連続組成未遂・狂骨沢

    作者:空白革命

    ●『骨差し狂骨』
     保健委員、狂夷。
     彼女は姉が行方不明になってから数ヶ月、ようやく死体になって発見されたという知らせを受けた。
     遠く離れた土地の、それも治安の悪い道ばたで死んでいたという。
     どこかのスラム街でのたれ死にするような姉だと思っていたが、よもや実現するとは思わなんだ。狂夷はそのように思ったものだが、同時に不思議な違和感を感じ始めるようになる。
     いや、違和感と呼ぶにはあまりに異常すぎただろうか。
     要するにだ。
     『人間が死んでいるのはおかしい』という、名状しがたい概念である。
     それからというもの、近くで死んだ者あれば遺体を盗み出し、破棄された旧校舎保健室にて闇の蘇生術を施す日々が続いた。
     とはいえこの世界、蘇生などない。
     死体は綺麗に起き上がり、元気に駆け回ってくれるものの、所詮は死体に見えない機械を埋め込んで無理矢理動かしているようなもの。
     これでは蘇生とは言えぬ。ただの人形劇ではないか。
     狂夷は最近そう、思うようになった。
     それからだ。
     こんな風にも思っている。
    「私が闇を呑んだなら、生死の神秘に近づけるか……?」
     

     一般人が闇堕ちした事件だとして、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)はここまでのことを語った。
     ダークネス。種別、ノーライフキング。
     死者を司る闇の者どもにして骸の王である。
     これまでは『ダークネスのなりかけ』であったが、今や完全なダークネスになりかけている状態にあるという。
    「名前は『狂骨沢・狂夷(きょうこつざわ・くるい)』。写真はこれだ」
     女子高の制服に白衣を羽織った、死体のように顔色の悪い娘だった。
     頭にドクロのバレッタがついている。双子の姉妹がいたというが、今は亡いとも。
    「彼女は破棄された保健室でアンデッドをいくつも生産し、作業員として運用している。数は10体前後……とあるが、状態の悪いものも多いらしい。数から見るほど高い戦力をもってはいないだろう。問題は狂骨沢自身だ。高い戦闘力と歪んだ死生観。うわべだけの接触でどうにかできる相手ではななさそうだな……」
     複雑そうに語るヤマト。彼は一連の資料をあなたに渡し、後を託した。
    「彼女をどうするかは、おまえが決めてくれ。転生(いか)すも、灼滅(ころ)すもだ」


    参加者
    花凪・颯音(花葬ラメント・d02106)
    烏丸・織絵(黒曜の鴉・d03318)
    雲母・凪(魂の后・d04320)
    銃沢・翼冷(紡がれ・d10746)
    山田・菜々(元中学生ストリートファイター・d12340)
    朱鷺崎・有栖(ジオラマオブアリス・d16900)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    アレン・クロード(チェーンソー剣愛好家・d24508)

