お屋敷の猫武人

    作者:斗間十々

     オオカミは歩く。
     静かな夜中に歩く人影もおらず、見咎める者も居ない。
     小さな町には不思議と、犬も、猫も居なかった。
     そのままオオカミが町の奥で足を止めれば、じっと一点を見遣る。
     古めかしいながらも静謐な空気を感じさせる武家屋敷がそこにあったのだ。
    「ファァァッ」
     と、今の今まで聞こえてこなかった獣の声が、オオカミに向けられた。
    「フゥ――ッ!」
     威嚇するようなその声は、しかし決して姿を現わさない。
     屋敷の外からその声を聴き続けたオオカミはやがて、再び歩き出す。
     そこに誰も居なくなれば威嚇の声も止み、また、町に静寂が訪れた。
     

    「皆さん、またスサノオにより古の畏れが生み出されたようです」
     花咲・冬日(中学生エクスブレイン・dn0117)はゆっくりと灼滅者達を見渡した。
    「今度の場所は、ある郊外の町中。その更に町の奥にある、武家屋敷です」
     出現するのは夜半だが、町の人達は気にしなくても良いと冬日は言った。
     それは、今回の『古の畏れ』に繋がる町の言い伝えによるもの。

     昔々、町を治めていた殿様は、偏屈な変わり者。けれど人は良い御方。
     今日もまた捨て猫を拾ってあげたとか――。
     しかしその猫、以来、殿様からべったり離れやしない。
     あれは化け猫じゃ。触らぬ神に祟り無し。
     だから町中で猫を飼ってはいけない――化け猫が嫉妬するから。
     犬を飼ってはいけない――猫を襲ってしまうから。
     触らなければ、我らに害は来ぬだろう。
     しかしある夜他の国の者に町は、殿様は襲われた。
     町人が皆逃げた中、あの化け猫だけが殿様と戦い、心中したそうだ。
     猫は今も住み着いて、殿様と屋敷を守っている。
     だから、ほら見ろ。
     やってきた別の武士はもう憑き殺された。
     ああ、恐ろしい。
     我らがまた夜に逃げたなら、次にその矛先は、こちらに向くだろう。

    「だから今も、町の人達は動物を飼わず、夜中にも出歩かないようです」
     故に灼滅者達は、古の畏れの灼滅だけに専念すれば良い。
     場所は勿論、その武家屋敷。
     門の近くを通り掛かれば、猫の声が威嚇する。
     それを制して敷地内に足を踏みいれれば、猫の声は屋敷の中へと駆けていく。
     その声を追っていけば、戦うには十分の広間に、猫の顔をした武人が二人待ち構えている。これが今回の、『古の畏れ』である。
     彼らは奥にある殿の寝所の守人として、刀を抜くだろう。
     その身体からはやはり鎖を伸ばして地に繋がれているが、それとは関係無しに彼らは逃げる事は決してない。
    「例え古の畏れだとしても――猫の忠義と、皆さんの使命との、一本勝負となりますね」
     冬日は静かに息を吐いた。
     どちらも三毛猫の顔をしていて、左耳が欠けている者と、右目に傷のある者。
     二体のみであり、ダークネス程では無いものの、その力量は灼滅者達に遅れは取らない。
     構えた日本刀で近くの者を斬り捨てればその傷が癒るのを困難とさせ、薙ぎ払えば複数人を同時に追撃する。
     踏み込む気迫は更にその威力を高めさせ、挑発しては刃を自分に向けさせて、そしてその眼で惑せば刃先すらぶれさせる。
     多彩なそれらを二人は的確に使いこなすのだ。
    「彼らは決して互いも自分も回復をしません。その代わり攻撃に全てを賭けています。どうか皆さんも、貴方達の武を持って応じてください」
     皆さんなら無事灼滅出来ると信じていますけれど、と、冬日は一度目を伏せて。それからと告げた。
    「出来れば……屋敷を出来るだけ傷つけず戦ってあげてください」
     その理由。
     町に猫は居ないけれど、この屋敷の中に不思議と猫が今も住み着いているらしい。
     威嚇してくる声の主達も、古の畏れでは無く、本物の猫のようだ。
    「猫武人さんの子孫だって、町の人達は噂していますよ。もっとも、すばしっこく逃げてしまう為、鳴き声だけでその姿は確認出来ないみたいですけど」
     言い伝えから繋げたのか、事実なのかはわからない。本当に居るのかもわからないが、彼らの住処な事だけは真実だろうから。
    「それから、スサノオですがやはり予知が難しいんです」
     今回もスサノオと対峙する事は出来ないだろう。すみませんと目を伏せながら、でも、と冬日は顔を上げて。
    「まずはこの事件を解決しましょう。必ず事件の元凶のスサノオに繋がるはずですから――いってらっしゃい」
     と、冬日はいつものようにふわりと笑んだ。


