殺しの果て

    作者:天木一

     廃墟と化したビルの中に、咽る程の血臭が漂う。
     ビルは不可思議な半透明の壁に覆われ、誰も出入りできない密室と化していた。
    「やめて! こないで!」
    「へっへっへっ……もう逃げられないぜぇ」
     逃げ惑う少女を、幅の広いナイフを持った少年が追い詰める。
    「そら、もうお前で最後だ。20人もいたのになぁ。みーんな血だるまになったぜぇ」
     少年の持つナイフは血と脂でべとべとだった。
    「ひっ」
     少女は部屋に隠れドアを閉める。だがそのドアは容易く蹴破られた。
    「オレはもう4人殺ったんだぜ。最初の1人は背後から心臓を、2人目は戦ってる最中を襲って脇腹にぶっ刺してやったぁ……」
     くつくつと感触を思い出して少年は哂う。
    「3人目は手負いの奴だった、足掻くのを少しずつ切り取ってやったよ! 4人目はなかなかやり手だったぜ、3人殴り殺してたタフな奴でさ。でもナイフで腹を捌いてやりゃー必死になって手で押さえてやんの!」
     ゲラゲラと噴き出すように哂う。
    「そんで、お前はどんな死に方がしたいんだ?」
     ねっとりとした視線を少女に向け、少年はナイフを構える。
    「イヤ! こないでってば!」
     少女は手近にあるゴミを投げつける。
    「ダーメ! まずは逃げられないように足から刻んでやるよぉ!」
     少年が踏み込む。その時、足を黒い物が貫き地面に縫い付けた。
    「あ? あああああ!? いでえええええっ!」
     足に穴が開き痛みに叫び声をあげる少年。
    「ぷっ……あっはははははは! ばっかじゃないの? 殺し合ってんのに余裕かましてさぁ……ぷっくくく。あはは! 笑いを堪えるのに必死だったわよ」
     足を貫く黒く長い針は、少女の足元に繋がる影だった。
    「あー可笑しい、それじゃあね。笑わせてもらったお礼に楽に殺してあげる」
    「やめっ待ってくれ。なあ、オレの負けでいいよ。だからさ命は助けてくれよ。助けてくれたらアンタの手下になるからさ」
     影を伸ばす少女に、少年は必死になって頭を下げる。
    「んー、ダメー! 残念だけど顔が好みじゃないもん」
     影が針となって少年を襲う、その一瞬を狙い少年はナイフで影を弾き、少女に向けて投げた。
    「死ね!」
     だがナイフは暴風に弾かれ壁に突き刺さった。
    「ふーん。4人殺したって言うだけあって、ガッツあるじゃん。あたしの5人目の獲物に丁度いいよ」
     少女は大きな斧を手にしていた。唸りをあげて旋回する。
    「や、やめ……!」
    「ばいばーい」
     斧を振り下ろす。ぐちゃりと肉塊が潰れ、壁と地面に赤い染みを作った。
     ただの少女だった存在は消え去り。殺し合いの果て、新たな六六六人衆が生まれたのだった。
     
    「やあ、来てくれたね。どうも武蔵坂の灼滅者を襲撃してきた六六六人衆が、また何やら事件を起こすみたいなんだ」
     能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が集まった灼滅者に説明を始める。
    「この間の事件で多くの六六六人衆の灼滅に成功したよね。その所為かは分からないけど、縫村針子とカットスローターという2体の六六六人衆が、新たに六六六人衆を生み出す為の儀式を始めたみたいなんだ」
     一般人を集め、閉鎖空間で殺し合いをさせて、勝ち残った者が六六六人衆となって出てくるシステムだ。
    「六六六人衆になってしまうのは、竹内美佳という名の、お喋り好きで活発な中学生の女の子だよ。殺人嗜好は無かったみたいだけど、この閉鎖空間での殺し合いの影響で、殺人に適した人格に変わってしまうみたいだね」
     楽しみ笑いながら人を殺す、そんな人格になってしまっている。
    「闇堕ちしたばかりだけど、武器も持ち、殺し合いを経験して戦闘に関しても学んでいるはずだ。油断は出来ないよ」
     既に5人を殺めている。殺しに躊躇は無いだろう。
    「唯一の救いは、戦い終わったところで疲労し傷ついている点だよ」
     今戦えばこちらに有利な戦況となるだろう。
    「敵が居るのは廃ビルだよ。戦いが終われば閉鎖空間が解かれる、そこを襲撃して欲しい」
     どのように戦うかは作戦次第となる。敵はこちらに気付いていないので、上手くすれば奇襲する事も可能だろう。
    「何の変哲も無い少女が、闇堕ちによってダークネスにさせられる。酷い話だけど、もう手遅れなんだ。既に人を何人も殺し、殺し合いを楽しむようになってしまっているからね」
     首を振って誠一郎は息を吐く。
    「だからどうかこれ以上犠牲者が出る前に止めてあげて欲しい。お願いするよ」
     悲しそうに頭を下げる誠一郎。灼滅者達は頷くと、少女を止める為、足早に現場に向かった。


    参加者
    ジャック・アルバートン(マッスルインパクト・d00663)
    黒田・柚琉(紅夜・d02224)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)
    川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)
    闇縫・椿(時を刻まぬモノ・d06320)
    八葉・文(夜の闇に潜む一撃・d12377)
    神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904)

    ■リプレイ

    ●惨劇の生還者
     薄暗い廃ビル。普段は静寂が支配する場所が、今日に限って騒がしく人の気配に満ちていた。
     だがそれも幾多の悲鳴と、濃厚な血の臭いによって終わりを告げる。
     再びビルに静寂が戻る。そこに場違いな鼻歌と共に階段を下りてくる少女の姿があった。
    「ふーふんー、あー人殺しがこんなに最高だったなんて、今まで知らずに損してたなー!」
     ご機嫌な様子で少女は笑う。普通なら無垢な笑みに見えただろう、その顔に、手に、服に真っ赤な返り血を浴びていなければ──。
     少女が階段を下りきった時、その背後に猫と犬が階段の陰から現われる。猫はみるみるうちに巨大化し、筋骨隆々な戦士の姿をとり、犬はたおやかな女性となった。
    「……ねじ曲がり、歪んだ『モノ』は、もう二度と元に戻らない。……ならこれ以上歪む前に止めようか」
     呟きと共に八葉・文(夜の闇に潜む一撃・d12377)は弓を構える。射られた矢は仲間に当たると、吸い込まれるように消えた。
    「フンッ!」
     矢によって感覚を鋭くしたジャック・アルバートン(マッスルインパクト・d00663)は、巨大な杭を少女に撃ち込む。少女は咄嗟に斧で受けるが、勢いを止められずにそのまま壁に叩きつけられた。
    「げっ……な、に?!」
    「やぁ、お疲れのところ申し訳ないけど……灼滅させてもらうよ」
     物陰に隠れていた黒田・柚琉(紅夜・d02224)が刀を抜き放つ。それはまるで血に濡れたような真紅の刃だった。
    「行くよ紅雫……楽しい戦いの始まりだ」
     低い姿勢で伸びるように腕を振るう。横一線に薙いだ刃は少女の足を斬り裂いた。
    「つっ……そう、まだ殺し合いは続いてるってことね、わかった……みんな殺してあげる!」
     不意打ちを行なった灼滅者を睨みつけ、少女が斧を手に駆け出す。最初に狙われたのは柚琉だった。
     身を隠していた柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)は、廃ビルに入ってから暗い表情を隠せずにいた。
    (「クソが、こんな時にブルってる場合かよ!」)
     かつて経験した殺人ゲームを思い出して震える手、高明は力を入れて無理やり押さえ込もうとする。
    「ここで仕留めなきゃ犠牲者が必ず出る。それに殺人を楽しむようになっちまった以上、見逃す道理は無ぇんだよ」
     決意を口にし、愛用のライフルを握るとぴたりと手の震えが止まった。
    「死ねぇ!」
     少女の斧が柚琉の頭上に振り上げられる。
     そこに高明が銃口を突き付ける。少女は斧で銃身を弾くと、その勢いのまま回転し斧が旋回する。
     だがそれよりも速く高明が縛霊手で殴りつけた。腕から放たれた霊糸が少女の体に絡みつく。
    「できるのが殺すことだけ、なんて……弱すぎて嫌になる」
     苦い気持ちの篭もった言葉を絞り出し、川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950)は隠れていた場所から少女の後方に飛び出る。手にした杖に魔力を込めて振り抜いた。少女は背中に強打を受けて仰け反る。
    「次々になんなのよぉ!」
     少女は斧を振り回して背後の咲夜を攻撃する。
    「……さぁ殺し合いの時間だ。楽しもうぜ?」
     闇に紛れるように、黒いスーツを纏った闇縫・椿(時を刻まぬモノ・d06320)が現われる。驚く少女に向けて手にした剣を振り下ろした。
     少女は斧を掲げる。金属がぶつかる音が響く。剣は途中で止まったが切っ先が肩を掠め、少女の腕を赤いものが伝う。
    「この!」
     少女は体全体を使って斧を振るう。
    「ここであなたを灼滅します。翼の力よ……」
     白いマフラーを靡かせながら、割り込んだ式守・太郎(ニュートラル・d04726)が、翼を広げるようにエネルギーの盾を展開する。障壁が斧とぶつかった。
    「これ以上誰も殺しはさせない」
     動きの止まった少女に対し、神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904)がギターをかき鳴らす。音は衝撃と化して少女を打ち据えた。

