殺戮はただその心の赴くままに

    作者:緋月シン

    ●殺戮の場
    「さて、目も覚めたようだし、君達にはこれから殺し合いをしてもらおうか――なんてね」
     彼らが目を覚ますと同時、その耳に飛び込んできた言葉はそんな何処かで聞いたことがあるような台詞だった。
     身を起こしながら周囲に視線を向ければ、そこにあるのは見知った、しかし見覚えのない光景。
     ボロボロの壁、罅割れた窓ガラス、埃の積もった机と椅子。
     そこは教室だ。長い間使っていなかったのか、退廃的な雰囲気が漂っている。
     だがそれは周囲の様子を確認したに過ぎず、それ以外のものはどうでもよかった。
     それこそ、教卓だったのだろう残骸の後ろに居る、先ほどの台詞を放ったそれが何者であるのかすらもどうでもいい。
     その意識にこびり付いているのはただ一つ。先ほどの言葉のみ。
     ――殺し合い。
     これが一昔前であるならば、また別の反応もあったかもしれない――いや、或いは、その場に集められた者達のことを考えれば、それでもやはり変わらなかったか。
     何にせよ、立ち上がった彼らが見せた反応は一つで、結果も一つだ。
     直後、その場に鮮血が降り注いだ。
     しかもそれは一箇所ではない。最低でも五箇所同時。
     数を断定できないのは色々と混ざり合ってしまっているからだ。
     しかし次の瞬間にはそれもどうでもよくなる。
     腕や頭が飛び、身体が真っ二つに裂ける。彼らの手に握られているのは、刃渡り十五センチほどのナイフ。腕を振るう度に、新しくナニカが飛ぶ。
     それを躊躇する者などは居ないし、何故ナイフを持っているのか、そもそも何故こんなことになっているのかを疑問に思う者も居ない。
     いや、或いは居たのかもしれないが、初動に遅れた時点でその者はとうにただの肉塊と化している。
     罵声も無ければ怒声も無く、悲鳴や呻き声すらもない。だからそこは阿鼻叫喚などというには相応しくなく、正しく殺戮の場でしかなかった。
     声を出す暇があれば一つでも多く腕を振るうとでも言わんばかりに、彼らはそれをただ当たり前のこととして人を殺していく。
     そこに理由はない。必要ない。
     そもそもがそれらはそういうものだ。理由など必要あるはずがなかった。
     彼らを縛っていたのは、常識という名の楔である。だがそれはつい先ほど外された。
     ならばそこで起こっているそれは、当たり前すぎて考えるまでもないことであった。
    「別に閉鎖空間はこの教室に限ってはいないんだけど……ま、いっか。彼らのヤる気に水を差す必要もないし。さて、それじゃあ僕は次に行くとしようか」
     何処か満足げにその光景を眺めると、彼らに切欠の言葉を与えたそれ――カットスローターはその場から姿を消した。
     しかし彼らはそれに気付くこともなく――否、気付いていても気にすることすらなく、ただ自らの内に生じる願望を満たすべく動く。
     武器を失えば手で、腕がなくなれば足で、首を裂かれようとも倒れ際に歯で噛み千切る。
     そうして殺し殺され殺し、気がつけばその場所に残された者はたったの二人になっていた。
     二人の姿が夕陽に照らされ、教室の床に影が伸びる。
     その姿が消えたのは同時。直後、現れた姿と共に、影は三つに増えていた。
     悠然と立つ勝者が、足元に転がってきた小さなそれを踏み潰す。その姿を赤く染めながら、舌打ちを一つ。
    「殺したりねぇ……」
     呟きながら窓の外に視線を向ければ、遠くには町並み。右腕から血が流れているのを気にもせず、それを視界に収めた少年の口元が、僅かに歪められた。

