人喰いオルガ

    作者:日向環


     その空間は、倉庫街の一画にあった。
     20名程の若い男女が、床の上に倒れていた。呼吸をしているようなので、ただ単に意識を失って倒れているだけのようだ。
    「全く、だらしがないよね。尽く返り討ちに遭うなんてさ」
     言葉とは裏腹に、喉からクツクツと楽しげな笑いが洩れる。彼は、カットスローターと渾名される六六六人衆だ。
    「余興としては70点くらいの出来だったかな。でもそのお陰で、もっと楽しくなりそうだから、75点くらいにしてあげてもいいかもね」
     カットスローターは口の形だけ笑うように歪めると、床に倒れている者達を一瞥する。
    「そろそろ起きて欲しいんだけど?」
     目の前に転がっている若い男の頭を、カットスローターは無造作に蹴った。
    「……う」
     痛みで男が目を覚ますと、他の男女も次々と意識を取り戻していく。
    「ここはどこだ!?」
    「わたし、どうしてこんなところにいるの!?」
     口々から漏れる驚愕の言葉。自らの意志とは無関係に、この場に集められた人々なのだから、それも当然だろう。
    「さっそくキミ達には殺し合いをしてもらうよ。最初に言っとくけど、この殺し合いに生き残らないと、ここからは出られないからね」
     楽しそうにクツクツと笑う。
    「そうそう。ここを出るには鍵が必要なんだ。でもその鍵はね。ここにいる誰かのお腹の中に入れちゃった。ここから出たかったら、誰だか分らないやつのお腹を掻っ捌いて、鍵を見つけることだね。殺し合いに生き残らないとここから出られないっていうのは、そう言うこと」
     カットスローターはくるりと踵を返す。
    「それじゃ、せいぜい頑張って殺し合ってよね」
     右手をひらひらさせながら、カットスローターは倉庫の外へと出て行った。
    「あいつ今、普通に出ていったぞ?」
    「何が殺し合いだ。俺は帰る!」
     数人がカットスローターの後を追った、だが――。
    「いてっ。なんだ、これ?」
     倉庫全体を、『すりガラスのような半透明の壁』が覆っていた。どうやっても壊れそうにない。
    『キミ達は出られないって言ったろ? さぁ、殺し合って、鍵を探しなよ』
     壁の向こうで、カットスローターは微笑を浮かべた。
    「くそ! どうなって……ぐはっ」
     半透明の壁を両手で叩いていた男が、突如として血反吐を吐いた。
    「……鍵を探せば良いんですよね?」
     大人しそうな顔をした少年だった。年の頃は17歳前後か。日本人ではなさそうだ。北欧系の顔立ちをしていた。
    「全員、僕が殺します。ここから出るのは、この僕だ」
     少年の瞳が、狂気の色を宿した。