    ■リプレイ


     コーヒーブレイクのような時間だった。
     茶飲み話のような、ティータイムのような。
     たっぷりの蜂蜜が入った紅茶をスプーンで混ぜるような、どこかねっとりとした、それでいて甘ったるい、しかしどうしようもなく苦みの消えない、そういう時間だった。
     旧校舎保健室。
     名状しがたい香りの薬品が並ぶ棚を背に、さび付いたパイプ椅子に一人の少女が腰掛けている。
     一体の死体が腰掛けていると表現しても差し支えないような彼女の有様に、朱鷺崎・有栖(ジオラマオブアリス・d16900)は一抹の回顧と哀愁を感じていた。
     死人以上人間未満の顔つき。アンデッドのほうがまだ生気があるようなけだるい仕草。ついでにドクロモチーフのバレッタまで、示し合わせたかのように『彼女の姉』にそっくりだった。
    「つまりこうか?」
     狂骨沢狂夷。嫌に鉄臭いコーヒーを片手に、彼女は頭をもたげた。
    「おまえらは私の姉を殺していて、あの不良女は『マトモな』ゴミ溜めでのたれ死んだんだ。バケモノどもの関わるようなことか」
    「バケモノ。私のこと?」
    「私を含めたここに居る全員だ。実に下らん、さっさと帰れ」
     有栖は木製の丸椅子から若干身を乗り出した。
     ゆっくり掴みかかろうとしていた有栖を、花凪・颯音(花葬ラメント・d02106)は腕で制した。
    「俺は直接関わってはいないですが、彼女の言ってることは本当っす。最後の言葉も聞いています。そして遠因になった俺たち恨む権利が、あなたにはある」
    「知るか。たとえお前が親の不倫相手だとしても興味が無い。そもそも姉も脳や心臓が止まっただけ。死んだと定義するにはまだ早い」
    「……うん? それは、どういう意味?」
     首を傾げた銃沢・翼冷(紡がれ・d10746)に、狂夷は手を翳して言った。
    「『哲学的ゾンビ』は知っているか。人間と全く同じ容姿、そして物質構成をし、臓器を的確に機能させ、血液を循環させ、人間と全く同じ精細なアルゴリズムで反応、動作するアンデッドは生きた人間と呼べないか? そもそも、彼らは医学書上の死亡条件を満たしたに過ぎず、体細胞の活性状態を維持することはできる。死んだとは言えん」
     彼ら。
     そう表現された『物体』は今部屋のあちこちに転がっていた。
     翼冷の足下にあるものもそうだ。
     つい先刻までの戦闘で撃破したアンデッドのなれはてである。
     サイキックの視点から見れば灼滅した眷属体。
     現実視点から見るならばどこかの人間の遺体である。
     歯形でもとっていないことには本人特定の難しいほどに変容してはいるが。
    「俺たちに物理法則や現実医学は通用しないよ。往々にして」
     翼冷は死体から目を離して言った。
     狂夷と同じように手を翳し、そして手首にカッターナイフを当てた。強い力で切りつける。
     彼の手首が狂夷の足下に落ちた。
    「ノーライフキングは生ける死体だ。確かに死なないかもしれないけど、生きてもいない。けれどどうだろう。僕たちは寿命とサイキック以外じゃ死なないんだ。これも生死の神秘じゃないかな?」
    「つまりこういうことか」
     狂夷は自らの手首を自分で掴むと、ペットボトルの蓋を外すかのように捻り外した。
     翼冷の足下にそれを転がす。
    「死ぬほど痛いが。痛いだけだ。ダークネスでも同じことだ。ならば力の強いこちら(ダークネス)の方が、より死ににくいと言えるんじゃないか。そもそもだ、私自身のことなど知ったことでは無い。私はこの力で『死んでいない死体』を製造できるかを試したいだけに過ぎない」
    「なら尚のことっす。ノーライフキングの力で死を生に反転させることはできない。確かに古の技術を探ればそういう手もあるかもしれない。けど、生きて学び取るという選択肢もあるんじゃあないですか」
     颯音の補足に、翼冷も頷いた。
     転がった死体を蹴る烏丸・織絵(黒曜の鴉・d03318)。
     ボーリング玉のように転がった首が茶色い空き瓶の列を押し倒した。
     その様子を、織絵は世にも忌々しそうに見ていた。
    「素材不足なんじゃないか? 探求をやめろとは言わん。だが、今落ちる必要は無いんじゃないのか、ということだ」
    「人のまま学べと? 残念だがこの部屋の中にもう『人間』はいないぞ。お前だって私と似たようなものだろう。なぜ人間に近い所にしがみつこうとする? 私の察したところ、完全なダークネスになったところで人間性が喪われるわけではない。いわば自らへの人体改造だ。身体パーツと精神構造をすべて上位互換のものと取り替えるにすぎない」
    「だとしても、なるのは所詮人形遣いですよ」
     狂夷の置いたカップをちらりと見やって、アレン・クロード(チェーンソー剣愛好家・d24508)は言った。
    「なるなら、灼滅者になりましょうよ。神秘的な現象や、様々なダークネスに近づけますよ」
    「先も言ったが、ダークネスでいることとどう違うんだ? 私自身、灼滅者とはダークネスの下位互換と見ている。そしてその考えは今の話を聞いても変わっていない。その実力で神秘的な現象やダークネスとやらに対応できると思えん。今の私の半分もないぞ」
    「なら、僕の擬死化粧はどうです」
     アレンの足下には死因を変更偽装した死体が転がっていた。
     焼き殺した死体だったはずだが、今は絞殺死体の有様である。
    「それもな。正直私でもできる技術だ。やる必要が無いが」
    「そうですか」
     説得がふるわなかった割には、アレンの態度はけろっとしていた。
     話が通じないならころせばよい、という一種の割り切りが彼のなかで出来ているからだろうか。
    「『覚えておけ。私が生きている限り、死よ、おまえは敵としてやってくる』。知ってる?」
     雲母・凪(魂の后・d04320)は膝で両手を揃えてたずねた。
    「知らんな、グラスホッパーか何かか?」
    「死があるから人生は輝くの。あなたの思想は否定しないわ。でも人間が死んでいるのがおかしいなら、あなたも死んでいてはいけないはずよ。そもそもあなたは、死にたいのかしら?」
    「だから、私の生き死にはどうでも――」
    「お姉さんが自分のあずかり知らない所で死んでしまったから、ですか?」
     ナイフのように差し込まれた深海・水花(鮮血の使徒・d20595)の言葉に、狂夷は語るのをとめた。畳みかけるように囁きかける水花。
    「深い悲しみは感情を麻痺させるんです。分かりますよ。私も『そう』しましたから。でも経験者として言わせてください。いいえ、警告します。かりそめの命を死者にあたえてもむなしいだけ。生前と同じになんて戻らないんですよ。死者に必要なのは、需要と安息なんです」
    「そうっすよ」
     水を向けるように話を繋ぐ山田・菜々(元中学生ストリートファイター・d12340)。
    「ほんとは狂夷さん、お姉さんが死んだって認められないだけなんじゃないっすか? でもあるんすよ、別れは。無駄なんすよ、人形なんて。大切な人と永遠に一緒だなんて、おいらだった思わないこともないっすけどね」
     すっくと立ち上がる菜々。
     狂夷もまた立ち上がり。
     その場で生きているものは全員一斉に立ち上がった。
    「いつか死ぬんすよ、みんな」
    「なら試してみるか。この中からひとり、適当に殺してやる。それでも生きていたら考えてやろうじゃないか?」
     言って、狂夷は白衣のポケットから注射器を取り出した。
    「実験だ。抵抗してみろ、バケモノども」


