毒姫峠で君を待つ

    作者:佐和

     その山の峠には、電線で繋がれた高い鉄塔が建ち並んでいる。
     管理用の小屋があるだけで、人の住む家はない、電気だけが通る場所。
     だから、その鉄塔の下にのそりと現れた白い狼のような何かと、出会った者はいない。
     うっすらと緑色を帯びた毛並みを、静かに風に揺らして。
     緑色の瞳でじっと、鉄塔以外何もないそこを見やる。
     そしてその何かも、電気と同じように、その場所を後にした。
     立ち去ってしばし。
     今度は鉄塔の下に、和装の少女の姿が現れた。
     立っても地に引きずるほど長い髪を持つ少女は、ゆっくりと足を踏み出す。
     じゃらり、とその足を繋ぐ鎖が重い音を立てた。
     少女はその鎖を見下ろしてから、憂うような瞳で辺りを見回して。
     その視線に導かれるように、辺りに毒気が満ちていく。
     
    「今度の『古の畏れ』はお姫様だよっ」
     仁左衛門に座った天野川・カノン(中学生エクスブレイン・dn0180)は、気楽な口調で話し出す。
     昔、権力争いに巻き込まれたその姫は、毒を盛られたが一命を取りとめた。
     だが、毒に打ち勝ったその姫に、その身に残った毒が周囲の者を殺す、という噂が襲う。
     そして彼女の従者が次々と毒死していく。
     それは悪意ある者達が毒を仕込んだせいだったのだが、それが証明されることはなく。
     とうとう姫は、山の峠にある小さな屋敷に追いやられてしまった。
     友人や従者どころか、周囲に住む者もなく、たった1人きりで。
     話し相手はおろか、人の声すら聞こえぬ静寂の地で。
     帰りたい、皆に囲まれて笑っていた幼い頃に戻りたいと願いながら、姫は朽ち果てたという。
     毒姫峠、と呼ばれるその地に細く残る昔話。
    「それがスサノオに呼び起こされちゃったみたい」
     ぺろっと舌を出してから、カノンは仕方ないというように、ふぅ、と息を吐いた。
    「相手はお姫様1人で、武器も持ってないし、攻撃力はさして高くないよ。
     ただ、昔話を元にしたからか、周囲に【毒】を振りまいてるみたい」
     攻撃自体にBSなどのエフェクトはないが、その場に居る全員に毎ターン【毒】が付与される。
     通常のBSと同様にキュアなどで解除できるが、積み重なれば厄介だろう。
    「油断はしないようにね」
     大丈夫だろうけど、とカノンは小さく微笑んだ。
    「で、スサノオはまた見失っちゃって、どこに行ったかやっぱり分からないんだ。
     でも、前にも見たスサノオだし、八鳩くんも同じスサノオを見つけたことがあるみたいだし……
     近いうちに辿り着けるんじゃないかな?」
     だから、とにっこりカノンは笑って。
    「まずは『古の畏れ』対峙、お願いするよっ」


    参加者
    灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)
    鎮杜・玖耀(黄昏の神魔・d06759)
    森沢・心太(二代目天魁星・d10363)
    白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)
    八坂・善四郎(そこら辺にいるチャラ男・d12132)
    白石・作楽(櫻帰葬・d21566)
    クリミア・エリクシール(過去無き魔人・d23640)

