高潔なる命の果て

    作者:七海真砂

     終電間際の電車を降りた青年は、新宿駅の東口を出ると、自宅へ向かって歩いていた。
     立ち並ぶビルを抜けて、いくつかの信号を渡りながら何度か曲がって15分ほど。辺りの風景もすっかり住宅街へと姿を変え、自分の暮らすアパートが見えてきた頃だった。
    「ん? なんだ?」
     青年はふと、路上に何か奇妙な物があることに気付いた。いや、奇妙なものが『いる』と表現する方が正しいだろうか。なぜならその黒い塊は、間違いなく動いていたからだ。
    「テント? いや違うなあ。なんだろなこれ……?」
     青年にとっての不幸は、不用意に『それ』へ興味を持ってしまったことだろう。一体その正体が何なのか、確かめようと近付いていった青年は、やがて小さく息を呑んだ。
    「ダレ、ダレ……」
    「ダレカ、イル」
    「ミラ、レタ」
    「モクゲキシャ……ケス……」
     黒い塊は全部で4つ。頭のような部分に、赤い炎と、青い炎と、黄色の炎と、緑の炎と。4つの別々の光を、しかし一斉に青年の方へ向けてくる。まるでぎょろっと彼を睨みつけてくるかのように。
    「ジャマモノ、コロス」
     そして次々と放たれた漆黒の弾丸が、青年を貫いた。
     
    「深夜、新宿にアンデッドが出没することがわかりました」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は教室に集まった灼滅者達を見回すと、そっと付け加えた。
     おそらく、病院勢力の灼滅者を元にしたアンデッドです、と。
    「全部で4名。いずれも、ダークネスの姿になっている状態で亡くなったらしく、外見だけだと人間には見えません」
    「そう……どんな姿? どのダークネス勢力っぽい見た目なの?」
    「おそらく、シャドウです」
     フェルディナンド・アマデウス(中学生エクソシスト・dn0123)の問いに姫子が答える。人間であれば目にあたるような位置に、それぞれ赤青黄緑の炎のようなものを宿した外見のシャドウではないか、と姫子は告げた。
    「アンデッドと化した彼らには、もう理性らしい理性や生前の人格などは残っていません。彼らはどうやら人目を避けながら、何かを探しているようなのですが……その最中に遭遇した相手は、一人残らず殺してしまうようなのです」
     このままでは一般人に被害が出てしまうだろう。それを防ぐためにも、アンデッドを倒して欲しいのだと、姫子は告げた。
    「うん。そんなの、放っておけるはずないよ。だって僕が同じことしてたら、誰かに止めて欲しいもの」
     その人達も、きっとそうだよね、とフェルディナンドは頷く。
     灼滅者のアンデッドとなれば、普通のアンデッドよりも強力に違いない。だが、彼らを倒すことは、彼らを弔うことにも繋がるはずだ。
     次々と頷く灼滅者を見た姫子は「ありがとうございます」と告げて、更に続ける。
    「アンデッドは前衛2人、後衛2人に分かれ、互いに協力しながら戦ってきます。それぞれ体の一部を武器のように変形させて攻撃してくるようで、赤がバベルブレイカー、青が龍砕斧、黄が殺人注射器をそれぞれ使ってきます。また、緑のアンデッドは体の一部をそのまま伸ばして攻撃してきます。これはおそらく、影業のような物だと思われます」
     姫子によると前衛は赤と青で、その後ろに黄と緑が並ぶような陣形を基本としつつ、臨機応変に戦ってくるらしい。
    「彼らは新宿駅から少し離れた住宅街の一角にいます。深夜になると、どこからともなく、この辺りへ現れるようですね」
    「どこから来るかはわからないの?」
    「残念ながら。ですから、この場所で戦う他ありません」
     首を振る姫子。人通りに関しては、ここを通りかかることが予知で判明している青年以外は、特に気にしなくて大丈夫だという。
    「とはいえ、戦闘の物音が深夜の住宅地へ響けば……」
    「ああ、表に出てくる人、いそうだよね」
    「その通りです。ですから、どちらかといえば、対策が必要なのはそちらでしょうね」
     アンデッドとの戦いだけでなく、近くに暮らす人々のことも考慮する必要がありそうだ。
    「元が灼滅者ですから、アンデッドとはいえ侮ることはできません。ですが……」
    「うん。みんなで協力すれば、きっと上手くいくよ。病院の人達を生き返らせるのは無理だけど……助けに行ってくるね」
     頑張らなくちゃね、とつぶやくフェルディナンド。一方、姫子は「無事に帰ってきてくださいね」と、皆を見送るのだった。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    城橋・予記(お茶と神社愛好小学生・d05478)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    刻漣・紡(宵虚・d08568)
    比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)
    園観・遥香(夜明けのネコ・d14061)

