闇のなかに在るモノは

    作者:ねこあじ

    ●新宿歌舞伎町
     発生している元病院灼滅者のアンデッド事件に思うところがあったのだろう。
     夜の新宿を歩いていたハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)は、歌舞伎町の公園にて元病院灼滅者らしきアンデッドを見つけた。
     公園のマンホールをあけて、その中に入っていくアンデッド達。
    (「あのコたち、どこに行くんだろお?」)
     完全に入ったのを見届けてから、ハレルヤはマンホールへと近付く。
     注意しつつ彼女も中へと入ってみれば、等間隔に設置された仄かな光源が下水道の闇を和らげていた。
     アンデッドの立てる音が下水道内に響いていて――だが、それらの音がふいに変化する。
    「?」
     後を追うハレルヤは下水道の一部が崩れ、更にその先が大きな空洞となっているのを発見した。
     下水とは違う、腐敗した臭いが大きな空洞から漂ってきている。
     アンデッドの進む音が、この先から聞こえてきた。もう少しだけ、ハレルヤは尾行することにした。
     音を立てないよう慎重に、瓦礫を避ける。
    (「もしかして、この先に病院の元灼滅者を蘇らせているモノが……?」)
     そう考えながら踏み出した次の一歩は、何か柔らかいものの上に着地し、思わず下を見るハレルヤ。
     仄暗い視界のなか、自身の足の下には一本の腕。一つ認識してしまえば見えてくるモノがある。
    「!」
     無数の腕、足、それに絡まる長い髪、体。
     そこに在るのは幾つもの死体。
     異形の者、人の姿をしている者――病院の、元灼滅者達。
     積まれた死体をじっと見たあと、ハレルヤは学園に戻り報告すべく踵を返した。


     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は一礼したのち、説明を始めた。
    「皆さん、アンデッドとなってしまった病院の元灼滅者が、新宿近辺で何かを捜索するような行動をとっていた事件は知っていますか?」
     反応した灼滅者達に頷き返す姫子は、真剣な表情で地図を指し示した。
    「今回、ハレルヤさんが、元凶がいるかもしれない場所を探り当ててきてくれました。といっても、まだ、その全容はつかめていません。
     ですが発見された地下空間に、病院に所属して死亡した灼滅者達の死体が集められているのは間違いないようです」
     歌舞伎町の公園を指し示していた姫子の指は、いくつかの点を辿っていく。
     今までの、元病院灼滅者のアンデッド事件が起きた場所だということに、何人かの灼滅者は気付いた。
    「これまで多くの、病院の灼滅者のアンデッド事件を解決してきた結果なのでしょう――この地下空間に、アンデッド化したものは殆ど残っていないようです。
     それでも、このまま放置してしまうと、新たにアンデッドとなってしまう死体が出てくるでしょう」
     そう言った姫子は、緊張した面持ちで灼滅者達を見つめる。
    「そこで、皆さんには地下空間の調査をお願いしたいのです。
     地下空間の地形や、集められた死体の数などの情報が集まり、安全が確保できるようでしたら、死体の搬送を行うことができます」
     ――これ以上、利用されないように取り計らう事ができる、と姫子は言う。
     彼女は説明を続けた。
    「地下空間に残されたアンデッドは、入り口に使われている公園のマンホールから出入りをして、周囲を見まわるような行動をしています。
     まずはこのアンデッドを灼滅し、その後、地下空間の調査に赴くのが良いでしょう」
     アンデッドの数は三体。公園内で一緒に警戒活動を行っている。
     三体ともエクソシストと同じサイキックを扱うが、このアンデッド達は元々の損傷が激しく、耐久力はあまり無い。
    「灼滅者の死体がアンデッド化されて利用されるというのは、とても哀しい事です。早々に解決したい事件だとも思います。
     そのためにも、しっかりと調査をしていただきたいのです。改めて、お願いします」
     姫子の表情は先程から変わらず、緊張したまま。
    「外に出てくるアンデッド三体を灼滅に導くと、敵対的な存在は、地下空間からはいなくなるはずです。
     ただ、皆さんの侵入時点で、敵対的では無いアンデッドなどが存在する可能性はあるので、調査は注意深く行って欲しいのです。
     地下空間に、アンデッドを生み出している元凶が居た場合は、その正体や目的を知りたいところではありますが、無理をせずに帰還を優先してください」
     何が在るのかは、分からない。
    「灼滅者のアンデッドを多数生み出して活動している存在……、警戒して警戒しすぎるという事は無いでしょうから」


