良妻賢母の裏と表

    作者:篁みゆ

    ●饗宴の始まり
    「え……」
     どうやら眠っていたようだ。苑子は覚醒したばかりの重たい頭を軽く振るってからあたりを見渡した。そこは広い空間だった。
     裸電球が吊り下げられているこの空間は古びた倉庫のような場所。かび臭い空気が充満している。倉庫内に荷物は少なく、薄汚れた木箱や錆びついたドラム缶らが端の方に置かれている。
    「なんだよ、ここ……」
     苑子の他にも何人かの男女がこの空間に集められていた。年の頃は小学生くらいの子どもから、苑子よりいくらか年かさの男女まで。皆、自分がなぜここにいるのかわからないようだった。
    「君達にはこれから殺し合いをしてもらう。24時間以内に『最後のひとり』になれば、ここから出られる」
     混乱に彩られた人々に冷静に告げる声。その声の持ち主である少年は、まだ状況を理解していない人々の視線を浴びながらも堂々としていて。
    「武器はたくさん用意したから、好きなのを使うといい」
     ガシャン……少年が木箱を蹴り倒すと、その中からこぼれ出てきたのは様々な刃物や鈍器、そして銃器。
    「な、何を言ってるんだ、君は!」
     詰め寄るサラリーマン風の男を交わして、少年はスタスタと壁際まで歩き、扉を開けて外へ出て行った。その様子を見て、人々が安堵の息を漏らす。なんだ、出られるんじゃないか。だが――。
    「なんだ!? 外に出られねぇ!」
     ガラの悪そうな高校生が少年の出て行った扉を開ける。だが、そこにはすりガラスのような半透明の壁があり、外へ出るのを阻んでいた。
    「こら、出せ! 下手な真似すると殺すぞ!」
     ガンッ……高校生が蹴っても壊れない壁。彼の剣幕と不穏な状況に、小学生の少年少女がべそをかき出した。大人だって不安になる状況だ、無理はない。
    (「あの子達……うちの子と同じくらいの子だわ」)
     苑子は子ども達が気にかかっていた。自分が慰めることで少しでも不安が和らいでくれれば……そう思い、一歩踏み出したその時。
    「ぎゃーぎゃーうるせぇんだよ! どうせ殺さなきゃならねーなら、小さいのからやってくかぁ」
     散らばった刃物の中からナイフを拾い、男子高校生は泣いている少年少女へと迫る。他の大人たちは保身が大切なのか状況を理解できていないのか、誰一人動こうとはしない。
    (「だめっ……!」)
     だが苑子の身体は反射的に動いた。数歩先に滑って来ていた銃を手に取り、走る。
    「今黙らせてやるか……」
     子ども達に接近する男の言葉が数発続いた銃声に遮られた。音に驚いて縮こまった人々が目を開けた時、男子高校生は血を流して床に倒れ伏し、子どもたちを庇うように立った一人の女性が銃を構えたまま呆然としていた。
     ここから出るには、殺さなくてはならない。そして、小さくて弱いものほど殺すのは簡単で。
     それを悟った人々は、次々に武器を手に取る。次々に人が殺されていく状況で、心理状態は悪化していく。
    「あとはあなた達だけね……」
     殺そうとする大人たちから子どもたちを守っていた苑子が、最後まで子どもたちを守るとは……限らない。
     

