深く静かに、獣は潜む

    作者:波多野志郎

     そこには、かつて深い森があった。
     しかし、住宅地の計画が持ち上がり今ではベッドタウンとして多くの人々が住む地となった。現在でもまだ開発は細々と続いており、住宅地では何かしらの工事が行なわれるのが日常風景の一つともなっている。
     そこで、こんな噂が起きた。
    『……最近、獣の声がよく聞こえないか?』
     それは、飼い犬の吠え声かもしれない。あるいは、風の音かもしれない。しかし、古くからこの土地に住む者にとって、その声はあまりにも恐ろしいものに感じられたのだ。
    『そういえば、アレはどうなったんだろうな』
     アレ――かつて、この住宅地が森であった頃にいたヌシと呼ばれた獣だ。それは捨てられた大型犬であろうと言われていたが、ここが開発された時、そのヌシの姿は見つかる事はなかった。
     だとしたら、ヌシはただ一時ここを去っていただけではないか? そして、それが帰って来たのだとしたら……。

    「人間に復讐しようとするのでは……というのは、ちょっと人間本位な考え方っすよね」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、そうため息混じりに語りだした。
     今回、翠織が察知したのはとある住宅地にはびこる噂から生まれた都市伝説だ。
    「まぁ、やっぱりそこに罪悪感はあったのかもしれないっすね。人間の都合で開発した、動物を追い出してしまった……ヌシっていうのは、そういう動物の代表みたいなもんなんすよ」
     しかし、その罪悪感が多くの命を奪うようになってしまっては本末転倒だ。そこに、意図があろうとなかろうと、そんな結果を見過ごす訳にはいかないのだ。
    「なんで、今の誰も犠牲になっていない内に対処して欲しいっす」
     都市伝説、ヌシがいるのは放置された建設現場だ。夜になると、そこから姿を現わすので、倒して欲しい。
    「相手は一体、真っ黒な犬のようなヤツっすね。ただ、そのサイズはどう見ても犬というか、虎とかライオンとか、そういうサイズっす」
     それは恐れと深い罪悪感な結果なのかもしれない、こんな獣が人を襲えばどれだけの被害が出るか……想像しただけでも、背筋が凍る想いだ。
    「周囲に明かりはないんで、光源は必須っす。こちらの気配には敏感なんで、逆に不意打ちされないように警戒する必要があるっすね」
     とにかく、身の軽い獣だ。その牙と爪も鋭く厄介なので、油断せずに挑んで欲しい。
    「自然との共存、とか言葉で言うのは簡単でも、そうはいかないのが現実っす。でも、反省したり心を痛めている人がこんな形で命を落とすのだけは間違いっすから」
     どうか、そうなる前に終わらせて欲しいっす、と翠織は真剣な表情で締めくくった。


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)
    深火神・六花(火防女・d04775)
    英・蓮次(凡カラー・d06922)
    日奈守・遊真(終わりを終えた天の子・d15009)
    流阿武・知信(優しき炎の盾・d20203)
    甲斐・司(アリアの響きをその手に抱いて・d22721)
    琴峰・薫(黒影の弦殺師・d24683)

    ■リプレイ


     夜、その疎らに星の輝く空を箒で飛んでいた甲斐・司(アリアの響きをその手に抱いて・d22721)は、ふと思い出した。
    (「あー、そういえばクリスマスには恋人と二人で箒に乗ってるヤツとか多かったなー……」)
     光源で照らす光景は、そんなロマンティックなものではない。放置された建設現場は、ただ荒れていた。積まれただけの鉄骨。途中までくみ上げられているが、そのまま錆付いてしまった建造物の骨組み。それは、むしろ打ち捨てられた遺跡のような風情だった。
    「ん?」
     ふと、物陰で動く影を見つけて司は目を凝らす。犬猫にしては、明らかに大きい。気配を消して動くその影の正体に気付くと、司は慌てて箒の進行方向を変えた。

     ――その頃、建設現場の一角に灼滅者達は集まっていた。昼間の内に見当ををつけていた、拓けた場所だ。おそらくは、ここにビルが建てばロビーになる場所なのだろう。鉄骨の配置で、そう予想できた。
    「うーん、これはなかなかホラーめいています。後ろめたい思いが形になって出てくる……なるほど。そういう形で人は罰を受けたいのかもしれないのです」
     でも裁かれるわけにはいきませんね、と日奈守・遊真(終わりを終えた天の子・d15009)の談だ。確かに、その始まりは人間本位な罪悪感かもしれない――だが、そういう自分をあえて責めようとする心を持つこと自体は悪くはないのかもしれない。遊真は、そう思ったのだ。
    「人間側が申し訳ないと感じることは俺も間違ってないと思うよ。でもまあ、ここにいるのが都市伝説で、善良な人の命が関わってるってんなら、倒す他ないんだろうな」
     英・蓮次(凡カラー・d06922)もしみじみと、そう呟いたその時だ。
    「うわっ、出た!? ……え、違うの?」
     ザッ! と着地音を聞いて流阿武・知信(優しき炎の盾・d20203)がビクリと振り返る。しかし、そこにいたのは予想した獣の姿ではない。箒で空から降りてきた司だ。
    「向こうから、来るