O Fortuna~殺人屋敷の女神

    作者:志稲愛海

     題名は知らないが、巷でよく耳にする曲。
     それが、目覚めて最初に彼らが気付いたもの。
     次に、薄ら開いた瞳に映るシャンデリアの灯り。
     そして状況が分からぬまま身を起こし、周囲を見渡せば。
     そこには、十数名程の見知らぬ者達と、車輪を持った運命の女神の像と――。

     ――ひとりの少年の、死体があった。

     いつの間に此処に来たかは誰にも分からない。
     何故だか、この大きな洋館から出る事も叶わない。
     只、それぞれ分かっているのは……少年を殺したのが自分ではない事と。
     少年を殺しただろう者と恐らく今、一緒にいるということ。
     これがミステリー小説ならば、探偵役が颯爽と躍り出て謎を解き明かすのかもしれない。
     だが……この場に集められた者達は、違った。
    「うわぁ……ッ!!」
     ぶしゅうっと、刹那上がる血飛沫。
     第二の殺人。いや、隣の男を突如斬りつけたその女も、また別の男のナイフで滅多刺しにされる。
     そう――殺られる前に、殺る。
     彼らが始めたのは、殺し合いであった。
     洋館の外に出られぬ中、広い屋敷内で次々と繰り広げられる殺戮。
     ある男は頭をかち割られ、次に女が心臓を貫かれ絶命する。
     そして残酷な運命の女神が微笑んだ殺戮劇の勝者は、ひとりの男。
     一見すると、物静かそうにみえる医師の青年。
     冷静に巧く立ち回り、最初に目覚めた女神のいる部屋で、最後に残った大柄の男へと急所への斬撃を見舞って。一瞬の隙をつき、その首を綺麗に刎ね飛ばす。
     ゴトリと、女神像の足元に落ちる首。
     決して奇声は上げぬが、返り血を浴び、殺意を孕んだ目を爛々と輝かせながら。青年は延々繰り返される旋律に感情を昂ぶらせ、天を仰ぎ呟く。
     おお、運命の女神よ……! と。
     そして女神像が佇む洋室の扉を開き、新たな運命――六六六人衆としての第一歩を踏み出すのだった。

     だがこの時、青年は気付かなかった。
     殺戮劇の発端となった第一の死体……いや、死体を装っていた少年『カットスローター』の姿が、当の昔に、此処からなくなっている事に。
     

     「正月早々、騒ぎを起こした六六六人衆だけどさ。その六六六人衆に、新たな動きがあったみたいなんだ」
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)はそう集まった灼滅者達を見回してから。早速、概要を語り始める。
    「みんなの活躍でね、多くの六六六人衆を灼滅できたんだけど。それに危機感を覚えたのか、六六六人衆の縫村針子とカットスローターが、新たな六六六人衆を生み出す儀式を始めたらしいんだ」
     その儀式とは――縫村針子の特殊能力・『縫村委員会』によるもの。
     閉鎖空間に閉じ込めた一般人同士に、殺し合いをさせるのだという。
     そしてカットスローターは集めた一般人達に殺し合いをさせるべく、お膳立てをする役らしい。
    「それで殺し合いをさせられた一般人がね、六六六人衆となって、閉鎖空間から出てきてしまうことが予測されたんだ。この儀式で生み出された六六六人衆は完全に闇堕ちしていて、救う事はもうできないよ……。でも、出てきたばかりの六六六人衆は儀式直後で、ある程度ダメージを受けていて配下もいないから。強力な相手であるのは間違いないけど、灼滅するチャンスなんだ」
     殺し合いという儀式を経たこの六六六人衆は、より残虐な性格となってしまったのだというが。ここで倒さなければ、今後大きな被害を出してしまうだろう。
     それを防ぐためにも、確実に灼滅して欲しい。
    「そして今回みんなに灼滅してもらいたいのは、狩峰(かりみね)って名前の医師の男だよ。一見物静かそうにみえるけど、その狡猾さと冷静さと容赦のなさで、殺し合いの儀式を制した男で。殺し合いを経て元々密かに内に秘めてたその残忍性が増してて、放っておけば大量虐殺を行なったりする可能性が高いから……ある程度儀式でダメージを受けている今、確実に仕留めて欲しいんだ」
     現場は、ある山奥に佇む廃墟となった洋館。
     そのエントランスで、儀式を終え閉鎖空間から出てきた狩峰を待ち伏せし、灼滅して欲しい。
    「狩峰は六六六人衆のサイキックと、得物の解体ナイフと影業のサイキック、シャウトも使ってくるよ。儀式で2割程度体力消耗してる状態だけど、狡猾で残忍な強敵だから気をつけてね。狩峰が閉鎖空間から出てくるのは夜だけど、洋館にはランプが灯ってて、戦場となるエントランスは広いから戦闘に支障はないかな」
     儀式で倒れた人々の死体がいくつか転がってはいるようだが、複数のランプが灯ったエントランスは広く、大きな障害物等もないようだ。
    「そんな残酷な殺し合いをさせられたらさ……性格も変化しちゃうよね」
     遥河は説明を終えた後、そう一瞬、瞳を伏せるも。
    「でも、もう彼は救えないし、放っておけば沢山の人に手をかけるだろうから。危険な相手だけど、灼滅をお願いするね」
     すぐにその顔を上げ、灼滅者達に命運を託すのだった。


