赤き爪のスサノオ~新雪の雪枕~

    作者:日向環


     昨夜のうちに降り積もった真新しい雪が、辺り一面を覆っていた。
     雪雲は過ぎ去り、今は美しい青空が広がっている。
     雪の上に何かがいた。
     新雪に負けないくらい、全身を白で覆われたニホンオオカミ。いや、スサノオと呼ばれている幻獣だ。血のように真っ赤な爪。二本の立派な尾。これまで、3度に渡り事件を引き起こしているスサノオだった。
     スサノオは一軒の民家を見つめていた。
     だがやがて、興味が薄れたかのように顔を背けると、一陣の風と共にその場から立ち去っていく。
     スサノオが立っていた場所の雪が盛り上がる。
     女が現れた。若い美しい女だ。真っ白な着物を身に纏っている。しかし、その帯は血塗られたような無気味な赤色をしていた。


    「赤い爪のスサノオが、また『古の畏れ』を生み出したようなのだ」
     木佐貫・みもざ(中学生エクスブレイン・dn0082)は、ホワイトボードに自作の赤い爪のスサノオのイラストを描く。かなりデフォルメされているが、突っ込んではいけない。
    「今回赤い爪のスサノオが生み出したのは、『雪女郎』という『古の畏れ』なのだ。いわゆる、雪女さんの親戚みたいな感じなのだ」
     真っ白な着物に身を包まれた、長い髪の美しい女性の姿をした『古の畏れ』らしい。
    「近隣の村を襲撃して、幼い子供を攫おうとしているのだ」
     その前に、雪女郎を灼滅しなければならない。
    「狙われる子は分かっているのだ」
     みもざは地図を広げる。
    「この家に住む5歳の男の子なのだ」
     昼日中、堂々と民家を襲撃し、子供を攫っていくようだ。
    「迎撃ポイントは、民家から少し離れたこの雑木林付近なのだ。雪女郎はこの雑木林の前を通って民家に向かうので、ここで待ち伏せするのが一番なのだ」
     前の晩に降った雪が、辺り一面を覆っているが、灼滅者であれば行動に支障はないだろう。
     あまり派手に戦っていると、気になって男の子が家から出て来てしまうかもしれないので、念のための対策も考えていたほうが良さそうだ。
     雪女郎は2匹の雪オオカミを従えているという。
    「見た目スサノオっぽいけど、これはスサノオではないのだ。雪女郎の一部の『古の畏れ』だから、間違えないでね」
     雪女郎は吹雪の吐息や、吹雪の竜巻を主体に攻撃を仕掛けてくるという。時折、雪を纏って傷を治療し、防御も固めてくる。
    「雪オオカミはサーヴァントの霊犬みたいな攻撃をしてくる他、やっぱり吹雪の吐息を吐いてくるのだ」
     雪オオカミは主人の雪女郎を守るべく、常に行動するらしい。雪女郎は僅かに引いた位置から、攻撃を仕掛けてくるという。
    「スサノオの行方はブレイズゲートと同じで、予知がとってもしにくいのだ。だけど、あと少しで元凶の赤い爪のスサノオに辿り着けそうなのだ。頑張って欲しいのだ」
     みもざは激励し、灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)
    普・通(正義を探求する凡人・d02987)
    四津辺・捨六(想影・d05578)
    弓塚・紫信(暁を導く煌星使い・d10845)
    杠・嵐(花に嵐・d15801)
    フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)
    ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)

