血塗れサバイバル

    作者:波多野志郎

    「……くそ、ここもか」
     少年は、ため息と共に目の前の壁を叩いた。壁――すりガラスのような半透明の壁だ。正確な大きさは、わからない。しかし、少年は自分が迷い込んでいる森が、この壁によって囲まれているのだ、と頭の冷静な部分で理解していた。
    「……何人、殺した?」
     片手の指では、数え切れない。少年は、自分のものではない他人の血で濡れた自分の手を見下ろした。目が慣れても、正確には見えない。それぐらいに、この森は暗いのだ。
    「……嘆くべき、なのか」
     少年は、幼い頃から格闘技をやっていた。だから、腕力には自信があった。
    「……おかげで生きてるって、喜ぶべきなのか?」
     むしろ、死んでいた方が楽だったかもしれない――感覚が麻痺した思考の片隅でそう考える自分もいる。腕時計が正確なら、もうすぐ夜明けは近い。何人居るのか知らないが、そうなればこの闇の重圧に押し潰された者達が半狂乱で襲ってくるだろう。
    「選ばない、と……いけないのか?」
     殺されるか? 殺してでも生き延びるのか?  答えは、二択しかない――。

    「この状況で、その二択を選ぶ『余裕』があるのが異常だ、とは考えないんだろうな」
     少年を遠くから眺め、カットスローターは腰掛けていた木から地面に降り立った。『縫村委員会』――そう呼ばれる閉鎖空間に残っているのは、もう五人。カットスローターが見る限り、勝敗は既に決していた。
    「朝日が昇れば後は、真っ逆さまだろうさ。さて、次へ行くとするか」
     カットスローターは迷いのない動きで、その場を後にする。そうして、その閉鎖空間には贄と、新たな六六六人衆のみが残された……。


    「六六六人衆に、新たな動きがあったようっす。新たな六六六人衆を生み出す儀式を始めたらしいんすよ」
     厳しい表情で、湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はそう切り出した。この儀式を行なっているのは縫村針子とカットスローターという二体の六六六人衆のようだ。
    「……閉鎖空間で殺し合いをさせられた一般人が、六六六人衆となって、閉鎖空間から出てきてしまうんすよ」
     この儀式によって生み出された六六六人衆は、完全に闇堕ちしており救うことはできない――ようするに、倒す以外の選択肢はない。
    「出てきたばかりの六六六人衆は、ある程度のダメージを受けており、配下もいないっすから。強力なダークネスであるのは間違いないっすけど、逆に灼滅する好機であると言ってもいいっす」
     加えて、この儀式によって六六六人衆となった者はより、残虐な性質を持つようになる。ここで灼滅する事ができなければ、大きな被害を出してしまう事となるだろう。
    「みんなに担当してもらうのは、六六六人衆としての名前は『穿ち』の諏訪月と名乗るっす」
     元は格闘技を修めていた少年だったという。しかし、ダークネスと覚醒した今ではその技術を殺すために使う事に喜びを見い出す殺人狂となっている。放置をすれば、後にその技で多くの命を奪う事となるだろう。
    「幸い、三割ほどダメージを受けた状態っす。今なら、うまくいけば倒せるはずっすよ」
     戦場となるのは、閉鎖空間のある森だ。決着がつけば、閉鎖空間は解除される。そうなってから接触、戦いを挑んで欲しい。森であるため障害物も多い、幸い解除されるのは朝になってからなので、光源の心配はないだろう。
    「強制的に闇堕ちさせられたという境遇には同情の余地はあるっすけど、他の一般人を皆殺しにして六六六人衆になった以上、助ける術は無いっす……だからこそ、ここで確実の終わらせてあげて欲しいっす」
     翠織はそう厳しい表情のまま、締めくくった。


    参加者
    鈴木・総一郎(鈴木さん家の・d03568)
    フルール・ドゥリス(解語の花・d06006)
    皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)
    埜口・シン(夕燼・d07230)
    アストル・シュテラート(星の柩・d08011)
    村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)
    加賀見・えな(日陰の英雄候補生・d12768)
    祝・八千夜(絢藤の花焔・d12882)

