クィーン・ビー

    作者:牧瀬花奈女

     その10人は、ほぼ同時に目を覚ました。
    「何ここ! まっくらじゃない!」
     暗闇の中で、甲高い女の声が叫ぶ。誰かが歩き回って、何かにつまずいて転ぶ音がした。下手に動くなと別の誰かが怒鳴り、更に別の誰かがそれに反発する。その騒がしさに耳を覆う者もいた。
     やがて彼らの目が闇に慣れて、周囲の様子が見えるようになる。
     10人がいるのは、廃ビルの一室のようだった。性質のよくない人間のたまり場にでもなっているのか、ざらついた床には空き缶やごみが散乱している。
    「どこだよ、ここ」
    「知らないわよ! あたしは家に帰るとこだったんだから!」
    「わ、私だって買い物をしてただけです!」
     男の言葉を皮切りに、喧騒が再び部屋を満たす。
     全く面識の無い10人が、知らぬ間に意識を失い、気付けばここにいた。全員がそう認識するまで、それほどの時間はかからない。
    「誰かがここに、あたし達を集めたってこと?」
    「うん。ちょっと殺し合いをして欲しくてね」
     女の問いに答えたのは、これまでの騒ぎに混じっていなかった、新たな声だった。
     10人の視線が集った先。枠だけを残した窓の側に、いつの間にか一人の少年が立っている。
     沼のようににごった、人を不安にさせる瞳を持つ少年だった。細い指の間に挟んだいくつものカッターナイフが、暗がりの中でやけに光って見える。
     カットスローター。そう呼ばれるダークネスである事を知らずとも、彼の姿は10人が警戒心を抱くには十分だ。
    「こ、殺し合いって、どういうことですか?」
    「どうもこうも、そのままの意味。アンタら10人で殺し合って、生き残った一人だけがここから出られるってゲームだよ」
     馬鹿馬鹿しい、と男が怒声を上げた。
    「どうやって集めたか知らねぇが、出るのなんか簡単だろ! 窓が開いてんだから!」
     大股で窓際まで歩を進め、ずいと手を伸ばした男は、しかし外へ出る事は叶わない。
     窓は、すりガラスのような半透明の壁に包まれていた。儚げな外観に反し、その壁は男の手を無慈悲に弾く。カットスローターが、小さく声を立てて笑った。
    「ここは閉鎖空間ってヤツでね。さっきも言った通り、ちゃんと殺し合えば、最後の生き残りだけは出られるから安心しなよ」
     まあ、俺は出入り自由なんだけど、とカットスローターはカッターナイフの一つをくるりと回す。
    「でも、殺し合いなんて……」
    「やれ」
     低く落とされたその声で、10人は悟った。
     やらなければ、全員がこの少年に殺されると。
     去り際に、カットスローターは白いワンピースを着た少女の耳元へ、そっと唇を寄せた。
    「アンタ、目立つから真っ先に狙われるんじゃない?」
     やられる前に、やっちまえよ。
     囁かれた少女――石笹ひな子は、ぎゅっと両手を握り締めた。
     