    「なんか、とんでもないことが起こっているのだ」
     木佐貫・みもざ(中学生エクスブレイン・dn0082)は、あたふたと愛用のタブレットPCの画面をタップしている。
    「お正月特別企画を組んだ六六六人衆に、新たな動きがあったようなのだ」
     闇堕ちゲームを生き残った者たちをターゲットにした暗殺ゲームだ。灼滅者達の活躍で、襲撃してきた六六六人衆の大半を返り討ちにすることに成功していた。
     つまり、現在の六六六人衆には、多くの欠番が出てしまっている状態だった。
    「それに危機感を覚えたようなのだ。なので、新たな六六六人衆を生み出す儀式を始めたらしいのだ」
     これを行っている六六六人衆は、縫村針子とカットスローターという2体の六六六人衆であるらしい。
    「閉鎖空間で殺し合いをさせられた一般人が、六六六人衆となって、閉鎖空間から出てきてしまうようなのだ。この儀式によって生み出された六六六人衆は、完全に闇堕ちしていて救うことはできないみたい」
     閉ざされた空間において殺し合いをした結果、完全に闇堕ちしてしまっているようだ。闇堕ちして間もない状態でありながらも、既に救うことが許されなくなっているという。
    「出てきたばかりの六六六人衆は、ある程度のダメージを受けていて、まだ配下もいない状態なのだ。強力なダークネスであるのは間違いないけど、灼滅するチャンスなのだ!」
     六六六人衆の恐ろしさは、灼滅者達は身をもって体験している。万全の状態ではないというのならば、確かに灼滅する好機であると言える。
    「この儀式によって、六六六人衆の中でも、より残虐な性質を持つようになるみたいなのだ。ここで灼滅する事ができなければ、のちのち大きな被害を出してしまうことに繋がってしまうのだ。それを防ぐためにも、確実に灼滅して欲しいのだ」
     みもざは、拳を握り締めた。
    「みんなに向かってもらいたいのは、この倉庫街なのだ。ここにある倉庫のひとつで、殺し合いが行われているのだ」
     カットスローターはある程度殺し合いが進行したのを見届けると、その場を去っているという。
    「だから、現場に行ったらカットスローターとバッタリ……という状況は発生しないから、安心してもらっていいのだ」
     あくまでも、今回のターゲットは新しく誕生した六六六人衆ということだ。
    「生き残るのは、ロシアからの留学生のオルガ・ジンバリストという男の子なのだ。真面目な勤勉学生だったんだけど、六六六人衆になって、めちゃめちゃ残忍で凶悪な性格になってしまったのだ。殺した人の肉を食べて、飢えをしのぎながら戦ったみたいなのだ……」
     みもざが眉を顰める。説明していて気分が悪くなってきたようだ。
    「オルガ・ジンバリストは、殺人鬼のサイキックの他にサイキックフラッシュとドラゴンパワーによく似たサイキックを使ってくるのだ」
     殺し合いを終え、ただひとり生き残ったオルガ・ジンバリストは六六六人衆として覚醒する。灼滅者達は倉庫の外、つまりは閉鎖空間の外で待機し、閉鎖空間が解かれたら、内部にいるオルガ・ジンバリストに戦いを挑む事になる。
    「オルガさんは、強制的に闇堕ちさせられたわけだから、本当はとても気の毒な人なのだ。だけど、他の人を殺してまで生き残ろうとした結果、六六六人衆になってしまったわけなので、あまり同情もできないのだ」
     温情をかけるべき人物ではない。みもざは、そう言いたいのだろう。
    「オルガさんによるこれ以上の被害者を出さない為にも、ここは心を鬼にして灼滅するしかないのだ。みんな、気をつけて行ってきて欲しいのだ」
     みもざはそう言って、灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    水無月・礼(影人・d00994)
    ロロット・プリウ(ご当地銘菓を称える唄を・d02640)
    四季咲・玄武(玄冥のレーネ・d02943)
    九十九・緒々子(回山倒海の未完少女・d06988)
    狼幻・隼人(紅超特急・d11438)
    宿木・青士郎(ティーンズグラフティ・d12903)
    エール・ステーク(泡沫琥珀・d14668)
    神雀・霧夜(漆黒天使の夜想曲・d19873)