    ■リプレイ


     上空はどこまでも続く青空。地面は一面の雪景色。
     真新しい雪はさらさらで、時折吹く風によってふわりと巻き上げられている。
     風は冷たかったが、太陽が頑張って日差しを降り注いでくれているお陰で、凍えるほどではなかった。
     とはいうものの防寒対策は大事と、若宮・想希(希望を想う・d01722)はESPの寒冷適応で寒さを防いでいた。
    「今年はどうして寒いところの依頼にばかり縁があるんだか…」
     苦笑すると、想希は想い人の顔を思い浮かべる。風邪などひいて、これ以上心配をかけるわけにはいかない。
     それにしても、赤い爪のスサノオが関係する事件に自分が関わることになるとは、何とも奇遇である。
    「雪オオカミを連れて歩く姿はさぞ美しいのでしょうね」
     弓塚・紫信(暁を導く煌星使い・d10845)は独りごちると、民家とは反対の方角に目を向けた。恐らく、雪女郎はこの方角から来ることになろう。どんなに美しい光景でも、それが人の害となり、なおかつ『古の畏れ』なら倒すのみだと、紫信は気持ちを割り切る。
     自分たちの付けた足跡が不自然にならないようにと、周囲の雪で細工をしていたユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)が、相棒の霊犬のスェーミとともに戻ってきた。
    「飲むか?」
     鈴鹿・夜魅(紅闇鬼・d02847)が紙コップを突き出してきた。暖かそうな白い湯気が立ち上り、甘ったるい香りが鼻孔をくすぐる。ココアのようだ。
     ユーリーが礼を言って受け取ると、夜魅は他の仲間たちにもココアを振る舞う。
     暖かくて甘い飲み物は、気分を落ち着かせてくれる。
    「雪女のお話はよくあるものだけど、この雪女郎はどういういわれの古の畏れなんだろう。ちょっと気になる」
     カイロで指先を温めつつココアを飲みながら、普・通(正義を探求する凡人・d02987)が呟いた。白い息が、ふわっと周囲に広がる。
    「雪女郎と言えば、殺そうとした男に惚れて、正体隠して結婚して子供までできたけど、結局子供残して去っていった話が有名だけど………子供取り返しに来たのか?」
     夜魅が応じた。伝承と同じだとは思えないが、今回のケースはそれに良く似ていると思えた。
    「古の畏れとは初遭遇だけど、都市伝説とはどう違うもんなのかね?」
     普段着の下に更に水着を着込み、防寒対策をしてきた四津辺・捨六(想影・d05578)が、誰にともなく問う。確かに、スサノオが呼び出す古の畏れは、都市伝説の類に近いものを感じる。ただ、都市伝説と決定的に違うのは、古の畏れの事件には必ずスサノオが関与しているという点だ。
     今回の事件を引き起こした赤い爪のスサノオは、これまでに三度の事件を発生させていた。そろそろ尻尾を掴みたいところである。一連の事件に何らかの関係があるのかどうかは、今のところは不明である。
    「……スサノオ……関係……これで……3度目……一般人……守らないと……ね」
     フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)は、これまでに二度、スサノオによって生み出された古の畏れに関する事件に関わっていた。被害を出さぬように尽力しようと、気持ちを引き締める。
     不意に周囲の雰囲気が変わった。
     何かが近付いてくる気配を感じた。
    「来たよ」
     杠・嵐(花に嵐・d15801)が一方を指し示した。真っ白な雪の上を、滑るように移動してくる白い着物姿の女性が見える。あれが、雪女郎らしい。
     直ちに、紫信は殺界形成を展開した。向こうに見える民家に目を向ける。男の子はどうやらまだ家の中にいるようだ。戦いが終わるまで、そのまま家から出ないでほしいと、紫信は心の中で願う。
     灼滅者たちは雑木林の中に身を潜ませ、息を殺して雪女郎の接近を待った。