    ●縫村委員会
    「さて、六六六人衆に新しい動きがあった、という話は聞いているかしら?」
     そう言って話を切り出した四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)は、教室に集まった者達の反応を確かめながら言葉を続けていく。
    「縫村針子とカットスローターという二体の六六六人衆が、新たな六六六人衆を生み出す儀式を始めたわ」
     状況としては、閉鎖空間で殺し合いをさせられた一般人が、六六六人衆となって閉鎖空間から出てきてしまう、というものだ。
     この儀式は一種の蠱毒のようなものであるらしく、闇堕ちしたばかりにも関わらず非常に強力なダークネスとなっている。さらに六六六人衆の中でもより残虐な性質を持つようになるため、見逃してしまえば大きな被害を出すことになるだろう。
    「幸いにも相手は傷を負っているため、本来の力を出し切れないわ」
     けれどそれは逆に言うならば、本来であれば正面から戦うのは厳しいということだ。逃してしまえば被害が生じるだけではなく、倒すことも難しくなってしまう。
    「必ずここで灼滅してちょうだい」
     現れるものの名は、柴村恭平。
    「本来は人の役に立つようなことを積極的に行なうような少年だったのだけれども、その儀式――縫村委員会の中での殺し合いの結果、人のことを自分の殺戮衝動を満たすためだけの道具程度にしか見なくなってしまっているわ」
     つまりは、容赦をする必要は無い。
     武器としてはナイフを用い、解体ナイフと殺人鬼相当のサイキックを使用してくる。
    「彼が現れる場所は、舞台となった廃校のグラウンドよ」
     グラウンドは校門に面しているため、皆には学校の外で待ってもらい、閉鎖空間が解かれるのと同時に侵入、戦闘を行ってもらうことになるだろう。
     強制的に闇堕ちさせられたという境遇に同情の余地はあるが、他の一般人を皆殺しにして六六六人衆になってしまった以上、彼を救う術は存在しない。
     ならば。
    「せめてこれ以上の被害を出す前に、灼滅するしかないわ」
     そう言って、鏡華は言葉を締めくくったのだった。


    参加者
    芹澤・朱祢(白狐・d01004)
    天衣・恵(無縫・d01159)
    由井・京夜(道化の笑顔・d01650)
    廿楽・燈(すろーらいふがーる・d08173)
    霧夜・篝(禍狩・d11906)
    由比・要(迷いなき迷子・d14600)
    日凪・真弓(戦巫女・d16325)
    山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)

    ■リプレイ


     遠くの山に、太陽がゆっくりと沈んでいく。周囲を赤が染め、遠くに見える廃校にも赤が塗られ始める。
    「……本当に嫌になっちゃう依頼だね」
     それを眺めながら、由井・京夜(道化の笑顔・d01650)は呟いた。
     その脳裏に浮かぶのは、この依頼の概要だ。
     理不尽に連れてこられ、閉じ込められ、殺し合わされ――
    「これだけ見ると彼は完全に被害者なのに、結局助けられずに灼滅する事しか出来ないんだもん」
     こうしている今も殺し合いをさせられているのだろう彼らを思い、そっと目を伏せる。
    「こんなこと……許せない……っ」
     その隣で搾り出すように声を上げたのは、廿楽・燈(すろーらいふがーる・d08173)だ。
     出来ることならば、こんなことの原因を作り出したカットスローター達をどうにかしたい。
     けれども。
    「今は目の前にあるこの殺戮を止めないと……!」
     その気持ちを押し殺しながら、その時を待ち、睨み付けるように眼前を見つめる。
     そこにあるのは半透明の壁だ。それが消える時が一つの殺戮が終わる時であり、次なる殺し合いが始まる時。
     だがその前に、やっておくことがある。
     天衣・恵(無縫・d01159)はその場を見渡し、周辺の道や校門、グラウンドから外へのルートなどを順番に眺めていた。
     それは要するに逃走ルートの確認だ。結局必要なかったと、それで済めばいいが、そうではなかった時の為に行なっておく必要がある。
     同様のことをしているのは恵だけではない。
     由比・要(迷いなき迷子・d14600)もその一人だ。いざという時に備え、周囲の地形・地図を確認している。
     そしてさらに、逃走対策のために周囲の地理を予め覚えておくべく眺めている者がもう一人。
     山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)だ。
     だがそうしながらも、透流は自身の心に浮かぶ感情に内心で首を傾げていた。
    (「なんで、こんなにわくわくしてるんだろう……?」)
     状況を理解していないわけではないし、不謹慎に楽しんでいるわけでもない。
     けれども。
    (「ダークネスと戦ってきたなかで、人がすでに死んでいる事態ってこれがはじめてだからかな?」)
     惨劇の舞台となった廃校舎に刺激でもされたのか、妙に高揚した気分を抑える事が出来ない。
     それでもやるべきことをやるべく、再び首を傾げながらも確認を続けた。
     霧夜・篝(禍狩・d11906)もまた周辺を調べていた者の一人であったが、篝が調べていたものは眼前のそれである。
     それ――閉鎖空間を作り出していると思しき、半透明の壁だ。
     何度かペタペタと触った後、ナイフを取り出すると乱暴に突き立ててみる。
     だが返ってきたのは硬質な手応えと耳障りな音だけだ。壊すどころか罅すら入っておらず、おそらくはESPなどを使ってみても突破は出来ないだろう。
     もっとも最初から壊すつもりはなく、それは調査の一環に過ぎない。
     だから試しにもう一度と、ナイフを振り下ろし――その瞬間。ガラスが割れるようなような音と共に、壁が粉々に砕け散った。
     しかしそれに驚くよりも先に、篝は皆へと視線を向けた。同時、スレイヤーカードを解放し、その傍らに自身のビハインドである露樹が出現する。
     壁は篝が壊したわけではない。それが壊れたのは、ナイフが当たる直前であった。
     ということは、つまり。
     皆もその意味を即座に理解すると、直後にスレイヤーカードを解放し、グラウンドへと踏み込んだ。