    ■リプレイ


     その倉庫は不気味に佇んでいた。
     中でどんな惨劇が展開されているのか、外にいる者には知る由もない。
    「その卑劣かつ残忍なやり口…相変わらず趣味が悪いな、六六六人衆…」
     常に後手に回ってしまっている現在の状況を、宿木・青士郎(ティーンズグラフティ・d12903)は歯痒くてならない。
    「今回も貴様らの企み、打ち砕いてくれる…」
     青士郎は倉庫の入り口をじっと見詰める。
    「こういう事は、人を巻き込まずにやって欲しい物ですけどね?」
     新たな六六六人衆を誕生させるには、恐らくこの方法が一番効果的なのだろう。効果的だからこそ、何度も使用される方法に違いない。神雀・霧夜(漆黒天使の夜想曲・d19873)は、やるせない思いで倉庫を見上げた。
    「けったくそ悪い事しよるな。狙うんなら俺でも狙えばええのに。せめて開始前に分かればよかったんやけどなぁ…」
     狼幻・隼人(紅超特急・d11438)は吐き捨てるようにそう言った。事前に止めることのできなかった悔しさも、喉からこぼれ落ちる。
    「ま、しゃあない。ここは叩き潰して、無駄だって事を思い知らせて後悔させたろかっ!」
     気持ちを切り替え、できることをやらねばならない。相棒の超霊犬あらたか丸は、隼人の想いを代行するかのように、鋭い眼光で倉庫を睨み付けていた。
     倉庫の外側は、『すりガラスのような半透明の壁』で囲まれていた。この壁がある限り、灼滅者達は中に入ることができない。儀式を途中で阻止することができないのである。
     異変は唐突だった。
     封鎖されていた空間が解かれた。いよいよ、である。
     灼滅者達は、意を決して倉庫内に立ち入る。
     生臭い異臭が鼻を突いた。噎せるような鉄錆にも似た臭い。血の臭いだ。
     倉庫の中はがらんとしていた。何も無い、ただの空きスペースが広がっている。
     その倉庫のほぼ真ん中辺りに、「彼」がいた。「彼」の足下に人が倒れていた。大量の血溜まりの中に沈んでいる。
    「…鍵は…。鍵はどこなんだよ…」
     茫然としたような呟きが聞こえた。「彼の」声だ。オルガ・ジンバリスト。たった今誕生した、新たな六六六人衆。
    「鍵は、見つける事が出来ましたか?」
     霧夜がオルガの背中に声を投じた。彼が探している鍵など、初めから存在していない。彼らを争わせる為にカットスローターが口にした口実にすぎないと、霧夜は考えていた。オルガの今の様子を見るに、その考えは正しかったようだ。
    「…なんだ、まだいたんだ。この人が最後の一人かと思っていたけど、まだ8人も残っていたなんて。キミ達の中の誰かが持ってるんだよね? 外に出るための鍵…」
     オルガ・ジンバリストが、こちらに顔を向けてきた。その口元から顎に掛けては、血でべっとりと染まっていた。右手には、人間の臓器のようなものを握っていた。
    「そんなものは…」
     存在しないと言い掛けて、四季咲・玄武(玄冥のレーネ・d02943)は口を噤んだ。何を言っても、彼の耳にはもう届かない。彼の心を闇に堕としてまで生きながらえさせたのは、外に出るための「鍵」の存在だ。
    「私達の中の誰かが持っている…としたら、どうしますか?」
     せっかくダメージを負った状態なのだ。相手に回復させる手はない。即座に戦闘に持ち込むため、霧夜は挑発を続けた。
    「持ってるんだよね? キミ達が」
     ゆらゆらとした足取りで、オルガが歩み寄ってきた。右手に持った臓器を口に含み、ニタリと笑んだ。
     エール・ステーク(泡沫琥珀・d14668)は、思わず目を背けた。
     ロロット・プリウ(ご当地銘菓を称える唄を・d02640)は表情を硬くしたまま、真っ直ぐにオルガ・ジンバリストを見据える。
    「(泣くことは、いつでも出来る。遺体だって、何度も見て来た。視界を揺らすな。…大丈夫、泣かない)」
     目の前の現実から目を背けてはいけない。新たな犠牲者を出さないためにも、今、自分達ができることは、彼を灼滅すること。
     近付いてくるオルガに向かって、ロロットもゆっくりと歩み寄る。その隣に、九十九・緒々子(回山倒海の未完少女・d06988)が並ぶ。
    「ねぇ、オルガさん? あなたのことを『可哀想』って言う人はきっといるでしょう。…でも私はあなたのことをそうは言いません。そう呼ばれることを、あなたは不快に思うでしょうしね」
     何を言っているのか分からないという視線を、オルガは緒々子に向けた。彼の興味は、「鍵」以外にはないようだ。どんな言葉を掛けてやったとしても、オルガの心を揺るがすことはない。
    「その運命には同情しよう…貴様が悪かったとは思わぬ…。しかし、人を捨てた以上裁かぬわけにはいかないのだ…恨むなら恨め…」
     青士郎もロロットの横に並ぶ。
    「鍵をもらうよ…」
     オルガが床を蹴った。超スピードで突っ込んでくる。
    「…人間であったあなたに対して、慈悲を示しましょう。ダークネスとして力を振るう、その前に!」
     緒々子が身構えると、青士郎とロロットも即座に反応し、素早く左右に展開した。
    「生き残るのは、この僕だ」
     オルガの視線が捉えたのは、真っ赤なバンダナがトレードマークの少年と、その傍らにいる相棒だ。
    「行くぜ、あらかた丸」
     自分達がターゲットだと気付いた隼人とあらかた丸が、それを迎え撃つ。