     皆さんを襲撃して来た六六六人衆に、新たな動きがありました。
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、集まった灼滅者達にそう言った。
    「皆さんの活躍で、多くの六六六人衆を灼滅する事ができました。それに危機感を覚えたんでしょうか……どうやら、新しい六六六人衆を生み出す儀式を始めたようです」
     その儀式を行っているのは、縫村針子とカットスローター。その名を耳にした事のある者も多いだろう。
     縫村針子は、六六六人衆の素質を持つ一般人を閉鎖空間に呼び寄せ、互いに殺し合わせる事で、より強力な六六六人衆を生み出す能力を持っている。
     その殺し合いを制した一般人が、六六六人衆となって閉鎖空間から脱出するのが感知されたのだという。
    「出て来たばかりの六六六人衆はある程度のダメージを受けていて、配下もいません。強力なダークネスである事に変わりはありませんが、灼滅するチャンスでもあります」
     脱出して来た一般人を救う事はできないのかと、灼滅者の一人が尋ねた。しかし、その問いかけに、姫子は眉を下げて首を横に振る。
    「この儀式によって生み出された六六六人衆は、完全に闇堕ちしていて、救う事はできません。その上、儀式のせいで六六六人衆の中でも、より残虐な性質を持つようになってしまうんです」
     逃せば、後で大きな被害を出す事になる。
     それを防ぐためにも、確実に灼滅してください、と姫子は少しだけ硬い声で続けた。
    「皆さんに灼滅していただきたい六六六人衆の名前は、石笹ひな子。かつては、大人しく、礼儀正しい女の子でした」
     けれど優しかった少女は、凄惨な殺し合いの果てに、他者の血を見る事に例えようのない興奮を覚える残忍なダークネスへと変貌してしまっている。
    「石笹ひな子は、赤い靴に仕込んだ刃で相手を切り裂くことを得意としています」
     その刃は、対象が一人であれば武器を、複数であれば防具を同時に傷付け、その能力を低下させてしまう。高いジャンプ力を持つため、後列へ下がっていたとしても刃から逃れる事はできない。
     また、自らが深手を負えば、踵を打ち鳴らして体力を回復すると同時に、バッドステータスを解除する事もあるという。
    「石笹ひな子が捕らわれている閉鎖空間は、とある廃ビルの一室です。皆さんが現地に到着して間もなく、閉鎖空間は解除されます」
     廃ビルの窓や出入り口は、すりガラスのような半透明の壁に覆われている。それが消えた直後に、窓から部屋へ飛び込むのが良いだろう。
     閉鎖空間となっている一室は取り分け窓が大きいため、外から見間違える事も無い。中に戦闘の障害となるようなものは無く、他の一般人が現れる心配も無いようだ。
     説明を終えると、姫子は改めて灼滅者達を見渡した。
    「強制的に闇堕ちさせられた相手を灼滅する事に、抵抗がある方もいるかもしれません。けれど、六六六人衆になってしまった以上、助ける事はできないんです」
     せめて、彼女がこれ以上の罪を重ねる前に。
     灼滅してあげてください。
     姫子はそう言って、灼滅者達に頭を下げた。


    参加者
    墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)
    裏方・クロエ(双塔のマギカ・d02109)
    司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)
    霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)
    ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)
    逆神・冥(復讐者は何を語る・d10857)
    一宮・光(闇を喰らう光・d11651)
    万亀・夏緒瑠(自称ミステリアス・d20563)

    ■リプレイ

    ●穿つ
     廃ビルの周囲には何も無かった。一般人どころか、猫の子一匹通りそうにない、寂しい場所だ。ビルの窓や出入り口を覆う半透明の壁が、その不気味さを際立たせている。
     ビルの周りを見回した灼滅者達は、ある一点に目を留めた。
     他と比べて、ひとまわりほど大きい窓。石笹ひな子が捕らわれている部屋は、あそこだ。
     仲間と共に歩を進めながら、一宮・光(闇を喰らう光・d11651)は年始の暗殺ゲームを思い出す。あの時も、死に物狂いで戦った。
    「こんなの、酷い理不尽だよね」
     すりガラスのような壁を見据えて、司城・銀河(タイニーミルキーウェイ・d02950)が抑えた声で呟く。彼女の言葉に、光は静かに頷いた。
    「欠員が出たからといって、わざわざ増やす事も無いでしょうにね」
     強制された殺人の末に闇堕ちし、そこから救われる事も許されない。それが六六六人衆のやり方だと分かっていも、無残と言う他なかった。
    「仇なす者は殺す、それだけだ」
     事情がどうこうなど知らんと、逆神・冥(復讐者は何を語る・d10857)は冴えた輝きの日本刀を抜き放つ。
     今は彼女のように、非情に徹するべき時なのかもしれない。ここでひな子を討てなければ、更なる悲劇を招く事になるのだから。
     突入の時は、音も無くやって来た。するりと半透明の壁が消えたその直後、万亀・夏緒瑠(自称ミステリアス・d20563)と、ナノナノのもっちーを連れた裏方・クロエ(双塔のマギカ・d02109)が真っ先に室内へと飛び込む。墨沢・由希奈(墨染直路・d01252)が隅に転がしたLEDランタンの光を受けて、もっちーと夏緒瑠は部屋の扉の方へと回り込んだ。冥の霊犬の鬼茂が、それに続く。
     ランタンの輝きに霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)と銀河の身に着けた明かりが加わり、部屋の様子がよく分かるようになった。
    「あなたは……ここで止めます!」
     ソフィリア・カーディフ(春風駘蕩・d06295)が床を蹴って、バベルブレイカーの杭をひな子の脇腹に叩き込んだ。首にかけた水晶形のライトが、その勢いで大きく揺れる。
     重い一撃を受けたひな子は、それでも倒れず踏み止まり、ゆるりと灼滅者達を見渡す。
     彼女の着ているワンピースは、たぶん、白かったのだろう。
     膝頭を隠す丈のそれは今、まだらに赤く染まっていた。履いた靴よりも深いその赤は、ここで起きた惨劇を嫌でも想像させる。
    「あなた達、だれ? どこから来たの?」
    「月並みですが、あなたの邪魔をしに来ました」
     しばらく一緒に遊んでもらいますと、夏緒瑠は手の甲に触れエネルギー障壁を展開した。彼女を振り返ったひな子の瞳が、笑みの形に歪む。
    「いいわ、いいわ。遊びましょう! ここから出られるのは、一人だけってルールだものね!」
     赤い靴から飛び出した刃が、鋭く弧を描いた。

