Who killed ――

    作者:雪月花

    「……ここ、は」
    「学校?」
     十数人の人々が、殆ど同時に目を覚ました。
    「でもここ、何年か前に廃校になってる筈です」
     卒業生だという真面目そうな眼鏡の青年が声を発した。
     数年前に廃校になった小学校――
     いつの間にかそこにいた人々は近隣の住人らしく、年はバラバラで知り合いもいない。
     不審に思いながら校門に向かった彼らは気付く。
     何故か外に出られないことを。
    「裏門もダメだった……」
    「そんなに落ち込まないで下さい。きっと、ここから出られる方法があります」
     消沈する中年男性を、若い女性が明るい笑みで元気付ける。
     駒鳥・昌子。
    「私達をここに閉じ込めた誰かが、まだいるんじゃ……」
    「そうですね。何かあってもフォローし合えるように、何人かで纏まって行動しましょう。決してひとりにならないで」
     彼女の提案で、手分けをして校内を探索することになった。
    「杉山くんっていったわね、そっちのグループお願いね。あなたも気を付けて!」
    「駒鳥さん……」
     手を挙げた昌子の笑顔に、眼鏡の青年――杉山・克久はちょっと赤くなった。
     しかし数時間後、彼女は物言わぬ遺体になっていた。
    「と、トイレに行くって、少し離れた間に」
     同行していた人々は震えていた。
     近くにはべったりと血の付いたナイフが――否、この廃校のあちこちに不審な凶器が落ちている!
    「誰が駒鳥さんを……」
     克久は手近な刃物を拾った。
     この中に自分達を閉じ込め、彼女を殺した者が紛れているかも知れない。

     何人目かの犠牲者が出た後。
    「後はもう、時間の問題だね」
     物陰で少年――カットスローター、切宮・顕嗣は愉快そうに口許を歪めた。
     彼こそが、疑惑を煽り殺し合いを助長したのだ。
    「いくら素質があっても、ああいう手合いは邪魔にしかならないからなぁ。最初の犠牲者ってヤツになって貰ったよ」
     くつくつと笑い、閉ざされた空間の向こうに去っていく。
     切欠さえ作れれば、もう用はないのだから。
     
    ●惨殺委員長スギヤマの誕生
    「六六六人衆縫村・針子が持つ特殊な空間を生み出す力。そこには六六六人衆の素質を持つ一般人が集められ、カットスローターによって殺し合いを強いられ……生き残った1人が強力な六六六人衆に変じる」
     土津・剛(高校生エクスブレイン・dn0094)の表情は硬く、苦いものが浮かぶ。
    「皆の活躍で多くの六六六人衆を灼滅することが出来たというのに……こんな能力を持つ者がいたとはな」
    「それを……止めることは出来ないの?」
     何かを堪えるように問う矢車・輝(スターサファイア・dn0126)には、すまないと一言。
    「標的が閉鎖空間から出て来ないと、介入の隙もない。外に出たばかりの六六六人衆は、ある程度ダメージを受けた状態で配下もいないから、灼滅するには好機ではあるんだが……」
     そう告げた後、剛はこの儀式で生まれた六六六人衆は常より残虐な性質を持つようになり、野に放たれれば甚大な被害を生むことになると話した
    「六六六人衆になってしまうのは、杉山・克久(すぎやま・かつひさ)という大学生だ。折り目正しい生真面目な青年で、高校時代は風紀委員をしていたという」
     克久は同じ空間に放り込まれた駒鳥・昌子(こまどり・しょうこ)という女性に好意を抱くが、すぐに失意に変わる。
    「昌子さんを皮切りに次々に人が死んでいく中、彼は身を守る為、昌子さんを殺した犯人を突き止める為に武器を取った。しかし……最後の1人を倒しても、それが犯人だという確証を得られず『自分が昌子さんを殺したのかも知れない』と錯覚し、人間としての人格が壊れてしまったんだ」
     六六六人衆となった彼は『スギヤマ』と名乗り、日本刀を手に風紀委員のような腕章を着けているという。
    「規律を守らない者を特に嫌い、道を外れた者ほど残虐な殺し方をしようとする。彼が掲げる規律やルールは学校の校則や一般常識に近いが、六六六人衆らしい歪み方をしているから注意して欲しい」
     灼滅者達と戦う際も、見た目が不良っぽいとかだらしない、目つきが悪いなどの人物から狙ってくる可能性が高いという。
    「スギヤマは、閉鎖空間が解かれた直後は廃校の裏校舎辺りにいて、外に出ようとゆっくり正面玄関に向かうだろう。上手く意識を逸らしたりして奇襲出来れば、有利になるかも知れない」
    「離れた場所で音を立てたり、上の階から物が落ちてくるようにしておいたり?」
    「そうだな、空間が解除されてから準備出来る時間は少ないが、良い仕掛けの案があれば思い切って試してみたら良い」
     使えるものなら何でも使って勝利を掴んで欲しい、剛はそう願った。
    「境遇を知っては同情せざるを得ないかも知れないが、彼はもう一般人に手を掛けているし、元の人格を取り戻す術もない。これ以上の被害が出る前に、灼滅してやるのがせめてものはなむけになるだろう……」
     剛は頼んだぞと灼滅者達に託し、そっと目を閉じた。


