無常なる時の中で

    作者:星原なゆた

    「お兄ちゃんの嘘つき!!」
     兄の部屋にやって来た春香は、そう叫ぶと兄である高柳・昭人(たかやなぎ・あきひと)に向かってサッカーボールを投げつけた。どうやら春香は、約束を破った兄にひどく腹を立てているようだ。
    「しょうがないだろ! サッカーの試合と重なっちゃったんだから!」
    「だって、その日はずっと前から春香のピアノの発表会だったもん! お兄ちゃん来てくれるって言ってたもん!」
     そう言って泣きじゃくる小学2年。そんな事を言われても、昭人だって約束を破りたくて破っているわけではない。サッカーの試合は、いつもなら予選落ちのはずだった。でも今回は調子が良くて、すごく順調で……。
     初めて昭人の中学校が優勝できるかもしれない状況なのだ。
     そう、これは滅多にないチャンスだった。だからかもしれない。この時の昭人は普段とは違っていた。いつもなら、歳の離れた妹の癇癪に呆れはすれど、こんな風にイライラなんてしなかった。
    「お兄ちゃんの嘘つき! 嘘つき嘘つき!」
     春香がそう言いながら昭人のジャージを投げつけてくる。続いてスパイクシューズが宙を舞う。
    「うわ……ッ、バカ! 危ないだろッ!」
    「お兄ちゃんは春香とサッカー、どっちが大事なの!?」
    「そんなのサッカーに決まってるだろ!!」
     昭人は勢い任せにそう言った。売り言葉に買い言葉。発した言葉に深い意味なんて無かった。
     目に映るのは、プクーッと頬を膨らませた春香の姿。
    「お兄ちゃんなんて、大っ嫌い!!」
     そう吐き捨てると春香は家を飛び出した。
     少しして、昭人の耳をつんざかんばかりのブレーキ音が鳴り響いた。直後、鈍い衝突音が耳へと届く。
     その瞬間、昭人は家の傍に大きな道路があったことを思い出す。
    (「まさか……」)
     嫌な予感がした。
     自分の予感が外れていることを必死に祈りながら、昭人は家の外へと足を運んだ。
     救急車を呼ぶ声、人の群れ。信号が青になっても進む気配のない車の列。その異様な光景は普段の大通りとは似ても似つかないものだった。
    (「……まさか……まさか……」)
     昭人は無我夢中で人だかりをかき分け、その中心へ進んでいく。しかし、やがて開けた視界の先で待っていたのは、昭人を絶望へと追いやる光景だった。
     赤い海。その真ん中で、糸が切れたマリオネットのように春香は横たわっていた。おおよその人ならば、もうすでに命は無い。そう見て取れる姿だった。
    「……は……る? おい……嘘、だろ?」
     だって、ついさっきまで春香はすごく元気で。ボールとか投げつけてきて。ああ、そうだ。俺達、喧嘩して、春香はそのまま……。
     昭人は力無く崩れ落ちた。世界は色を失い、全てが作りもののようだった。
     慟哭(どうこく)。昭人は人目もはばからずに泣き叫んだ。喧嘩別れした妹は、もういないのだ。
     やがてその嘆き声は獣の遠吠えへと変わり、その身は炎をまとう獅子のような姿へと変貌していた。

    「現在、一般人が闇堕ちしてダークネスになる事件が発生しようとしています」
     園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)は教室に入ると、灼滅者達を見渡しながらそう言った。
     通常ならば、闇堕ちしたダークネスは、すぐさまダークネスとしての意識を持ち人間の意識はかき消えるのだが、彼は元の人間としての意識を遺しており、ダークネスの力を持ちながらも、ダークネスになりきっていない状況なのだと、槙奈は言う。
    「対象者は高柳・昭人、中学生です。彼は喧嘩中だった妹さんが事故死したのを目の当たりにし、心に深い闇を抱えてしまいました」
     今、彼はイフリート姿で町をさまよっている。今から向かえば、オフィス街の一角にある公園で、さまよう彼と遭遇できるだろう。幸いな事に被害者はまだ出ていない。わずかに残る昭人の心が、ギリギリの所でダークネスを押さえつけているのかもしれない。
    「みなさんには……もしも彼が灼滅者の素質を持つのであれば、彼を闇堕ちから救い出していただきたいのです。……でも、もし、完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に……灼滅をお願いします」
     槙奈は苦しそうにそう告げた。
     イフリートになりかけている少年は、その不完全な状態ゆえ、本来のダークネスよりも戦闘能力は低めだ。力の制御が上手くできないためか、攻撃方法はバニシングフレアのみだという。
    「みなさんなら、油断さえしなければ彼を倒すことは難しいことではないでしょう。でも、もしも可能なら……、彼を絶望から救い出してあげてほしいんです。みなさん……どうか、よろしくお願いします」
     槙奈はそう言うと、灼滅者達に深々と頭を下げたのだった。