    「お正月に武蔵坂の灼滅者達を襲撃してきた六六六人衆に新たな動きがあったよ」
     神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)は和綴じのノートを広げながら説明を続ける。
    「みんなの活躍で多くの六六六人衆を灼滅することが出来たけど、それに危機感を覚えたのだろうね、新たな六六六人衆を生み出す儀式を始めたらしいよ」
     これを行っている六六六人衆は、縫村針子とカットスローターという2体の六六六人衆のようだ。
    「閉鎖空間で行われる儀式……殺し合いを生き抜いた一般人が新たに六六六人衆となって閉鎖空間から出てきてしまうんだ。しかも、この儀式で生み出された六六六人衆は完全に闇堕ちしていて救うことは出来ない」
     出てきたばかりの六六六人衆はある程度のダメージを受けており、配下もいない。強力なダークネスであることは間違いないが、灼滅する好機といえよう。
    「この儀式によって生まれた六六六人衆はより残虐な性質を持つようになるから、ここで灼滅できなければ大きな被害を出すことになってしまう……。それを防ぐためにも、必ず灼滅してほしい」
     続けて瀞真は今回六六六人衆となる人物について説明を始めた。
    「名前は三鍋・苑子(みなべ・そのこ)。35歳の主婦……だったよ。真面目な旦那さんとの間に小学生の子供が二人いてね、良妻賢母という言葉がぴったりだった……けれど」
     言葉を切って、瀞真はノートに視線を落とす。
    「殺し合いに参加するうちに、彼女の人格は大きく変わってしまったんだ。人を殺すこと、特に子どもをいたぶって殺すことに悦びを感じるようになってしまった。このまま彼女を解き放ったら、帰り道で出会った子ども、そして帰宅した家で待っていた自分の子どもを喜んで殺してしまうのは想像に難くない」
     苑子は殺人鬼のサイキックを使い、ガンナイフを所持している。負傷は30%程度だ。
    「苑子は閉鎖空間が解かれると、儀式の行われていた倉庫の扉を開けて出てくる。この倉庫は今は殆ど使われていない港にある倉庫街のうちの一つだよ。出入口はひとつだから、外で待機して閉鎖空間が解かれたら彼女が出てくる前に突入して戦いを挑んでもいいし、彼女が出てくるのを待って、外で戦ってもいい」
     苑子は自分が追い詰められたと感じたら、逃亡を図る恐れがある。注意が必要だ。
    「あとひとつ、彼女の傾向としていうならば、小学生以下、あるいは小学生以下に見える外見の人を優先的に狙う傾向があるみたいだね。……子どもを殺すほうが楽しいみたいだ」
     瀞真は眉を顰め、吐き出すように告げた。
    「強制的に闇堕ちさせられたという境遇には同情の余地があるけれど……他の一般人を皆殺しにして六六六人衆になった以上、助ける術は無いよ。これ以上の被害が出る前に灼滅するしかない。……わかったね?」
     パタン、瀞真はノートを閉じた。


    参加者
    黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)
    姫切・赤音(紅榴に鎖した氷刃影・d03512)
    佐藤・志織(高校生魔法使い・d03621)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    湾河・猫子(コピーキャット・d08215)
    五十嵐・匠(勿忘草・d10959)
    西原・榮太郎(霧海の魚・d11375)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)

    ■リプレイ

    ●想うは
     倉庫街を照らす夕日が沈みながら灼滅者達を見ている。波の弾ける音が、静まっている灼滅者達の間を走り抜けていく。灼滅者達は今、倉庫の前で『その時』を待っていた。新たな六六六人衆が生まれることで、半透明のすりガラス状の閉鎖空間が解かれて突入のタイミングとなることを。
    「やれやれ、暗殺ゲームが一段落ついたかと思いましたらこれですか……」
     小さく息をついた西原・榮太郎(霧海の魚・d11375)は現在も殺し合いが行われている倉庫に目をやる。勿論中の様子を見ることはできないが、中の人達が仲良しこよししているはずだけはないのはここにいる全員が覚悟している。
    「全くもってゲーム感覚の方が多いですね、六六六人衆は」
     彼らにとっては人の命なんて、本能を満足させるためのちょっとしたスパイスでしかないのだろう。
    (「何の罪もない人たちに理不尽なことを強要して、闇堕ちさせるだなんて許せない」)
     だからこそ、五十嵐・匠(勿忘草・d10959)の心の内にもこの状況を創りだした六六六人衆への嫌悪に似た感情が募る。
    (「本来の彼女の性格を思えば、可哀そうだが……」)
     こうなってしまった以上、救うすべがないのならば……新たな被害を生む前にここで灼滅する覚悟はできていた。
    「これだけ胸糞が悪い敵も珍しいですね」
     扉をじっと見つめて、姫切・赤音(紅榴に鎖した氷刃影・d03512)が零す。
    「ですが、それがオレたちの義務であるなら、ここでキッチリと、仕留めさせて頂きます」
     続けるのは、敵に情けは掛けないというはっきりとした意志。それでも、内面に滲むのは口にしない思い。
     まだ開かない。いつ閉鎖空間が解かれても対応できるように視線を向けながら、黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)もまた、心の中に呟きを落とした。
    (「俺達ができる事、ホントに少ないな。彼女が殺し尽くすまでは何もできない」)
     苑子が殺し尽くす前に、彼女が歪みきる前に手を差し伸べられたならば、結末は変わったかもしれない。けれども灼滅者達は万能なヒーローではないから、できることを見つけて精一杯対処するしかなくて。
     ふる……蓮司は小さく首を振る。悲観や無力感はここにおいていく。
    (「……いや、余計な事は考えるな。今やるべき事……彼女を殺す事だけ考えろ」)
     自分達が今回出来るのは、それだけなのだから。
    「ま、やることは変わりません。灼滅いたしましょう……それが救いとなりましょう」
     榮太郎の静かな声が波の音に交じる。ぐらり、すりガラスが揺らいだように見えた。一同はいつでも飛び込めるように身支度を整え、そして身構える。
     すう……と閉鎖空間の外と内を隔てるモノが薄くなり、そして――とうとう消えた。

