DEAD OR ALIVE

    作者:立川司郎

     何時の間にか、少女は暗闇の中に置き去りにされていた。
     どこだか分からないが、手を床に添えるとヒンヤリと冷たく硬い感触が伝わってきた。
     よく目をこらすと、どうやらだだっ広い建物の中のようである。細長い部屋で、一箇所ポツンと入り口があるだけ。
    「廃虚……」
     ぐるりと背後を見返すと、微かに何かが見えた。そろりと近づくと、どうやら地下に続く道のようだ。
     ……何なんだ?
     ここはどこ?
     少女が声を上げようとすると、足が何かを蹴飛ばした。手探りでそれに触れると、それは小さなナイフであった。
     ナイフ、ライト、そして乾パンや水。
     ……そして最後に、一枚のメモ帳。その最初のページには、こう書かれていたのである。
    『この軍砲台跡内に、14人居る。二十四時間以内に最後の一人になりなさい』
     これは脅しではない。
     目の前に少年の死体が転がっているのに気付くと、少女は駆け出した。手で口元を押さえ、悲鳴を押し殺して地下へと駆け込む。
     少年の『死体』は、それを見届けるとむくりと起き上がった。
     人知れずほくそ笑む彼は、少女の後を追って歩き出す。

     最初の殺しは、偶然に。斬りかかってきた男に押し倒され、闇雲にナイフを振り回しているうちに殺していた。
     少女は彼の所持品を探り、そしてまた闇に身を潜める。ガタガタと震える少女の気配に気付き、二人ばかり……殺した。
     そうするうちに、次第に気持ちが落ち着いてきた。パニックになっていたのかもしれないし、その頃には既に堕ちていたのかもしれない。
     少女は夜が明けないうちに、全てを片付ける決意をする。
    「二人は銃器、残りはナイフでしょうか。長モノはこの屋内では邪魔ですね」
     すうっと細く笑い、少女は歩き出した。彼女が3人片付けていた間に、外の人数は残り四人になっていた。
     屋内に入ろうとした男の背後から微かに銃声が聞こえると、少女は撃った男の移動を先読みして回り込み、ナイフを突き立てる。
    「残り一人ね」
     相手は赤外線スコープ使用。
     屋根か……それとも地面に這っているか。少女はにたりと笑い、歩き出す。さあ、撃ってきなさいと言わんばかりに。
     
     いつものように、道場に座して相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)は瞑想にふけっていた。
     彼女の様子からして、今回の話は厳しいものになると予想される。
     静かに目を開いた彼女が口にしたのは、六六六人衆の名であった。
    「正月の迎撃戦の成果もあって、かなりの六六六人衆を倒す事が出来た。……お疲れサンだったな」
     隼人は一言そうねぎらうと、身を正した。
     だが、彼らは再び動き出している。
     縫村針子と、カットスローターという六六六人衆である。
    「奴等は新たな六六六人衆を生み出す為、閉鎖空間に一般人を閉じ込めて戦わせているようだ。閉じ込められているのは瀬戸内海にある、大戦中の砲台跡だ」
     放題跡地の狭い範囲内に、十四人は閉じ込められた。この戦いは既に手遅れで、灼滅者が出来る事はないのだと隼人は告げる。
     戦いにより、一人の女子高生が姿を現すだろう。
    「彼女は辻小夜子。幾分ダメージは受けているが、今の所一人だ。この戦いを経た小夜子は、非常に手強い相手になると思う。だが、倒すなら今しかない」
     小夜子はごく普通の少女だった。
     少し臆病だったが本が好きで、よく図書館で読書をしていた。だが堕ちた後の彼女は以前のような優しさも無く、冷たく冷酷。
    「こいつは必ず、少人数の奴から襲う。三人以下で彷徨かないと、姿を現さないかもしれねぇな。だが警戒心が強い奴だから、一気に包囲しようとすると逃げちまうかもしれないから、注意しろ」
    「こっちも三人以下で迎え撃たなきゃならないって事か?」
     話を聞いていたクロム・アイゼン(高校生殺人鬼・dn0145)が、聞き返した。
    「囮に引っかかりさえすれば、後はどうしようと構わない。ただ、人数が多いと逃走しやすいとだけ覚えておけ。小夜子はかなり強敵だからな」
     彼女が現在居るのは、閉鎖空間とされていた砲台跡地の『どこか』である。この跡地にある地下道は火薬庫跡と砲台跡を繋いでおり、出口は全部で三箇所。
     これらの建物の周囲は木々で覆われており、民家も無いという。
    「こいつは蠱毒……って奴だな」
    「こどく?」
     クロムが首をかしげる。
     隼人はそれに答えず、目を細めた。


    参加者
    アプリコット・ルター(甘色ドルチェ・d00579)
    結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)
    万事・錠(ベルヴェルク・d01615)
    苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663)
    月見里・都々(どんどん・d01729)
    上河・水華(歌姫と共に歩む道・d01954)
    九条・桃乃(原罪の悪夢使い・d10486)
    北南・朋恵(複音楽団・d19917)

    ■リプレイ

     そこは壁に覆われていた。
     わずかに曇った磨りガラスのような壁で覆われており、恐らく外からも中からも出入りは出来ない仕組みになっているのだろう。
     そっと茂みから手を差しだし、北南・朋恵(複音楽団・d19917)が壁に触れる。壁は硬く、朋恵の侵入を阻む。
     蟲毒。
     蛍が小さな声で言う声が聞こえ、朋恵は引っ込んで蛍の傍に戻った。
    「何なのか知ってるぅ?」
     身を隠しつつ、苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663)がクロム・アイゼン(高校生殺人鬼・dn0145)に聞いてみた。
     夜の帳が下りた廃虚には冷たい風が吹き荒れ、空からは青白い月光が降り注いでいる。もう一、二時間もすれば空が白みはじめて来るだろう。
     クロムは多分、どんな漢字なのかも頭に浮かんでは居るまい。
    「蟲毒ってのはねぇ、蟲を使ったのろいの事だよ。ビンとか瓶の中に蟲を一杯入れて、生き残った最後の一匹を使って呪いとか呪術を掛けるんだって」
     蟲毒の用途は様々であるが、そのうちの一つが金蚕蟲であるという。
     これは金蚕と呼ばれる正体不明の蟲を使って作られた蟲毒で、この金蚕の蟲毒は所有者に富をもたらすと言われている。
    「何だか怖い話です」
     朋恵は眉を寄せた。
     だがクロムはけろりとした顔をしている。
    「最後の一匹か……割と好きな話だな」
    「でも定期的に人を食わせないと、自分が殺されちゃうんだよ」
     蛍は自分の首をちょんと叩いて薄く笑った。
     蟲毒の話をした蛍は、壁の方をじっと見ていた。
     あの少女はさて、何の目的で作られたのであろうか……。ざわざわと風が強まり、ふとクロムが振り返る。
     そろそろ時間だろうか。
     朋恵と結城・創矢(アカツキの二重奏・d00630)が、そう離れない場所に身を潜めているのが分かる。現在九名が三班に分かれ、囮役を三名、第二班として戦闘に加わる為二名が。
     今回の作戦に協力を申し出た灼滅者が【武蔵坂軽音部】【KILL SESSION】【Game:box】等のクラブを含む数十人に及んだが、バベルの鎖の問題もあり、大規模な灼滅者を動員する事は出来なかった。
     その為十人ほどを配置し、残りは現場を離れて事の成り行きを見守る事となった。
     出口を確認して、地上に出る出口の一つを見張る事が出来る位置に一・葉(デッドロック・d02409)が待機。
     電話で火薬庫跡の前にいた武蔵坂軽音部の北条・葉月(我歌う故に我在り・d19495)に連絡を入れた。
    「こちらに来たら迎え撃つが、それまでは連絡待ちだな」
    「じゃ、そっちは頼んだぜ」
     葉は打ち合わせを済ませると、寒さから逃れるように身をすくめた。
     カードを手に握ったまま解放せずに居るエルメンガルト・ガル(ウェイド・d01742)は、ちらりと葉を見返す。
     この男、寒い寒いと言いながら結局来るのである。
     砲台側の封鎖に回ったのは、ミス・ファイア(ゲームフリーク・d18543)らであった。創矢も付近に潜伏していた為、念のために声を掛けておく事にした。
    「殆どは現場には来られなかったけど、もし彼女が逃げてもこの辺捜索する為に呼び出す事くらいは出来るかもしれない。だから、何かあったら連絡してあげて」
     話していると、片倉・純也(ソウク・d16862)が地図の写しを持ってきた。純也が分かる範囲で、地下道の位置と出口などが記してある。
     いざという時に役立ちそうだ、とファイアが目を細めた。

     冷たい地下道に、足音が響く。
     壁が解けると、ざあっと風が吹き荒れた。覆われていた壁の向こうから感じる、微かな血と死の気配。
     上河・水華(歌姫と共に歩む道・d01954)は、アプリコット・ルター(甘色ドルチェ・d00579)を振り返って同行を促す。
     その優しげな表情に、アプリコットはふと表情を和らげるとビハインドの兄の服を握った。
     この殺戮の現場に迷い込んだ『少女』として彼女は、水華、そして背後を守って歩く万事・錠(ベルヴェルク・d01615)、更には周囲を固めた仲間を信じて歩き出した。
     懐中電灯を持った水華は、慎重に歩みを進める。水華のライトと錠のネックライトが、砲台跡を照らし出す。
    「……ヒデェな」
     ぽつりと錠が呟いた。
     彼方此方に、死体が転がっている。それらは抵抗の痕があったり、背後から刺されて倒れていたり、その惨劇の様子を思い起こさせる。
    「みんな…生きてたのに」
     生きていたかったのに。
     か細い声で、アプリコットが言う。
     生きていたくて、そして懸命に戦ったのだろう。兄が振り返ったのに気付いてアプリコットもそうすると、水華がウロボロスブレイドの柄を握り締めた。
     左手に握った懐中電灯を、からりと地に投げ捨てる。砲台跡の冷たい床に、懐中電灯は音をたてて転がり、光を放った。
     乾いた音が響き、地下道の向こうの足音がピタリと止む。
    「……どこから来る」
    「地下道から来たなら、ここから来るしか無いはずだ」
     水華が錠に言葉を返す。
     十四人の中でたった一人生き残った少女は、こちらの様子を伺っているのか? 水華が今一度懐中電灯に手を伸ばした時、明莉の届かぬ地下道の影から一気に少女が飛び出した。
     三人の視線が地下道から外れた瞬間を狙い、その一時でナイフを抜いて先頭にいた水華に叩きつける。
     攻撃を見越していたとはいえ、闇から飛び出した小夜子の一撃に水華が体勢をグラリと崩した。ナイフが抜かれて血が吹き出すまで、まるで長い時が経過したかのようで……。
    「お兄様、上河さんを、守って」
     悲痛な声で、アプリコットが言うとシェリオが水華の前へと飛び出した。
     傷を庇いながら包囲しようと動く水華にアプリコットが手を差しだし、錠が切り込んだ剣が閃光を放ち、小夜子の手を払う。
     傷は深くはないが、手応えは浅い。
    「こンのォォォ!」
     錠は怒号を上げ、怒りをあらわに斬りかかる。
     声が仲間の元まで届くように祈りつつ、水華とシェリオの三名で小夜子へ詰め寄った。錠達第一陣の役目は、小夜子を壁際に追い詰めて逃がさない事である。
     ふ、と小夜子が周囲を見まわす。
    「……そういう事、なんですね」
     斬りかかる彼らと、背後に迫る壁。
     小夜子は退路を断たれようとしている事に気付き、地下道の方へと駆け出した。
    「伊達に最後まで生き残っちゃ居ネェか…止まれっ!」
     錠は逃げる小夜子に追いつき、手を掴もうと伸ばす。何とか足止めを計ろうと剣で斬り付けるが、小夜子はするりと躱して距離を開ける。
     シェリオとアプリコットも後に続くと、水華が携帯電話を取った。
     連絡は……。
     顔を上げると、小夜子は地下道の真ん中で足を止めた。今度は背後を囲まれないように、こちらの動きに注意を払っている。
     薄い笑顔で、小夜子がナイフを構える。
    「地下道って、壁に囲まれてて狭くて暗いでしょう? ……でもね、そういう所って逃げる側も追う側も、動きを読みやすいんですよ」
     何人殺せば、ゲームは終わる……とは、彼女は聞かなかった。
     もうこのエリアから出る事はどうでもいいのか、殺しを楽しんでいるのか、それともこれもゲームの一つだと思っているのか。
    「お前に……これ以上、罪は重ねさせん!」
     彼女を見つめる水華は、少し悲しそうであった。