    ●人殺しの少女
     吹き飛ばされた少女、竹内美佳は、猫のように身を翻して着地し、周囲を囲む灼滅者を警戒しながら斧を担ぐ。
    「何よ、強いじゃない。ここからがゲームの本番だってこと? 楽しくなるわね!」
     傷付きながらも、その顔には笑みが浮かぶ。それは遊びを楽しむような嬉々としたものだった。
     ジャックは様子の可笑しかった高明をちらりと見るが、その顔に戦意が満ちているのを確認すると口元に僅かな笑み浮かべた。
    「そうだ、戦士ならばやるべき事をやるべき時に。それだけの事だ」
     そう言いながら大きく踏み込み、丸太のような右腕を打ち込む。同時に巨大な杭が高速回転しながら飛び出した。
     竹内は斧を掬い上げるように振るい、杭を打ち上げ軌道を変える。そしてがら空きになった胴に斧を叩き込もうとした時、竹内の足に影が絡み付いて動きが鈍る。
    「ガゼル!」
     影を伸ばしていた高明の声。その僅かな間に、ライドキャリバーのガゼルが割り込み車体で斧を受けた。ジャックは左拳を放って竹内を間合いから押し出した。
     入れ替わるようにして接近した椿が、表情を消して淡々と攻撃を仕掛ける。魔力の篭もった杖の一撃を竹内は躱そうとするが、横からビハインドの刃が脇腹を突き刺し、動きが止まったところへ杖が竹内の肩を強打する。
    「イッタイ!」
     甲高い声と共に竹内が斧を横薙ぎに振るう。
    「俺が居る限り人は殺させません」
     前に出た太郎が盾で受け止める。と同時に足元から影の手が幾つも現われ竹内の背中を斬り裂く。
    「ならアンタから倒してやる」
     太郎に向けて斧を振るう。だがそれよりも速く柚琉が影の手に紛れるように自らの影を伸ばし、竹内の足元から無数の刃を突き出す。それは複雑に交差し檻のように竹内を閉じ込めた。
    「そう暴れられても困るんでね。猛獣は檻に閉じ込めておくよ」
     咲夜が死角から杖を振り抜く。その一撃は服を破き肌に痣を作った。
    「乙女の柔肌に何してくれてるのよ!」
     竹内は怒鳴りながら斧で影の戒めを砕くと、突撃し咲夜を襲う。斧が薙ぎ払うように迫る。それを太郎が割り込んで庇った。だが勢いを殺しきれずに咲夜を巻き込んで吹き飛ばされ、2人は壁にぶつかる。
     更に足を止めずに追い討ちを掛けようと竹内が迫る。だが途中で飛び退くように方向を変えた。同時に異形の拳が叩き込まれる。竹内は斧を盾にして拳を受けた。
    「……ウチは刃。……あんたを切り裂き、穿つモンや」
     妨害した文はそのまま仲間への進路を塞ぐ。その間に蒼慰は優しく美しい歌声を紡ぐ。その声は太郎の体を満たし癒していく。
    「大丈夫、私がどんな傷だって癒してみせるわ」
    「じゃあアンタが死になよ!」
     竹内が蒼慰を狙う。だがその前に壁が立ち塞がった。
    「もうお前は誰も殺せん」
    「邪魔!」
     目の前のジャックに向けて竹内は斧を振るう。ジャックはそれを鋼のような腕で受け止める。そして杭を叩き込んだ。竹内は身を捩って避ける。だが間に合わず杭は脇腹を抉った。そこに光線の狙撃が直撃した。
    「邪魔なのはそっちだろ?」
     片膝を突いてライフルを構えた高明は、引き金を引く手が震えなかった事にそっと安堵する。
    「あぐっ!」
     地を転がる竹内にジャックが追撃しようとすると、飛来した斧が目の前を通り過ぎる。その間に竹内は転がって距離を開ける。