    参加者
    ミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    村山・一途(残酷定理・d04649)
    ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)
    天外・飛鳥(囚われの蒼い鳥・d08035)
    蛇原・銀嶺(ブロークンエコー・d14175)
    鈴木・昭子(籠唄・d17176)
    桜庭・成美(デイウォーカー・d22288)

    ■リプレイ

    ●ろうかをはしらない
     東の空が仄かに白み始める頃。
     音もなく障壁のようなものが消滅し、複数の影が静かに廃校の門を潜った。
     相手はたった1体、そして常より周囲に警戒を張り巡らせるのに長けた種。
     大人数で押し入って気付かれてはと、特に行動の目標を立てていなかった何割かの助っ人達には門の外に待機して貰う。
    「ここがええさね」
     目星を付けておいた正面玄関脇のスペースを、ゼアラム・ヴィレンツィーナ(埼玉漢のヒーロー・d06559)が示した。
     玄関を出て見渡せばすぐに気付かれる可能性はあるが、それまでは死角だ。
     ――カツン、と校舎の奥から微かな靴音。
     緩慢に刻まれる足音に、彼らは息を潜め屈む。
     皆既に殲術道具を纏っていた。
     何かにつけて殺し、同種の間でも殺し合う者達の行動を、ミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)は意外に思った。
     より強力な六六六人衆を生み出せるなら、彼らも打たない手はないだろうけれど。
    (「思うようにはさせないわ」)
     銀の髪をさらりと梳いて、来るべき瞬間に備える。
    (「人を疑う気持ちを煽って殺し合いさせるなんて、六六六人衆は本当に酷いことするね……」)
     天外・飛鳥(囚われの蒼い鳥・d08035)の胸に巡るのは、この惨い儀式のこと。
     少しだけ、克久の境遇を自分と重ねて鈴木・昭子(籠唄・d17176)は思う。
     一体何が違うのだろう、生きたかったのは同じなのに、と。
    (「自らの意思で堕ちたわけでは無いにしろ、救えないのなら滅する他ありませんね……」)
     桜庭・成美(デイウォーカー・d22288)は束の間、瞳を閉じた。
    (「やる以上は割り切るしかないが……」)
     と何処か遠くを見ているメインクーンは、猫変身している蛇原・銀嶺(ブロークンエコー・d14175)だ。
     今は「小動物サイズだと隠れる時便利だよね」ということで、矢車・輝(スターサファイア・dn0126)に抱えられている。
    (「同情はします、可哀想に」)
     村山・一途(残酷定理・d04649)も、こんな状況で殺し合う選択肢しか与えられなかった彼らを思っていた。
    (「でも……」)
     痛みの先にある想いは、きっと皆同じだろう。
    (「私はそういうの嫌いじゃないわ」)
     一見淑やかそうな橘・彩希(殲鈴・d01890)は、意外とドライに捉えていた。
     堕ちたのなら終わらせるだけ、と左手で拾った石を転がす。
     ゆっくりと渡り廊下を、下駄箱の前を過ぎてガラス張りの扉の向こうに姿を現した人影を、遠くから望遠鏡を覗いていた少女が捉えた。
     眼鏡に腕章、喪服のような黒いスーツ。
     切れ長の目は冷えて、片手には鞘に収めた刀を、もう一方の手で玄関の扉を開こうとしている。
     その気配は、身を隠す灼滅者達にも伝わっていた。
     緊張が走る。
     男の靴先が外に出るか出ないかの刹那、彩希は手の中の石を玄関を挟んだ反対側の窓ガラス目掛けて投げた。
     空を切り、ガラスの割れる音。
     スギヤマはその軌道と出所を読み取ったように、こちらに目を――
     が、最初の破壊音が呼び水となり、あちこちで不穏な音が響く。
     同じように投石で上階のガラスを割るルフィリアや理利達だけでなく、灼滅者達が潜んでいる反対側、直人は蹂躙のバベルインパクトを地面に放って地を鳴らし、源治は鬼神変で巨大化させた腕で窓を叩き割り、流希に至っては壁にバベルブレイカーを打ち込んで粉砕していた。
    「うあぁー!」
     琉嘉は叫びながら瓶を次々と壁に叩きつけて割り、何処かで空き缶が転がったかと思うとけたたましく犬が鳴く。
    「ほな、いくでー!」
     同時に七音が配ったクラッカーやロケット花火を、光や忠継、奈々達が盛大に鳴らし、上階から八雲が机を落とし、更に箒に乗った銘子やルナが石や重いものを落としたり、バイオレンスギターを掻き鳴らしている。
     紛れる軽快な曲はシアンの携帯電話の着信音で、校内の別の場所にいる百合が掛けたものだ。隣では、心配げな目をした七星がハーモニカを吹いている。
     望遠鏡を傍らに、アウグスティアもシンバルを鳴り響かせた。
     裏校舎の方からも、真夜やシスティナ達が破壊音を立てる。
     割れたガラスの向こうから漂う血の匂い、開いたままの扉の向こうに見える、投げ出された四肢。
     陰惨な痕跡が、そこにあった。