     本来砲台跡で攻撃を仕掛けるはずであった第二陣の月見里・都々(どんどん・d01729)と九条・桃乃(原罪の悪夢使い・d10486)は、地下道へと移動した第一陣と小夜子を追うように地下道に入る事となった。
     回り込むには時間を要する上、ともかく移動された場合の事は二人とも想定していない。
     地下道手前で、都々がぴたりと足を止める。
    「気付かれちゃうけど、いい?」
     ここから合流すると、小夜子に気付かれる。
     都々が聞くと、しょうがないわねと桃乃は笑った。
     地下道の中は暗く、錠の灯りがチラチラと目につく。暗がりには目が慣れていたが、懐中電灯の一つは外に置いてきてしまっていた。
     桃乃は振り返ったが、ライトを回収する余裕はない。
    「合流する方を優先しないと、逃げられちゃうんじゃない?」
    「異論無し! ……行こう!」
     二人がアプリコットの前へと飛び出すと、ちらりと水華が振り返った。水華の半身は小夜子の集中攻撃で血塗れになっており、シェリオに支えられて何とか持ちこたえている様子。
     錠はクルセイドソードで斬りかかっていたが、小夜子相手にはやや不利。
     バベルブレイカーを構えて都々が突っ込むと、錠はその間にサイキックソードに持ち替えた。だが後ろから突っ込んだ都々の動きは見切られており、小夜子はナイフでするりと流す。
    「一人……片付けますよ?」
     ふうっと笑って、小夜子が飛びつく。
     視線は、水華しか見て居なかった。
     傷を負ったモノから仕留める、ケモノの本能。代わりに間に阻止に入ったシェリオが消え去る瞬間、アプリコットが手を差しだしかけ……ぎゅっと握り締めておろす。
    「下がって。……大丈夫だよ」
     都々は水華を庇いながら、後ろへと引き戻す。
     小夜子の集中攻撃による傷は深く、息が荒い。離れた所で壁に身を預けてズルリと座り込むと、意識を闇へと預けた。
     それを見届け、桃乃はにこりと微笑む。
    「悪いけど、これ以上あなたに好き勝手させる訳にいかないの。……ショーはもう始まってるのよ」
     巨大な縛霊手を振りかざし、桃乃が小夜子に掴みかかる。
     ショーと言った者のに対し、小夜子はこう返す。
    「ショー? これはゲームですよ。最後まで生き残るゲームです」
     落ち着いた物腰で小夜子は、笑顔を返す。
     握ったナイフから血がポタリと滴り墜ち、桃乃と都々を殺気が包んだ。足を竦ませる程の、凄まじい殺気をビリビリと感じる。
    「あと四人ですね。……でももう盾になる人は貴方しか居ないみたいですよ?」
     小夜子は笑顔で、錠を見返した。

     第三陣のうち、作戦開始と同時に猫化した蛍はいち早く事態を把握していた。
     第一陣が懐中電灯を残して地下道に誘い込まれ、第二陣は第一陣の後方から地下道を通って駆けつけるしかない。
     反対側は何れの出口も封鎖している為、逃げられる心配は無いはずだ。
    「あの子一人ずつ狙い撃ちにしてるから、もう誰か倒れてておかしくないよ。どうする~?」
     回り込むか、それとも……。
     朋恵はナノナノを抱え、地下道を見つめた。
    「あの人をにがさないようにするのが、あたし達のやくめだったんですよね。だったら後ろに回るほうが……」
     そろそろ移動しなければ、第二陣が移動を開始してしまう。
     創矢は思案の後、一番近い地上に出る地下道を指した。
    「奇襲するなら、後方から飛び込む方がいい。彼女の真正面から向かえば、どうやっても隠れる場所がないからな」
     猫化したままの蛍を先頭にして、創矢は急ぎ地下道へと向かった。
     気配を殺し、足音を消して近づく。残った錠が派手に立ち回ってくれているお陰で、こちらの足音が聞こえずに済むのは幸いであった。
     指を動かし感触を確認すると、創矢は足を踏み出す。ナイフを抜いて駆け出したクロムの背に付き、滑るように闇を駆ける創矢。
     人に戻った蛍は、背後の朋恵をちらと確認してガンナイフを握る。
     攻撃は一息に。
     音も無くすりより、その背後に刃を突き立てる。
    「……!」
     はっと小夜子が振り返りナイフを振るが、その刃をクロムが止めた。……正確には、クロムのナイフの柄で止まって指ごと切り裂いている。
     クロムはにんまりと笑って、ナイフを左手に持ち替えた。
    「今日初めて殺したとは思えねぇな」
     のんびり話していた訳ではなく、その背後から飛び出した創矢が異形化した腕部で小夜子に掴みかかっていた。
     何せ立っていた前衛は錠だけで、笑って『遅ェよ』と軽口を叩いてはいたが、決して油断出来る状態ではないと分かって居たのだった。
     暗い通路に、一筋の光が弧を描いて錠の体に吸い込まれてゆく。朋恵は錠の体に一矢、そして小夜子の攻撃を受けているクロムにももう一矢と治癒の力を矢に込めて放つ。
    「あともう少し……ロッテは向こうをおねがい」
     挟み撃ちにした向こうをナノナノに任せ、朋恵は矢を再び構えた。錠とクロムが倒れれば、前衛が崩れる……朋恵はアプリコットと視線を交わすと、双方の力を二人に注いだ。
     挟み撃ちにあった小夜子は、朋恵の目にも焦っているように見えた。
    「へんな儀式に巻き込まちゃったのはきのどくですけど……」
    「キミは、ただ運が悪かったんだ。……なにも間違ってはいない」
     創矢は詰め寄り、拳を叩きつける。
     体内エネルギーを込めた拳が、小夜子の体勢を崩す。蛍が放った弾丸は絶えず体に浴びせられ、小夜子は二度目の拳を受け止めると首を振って意識を取り戻した。
    「15……16……あと何人殺せばクリアなの?」
    「クリアは無い。お前はここで、俺達に殺されるんだ」
     創矢は刀の柄を握り、小夜子に言う。
     外に出て誰かを殺す前に、ここで俺達が殺すのだ。
     踏み込みながら抜いた創矢の一撃は、小夜子の腕を抉った。体から吹き出す血は、まだ温かかったようだ。
     ただ、外に出てしまわなかった事だけは幸いであったかもしれない。小夜子の手が止まったのに気付き、朋恵がナノナノに声をかける。
     朋恵の意志に気付き、ロッテは小夜子の後ろにふわりと向かった。
    「ねえ、何か言い残したい事とかないの?」
     静かな声で、蛍はそう聞いた。
     蛍はガンナイフをしっかり構えながらも、とても穏やかな様子であった。じっと見つめる蛍の瞳から逃げる事なく、小夜子は微笑む。
     ない。
     なにもない、と。
     そこにあるのは、ダークネスとしての小夜子であり、既におびえてがむしゃらに戦っていた小夜子はどこにも居なかったのだった。
     蛍は悲しかったのか。
     それとも、ああやっぱり……と思ったのか。
    「そっかぁ~」
     蛍は、そう軽く笑い声をあげる。
     ふわりと飛んだしゃぼんだま、ロッテが放ったしゃぼんは小夜子に触れるとパチンと弾けて彼女の意識を永遠に奪ったのだった。