    ●殺し殺され
    「……こんな傷じゃアタシもう戦えない……ねえ、お願いもう許して……謝るから、ね?」
     竹内は弱々しく傷口を押さえて目を潤ませる。
    「……そうやって油断させて5人も殺したんですね。私たちには通じませんよ」
     竹内に向けて咲夜は手を伸ばす。待ち伏せする前に、咲夜は入り口に転がっていた死体からその死に様を読み取っていた。
     その死体の男性は命乞いをする竹内に隙を見せ、背後から影に刺し殺されたのだ。その無念を思い咲夜は手の平に魔力を集めた。
    「ひっやめて! 助けて!」
     その悲痛な叫びに、演技と分かっていてもほんの僅か躊躇した。その間に竹内の影が伸びて咲夜の心臓を狙う。だが影は届く前に止められた。
    「……この手の外道に情けはいらない、そうだろ?」
     椿の影が鎖となって竹内の影を絡め取っていた。
    「あなたはもう救えない。だから私は迷わないわ、これからあなたに殺されるだろう人を救う為にも」
     躊躇いなく蒼慰は腕を青く変質させて液体を放った。それを浴びた竹内は焼けるような痛みにのたうつ。
    「あつぅぃ! このクソ女! なんてことしてくれるのよ!」
     竹内は影の刃を放つ。それを椿のビハインドが代わりに受けた。
    「あ……違うの、これはアタシの意思じゃないの!」
    「悪いとは思うけど……お喋りの続きを聞く気は無いよ」
     誤解だと訴える竹内に、咲夜の手から魔法の矢が放たれる。連続で飛来する矢の雨に、竹内は影を盾にして飛び退く。矢は影を突き破り竹内の体に突き刺さった。
    「なによ! ちょろそうな奴から落とそうと思ったのに! だから女同士はイヤなのよ!」
     舌打ちして竹内は影を斧の形にして薙ぎ払う。残りの矢は弾かれ宙に消えた。
     よく見れば手で押さえていたはずの脇腹の傷も塞がっている。竹内は壁を蹴り跳躍して頭上から襲い来る。
    「本当に救いようのない人ですね」
     太郎は翼の盾を広げ、覆うように仲間を庇う。影は盾を貫通するが、勢いを弱めていた。
     そこへ文が迎撃に構える。その右腕には巨大な手のような5本の杭を持つ武器を装着していた。
    「……殺技、暴風」
     杭が一斉に回転を始め、腕を突き出す。巨大な手刀の一撃は竹内の左肩と腹部と左足を穿った。
    「いだぁあっ!」
     影を使って血の付いた杭を抜き、反撃に影の刃を浴びせると飛び退く。
    「ちょーっと戦い方を変えるよ?」
     その背後に忍び寄った柚琉は剣を振るう。その刃は非物質となり、服をすり抜け竹内の体内にある霊魂だけを斬る。
    「ひっ!」
     ショックを受けたように、竹内は体をビクッとさせるとよろめき膝を突く。
    「ま、待ってよ。ほんとにこんなんじゃアタシ死んじゃう……」
     壁に寄りかかり切実に訴えかける。足元には血溜まりが出来ていた。
    「ね、ねえ。アタシだって好きで人を殺した訳じゃないのよ? 殺さなきゃ殺されるから仕方なくやったの。もう人なんて殺さないから、だから許して……!」
     逃げるように後ずさり懇願する。だがその背後には巨漢が待ち構えていた。
    「結果までの過程は同情するが、しかし闇堕ち人殺しの仲間入りをしたならば」
     ジャックが無言で放つ殺気が言葉の続きを暗に物語っていた。
    「ひぃっ人殺しぃ!」
     竹内は壁に刺さっていた斧を抜き、全力で振り抜く。ジャックはそれを脇に喰らい、肋骨が数本折れた。だが意にも返さずに杭を叩き込む。
    「がっはぁ!」
     受けようと上げた左腕に杭が刺さり肩まで貫く、そしてそのまま壁に突き立てた。
    「……ヒドイ、女の子をリンチするなんて」
    「悪いが、そんな芝居には乗らないぜ」
     高明が冷静に観察すると、敵が斧を持つ手に殺意が篭もっているのが見て取れた。
    「こんのぉっ」
     壁に釘付けにされた左腕を引き千切り、竹内は高明に向けて斧を投げる。その射線上にガゼルが侵入し、勢いのまま衝突し斧を弾き飛ばした。
    「あなたも被害者に変わりない。けど放置して犠牲者を増やすわけにはいかない!」
     蒼慰の腕が青き銃口と化し、毒を持つ光線を放つ。竹内は影で防ごうとするが、カバー出来ない手足が黒く染まっていく。
    「もう、決して貴女を逃がしてやる事すら、できない。殺しの果てに、これ以上など無いように」
     一瞬悲しげに目を伏せた咲夜は、覚悟を持った瞳で魔力を込めた杖を振り下ろす。竹内は避けようとするが、その足を影が捕らえていた。
    「なっ!?」
     竹内が影の先、椿の酷薄な笑みに思わず目が行ったその隙に、咲夜の杖が叩き込まれた。体がくの字に曲がり、ぱくぱくと痙攣する口から息が漏れる。
     そこへ椿が獲物を仕留めるようにビハインドと共に挟撃する。竹内は迎撃に影を伸ばす。ビハインドの足を斬り、椿の腕を貫く。だが椿は冷たく笑みを浮かべて足を止めない。刃が竹内の胴体を刺し貫く。
    「殺してやる! アタシを殺そうとする奴は全員死ねばいい!」
     傷だらけの全身からどす黒い殺気を放って周囲を覆う。
    「あなたに殺された人もきっとそう思ったことでしょう」
     太郎が仲間を庇うように翼を広げ突進する。その身に吐き気がするような殺意を受けながらも、近づき太陽の如き光の剣を振るった。刃は影を斬り裂き、竹内の背中を斬り裂く。
    「コロス、コロス、コロス、絶対に殺して生き残ってやる!」
    「……たとえ、アンタらと表裏一体の存在やったとしても……うちは自分の中の『殺意』抑えられるで」
     作り物の弱々しい表情は消え去り、殺意を剥き出しにして襲い掛かる竹内に対し、文は死角から巨大な杭を突き入れる。
    「あぐぁあ……アタシが死ぬなんてありえないでしょ? コロスのはアタシのはずでしょ!? 何でこんな目に合うのよっ」
     もう立つのも苦しいのか、竹内は体中から血を流しながら壁に寄りかかるように出口を目指す。
    「……さようなら」
     声に悲しみの色が混じる。すれ違うように通り過ぎる柚琉の腕が一閃した。手にした紅の刃は更に赤の色味を増し、後には胴を両断された少女の姿があった。
    「いや……死にたくない……帰りたいよ」
     竹内はそれでも這うように出口を目指したが、後僅かでビルから出れるという所で、その胸に剣を突き立てられ、力尽き動かなくなった。