    ●みなりはきちんと
     幾つものサイキックが、時を同じくして閃く。
     お祭り騒ぎのような音の洪水でスギヤマの意識が逸れている一瞬の間に、灼滅者達は奇襲を仕掛けた。
     無愛想なままの一途と、対照的に笑みを浮かべた彩希が男の腱目掛け獲物を振るい、踊るように地を蹴った飛鳥が捻れた軌道で槍を突き込む。
     ミレーヌが魔力の篭ったロッドを全力で叩き込み、人の姿に戻った銀嶺はクルセイドソードを振るい、昭子は翳した槍から氷柱を迸らせた。
     ゼアラムの鋼の如き拳が襲い掛かり、成美のダンスに合わせてバトルオーラ『バニッシュメント』が躍り、直後にスナイパーの輝の蒼い刃が一閃する。
     紙一重のタイミングで、スギヤマは攻撃の殆どを避け損ねた。
     衝撃に吹き飛ばされた男は、相当のダメージを受けているにも関わらず身を翻し綺麗に着地する。
    「――やはり、おかしな人達が侵入していたんですね。無関係な方の立ち入りは、ご遠慮したいのですが」
     そこで剣呑な雰囲気に似つかわしくない笑みを浮かべたのは、飛鳥だ。
    「こんにちはスギヤマさん。早速だけど皆の服装検査してくれませんか?」
     完璧な着こなし見て欲しいな♪ と礼服を纏った彼は可愛らしく手振りを加える。
    「僕は今疲れているんですが……」
     飛鳥の服装は問題なく映ったようで、スギヤマは首を振るが、
    「そりゃ悪いが、灼滅しないといかんさねー」
     譲る訳はないと、普段の服装の上に黒のダッフルコートを着込んだゼアラムが口端を上げた。
    「待ってたよ、スギヤマぁ」
     何処か暗い影を湛えた剣呑な目つきで、彩希が声を発した。
     その姿は、ミニスカートにルーズソックス。口にはシガレットチョコを銜え、わざと姿勢を悪くして素行の良くない娘を演じてみせる。
     途端、彼の目が鋭くなった。
    「……可哀想な人。ここで終わらせて差し上げます」
     赤い瞳で目の前の男を見据え、静かに呟いた成美にも視線が突き刺さる。
    「なんですか、その格好は」
     ウェーブを描く成美の黒髪は金色のウィッグに隠され、服装も不良を思わせる長すぎるスカートのセーラー服だ。
     スギヤマの性質を利用して、後衛陣が不良っぽい格好をして引き付ける作戦なのだ。
     その間にも、奇襲からの攻防は続いていた。
    「いけませんね、うら若い女性がそんな格好をして。僕が指導して差し上げましょう」
     男は後衛の少女達を睨み、包囲の中で構えて見せる。
    「見ていて痛々しいわ。一刻も早く、灼滅してあげましょう」
     すっと目を細めたミレーヌが、黒死斬を浴びせるべく地を蹴った。