    ●踊る
     ごめんねと、由希奈は口の中で詫びた。打ち付けた縛霊手から、網状の霊力がひな子へと伸びる。
    「お願い、大人しくしててっ……!」
     この言葉が届いたら。詮無き事だと知りつつも、そう思わずにはいられなかった。
     もっちーがふわふわハートで自らの傷を癒す傍ら、クロエは異形化させた片腕でひな子の背を抉る。ワンピースごと彼女の足を切る冥に、銀河が小さく分かれたリングスラッシャーを送った。
     薄紅の花で彩られた大鎌を、薙乃はいつもより重く感じた。
     魂が堕ちる最後の瞬間まで、ひな子の心は苦痛と恐怖に染まっていただろう。抜け出した場所は闇で、しかもそこからは助けて貰う事すら出来ないなんて。
     あんまりだと、薙乃でなくとも思うだろう。けれど彼女は、ためらい無く鎌を振り抜いた。ひな子の体温が急速に冷えて行き、細い体が凍り付く。
     光からこぼれたのは、漆黒の殺意。無尽蔵のそれはひな子を覆い、ぱきりと儚い氷の音を響かせる。
    「あなたは、私たちの手で倒します」
     ひな子をまっすぐに見据える彼の足元で、狼の姿をした影が揺らめいた。
     がつっ、と鈍い音を響かせたのは、夏緒瑠の展開した輝く盾。ひな子の瞳に、ほのかな怒りが宿った。
     ソフィリアの繰り出した拳が赤い靴の刃に受け止められ、紅白の紐で結ばれた鈴が鳴る。
    「ねえ、あなた」
     冷たいけど我慢して――悲痛な声と共に槍を繰り、妖気のつららを放った由希奈に、ひな子が呼び掛ける。
    「どうして謝るの? 私、今とってもしあわせなのに!」
     ぽんと宙を舞ったひな子は、笑っていた。歪んではいても、それは確かに笑顔だった。
    「怨む心すら、もう無いってことですか……」
     夏緒瑠の肩へ刃先を突き刺すひな子に、クロエは縛霊手を叩き付ける。人としての石笹ひな子は、儀式の完了と共に死んだのだ。今のひな子は、病魔のように死を振りまくダークネスでしかない。
     鬼茂からの癒しを受けて、冥が迷い無く刀を振り下ろす。銀河のクルセイドソードから、祝福の言葉を抱いた風が吹いた。
     止めなければならない。ワンピースの裾をひるがえして舞うひな子を見て、灼滅者達は改めてそう思う。
     薙乃が大鎌を鋭く振るい、紅の逆十字を紡ぎ出す。内から裂かれたひな子に、光は影を走らせた。影の狼は牙を剥き、ひな子の足へ食らい付く。夏緒瑠の盾が前衛いっぱいに広がり、仲間に加護を与えた。
     槍に螺旋のごとき捻りを加え、ソフィリアはひな子の腹を穿つ。血染めのワンピースに、また鮮やかな赤がにじんだ。由希奈の縛霊手より紡がれた霊糸が、氷の上に重なる。
     ひな子が小さく声を立てて笑い、刃が弧を描く。それまでよりも研ぎ澄まされた一撃を受けて、夏緒瑠がうめいた。腕を覆っていた青いガントレットが、陶器のように欠けて行く。
    「やはり……強いな……」
     もっちーと鬼茂が消えて行くのを見ながら、夏緒瑠はその場に崩れ落ちた。
    「わたしが回復に回ります!」
    「お願い!」
     ひな子との距離を詰める薙乃を見やって、銀河は倒れた夏緒瑠の元へ走る。傷だらけになった彼女の肩を担ぎ、窓際へと移動させた。これで、ひとまずは、ひな子の攻撃から逃れられるだろう。
     光がクルセイドソードを閃かせ、ひな子を切り裂く。赤い靴がたたらを踏んだ。
    「うふふ。まだよ、まだよ」
     まだまだいっぱい、遊びましょう。
     血にまみれた手で頬にかかった髪を払い、ひな子は笑った。