     八人が踏み込んだのと、そこにそれが現れたのはほぼ同時であった。
     それ――恭平は、出現と同時にこちらに気付いたが、まずはその視線を周囲へと向ける。
    「どうもー、今度はさぁこんな殺し合いはどうよ? 八対一で獲物いっぱいいるよやったね!」
     その視界を遮るように飛び込んだのは、恵だ。余計な情報の把握をさせないように素早く、先ほど確認したルートを潰す様に移動する。
     しかしその瞬間、恭平が動いた。まるで邪魔をするなとばかりに、どす黒い殺気が明確な殺傷力をもって恵へと襲い掛かる。
     しかもそれが向いたのは恵だけではない。
     燈が殺界形成を使うのに合わせサウンドシャッターを展開していた日凪・真弓(戦巫女・d16325)が、向かってきたそれを咄嗟に刀で弾き、いなす。
     だがその全ては防ぎきれずに、そのうちの幾つかが肌に傷を付け、血が流れる。
     痛みが走り、真弓は恭平に視線を向けたまま、軽く唇を噛んだ。しかしそれは肉体の痛みが故にではない。
    (「無力、ですね私達は。こうなってしまう前に何も出来なかったことが無念でなりません」)
     そしてそうなってしまった以上は、残された道は一つ。
    「やるしか……やるしかないのですよね……」
     しかし真弓がそんなことを思っているとは露知らず――否、おそらくは知っていても同じ反応を示したか。
    「何だか分からねぇが……今度はこういう趣向か? まあちょうど殺し足りなかったことだし、歯応えもありそうだ。中々面白そうじゃねぇか」
     そう言いながら、恭平は楽しげに唇の端を歪める。
    「なかなかのご趣味だねぇ……ちょっと違うかな。趣味なんて意識も、もう無いのかもしれないね……」
     そんな恭平の顔を眺める要に、いつもの柔和な笑みはない。
    「餓えるのは、辛いよね……もうおしまいにしよう?」
     そしてそれきり、口を閉ざす。意図せず自分を変えられ、元に戻れない人に、掛ける言葉などが見つかるはずもない。
     同じようになる可能性は自分達にもあるという事実はひっそりと胸にしまいながら、無関係の人を巻き込まないためにも、異形巨大化した腕を振り下ろした。
     だがそれを恭平が素直に受ける理由はない。構えられたナイフが、迎撃するように振り上げられる。
     要の腕は明らかにナイフで防げる大きさではなかったが、それはまともにやればの話だ。
     その表面をなぞる様に刃を滑らし受け流しつつ、跳躍。頭上へと振り上げられた刃が下を向く。
     だがそれは振り下ろされることなく、薙ぎ払いへと変わる。方向は、自身の左斜め後方。
     直後、甲高い音が響いた。
    「意味はねーだろーし、アンタもそんなモン要らないだろから、同情は、ナシだ」
     恭平の眼前に居たのは、芹澤・朱祢(白狐・d01004)だ。
     白光を放つ斬撃は一瞬止められたが、相手が空中ということもあり均衡は即座に破られる。
     振り下ろした。
     しかしそれは恭平も承知の上だ。刃は恭平の身体を斬り裂いたものの、強引に後方に飛ばれたせいで浅い傷を与えただけで終わる。
     だが相手が強敵であることなどは、分かっていたことだ。そのためまず重要なのは、相手を逃がさないことである。