    参加者
    蒔絵・智(黒葬舞華・d00227)
    エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)
    シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    倉科・慎悟朗(昼行燈の体現者・d04007)
    白弦・詠(溟海で溺れる聲・d04567)
    イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)
    天城・翡桜(碧色奇術・d15645)

    ■リプレイ

    ●Carmina Burana
     一体、いつからだろうか。
     この掌に纏わりついた赤の彩りに、何とも言えぬ高揚感を抱くようになったのは。
     医者になった時から? いや、それよりももっともっと、随分前からだ。
     幼い頃から私はその色に、密かに欲情し興奮していたものだ。
     そう――まさに何人もの血を浴びた、今と同じ様に。
    「運命の女神は、この私に微笑んだ……!」
     エンドレスに流れる旋律と共に、運命の女神が佇む部屋に響くのは、人を殺める時でさえも上がることのなかった男の声。
     そして興奮したように目を爛々と輝かせ、芝居掛かったように天を仰いだ後。
     その男・狩峰は、ギイッと、運命の扉を静かに開く。

     仄かに灯るランプの明かりが揺れる、洋館のエントランス。
     灼滅者達が足を踏み入れたその場を包むのは、異様な程の静寂であった。
     まさか――この場所で今、人々が殺し合っているなどとは、到底思えないほどに。
    (「バトルロイヤルですか。趣味が悪いですね」)
     でもこの舞台のセンスは好きですよ、と。
     イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)はまるでその腕に抱かれるかのように、ビハインドのヴァレリウスを伴いながらも。足を踏み入れたその場をぐるりと見回した。
     まだこの場に、自分達以外の誰の姿もみられない。
     だが、もうすぐ――ひとりの男がこの場に姿を現すのだという。
     積み上げた死体の山と共に。
    (「生と死を扱うお医者様が、殺人鬼になり下がるとはね……」)
     殺し合いを制し、エントランスに現われる男は医者……いや、元医者であった殺人鬼。
     蒔絵・智(黒葬舞華・d00227)は、ちらちらと不規則に揺れるランプの光が届かぬ物陰へと身を潜めながらも。
     殺人鬼になり下がったその男を、気配を殺してじっと待つ。
     誰かを癒す事が何よりの喜びで。そして目指すは、まさに狩峰が就いた医師という職業。
    「人を救いたいと志を持っていた方が命を奪うなんて……それは悲し過ぎます……」
     シャルリーナ・エーベルヴァイン(ヴァイスブリッツェン・d02984)は、そう分厚い眼鏡の奥の瞳をそっと一瞬伏せるも。
    (「これ以上その手で誰かを殺めない為にも、全力で行かせて貰います……」)
     すぐに顔を上げ、ぐっと、決意と覚悟をその胸に抱く。
     知らぬ間に『縫村委員会』の特殊空間に連れて来られ、殺し合いの渦中に飲み込まれた彼も、ダークネスの目論みの被害者であるのだが。
     血に魅せられ、沢山の人を殺し、六六六人衆に堕ちた彼に、同情の余地は最早無い。
     目的は、狩峰の灼滅。
    (「集った八人で、何としてでも叶えるわ」)
     翠海を揺蕩うような双眸に煌めくは、人魚姫の揺ぎ無い心の唄。
     白弦・詠(溟海で溺れる聲・d04567)は物音を立てぬよう、狩峰が現われるだろうと予想される扉の傍まで歩み寄って。
     そっと、その向こうの音に耳を澄ませる。