     音速を超えて飛んできた注射器に、水花は思わず身をすくめた。
     後ろから頭に手を添えられ、払うように引き倒される。
    「じゃまよ、どいてて」
     飛来した注射器をオーラと影業の双方で巻き取ろうとする凪。しかし相手の勢いが強かったのか針の中程までが凪の胸に刺さった。
     庇われたことを察した水花だったが、凪は手を翳して彼女の言葉を制した。
    「いいから、撃って」
    「わ、わかりました」
     転がった勢いで再び立ち上がり、腰から抜いた銃でもって連射する。
     銃弾のうち半分は命中コースに入った。対する狂夷はと言えば注射器の投擲体勢からろくに動いていない。慣性によるゆるいよろめきがあるだけである。
     避ける気のない彼女のこめかみや胸、腹へと容赦なく銃弾がめり込んだ。
     だというのにろくに反応する様子がない。これではアンデッドのほうがまだよく動く。
     そんな彼女の後ろに回り込んでいたアレンが目の色を変えて斬りかかった。
     チェーンソーによる大胆な切りつけである。これもまた回避行動を取る様子が無い。
     肩口にめり込んだのこぎりがそのまま肉と骨を削り始める。アレンは続けざまに影業の大顎を形成すると、狂夷へとおもむろに食らいつかせた。
     狂夷は回避するのがおっくうだという顔でため息をつくと、インスタント注射器を自らの首に突き立てた。それだけで先刻ねじきったばかりの手首から新たな手が生え、こめかみや首から銃弾やチェーンソーが押し出される。
    「回復量が圧倒的ですね」
    「なら押し切るのみっす!」
     ならばと槍によるチャージアタックを仕掛ける颯音。
     彼の突撃に合わせて織絵が赤いコートを広げた。
     内側から巨大な注射器を取り出し、狂夷へととびかかる。
    「善意は方向を変えればいい。悪意は抑えて正せばいい。だが善悪がないのが最も良い。『おはなし』がしやすいからな」
     颯音の槍が狂夷を貫き、更に織絵の注射器がくい打ち機のように胸を貫いた。
    「こんなものか。まあ、そうだろうな。そもそも灼滅者(お前たち)に期待などしていない」
    「これでもっすか!」
     背後から異形化した腕で殴りつける菜々。あまりの衝撃に颯音たちの槍の根元まで身体が滑った。
     そこへサンドするように鬼神変を叩き込む颯音。
     狂夷の身体が見るも無惨な拉げ方をした。
     槍を手で掴み、無理矢理『横向きに』引き抜く狂夷。脇腹があり得ない引き裂けかたをした。
     しかしそれすら些事とばかりにインスタント注射器を更に四本ほど指の間に挟んで抜き、自らに身体に突き刺す。
     それまでの損傷が大幅に復元される。
    「なあ、本当にこの程度なのか? 灼滅者というのは、私をよってたかって叩きつぶすくらいのことが満足にできない生き物なのか?」
     ポケットに両手を入れ、ふらりと歩き出す狂夷。
     たったそれだけの動作で織絵たちの間をすり抜け、少し後ろで控えていた有栖の眼前まで迫ってしまった。
     目を見開き、ロッドを振り込む有栖。
     先刻アンデッドを一撃の下に葬り去った彼女の打撃はしかし、狂夷の顔面を僅かにへこませるだけだった。
     無表情のまま注射器を有栖の首に突き立てる。
     みるみる肌の色を悪くし、目や口から血を吹き漏らす有栖。
    「がっ、ぐ、ふ……」
    「そして少し手を出しただけのこの程度だ」
     さらにもう一本の注射器を打ち込み、思い切りプルを引いた。血液ではない何かのエネルギーが急速に抜き取られ、それを狂夷は自らに打ち込んだ。またも、急速修復である。
     一方の有栖はその場に膝を突き、苦しげに首をかきむしっていた。
     ここでひとつ、述べておくべきことがある。
     灼滅者が力尽きる時、往々にして魂が肉体を凌駕することがある。
     とはいえ、ダーツを的に投げるように狙って出来ることではない。何面あるか分からないダイスを暗闇に向けて転がすような、それはたいそうな運任せである。
     ゆえに。
    「げ……ぐ」
     有栖は自らの吐き散らかした血と何かの混合物のなかに、自らの顔を沈めたのだった。