    ■リプレイ


     ――朝焼けが、森を白く染めていく。
    「綺麗」
     夜が終わり昼が始まる、その一部始終に加賀見・えな(日陰の英雄候補生・d12768)が思わずボソリとこぼした。しかし、仲間達は誰もその呟きに気付かない。
    「この辺り、のはずだけど……」
     暗闇が掻き消されていく中、ランプの明かりを落とすとアストル・シュテラート(星の柩・d08011)は周囲に視線を巡らせた。この森には、既に恐ろしい存在が息づいているのだ――その事を、灼滅者達は痛いほど理解している。
    「……何だ、まだいたのか?」
    「――!?」
     その呟きは、まさに雷撃のごとく灼滅者達を撃ち抜いた。ほんの十歩程度の距離に、その少年が姿を現わしていたからだ。
     一八十に届くか届かないか程度の長身。着崩れた学生服。土や返り血に汚れてはいても、その表情が眼光には異常なまでの生気が満ち満ちていた。
    「そうだね、君はもう人じゃない」
     煌く朝の光に生れる怪物――埜口・シン(夕燼・d07230)は、少年を見てそうこぼす。そして、痛む胸元を抑えながらかすれた声で告げた。
    「残念だけど君は生き残れないよ……私達が、逃がさない」
    「確かに、今までの得物とは違うようだ。不意も打てそうになかったしな」
     肯定し、だが少年は言葉を続ける。
    「だが、戦力的にはそうとも限らない――だろう?」
    「理不尽に巻き込まれたとは言え、望ンで人殺しをするンならもう救いはねェな」
     冷静に値踏みをされた、その事実に祝・八千夜(絢藤の花焔・d12882)は言い捨てた。八千夜の右手は、無意識にシンプルな太めの黒革のチョーカーに触れている。向けられた殺気に、うなじがチリチリと焦げ付くような感覚がしたからだ。
    「本当に、もう終わっているのね」
     フルール・ドゥリス(解語の花・d06006)のその言葉が、その場にいた全員の想いそのものだった。『終わっている』――もう、人間としての少年はどこにもいない。目の前にいるのはダークネス、六六六人衆なのだ。
     鈴木・総一郎(鈴木さん家の・d03568)は、そのゴーグルの下の目を細めて、言い放つ。
    「やっと出れた所申し訳ないけれど……最後は俺達と勝負だよ」
    「ようするに、俺を殺しに来た、と。暇な連中だ」
     ククク、と少年は、喉を鳴らした。殺す、という言葉が、ひどく軽い。だが、その軽さは命を奪えるからこその軽さだ。
    「人としてのアンタは今ここで死んだ。俺が看取った」
    「――へぇ? いい割り切りだ」
     言い捨てる村井・昌利(吾拳に名は要らず・d11397)に、少年は感嘆の表情を見せる。昌利は、迷わずに続けた。
    「アンタは、眼前の障害に立ち向かい、そして生き残る為に『選択した』者だ。俺はその『選択』を否定しない。だが同情もしない。討ち滅ぼすことに躊躇しない。全力を以てこの場で葬る――『穿ち』の諏訪月。疾く果てろ」
    「殺しがいある敵ですから、私を存分に愉しませてくださいね?」
     いらつきを笑みに変えて、皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)はスレイヤーカードを引き抜き、静かに唱える。
    「死の境界、さあ、狩りの時間だ!」
    「Mement Mori.」
     桜夜が、八千夜が、目の前で戦闘体勢を取っていく灼滅者達に、少年――六六六人衆、『穿ち』の諏訪月がゴキリ、と指を鳴らしながら身構えた。弓を引き絞るように高まっていく緊張――その中で、敢えて昌利が問いかけた。
    「アンタの、人としての名前を聞きたい」
     その問いかけに諏訪月は小さく目を見開き――そして、苦笑と共に告げる。
    「――諏訪月猛、スワヅキタケル、だ。もう、俺にはいらない名だ」
    「そうか、なら俺が拾っていく」
     勝手にしろ、そう『穿ち』の諏訪月が言い捨てた瞬間、朝日を遮る殺気の濁流が灼滅者達を飲み込んだ。


