共食い窮鼠

    作者:灰紫黄

    「ーーーーーーーーーーーーーっ!!」
     思わず声をあげそうになった。けれど、ぎりぎりのところで踏みとどまる。今、自分の居場所を誰かに知られるのはまずいと思ったからだ。
     目を覚ますと無人の団地にいた。周りは半透明な壁に遮られていて外には出られない。
     そして、これだ。
     少女の目の前にはカッターナイフを無数に突き立てられた死体があった。
     血の具合からすると殺されたのはほんの少し前。犯人はまだ近くにいるはずだ。
    「っ、はーー、はーー……」
     呼吸さえままならない。緊張。恐怖。戦慄。今の心境を表すには彼女の知る言葉では軽すぎた。理性はとっくに麻痺して、理屈はとっくに壊死して、ひとつの解だけが残る。
     殺される前に、殺してやる。

     昨年末の暗殺ゲームも記憶に新しいところだが、666人衆がさっそく新しい動きを見せた。灼滅者を出迎える口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)の顔は青い。
    「六六六人衆は、暗殺ゲームで私達に返り討ちにされた分の補充を企んでるみたいなの。一般人を六六六人衆に闇堕ちさせる儀式を行うわ」
     彼らが常に六六六の序列を維持していることは皆も知っているだろう。だが、その方法は謎に包まれていた。今回の儀式はその一端ということか。
    「主導しているのはカットスローターと縫村・針子の二人よ。それぞれ特異な能力を持っていて、それを利用して儀式を実行する」
     縫村は『縫村委員会』と呼ばれる閉鎖空間を作る能力を持ち、多数の一般人を閉じ込める。カットスローターは自身の能力空間を出入りし、閉じ込められた空間で殺し合いをさせる。そして、最後に生き残った一般人は六六六人衆に闇堕ちしてしまう。
     この儀式で闇堕ちした六六六人衆は他の六六六人衆に比べて残虐な性質を持つ。儀式以上の被害を防ぐためにも、ここで灼滅しなくてはならないだろう。
     目は手にしたメモに視線を落とす。どんな表情かはうかがえない。ただ淡々とその役割をこなす。それだけが今、彼女にできることだった。
    「闇堕ちするのは、根須・実栄さん。大人しい性格の女の子だったけど、極限状態の中で、身に映るもの全てが敵だと思うようになってしまったわ」
     灼滅者の姿を見れば、問答無用で襲いかかってくる。会話は通じない。
     実栄は殺人鬼に似たサイキックに加え、シャウト、そして背中に生やした刃物で戦う。いずれの攻撃も強力で、苦戦は免れられない。儀式の後でいくらか消耗しているのは不幸中の幸いというべきか。
     戦場になるのは人がいなくなった過疎地の団地周辺だ。建物の外で戦えば、支障になりそうなものはない。
    「どうやっても、委員会に閉じ込められた人や実栄さんは救うことはできないわ。……今は最善を尽くしましょう」
     実栄を逃がせば、より多くの犠牲が出るだろう。この惨劇に終止符を打てるのは、灼滅者達だけなのだ。


    参加者
    フィクト・ブラッドレイ(猟犬殺し・d02411)
    モーガン・イードナー(灰炎・d09370)
    朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889)
    桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)
    夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)
    内山・弥太郎(覇山への道・d15775)
    御印・裏ツ花(望郷・d16914)
    相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)