    参加者
    レニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)
    藤枝・丹(六連の星・d02142)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    イーニアス・レイド(楽園の鍵・d16652)
    アムス・キリエ(懊悩する少年聖職者・d20581)
    サイラス・バートレット(ブルータル・d22214)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)

    ■リプレイ


    「どこまでバラバラにしたら、こうして使われなくなるのかな」
     アンデッドの腕を切り落としたハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)の呟きと共に一体目が崩れ落ちた。
     同時に輝く十字架が二つ出現。無数の光線が前衛の灼滅者たちを襲う。
     バーガンディに騎乗してアンデッドに迫る咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)は抱えた棺桶で光線を弾いたあと、チェーンを操り棺桶を構えなおした。
     藤枝・丹(六連の星・d02142)の放ったオーラが一体のアンデッドに着弾し、バーガンディごと突撃した千尋がガトリングガンで撃ち続ける。
     旋回する彼女に合わせて動く漣・静佳(黒水晶・d10904)の放った光条が敵を貫いた。
    (「彼らを利用して、なにを、探しているの、屍王」)
     かつて灼滅者だったものは鋭い裁きののち、地に倒れ灼滅へと導かれる。
     残り一体に接敵すべく、跳躍したレニー・アステリオス(星の珀翼・d01856)が、構えるアンデッドに脚を鋭く振り下ろす。牽制を受け、構えが解けるその隙を狙って殉教者ワクチンを注入した。
    「ごめんね」
     アンデッドが纏っていた服は女性のものだった。レニーの対角から迫るイーニアス・レイド(楽園の鍵・d16652)がロッドを振るい、敵を打つ。
     アムス・キリエ(懊悩する少年聖職者・d20581)の裁きの光条が敵を襲った。
     イーニアスが流しこんだ魔力、そして悪しきものを滅ぼす光に貫かれて呻くアンデッドに、利き腕を巨大なデモノイドの刀へと変化させたサイラス・バートレット(ブルータル・d22214)が大きな軌道を描いての一閃。
    「そろそろ終いにしようぜ」
     サイラスの言葉に応えることもなく、呻き声をもうあげることもなく、収束する光のなかで最後のアンデッドは灼滅される。
    「どうか、安らかに」
     消えゆく『彼ら』の姿を見つめながら、イーニアスは呟いた。

    「ここだよお」
     心霊手術を終え、ハレルヤの案内で公園のマンホールまで辿り着いた灼滅者たち。ここまでの動きはとても迅速かつ効率的。
    「身体あったまった後で良かったっすね」
     マンホールの穴から漂う空気は冷え冷えとしていて、思わず丹がそう言った。
    「調査が上手くいけばこの地下道の方々だけでもアンデッドにされるのを防げるのですね」
     身に着けたストラを掴みながら言うアムスに、頷きを返し――いざ。


    「バーガンディ、照明を頼むよ」
     千尋の懐中電灯とバーガンディのヘッドライトが照らし出す下水道は、今までの事件のアンデッドたちが何度も行き来をしていたのだろう。痕跡があった。
    「この前、ここに入ったときは気付かなかったなあ」
     ハレルヤが同じ方角を示しながら言う。仄暗い下水道で見つけられるものではない。
     いつでも業を察知できるように、サイラスがDSKノーズを一定の距離ごとに発動させる。彼が頷いて安全が確保できれば、箒に乗る丹がカメラを持って足場の状態、上部を撮りに回った。
     後々、搬送ルートを決定しやすいよう、入ってきたマンホール、途中の分岐点をそれぞれがチェックしていく。
     歩幅に気をつけ、静佳はそれによる概算距離を算出する。彼女の服の裾からはアリアドネの糸が伸びていた。
     少し前方に行っていた丹が、箒ですいーっと戻ってきた。
     先を指差し、次に続くサイラスの足元に向かってサインをおくる。ここから先は小さな瓦礫が転がっていて、空洞が近いことを示していた。
     地下独特のこもった匂いが漂い、体感温度はますます下がっていくようでもある。
     空洞の詳細な入り口を描くべく今までの情報をもとに、ハレルヤは一旦、現在までの経路の完成形を強くイメージして地図を描く。
     下水道台帳から外れた場所は記憶し、この後、調べたのちにハレルヤなりの地図の完成形を思い描けば、空洞の地図も出来上がることだろう。
     スーパーGPSを扱うレニーは、ハレルヤの地図イラストと下水道台帳と、地上の地図を示し合わせて現在地を確認。書きこんだ。
     堅実な調査により、十分な情報を持ち帰ることができそうだった。
     後方を警戒しているのはイーニアス。もしもの場合に撤退の妨げとなる大きな瓦礫を怪力無双でどかしていった。
     その時。
    「!」
     灼滅者の持つ照明が、腕を照らし出した。
     アムスはカウンターで『1』をカウントする。
     歩を進めるごとに、それはどんどんと増えていく。
    「……入り口から五十メートル程、たくさんの遺体あり」
     アムスが持つカウンターの数字を見た後、丹は呟き、遺体を撮る。今はただ、淡々と調査に身を投じるのが最良にさえ思えた。

