●蛟龍
水源からの澄んだ流れが、渓谷を下っていく。
蛟龍川(みずちがわ)と呼ばれる、知る者の少ない谷川である。
その上流付近に、どこからともなく、銀色の毛並みを持つ狼が姿を現した。
額に星形の模様を持つその狼は、付近の林から跳躍すると、細かな砂利が敷かれたような川の岸辺に降り立った。
満月のような二つの瞳が見据えるのは、川を挟んだ、対岸。崖をくり抜いた中に作られた小さな社だ。その社が見下ろす川底には、そこだけ深い淵が口を開けている。
蛟龍(みずち)が棲むと言われる、川の名の由来となった淵である。
社を目印に、その場所を見つけ出した銀色の狼は、谷全体を震わせるような遠吠えを放った。鳴き声が木霊となって響き渡り、余韻を残して消える。
間もなく、地響きと共に、川の水面に波紋が走り始める。と見るや、突如として、対岸の川底、深い淵から青い龍が飛び出した。
蛟龍だ。
尾に鎖が巻き付いた蛟龍は、宙でその身をよじらせると、再び川の淵に飛び込んでいった。跳ね上がった水しぶきが雨のように降り注ぐ。
蛟龍が飛び上がり、淵に隠れる――その姿を見届けると、銀色の狼は役目を果たしたとばかりに川に背を向け、そのまま山奥に姿を消した。
残された川では、川の主の出現を祝うように、何匹もの川魚が飛び跳ねていた。
●序幕
「スサノオが呼び起こしたのは、川の主である蛟龍だったというわけだ」
武蔵坂学園の教室で、琥楠堂・要(高校生エクスブレイン・dn0065)が集まった灼滅者達に事件の説明を行っている。
「既に見聞きしているかも知れないが、古の畏れとは、スサノオと呼ばれる存在によって呼び起こされる怪異だ。同種の事件が各地で引き起こされているのは、承知のことと思う」
要は言いながら、黒板に張り出した地図や写真を手で示して、
「今回の舞台は、蛟龍川と呼ばれる渓流の上流付近。川を挟んで片方の岸が開けた河原になっており、その対岸はそそり立つ崖になっているという場所だ」
河原から見て向こう岸には、崖をくり抜いて、小さな社――祠(ほこら)が作られている。その祠が見下ろす川の底に、蛟龍が棲むとされる深い淵がある。
上流付近と言っても、川の幅は十数メートルほどあり、流れもそれほど急ではない。
水深も淵になっているところ以外は浅く、深いところでも大人が腰まで浸かる程度だ。
「開けた河原を足場にできるためか、この場所は、昔から釣り好きの穴場となっているようだ。知る人ぞ知るポイントと言ったところだろうか」
そのため、このまま放っておけば一般人に被害が及ぶことになる。
「よって、諸君には急ぎ現場に向かってもらい、蛟龍を灼滅して頂きたい。……が、蛟龍は淵に潜んでいるため、単にその場に辿り着くだけでは、戦いには至れない」
そこで、と要は教卓の横に広げていた釣り道具を示した。
「川の主である蛟龍は、川魚を釣り上げる者達に強い害意を抱き、排除しようとする。これは、今回の蛟龍が、人間の自然に対する畏れから生まれた存在であるためだ」
古くから魚を採って生きてきた人々は、自然から命を貰うことに対して、一種の畏れを抱いてきた。その畏れが、川の主である蛟龍の言い伝えを生んだのだ。
それゆえ、この場所で川魚を釣り上げることにより、蛟龍を誘い出すことができる。
「蛟龍が出現した影響か、現場である川の上流付近では、川魚の活性が上がっている。そのため、魚を釣ること自体は難しくない。初心者でもすぐに釣り上げることが可能だろう」
餌は川魚が好むミミズとイクラの用意がある。釣り竿や仕掛けも自前で準備する必要はないが、腕に覚えのある者は道具を持参するのもいいだろう。
しばらく釣りを続けていると、蛟龍が出現し、戦闘となる。
「蛟龍は龍砕斧、マテリアルロッド、ロケットハンマー相当のサイキックで攻撃してくる。戦闘力はかなりのものと思われるが、諸君が力を合わせれば倒しきれるだろう」
要はそこで灼滅者達を見渡して、