     戦いが終わると、創矢は他の犠牲者を探して歩いた。
     待機していた仲間に錠が連絡を入れ、今回のゲームに巻き込まれた人々の骸を全て回収して火薬庫に横たえた。
     現場に来なかった仲間にも電話を入れた後、錠はぽつんと立った朋恵の頭にぽんと手をやる。ふ、と見上げるようにして振り返った朋恵は、ぎゅっと手を握り締めていた。
    「……閉じ込められていたんですね。こんなところにとじこめられて、殺し合いをさせられていたんですね」
     朋恵が言う。
     生きて出る事がなかった彼らを、朋恵はどう思っただろうか。
     草むらに倒れていた男。朽ちた建物の屋根の上にいた迷彩服の男。地下道に倒れていた複数の男、外の壁があった辺りに倒れていた女性……全部で十三人、と小夜子。
    「彼らはじきに明るくなれば、誰かが見つけるだろう」
     創矢がそう言うと、水華はしゃがみ込んで彼女達の襟を正してやった。どこか似た『彼女』の様子に、水華はふと手が止まる。
     首を振り、そして手で瞼を伏せてやった。
    「囲い込まれたらどうしようもない。……見ているしか出来ない」
     低い声で水華が呟く。
     ただ、全てが終わるのを壁の外で待つしか出来ないもどかしさは二度と経験したくなかった。この中に居る人達が、最後の一人になるのを待っているしか出来ない。
     そうして突然巻き込まれた命。
    「皮肉なものね、戦い慣れていそうな人も中にはいるのに、結局生き残るのはこんな女の子だなんて」
     桃乃は骸を見つめながら、言った。
     クロムが言うように、初めて人を殺したとは思えない。それがこの儀式の力なのか、それとも彼女はこの殺戮の才能を持っていたという事なのか?
     アプリコットは、物言わぬ骸に手を合わせると、そっと花を添える。このゲームが始まる前に、六六六人衆を倒してしまいたかった。
     アプリコットは悔しさを口にはしなかったが、少し潤んだ目にそれが滲み出ている。それからふと兄を見上げ、身を寄せた。
    「仇は取る」
     アプリコットの後ろで、創矢が呟く。
     兄に身を寄せたまま、アプリコットも頷いた。
    「おやすみなさい」
     都々は小夜子と他の犠牲者達に、声を掛ける。
     戦うしかなかった命に、手を合わせて最後の言葉を贈った。
    「おやすみなさい……か。そうね、お休み小夜子」
     蛍はそっと頬に触れ、語りかけるように言った。

    作者:立川司郎 重傷:上河・水華(歌姫と共に歩む道・d01954) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