    (「なんて酷いことを」)
     祈りの言葉を口の中で呟くイーニアス。顔は青ざめているが、それは恐怖ではなくまだ見ぬ元凶への激しい怒り故だった。
     遺体の中にアンデッドが紛れていないか、と、イーニアスは改めて警戒レベルを上げた。この空間の、何もかもが非情で、容赦のない空気に何かがありそうな気がした。
     ごろりごろりと転がるそれは、無造作に置かれているかのようだ。足場は悪く、マッピングを手書きしながら歩いていたハレルヤは、地形の特徴を書き留める際に立ち止まることが多くなった。
     それでも調査を重ねていけば、詳細な空間を掴める。
     彼らの遺体が続くなか、ふと、小声で誰かが疑問を口に出した。
     病院の灼滅者が殺されたのは、かなり前ではなかったか、と。
     腐敗はもっと進んでいてもいいはずだ。
    「よく、観察したら、腐敗していない人も……いるわ、ね」
     静佳の視線の先には、とても綺麗な遺体。胴体に空いた穴は病院襲撃時のものだろうが、そこから腐敗に進んだ跡は無い。
    「この数です。もっと空気が澱んでいても、おかしくはないのですが」
     やはり小声で言いながら、アムスはカウントを増やす。
    (「誰だか知らないけど、惨いことをする……」)
     レニーは屈んで十字を切った後、一つの遺体に手を伸ばした。眠るような表情を浮かべる頬に触れ――。
    「っ!? ……冷たい? こっちの人も、凄く冷たいね」
     骸だから、とか、冷たい空気にさらされて、というレベルではなかった。周囲の骸に次々と触れていくレニー。
    「ほんとだ、冷たいな」
     千尋もまた確認し、頷いた。
     そんななか、サイラスがハッと息を呑む。緊張はすぐに仲間へと伝播した。
    「みんな気をつけろ! 何かが……ダークネスだっ!」

     サイラスが放った警告の直後、死体の山の上に片翼を持つ者が姿を現わす。ダークネスの作り出した白い光球が、場を照らす。
     風貌は若い青年のようだが、それは右半身のみ。
    「フフフ。このワタシ、チのケンシ・カンナビスの王国に何のヨウですカ?」
     翼を持つ右半身とは違い、左半身は骨格をさらけ出している。湾曲する大きな角がやけに目立っていた。
     異質な姿は、まさしくノーライフキング。
    『カンナビス』が右手の鋭い爪を薙いだ瞬間、大きく歪む光球から光線が一気に放たれた。