    ■リプレイ

    ●深夜、住宅街にて
     新宿駅を離れ、すっかり静まり返った住宅街を灼滅者達は歩いていた。
    「この辺りかな?」
    「そのはず。例の青年はボクらと同じルートで来るはずだから……」
     遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)の言葉に頷き、足を止めた城橋・予記(お茶と神社愛好小学生・d05478)は「ひとまず後ろを注意しておくね」と軽く後ろに目をやる。
     同じように足を止めた瑪瑙は、手元を見ると握っていた懐中電灯をしまう。一応用意しておいたが、街灯などで明かりは十分にある。光が敵や近所の人に不審がられることを警戒するなら、片付けてしまう方が良さそうだ。
     辺りには今、灼滅者以外の人影は無い。だが時間を考えると、もうじき姿を現すはずだ。
    「んー、ただ待ち伏せててるのも大変ですよね。寒いですし。……しりとりでもしましょうか?」
    「しりとり?」
    「……まあ時間潰しにはなるかも」
    「でも、しりとりも結局ジッとしてるのは同じじゃない? 体が冷えるなら、軽く動いたりストレッチでもする方がいいかもしれないよ」
     園観・遥香(夜明けのネコ・d14061)の提案に、何気なく答えていく灼滅者達。なるほど、と淡々と頷いた遥香は、仲間達の周囲を回るようにして歩き始めた。そのままいくつか、皆でしりとりを繋いでいくのだが、
    「ふにゃっ」
     特に何も無いのに靴を引っ掛け、遥香は思いっきり転んでしまう。大丈夫かと周囲が声をかける間もなく立ち上がった遥香は、まるで最初から何も無かったかのように平然と、相変わらずの無表情で数歩進む。

    「てな間に来よったみたいやな」
     千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)の言葉に皆が次々と振り返った。いつの間にか、どこかの道から現れたのか、向こうの遠くで動く黒い影が4つ。
     それがいずれもシャドウであることは、すぐに解った。ウロウロと何かを探すような動きを見せている。
    「ダークネスを倒すためだけに人生を捧げて散った末が、敵に利用されての死体兵士とはね」
     比良坂・逢真(スピニングホイール・d12994)は優しげな表情を少し曇らせながら呟く。病院の灼滅者がどのような道を歩んできたのかは、武蔵坂学園の灼滅者達もよく知っている。
     だが、逢真は軽く首を振って身構える。
     だからこそ、躊躇はしないと。
    「ええ、解放してあげましょう」
     華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)がサウンドシャッターで周囲の音を遮断する。これで、どれだけ派手に戦っても、物音が周囲の人々の耳に届くことは無い。
    (「彼らも生前は、ちゃんとしたシャドウハンターだったんでしょう。それなら、同じシャドウハンターが始末を付けるのが条理というもの」)
     すぐさま赤いオーラと影をまとい、武器を身につけた紅緋は一歩進み出る。真正面から、まっすぐに彼らを見据えれば、ようやくこちらに気づいたのか4人のアンデッドがざわめいた。
    「ダレ、ダレ……」
    「ダレカ、イル」
     困惑するように言葉を交わしながら、彼らもまた灼滅者達へと向き合う。早々に漆黒の弾丸が飛んでくる中、紅緋は変化させた片腕を振りかぶりながら駆けた。