     戦いのさ中、イオノは人が来ないか目を配り有事に備える。
    「自分達は退路の封鎖に回りましょう。ティン!」
     気を逸らす役割を終えた面々に、夕月はそう告げて霊犬の名を呼ぶ。
    「逃げ道になりそうなところは、潰しておくよ!」
     遠野も頷き、智を始めとする数人と共に敷地を駆け出す。
     克久のことは素直に憐れむけれど、逃して良い相手ではない。
    (「こんな酷いやり方で殺し合わせるなんて……許せません」)
     日和が袖で拭った目の縁は赤いけれど、悲しみは振り払って。
    「わたし達は、裏門側に回りましょう」
     顔を上げると、深く帽子を被った少年が頷く。
    「がんばってくださいね、成美さん」
     彩歌は去り際、今は普段と違う様相の成美の横顔を見詰めて願うよう呟いた。
     こうも六六六人衆の素質がある者ばかりを集められたことに、興味はあるが。
    「……考察は後だ。強力な六六六衆相手の立ち回り、学ばせて貰おう」
     純也は正門を背に、ダークネスと相対する者達の後姿を見据えた。
     隙間を作らないように、と啓も校門を塞ぐように立つ。
    「ほな、さっさと片付けましょか」
     采の足許で影業が蠢く。
    「後の仕上げは頼みまさァ! 行って下せえ村山のお嬢!」
     白狼と名の付いた解体ナイフを手に、娑婆蔵が癒しの矢とエールを送った。

    「ッ、なんて速さなの……」
     防具の回避属性すらものともせず、衝撃が後衛を襲う。
    (「あと一撃は耐えないと」)
     彩希は歯噛みし、デッドブラスターを打ち込む。
     サポートから放たれた衝撃波のようなビームをいなし、スギヤマは鋭く刀身を一閃。
     冴え冴えとした月の光に似た衝撃が、後衛を襲った。
     深い傷を負いながらも、成美は赤い霧を発生させ、自らの後衛と仲間達を癒す。
     輝も、ダメージの大きい彼女を優先して集気法で回復させていった。
    「流石に喧嘩を売ってくるだけのことはありますね。一度や二度の攻撃では倒せませんか」
     後衛陣を眇め見、スギヤマはその切っ先を前衛に向けた。
    「効率的ではありませんが、あなた方から倒さなければならないようですね」
     流石に、命中しない攻撃行動を繰り返す程間抜けではないらしい。
     尤も、彼が途中から前・中衛に攻撃のターゲットを絞ったことで、後衛に攻撃していた分のロスが生じた上、後衛陣もサポートの援護もあってすぐに回復することが出来た。
     優歌の祭霊光が傷を照らし、リケが優しい風を吹かせる。
     萌愛の爪弾くメロディに生命力が蘇り、静佳のジャッジメントレイが手厚く補う。

