私達は、飛んで比翼の鳥となる

    作者:宮橋輝


     あんたら、ここに来るのは初めてかい?
     悪いこと言わないから、この先には行かない方がいいよ。
     切り立った崖で危ないし、こないだ悪いことがあったばかりだからね。

     何があったかって? 身投げだよ、身投げ。
     こう、崖の上に靴が二足揃えてあってね。男物と、女物と。
     その近くには、ご丁寧に遺書まで置いてあったんだ。

     理由? よく分からないけど、どうも心中みたいだねえ。
     もしかしたら『道ならぬ恋』ってやつかもしれないけど、あたしゃそこまでは知らないよ。

     でね、それから出るらしいんだよ。何かって? やだねえ、アレに決まってるじゃないか。
     念願叶ってあの世で一緒になる筈が、うっかり迷っちまったんだろうさ。
     まあ、アレは幽霊ってより化け物かもしれないけどね。
     腕組みした格好で二人の体がくっついてて、背中からは羽が片方ずつ生えてて。
     目は、どっちも一つしか無いらしい――だから言ったじゃないか、化け物だって。

     いいからお聞きってば。
     そいつらは、自分らがこの世で結ばれなかったもんだから、あんたらみたいな幸せそうな二人を見ると黙っちゃいられないのさ。
     このまま崖に近付いたら、そいつらに連れて行かれて、永遠に『二人でひとつ』にされてしまうかもしれないよ――?
     

    「全員揃ったかな。それじゃ、説明始めるね」
     教室を見回した後、伊縫・功紀(小学生エクスブレイン・dn0051)はそう言って話を切り出した。
     どうやら、とある断崖に都市伝説が出現したらしい。
    「一ヶ月くらい前に、この崖から男の人と女の人が飛び降りたみたいで。遺体はとうとう見つからなかったんだけど、きちんと靴が揃えてあって、遺書もあったんだって」
     それによると、どう頑張っても結ばれない現実を嘆いて――ということのようだが、どのような事情を抱えていたのかは判然としない。許されない恋といっても、その理由は様々である。
     ともあれ、その二人が崖から身を投げたという話が都市伝説の元になったのは確かだろう。
    「事が事だから、お約束のように幽霊が出るって噂になってね。どんどん尾ひれがついてるうちに、都市伝説が生まれちゃったってわけ」
     都市伝説は『比翼の鳥』。本来は中国に伝えられる架空の存在で、つがいである雄と雌のそれぞれが目と翼を片方ずつ持ち、二羽が一羽となって飛ぶ鳥のことだ。仲が良い夫婦の象徴とも言われる。
    「……ただ、今回の都市伝説はあくまでも人がベースだけどね。男の人と女の人が腕を組んだ状態で一体化してて、それぞれの背中に鳥の羽が一つずつ生えてる。そして、二人とも目は一つだけ」
     幽霊と呼ぶには、些か人間離れした形で実体化してしまったようだ。
    「出現条件は、現場の崖で『男の人と女の人、一人ずつが仲良さそうな姿を見せる』こと。もちろん演技で構わないし、最低限、見かけが誤魔化せれば大丈夫」
     そうすれば、崖下から翼を羽ばたかせて『比翼の鳥』が現れるだろうと功紀は灼滅者に告げる。
    「くっついてるから一体に見えなくもないけど、戦力としてはちゃんと二体に数えるから気をつけてね。どっちも状態異常の扱いを得意としてるから、そこんとこ対策が足りないと苦戦するかも」
     黒板に都市伝説の攻撃方法を書き連ねつつ、彼は念を押した。
    「今のところ犠牲者は出ていないから、ここで倒すことが出来れば被害は未然に防げると思う。ちょっとやりきれない話だけど……どうか、お願いね」


    参加者
    伊舟城・征士郎(アウストル・d00458)
    神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)
    望月・心桜(桜舞・d02434)
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀人形・d02452)
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)
    与倉・佐和(狐爪・d09955)