    参加者
    日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)
    左藤・四生(覡・d02658)
    志賀野・友衛(高校生神薙使い・d03990)
    ゼノビア・ハーストレイリア(神名に於いて是を鋳造す・d08218)
    異叢・流人(白烏・d13451)
    鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)
    鏑木・直哉(水龍の鞘・d17321)
    レナード・ノア(都忘れ・d21577)

    ■リプレイ

    ●猫の声
     しんと静まる夜更けの町を、歩み進む八人の音。
     やがて止まったのは、ある屋敷の前。
    「ネコさん……にゃーにゃーなのかな」
     ゼノビア・ハーストレイリア(神名に於いて是を鋳造す・d08218)はぽつりと呟いた。
     にゃあ。
     にゃあ――。
     まるでそれに応えるように猫の声が一つ、二つ。
     誘われるように八人が屋敷に足を踏みいれればその声は警戒に変わる。
     フッ、フアアア!
     決して姿を見せないその声に威嚇されながら、進むのは屋敷廊下。
     きしむ音だけの世界に居れば自然と心が澄んでくる。
     猫の声を聴きながら、鏑木・直哉(水龍の鞘・d17321)は思う。
     あくまで伝承の範囲でだが、拾われた猫は大概飼い主の仇討ちに躍起になると聞いた。
     今回もその類だろうか、と。
    「……にゃあ」
     聞こえる声に瞳を伏せる。
     どちらにせよ、出る幕はとうに終わっている、と、囁くようなその声に猫の声が消えた。
     そして向かうのは襖の間。
     その隔たりの向こうから確かな気迫も息吹も感じる中、踏み出したのは日輪・かなめ(第三代 水鏡流巫式継承者・d02441)。
    「たのもー!!」
    「り、寮長!?」
     全くの緊張感も無く襖を開け放ったかなめに異叢・流人(白烏・d13451)は思わずぎょっとして手を伸ばす。
     けれどかなめは大丈夫と笑うばかり、その先に――猫が二匹。
     いや、武人が二人。
    「ニャンコな剣士さんがいらっしゃると聞いてきました! 水鏡流巫式、巫女拳法の日輪かなめが勝負を挑みますよ!」
     その宣言に、二人が鞘に指を掛けたまま立ち上がった。
     片や片耳が欠けた者、片や片目が欠けた者。
     灼滅者を見据えて、眼を開けて。
    「フウッ――!」
     威嚇の声は敵意に満ちて、待ったなしの開戦を告げる声となる。
     そこに不意打ちは無く、抜いた刀は堂々とした中段構え。
    「成程ね……その意気、確かに武人として受け取らせてもらうよ」
     予め最後尾を務めていた左藤・四生(覡・d02658)が静かに魔導書を開け、かなめもそのまま仁王立って指差せば、いざ、開幕。
    「ナァァアゴッ!!」
     武人の身体が戦いへと、身体を沈めた。