    ●血の海の中
     ガタ……潮風で少し錆び付いている入口の引き戸が音を建てた。ずるずると引きずるように入り口がこじ開けられていく。
    「!」
     扉が完全に開ききるのを、苑子の姿がすべて見えるのを待たずに隙間に身を滑り込ませた佐藤・志織(高校生魔法使い・d03621)は、苑子を押しこむようにして突入するのも辞さぬつもりだった。だが相手は誕生したてで負傷しているとはいえ六六六人衆。人の気配に気づいたのだろう、苑子は滑り入った志織にぶつかる寸前に横に避け、そして距離をとった。
    「右です!」
     志織の攻撃はかわされたが、素早く移動して入口付近を開けた彼女は後続の仲間達に苑子の位置を教えることを忘れない。唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)、楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)が扉を思い切り開けて、立て続けに飛び込む。自らを強化した二人は、苑子を逃がさないよう彼女の動きに注意を払いながら、扉への道筋を絶つように立った。蓮爾のビハインド、ゐづみは赤い衣を翻らせながら苑子へと迫る。
     倉庫内には血の匂いが充満していて、むわり、動くごとに鼻につく。そこここに物言わぬ骸と化した男女が転がっていて、どろりと漏れだした血がコンクリートの床に広がって混ざり合って、海を作っている。
    「……あなた達、何者?」
     苑子を見ればコートは血まみれで上品な膝丈までのスカートはズタズタだ。ストッキングには穴が開いている。髪を留めていたと思しきバレッタはずり落ちそうになっていて、傷も負っているようだ。熾烈な戦いが行われたことは想像に難くない。
    「……まだ、戦わないと……いいえ、まだ、殺せるのね?」
     最初こそ灼滅者達を訝しんで警戒していた様子の苑子だったが、次々と倉庫内へ入り込み自分と相対する彼らを見て顔色を変えた――喜色に。そして発せられたまとわりつくような殺気が前衛を包み込む。
    (「さてさて、今回の敵は本当にかわいそうよね。幸せな生活が一変して地獄へ変わり。そして自分の手までもが血に染まって」)
     普段はかぶっている帽子を今回は外している湾河・猫子(コピーキャット・d08215)は癒やしの力を込めた矢で己の超感覚を呼び覚ましながらもそんな苑子を見ていた。
    (「ふふ、だからと言って手加減も同情も無意味よね」)
     小さく、笑う。
     入り口を背にするように陣取り、ポケットに手を突っ込んだままの赤音。影の腕が『ニンジャソード』を振るい、躊躇いなく苑子に傷をつけて。
    「すんませんね、俺達にはこれしかできない」
     苑子に迫った蓮司が詫びて、ロッドを振り下ろす。流れこむ魔力が彼女の体内で暴れ狂う。
    「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ」
     痛みに喘ぐその姿、その悲鳴は痛々しくて、彼女はつい数時間前まで一般人だったと考えると罪悪感に似たものが沸かないわけではない。だが、いくら同情しても彼女が元に戻るわけではないのだ。
    「巻きこまれてしまったことには同情するが、今のあなたを外に出すわけにはいかない」