    ■リプレイ


     下を見れば、目が眩みそうな断崖絶壁だった。
     結ばれぬことを嘆き、手を取り合ってこの崖から身を投げたという男女の胸中を思い、神代・紫(宵猫メランコリー・d01774)は微かに目を細める。
    「許されない恋かぁ……切ないわ」
     ビスク・ドールにも似た白いかんばせに薄い笑みを湛えて、シェリー・ゲーンズボロ(白銀人形・d02452)は陽が傾き始めた空を仰いだ。心に浮かぶのは、最愛の恋人のこと。
    (「一番愛しい人には生きて幸せに成って欲しいって、お互いにそう思わなかったのかな?」)
     誰よりも大切な存在に死を強いる。それは、果たして愛といえるのか。
     ひとまず意識を切り替え、同行する仲間を振り返る。今回の敵となる都市伝説を誘き寄せるべく囮役を務める二人が、ちょうど準備を終えたところだった。
    「おう、こうして二人並ぶとかわいらしいカップルに見えるな」
     微笑む刀鳴・りりん(透徹ナル誅殺人形・d05507)に、望月・心桜(桜舞・d02434)はほんの僅か複雑な表情を返す。都市伝説を出現させるための条件は、『断崖の上で男女二人が仲睦まじい姿を見せること』。決まった相手がいる女子と演じるのは伊舟城・征士郎(アウストル・d00458)としても気が咎めるが、この場合はやむを得ない。
     囮役の二人を残し、残りのメンバーは近くの岩陰に隠れる。少しでも目立たぬよう、全員がESPで動物に化けるという徹底ぶりだ。
     影絵の如き黒猫に変じたレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)の隣には、黒いボーダーコリーになった与倉・佐和(狐爪・d09955)。
    「寒い方がいらっしゃっいましたら、暖を取るのに使っていいですよ」
     と先に告げられた言葉に甘えて、紫はもふもふの毛並みに顔を埋める。じゃれつく仕草は、本物の猫と比べてもまったく見分けがつかない程だ。
     その傍らでは、赤毛の犬――マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)がぼんやりと断崖を眺めている。こちらを見守る動物たちの視線を感じつつ、囮役の二人は行動を開始した。
     頬を赤らめた心桜が、持参したチョコレートの包みをずいと差し出す。
    「あ、あのっ、わらわ、ずっと征士郎殿のことが……!」
     俯く彼女から恭しく包みを受け取り、征士郎が照れながら口を開いた。
    「お気持ち、有り難く頂戴させていただきます」
     演技とはいえ、言葉に込めた感謝は本物。態度の端々に若干の遠慮が見え隠れしているものの、これはこれでかえって初々しいと映るかもしれない。
     もじもじする二人の横顔に、崖下から風が吹きつける。
     羽音がした方に顔を向けると、背に片方ずつ翼を生やした男女が宙に浮かんでいた。


     ばさりと翼を羽ばたかせて、異形の男女は一つきりの瞳で断崖に立つ少年と少女を見詰める。
     固く組まれた二本の腕は溶け合い、どこまでが男でどこまでが女なのかも判然としない。
     都市伝説『比翼の鳥』。その出現を認めて、灼滅者は一斉に動いた。常人の接近を拒む殺気が一帯を覆い尽くすと同時に、岩陰に隠れていた面々が変身を解除して飛び出す。
    「Alea jacta est――愉しい狩りを始めようか」
     兎から元の姿に早変わりしたシェリーがカードを手に声を響かせれば、レインも彼女に倣った。
    「その闇を、祓ってやろう」
     敵の注意を惹くため囮役の二人に並んだ佐和が、黒い狐面を着けて武器を構える。
    「お仕事の時間です」
     封印を解かれたサーヴァント達が主らと共にそれぞれのポジションについた時、『比翼の鳥』が烈風を起こした。真空の刃が駆け抜ける後を追って、無数の羽が舞う。
    「比翼連理といえば、美しいものと思っておったが、こいつはいささか気味の悪い相手じゃの」
     微かに眉を寄せたりりんの隣で、マリアがぽつりと言った。
    「貴方達も……好きで、そんな姿に生まれたわけじゃ、ないだろうけど……」
     こうして顕現してしまった以上、放ってはおけない。縛霊手の指先に治癒の霊力を集め、仲間の背に撃ち出す。彼女が前衛に回復を届けるのと時を同じくして、りりんが影の刃で『比翼の鳥』の片割れ――女の脇腹を切り裂いた。
     まずは、女に狙いを集中して一体ずつ落とす。それが、今回の作戦だった。
     ビハインドの『黒鷹』を伴って前に踏み込んだ征士郎が、古びた鍵の如き形状の剣を振るう。光り輝く斬撃が女を捉えた瞬間、黒鷹が攻め手を封じるべく追撃を見舞った。
    「――久遠」
     どす黒い殺気で敵を取り巻きながら、紫がシベリアン・ハスキーの姿をした霊犬に声をかける。
     自慢の毛並みを風にそよがせ、『久遠』が地を蹴った。口に咥えた得物を操り、斬魔の一太刀を浴びせる。リヒャルト、と名を呼んだレインの足元で、大きな獅子の影が身を起こした。
    「……すまないが、猫というよりは獅子でいたいのだよ、私は」
     吼え猛る獅子が女に迫り、肩口に牙を立てる。伴侶が僅かに動きを鈍らせたのを見て、男はそっと祈りを捧げた。降り注ぐ淡い光が『比翼の鳥』を包み、癒していく。
     状態異常耐性を付与された女が睦言のように甘い囁きを漏らせば、たちまち生み出された毒が前列の灼滅者を蝕んだ。

     生きて逃げる、という選択肢はなかったのでしょうか――?