    「まず一人目だ。おまえたちが続けるなら、私はこいつにトドメをさして完全に殺す」
     有栖に背を向け、ポケットに手を入れる狂夷。
    「選んでいいぞ。女を見殺しにして戦うか、私を諦めて帰るか。……ああ、私がこいつにトドメをさすより早く私を殺してみせるというのもあるな。できるか? できたらいいな?」
     首を傾げてみせる狂夷。
     その様子を、織絵はなぜか愉快そうに眺めていた。
    「どうした。人が殺されるのが楽しくなったのか?」
    「いいや。理論がひっくり返るのが楽しいのだ」
     織絵は両手に武器を持ち、かすれたような笑みを漏らした。
    「灼滅者がダークネスの下位互換。灼滅者にできることはダークネスにもできる。そうかもしれんな。しかしさっきも言ったが、やはり素材が悪いぞ? たとえばそうだな」
     武器の先端で狂夷のほうを指し示した。
    「強く行きたいという魂とか、な」
     目を細める狂夷。
     そして織絵が自分の後ろを指し示していることに気づいて、振り向いた。
     そこには。
    「く、ふふ。くふふ……」
     赤茶色の池に手を突いて、ゆらゆらと身体を起こす女が居た。
     朱鷺崎有栖、である。顔をしかめる狂夷。
    「殺したはずだが?」
    「くふふ、ふ。おもしろいでしょう。幾千年かけても人形遊びしかできないノーライフキング。詭弁で作った道徳観。生きてるフリをする技術。そんなものが生死の神秘だなんてくだらないわ。でしょう? 学園にはね、『こんなの』がごろごろしているのよ。いつかは死者すらよみがえると、思わない?」
    「…………」
     狂夷は顔を片手で覆った。
    「ああ、くそ。前言撤回だ。その前も、その前もか。面倒くさいな、殆ど撤回することになるぞ、これじゃあ」
    「つまり、形勢逆転ですか?」
     肩に剣を担ぎ、アレンは言った。
     両手を頭の上に掲げる狂夷。
    「ああそうだよ。私の負けだ。魂による肉体の凌駕なんてあったら、哲学的ゾンビなんて根本から消し飛ぶだろうが。そういうことなら、もっと知りたい」
     降参状態の彼女を取り囲むように、颯音たちは武器を構えた。
     さすがの彼女でも一斉に攻撃を叩き込まれれば無事では済まない。
    「おい、もしかしたら私はここで死ぬかもしれんから、聞いておくんだが」
    「なんでもどうぞ?」
    「姉は死ぬ直前になんて?」
    「ああ、そんなこと」
     有栖は汚れた髪を指でくるくると巻いて言った。
    「『もっと』」
    「なるほど」
     槍に貫かれ、杭や銃弾を打ち込まれ、影の牙やナイフが突き刺さり、異形の腕で潰され、卒塔婆で首をはねられてから、彼女は言った。
    「業の深いやつだ」

     この日、新しい灼滅者が生まれた。
     狂骨沢・狂夷。
    「特技は死んだ蛙を跳ねさせること。趣味は虫の毒殺。将来の夢は……看護婦さんだ」

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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