「最後に、この事件を引き起こしたスサノオについてだが、その足取りを掴むにはまだ情報が足りない。申し訳ないが、同様の事件を解決していくことで真相に近付ける筈だ」
言うと、要は少し冗談を交えて説明を締め括った。
「僕からは以上だ。諸君の戦果と釣果を期待している」
参加者 | |
---|---|
鬼燈・メイ(火葬牢・d00625) |
天祢・皐(高校生ダンピール・d00808) |
叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779) |
四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240) |
木通・心葉(パープルトリガー・d05961) |
海藤・俊輔(べひもす・d07111) |
樹・由乃(温故知森・d12219) |
龍造・戒理(哭翔龍・d17171) |
●一
透き通る水の流れが、絶え間なく川音をたてている。
水面を横切るように飛ぶ青い鳥は、カワセミだろうか。
その軌跡を目で追った後、龍造・戒理(哭翔龍・d17171)は辺りを見渡した。
川を挟んだ対岸は、切り立つ崖。岩肌が繰り抜かれた箇所には、小さな祠が建っている。その祠が見下ろすのは、蛟龍が棲むという底知れぬ淵だ。
淵の対岸に位置する開けた河原で、灼滅者達が釣りの準備をしている。
鬼燈・メイ(火葬牢・d00625)は、枝に止まった青い小鳥に暫し目を向けていた。高く絞るような鳴き声を挙げて、鳥は水面に突っ込んで行く。
ハッと気付いて見下ろした彼女の足元には、準備途中の釣り竿と仕掛け。
「ええと」
上手い人のものを参考にしようと思ったメイは、同行の灼滅者達に視線を投げた。
「宗嗣さん釣り得意だったよねー。おせーておせーてー」
海藤・俊輔(べひもす・d07111)が教えを請うたのは叢雲・宗嗣(贖罪の殺人鬼・d01779)。
同じクラブの仲間という間柄からか、俊輔は宗嗣が釣りに詳しいのを知っていた。
「仕掛けさえ外れなければ問題ないだろうが、どれ……」
言って俊輔の釣り竿を手に取る宗嗣。
教えて貰っている間も、俊輔は水面で跳ねる魚に目を輝かせては感嘆の声を挙げる。
「釣れるときの釣りほど楽しい物はないですよね」
傍らで準備していた天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)が言うと、宗嗣が手を動かしながら頷いた。
釣りに蛟龍のハントなんて、何だかゲームを実体験しているようだと皐は思う。
やがて全員が道具を整え、それぞれの選んだポイントで釣りを開始した。
「ミミズは流石に触りたくないな……イクラでも釣れるだろう」
大きめの岩に腰掛けて、釣餌を選んでいるのは、木通・心葉(パープルトリガー・d05961)。釣り竿を操り、餌のついた釣り針を水面に投じる。
「気温はともかく、流石に水は冷たいか。深みに踏み込むのは考えものかな」
四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240)は釣りをしながら、周囲の地形を確認するようにポイントを変えていき、
「釣れてるかい?」
そう斎が尋ねたのは、低めの岩に座り、ビハインドの蓮華と釣りに興じていた戒理だ。
「ああ。いつもこうだと助かるんだが」
生活の足しになる、という言葉を飲み込んだ戒理は、配られていた折りたたみ式の魚籠の中に、もう数匹の魚を泳がせていた。
場所によって釣果が違うのは釣りの常で、樹・由乃(温故知森・d12219)は、釣り竿を手にしたまま、景色ばかり眺めている。
「(水神様のために、と言うと変な気もしますが。……それにしても暇ですねえ)」
彼女にとって、川よりも周りの草木が気になるのは道理。冬枯れの落葉樹や葉を保持した常緑樹、岩の間に見える渓流植物など、辺りは観察対象で満ちている。