     思わず零れかけた言葉を、佐和は寸前で押し殺す。既に不帰の人となった彼らに言ったところで、何が変わる訳でもない。全ては、もう遅いのだ。
     面の内側で口を結び、杖を繰り出す。先端から流れ込んだ魔力が、女の体内で勢い良く弾けた。
    「……やりきれぬ、悲しい話なのじゃよ」
     優しき癒しの風を招いて毒を払いつつ、心桜が目を伏せる。彼女もまた、似た思いを抱えていた。
     命を絶つ前に、別の道を探せなかったのか――そう考えてしまうのは、自分が事情を知らぬ子供だからだろうか、と。
     剣を抜いた紫が、素早く間合いを詰めて女に切りかかる。敵の姿勢が崩れた一瞬の隙を逃すことなく、レインが光の剣を閃かせてエンチャントを両断した。
     炎の翼が前衛たちに齎した破魔の力も奏功してか、今のところ敵の強化を阻むことには成功している。自分と同じ形をした影を蠢かせるシェリーの髪で、恋人から贈られた銀細工のヘアコームが煌いた。
     片時も離れず傍に居たい、その気持ちはよく分かるけれど。死によって相手が幸福になる可能性を永遠に閉ざしてしまった彼らを、『比翼の鳥』などと認める訳にはいかない。
     共に寄り添い、生きていくこと。それが、愛し合う二人のあるべき姿の筈だ。
     間違いは正さないとね――と呟く彼女の前で、影が手を伸ばす。
    「地に堕ちて」
     絡み付いた腕が、女の四肢を締め上げた。


     真っ直ぐ伸ばした指先に螺旋の力を伝えて、『比翼の鳥』が突進する。
    「ころ殺號、仲間を守るのじゃ」
     主の声に応え、ライドキャリバーの『ころ殺號』がタイヤを軋ませて敵の前に立ち塞がった。
     繰り出された二本の腕が、鋼のフレームを次々に穿つ。
    「回復は、任せて……」
     マリアがすかさず浄化の霊力を放って損傷した箇所を塞ぐと、彼女の霊犬が『比翼の鳥』を目掛けて六文銭を連射した。マリアにとって、サーヴァントとは己の力の一部。武器を扱うのと同じ感覚で、少女はそれを行使する。
     ここまでの攻防を観察していたりりんが、なるほど――と頷いた。
    「どうやら、神秘が弱点のようじゃな」
     影業を大きく広げ、女を丸呑みにする。掌を前方に向けたシェリーが、笑みを崩さぬまま囁いた。
    「先に燃え尽きるのはどちら?」
     噴き出した炎が『比翼の鳥』を包み、二人の加護を焼失させる。いかに彼らがエフェクトの扱いに長けていようと、片端からエンチャントを破壊され、状態異常を消し去られてしまうのでは本来の強さを発揮出来ない。戦いは、概ね灼滅者にとって有利に進んでいた。