    「とンでもねェな……!」
     鏖殺領域の中を突っ切り、八千夜が言い捨てる。まるで、コールタールの津波だ。それでも駆け抜け、八千夜は精緻な装飾の施された円鏡のようなシールドを展開、裏拳と共に諏訪月へと叩き付けた。
    「元気なもんだ」
     それを諏訪月は、返り血に塗れた右手で受け止める。ミシリ、とその握力にシールドが軋みを上げる――そこへ、ライドキャリバーが突撃した。
     諏訪月は、それを左の前蹴りで受け止める。ジャッ、と右の靴底が悲鳴を上げるのを、諏訪月は自ら跳躍する事で後方へ跳んだ。
    「っと」
     着地した瞬間、唐突に諏訪月は振り返りその左の肘を繰り出す。そこへ、いつの間にか回り込んでいたえなが、破邪の白光を宿す斬撃を放った。ギィン! と金属同士の激突音が鳴り響く。肘と斬撃が、ギリギリ……と拮抗した。
    「させない」
    「聞こえねぇ!!」
     強引に肘を振り抜く諏訪月へ、アストルが疾走する。ミシリ……! と振りかぶった右腕が異形の怪腕へと変貌する――アストルは、その鬼神変の一撃を豪快に諏訪月へと振り下ろした。
     それを、諏訪月は突き出した右手で受け止める。その手応えに、伝わる体温に、アストルは唇を噛んだ。
    (「彼が手に入れた力、それは僕達にも眠る力だ……人を殺す為に使う為の力じゃない。ここで食い止められなければ、たくさんの悲しみがうまれてしまうかもしれない」)
     目の前の少年も、救うべき相手だったはずだ。しかし、それは叶わなかった。永遠に、その機会は失われた。だからこそ――!
    「絶対に、絶対に止めてみせる!」
    「お?」
     アストルが、押し切った。諏訪月は宙を舞い、木を足場に着地する。
    「六文銭よ、リアンッ!」
     フルールの指示と同時、霊犬のリアンがその口で六文銭を投擲する。その直後、フルールが振ったマテリアルロッドの軌道に沿うようにドン! と、電光が走った。
     諏訪月は地面に着地した瞬間に、左右の手で六文銭と轟雷を受け止める。返り血ではない自分の血を流しながら、諏訪月は笑った。
    「ふふ、いいな。やはり、同じ闇を持つ者の方が殺し甲斐がある!」
     諏訪月の足元から、音もなく無数の影が襲い掛かる。それを諏訪月は、左右の手で切り裂き、打ち砕いていく――総一郎は、影を操りながら小さく呟いた。
    「君はハメられたのは確かだ、しかしもう戻れない所まで来てしまった、すまない」
    「それは、お門違いだ」
     総一郎の言葉に、諏訪月は笑みのまま吐き捨てる。
    「人間としての俺はそうだったんだろう。だが、俺は――『穿ち』の諏訪月にとっては、今こそが本当の俺なんだ。感謝はすれど、恨み辛みは一切ないね」
    「……そうか」
     総一郎の影が砕かれた、それを隠れ蓑に新たな影が諏訪月の両腕に絡み付く――シンの影縛りだ。
    「へぇ――」
     そして、感嘆の声を漏らした諏訪月の足を、死角から回り込んだ桜夜の斬撃が切り上げた。
    「私としては、楽しめるならそれでいいけど」
    「……随分と、こっち側だ」
     桜夜の囁きに、諏訪月は言葉だけで返す。視線を返す余裕は、ない。何故なら、眼前に昌利の姿があったからだ。
     無言で昌利は、雷の宿る拳を振り上げた。その一撃は、諏訪月の顎を捉え――きれない。
    「――ッ」
     目の前で、諏訪月の体が宙を舞う。抗雷撃の一撃を自らバク宙する事でかわし、その流れで死角から繰り出されたサマーソルトキックが昌利の胸元を大きく切り裂いていた。回避、攻撃、間合いを開ける――それらを一動作の中に納めた諏訪月が、改めて身構えた。
    「強い」
     えなの呟きに、誰も答えない。強い――確かに、その通りだ。動きは激しくはあるが武術の基本はしっかりと体に染み込んでいるのだろう、そこに隙はない。アンブレイカブルと違うのは、戦いを楽しむのではなく殺す事を楽しんでいる、という事だろう。
    「……放置は、絶対に出来ないわね」
     フルールは、確信する。この『穿ち』の諏訪月を逃がせば、多くの人が犠牲になる――それは、更なる惨劇に他ならないのだ、と。
     諏訪月と、灼滅者達が同時に動く――朝焼けの森の中、剣戟は加速していった……。