    「がはっ! 化けモンかこいつ…!?」
     正に目から火花が飛び散った感じだ。一瞬にして死角に回り込まれたオルガの強烈な一撃を浴び、隼人は舌を巻いた。
    「こんなん二発も食らった日にゃ、俺でもKOや…」
     ディフェンダーとして防御力を高めている自分でさえ、一撃でこのダメージなのだ。体力の低いメンバーがまともに食らったら、ひとたまりもない。
    「頼むで、あらかた丸」
     体を張って味方を守れと、隼人は相棒に指示を飛ばす。
     すぐさまエールが癒やしの光を放ち、隼人の傷を治療する。
     オルガの逃亡阻止を兼ね、出入り口付近に陣取っている灼滅者達だったが、対してオルガは、出入り口のドアには無頓着だった。「鍵」がなければここからは出られないと思っているならなのだろう。
     オルガを取り囲むように布陣した青士郎、ロロット、緒々子が一斉に攻撃を仕掛けた。玄武と霧夜がその動きに引っ張られる。5人によるコンビネーション攻撃が、綺麗に決まった。
    「…キミ達強いんだね。でも、さっき殺した彼の方が強かったよ」
     血に染まった体を気怠そうに後ろに逸らし、オルガは少し前まで人だったものを示した。鍵を探す為に臓器を引き摺り出したからなのか、直視したくないほどぐちゃぐちゃに引き裂かれた遺体は、まるでスプラッター映画に出てくる死体のようだ。
    「闇に身を落とした以上、もはや人として扱うことはせんぞ…」
     遺体に向けていた視線を青士郎は元に戻す。オルガは薄い笑いを浮かべていた。楽しんで笑っているというよりも、表情が壊れてしまっているように感じた。
     水無月・礼(影人・d00994)が放った影縛りを難無く片手で弾くと、オルガは一瞬にして間合いを詰めた。何が起こったのか分からないほど、オルガの動きは素早かった。黒死斬の猛威に曝され、礼はその場に崩れ落ちた。意識を失ってしまったのか、ピクリとも動かない。
    「この人が持ってるかな、鍵…」
     オルガは意識を失っている礼に向かって、何の躊躇いもなくもう一撃放とうとした。オルガの目的は、人のお腹の中に入れたといわれている「鍵」だ。だから、倒れて既に戦えない状態である者にも容赦がない。いやむしろ、既に戦えない者こそが、オルガの真のターゲットだった。
    「やらせない!」
     WOKシールドを構えて、玄武が突っ込んでくる。渾身の力で、オルガの脇腹にシールドを叩き付けた。
    「鍵なら、ぼくが持ってるよ」
     取れるものなら取ってみろと、玄武が挑発した。オルガの狙いを後方にいる自分に向けさせる。それが玄武の狙いだ。
    「どうしたの? 勢いが足りないよ? あと8人くらい余裕で胃袋に入るだろう?」
    「そうか。そこにあるのか」
     オルガが満面の笑みを浮かべた。どす黒い殺気が玄武とエール、霧夜を襲う。
    「魂ごと、揺らしてみせますよお…!」
     後衛陣がオルガの意識を引きつけてくれている。今が好機と、ロロットがフォースブレイクを叩き込む。
    「意識に介入する歌声ですからねー♪」
     緒々子のディーヴァズメロディが、オルガの精神を眠りへと誘う。さしものオルガも一瞬意識が混濁し、自らの足に向かって閃光を放つ。光が爆発し、左太股が削げ落ちた。
     ここぞとばかりに、隼人が尖烈のドグマスパイクを打ち込んだ。
     オルガはバランスを崩し、2-3歩後退る。それでも、そのまま崩れないのは、誕生したてとはいえ流石は六六六人衆といったところか。
    「面倒だ。全員殺してから、鍵を探させてもらうよ」
     オルガは戦法を切り替えた。