そこから少し離れた岩の上では、心葉が凛とした表情で釣り竿を手にしていた。時折、穏やかな微風が、心葉の髪を撫でて行く。
初心者に優しいのは釣りの不思議なところで、メイが間を置かずに魚を釣り上げた。
着々と釣果を上げる宗嗣は、扱いの難しいベイトロッドを操り、岩陰にルアーを送り込む。ルアーは小魚を象ったミノー。水中でひらひらと輝きを放つスプーンの用意もある。
「流石ですねぇ」
自らも釣りを楽しみながら言った皐は、足元に飛んできた魚にふと目を向けた。
空飛ぶ魚? いや、違う。
川に入った俊輔がオーラを纏い、熊さながらに魚を舞い上げているのだ。
「……そういうのもアリなんですね」
真似する気は起こりませんが、と苦笑しつつ、皐は打ち上げられた川魚を回収。
すぐ近くにいた由乃は、最早釣り竿を放置して渓流植物の観察に余念がない。
地響きが大地を震わせたのは、その時だ。
真っ先に反応した心葉が釣り竿を置いて立ち上がり、川の深みを睨む。
段々と大きくなる地響きが極点に達した瞬間、高く水飛沫を舞い上げて、青い水龍――尾に鎖が巻き付いた蛟龍が水面から飛び出した。
「うわー」
川に入っていた俊輔が間近でその巨体を見上げる。
「……蛟龍」
戒理が言って倒すべき敵に鋭い目を向けた。
「ああ水神様? 誰か適当に――――なんですって」
我に返って振り向く由乃。
八人の目前で、青き蛟龍が咆哮した。
●二
日本古来の龍。古の畏れである蛟龍は、正にそう呼ぶに相応しい威容を誇っていた。
大蛇を思わせる身体に鋼鉄めいた鱗。牙は剣のように鋭く、瞳は怒りに燃えている。
「随分立派な蛟龍っスねェ……つっても実物なんて初めて見ますケド」
言葉と共にメイが力を解放した。闘気を纏ったその手に握られているのは、二振りの剣。一方は八咫烏と名付けられた日本刀だ。
蛟龍を取り巻き始めた風が、辺りの草木をそよがせる。
「草神様の仰せのままに」
告げて力を開放した由乃が、手にしたガンナイフを蛟龍に向けた。
「さて、早々に倒して釣りの続きをさせてもらうぞ……。一凶、披露仕る」
雨を呼ぶ叢雲のような闘気を纏い、双剣を構えて宗嗣が言う。
瞬間、蛟龍を取り巻いていた風の力は、暴風となって灼滅者達に吹き荒れた。
踏み込むより防ぐ方が懸命。判断を下した心葉、戒理、斎、蓮華が壁となって前に出る。
皐が癒やしの力を含んだ風で前衛を包み、宗嗣と獣めいた闘気――獣爪裂吼を纏った俊輔が飛び出して行く。水飛沫を上げながら駆ける宗嗣は双剣――刃渡り四尺の日本刀と五寸の短刀を駆使して蛟龍の身体に剣閃を見舞った。
「おらー!」
襲い来る尻尾の一撃を跳躍して回避した俊輔が、蛟龍に雷を宿したアッパーをぶつける。
叫んだ蛟龍が頭上に魔力を帯びた黒雲を召喚。雷撃――それが放たれる間際、
「生憎だが、こちらは一人ではないのでね」
心葉の手によるマジックミサイルが蛟龍の動きを止め、続けてメイの斬影刃が巨体を切り裂き、由乃の妖冷弾が追い討ちとなって襲う。
蛟龍が頭上に生じさせた魔力はそれで霧散したが、身震いだけで凍結を打ち払ったその巨体が、周囲の灼滅者達を巨大な尻尾で薙ぎ払った。
直撃を喰らって岸まで吹っ飛び転がった俊輔が、口元の血を拭って立ち上がる。
「きいたー!」
「ちょ、大丈夫っスか」
メイの気遣いに不敵な笑みと頷きを返して、敵に駆けて行く俊輔。
「普段弓は使わないので中々新鮮ですねぇ」
皐が弓を構えて癒やしの矢を俊輔に飛ばす。皐が視線を移した先、浅瀬を蹴った戒理が蛟龍の胴に一閃を描いた。蛟龍の返り血が跳ねる。
「命を貰う事への畏れ、ねぇ。寧ろ奪う側の殺人鬼なんだけど、余計祟られるのかな?」
斎の挑発的な声色が逆鱗に触れたのか、怒声を挙げた蛟龍は、短刀と剣を手に斬りこんで来る斎に痛烈な尾の一撃を見舞った。剣で防ぎながらも弾き飛ばされた斎は、水飛沫を上げながら浅瀬で衝撃を殺し、愉快そうに口元を歪めて、