    ■リプレイ

    ●毒姫、人の為す
     静寂が佇むその峠に、珍しく3つの人影があった。
     鉄塔の下に広がる何もない場所を、3人は静かに見据える。
    「古の畏れを呼び起こすスサノオ……」
     鎮杜・玖耀(黄昏の神魔・d06759)は、ここを訪れたはずの存在を思い、呟く。
    「どんな思惑があるにしろ、思い通りにはさせません」
     その言葉に、クリミア・エリクシール(過去無き魔人・d23640)がこくりと頷いた。
     ガイスト・インビジビリティ(亡霊・d02915)も包帯の下の瞳を僅かに細めて。
     ふと、その気配を察して振り向く。
    「Klar zum Gefecht」
     振り向いた先も、声が聞こえたのも麓の方向。
     ガイストに倣い揃った3つの視線の先に、スレイヤーカードを解放し、周囲を警戒する灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)を先頭にして、残る5人の仲間達が姿を見せた。
     古の畏れの元となった話に興味を持った5人は、戦いの前に付近での情報収集をしていたのだ。
    「猛毒発生源、和装少女」
     合流した仲間へと、ガイストがぽつぽつと話しかける。
    「少女其の物、内情興味有」
     玖耀とクリミアも興味深そうに向き直るが、しかし白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)は晴れぬ表情で首を横に振った。
    「古の畏れのもとになった言い伝えが実在の人物の話だったかどうかは分かりませんでした」
     まずは端的に結果を告げる。
     ジュンは関連する資料館や碑を探したのだが、そういったものは見つからなかったという。
     図書館を訪れてみた八坂・善四郎(そこら辺にいるチャラ男・d12132)も特に文献は見つけられず。
     聞き込みに回った白石・作楽(櫻帰葬・d21566)達も新たな情報を得ることはできなかった。
    「事実であるにしろないにしろ、遣る瀬無い話です」
     だから、カノンからの話を思い出して、ジュンは悲しげな瞳を峠に向ける。
    「地獄から脱したというに、待っていたのは生き地獄、か……」
     せめて姫の名前を知りたかったと憂う作楽も、ぽつりと呟いて。
    「権謀術中渦巻く政治の世界には良くある悲惨な話ですが」
    「事実、噂同様の毒姫になるとは、なんとも哀れな」
     それを聞きとめ、言葉を続けたフォルケに、作楽は視線を流しつつ目を伏せた。
    「つーか、1人っきりってことは食事もままならなかったって見ていいんじゃね?
     それってフツーにキツいんじゃねっすかね?」
     うわぁ、と声を上げる善四郎は、自分のことのように頭を抱えて。
     戦い辛さを感じてか、悩むように首を傾げる。
     森沢・心太(二代目天魁星・d10363)は、聞き込みでの収穫の少なさに心を痛めていた。
     情報が少ない、というより、その話を知っている者自体が少なかったように感じて。
    「かつての噂はもう無いのに、まだ苦しめられているのですね。あの方は」
     目の前に広がるのは何もない土地。
     そこにぽつりと姫が現れたのを見つけて、心太ははっと息を呑む。
    「生きている時はただの噂だったのが、人外として蘇ってから本当になるとは」
     姫の周囲に感じる違和感。
     それが毒気であると理解して、心太の表情は悲しみに歪んだ。
    「……ん」
    (「毒姫。生まれた訳は悲しい理由だけど……この戦いで散らせてあげるのが情けなのかな……」)
     小さく頷いたクリミアも、複雑な思いを心中に抱えて。
     それぞれの想いを胸に、姫と対峙する。
    「亡くなって昔話になるほど時が経つのに、毒を撒くなんて不名誉な行動を取らせるわけにはいきませんね」
     それでも、いや、だからこそ、偽りの話を打ち消さんとフォルケは解体ナイフを構え。
    「せめて毒姫峠の話に悪い評判がつく前に」
     玖耀の言葉に、心太も、ええ、と頷いて。
    「早く、終わらせてあげましょう」
     そして、灼滅者達は姫へと向かい、地を蹴った。

