首斬り馬

    作者:陵かなめ

     リィン。
     鈴が鳴る。
     夕暮れ時、小さな町の寺の前に現れたのは、スサノオだ。その全身は白毛で、オオカミのような姿をしている。
     寺の内部からは、武道の気合を入れる声が聞こえてくる。
     リィン。
     白毛の耳に、飾り鈴が光った
     ソレは辺りを一度だけ見回し、静かに去っていった。

     次に現れたのは、首無しの馬。ずんぐりとした小さな躯体に、豪奢な鞍を付けている。
     前足には鎖が絡みついており、この場所から遠くには離れられない様子だ。
    「ヒ……ン」
     それは首から上がないはずなのに、小さく声を上げた。
     首無しの馬は怪しく身体をくねらせ、人の声のする方へ駆け出した。
     
    ●依頼
    「また古の畏れが現れたんだ」
     教室に姿を見せた千歳緑・太郎(中学生エクスブレイン・dn0146)が話し始めた。
    「みんな、首切れ馬って知ってる? 首無し馬って言うこともあるみたいなんだけど、その名前の通り、首の無い馬なんだよ」
     手にした熊のぬいぐるみをぎゅっと抱え込み、太郎は沈痛な面持ちを浮かべる。
    「今回はね、首無しの馬が、人間の首を狙って斬り割く古の畏れなんだよ。首斬り馬、とでも言うのかな」
     太郎は引き続き説明をした。
    「首斬り馬が狙うのは、お寺で武道の稽古をしている人達だよ。そのお寺は、大広間を武道の習い事の会場にって提供しているんだ。それで、皆には、大広間で武道の練習をしているふりをして、古の畏れを呼び出してほしいんだ」
     武道であれば、柔道でも合気道でも、なんでもかまわない。大広間で、自主練習や手合わせを行っていれば、首斬り馬が現れる。
    「あ、武道が無理って人は、それっぽく演技するとか、サポートする人っぽくするとかでもいいと思うんだ。でも、最初に狙われるのは武道をしている人だから、その辺は気をつけてね」
     この日は習い事の日ではないので、大広間に一般人はいない。しかし、境内に参拝客はちらほらと見受けられるので、人払いは必要だ。
     首斬り馬は、近接の斬撃を主軸に攻撃してくる。
     馬とはいえ、それは古の畏れ。相手を斬りつける装備をしているのだ。
    「みんな知っているかもしれないけれど、この事件を引き起こしたスサノオの行方は、予知がしにくい状況なんだ。でも、事件を一つ一つ解決していけば、必ず元凶のスサノオにつながっていくはずだよ」
     だから、と。太郎は皆を見る。
    「みんな、気をつけて。頑張ってね」


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    椎那・紗里亜(魔法使いの中学生・d02051)
    霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)
    栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)
    深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)
    北条・葉月(我歌う故に我在り・d19495)
    潤朱・梓(ドライブラッド・d21644)
    花咲・ウララ(春生まれ・d22366)

    ■リプレイ

    ●組み手
     ゆらゆらとろうそくの火が揺れる。
     人払いの済んだ寺の大広間で、加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)と椎那・紗里亜(魔法使いの中学生・d02051)が向かい合い、組み手をはじめた。
    「よろしくお願いします!」
     やるからには本気で行きますと、紗里亜が足を踏み出す。一見優雅に、踊るような足運びだ。円を描くように足を進め、身体を流し距離を詰める。
    「八卦掌って独特な動きをするよなあ、面白い!」
     突き出された掌を払うように往なし、蝶胡蘭が口角を上げた。
    「未熟ではありますが、せっかくの機会ですので。胸を借りて思いっきりぶつかりたいと思います」
     言いながら、紗里亜は二つ、三つと、掌の突きを繰り出す。
    「映画の影響で始めたのか。と言っても、椎那さん、筋は良さそうだし、良い練習になると良いな」
     今まで受けのみだった蝶胡蘭が、言うなり左手を突き出した。それは不意打ちに近い一撃になる。
    「な――」
     かろうじて直撃を避け、紗里亜が息を呑んだ。
    「私は空手しか経験無いから詳しいアドバイスは出来ないけど」
     蝶胡蘭が手首をくるりとやわらかく動かす。
    「掌の形はもっとこんな感じにすると良いんじゃないかな?」
    「はい……続けて、行きます」
     再び、二人は踊るように足を動かし始める。
     さて、その隣で。
     一匹のナノナノが、空手っぽい道着を身につけ、くるくると回っていた。
     深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)のナノナノ、てけり・りだ。
    「いけっ! 深海空手の黒帯の実力を見せつけるのだー!」
     物陰から、るるいえの声援が飛ぶ。深海空手とは一体……? ともあれ、適当な声援を受け、てけり・りは踊っ……、いや、華麗に突きを繰り出す仕草をした。
    「ナノナノさんの組み手、って、すごく可愛いなぁ……」
     その様子を見て、同じく物陰に待機していた栄・弥々子(砂漠のメリーゴーランド・d04767)がほわりと頬を緩ませる。
     そして、はっと気がつき、首を振った。
    「う、ううん、いつ敵が現れるかわからないんだから……。首なしのお馬さん……武道のお稽古に混ざりたかった、のかな?」
    「どーなんだろうねー」
     ほくほくと両手でカイロを揉みながら、花咲・ウララ(春生まれ・d22366)が首を傾げた。
    「首切れ馬……首無し馬。有名な妖怪みたいで『カミサマが乗ってる』……なーんて言い伝えもあるらしーよ!」
    「馬……馬ね。そういや今年って午年?」
     潤朱・梓(ドライブラッド・d21644)が柱の影から、そっと広間の様子をのぞき見た。
     初依頼と言う事で、実は心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしている。けれど、なるべくそれを顔に出さないよう、強がってもいるのだ。
    「そだよー。あ、梓先輩もカイロいる? 冬のお寺って、寒いんだよねー!」
    「ああ、ありがとう。いただくよ」
     やや緊張気味の梓に、ウララがカイロを手渡した。
    「首斬り馬、ね……」
     衝立の裏に身を潜めていた北条・葉月(我歌う故に我在り・d19495)が腕を組む。
     デュラハンと言う訳ではなさそうだが。
    「悪いが、この首くれてやる訳にゃいかねぇけどな」
    「そうですねぇ。まぁこっちが首無しになるわけにはいきませんしささっと倒さねば」
     霈町・刑一(本日の隔離枠 存在が論外・d02621)が頷いた。
     自然と、大広間の真ん中で組み手をしている二人に目が向く。
     流れるような組み手は、次第に様子見から撃ち合いへと変わっていった。