    参加者
    紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666)
    土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)
    天雲・戒(紅の守護者・d04253)
    ヘキサ・ティリテス(ファイアラビット・d12401)
    エシュア・リヒテンシュタイン(仮面ブルマーウィザード・d13892)
    春夏秋冬・初衣(泡雪ソネット・d15127)
    漁火・涼(火之夜藝速・d19999)
    小崎・綾(ダブルアクション・d23329)

    ■リプレイ

    ●さまよえる炎獣
     オレにも小学生の妹がいるからな……、他人事とは思えねぇ。もし昭人と同じ境遇に立たされたら、オレも闇堕ちしてたかも……。
     これが、この依頼を受けた時の漁火・涼(火之夜藝速・d19999)の正直な感想だ。実妹の死。それを目の当たりにして平常心でいられる自信など涼には無かった。
    「アキヒトってーの、サッカーがんばってたんだろ? イモウトがすきだったんだろ? ぜってーのぜってーに、すくいだすからな!」
     エシュア・リヒテンシュタイン(仮面ブルマーウィザード・d13892)がそう言うと、土御門・璃理(真剣狩る☆土星♪・d01097)も力強く頷いた。
    「闇に堕ちそうな少年の心……これを救わずして何の為の灼滅者か! 正義の魔砲少女・真剣狩る☆土星、兄妹の絆の為に頑張るですよ♪」
     昭人との接触前に妹の遺体を確保する事は叶わなかったが、何事も全力でいけば何とかなるはず! と璃理は前向きだ。その隣では紫月・灯夜(煉獄の殺人鬼・d00666)が、険しい表情で目を閉じた。
    (「家族の事故死を目の当たりにしちゃそりゃ堕ちるわな。俺だったら加害者殺してそのまま灼滅されるわ」)
     灯夜は自分の大切な人の死を想像し、その拳をきつく握った。
    (「……ま、救うつもりだが、このまま灼滅させた方が楽なのかもしれない。どっちにしても、第三者のエゴでしかないけど」)
     昭人がどうしたいか、どうなりたいかなんて、他人にはわからない。俺はただ最善を尽くすのみだ。
     灯夜はそう決意し、目を開ける。その紫の瞳には強い意志が宿っていた。
     それぞれの思いを抱え、8人の灼滅者は少年が来る予定の公園へと足を運んだ。昼時を過ぎたオフィス街の公園ということもあり、広い公園内に人影はまばらだった。
     春夏秋冬・初衣(泡雪ソネット・d15127)は、なるべく人が来ないようにと公園の入口に立ち入り禁止の看板を置きながら、件の少年について考えていた。妹と喧嘩別れしたまま死別した少年。母親と和解できないまま死別してしまった初衣には、他人事とは思えなかった。
     どうしても彼を助けたい。助けなきゃいけない。
     初衣は必死に彼が救われる道を模索していた。