     狩峰が犠牲者だという事は、倉科・慎悟朗(昼行燈の体現者・d04007)も十分に分かっている。
     でも――やはり、固めた意思は皆と同じ。
    (「だからといって新たな犠牲者を増やす事は出来ません」)
     そしてそっと吐かれるのは、小さく、声にならない溜息。
     それは、余分な感情を捨てて……目的を果たすだけのモノになる為の、儀式。
     それから慎悟朗が次に顔を上げた、その時だった。
    (「無理矢理儀式に参加させられた狩峰は哀れではございますが、芽は早い内に摘まなければなりません」)
     イブも物陰から、不意に音を立て始めた扉へと視線を投げた。
     運命の女神が微笑むのはこちらです――と。
     刹那、解放されたのは、エントランスにまで響き渡る旋律とひとりの男の姿と、無残に転がる幾つもの死体。
     そして血に塗れたナイフを手にしながら一歩、エントランスへと足を踏み入れた狩峰は。
    「……!!」
     頭上で蠢く複数の殺気に気付き、反射的に顔を上げて。ナイフを素早く構えなおすやいなや、毒を帯びた呪いの竜巻を、その何者か定かではない存在へと放つ。
     だが――気付かれて衝撃を喰らうのも、想定内。
    「仕留めて良いなら逃がす手は無い」
     速やかに殺ろうか、と。壁歩きを駆使しその頭上を取った御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)は、ナイフの衝撃を受ける事も厭わず、狩峰の後背を塞ぐ位置へと素早く飛び込んで。
     白焔の獣速の如き雷撃が唸りを上げると同時に、さらにひとつ、同じ雷を帯びた衝撃が放たれる。
    「貴方を……止めてみせます!」
    「! なっ!? ぐぅっ!」
     白焔とシャルリーナの、衝撃にも怯まぬ奇襲を受け、狩峰は微かに声を上げるが。
    (「うーん……さすがダークネス、容赦というものがないのです……」)
     壁歩きを使い天井から見下ろす血の海に沈んだ死体の数々に、エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)は思うも。
     とにかくここで食い止めないとなのですよ~と、おふとんと一緒に仲間に続き、上空から狩峰の身を捉えるべく深い闇を解き放つ。
     そして、その意識を誘導すべく意図的にぶつけられた仲間達の殺意の方向に、思わず気を取られている狩峰へと。
    「リリース……アンタは今日、ここで、キッチリと殺らせてもらうよ。決して逃がしゃしないんだから!」
    「!」
     ひらり纏った漆黒のバトルドレスの裾を、何羽もの影の蝶と共に躍らせた智の死角からの斬撃と同じタイミングで。柱の陰から飛び出し、繰り出された慎悟朗の破邪の白光が、鋭くその身を斬り裂きにかかる。
     そしてイブの漆黒の殺気が戦場を覆い尽くし、ヴァレリウスがそんな主を護るかのように前へと躍り出れば。
    「……卑怯な手段で失礼致します。けれど、貴方を外に出すわけにはいきません」
     潜んでいた扉の上から激しくかき鳴らされた天城・翡桜(碧色奇術・d15645)の音波が、唯織の霊撃と旋律を奏で合うかのように、狩峰へと襲い掛かる。
     そして白くしなやかな指で光る円環がもたらすのは、相手を石と化す呪い。
     詠も、仲間達と共に狩峰を包囲するような陣形を成しながら、奇襲攻撃を仕掛ける。
    「此処から出ることを許された勝者は、私だけのはず……!?」
     狩峰はいち早く灼滅者達の存在に気付いたものの、傷つくのも恐れぬ灼滅者達の思わぬ奇襲を受け、表情を一瞬歪める。
     ――だが。
    「いや……やはり運命の女神が最後に微笑むのは、私だ」
     開け放たれた扉の奥の女神像と、流れ続ける旋律を背に。
     取り乱すこともなく、不敵な笑みを宿しながら、冷たく閃くナイフをスッと構える。