    ●踏み込む音
     動いたのは同時。
     しかし先手を取ったのは猫二人。
     片耳の左足が踏み込んで、斬る。
     誰かが庇う間も与えず、攻撃手として踏み込んだ志賀野・友衛(高校生神薙使い・d03990)の身体へとその刀を振り下ろした。
    「――つう!」
     その威力は思わずたたらを踏む程。見れば刃先はその衝撃に尚唸りを上げている。
     同時その後ろから片目が刀を水平に構えるのが見え――薙ぐ。
     その衝撃全てもまた友衛を――そして踏み込んだ前衛陣全てを引き裂いた。
     その狙いには寸分の狂いも無く、分散して尚その威力を物語る。
     それは護りも癒しも一切切り捨てた覚悟の現れにも思えた。
    (「やはり……その片耳も、片目も、死角にはなりそうに無いな」)
     友衛は小さく口端に笑みを浮かべる。
     形が違えば分かり合う事も出来たのかもしれないが、今の自分に出来る事は、剣でその武に応える事だけ。ならば。
    「相手にとって不足はない。全力で挑ませて貰おう!」
     その意気と共にめきめきとその腕を異形へと変質させる。
     その腕が振り下ろされる前に動いたのは直哉。
     各個撃破を狙い、優先順位を付ける為にその瞳は武人二人の挙動をあまさず観察する。
     まだ一撃。
     片目の確信は持てなくとも、踏み込んだ片耳が全てを攻撃に宛てているのは明白だった。
     ゆえに直哉の大きく変貌した鬼の手は片耳に向かう。
    「その不動たる流れを持ってして彼の者を鎮め給え――!」
     その異形の腕が横凪に払われる。
     その威力は高い――高いものの、武人は、片耳は刀を片手に微動だにしない。
    「成程、二人で相手取るとはあながち彼らの慢心でもないのだな。志賀野殿!」
    「……! あ、ありがとう……!」
    「先は長い。傷は治す故、安心めされよ」
     鬼神楽・神羅(鬼祀りて鬼討つ・d14965)の指先から放たれた霊力が友衛を癒す。
     片耳に斬られ、片目の薙ぎ払いを受けたたったそれだけの事すら、見過ごすには深い傷。
     通す事を許してしまった事に口端を僅かに引き結び、神羅は素早く仲間に目配せする。
     友衛の腕が振り下ろされるも、鬼に似た異形の手は一つ二つに留まらない。
    「その力は、幾ら溜めても削がせてもらいます――」
     友衛に続く四生の腕。
     殷々と威力を宿していた片耳の力はその猛攻に露と消えていた。
     消すだけでは無く、一撃一撃に威力の高い技の選別。
     流石の片耳も涼やかな顔などしていられずに威力に圧されるまま、床がみしりと音立てる程に、踏みしめる。
    「まだまだなのです! 行きますよ、異叢さん!」
    「――ああ」 
     同時に駆け出す阿吽の呼吸は同僚の絆が結ばれた共同戦線、かなめと流人。
    「ほあたぁ! 下から行きますなのです!」
    「ならば俺は上から――挟ませてもらおう」
     かなめが深く沈み込んでからのアッパーカットでその顎に殴り抜ければ、仰け反った所で流人の杖がその頭頂を殴り撃つ。
    「ニッ、ア゛ッ……!」
    「ナァアオ!」
     思わずよろめく片耳を踏み止まらせたのは片目の声。
     その一声で片耳は膝すらつかない。
     耐える。
    「それが、あんたが護りたい想い? 死んだあとも続いて、死しても守りたかった場所?」
     問い掛けるような静かな呟きは独り言に似ている。
     鼻面に皺を寄せて、集中砲火を浴びても、浴びても一歩も引かず、立ち塞がるそれは、『愛』なのかと、レナード・ノア(都忘れ・d21577)はその姿に言葉を飲み込む。
    「シャア――ッ!」
     その姿は羨ましくもあるが、どこか悲しい。
    「ネコさん……」
     その姿はゼノビアにとって、とても愛らしく映るのに、ただ傷付いていく。
     自分達は灼滅者であるから。
     武人は過去から生まれた『畏れ』であるから――。
    「……守るよ。頑張ろうね、ヴェロ」
     ゼノビアが放った小さな光は盾となり友衛を包んだ。
     その身は神羅により回復していても、また連携されると拙い。
     戸惑う指先はまだ、武人へ向けられない。
     どす黒い殺意でまた武人を覆い、そして深々と積もる雪のようにその気に身を浸らせながら、レナードは言う。
     オレはあんたらを一個人として、見てみたい、と。
     武人はレナードのその視線を受けながら、ただただ灼滅者達を見据えていた。
     その姿を、人がなんととらえようとも。