    「はっはっは、凄いさねー! スギヤマ、俺の拳かわしたのはあいつ以来さね!」
     攻撃を避けられてもゼアラムは楽しそうだが、スギヤマは蔑んだ視線を返してくるだけだ。
     まるで、力の差を分かっていないとでも言うように。
     確かに、決まった筈の先制攻撃もものともしない勢いで、スギヤマは灼滅者達に驚異的なダメージを叩き込んでくる。
     倒すのに時間が掛かれば掛かる程、優位性も薄れていく危機感を感じるくらいに。
     アドバンテージを活かすには、もう少しダメージを期待出来るポジションやサイキックで打って出れば良かっただろうか?
    (「途中でポジションを変えるにしても、始めはクラッシャーでいった方が良かったかも知れないさね」)
     ゼアラムは心に呟く。
     耐性のある防具でもかなり体力を持っていかれてしまう為、ダメージ半減の恩恵のあるディフェンダーから移動するには易くない状況だ。
     いつでもポジションを変えられるとはいえ、変更だけで手番を消費してしまう為、激しい戦闘の中で何度も行うのはあまり効率が良くないことも分かっている。
    「っ、なり立てと思っていましたが、思ったより強いですね……」
     一途が零す。
     まるで、犠牲者達の素質を全て引き継いだかのように、スギヤマの力はこれまでで知っていた六六六人衆とは一線を画していた。
     一瞬でも気が緩んだらそこで終わってしまいかねない、薄ら寒いものを感じる。
     味方に降り掛かる攻撃の多くを引き受けるディフェンダー達が辛うじてまだ立っていられるのは、成美とサポート達による厚い回復のなせる技か。
     バッドステータスに強く注視していた玖耀の回復行動によって、灼滅者達の状態も安定している。
    「六六六人衆なんて、これ以上生まれなくていいんだっ」
     霊犬の虹に指示を出しながら、瀝も回復に努める。
    「少しでも、流れる血と死を止める為に……」
     静香は祈るように、シールドリングを施し続けていた。
    「あの攻撃力はシャレにならないさね」
    「……仕方ないな」
    「いきます」
     ゼアラムがコートを脱いで普段の不良っぽい服装を見せ、銀嶺は派手なシャツを覗かせシガレットチョコを銜える。
     昭子はきちんと着込んでいたセーラー服と、真面目そうな黒縁眼鏡を脱ぎ捨てた。
     その下は、パンクっぽいチューブトップにショートパンツという出で立ちだ。
    「規律? あなたのルールを押しつけるんじゃねぇですよ。文句があるなら黙らせてみせりゃーいいのです」
     挑発する昭子の背で、逆に彩希や成美達は、白衣をきちんと着込むなどして真面目な格好に近付ける。
    「あなた達……人をおちょくっているんですか?」
     苛立った様子のスギヤマの攻撃は、早着替えしたディフェンダー達に向いた。
     けれど同時に、そう何度も通じる手ではなさそうだな、と皆感じた。
     もっと知能の低い眷属などには有効そうだけれど。
     速攻で倒せず、ディフェンダーの消耗も早い、そんな時に功を奏するのは。
     彩希の制約の弾丸によるパラライズの効果が、やっとスギヤマの攻撃の手を僅かの間止める。
    「大丈夫ですか? 彩希先輩」
    「えぇ、ありがとう」
     影縛りや制約の弾丸で行動の制限を狙うイブが、彩希に声を掛けている。
    (「わたしも捕縛か、パラライズ効果のあるサイキックがあった方が良かったかも知れない」)
     たった一手でも攻撃を受けなければかなり大きいと、ジャマーの一途は感じた。
     ただ、一途が用意した足止めや服破り、氷の効果も、相手や状況によってはとても有効なものだ。
    「当てるのも一苦労なのに、これ以上防がれたら困るからね!」
    「やられてばかりもいられないわ」
     飛鳥の手でくるりと踊ったサイキックソードがスギヤマの腕を襲い、連なるミレーヌのティアーズリッパーが黒い服を裂いた。