     雪女郎は一点を見詰めたまま、新雪の上を進んでいた。2匹の雪オオカミが、彼女を護衛するかのように、僅かに前方をゆく。
     雑木林に差し掛かる。
     彼女たちの行く手を遮るように、灼滅者たちが飛び出してきた。
    「どういう謂れがあるのかは知りませんが、白昼堂々民家を襲撃し子供を攫うなんて見過ごせません」
     想希の背後に見える民家に、チラリと視線を向ける。男の子に気付かれないうちに、全ての決着を付けねばならない。
    「Hope the Twinkle Stars」
     紫信は解除コードを口にする。
    「あなたを待ってました……」
     ガトリングガンを構えると、男らしいオーラが体を包んだ。
    「あたしはあたし、あたしはあらし」
     嵐も解除コードを呟く。直後、サウンドシャッターを展開した。
    「お会いできるのは光栄ですが、悪事は見逃せません。例えそれが、貴女の生き様だとしてもね」
     ユーリーは優雅に腰を折った。
     雪女郎は無言のまま、冷たい視線を灼滅者たちに向けた。氷のように無機質な、全てを凍て付かせるような鋭い瞳。
     邪魔者は排除する。
     その瞳は、そう語っていた。
     彼女の意志を感じ取り、雪オオカミが臨戦態勢をとる。
    「くたばんなよ、お前ら」
     前列にいる4人に対し、嵐がワイドガードを展開した。
     捨六が素早く立ち回り、雪オオカミの体に軽く触れて回った。彼に触れられた箇所が、急速に凍り付いていく。
     想希は雪女郎の懐に飛び込むと、黒死斬をお見舞いした。仲間たちが雪オオカミを排除するまでの時間、彼が雪女郎を抑え込む役割を担っていた。
    「そっちは任せた!」
     夜魅は想希に一声掛けると、猛然と雪オオカミに突進する。繰り出すは強烈な鬼神変だ。
     直撃を食らった雪オオカミが、短い悲鳴を上げる。
     フィアも前線に飛び出すが、一瞬躊躇する。特に攻撃目標も定めずに前に出た為に、何を優先すべきなのか迷いが生じたためだ。
     飛び掛かってきた雪オオカミの氷刀が、ワイドガードの守りを粉砕しつつフィアの腕を斬り裂く。夜魅の攻撃を食らった雪オオカミが、それを追撃する。怯んだフィアに吹雪の吐息を吐き付けた。
    「スェーミ!」
     雪女郎を攻撃し、想希のフォローを行っていたユーリーが、スェーミに指示を飛ばす。スェーミは負傷したフィアの前に飛び出し、彼女を庇うように陣取った。
     通は迷った末に、雪女郎と対峙してダメージの大きい想希の治療を優先した。彼が倒れてしまうと、作戦そのものが崩壊しかねない。
     見たところ、雪女郎の力は想希とほぼ同等だ。ユーリーがフォローしてくれているお陰で、比較的有利に戦闘を展開している。
     時折、雪女郎は民家の方を気にする素振りを見せる。
    「余所見はさせませんよ」
     だが、巧みな行動で、想希が注意を自分へ引きつけた。
     雪女郎は、目の前にいる邪魔者の排除を優先する。
     強烈な吹雪の吐息が、想希の体を凍て付かせる。
    「これしきの氷でひるむと思いますか?」
     それでも怯まず、想希は立ち向かった。大丈夫、寒くはない。側にいなくても、君がくれたもので守られているから。
     想希は手袋ごと、指輪を握り締めて雪女郎の猛攻を耐える。

     通は戦場全体を見渡せる位置にいるので、状況に応じて的確に味方に治療を施していた。
     今現在、厄介なのは雪オオカミの方だった。攻撃力こそそれ程高くはないが、お互いに連携して攻撃を仕掛けてくるので、ひとたび狙われると予想外の深手を負ってしまう。
     雪女郎の守りに行かせてなるものかと、捨六が雪オオカミの気を引くように動く。
     捨六のその動きに、1体の雪オオカミが釣られた。
    「綺麗な音を聞かせろよ」
     この時を逃すかと、嵐はチェーンソーの音で鴛海を刻み、催眠の歌を口ずさむ。小気味よい旋律が、雪オオカミを永遠の眠りに就かせた。
     残った1体が、嵐に飛び掛かる。それを、スェーミが防いだ。
    「悪いな」
     動きの止まった雪オオカミの背中に、捨六は狙いを定めて尖烈のドグマスパイクを叩き込んだ。
     甲高い悲鳴を上げ、雪オオカミは消滅する。
     直後、周囲の温度が急激に低下したような錯覚を受けた。
     可愛い下僕を葬られ、雪女郎の怒りが頂点に達したようだ。
     恐ろしいほどの狂おしき笑みを浮かべて、雪女郎は灼滅者たちを見回した。
    「お前も無理矢理起こされて災難だな。……安心しな、すぐまた眠らせてやるよ」
     嵐は武器を構え、雪女郎の眼前へと歩み出る。