     森の中に、無数の金属音が鳴り響く。
    「逃がす訳には、いかない」
     総一郎の影を宿した一撃が、諏訪月を襲った。諏訪月はそれをかろうじて受け止め。そこへ、シンが龍砕斧を振り払った。
    「……ッ」
     柄を握る手に伝う感触に、シンの喉が震える。刃振るう、散る鮮血は同じ紅さに思い出すのだ。
    (「私だって闇堕ちしたことがある、なのに……紙一重の運命が君を殺すの」)
     自分と少年、諏訪月猛の間にあった違いとはなんなのだろうか? 少年は、灼滅者になれず、闇に堕ちてしまった。自分は灼滅者になる事が、出来た。  理屈では、分かる。しかし、違うのだ――そんなもの、『運』ではないか。
    (「私が、殺すの?」)
     運が悪いのは、どちらなのだろうか――その思考の逡巡が、明暗を分けた。ギシリ、とシンの龍砕斧をしっかと握り締め、『穿ち』の諏訪月は言ってのけた。
    「――穿て」
     その一言と共に放たれた、無数の殺気の矢が豪雨のようにフルールとリアンを襲った。それは、己が名乗る二つ名にふさわしい――穿つ意志の具現化だった。
    「やべェ!?」
     八千夜がそれを察して駆けるが、間に合わない。百億の星が降り注いだ直後、諏訪月は再行動。鏖殺領域を容赦なく、叩き付けたのだ。
    「リアン――!?」
     フルールの悲鳴が、上がる。殺気に飲み込まれ崩れ落ちるリアンの姿に手を伸ばそうとしたフルールにも、殺気が容赦なく襲い掛かったのだ。耐え切れない――誰もが、そう思った瞬間、エンジン音を轟かせライドキャリバーが壁となってそれを受け止める!
    「チッ、雑魚が二体だけか」
     渾身の連撃は、サーヴァントを二体落とすに留まった。その事に舌打ちした諏訪月へ、八千夜が闇色の影を刃と変えて放つ!
    「今の内に、回復しとけェ!!」
     八千夜の斬影刃を素手で弾きながら、諏訪月は後退する。それを見てうなずいたフルールは自身へ癒しの光を施した。
     八千夜の攻撃に密かに混じり、えなも縛霊手の一撃を重ねる。それを諏訪月は受け止めるが、そのまま大木へと叩き付けられた。
    「ハ、ハハ……やっぱ、消耗がきついな……!」
     諏訪月はそういい捨てるが、そこに泣き言はない。己の戦う前からの損耗も厳然たる事実として、真っ向から受け止めているのだ。
     だからこそ、昌利は迷わない。鋭い手刀を諏訪月へと繰り出し、その脇腹を抉った。
    「――ォオオオッ!!」
     そこへ、諏訪月は後ろ回し蹴りを放つ。寸前で引き戻した両腕でブロック、昌利は踏ん張らずに後方へ跳んだ。
     そして、諏訪月も横へ跳ぶ。それを低く身構えたアストルが、しゃらんと砂蛍を鳴らして踏み込んだ。
    「ぜったいに逃がさない!!」
     放たれたアストルのフォースブレイクに、諏訪月は左肘で受け止め――そのまま、大きく弾かれた。
     そこへ、桜夜が駆け込む。桜夜の放たれる影の触手を、諏訪月は爪先で地面を叩き、殺気を影に変えて触手を飲み込み相殺した。
     二人が、よく似た笑みをこぼす。それに、桜夜が呟いた。
    「そっちも楽しんでいるようだ」
    「おお、楽しいな!」
     桜夜と諏訪月が、影で鎬を削りながら森の中を駆ける。それを灼滅者達は、包囲するように追いかけていった。
    (「これが、三割のダメージを受けた上での状態か」)
     ゴーグルの下、総一郎は目を細める。もしも、その余力が残っていたのならば、逃走を許していたかもしれない――それほどまでに、この『穿ち』の諏訪月という六六六人衆は、強かった。