    ●墓場
    「……schlafe ruhig」
     竹内の体が消える。それを見下ろし、止めを刺した剣を引き抜いた椿が呟く。
    「縫村委員会に巻き込まれなければ、これからも普通に過ごせたのかもしれません……ですが被害の連鎖は防がなくてはなりませんから」
     覚悟を決めてきたとはいえ、戦いが終われば太郎の中には虚しさが残る。
    「……殺意に呑み込まれたら、いずれ元の形も分からないほど歪んでしまう」
     変わってしまったものはもう戻せないのだと、文にはよく分かっていた。
    「やっぱり六六六人衆のヤル事は胸糞悪いぜ」
     自分も一歩間違えばこうなっていたのかもしれないと、高明はやるせない気持ちを言葉と共に吐き出す。
    「俺達は誰かがやらねばならん事をやっただけだ。違うか」
     背後から、揺ぎ無く力強い声をジャックがかける。その言葉に高明は頷き踵を返した。
    「……どうか安らかに」
    「この人も被害者には変わりないのに……」
     柚琉が取り出した花を一輪、そっと消え去った竹内の居た場所に置き、静かに黙祷した。隣で蒼慰もまた祈るように目を閉じる。誰かを救う為には、他の何かを犠牲にしてしまうこともある。だがそれでも救う為に戦うのだと強く手に力を込めた。
    「ここで亡くなった全ての人を、私は決して忘れません……」
     咲夜は死者を悼み、一人一人を心に刻み込むようにその最期を見届ける。
     死者の眠るビルに歌声が響く。蒼慰の鎮魂歌は、戦いを強いられた人々を慰めるように空に届いた。

    作者:天木一 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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