    ●せめぎあう心
    「いたよ! ほら、あそこ!」
     公園内で、フラフラと彷徨うイフリートを小崎・綾(ダブルアクション・d23329)が発見した。
    「ンじゃ、いっちょ始めっか!」
     ヘキサ・ティリテス(ファイアラビット・d12401)の合図と共にエシュアが殺界形成を発動、璃理がサウンドシャッターを施し、一般人の立ち入りを防ぐ。灯夜は仲間に説得を任せ、その様子を静かに見守ることとした。
     最初に声をかけたのは初衣だった。初衣はイフリート姿の昭人にゆっくり近づくと、炎が揺らめくその体に優しく触れた。
    「昭人、さ、ん……あな、たの、い、もうと、さ、ん、は、き、っと、もっと、ち、がうこ、とば、を、つたえ、たか、ったは、ず、です。だ、から、かえ、ってき、ま、しょ、う……?」
     昭人は小さく唸りながら初衣を見つめる。
    「ヴゥ……、イ……モウ、ト?」
     唸り声に紛れながらも、確かに昭人はそう言った。
    「オレにも妹がいるからお前の気持ち、痛いくらいわかるぜ……でもな、お前以上に悲しんで、苦しくて、悔んでるのは亡くなった春香ちゃんだ」
     涼が言う。同じ『兄』だからこその言葉だった。妹の名に昭人が反応する。
    「ハル……カ、オれの、セい……」
     昭人が苦しそうに言葉を発する。
    「しんだ……は、ルか……」
     昭人の体を覆う炎が不安定に揺らぐ。妹を失った悲しみ、己への怒り、過ぎてしまった過去への後悔。様々な感情が入り混じり、昭人の炎は強く、大きくなっていく。
    「違う! あれは昭人のせいなんかじゃない!」
     天雲・戒(紅の守護者・d04253)が言葉を発した。
    「春香はピアノの発表会に来て欲しかったんだろ? それだけお前の事が大好きだったんだ。そんな春香が昭人の事を恨んだりするものか」
     戒は過去に闇堕ちしかけていた少年少女を救い出したことがある。
     彼らは、突然の不幸により心の深淵に飲み込まれそうになっていた。けれど、その悲しみを乗り越えることで灼滅者として覚醒し、学園に転校してきた。できることなら、昭人も妹を失った悲しみから立ち直って欲しいのだ。
    「君には2つの選択肢がある。絶望のままに怪物になるか、それとも絶望を乗り越えて人間になるか、選ぶのは君だよ」
     そう言ったのは綾だ。
     どんな形であれ、別れはつらいし、悲しくなる。けれど、残された人は去って行った人の分も生きなければいけない。それが兄妹ならなおさらだ。それが綾の心情だった。
    「オマエ、大切なヒトを失っちまったンだってな……。気持ちは分からなくもねェよ。オレだって大切な家族が消えちまったら、きっと狂っちまうけどよ、今ここで燻っててどうなるってンだ? 妹が戻ってくるワケじゃねェ、元通りになるワケじゃねーだろォが!」
     ヘキサが昭人に活を入れる。人と獣の狭間でせめぎあう昭人の心が、不安定に揺れ動く。
    「う、うう……ぅあああああアアアアッ!」
     昭人の炎がより一層火力を増した。獣の本能を剥き出しにして、昭人はヘキサ目掛けて駆けて来る。
    「自分で止められねーなら、オレたちでテメェを止めてやる! 現実を受け入れられねェっつーなら――」
     ヘキサは瞬時に掌からシールドを展開した。
    「――喰い千切ってやるぜ、テメェのその意思を!!」
     その言葉とほぼ同時に昭人が激しい炎を放った。 