    ●Fortune plango vulnera
     戦場に咲き乱れる赤は、誰の血の華か。
     闇に堕ちし者か、彼を灼滅すべく赴いた者達のものか、それともその両方か。
    「……っ!」
     人を殺めることに、何の躊躇も無くなった目。
     その人体知識を生かした的確な急所への一撃は鋭く、巻き起こした竜巻で灼滅者達の身を毒で侵し、変形させた刃で容赦なく傷を抉ってくる狩峰。
     だが、彼が人を殺すことに迷いがないのと同じように。
     灼滅者達も、彼を灼滅する決意に、揺るぎはない。
    「立て直します……!」
     仲間を庇い、変形したナイフの刃を受けた慎悟朗へとすぐさま施されるのは、シャルリーナの稲妻の如き青白の輝きを帯びた癒しのオーラ。
     そして癒えたその身を再び盾にすべく、尚も前へと立ちはだかりながらも慎悟朗が見舞うのは、狩峰を蝕まんと唸りを上げる漆黒の弾丸。
     さらに、敵をじわじわと追い詰めていかんと。
    「六六六人衆とはいえ、連戦は流石にキツいでしょう?」
     イブの左手薬指に嵌めた寡婦指輪が狩峰の行動を制約すべく、魔法の煌きを撃ち出す。
     まるでその束縛を架す小さな煌きは、殺してでも縛り付けたい恋心を思わせるように。
    「これ以上悪さはさせないのね~」
     むー…なんとも言えないのです、でも倒さないといけないからしょうがないです、と。
     狩の獲物のように相手を摘み絡め取らんと、悪夢の如き漆黒の影を再び伸ばすエステル。
    「く……!」
     これでもかと重ねられる状態異常の嵐に、狩峰は顔を顰めるも。
     シャウトし体力を回復させるとともに、身を蝕んでいたそれらを全て吹き飛ばした。
     手負いの状態で奇襲を受け、集中砲火を浴びても尚倒れぬダークネス。
     それどころか、繰り出してくる衝撃は鋭く、気を抜けば数撃で倒されてしまうかもしれない威力を誇るも。
    「今、傷を治します」
     翡桜が生み出した薄い緑の霧の如きエメラルド色のオーラが、前衛を中心に戦線を確りと支えて。一生懸命同じように回復を頑張るおふとんや、前に立つヴァレリウスや唯織達サーヴァント。
     六六六人衆に堕ち、凶悪な力を手にした狩峰であったが。
     戦況は、灼滅者達の最初の奇襲成功がかなり効いていて。相手を包囲するように陣形を成し、状態異常を付与しながらも攻めの姿勢を崩さない灼滅者側に大きく傾いている。
     纏う海色のドレスの上を泳ぐように、甘やかなローズブラウンの髪を靡かせながら。共に遊泳する海龍や魚の得物から放たれるのは、的確に敵を捉え動きを鈍らせる詠の衝撃。さらに、蜘蛛の如く空間を駆け地を這い、最速と静止、緩急を自在に操る白焔の死角からの鋭撃が、敵を暗殺すべく見舞われて。
    「ただ殴りぬける……たったそれだけ。そら、喰らいなっ!」
    「!」
     揺らいだ相手の隙を見逃さず、勢い良く敵に飛び込んだ智の強烈な「死の中心点」を貫く一撃に、一層大きく上体を揺らす狩峰。
     そしてそんな彼の前に、智は立ちはだかりながら告げる。
    「アンタがここに来てしまったのは運が悪かったとしか言いようがない、それでもここから生かして帰すわけにはいかない。死を振りまくだけの存在となったアンタを、ここより先に行かせるわけにはいかないから」
     アンタが人の命を救う人間だと思われているうちに……引導を渡してあげる、と。
     だが、それでも狩峰はまだ倒れずに。
    「うぐぐ……出来たてとはいえ結構痛いのです……む~、シビシビしびれてしまうですよ~」
     今度は、エステルやイブ、厄介な攻撃を仕掛ける中衛へと目掛け、毒の竜巻を巻き起こした。