     彼女は理不尽な目に遭っていると思う。けれどもこうなってしまったらもう、助けることはできない。匠は前衛に霧を纏わせ、合わせるように霊犬の六太が積極的に攻撃を仕掛けた。
     前衛にヴァンパイアの魔力を宿した霧を遣わせながら、榮太郎はチラリと倉庫内を見回した。
    「こういうのを確か蟲毒と言うのでしたよね。いやはや……、悪趣味なもので」
     その方法で誕生したのがこの苑子だというわけだ。
    「同情はしますが、容赦は、ない。頑張りましょうかね」
    「そうですね。悲鳴は勿論、どんなに一般人ぽくても、庇護を求められても全て演技とみなします。絶対逃がしませんし絶対倒します!」
     志織の影が伸びる。ギリギリと締めあげられて、苑子は表情を歪めていた。それを見て気がとがめたのとは違うけれど、手心を加えるわけでもないけれど、志織の口から言葉が漏れた。
    「ごめんなさい、本当は貴女も私もそう変わらないのです。元から殺人鬼だったんじゃない、そう聞いています」
     そう告げつつも、締め上げる力は緩めない。
    「私達も生きるために殺している。その相手が違うだけです」
     これは、彼女のためでもあるのだ、そう言いつつも灼滅者達がダークネスを灼滅するのは自分達のためでもあって。
    「ただ心が闇に呑まれきった時、貴方の人としての人生は、終わったのです」
     彼女と灼滅者達の何が違うか、それは『人』としての心を見失ったか否かだろうか。勢いをつけて、影を引き抜くように勢い良く苑子を解放する。反動で苑子がよろけた先に蓮爾の死の光線が放たれる。合わせるように、まるで舞うかのようにゐづみも苑子を狙った。
    「救えぬ命ならば、手折るしかないのですね」
     苦悶の表情でガンナイフを握り直す苑子に、蓮爾の呟きは届くだろうか。
    「目覚めてしまった貴女には、子供の声は響かぬでしょうか。いや……彼らの苦悶の声こそ、貴女を喜ばせるだけ、なのでしょうね」
    「!」
     薄汚れた木箱が宙を飛び、苑子に迫る。それを避けた彼女だったが――。
    「いねェいねェ☆ババアにバァー!」
     その影から姿を現した盾衛の『鋭槍【ティンダロス】』までは避けることができなかった。だが苑子もただやられてばかりいるわけではない。高速の動きで盾衛の視界から姿を消したかと思うと、死角からガンナイフを振るってきた。
    「あー……いやまァこの場合は奥サン悪くねェよ奥サン。正当防衛とか緊急避難ッて言葉もあるしナ」
     盾衛は深く斬りつけられた箇所を押さえつつ、苑子との距離を取る。
    「で、頭トンじまッた奥サンに今まさに殺られかかッてるオレらが抵抗すンのも仕方ねェよネー?」
     その言葉に合わせるようにして、猫子の影が苑子を呑み込む。
    「あら? 可愛い子ね、さぁさよく鳴いて頂戴」
     子どもを狙うのが好きだという彼女ならこう言うだろう、猫子の言葉が陰に包まれた苑子に何を見せただろうか、陰の中から悲鳴が聞こえる。
     晴れかけた陰の中へ飛び込んだ赤音。彼は淡々と苑子を攻め上げる。
    「アンタの大切な人達、殺らせるワケにはいかねーんで」
     赤音を追って苑子の死角に飛び込んだ蓮司は『幻葬 -煌-』で深く深く斬りつけて。匠は盾衛へと小光臨を遣わせて傷を癒してゆく。六太と入れ替わりに接敵した榮太郎が『絡繰手甲『火蜂』』を突き刺すと責めるような視線を送ってきた苑子。だが、それに騙される者はこの場にはいない。