    ■リプレイ

    ●闇堕ち
     灼滅者達の見ている前で、半透明の壁が消える。縫村委員会が終了したということであり、同時に新たな六六六人衆が生まれたことを意味する。
     夢代・炬燵(こたつ部員・d13671)は白い息を吐いて、空を見上げた。雲間から月が顔を出して、団地を照らしている。使われなくなった団地はところどころ朽ちており、まるで巨大な生物の骨のようだった。ここには死が溢れすぎている。冷たい風に乗る血の臭いがそう言っていた。
     灼滅者達は思わず身構えた。根須・実栄が現れたのだ。かしゃりと背中の刃物を震わせて、問う。
    「……あなた達は? あなた達も私を殺しにきたの?」
    「そうだ。ここからはエキストラステージだ」
     実栄の問いに答えたのはモーガン・イードナー(灰炎・d09370)だった。ライドキャリバーのミーシャにまたがる彼の表情からは、何の感情もうかがえない。だが、心の中ではこんな理不尽を認めたくはなかった。実栄を殺しにきたのは間違いのないことなのだ。
    「やっぱり! 殺してやる殺してやる殺してやる…………っ!!」
     叫んで、臨戦態勢に入る。御印・裏ツ花(望郷・d16914)が放つ殺気を感じている様子はない。ダークネスゆえに当然だが、それはすでに彼女が人間でないことを意味していた。
    「殺される前に殺す? それはこちらの台詞ですわ!」
     扇子を広げ、言い放つ。同情などしない。意味のないことだから。
    (「これ以上の殺しの連鎖を続けさせるわけにはいきません」)
     叫びたくなるのを我慢して、内山・弥太郎(覇山への道・d15775)は武器を構えた。逃走させないため、縫村委員会の続きを演じる。そう決めていた。だから、敵に見えるようにしていなくてはならない。やりたくないけど、やらなくちゃいけない。灼滅者だから。
    「僕たちを倒せば正真正銘、君は自由の身だ」
     桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)の言葉は嘘ではない。ここを突破されれば、追跡のしようがない。そうなれば、より多くの血が流れることになるだろう。だから、ここを通すわけにはいかない。心を静めて武装を呼び出す。
    (「ここで灼滅することが唯一の……いや」)
     その先はおためごかしだ。ダークネスの支配だとか、灼滅者の使命だとかは実栄には関係ない。全部こちらの都合だ。彼女はただ生きたいだけ。でも、だからって逃がすわけにはいかない。相馬・貴子(高でもひゅー・d17517)は表情を凍らせて、ネズミを食べるネコに徹する。
    (「殴って解決できたらいいんですけどね」)
     実栄を倒せばこの場は収まる。だが、カットスローターと縫村・針子を倒さなければ事件は続く。朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889)が殴りたいのは実栄ではない。カットスローターと縫村の二人だ。そして、それは他の灼滅者も同じ。
    「塵も残さず、殲滅する」
     フィクト・ブラッドレイ(猟犬殺し・d02411)の言葉は他でもなく非情になれぬ自分に向けられたものだった。救うことができないなら、感傷など無意味。目の前にいるのは、人を殺さずにはいられない人外の存在。たとえ彼女も被害者だとしても、とうに堕ちてしまった。時は還らない。だから、ただ敵に徹するのみ。