    ●殺されたのは――
     戦いの合間、飛鳥はそっと周囲を窺った。
     外で控えていたサポート達が退路を塞いだ気配は、スギヤマも気付いているだろう。
     彼が逃げようとしても、自分達をどうにかしてからでないと難しい。
    「させないけどな!」
     愛らしい筈の瞳に衝動が閃く。
     サイキックソードを刀で受けたスギヤマがその隙を狙おうとしたところを、昭子が庇う。
     まだ皆立っているが、何度か魂の力が膝を突くのを食い止めてのこと。
     特にディフェンダー達は、嵩む殺傷ダメージが回復を妨げている。これ以上長引けば、よもやの時一気に瓦解しかねない。
     しかし、スギヤマも相応にダメージを食らっている。
    「行くぜセンパイ、もうひと踏ん張りだ!」
     回復と共に、矜人がゼアラムを応援する声が届く。
    「……殺すの、楽しいですか、そんなに」
    「楽しくなんてありませんよ」
     この状況でも淡とした一途の声に、スギヤマも平坦に答えた。
    「ただ殺したい、それだけです」
    「――!」
     純粋な殺意の塊、それに何かを付け足したモノ。
     一瞬、彼女の脳裏にそんな感覚が走った。
    (「これはわたしの……いえ、『わたしではない』」)
     自分の裏側にある、もうひとつの人格――ダークネス。
     同じ場所に堕ちる覚悟を決めるには、まだ大分早い。
    「あなたは人を殺してしまった。だからもう、穏やかには死ねません」
     漆黒の瞳が煌き、変形したナイフの切っ先がスギヤマの肉を抉る。
    「成美、頼むさよ!」
    「……えぇ」
     ゼアラムの言葉に応えた成美がすっと前に出て、しかし使ったのは前衛陣へのヴァンパイアミストだ。
     この程度でフェイントになるとは、皆思ってはいないが――
     払い抜けるような一途のティアーズリッパーを、スギヤマは掠めるように避けたが、彩希
     そこへ飛鳥の螺穿槍とミレーヌのフォースブレイクが双方から抉るように決まった。
    「ぐっ……」
    (「次で決める」)
     呻きを耳に、遠くを見ていたような銀嶺が昭子に目配せする。
    「ころされた、のは」
     交わした視線の直後、呟いた昭子にスギヤマの意識が集中した瞬間、銀嶺はクルセイドソードを手に動いていた。
     浴びせる神霊剣。
     重ねるように、昭子は槍から氷柱を放った。
    「……ひとだった、あなたもです」
     鋭い氷柱は、スギヤマの胴に吸い込まれるように命中した。
    「なぜだ……」
     目を見開いたまま、男はその場に崩れ落ちる。
     既に、身体の端々が崩れ始めていた。
    「昌子を殺したのは誰でもない。君でもなかったんだ」
     それを目にして、飛鳥は口を開く。
    「君は好きな人を手にはかけなかった」
     ただひとつ、伝えたかった一言。
     それが克久に伝わったかは分からない。
     けれど……完全に消滅する寸前、スギヤマの表情が和らいだような、気がした。
    「さようなら、哀れな人。せめて安らかに眠りなさい」
     伏し目がちに、成美はそっと呟いた。

    ●別れの会
     ゼアラムの提案で、犠牲者達を弔うことになった。
     突然の衝撃。倒れ込み、血溜まりの中やっとの思いで見上げた先には、少年らしき影――
     断末魔の瞳で、セトラスフィーノはサイキックによって犠牲になった者達の記憶を垣間見た。昌子が最期に見た影は、カットスローターだったのだろう。
     彼女は『大いなる希望』の花言葉を持つカルミアを手に、墓に向かう。
     簡易にするつもりだったが、校庭の片隅に掘られた穴は人数が人数だけあって多い。
     彼らの遺品を、琉嘉は小さな墓標に添えた。
     弔いの歌を歌い始めた飛鳥に、輝は楽器ケースからヴァイオリンを取り出して視線を送る。
     赤い目を細めると、やがて透き通るような歌声を柔らかい音色が追い掛けてきて、次第に鎮魂の歌は輪を広げていった。
     銀嶺やミレーヌ達が祈りを捧げ冥福を祈る。
    「バベルの鎖があるから、この人達も行方不明のままなんでしょうね」
     いずれ時が流れ忘れ去られてしまう……それは少し寂しいですよねと一途は呟く。
    (「だから私は覚えておきます。おやすみなさい」)
     灼滅が救いだなんて、昭子は言わない。
     でも、守りたかった彼女と辿り着く場所が同じなら、と願う。
    「……またね」
     昇っていく太陽に、そっと呟いた。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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