    ●光のある方へ
     ヘキサは足のレガリアをスピンさせつつ昭人の炎を受け止めた。
    「熱くねーぞ……燻ってるだけの、今のテメェの炎じゃなッ!」
     ディフェンダーを襲った昭人の炎だったが、戒と2体のライドキャリバー、戒の竜神丸と綾の流星号も大きなダメージは無いようだ。
     これ以上、非武装での説得は無理だと判断した灯夜は、躊躇うことなくフリージングデスで昭人を攻撃した。続いて璃理が糸の結界を張り巡らせ、昭人の攻撃を抑制する。我を忘れた炎の獣が前脚を払い、再び炎の海を作り出す。
    「だ、れも、こん、なこと、のぞ、んでい、ませ、ん…」
     初衣は日本刀で月光衝を繰り出しつつも、消え入りそうな声でそう言った。
    「お前は春香ちゃんの分まで生きろ! 戻ってこい、昭人!」
     涼も森羅万象断で炎獣を押さえ込みつつ、接触テレパスでの説得を続ける。昭人は力が暴走しているのか、不安定な炎をまき散らかしながら暴れ回っている。
    「なーなー、アキヒト……めをさましてくれよー……」
     エシュアがご当地ダイナミックを繰り出しながら悲痛な声でそう言った。その目には、今にも零れ落ちそうな涙の海ができている。
    「じつのイモウトがしんじゃうとか……あたしもかんがえただけでナミダが、でちめーよ?」
     エシュアがえっくえっくと大きな瞳にいっぱいの涙を溜める。今にも『うあーん!』と泣き出しそうなその姿に、炎獣の瞳が小さく揺らいだ。
    「……ハル、カ?」
     混沌とする昭人の意識。その不安定な意識の中で、妹の幻を見たのだろうか。奇しくも、亡くなった妹はエシュアと同い年だ。
    「ハ、ルか……なく、な……」
     獣の姿で、それでも必死に『泣くな、泣くな』と繰り返す。今もなお、昭人の妹を想う心は消えていないのかもしれない。
    「昭人、聞こえてるか? お前が心の闇に囚われて人間をやめる方が春香は悲しむんだぜ。お前、大切な妹を悲しませてもいいのかよ?」
     戒が言葉を紡ぐ。それに昭人が反応を示した。
    「はルか、かナ、シむ……」
     それは駄目だ、嫌だ、とでも言うように、昭人は首を振る。
    「だから、こっちのあかるいせかいへ! かえってこい! こっちには、あかるいセイギのほのおがまってるぞ!」
     エシュアが言う。
    「戻ってこい、昭人!」
    「かえ、ってき、ま、しょ、う……?」
     涼と初衣も言葉をかける。
    「ほら! みんなまってるぞ! あたしも!」
    「オレだって待ってンだぜ?」
    「わたしもです!」
     エシュアの一生懸命な声かけに、ヘキサと璃理も言葉を重ねた。そんな中、事の行く末を静かに見守っていた灯夜が昭人に向かって問い掛ける。
    「最後に決めるのはお前自身だ。答えはすでに出ているんだろう?」
     その問いが、昭人の瞳に強い意志を宿した。
    「オレ、ハ……おれ…は……戻り、たい……ッ!」
     昭人がそう言い放ったと同時に、綾が一気に間合いを詰める。
    「よく言った! 救うよ、絶望なんてさせやしない!」
     綾はそう言うと昭人の中で暴れ回る炎獣を倒すべく、一瞬にして抜刀した日本刀で昭人の体を斬りつけた。綾の一撃により倒された昭人の体が、まばゆい光に包まれる。やがてその光が消えると、昭人は人の姿に戻っていた。