    ●ハリネズミ
     先に動いたのは、基礎能力に勝る実栄だ。白いコートは半分以上が血に染まり、よく見れば背中の刃には犠牲者の肉片が引っかかっている。下手を打てば、灼滅者達も同じ運命をたどることになる。
     実栄の姿が消える。そして次の瞬間には弥太郎の背後にいた。
    「やらせないって!」
     ギリギリ反応できた貴子が弥太郎を突き飛ばし、身を挺して斬撃を受け止める。鮮血が散るが、ナノナノのてぃー太が速やかに傷を塞ぐ。防御を固めていても、六六六人衆だけあってダメージは大きい。
    「これ、どうですか? 痛そうでしょ」
     炬燵が演じるのは、委員会の中の殺人鬼。虚ろな笑みはどこか空々しい。漆黒の弾丸は実栄のコートを黒く毒で汚すが、効いている様子はない。痛みを感じる余裕さえないのかもしれない。
    「殺し合いだ。手加減などしない」
     機銃掃射に合わせ、モーガンは懐に飛び込む。同時、チェーンソーの刃を炎が包んだ。そのまま力ずくで叩きつける。その瞬間、炎に照らされ、泣き腫らした赤い目が見えた。人を殺すのに、実栄も苦悩を感じていたのだろうか。今の灼滅者達と同じように。
    「ああああっ!!」
     咆哮。か細い喉からありったけの空気が吐き出される。四足獣のように四つん這いになった実栄は背中の刃を逆立てた。刃は見えない糸に引っ張られるように空に落ち、そして後衛に降り注ぐ。フィクトは影の翼で身を覆うが、刃は易々と影を突き破り、肌を食い破る。
    「殲滅、する!」
     血にまみれた自分とは違う。少女は突然、何も知らぬまま巻き込まれた。その痛みはいかほどだったろうか。想像はできない。だからこそ、退けない。赤い逆十字が白いコートを切り裂く。
    「飛ばしますよっ! 受け取ってください!」
     光の矢をつがえるくしな。矢は白い軌跡を描いてフィクトに突き刺さり、その傷を癒す。だが傷は深く、なかなか血は止まらない。それだけ攻撃が強力だということだろう。
    「てやあぁ!!」
     生存本能に裏打ちされた実栄の気迫はすさまじい。負けないよう、弥太郎は声を張り上げる。どんな覚悟があっても負けては意味がない。ここは戦場なのだから。気合を込め、力任せの重い斬撃を繰り出す。
    「ほら、そんなんじゃ生き残れないよ?」
     高速回転する杭が実栄の頬をかすった。口では笑いながら、かごめは空しさを感じていた。救いを求める者を救うこともできず、倒すことしかできない。世知辛いな、と心の中でだけ呟く。
    「甘いですわ」
     裏ツ花の足元から影の触手が伸び、実栄の足に絡みつく。が、実栄は足からも刃を生やしてそれを斬りほどいた。集中せよ、と自分自身に命ずる。こうして相対してしまったからには、どちらかが倒れるまで戦うまでのこと。なのに、やっぱり、胸のうずきは止まらない。
     雲は次第に薄くなり、星もちらほら顔を出す。夜空は少しずつ明るくなっていくのに、けれど、ここには絶望しかないように思われた。

    ●血泥
     これまで武蔵坂学園の灼滅者が戦った六六六人衆の中には、不利を悟ると逃走する者が多かった。逃がしてしまえばまた事件を起こすため、逃亡の阻止を考えるのは自然なことだろう。ただ、それはもちろん勝利が前提だ。今回、そちらに気が取られ過ぎた。
     もともとダークネスと灼滅者の戦力差は著しい。六六六人衆ともなればなおさらだ。だが、その差を埋めうる決定的なものがない。一進一退、というよりも泥沼の戦いといった状況だ。
     実栄は身体を丸めて回転し、てぃー太に突進した。防御も間に合わず、刃に飲まれて消滅する。だが、その隙にフィクトの影がその真下に迫っていた。
    「喰え」
     影でできた真っ黒な顎が実栄を飲み込む。ばりばりと咀嚼する音は、一秒とたたずに消えた。背中の刃で切り裂いて脱出したのだ。もう演技をする余裕などない。お互いに目の前の敵を倒すことしか以外には頭になかった。それほどに追い詰められていたのだ。
    「これ以上はやらせません」
     炬燵の手から橙の符が飛び、実栄の肌に張り付いた。瞬間、符から魔力が流れ、精神を直接揺さぶった。ふらりと足元がぐらつく。灼滅者側の消耗も激しいが、実栄も無傷ではない。もともと負っていた傷も合わせて、ダメージは大きい。
    「御命、頂戴しますわ」
     杭が高速回転、空気の渦を巻く。渦にスカートをなびかせながら裏ツ花は踏み込んだ。手応えはあった。けれど、杭は歯で受け止められていた。間近で二人の視線がぶつかる。実栄は怯えていた。深い恐怖と憎しみの色が、裏ツ花を射抜いた。一瞬、動きが止まる。その隙を見逃す六六六人衆ではない。無数の牙がその柔肌を喰い千切るはずだった。だが、ミーシャが受け止めた。その代償として力尽き、消滅してしまったが。
     灼滅者達は少しずつ背後に迫る死の音を感じていた。サーヴァントは消えた。次は灼滅者の番なのだ。もし敗北すれば、実栄は間違いなくとどめを刺す。
     モーガンの足が地面を蹴った。実栄を殺すためにここにきた。迷いはないといえば嘘になる。だが、もはや彼女を倒さずには生還できないのも事実なのだ。灼滅者の使命以上に、生き残るためには戦わなくてはならない。けたたましいチェーンソーの音が、まるで自分の心臓の音のようにも感じた。小刃の群れはコートを、肉を引き裂く。わずかに頬についた返り血は温かかった。それが無性に悲しかった。
    「どうして、どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないのっ!?」
     刃を振り回しながら、実栄は力の限り叫んだ。鳴いて喚いて、地団太を踏んだ。状況が変わることがないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。家を出たまま帰れない、迷子の少女がそこにいた。
     明るくなったはずの空は再び曇り、月は覆い隠されようとしてた。星はとうに見えず、何もかもが暗闇に沈んでいくようだった。