     雪女郎の目的はただひとつ。
     あの民家に住む男の子を連れ去ること。
     雪女郎は強引に突破を試みるも、それを灼滅者たちが許すはずもない。
    「彼は攫わせません。さぁ、古の世界へお帰りください!」
     紫信がブレイジングバーストを放つ。それを雪女郎は吹雪の吐息で打ち消した。
     灼滅者たちは攻撃を畳み掛ける。
     想希が仕掛けると、通、捨六、嵐が呼吸を合わせ、同時に攻撃を叩き込んだ。
    『!!』
     雪女郎は声にならない悲鳴を上げる。
     だが、雪女郎も黙ってはいない。僅かに遅れた夜魅のフォースブレイクをするりと躱すと、続いて放たれたユーリーのブレイジングバーストも回避した。
     2人の攻撃を避けることに成功した雪女郎は、吹雪の竜巻で反撃してきた。前列にいた者たちが、凍て付く竜巻に飲み込まれる。
     開戦から雪女郎の抑え役として頑張っていた想希が、手痛いダメージを食らって膝を突く。
    「大丈夫ですか? 今、回復します!」
     指先に集めた霊力を放ち、通が傷を癒してくれた。
    「この先に居るのは、お前の子じゃねーだろ」
     嵐の放つズタズタラッシュが、雪女郎の着物を切り裂く。
    「残念だがあの家の子は、お前の子じゃないぜ!」
     夜魅の鬼神変が唸る。
    「折角、暖かくなってきたところだしとっとと土の下にご退場願おうか」
     捨六が大きく踏み込み、八つ当たり気味の尖烈のドグマスパイクを炸裂させた。2月の大雪で大変な苦労を強いられたからだ。この雪女郎とは全く関係のない自然の猛威なのだが、八つ当たりでもしなければ腹の虫が治まらない。
     フィアのDMWセイバーが続く。
     攻撃に転じたスェーミと、ユーリーが息を合わせて攻撃を叩き込んだ。
     雪女郎は吹雪の衣を纏って防御の体勢を取るが、逆にこの行動が負のループへの入り口となってしまった。
     灼滅者たちの度重なる猛攻の前に、ついて新雪の中に崩れ落ちた。
     恨めしそうな視線を灼滅者たちに向けると、雪女郎は雪の結晶と化し、四散していった。


    「悪いな。雪ん中じゃこんな花しかなかったよ」
     雪女郎が倒れた雪の上に、嵐は赤い花を添えた。それは嵐が、彼女のために探した送り花。
    「守れてよかったです」
     ホッと一息吐くと、紫信は殺界形成を解除した。
     歓声が聞こえた。男の子の声だ。
     目を向けると、民家の玄関から5歳くらいの男の子が元気良く飛び出してきて、真新しい雪を蹴散らしながら楽しげな声を上げていた。自分たちが命懸けで守った男の子だ。
    「じゃ、帰ろうぜ」
     自分たちの仕事は終わった。夜魅は両手を頭の後ろで組みながら、仲間たちにそう声を掛けた。
    「寒い~! 戦いでかいた汗が冷えて、すっごい寒い! は、早く帰ろう!」
     通が寒さに震えだした。仕方ねぇなと、夜魅は残っていたココアを通の為に振る舞う。
     はしゃけでいる男の子を微笑ましく見ていた捨六が、くるりと踵を返した。
     恋人が待っているからと、フィアも帰り支度を始めた。
     想希は眼鏡をかけ直すと、小さくくしゃみをした。早く帰って暖まらないと、本当に風邪を引いてしまいそうだ。
    「土地の力を実体化させるスサノオか……」
     真っ白な雪の上に置かれた赤い花を見つめて、ユーリーは呟く。
    「君たちは一体何を探しているというのだ」
     開かずの古き小箱から始まった、赤き爪のスサノオにおける4つの事件。それらに何か繋がりがあるのだろうかと、ユーリーは思いを巡らす。
     赤き爪のスサノオは今どこにいるのか。次はどんな古の畏れを生み出すつもりなのか。
     そして自分たちは、赤き爪のスサノオに近づけているのだろうかと。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