    「飲み込め!!」
     諏訪月の足元から膨れ上がった影が、フルールへと襲い掛かる。『穿ち』の諏訪月の渾身、耐えられない一撃が――。
    「!?」
     しかし、フルールの触れる直前で影が別の何かを飲み込んだ――えなだ。自身を盾にして崩れ落ちたえなの背中に、フルールは息を飲んだ。
    「……い、ま……」
     えなの小さな呟きは、誰にも届かない。しかし、その想いは伝わった。
    「諏訪月ィィィィィィッ!!」
     八千夜の紫ノ葬花が、諏訪月の胴を薙ぎ払った。肉ではなく魂を断つ斬撃に、諏訪月の膝が初めて揺れる。
    「――ッ!!」
     そして、昌利の一撃が文字通り諏訪月の胸に突き刺さった。闘気を瞬間的に打点へ圧縮集中――その会心の一撃が、諏訪月を宙に舞わせる!
     一回、二回、と地面の上を跳ねるように転がりながら諏訪月は、急停止。着地した諏訪月へ、総一郎が踏み込んだ。
    「……すまない」
     もっと早く辿り付けていれば変わっていたかもしれない――その後悔を胸に、総一郎はオーラの砲弾を放った。諏訪月はそれを地面を蹴って回避しようとするが、オーラキャノンはグン! と曲がりながら加速、諏訪月を捉えて爆発する。
    「が、は……!」
    「どうせなら、自分の終わりも楽しみなさい」
     そして、そこへ桜夜は大上段の斬撃を繰り出した。桜夜の雲耀剣によろめいた諏訪月を、アストルの鬼神変がアッパーカットの要領で殴打。巨大な鬼の拳に、諏訪月の体が弧を描いて宙を舞った。
    「もう、終わらせてあげて、ください……」
     普段の口調での、アストルの悲痛な懇願にシンが跳躍する。そして、フルールが左手をかざし――裁きの光を背負う。
    「それ以上魂を血に染める前に――終りの幕を、引かせてよ」
    「光よ。この者に審判をくだせッ!」
     緋色のオーラに包まれた無常なまでに鋭い斧が、祈りを込めた光条が、諏訪月を捉えた。諏訪月の体から、力が抜けていく――それを手応えで知りながら、シンは叫べない声を剣戟に押し込めた。
     ごめんね、その届かない声が……そこに残された者達の胸を裂いた……。


    「……良かった、傷も重傷というほどではないわ」
     倒れたえなを看たフレールの言葉に、ようやく安堵の息がこぼれた。そこに、しばしの静寂が訪れている。
     それを破ったのは、シンの悲痛な声だ。
    「――許さない、許さない、あいつらを!」
    「ああ、この『理不尽な選択肢』を押し付けた野郎が気に喰わない」
     昌利もまた、表情こそ変えないものの強く強く拳を握り締めて言う。仲間達のその姿に、フルールは静かに告げた。
    「このような方法は、元を断つ必要がありますね」
    「そうですね」
     アストルもうなずき、すっかりと青く染まった晴天を見上げる。青い空、白い雲。この美しい空の下に、このおぞましい悲劇を生み出した者がいる……それを、許す訳にはいかない。
     それが、悲劇に幕を引いた者達が胸に抱いた新たな決意だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月19日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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