    ●過去は変えられなくとも
    「めーさましたか? おはよ!」
     目覚めた昭人が最初に見たのはエシュアの無邪気な笑顔だった。昭人は体を起こすと周りを見回した。そこには、絶望の中でおぼろげに見た顔が並んでいる。
    「夢じゃ、ないんだな」
     己が獣になっていたことも。妹が死んでしまったことも。
    「喧嘩なんて、しなければよかった……」
     昭人はそう呟くと顔をゆがめた。
    「けんか、わ、かれ、は……つら、いので、す……」
     初衣が苦しそうに呟いた。その言葉に昭人は何も言えなかった。あの時、どうしてあんな事を言ってしまったのか。後悔だけが募っていく。
     そんな今にも泣き出しそうな昭人を見かねた戒が、おもむろに口を開いた。
    「だったら、今から確かめに行こうぜ」
     今の昭人には、前へ進むための後押しが必要なのかもしれない。戒はそう感じていた。
     昭人が親と連絡を取る事で春香の居場所はすぐにわかった。春香は病院の霊安室で永い眠りについていたのだ。
    「ここ、で、いっ、しょに、ま、ちま、しょう」
     霊安室の中に入れずにいる昭人を初衣と戒が支えて外で待つ。その間に他の仲間は霊安室へと入っていく。室内は白を基調としたシンプルな内装で、不気味な薄暗さは無かった。
    「うあーん……かわいそうだよー」
     ベッドに寝かされている春香を見て、エシュアが大粒の涙を零す。その体には包帯が巻かれており、とても痛々しかった。
    「初めて使うのでドキドキですね。さあ、やりますよ!」
     璃理は気合いを入れると走馬灯使いを発動させた。春香の肉体が生前の状態へと変化していく。青白かった肌に血の気が戻り、穏やかな呼吸をし始める。やがて、何事も無かったかのように春香は目覚めた。
    「お兄ちゃんのお友達?」
     春香は不思議そうにそう言うと、灼滅者達を見回した。
    「ああ、そうだ」
     春香に見つめられた灯夜が短く答える。
    「驚かせてごめんな、春香ちゃん」
     涼がゆっくりとベッドに歩み寄り、優しく春香に声をかけた。
    「オマエしか今のアイツを救えねェんだ」
    「ハルカとなかなおりできねーと、アキヒトがずっとションボリのメソメソになっちめーんだよ……」
    「仲直り?」
     ヘキサとエシュアの言葉に春香が不思議そうな顔をした。それに違和感を覚えた綾が春香に声をかける。
    「ねぇ、春香ちゃんはお兄さんと喧嘩したこと、覚えてる?」
    「……喧嘩?」
     事故当日の記憶が曖昧なのか、春香は首を傾げて『わからない』と答えた。そんな少女を見た涼は、自分の妹がこの少女と同じ立場だったらと思うと、胸が締め付けられた。しかし、事実を伝えなければ、彼女に仮初の命を与えた意味がない。涼は意を決して口を開いた。
    「オレ達がこれから告げる事実に春香ちゃんはすごくショックを受けると思う。でも、君のお兄ちゃんのためだと思って聞いてほしい」
     涼は優しい声音でそう言うと、なるべく春香が傷つかない言葉を選びつつ『高柳・春香』の死を伝えた。けれど、どんな言葉を用いても悲しい事実は変えられない。案の定、話を聞いた春香はひどく動揺し、ベッドの上で泣き崩れた。
     そんな中、この悲痛な空気を破ったのは璃理だった。
    「妹さん! 今、あなたのお兄さんが苦しんでいます。悲しんでいます。あなたの死をなかったことにはできませんけれど、最後にあなた達の喧嘩を仲直りさせることはできます」
     真摯な眼差しで璃理が言う。
    「喧嘩別れしたまま、もう二度と会えなくなるなんて悲し過ぎます。どうか、あなたの言葉で救ってあげてください。あなたのお兄さんに対する本当の想いを伝えてください」
     璃理の言葉に春香は泣きじゃくりながらも強く頷いた。その様子を見ていた灯夜は、霊安室の外で待つ3人を呼んだ。戒と初衣に支えられながら、昭人が霊安室に入ってくる。
    「お兄ちゃん」
    「……春香」
     昭人の目に映るのは、生前の春香そのものだった。その体に巻かれた包帯だけが、起きた悲劇を物語っている。
    「昭人! しっかり春香ちゃんと向き合え! 春香ちゃんに言いたい事、たくさんあるだろ!」
     その場に立ち尽くしている昭人に向かって涼が言った。涼の言葉に後押しされた昭人は、ゆっくりと春香の元へ歩み寄る。
    「ごめんな、春香。全部、全部、俺のせいだ。俺が春香との約束破ったから……」
     昭人の目から必死に堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出した。
    「ううん、ちがうの。春香がいけなかったんだよ。だって春香、お兄ちゃんがサッカー頑張ってるの知ってたもん。知ってたのに……ごめんなさい」
     春香は昭人にギュッと抱きつくと大粒の涙を零す。
    「ごめんね……お兄ちゃん。本当は……本当はね、大好き、だよ……」
     徐々に弱くなる春香の声音。その声を聞きながら、昭人も必死に言葉をかける。
    「春香……ッ、俺も好きだよ、大好きだ……ッ」
     その言葉を聞いて微笑んだ春香は、そのまま眠るように息を引き取った。この一件を自分のことのように感じていた初衣は、すすり泣く昭人の傍にそっと寄りそった。
    「な、かなお、り……で、きま、した」
     初衣の言葉に昭人は何度も頷くと、溢れる涙を拭い、灼滅者達へと体を向けた。
    「皆さん、本当に……本当に、ありがとうございましたッ!」
     深々と頭を下げる昭人。そんな昭人に8人は笑顔を向ける。
    「困ったトキはお互いサマってーンだ。ま、気にすンな」
     ヘキサの言葉に昭人は泣き笑いを浮かべた。そんな昭人に戒が手を差し伸べる。
    「俺は戒。昭人の先輩だよ。学園に来ないか? 歓迎するぜ」
    「君が望むなら、私達はいつでも力になるよ」
    「あたしにも、サッカーおしえてくれよな! ゆびきりげんまん!」
     そう言うと灼滅者達は昭人に武蔵坂学園のことを詳しく説明し始める。そんな中、涼は言いようの無い悲哀を感じていた。今回の件で大切な人を突然失う怖さを思い知ったからだ。
    (「帰ったら、妹とたくさん話そう……」)
     今まで気恥かしくて言えなかった事も、今なら言えそうな気がする。
     涼はそう心に決めると、仲間の輪へと入っていった。輪の中では、ちょうど昭人が新たな道を切り拓く決意をしたところだった。

    作者:星原なゆた 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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