    ●戦い始まり
    「洗練された武道の動きって、俺は結構好きだな」
     互いに突きを繰り出し合う二人を見て、葉月が言った。
    「ほう」
     刑一が相槌を打つ。
    「……もしかしたら、首斬り馬も何かしら魅かれる物があるのかもしれないな」
    「なるほど」
     二人の目の端に、なんとなく必死に飛び回るてけり・りの姿も写った。
    「しかし、ナノナノがじゃれてるのは、なんつーか癒される」
     葉月が柔らかな表情を浮かべ、刑一が頷きかけたその時。
     大広間の扉が、大きな音を立てて破壊された。
    「ヒ……ン」
     低く、うめく様な声を、確かに皆が聞く。
     それが首斬り馬だと、一瞬で理解した。
     仲間が次々に飛び出す。
     だが、飛び出してきた灼滅者には目もくれず、敵は一気に前足を蹴り、組み手をしていた二人に襲い掛かった。
    「……っ」
     飛び込んできた首斬り馬のたてがみには、回転している刃が見え隠れしていた。
     鋭い斬撃を受けて、蝶胡蘭が後方へ吹き飛ばされるようによろめく。
    「首無しの馬……デュラハンと似てるけど首無し騎士の馬車は無いんですね」
     一番近くにいた紗里亜が、自身の身体を敵と蝶胡蘭の間に滑り込ませ、クルセイドソードを振るった。
     首斬り馬は、すぐに身体の方向を修正し、身を引く。
     掠りはしたが、大きな手ごたえが無い。紗里亜は気にせず、走り出した。
    「てけり・り、回復するのだー!」
     この時のために、ナノナノを二人の傍に居させた。
     回復の指示を出しながら、るるいえも走る。
    「神域を汚す畏れには激おこぷんぷん丸。祭神に代わって私が神罰を下してやるっ!」
     大きくポーズを決め、必殺のビームを放つ。
    「ヒヒィィィィ――ッィ」
     攻撃を受け、首斬り馬が戦慄いた。
     当たれば確実に相手の体力を削ぐ事が出来る。手ごたえを感じながら、るるいえがふっと視線をはずした。
    「……私は邪教徒だがまぁ細かいことはいい」
    「ええっ?! いいの、ソレ」
     言いながら、ウララはナノナノのケリーに回復と攻撃の指示を出す。
     自身は、影業・黒のブーティを立ち昇らせ、影の触手を絡めるよう狙った。
    「届けー。届くよねー!」
     伸びた影が、首斬り馬を四方から絡め取る。
    「ィ……」
     もがくように、馬が前足を何度も蹴った。
     その姿は、痛ましい。
     弥々子は思う。
    「でも、人に危害を加える、なら……阻止しなきゃいけない、の」
     指輪を構え、狙いを定める。
     戦闘はいつになってもちょっと怖い、けど。怖がっていたら、倒せない。
     きゅっと息を吸い、前を向く。
    「ごめんね、ちょっと大人しくしてて、ね……!」
     弥々子は、指輪から魔法の弾丸を撃ち出した。
    「……っ」
     首から上が無いはずなのに、苦しげな息遣いが聞こえる。
     首斬り馬は、自由を取り戻そうと力の限りもがいている様だ。
     皆の後ろから見ていた梓も動く。
     戦いになれば、もう開き直るしかない。掌から激しく炎を立ち昇らせた。
    「俺は強い俺は強い俺は強い……」
     小さく呟きながら、流れる炎を解き放つ。
    「ヒヒィッ」
     同時に、首斬り馬が大きくジャンプした。
     寸でのところで、炎から逃げられる。
     だが梓は、気にせず次の攻撃態勢を取った。
    「次は当たるかもしれないし」
     くじけず、走り出す。
    「ィィィィッ」
     敵が低いうめき声を上げた。
     顔が無いので表情は分からないが、それでもその怒気は十分に感じられた。