    ●死よ、願わくば
     何度目かの刃の雨。ミーシャに次いで、防御役のモーガンがこの攻撃で倒れた。他の前衛も無事とは言い難い。同じく防御役の貴子もようやく立っているという状況だった。それでも彼女は、攻撃役を守り続けた。身を挺し、盾を掲げ、仲間を支える。だが限界は必ず訪れる。刃を握った実栄の腕が貴子の腹を貫いた。口からこぼれた血の塊が実栄の顔を汚すが、気にした様子はない。慣れてしまったのだろう。
    「あ……あと、まかせ、たから」
     仲間を振り返り、無理やり笑みを作る。そこで意識は途絶え、どさ、と倒れた。
    「任され、ましたっ!」
     くしなは涙を拭う。涙が出るのは、辛いから? 悲しいから? 仲間が倒されて悔しいから? その全てのような気がして、でもどれも違うように思った。とにかくここまで来たなら、やることはひとつだ。灼滅者の攻撃が次々に実栄を襲い、がりがりと命を削る。
    「あああああああああああああああああああ!!!」
     全身から血を流しながらも、実栄は必死に抵抗を続けた。くしなの腕を、脚を、刃が串刺しにする。だが、精神力だけで持ちこたえた。随分と失血したが、まだかろうじて意識はあった。最後に一発、力いっぱいぶん殴る。
    「とおりゃぁっ!!」
     実栄は衝撃で団地の壁に叩きつけられる。よろよろと立ち上がる少女の目には、涙が浮かんでいた。
    「死んで、早く死んでよ! でないと私が殺されちゃう! 誰か助けて!!」
     実栄の悲鳴を形にしたような、凶刃の雨。中衛が血に沈む。
     殺さなければ殺される、という強迫観念にとらわれた彼女は自分の意思で殺戮を行ったわけではない。でも、殺した。自分のような存在は許されない。殺されるべきだ。でも死にたくないから殺される前に殺す。恐怖と罪悪感の悪循環は永遠に実栄を殺戮の海に縛り続けるだろう。
    「あなたは悪くない。だから、苦しまないで」
     本当なら、こうなる前に救いたかった。それが弥太郎の、いや、みんなの本心だ。実栄は救うことはできないが、それでも、灼滅者としてここに来なくてはならなかったのだ。ほとんど身体に感覚はない。けれど、かすかに感触の残る腕で気の弾丸を撃ち出す。この一撃が致命傷となり、実栄はその場に倒れ伏した。
    「……こんな形でしか終われせてあげられなくて、ごめんね」
     胴体を穿たれた実栄にふれようと、手を伸ばすかごめ。実栄もその想いを知ってか知らずか、手を伸ばし返す。だが、その刹那、実栄の体は風船みたいに破裂した。殺した分だけ血を吸ったみたいに、大量に血をぶちまけた。あとにはそれ以外は残らない。最初からそれしかなかったように、血の痕だけが残った。
     ぽつぽつと雨が降り始めた。やがて雨は勢いを増して、血を全て流してしまうだろう。根須・実栄という少女が生きた証しが消えてしまうようでもあった。氷のように冷たい雨を浴びながら、灼滅者達は帰路に就いた。

    作者:灰紫黄 重傷:モーガン・イードナー(灰炎・d09370) 相馬・貴子(高でもひゅー・d17517) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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