    ●沈む
     冥のナイフがいびつな形に変わり、ひな子の傷口を抉った。ワンピースを包む氷が、手足を縛る霊糸が、その数を増す。
     けれど、彼女はそこまでだった。振り上げられたひな子の足が、冥の胸を深々と刺す。
    「あと一歩……届かぬか……」
     膝をつき倒れた彼女を、光が抱えて戦列外へと運ぶ。
     もはやこの部屋に、無傷でいる者はただの一人も存在しなかった。ひな子との戦いは長期戦の様相を呈し、灼滅者達には癒しきれない傷が溜まっている。束ねた符の1枚を飛ばすクロエも、体力が底をつきかけている状態だ。前衛を担う者も、ソフィリアと、癒しの補助に回った薙乃しか残っていない。
     半数。撤退を決めるラインとして想定した戦闘不能者の数が、銀河の脳裏をよぎる。それを決めたとして、果たしてひな子は素直にこちらを逃がしてくれるだろうか。
    「銀河ちゃん」
     名を呼ばれ顔を上げると、由希奈と目が合った。
    「私たち、まだ負けてないよ」
     彼女の足元から滑るように影が伸び、ひな子を縛る。
    「私たちも、まだまだ行けますよね」
     銀の髪をさらりと揺らして、ソフィリアは槍からつららを撃ち出した。ひな子の体を覆う氷が、冷たく鋭い音を奏でる。
    「負けられませんからね」
     頷く薙乃の大鎌が薄紅の弧を描き、ひな子の胸を切り裂いた。
     取り逃がせば、ひな子の刃はやがて、かつて彼女が大切にしていた人にまで届くかもしれない。悪夢は、ここで終わらせなければならないのだ。
    「向こうも深手を負っています。押し切りましょう」
     戦列へと復帰した光が、クルセイドソードを構える。
     ひな子もこれまでに幾度か踵を鳴らしたが、傷も、重ねられたバッドステータスも、癒しきれていない。長期戦による疲労が溜まっているのは、彼女も同じだった。
    「……うん!」
     力強く首を縦に振り、銀河は前列に風を呼ぶ。それを飛び越えたひな子が、後衛を薙ぎ払った。
    「ボクは、ここまでみたいです……」
     あと少し、お願いしますと、床に血を滴らせ、クロエが倒れ伏す。
     ソフィリアがひな子の背へ、槍の穂先をねじり込む。重い手応え。爆ぜた氷の音に、由希奈の槍から放たれた氷柱のぶつかる音が重なった。
    「あと一息です!」
     薙乃が鎌を振るい、更に氷を重ねたその直後。
     光の足元から跳ねた影の狼が、ひな子を頭から呑み込む。よろけた赤い靴に叩かれ、ざらついた床はやけに大きな音を鳴らした。
    「あーあ……負けちゃった……」
     どうせなら、カッターナイフの人にバラバラにされたかったわ。
     水音の混じる声でそう言って、石笹ひな子は血だまりに沈んだ。

    ●願う
     満身創痍。
     倒れている者も、立っている者も、正しくそう形容するにふさわしい状態だった。
     それでも戦いが終わった後、灼滅者達は自然と黙祷を捧げていた。
    「ひな子ちゃんのことも、ここで死んだ人たちのことも、絶対に忘れないよ」
     由希奈の呟きに、彼らは目を開ける。
    「また一つ、強くならないといけない理由が増えましたね」
     ソフィリアの言葉に頷いて、薙乃は喉の奥に芽生えた熱い塊を飲み込んだ。犠牲となった人々の事を思えば胸が痛むけれど、この痛みは次の人を救う事に使うものだ。
    「絶対に、償わせようね」
    「ひな子さんたちの無念は、必ず晴らしましょう」
     銀河が言い、光はひな子のいた場所を見詰めた。
     縫村針子とカットスローター。灼滅者達の手が二人に届くまで、あとどれほどか。
     見えた時には、相応の報いを受けさせてみせる。
    「学園に戻りましょう」
     大きな怪我をした人もいますし、と冥の傍らに屈んだ薙乃に続いて、灼滅者達は倒れた3人に手を差し伸べた。
     彼らが立ち去った時、暗い廃ビルの一室にはまだ、血のにおいがこもっていた。

    作者:牧瀬花奈女 重傷:裏方・クロエ(雨晴らす青・d02109) 逆神・冥(心を殺した殺人姫・d10857) 万亀・夏緒瑠(自称ミステリアス・d20563) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月19日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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