    ●片耳、片目
    「ナァッ!」
    「――! そう、何度も簡単に通しはせぬよ」
     片耳の一太刀から庇いに走ったのは神羅の意地。
    「回復するっ……す!?」
     成程、強いと思わせるその傷口に連撃が落ちる前にゼノビアが手にした黒山羊を翳す。
     しかしその矛先が定まらない。
     どすんと胸を打つような衝撃と共に視点を彷徨わせ、ぴたりと、片耳を指した。
    「いけない、催眠です!」
     刃の風を練りながら四生が叫ぶ。
     片耳の傍に控えた片目の瞳が確かにゼノビアを射抜き、自ら切り捨てた回復を、敵に一手使わせることで得たのだ。
    (「らしくないなぁ。焦ったのか?」)
     踏み止まるという点は変わらなくとも、まるで片耳を想うような行動にレナードは瞳を細めた。
    (「守りたかったのは場所だけか? なぁ」)
     言葉にならないまま、レナードの光はその思考を正常に戻すべくゼノビアを包み込む。
    「――圧して!」
     すかさず友衛が踏み込んだ。
     かち合う刀と西洋剣。
     まだ不得手な分、鍔迫り合いは片耳の方が、重い。
    「まだだ。まだ戦える……」
    「……」
    「もっと強くなる為にも、私は私なりの戦い方で全力を尽くそう!」
     ガキィン、と、刃を剣が振り払った。
    「――今です!」
    「ナアッ、ウ……」
     四生の風が片耳の身を吹き抜ける。
     片耳が下がった。
     それは隊列をずらしたのでは無く、――戦闘不能。
     くすぶるようにその姿が揺らめいていく片耳を振り返りもせず片目が前に成り代わる。
    「シャアッ!」
    「はっ……」
     すかさず踏み込んだ片目の斬撃はまたも意図しない対象に庇われた。
     片翼を広げるような白が先を阻んで、流人は自ら羽織るコートを投げつけた。
     その視界を奪い、槍を構える。
    「俺も、護る為に戦うと誓い今此処にあるのだからな。持てる力全てを出して挑ませて貰う――はぁッ!」
     唸る槍が片目の身体に吸い込まれ、螺旋を描くその軌道と共に猫の爪が振り払われれば、視界を塞がんとする黒はいともたやすく引き裂かれて布切れと化す。
    「続かせてもらう!」
     しかしその一瞬すら一手を決める為の隙と変わる。
     直哉が横に薙ぎ、掠め爆ぜさせるのは片目の身体。
     灼滅者達は決してその先を踏み越えない。
     床を踏み込む事も、壁を突き抜ける事も。ただ狙うのは鎖に繋がれた亡霊のみ。
    「ナアウッ!」
     片目の左足が再び踏み込むも、よろめいたその一撃はその威力を持ったまま流れ落ちようとしていた。
    「嗚呼――」
    「!」
     受けるのは床では無く、レナードの破邪の聖剣。
     キリ――と、刃が擦れる音を立てて拮抗するその先に、片目はもうすました顔などしていない。
     フウ、フウと息を荒立てて、残った一つの眼球に恨みを籠める。
     ――それは誰かの妄想か。
     それとも、真に猫の妄執か。
    「それ、振り下ろしたら、屋敷が壊れるぜ」
    「……」
    「あんたら何のために戦ってんだっけ、なぁ……?」
     ナァ――オォ、と、長く鳴いた片目は受けられた太刀筋から再び下段へと構え直した。
    「――!?」
     その瞬間、ぎゅる、とその刀から腕へ巻き付いていくのは四生の影。
     ギリギリと身を拘束された片目、封じるその影を生み出しながら、その後方に立ち言葉は不思議と屋敷に響く。
    「貴方達の忠義は理解するし、尊敬もする。でも、僕達にも戦う理由はある。
     御託は言わない。信念をこの拳と技に込めて、ただぶつけるのみだ」
    「…………」
     片目が一瞬、瞳を伏せた。
     そうかと頷いたようにも見えたのは、灼滅者達の気のせいだろうか。
     それでも。
     消えゆく片耳を背に、片目も負ける訳にはいかぬ。
     退くなど尚の事と――まるでそう告げるように開いた片目は、ぶちぶちと影を引き千切った。
    「ニャアアアッ!!」
    「――来ましたね、なのです」
     その剣圧に金の髪を靡かせて、かなめは不敵に笑い、その腕を取った。
    「水鏡流 合気の柔、『渦』なのですッ! お任せしますですよ!」
     合気の小手返しは投げっぱなし――にぅ、と鳴く声に重々しい鎖が続いて音を立てる。
     じゃらじゃら――じゃらじゃらと。
    「!」
     投げられるままでなるものか、と。
     カッと瞳を見開いて、床へと爪を立てようとする片目。
     10cm――5cm――。
    「…………ッッ!」
    「爪を……」
     片目は、立てた。
    「忠義――だな」
     神羅は静かに鬼の手を向ける。
    「屋敷も寝所も守り抜こうとする気概、天晴れ。しかし独りでは難しかろう。爪を立てたのはわざとであるか、猫よ」
     片目は答えない。
     武には、武を持って。――神羅の腕が、片目を撃った。
    「鬼の一手、馳走致そう!」
    「にゃあ……」
     その一撃で、片目もまたたたらを踏む。
    「!」
     でもまだ。
     寝所には届かせないと告げるようにその眼は鋭く、庇うように手を伸ばす。
     その手を掴むのは主人でも無く、誰でも無く、――世に生まれ出でてしまった鎖を断ち切る灼滅の一太刀。
     直哉の前に崩れていくその眼が、レナードのそれとかち合った。
     レナードの唇から、終わりだなと告げられて、武人は唸るようにその手を引いた。
     一度俯き、顔を上げて猫はにゃあと鳴く。
     誰かに告げるようなその声を最後に、武人の姿は霞と消えた。
     灼滅者達が守り抜いた屋敷の安寧の中、それが今に現れた証は片耳が立てた一つの爪痕だけ。
    「長いことおつかれさん……、ゆっくり休めよ」
     静かな惜別と。
    「良い勝負なのでした!」
     勝ち鬨の声。
     猫の声は、もうしない。