    ●不幸で幸運な目撃者
    「我が身は、蒼き墓守の末裔。――『園観』ちゃんですよ!」
     それに続いたのは、契約の指輪を通し、魔導書を抱えた遥香だった。
    (「もっと別の形で――ううん」)
     彼らも生きていたら学園に通っていたのだろうか。それとも、彼らなりの誇りと目的のため、独自に戦う姿を目撃することにでもなっただろうか?
     できれば、そんなもっと別の形で出会えていたら良かったのにと、そう思ってしまう気持ちに浸ってばかりもいられない。手のひらに集めた闘気を雷に変えて拳に宿した遥香は、一見すれば大人しい聖職者風にしか見えない外見とは裏腹に、軽やかに飛び上がって拳を叩き込む。
    「歌おう、エパミノン」
     そう殲術道具をまとった城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)は、両手に集中させたオーラを一気に解き放って敵へぶつける。
     狙いは、青い炎を宿したアンデッド。まずは攻撃を集中させて1体目を倒す。それが灼滅者達が予め打ち合わせていた作戦だ。
    (「救えなくてごめんね。……私達はもう1度、これから奪おうとしている」)
     刻漣・紡(宵虚・d08568)は、そっと胸元のクロスに手を当てた。
     1度消えた命は、もう決して戻らない。それでも歪んだ生を受けてしまった彼らを、もう1度殺してあげられるのは、自分達だけだから。
     だから、と決意をこめた瞳と共に、紡は白光を放つ強烈な斬撃を繰り出す。それに傷付いた青のアンデッドは、反対に漆黒の弾丸を撃ち出した。
     1発、更にもう1発と、次々に形成した漆黒の弾丸を放つアンデッド達。遥香は横へ、紡は後方へ飛ぼうとするそれを、咄嗟に遮るように身を躍らせて受け止める。
     それは、同じ灼滅者の攻撃とは思えないほどに重いが、
    「セイメイのアンデッドほどじゃないですね」
     そのうちの1発を受けた紅緋は、以前戦ったアンデッドのことを思い返す。あの時に比べれば、一撃の威力自体は低く感じられる。
     しかし決して弱いというわけでもない。4発同時に叩き込まれれば相当な被害を負うだろう。運が悪ければ耐え切れないことだって、あるかもしれない。なにせ相手は4人もいるのだ。
     紅緋は気を引き締めて、自らも漆黒の弾丸を作り上げると至近からそれを放つ。
    「人目を避けているというのなら、見つかっても逃げてしまえばいいのにね」
     鬼神変を叩き込んだ瑪瑙は相手の反応を見るが、彼らが逃走しようとする動きは無い。
     その様子はまるで、何かを怖がっているみたいだと、瑪瑙は思う。
    「ねえ、何を探しているの」
     ふわりと髪を揺らし、構えを取り直しながら呼びかけてみる瑪瑙だったが、それに対する明白な返答はない。
    「モクゲキシャ……ケス……!」
     アンデッド達はただそうして、灼滅者達を攻撃してくるばかりだ。