     傷を負いながらも身を翻し攻撃をかわし、衝撃を散らして満遍なく灼滅者達へと衝撃を与え、シャウトで回復をはかる狩峰。
     殺意を孕んだその瞳は変わらないが。
     彼が、相手を殺す戦い方をしていない事にまず気付いたのは、イブであった。
    「ヴァリーさま、狩峰が逃走の素振りを見せたら出口に先回りしてくださいまし。できますね?」
     そうすかさず指示を出した主に、ヴァレリウスは了解したと返事するかのように、その手を取って掌に唇を落とすような仕草をしてから。再びスッと、敵の前に躍り出る。
     イブだけでなく、狩峰の逃走を危険視し危機感を覚えているのは翡桜。
     六六六人衆と戦った経験が少ないこともあり、油断せぬよう緊張感を持ってこの戦いに臨んでいる翡桜もまた、彼の動きに注意を払っている。
     とはいえ出口は念のために施錠しており、出口だけでなく窓にも抜かりなく気を配っている灼滅者達。決して、六六六人衆を逃がさぬようにと。
     だが……ふっと狩峰は、不敵な笑みを宿して。
    「運命の女神はやはり私に微笑むのだよ、諸君」
    「!」
     くるりと背後を振り返るやいなや、後背を塞ぐ位置にいる白焔のその獣速を殺すべく、腱を絶つ鋭い一撃を放った狩峰。
     そして――血飛沫に染まった運命の女神像が佇む部屋へと、逃亡をはからんと動きをみせたのだった。
     いや、正確にいえば……目的は、女神像の部屋にある大きな窓。
     手負いの状態で奇襲された事が響き、力づくで灼滅者を皆殺しにする事はもはや難しく。さらに灼滅者達に阻まれ、エントランスからの逃亡は不可能。
     では、この状況をどうすれば打開できるか……運命の女神像の部屋は、そう戦いに身を置きながらも冷静に周囲を見回していた狩峰が選んだ逃走経路であった。
     狩峰が儀式の勝者となり、閉鎖空間『縫村委員会』が解除された今、その部屋はもう密室ではないのだ。
     だが灼滅者達も、そんな思わぬ狩峰の行動に慌てることなく、素早く地を蹴って。
    「逃がさんよ!」
    「行かせません」
    「!」
     戦場を舞い遊ぶ黒胡蝶を伴う智の繰り出したの斬撃が狩峰の急所を捉え、同時に慎悟朗の放った破邪の白光が無防備な背中へと振り下ろされる。
     その衝撃に一瞬よろめくも、体勢を立て直し地を蹴らんとする狩峰。
     だがそんな彼を決して逃がすまいと。
    「これ以上、人を傷つけさせません……!」
     護る為に培ってきた足技を駆使し放たれたシャルリーナの死角からの一撃が、狩峰にさらに足止めの効果を付与して。
     翡桜の天上に響くかの如き歌声やおふとんの浄霊眼が仲間の傷を塞ぐ間、主と共に動き顔を晒した唯織が敵を追従して。
     童話の人魚姫が欲しいと焦がれた足を飾る、青と白の硝子珠をゆらりと揺らしながら。
    「さあ、愉しみましょう……お兄さん」
     海色の漣を生み戦場を舞う人魚は、哀れな殺人者へと歌うように告げる――貴方は必ず灼滅してみせるわ、と。
     それから、優雅に戦場を泳ぎながらも鋭き牙を剥いた海龍が、敵の身を斬り裂き捕らえれば。
    「そして貴方を歪ませた元凶……必ず、引きずりだしてあげるわ」
     翠海の色を湛えた詠のその双眸が見据える先には、彼を堕としいれた六六六人衆が。
    「う~、恨んでもいいけど化けてまた出てこないようになのですよ~~」
     さらに、けたたましい音を鳴らしながら振るわれたエステルのチェンソー剣の斬撃がダークネスの傷を大きく広げれば。
    「! 馬鹿な、運命の女神は私に……、ッ!!」
    「Auf Wiedersehen」
    「己の赤に染まり、散り逝け」
     彼女の束縛心そのままかの様に強くきつく、伸ばしたイブの影が狩峰を縛りると同時に。
     まさに焔舞うかの如く。鋭利な刃と成すための呪が込められた想いを纏うその脚で地を蹴り、高速の動きから鋭角に斬りつけた白焔の一撃が、戦場に赤き華を咲かせた。
     そして、まるで運命の女神像にすがるかのように。
     女神に見捨てられた殺人鬼は、その足元で息絶えたのだった。

    ●Trionfi
    「相変わらず六六六人衆は手強いですね……」
     そう独り言のように呟いた慎悟朗の声に頷いた後。
     翡桜は無事狩峰を止められた事に安堵しつつも、唯織と並んで周囲を見回して、そっと帽子を取る。
    「……ごめんね。カタキ、ちゃんと取るからね」
     ぎゅっと、集めた犠牲者達の遺品を握り締める智。
     白焔や詠と共に皆の怪我の具合を確認したイブも、何か今回の事件の手がかりがないかと周囲を探ってみるも。
    「まだまだ解決には程遠いのです……むきゅぅ」
     おふとんと一緒に首を傾けるエステル。
     そして同じ志を持っていた人を弔うシャルリーナは、涙を流しながら。
     まだ止まぬ旋律の中、その心に、改めて強く固めるのだった。
     惨劇を生んだ六六六人衆を止める決意を。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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