛇は体を屹立させた後、水蒸気とかして遥かな空へと消えていく。
     後に残されたのは崩れたブロック塀。緊張が解け、襲いかかってきた披露に身を任せ始める灼滅者たち。
     遠野は空を仰ぎながら、スサノオに想いを馳せていく。
    「……なんだろう。わかんないね。何も伝わらなかった。戦って、分かり合いたかったな」
     隻眼のスサノオは何も語らず消滅した。
     手がかりすらも、今の段階では見つからない。
     果たされなかった分、披露もさらに蓄積したのだろう。座り込んでしまった遠野の傍ら、討真もまた電信柱に背を預けて空を仰ぐ。
    「闇に抱かれて静かに眠れ」
     手向けの言葉を投げかけて、静かに瞳を細めていく。
     利用されただけの存在には、安らかなる冥福を。
     おそらくそれが、今紡げる、精一杯の言の葉で……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月10日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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