「ま、戦えるなら何でもいいんだけどね」
宗嗣と俊輔が攻撃に移る中、斎は周囲の地形を確認して、傍らの戒理に目配せした。
それは釣りの段階から戦場に気を配っていた二人にこそ出来た、意思の疎通だ。
察し、頷いた戒理が蓮華に命じ、周囲の味方に声を放つ。
「浅瀬に誘い出すぞ!」
水面を浮遊して蛟龍に迫る蓮華に、メイのビハインドである久遠が続く。踊るような動きで霊撃を見舞う蓮華と久遠は、ひらひらした動きで蛟龍を苛立たせると、すぐ二手に分散、暴風めいた尻尾の横薙ぎを戒理と斎が防ぎ切る。
狙い澄ましたメイが八咫烏を振り抜き、生じた衝撃波が蛟龍を襲った。
心葉と由乃の射撃がそれに続く。
その間も絶え間なく攻撃を続け、蛟龍の体力を削っていく前衛。
苛立ちを爆発させるように蛟龍は尻尾を水面に叩きつけた。
水柱が立ち、凄まじい衝撃波が前衛の灼滅者達を一人残らず吹き飛ばす。
由乃の構えるガンナイフが連続して火を吹き、銃弾が蛟龍の動きを抑えている間、皐が前衛に癒しの風を向けた。
●三
「流石に蛟龍――川の主と言われるだけはありますね」
敵は単体だが、その攻撃力は高く、耐久力も相当なものだ。現に、後衛の射撃を受けながらも蛟龍は自己回復に時間を費やし、身体を守る鱗をより強固なものにしていた。
だが、それで怯む八人ではない。
メイ、由乃、皐の援護のもと、前衛が徐々に蛟龍を岸辺に誘う。
その前衛が蛟龍の高速回転でまたも吹き飛ばされた、直後。
少女の足が浅瀬に踏み入った。
心葉だ。
彼女が振りぬいた剣の一撃が、蛟龍の硬い鱗を衝撃波めいた力で弾き飛ばす。
振り払うような尻尾の反撃は一般人であれば瞬時に血霧と化す暴威。それをロッドと剣で受け止めた心葉は、舞い上がる水飛沫を浴びながら、凄絶な笑みを浮かべて、
「今のは見事だったぞ、古の龍よ。……だが、戦い方を過ったな」
浅瀬に誘い込まれた蛟龍に、心葉を始めとした灼滅者達が一斉に武器を構えた。
「蛟龍、龍になりきれない龍か……空を翔る龍となる前に消させてもらおう」
深淵に潜み飛翔の時を待つ蛟龍は、歳月を重ねて空を飛ぶ龍となる。
有名な伝承に想いを馳せながら、戒理は剣を構えて蛟龍に突っ込む。
浅瀬に誘い込んだ結果、灼滅者達は川の流れに気を取られることなく、蛟龍を包囲し、攻撃を続けることが可能となった。だが、それでも尚、蛟龍の抵抗力は衰えない。
蓮華の霊撃を受けながらも蛟龍が暗雲を呼び、今度こそ雷を落とす。間際、心葉が踏み込んで自らその攻撃を受けた。皐の差し向けた癒しの矢が心葉に力を与える。
「しかし耐えるね、こいつは!」
「蛟龍の名は伊達ではないということか」
斎が剣と、短刀――斎戒を縦横に振るって蛟龍に斬撃を刻んでいく。
挟み撃つように戒理が剣で硬い鱗を弾き飛ばし、蛟龍を深く傷つける。
巨体を振り回して二人を振り払ったその胴体に、俊輔のバベルブレイカーが炸裂した。
悲鳴を挙げる蛟龍。
すぐさま反撃に移ろうとするが、巨体は麻痺したように震え、底の浅い水中で暴れる。
その身体が水飛沫を跳ね上げ――岸に立つ中衛の由乃が予期せぬ被害を被った。
もとい、水を被った。
「ええい、寒い、冷たい! 自粛なさい! 水は草神様に欠かせぬ存在とは言え余り寒いと怒りますよ私! 水遊びは本来夏にやるものといつも言っているでしょうが!」
がーっとまくし立てる由乃。
そして暴れる蛟龍は、水飛沫の間から見た。彼女が銃を構えるのを、だ。
「ああすいません。貴方には初めて言いました」
由乃の構えた銃が冷気を帯びた弾丸を放ち、蛟龍の身体を凍結させる。
もっとも、それで凍死する蛟龍ではない。
一部凍りついた水面を割りながら蛟龍は再浮上。
そこへ心葉がロッドを見舞い、電撃が走ったように蛟龍が震えた。
「これで……!」
決定的な隙を突いて放たれた斎の鋼鉄拳が、蛟龍の胴を直撃する!