     周囲の状況――障害物の有無や逃走を仮定した場合の方向、ルート等はざっくりとではあるが確認済みだ。逃走を警戒し、そのままの皆と合わせ包囲の形を取るべく動く。
     しかしそんな自分が不利になるような状況を、恭平はやはり面白そうに眺めている。
     それを見て、朱祢は思う。
    (「胸糞悪ィ……」)
     苛立つのは恭平にもだが、それ以上に儀式を仕組んだ奴らにだ。
     それに朱祢にも闇堕ちをした経験があるが故に、多少方向性は違えども、恭平の状況や心境には幾らか理解が及ぶ。
     だがそれはそれ、これはこれ、だ。言った通り、同情をするつもりは一切ない。
    「そうね、同情なんてしないわ」
     その言葉に、篝が頷く。
     恭平達は被害者、であった。だが目の前に居るそれは、既に別のモノだ。
    (「……そんな事をいちいち気にしてたら、ダークネスの灼滅なんてできないじゃない」)
     嘯きながら、構える。
     もっとも、自身は回復役。直接攻撃できる役回りではない。もどかしくはあるが、ダークネスの灼滅が全てだ。
     夜霧を展開し、自らを含む仲間の負った傷を癒していく。
     その代わりとばかりに露樹が霊撃を叩き込むべく飛び込むが、放ったそれはナイフに弾かれ逆に斬り裂かれた。
     追撃のために恭平の腕が振り上げられ、だがその身体が後方へと退く。直後、恭平が立っていた場所へと、轟音と共に異形の腕が叩き込まれた。
     京夜の腕をかわした恭平は、しかし再度後方へと飛ぶ。数瞬後、先の光景を再現したかのように、真弓の腕が地面へと突き立てられた。
     連続で攻撃をかわした恭平であるが、そのせいで体勢が不安定である。
    「あなたみたいな普通じゃないものに人生を台無しにされた、私もそのひとりだから……殺せるときに殺させてもらう」
     大量に迫るそれは、防ぎきれない。
    (「霧夜さんや天衣さんに回復は任せて、私は敵の力を削ぐことに専念する……」)
     仲間を信じ、その時を狙い済まして放たれた透流の弾丸が、次々に着弾し爆ぜる。
     そうして爆炎に包まれながら、しかしその視界の端に映った光景に、恭平はまだそれで終わりでないことを悟った。
     それは自分へと向かってきている一人の少女――燈だ。その手に握られているのは、一見おもちゃのように可愛らしいもの。
     交差は一瞬。その外見に虚を突かれたか、反応が数瞬遅れた恭平の身体がそれ――琥珀に斬り裂かれた。
     さらに畳み掛けるように燈がその身体を反転させ、銃口を向ける。
     だが引き金を引くよりも、恭平の反応の方が上であった。跳ね上がった足が銃身を蹴り上げ、衝撃に腕ごと上へと持っていかれる。
     そのままがら空きの胴体へと蹴りを入れられ――しかし琥珀もただではやられない。
     強引に引き下げた銃口から弾丸が発射され、恭平の身体を貫いた。
     それでも吹き飛ばされたのに変わりはないが、恵より放たれた小光輪によってその傷も癒される。
     即座に立ち上がったその姿を眺めた後で、恭平は周囲へと視線を向けた。相変わらずその顔には笑みが浮かんでいる。
    「いい餌だろ? 自分たちで殺戮衝動とやらを満たしてみろと言わんばかりに」
     楽しげな恭平に、朱祢も不敵な笑みを浮かべ答える。
     そして。
    「ただし、最後に倒れんのはそっちだけど、な!」
     その言葉で、戦闘は再開された。