     唸りを上げて飛来する不可視の刃を、心桜がナノナノの『ここあ』と共に受け止める。
     サーヴァント使いが多い編成上、誰か一人にダメージが集中することがないよう、常に気を配っておかねばならない。揃いの飾り紐が煽られて激しく揺れる中、征士郎が祝福の風を重ねる。仲間が体勢を立て直したのを確認してから、少年は『比翼の鳥』をまじまじと見た。
     寸分の狂いもなく、ぴたりと息が合った攻撃。生前の彼らも、分かち難い程に深く信頼し合っていたのだろうか。
     いっそ、本物の鳥のように二人で羽ばたいていけたら良かったのに。そう思えど、彼の口から滑り出たのは別の言葉だった。
    「私達は人として生まれたから、人として生きるべきだと思います」
     あるかどうかも判然としない来世に願いを託すよりも、人のまま行けるところまで行く方が良い。
     もし、二人が形振り構わず、それでも生きていけたなら。そこまで考えて、密かに苦笑する。
    「……子供の戯言ですね」
     自嘲を込めた呟きを聞いて、レインが僅かに目を眇めた。死を選ぶほどの感情は、彼女には理解し難い。『その先』に、約束された幸福があるというなら話は別だが。
    「死は、本当に救済手段足り得るのか。……都市伝説相手ながら、ついつい考えてしまうな」
     間合いを測りつつ接近し、紅葉の色をした縛霊手に灼熱の炎を宿す。木の葉が舞う音に続いて、劫火が炸裂した。
    (「心中、か……」)
     癒し手として回復に徹するマリアが、胸中で独りごちる。自殺という行為に嫌悪感をおぼえる彼女にしてみれば、理由も事情もどうでも良く、ただ、馬鹿なことを――というシンプルな感想しか湧いてこない。決して、それを表情や態度に表したりはしないが。
     灼滅者の猛攻でよろめく女の体を、男が支える。死してなお残った未練を断ち切るべく、佐和が固く拳を握った。
    「命は消えてしまったけれど、お二人の絆が何処までも続きますように」
     蒼き雷を纏った一撃が、『比翼の鳥』の片割れに止めを刺す。断末魔の絶叫を響かせて女の姿が掻き消えると、男は半ばから失われた腕を見やって慟哭した。
     対となる翼を亡くした男に、りりんが仕掛ける。かくなる上は、速やかに幕を引いてやるのがせめてもの情けというものだろう。
     側面に回った紫が、剣を低く構えて身を沈める。
    「長引かせはしないよ……直ぐ終わらせてあげるから」
     スピードを活かした奇襲は、彼女の得意とするところだ。淀みなく刃を振るい、足首を切り裂く。
    「其の翼、折らせてね」
     畳み掛けるかのように繰り出されたシェリーのロッドが、男の鳩尾を捉えた。
     爆発の衝撃に晒され、無残に散った羽根がはらはらと落ちる。互いに連携して、灼滅者は敵を追い詰めていった。
     男が撒く毒にも怯むことなく、佐和が「フネさん」と征士郎に声をかける。
     両手にオーラを集束させる彼女とタイミングを合わせて、少年は鍵の形をした剣を輝かせた。
    「夢の夢こそあはれなれ――もう、終わりにしましょう」
     眩い光が、視界を白く染め上げる。破邪の力を帯びた刃が男の肩に振り下ろされた瞬間、凄まじい打撃の嵐が胴を抉った。
     勝機と見た心桜が、迷わず攻勢に転じる。桜色の双眸に哀しき異形を映して、彼女は自らの鬼気を解放した。
    「眠ったらきっと、今度こそ二人じゃよ」
     巨大に膨れ上がった腕が、凄まじい膂力を乗せて男を打ち据える。
     刹那、頭上から襲い掛かったのは紫が操る影。

     現世に縛られるのも、嘆き悲しむのも。これで、お仕舞い――。

     黒々とした闇が、男が居た空間を塗り潰す。
     影が去った時、もうそこには何も残っていなかった。


     都市伝説の消滅を見届けて、りりんが黙って武器を収める。
     胸元に飾った桃の造花に触れながら、レインはふと彼岸に思いを馳せた。
     二年前、夢の世界で命を落とした人々。かつての仲間だった彼らが、どこかで迷っていないことを願いたい。
     断崖の縁に立った灼滅者たちが、持参した花を手向ける。
     仲間に続いて献花を行った後、マリアは胸の前で手を組み目を瞑った。
     死者と都市伝説の双方に向けて、真摯に祈りを捧げる。自ら命を絶ったことを肯定は出来なくても、それとこれとは話が別だ。
    「……悪い夢をみてたんじゃよ」
     崖下に吸い込まれていく花を見詰めて、心桜が囁く。
     せめて、今は安らかに眠れていると良い。
     そっと両手を合わせた征士郎が、姿勢を正して黙祷した。
     弔いを終えた後、紫が仲間達を振り返る。
    「帰ろうか」
     猫の如く、くるりと身を翻した彼女を追うように、灼滅者は帰路についた。
     冷たい風が、狐の面を外した佐和の頬を撫でる。

     結ばれないのなら死ぬ――命懸けで誰かに恋をする気持ちは、自分にはまだ分からないけれど。
     そこまで強く想える人に出会えたのは、きっと幸せなことに違いない。

     夕焼けの色に染まった空を、二羽の鳥が翔けていく。
    「……今度こそ完全に、二人の世界へと飛び立つといい」
     天に昇った『比翼の鳥』たちの姿をそこに重ねたレインが、そう呟きを漏らした。
     暫しそれを眺めてから、シェリーは再び歩き始める。
    「来世ではお幸せに」
     囀る鳥の声が、彼女の耳に届いた。

    作者:宮橋輝 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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