     降り注ぐ無数の光線は、前衛に立つ灼滅者ごと地に叩きつけ穿つ。一瞬、一瞬ごとに貫かれ、地面に縫いとめられるような衝撃に動きが封じられてしまった。
    「……っ、遺体が動き始めている!」
     詠唱圧縮した魔法の矢を放った丹は、カンナビスの足元にいた死体が動き出すのに気付き、更に牽制の矢を飛ばす。
     アンデッド化した死体は、前衛の仲間に迫ろうとしているようだ。純度の低い牽制の矢を、丹が次々と放つ。
    「さっさと撤退してぇところだけどな――喰らいなっ」
     ウロボロスブレイドが光線を切り裂くように、空中を舞った。サイラスが細やかな腕の動きで刃を加速させる。
     カンナビスは右手の長爪で鞭剣を弾き返した。それと共に光線が四散し、光の残渣が周囲に漂い散っていく。
     ようやく止まった攻撃に、膝をついていた前衛がぎこちなく上体を起こす。霞む視界にまず入ったのは自身が作る血だまりだった。
    「動けますか!?」
     アムスの声と同時に、リバイブメロディが前衛に響き渡った。癒しの音が体内に運びこまれ、徐々に力が戻り始める。
     五人全員がディフェンダー、かつ調査前に心霊手術を施したことで戦闘不能に陥る者はいなかった。ハレルヤはかろうじて意識を保っている状態だが――。
    「なん、とかね」
     血を吐き出しつつ、レニーが答える。屍王の姿を目に焼きつけながら立ち上がった。
     息を切らしながらも静佳が夜霧隠れを展開させていく。強敵と遭遇した時は撤退、みんなでそう決めていた。――もしも、緊急撤退になる、その場合は――静佳は、密かに覚悟を決める。だが、まだ八人とも動ける。
    「バーガンディ!」
     迫りくるアンデッドにバーガンディが突撃し、旋回。車体が斜めに倒れる瞬間を狙い、千尋が騎乗する。
     戦場を見回す千尋は仲間の状態をざっと確かめ、次にアンデッドへの牽制に動く。
     その間、イーニアスが癒しの力に転換させたオーラをハレルヤに与えながら、共に後退していく。
     カンナビスは、立ち上がり撤退に移行する灼滅者たちを面白そうに眺めていた。
    「ケンシ……剣士にしては武器は爪? ということは、犬士かな」
     レニーが確認でもなく屍王を見ながら呟けば、カンナビスの爪がカチャカチャと鳴らされる。
    「フフフ。思ったヨリも考えル力がアルようだね。そう、ワタシの名は智の犬士カンナビスだよ」
    (「元、スキュラ配下……カンナビス」)
     静佳が心の中で、名を呼んだ。
     初撃以降、攻撃する気配をみせないカンナビスはアンデッドたちに任せているようだ。長爪でアンデッドを背後から突き刺し、灼滅者たちの前に放り出した。
    「なんてことを……っ」
     カンナビスの踏み躙るような行為に、イーニアスが呟く。どさりと地面に落とされたアンデッドは、鈍い動作で起き上がった。
    「その犬士が灼滅者の死体を集めて、何をしているのかって話だけど」
     千尋の声に、カンナビスは答える。
    「深いイミは無いよ。廃品利用で探しものヲ頼まレタダケさ。でも、ソロソロ潮時かな」
     ハレルヤは、首を傾げた。どこまで身体をバラバラにすれば、死んでしまった元病院灼滅者は再利用されなくなるのか――。
    「ボクはさあ、気持ちよく死ねるならそれで良いんだ。けどこうして生きて来ちゃってるから、もっともっと殺したくて生きて来ちゃってるから。
     気持ちよく死なせてくれないヒトはキライなんだ」
     その言葉をどう受け取ったのかは分からないが、カンナビスがアンバランスな両翼を広げた。その表情は見えない。

     丹の魔法の矢が先頭のアンデッドを射抜き、サイラスの鞭剣が薙がれ、アムスが更に回復を重ねた。
     迫るアンデッドから彼我の距離を稼ぎ、一気に後退する。白い光球が、アンデッドたちの呻き声が遠ざかっていく。
     置いて行くな、と、救ってほしい、と嘆いているように聞こえた。
    「行きましょう」
     静佳のアリアドネの糸は、まだそこに在る。出口へと繋がっている。情報は十分に持った。
    「こちらの所属にカンナビスは気付いただろうか?」
    「……分からない」
     八人の気がかりはそこだった。
     身元が分かりそうな様々なものは避けた。こちらにも考える力はあるが、敵にも勿論それは備わっている。
    (「この情報で、彼らが静かに眠れる日が早く来ますように」)
     イーニアスが祈る。
     空洞から下水道、そして地上へ。
     屍王の王国から、生者の地へと。
     灼滅者は帰還した。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 64/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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