    ●静寂はさよならに似て
    「仏壇などは――あるだろうか」
     静寂が訪れた屋敷の中を、直哉は少しばかり突き進む。
     全ては祈りを捧げる為。
     手入れされていないなんて事は無いだろうか、それでは主人も浮かばれないだろうから。
     足を止めないその思考もまた止まることは無い。
     スサノオは付喪神の伝承を呼び起こし続けているのかもしれないと答えの出ない考えを紡ぎながら、廊下に消えゆく背中に、四生は小さく苦笑する。
    「僕はもう少しここを片付けておきます。僕は――ここに棲んでいる猫達に何を言えばいいか分からないので」
     にゃあとも聞こえなくなってしまった静けさに、友衛もまた肩を竦める。
    「残った猫達には嫌われてしまうかな? 少し、残念だ」
    「……ネコさん」
     少ししゅんとしたゼノビアを見てその肩を叩いてあげながら、せめて武人達を解き放つ事が出来たのなら幸いだと、友衛は振り仰ぐ。
     戦い、散った武人達に祈りを捧げるのは、神羅も、流人も。
     二人ともその武を、忠義を認め、讃えながら、今後は猫屋敷と共に伝承としてのみ人に影響を与えて欲しいと。
     決して忘れぬと想いを馳せた。
     それを見届けて、かなめがにこりと笑って両手を広げる。
    「さて、帰りましょうか? 長居してると、野良さんが警戒しっぱなしで疲れちゃいますから」
    「……そうだな」
     跳ねるようなその声に導かれ、レナードも続いて門を潜る。
     去って行く背中に再び猫の声が聞こえていた。
     足音が遠ざかれば同じように声も細く、小さくなっていく。
     別れを告げた屋敷と猫の声を背に聞きながら、八人はもう振り返らない。
     ただ真っ直ぐに、帰る場所へと歩んでいった。

    作者:斗間十々 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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