    「あれが、姫子さんの話していた人ですね」
    「よし、オレ達の出番だね!」
     そんな中、にわかに後ろが騒がしくなる。
     時計を見れば、ちょうどそのタイミング。どうやら例の青年が近付いているようだ。
    「対応は任せてください」
    「お願いします」
     遥香との簡潔なやり取りの後、手伝いに来ていた面々が青年へ駆け寄っていく。これだけ人手があれば平気だろうと踏んだ一・葉(デッドロック・d02409)は1度振り返ると、フェルディナンドに、こっちは大丈夫だからそのまま皆の回復を、と言い残す。
    「なっ、一体なんなんだ……?」
     まだ距離はあるが、あからさまに『何かがおかしい』状況であることは一目瞭然。灼滅者達の戦闘を見て目を丸くしていた青年は、更に様々な格好の少年少女達から「ここは危険だから」と離れるように呼びかけられて、戸惑いを隠せずにいる。
    「兄ちゃん、家はどっち? 帰った方がいいよ」
    「いや、俺んちは……」
     とりあえず呼びかける灼滅者達だが、青年の家は今まさに激闘が繰り広げられている方角にある。どうしたものか、と考え込んで、青年の動きが止まってしまう。
     その時。脇の物陰から、誰かの声が聞こえてきた。
    「こちらから回り込めば良い。静かで、誰もいない安全な道ですよ」
     予め安全なルートを、と調査しておいた道を勧める。プリンセスモードで着替えた秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)や、更に王者の風をまとっての立て続けの後押しもあり、青年はそちらへ向かっていく。
    「……これは戦場を大きく迂回するルート。時間は掛かっても、青年は無事に自宅へ帰り着くでしょう」
     相変わらず物陰に潜み続けたまま、その人影は呟くと、案ずるような視線を戦場へ向けた。