    ●毒姫、人の思い
    「毒姫退治、開幕」
     訥々と呟いて飛び出したのはガイスト。
    「浄化障壁、展開」
     ビハインドのピリオドと並び、共に仲間の盾となるべく前へと出る。
    「我は刃、牙なき者の祈りなり」
     善四郎もカードを解放しながら、握りこんだ拳と共に姫へと向かい。
    「一期は夢よ。さあ、狂え」
     ビハインド・琥界を伴った作楽の影が、桜吹雪のように舞っていく。
     その中で、凛とした声が響き渡った。
    「マジピュア・ウェイクアップ!」
     眩い光が辺りを満たしたその後に現れたのは、魔法少女コスチュームに身を包み、ポーズを取ったジュンの姿。
    「悲しい伝説のお姫さま、この希望の戦士ピュア・ホワイトがあなたの寂しさを埋めてあげる!
     さあ私達にあなたの本当の望みを聞かせて?」
     それまでの憂いの空気を吹き飛ばすような明るい笑顔。
     つられるように少し笑みを浮かべた心太は、護符を展開する。
    「毒を禁じれば、すなわち害されること能わず」
     言葉と共に前衛の仲間へ向かった護符が狙うのはBS耐性の付与。
     同じメディックの玖耀も、広げたシールドを後衛に向けた。
     姫を毒姫たらしめる、周囲に満ちる毒のBS。
     ジャマーのフォルケも序盤はと、BS耐性をばら撒いていく。
     灼滅者とはいえうかつには踏み入れられないそれに備えるための、防御重視の陣形と作戦だ。
     その援護を受けて、攻撃陣は姫へと向かう。
     肩にあるチャックを開け、コートの右袖外して素手となった腕を前に突き出したクリミアは、
    「でロ……」
     呟きと共に、蒼肉色のキャノンを作り上げた。
    「セんとう……じょウキョう……カいし」
     横に飛び出したグリップを握り、脈動するキャノンの狙いをしっかりと姫に定める。
     善四郎が剣を上段に構えると同時に、ジュンがタイミングを合わせてその脇を駆け抜けて。
    「マジピュア・ハートブレイク」
     剣と同時に振り下ろした杖に魔力を流し込むと、煌びやかな爆発が起こった。
     その爆風を背に、一旦距離を取った善四郎は、再び刀を構えて。
    (「ヤバイっす。日本刀持つと本性出そうになる……」)
     その刀身から目を反らし、ふと、改めて姫へと目をやる。
     雅とは言えないくすんだ和装を身に纏い、艶やかであっただろう長髪を揺らす少女の姿を。
     かつては愛に溢れていた姫。
     かつてはただの道具だった自分。
     いまや孤独に毒を撒き散らす古の畏れ。
     いまや人に混じって人の振りを覚えた自分。
    (「……自分と彼女はどうあれば良かったのだろう」)
     似通っているようで正反対な相手を見据えて、善四郎は胸中で1人呟く。
     だが、その感傷をも振り払い、やるべきことは1つだけと柄を握り直した。
     その間にも、戦いは続いている。
    「黒刃、斬撃」
     ガイストの影が言葉に応じるように黒い刃と成して斬りかかれば。
     クリミアの砲撃が姫を撃ち抜き、よろめかせる。
    「……もっト……しャーぷに……」
     さらに正確にと狙い続けるその前を、琥界と息を合わせた作楽の居合いが走り。
    「マジピュア・オーラブリット」
     明るく響いたジュンの声と共に、色鮮やかなオーラが放たれた。
     続く攻撃は、後方からの支援があってこそ。
    「回復はお任せを」
     笑みを見せる玖耀は、剣に刻まれた祝福の言葉を開放して毒を打ち払い、
    「木気は生命の力にして、大気の運行を司る力です。風をもって、命に害なすものを浄化します」
     心太も毒を浄化せんと、清めの風を呼び寄せる。
     BS耐性付与に注力していたフォルケは、もう充分かと攻撃へと転じて。
     ジュンの動きに向いた姫の視線、その死角を突いて接近すると、
    「……こっちですよ?」
     囁きと同時にナイフを鋭く切り上げた。
     重なる傷に、姫は黒髪を振り乱すように、慌て戸惑うように手を振るう。
     際限なく生み出される毒は絶えることはないが、姫自体の攻撃や体力はさほどではなく。
     終わりの見えた戦いに、心太は静かに語りかけた。
    「ここはもう、あなたの知る時代ではありません。
     あなた自身も、本物の『あなた』ではありません」
     返る言葉はなくとも、届くといいと願いながら。
    「ここにいるのは『あなた』の想いだけです」
    「もう、終わりにしましょう」
     玖耀も瞳に憂いの色を混ぜ、風の刃を解き放つ。
     だが姫は、頭を振りながら傍にいたフォルケへと手を上げて。
    「ヤ……らセ……ナい」
     そこをクリミアの砲撃が貫いた。
    「ピリオド、今、狙い目」
     声をかけ、ビハインドと共にガイストは姫へと切りかかり。
     その動きにフォルケも刃を合わせた。
    「姫、確かに貴女は濡れ衣を着せられたのだろう」
     寂しかったのだろう。悲しかったのだろう。
     傍らに居てくれる琥界を見上げ、作楽はそんな存在がいなかった姫を偲ぶように目を伏せた。
    「しかし、今の貴女は噂通りとなってしまっている」
     再び開いた瞳に強い決意を込めると、その視線に導かれるように影が舞いながら襲い掛かる。
    「なら俺達が、その悲しみごと斬り伏せる!」
     その影すら断つように、善四郎が叫びと共に日本刀を振り下ろし。
     深く切り裂かれた姫を、作楽は静かに見据えて。
    「悲しみを手放し、眠りにつくがいい……」
    「マジピュア・ホーリースラッシュ」
     全てを打ち払うように輝くジュンの剣が、姫の姿をかき消した。

    ●毒姫、人の憂い
     残っていた毒を散らすように風が吹き、峠はまた何もない場所へと戻る。
    「毒姫悲劇、終幕」
     呟いたガイストは、包帯の下でそっと目を伏せた。
     クリミアは、姫の姿のあったその場所へとゆっくりと歩み寄って。
    「かナしいケド……ひめ……モウどくマかなくテ……いイ……」
     言いながらしゃがみ込み、手で撫でるように地面をさする。
     その傍らに心太も膝をついて手を合わせる。
    「どうか静かに、お眠りください」
     2人の姿を見下ろしながら、善四郎は持って来た金平糖を取り出した。
    「ひとりぼっちのお姫様っすか……」
     本当なら寂しかっただろうな、と思いながら、そのお菓子を供えるように置く。
     ジュンも、割れないように気をつけながら、用意してきた土雛のひな人形を差し出した。
     碑か何か、姫に所縁のある場所を特定できればと思っていたけれどもそれは叶わず。
     ならばせめてと、姫を最後に見た場所へと、皆に倣って人形を置く。
    「誰かが共に居るっていうのは……どんな富や地位よりもずっと貴重で幸せなものですよね」
     そんなジュンに微笑んで、人形を優しく見つめてから、フォルケもその場所へと手を合わせた。
     花を手向けた作楽は、静かに黙祷を捧げて。
     ゆっくりと開いた瞳で、再び峠を見渡す。
    「スサノオは伝承を目覚めさせて、何を為したいのだろうか?」
     姿どころか、その尾すら捕らえられていない存在の目的は未だ知れず。
     作楽の視線の先にも、鉄塔がそびえ立ち、無言で電気が行き来するのみ。
     足元で姫に祈りを捧げていた玖耀は、供えられた数々の想いを優しく見下ろしながら立ち上がり。
    「スサノオと決着をつけ、再び参ります」
     姫へと誓いを立てるように、強く、そう語りかけた。
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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