蛟龍が目を見開き、その巨体を覆っていた守護の鱗が一斉に弾け飛んだ。
好機と見たメイが蛟龍に真紅の逆十字を刻む。
悲鳴を挙げた蛟龍はのたうちまわりながら、自らの雷撃で自らを打った。
「これは押し切れますね」
皐が影業から漆黒の犬を召喚する。行け、と手をもって命じられた影の犬は、猟犬めいた疾走を見せ、蛟龍の喉元に喰らいついた。
「最後だ……!」
短刀を収め、宗嗣が日本刀――無銘紅・凶星を手に、渾身の斬撃を見舞う。
薄らと紅色を帯びた刀身が、蛟龍の首を切断。
鮮血を吹きこぼす間もなく、蛟龍の身体は光の粒子となって消え去った。
●四
折りたたみ式の魚籠を川面に浸けると、数尾の魚が流れに乗って泳ぎ去る。
釣った魚をリリースしながら、メイは先程までの戦場に目を向けた。
蛟龍による破壊の爪痕は最小限で、崖に作られた祠も破損していない。
戦い方が功を奏したのかと考えつつ、鳥のさえずりを耳にしてメイは静かに安堵した。
風に乗って何やら美味しそうな匂いが漂ってくる。
釣った魚を焼いているのだ。
「食べよーぜー!」
俊輔がメイに手招きする。
焚き火を囲むように、串に刺された魚が植え並べられている。串、調味料、火種、それらを率先して用意してきたのは由乃だ。
「焼き立ては美味です」
火に炙られる魚を眺めながら、由乃の瞳は、今日一番の輝きを湛えていた。
「もう少しで食べ頃だろうか」
宗嗣も馴れた手つきで焼き加減を確認している。
「これも役得というやつですね」
微笑む皐の横では、俊輔が楽しそうに、
「魚食べ放題だぜー! 焼き魚もいいけど刺身とかも食べたーい」
「川魚のお刺身ってどうなんでしょうね」
「火を通した方が無難だろう」
魚の刺さった串を回しながら宗嗣が言う。
彼等の横では、戒理が自前のキャンプ用品――折りたたみ可能なネイチャーストーブで数人分の魚を焼いていた。焼け具合を気にするように、蓮華が時折覗きこんでいる。戒理が良い焼け具合のものを紙皿に載せて蓮華に渡すと、蓮華は物凄い勢いで塩を振り始めた。
「俺は自分でやろうかな……それ」
戒理から魚を受け取った斎が言う。
程なく全員分の焼き魚が出来上がり、それぞれの手に渡った。
「ふむ……悪くないものだな」
焼き魚の載った皿を手にしながら、心葉が周囲の景色、植物を眺める。
春が来れば冬枯れの木々にも緑が戻り、渓流の景色は見事に一変するだろう。
「うめー!」
俊輔が焼き魚にかぶりつき、斎は少食のため少しずつ食べ進める。
メイが香ばしく新鮮な味わいに小さく頷き、由乃も満足げに舌鼓を打つ。
「そういや皐さんって全然水に濡れてないよねー」
「それは偶然ですよ。ええ、偶然」
別にこの寒い時期に川に入るのが面倒とか濡れるのが嫌だったとかそんなわけないじゃないですか――なんて言葉は胸に秘めて、皐も焼き魚を味わう。
先程までの戦いが嘘のような、平穏な一時。
「さてと、残るは片付けですね。ゴミを放置して帰るのは不心得者のすることです」
由乃の言葉に、宗嗣も同意して、
「片付いたら俺は源流行と洒落込もう。もっと奥地まで釣りをしながら行ってみたい」
焚き火を始末して、持ち寄った道具を各々が片付ける。
余った魚は、皐の用意したクーラーボックスで持ち帰ることができた。
撤収作業は滞りなく終わり、灼滅者達はそれぞれの足取りで川を去る。
後に残されるのは、絶え間なく流れる川と自然の景色、崖の中に作られた小さな祠。
そして蛟龍が棲むと伝わる、深い淵だ。
伝承は伝承のまま、蛟龍の川は悠然と流れ続ける。
作者:飛角龍馬 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2014年2月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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