    ●過去と未来を見据えて
    「もうええかな」
     サイは背後の青年がこの場を離れたのを確認すると、そちらに気を配るのは止め、敵だけに集中しなおす。
    「有嬉」
     小さく息をついた予記はナノナノの頭をぽんと撫で、キャスケット帽をかぶり直した。そのまま、見つめるのは敵の姿。
     敵は動きを揃えると、紡に攻撃を集めてきたようだ。邪魔されるくらいなら先に狙って倒してしまおうという考えなのだろうか。それなら今、自分がすべきは彼女を支えることだ。予記は指先に集めた霊力を撃ち出し、紡を回復する。
     随時いくらかの攻撃をかばって引き受けている遥香には、フェルディナンドが天使のような歌声を響かせ、更に九条院・那月(暁光・d08299)が回復を重ねる。
     有嬉も細やな動きでふわふわハートを飛ばしながら、新たな攻撃を食い止めた。援護に加わった中には霊犬の姿もあり、互いにカバーしながら仲間達への攻撃を食い止めていく。
     それでも、やはり最も多くの傷を負い続けているのは紡だ。けれど、
    「あなた達の探し物は、あなた達自身の大事な物? それとも、誰かに頼まれて探してるの?」
     紡はそれに耐えながらアンデッド達へ呼びかけ続けていた。遺志を継げるなら手伝いたい。そう、思うからこそ。
     だが、何度語りかけてもアンデッド達からは何一つとして、明確な答えは帰ってこない。理性らしい理性、生前の人格すら残っていないという彼らには、もうそうした意味のある受け答えはできないのかもしれない。
     それでも、紡はやめない。ほんの僅かな細い糸だろうと何か、手繰り寄せることができたらと諦めずに語りかけながら、彼らを救うためにドリルのごとく高速回転させたバベルブレイカーを突き刺す。
    「あれは死体、ただの残骸。今更救いも何も無いが……せめて彼らの誇りの為にここで終わらせよう」
     逢真は妖気を巨大なつららに変えて、一気にアンデッドの急所を貫いた。凍りついていくその前で、頷いたのは千波耶だ。
    (「だって、これじゃ生きてた頃の彼らの思いを、踏みにじるみたいじゃない!」)
     病院の灼滅者だった彼らが、自らをこんな風に改造してまで戦っていたのは、罪の無い人を手にかける為では無いはずだ。
    「こんなこと、させていいわけ無い。絶対に、無い!」
     武器を振りかぶった千波耶が渾身の一撃を繰り出す。更にそこへ、ありったけの魔力を流し込んでいくと、内側からアンデッドが破裂する。
     派手に飛び散った闇は、まるで幻だったかのようにすぐ消えていく。ふっ……と、空中に漂った青い炎が薄れ、次の瞬間、その残滓まで確かに消え去った。
    「ごめんね」
     瑪瑙は、聞こえるかどうかの僅かな声で囁くと、すぐさま赤い炎のアンデッドへ向き直る。
    「でも、仕方ないよね?」
     素早く引き抜かれた導眠符が放たれると、赤い炎のアンデッドへ瞬く間に吸い込まれていく。と、まるで何かに揺らぐかのように炎がぐらぐらと大きくブレた。
    (「別に放っておいてほしいなら、それでもいいんだけれど、害が出るのは本意じゃないから」)
     ついさっき「ごめんね」と紡いだばかりでの容赦の無い攻撃。そんな瑪瑙の口元が、今はうっすら緩んでいる。そんな瑪瑙の姿など見ていないのか、それともそんな余裕は無いのか。アンデッド達はなおも紡へ攻撃を集中させてくる。
    「あんたら俺らはどーでもええんか、つれないなー」
     そんな連携攻撃を絶つかのような動きで、サイは黒死斬を繰り出す。その一撃に一瞥をくれるかのように身じろいだアンデッドに、サイは笑んだ。
    「な、もっぺん死ぬまで、全力で遊ぼや」
     彼らは短命の覚悟も乗り越えて全力で戦い、人生をまっとうした立派な元灼滅者だ。
     彼らの仲間が今身近にいるからこそ、それがわかる。だからこそサイの気持ちは、ただ同情するのとは、ちょっと違っていた。
    「あんたらは全力でやり合うに相応しい相手や。せやろ?」
     サイは楽しげに口にしながら、けれどひやりとするほど冷たい目で鋭く敵を射抜く。僅かでも隙ができたらすぐ、そこへ食らいに行くつもり満々だ。
     入れ替わるように、紅緋が何度目かの急加速をかける。一撃離脱のヒット&アウェイを念頭に動き回る紅緋は、走る勢いのままに鬼神変を放つと、その反動を生かして素早く離れて隙の無い構えを取る。
     敵からの攻撃に最大限備える脇から、一気に千波耶のオーラキャノンが飛んだ。咄嗟に飛び退こうとするアンデッドだが、間に合わない。更に逢真の螺穿槍が派手に突き刺さり、アンデッドの体に大きな穴が開く。チャンスだとばかりに力を振り絞った紡が続き、更に、
    「さあ、これでおしまいです」
     凛と構えた紅緋の鬼神変が、赤い炎のアンデッドを無に帰す。
     すかさず次は緑のアンデッドを標的に据えた彼らに、後ろから回復が飛んでくる。青年を避難させ、安全を十分に確認してから戻ってきた面々が、援護に加わってくれているのだ。
    「これなら今は十分だね」
     そう判断した予記は迷わずオーラキャノンを繰り出す。
     敵の数は、今や最初の半分にまで減っている。このまま一気に押してしまおうと、灼滅者達は全力で攻撃を繰り返した。