    ●攻勢、優位に
     敵の動きを封じながら、強力な攻撃を受けながら、戦いは続く。
    「攻撃するならこっちを向いてくれな」
     シールドを構えた蝶胡蘭が、飛び上がった。
     勢いのまま殴りつけ、注意を引き付ける。
     続けて紗里亜が間合いを詰めた。
     今度は身を引かせない。
     相手にぴったりと張り付き、花が咲き乱れるような激しい動きを見せる。
    「百花繚乱!」
     オーラを掌に集中させ、凄まじい連打を繰り出した。
     たまらず、馬はよろめきながら距離を取る。
    「気をつけて、次来るよ!」
     はっと、梓が声を上げた。
     たてがみに見え隠れしていた刃が、勢い良く放出される。
    「――ッ」
     くるくると、切り刻む様に回りながら、刃が前列の仲間に襲い掛かった。
     身を刻まれる不快な感覚を振り払うように、葉月が槍を一つ回す。
    「スサノオの尻尾を捕まえる為にも、此処で足踏みしてるわけにもいかねぇんだよ」
     構えた槍に螺旋のような捻りを加え、一つの呼吸で距離を縮めた。
     勢いを殺さず、力を乗せて突き出す。
    「ただ、着実にダメージを積み重ねるだけだ!」
     その言葉通り、力と勢いで首斬り馬を吹き飛ばした。
     派手な音を立てて、ずんぐりとした馬の躯体が壁にぶつかる。
     敵の攻撃を受けダメージを負っているとは思えないほどの、凄まじい一撃だ。
    「続くよっ」
     梓は、構えたロケットハンマーを地面に叩き付けた。
     大きな振動に、首斬り馬がよろめいた。
    「まだまだ行くからねー!」
     鉄製の縛霊手を構えたウララが直接敵を叩きに向かう。
    「ヒ――ン」
     しかし、ちょうど身体を起こした馬の正面に出てしまった。
    「!」
     見ちゃった。見てしまった。首の断面を直視しないようにしていたのに、見ちゃったのだ。
     一瞬の硬直の後、その場所から外れたところを殴りつける。
     馬から離れて、顔をしかめた。
    「ふえー。もう、なんで首が無いのさ!」
     文句の一つも言いたくなる。
    「首が無い怪物は総じてグロいですね~。見慣れるようなもんじゃないもので」
     バベルブレイカーを担いだ刑一が、ゆらり前に出た。
    「ヒ――ィ、ン」
     ようやく体勢を立て直した首斬り馬が、低くうなる。
     たてがみに戻った刃を煌かせ、刑一に突撃してきた。
    「俺たちの首はそう簡単には取れませんよ~」
     敵の渾身の突撃を、ひらり避ける。刑一は一つ、二つステップし、構えたバベルブレイカーの杭を高速回転させる。
    「捻じ切る勢いで……」
     そのまま、力任せに突き刺す。
    「せいや!」
     気合をこめて、敵の躯体をねじ切った。
     首斬り馬が、回転しながら後方に吹き飛ぶ。
    「よーし、回復だ」
     この間にと、るるいえが夜霧を展開した。てけり・りとケリーも、合わせるようにふわふわハートを飛ばす。
    「ィ……」
     弱弱しく、馬が啼く。
     だが、戦う意思を示すように、立ち上がってきた。
    「行動を妨害させてもらう、ね」
     それを許さないかのように、弥々子が馬の急所を狙う。
     繰り出した黒死斬は、確実に敵の動きを止めた。

    ●戦い終わり
    「今だ、よ!」
     大きく声を上げた弥々子に答えるように、仲間たちが一斉に動いた。
     回復に回っていた仲間も、敵の状態を見て攻撃に加わる。
     まずウララが心を惑わせる符を飛ばす。
     紗里亜と葉月が同時に閃光百裂拳を繰り出し、浮いた馬をるるいえが地面に叩きつけた。
    「下手な鉄砲なんとやら」
     畳み掛けるように、梓が炎の奔流を放つ。今度は、確実に敵を捉えた。
    「……ッ」
     首斬り馬は攻撃の力も残っていないのか、その場で前足をばたつかせる。
     じゃらじゃらと、鎖が鳴った。
    「デストローイ!」
     だが攻撃の手を休めない。
     刑一が漆黒の弾丸で首斬り馬を撃ち抜いた。
     敵の身体がよろめいた先に、蝶胡蘭が待ち構えている。
    「これで、フィニッシュ……だな」
     しっかりと首斬り馬を掴み、大きく投げ飛ばした。
    「……ヒ、ン」
     最後に小さな戦慄き。
     首斬り馬は、静かに消えた。

    「スサノオの気配なし。撤収だな」
     るるいえの言葉に、皆が頷く。
     散らかった大広間を簡単に片付け、灼滅者達は寺を後にした。

    作者:陵かなめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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