    ●その果ては
     苑子の一撃は深い傷をつけるものが多かった。さすが六六六人衆というだけあって、急所を狙ってくることが多い。中衛の盾衛や後衛の猫子や匠がよく狙われ、匠が回復役であると気づいたからかある時から彼女が集中的に狙われるようになった。だがそうそう毎回彼女に攻撃が届いていたわけではない。ディフェンダーの仲間達やサーヴァント達が時折彼女を守った。声を掛け合って回復をすれば、無駄も少なくて済む。
     対して苑子はひとり。元々最初の殺し合いで消耗していた所にこの集中攻撃だ。時折シャウトで回復をはかってはいるが、回復を挟むということは攻撃の機会を失うということだ。
     それでもここまで彼女が倒れなないのはやはり、なりたてでも六六六人衆だということか。
    (「ダークネス、我等が宿敵。闇はあまりに甘美。人は其の誘惑に溺れずにはおれぬ」)
     影で縛り付けた苑子を見、蓮爾は物思う。
    (「僕もまた『人で無き者』」)
     力振るう感覚に酔いしれて、引きずられそうになった思考。視界の中を赤い衣が舞う。
    (「……いけない、僕には戻るべき場所がある。また、飲まれてはならぬ」)
     舞うような神秘的な挙動のゐづみに、蓮爾は引き戻されて。
    「回復するよ」
     傷を負った赤音を癒やす匠。その兆候に気づいたのは、回復を中心に手がけながら苑子の動きに注意を払っていた彼女だった。先ほどまでは中後衛が狙われていたというのに、苑子の標的が移ったのだ。気まぐれにそんなことをするとは考えにくい。
    「あっ……!」
     匠に少し遅れて志織も苑子の狙いに気づいた。赤音の後ろには扉があるのだ。急いで声を上げる。
    「姫切さんを倒して外へ逃げるつもりです!」
     その時すでに苑子は何度目かの攻撃をするために赤音へと接近していた。だが彼は苑子をギリギリまで引きつけて、その一撃を剣で受け止めた。そのまま弾いて、逆に斬りつける。
    「逃さないわよ」
     猫子の魔法弾に盾衛の氷柱が前後から苑子を貫く。
     逃亡の可能性は示唆されていた。勿論、対策も取っていた。最初から位置取りも考えていたし、万が一赤音が倒れることになったとしても、他の者が代わりに扉を守るよう、意識付けができていたのだ。
     苑子が逃亡を図ろうとするということ、それはすなわち彼女が追い詰められていると感じているということにほかならない。とすれば勝機は見えた。あとは畳み掛けるだけだ。
     志織がロッドを振るい、榮太郎が死角へ飛び込んで『九字兼定『桜火』』で斬りつける。扉の守りを強固にしつつ繰り出される灼滅者達の連撃に、苑子の身体は痙攣するように揺れて。
    「なん、で……私は、悪く、ないわ……」
     逃亡を狙っているという意図を読まれてしまった苑子に、もう逃亡の機はない。弾き出された弾丸に確実に傷をつけられても、灼滅者達の攻撃の手が緩まることはなかった。
    「アンタは……いや、そろそろ終わりにしましょーか」
     苑子の漏らした言葉に答えを返そうとした蓮司だったが、結局のところその言葉は飲み込んで、胸の奥に凝る思いとともに置いておく。
     振り上げたロッドを思い切り叩き込み、魔力を流す。
    「きゃぁぁぁぁぁぁっ……」
     体内を蹂躙する魔力に耐え切れずに上げられた悲鳴。その悲鳴が途切れるよりも早く、彼女の命の方が尽きた。

    ●そして、願い
     ――私は悪くないわ。
     彼女の零した言葉。確かに、元はといえば彼女は悪くなかったのかもしれない。けれども。
    「ま、人生当たるも八卦・当たらぬも八卦。運が悪かッたとしか言えねェわ」
     血の色をした霧のようになって消えた苑子がいた場所に視線を落とし、盾衛が息をつく。
    「ま、もし生まれ変わッたらテメェの好きな子供からヤン直しなッてな」
     盾衛の横で、蓮爾はそっと祈りを捧げた。
    「帰りましょ」
     長居は無用と倉庫を出て行く猫子の後を追うように灼滅者達は倉庫を後にする。
    「……」
     最後に倉庫を出た赤音は一度振り返り、やりきれぬ思いを人知れず拳に握りしめた。苑子の家族には、行方不明だと伝われば良いと願いながら。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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