     戦闘は熾烈を極めた。
     傷ついていないものなぞ誰一人としていない。けれども灼滅者達は恭平をこの場で倒すために動き続ける。
     それは恭平も同じだ。撤退する気配を微塵も感じさせることはなく、ただ自分の欲を満たすためだけに動く。
     そのナイフが狙っているのは京夜。防御を固めているその上を、関係ないとばかりに貫いた。
    「まさかまさか、それで御終い? 殺し足りないんじゃなかったの?」
     だが京夜はそれに怯まず、挑発すらも投げる。逆に近付いてきたところを、ちょうどいいとばかりに盾で殴り飛ばした。
    「あれあれ? 逆にやられちゃったね? へいへーいびびってるぅー?」
     そこへ恵の軽口が重ねられるが、口調とは別にふざけているわけではない。むしろ真面目に戦闘を行った結果テンションが上がりこういうノリになってしまっただけである。
     その証拠として、きちんと自分の役目を忘れずに京夜の傷を癒していく。
     とはいえ余裕があるかというとそういうわけではない。それは京夜も同様であり、挑発も半分以上が強がりだ。
     それでもやらねばならない。自分達も回復に回らなければならないような状況ではあるが、だからこそ少しでも自分に攻撃を向かわせ被害を抑えることが出来るのならば、そこに意味はあった。
     追撃に放った鋼糸はかわされ、だがその先へと迫っていたのは制約を与える魔法弾。朱祢の放っていたそれが恭平の身体を貫き、その動きを数瞬止める。
     そこへ飛び込んでいたのは燈だ。その手に握られているのは華奢な形状の、鎚の形をしたロケットハンマー――春蕾。ロケット噴射を伴いながら、全力で叩き付けた。
     それをまともに食らい、だがそれでも恭平は止まらない。お返しとばかりにナイフを振るい、燈の身体を斬り裂く。
     しかし止まらないのは燈も同じである。今付けられた傷は決して浅くはないし、そもそもが既に身体中傷だらけだ。それは手の施しようがない状態であり、むしろ今の攻撃で倒れなかったのが不思議なほどである。
     だから篝はそれを見ていながら、心の中で謝りつつも構えた護符を別の仲間へと飛ばした。長く多くの仲間が立っていられるように。
     そしていつ倒れてもおかしくないような状態のまま、燈は踏み込んだ。故に恭平は止めを刺すべくナイフを振るい――その想定通りに、眼前の身体の首と胴体が分かたれる。
     だがそれは代わりに割って入った露樹のものだ。限界を超えるダメージを受けて消え去るが、十分以上に役割は果たした。
     腕を振りきり隙だらけとなったところに、回転しながら弧を描く春蕾が迫る。
     ぶち込んだ。
     その身体が吹き飛ばされ、だがその途中で恭平は体勢を整える。足で地面を削りながら滑り――しかしその勢いは殺しきれない。
    (「強大な相手だってことは、抱えているトラウマだってそのぶん大きいはず……!」)
     待ち構えていた透流が、構えていたガトリングガンを振り被ると、影を宿したそれを叩き込んだ。
     直後に迫っていたのは真弓。上段へと構えられた刀。
     その軌道を予想し、衝撃を受けながらも恭平がナイフを構えるが、真弓には何の問題もない。
     振り下ろした刃が、ナイフごとその身体を斬り裂いた。
     恭平の目が見開かれ、しかしそれでも動こうとし――直後、その瞳がさらに見開かれたと思うと、その身体をよろめかせた。
     それは先ほどの影が原因となって見せられたモノ。それが何であったのかは、本人しか与り知らぬことであるが――その足が止まったのだけは、事実だ。
     そしてそれを見逃さずに迫っていたのは、要。
     接近と同時、その手に握られているそれ――miser laetitiaを振り被る。直前で恭平がそれに気付くも、既に遅い。
     そのまま全力で叩き込み、直後に流し込んだ魔力が爆ぜた。
     そして。
    「……あー。殺したりねぇなぁ……」
     その言葉を最後に残し。殺人鬼の少年は、その場に崩れ落ちたのだった。

     気が付けば、空の色は赤よりも藍の割合の方が多くなっていた。全てが黒く染まるのも、そう遠くはないだろう。
     要と共に皆の手当をしていた篝は、それを終えると適当な場所へと背中を預けた。
     その視線の先にあるのは、闇に沈んでいく廃校。吐き出した息が白く染まり、一瞬だけ視界を隠す。
    「……出来る事なら家に帰してあげたいね」
     ふと響いたのは、京夜の呟きだ。その視線は、二度と起き上がることのない少年へと向いている。
    「警察に匿名で電話してみる? 廃校で何か騒がしい音がしてる~っとかさ」
     それが届くかは分からないが、何もしないよりはマシだろう。
     だが何にせよ、二度と戻らぬ命があることに、変わりはない。
    「縫村針子……カットスローター……許すわけには参りません。必ず、この手で……」
     真弓の口より零れた言葉は誓いの如く。風に流されながら、黒に塗り潰されつつある空へと消えていったのだった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月19日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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