    ●高潔なる命の果て
    「その魂に安らかな眠りがありますように……」
     静かに呟いたのは千波耶だ。そのまま、紡がれた神秘的な歌声が辺りに響く。それはまるで大きなうなりを作るかのように緑のアンデッドを震わせ、次の瞬間、炎がゆらゆら揺らめきと共に色を失ったかと思えば、アンデッドの体が一気に崩れ落ちた。
    「あとはお前だけだ」
     残る最後の1体、黄のアンデッドに逢真は向き合う。
    「志を継ぐ、なんてのは柄じゃないが。お前達を殺した奴も利用した奴も、俺達がいずれ狩り尽くす。――だから安心して逝けよ」
     これまでに倒れた仲間達のように……そして、彼らの元へ。
     そんな想いを込めて、逢真はアンデッドへ殺人注射を打つ。みるみる吸い込まれていった毒薬は、見る間にアンデッドの内側を巡り、その力を奪っていく。
     すかさず、敵を切り裂いたのは予記の斬影刃だ。鋭い刃へ姿を変えた予記の影は、アンデッドの表面も内側もボロボロに変えてしまう。
     更に瑪瑙の影が触手化し、一気にアンデッドの体を絡めとった。拘束されたアンデッドは身じろぎしながらも攻撃を避けきれず、サイのティアーズリッパーが一気に急所を捉えた。
    「生き残った人達は元気にしてる。だから、心配しないで」
     辛うじて何とか立ち続けている紡は、なおも語りかけるのを止めない。
    「今は同じ武蔵坂学園に通っているのよ」
     彼らには、仲間を思う心も、もう残っていないのかもしれない。
     それでも少しだけ、ほんの少しだけ、敵の表情が和らいだように見えたのは気のせいだろうか?
    「せめて、どうか……」
     指輪を掲げた遥香は、一気に制約の弾丸を放った。小さくも確実にアンデッドを貫いたその一撃に、最後の黄色の炎も消えた。
    「……生前、名も知らず、出会うことも無かった我らが友。闇より解放されたあなた達。どうか……」
     安らかに。そう告げる遥香の前から、アンデッドは完全に消え去った。

     気力だけで立ち続けている状態だった紡は、小さく息を吐いた後、ゆっくり目を閉じた。今度こそ彼らが安らかに眠れるようにと、そう祈りを込めて黙祷する。
    「……魂があるところ、歌がある――っていう格言がある」
     しばらくしてラテン語を紡いだ千波耶は、そっと歌い始める。今の彼らに、歌ってあげたかった。
     死後このような目に遭った彼らの鎮魂になればと、そんな想いも込めて、穏やかに寄り添うような歌声が辺りへ広がる。
     そこへ、逢真は浄化をもたらす優しき風を招いた。この風が少しでも彼らの手向けとなり、空に帰してあげられたら――と。
    「殺しただけでは飽き足らず、殺したあとまで敵の身体を弄ぶ……私はエクソシストではないですけど、こういうの気に入らないですよ」
     そんな皆の後ろで、紅緋がぼそっと吐き出す。もし自分が同じような目に遭ったらと、そう想像すればするほどに今回のことは許せなかった。
    「ねえ、フェルディナンドさん。もし私が倒れたら、誰にも利用されないよう焼き払ってくださいね」
    「……火葬場を狙ってくるようなノーライフキングもいたものね。そうならないように、ちゃんと見張るよ」
     多くの灼滅者が参列する場であれば、さすがにそんな真似はできないだろう。もちろん、そんな未来は二重三重の意味で、迎えたくなんて無いけれど。
    「……嫌だよねえ、やっぱり」
     ぽつりと呟いて「この話は、おしまいね」とフェルディナンドは笑った。

    「何か見えた?」
    「ううん。だめそうだよ」
     予記は小さな溜息と共に首を振る。何か、手がかりになりそうな情報を掴めないか試みていた予記だったが、断末魔の瞳では何も見えず、手がかりになりそうな遺留品の類なども見つからなかった。
     身に着けていた品などは、彼らと一緒に消えていってしまったのだろうか。予記は、倒した4人を追うかのように空を見上げる。
    「そう……。どういうことだったんだろうね」
     誰がなぜ病院の灼滅者をアンデッドにたのか。彼らは一体、何を、何のために探していたのか――今回の件は瑪瑙にとっても引っかかることが多いけれど、これ以上ここで今掴めそうなことは、何も無さそうだ。
    「じゃー、ま、帰ろか」
    「うん。明日も授業、あるしね」
     サイと千波耶のやり取りに頷き合うと、皆は道を引き返していく。今から駅に戻っても終電には間に合わないだろうが、どこかでタクシーは拾えるはずだ。
     灼滅者達が引き上げて――辺りには、元通りの深夜の静けさだけが残った。

    作者:七海真砂 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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