     オルガには既にかなりのダメージを与えているはずだ。加えて、灼滅者達との戦闘開始時点でも、ある程度消耗している状態だった。なのに、まだ戦意を喪失していない。まだまだ戦える状態にあるということだ。万全な状態であったなら、とても太刀打ちできる相手ではなかっただろう。縫村委員会によって生み出された新たな六六六人衆は、想像以上に手強い相手だった。
     オルガは龍の因子を解放し、灼滅者達からの反撃に備える。
    「殺気だけじゃ、ぼくは殺せないよ。早くここまで食べに来てよ」
     玄武が更に挑発する。普段は口数も少なく、おとなしめな彼女だったが、精一杯の演技で六六六人衆の注意を引きつけようと尽力する。味方を勝利へ導くため、仲間達が有利に戦える状況を作り出すために。
     個々の力は、六六六人衆として誕生したオルガ・シンバリストの足下にも及ばない。だが、灼滅者達には「団結力」という彼らが持ち合わせていない素晴らしい力がある。
     仲間を守り続けていたあらかた丸が力尽きる。隼人も膝を突き、血反吐を吐く。彼ももう限界だ。
     青士郎がその役目を引き継いだ。ソーサルガーダーで自身の守りを固め、驚異的な身体能力を持つ六六六人衆の眼前に、仲間達の盾として立ち塞がる。
    「!?」
     目の前にいたはずのオルガの姿がない。目を離したつもりは全くなかったというのに、見失ってしまった。
    「頑張ったって僕には勝てないよ? 諦めなよ、もう」
     ひどく近くでオルガの声がした。瞬きする間もないほどの一瞬に、死角に回り込まれていたようだ。
    「くっ」
     体を捻って回避を試みるが、間に合いそうにない。
    「まだやーーー!!」
     もう動けないと思っていた隼人だったが、ヴァンパイアの魔力を宿した霧を纏った体で、オルガと青士郎の間の僅かな空間に、強引に飛び込んできた。
    「!!」
     オルガの表情が僅かに引き攣る。青士郎を倒すべく放ったティアーズリッパーは、隼人がその体で受け止めた。地面に倒れ込む隼人の体の陰から、青士郎が影の触手を伸ばす。
     オルガの目からは、完全に死角になっていた。
    「捕らえたぞ! ククク…我が呪縛から逃れられるか?」
    「しまった…っ」
     オルガが軽く舌を打つ。
     エールがマテリアルロッドを振り翳し、大きく踏み込んできた。申し訳ないが、隼人にはもう回復の手は必要無くなってしまった。ならば、今自分にできるのは攻撃手として味方の援護に回ること。
     エールの渾身のフォースブレイクが炸裂したと同時に、地を蹴り、宙に舞い上がったロロットと緒々子が、滑空し勢いを増したご当地ダイナミックを爆裂させた。
    「ぐはっ」
     回避すること叶わず、オルガは直撃を食らった。
    「…がはっ。ぼ、僕は、ここから出るんだ…。鍵を…探し…。キミ達の腹の中…か、ら…」
     ふらふらとした足取りで、オルガは尚も攻撃を試みる。しかし、足を縺れさせ、つんのめるようにしてその場に倒れ込む。
    「生きるための執念を利用するなんて許せないね」
     玄武が倉庫の天井を見上げて呟く。その言葉は、オルガに向けられたものではない。縫村委員会を発動させ、新たな六六六人衆の誕生を画策した者達へ怒りの言葉。
    「そして同情はするけど目は背けないよ…ここで殺す」
     視線を戻した先には、地を這うようにして自分に向かってくるオルガの姿があった。
    「間に合わなくて、ごめんなさい。生きたくて、闇に堕ちた貴方の命を、奪うことしか出来なくて」
     ロロットだった。ゆっくりとオルガの前に歩み出て、視線を下に落とす。
    「が…」
     オルガが顔を上げた。視線が交錯する。
    「でも。貴方の殺人者としての歩みは、ここで、絶ちます!」
    「恐ろしかったでしょう…どうか安らかに…」
     意を決したロロットの言葉に被せた青士郎の声は、とても穏やかだった。
     最後の一撃が放たれた。
     ロシアからきた勤勉な留学生は、もうここにはいない。
     この場で事切れた少年は、オルガ・ジンバリストという名の六六六人衆だった。


    「まこちしんきなー!!」
     全身を震わせて、緒々子が絶叫した。それは、「本当に腹が立つ」という意味の宮崎の方言だ。
     常に666人を保つと言われる六六六人衆の独特の風習なのか。暗殺ゲームの失敗により、大量の欠番が出ることとなった現在の六六六人衆は、その状態の方が彼らにとっては煩わしくない状況ではないのか。こんな儀式を行ってまで、穴を埋めなければならないのか。緒々子には、彼らの考えが全く理解できなかった。
     ロロットの歌声が聞こえる。賛美歌だ。ロシア人であるオルガに向けられた、彼の国の子守唄。
     その横で、玄武がそっと祈りを捧げている。この場で失われたのは、このロシアからの留学生の命だけではない。彼を含めて、20人あまりの命が失われているのだ。
     遺体は残っていなかった。彼らが倉庫に突入した時、オルガに破れた男の遺体があったはずなのだが、いつの間にか消滅してしまっていた。
    「…せめて見た目だけは、綺麗にしてあげたかったのに…」
     緒々子は無念そうに唇を噛んだ。
     オルガの体も、もう殆ど原型を留めていない。見る見るうちに風化し、ボロボロに崩れていく。
    「ほんまに、けったくそ悪いで」
     青士郎の肩を借りている隼人が、言葉を吐き捨てる。六六六人衆への激しい怒り。
     青士郎は静かに黙祷を捧げた。現場を検分し、元凶に関する手懸かりがないか探ってみたが、残念ながらそれらしい発見はなかった。
    「こういう事は、二度と関わりたくないもんだぜ…」
     霧夜はそれだけ言うと、踵を返した。この場に留まる理由はもうない。仲間に先んじて、その場を後にする。
    「どうしても生き残りたい理由があったんじゃないかな…オルガさん。ごめんね、助けてあげられなくて」
     呟くエールの視線が何かを捉えた。それは航空機のチケットだった。
     帰ろうとしていたのだ。故国へ。
     何を目的に、彼が故郷へと帰ろうとしてたのか、もはや誰にも分からない。
     心を闇に堕としてまで、生き残ろうとさせていたものは、故郷への想いだったようだ。

    作者:日向環 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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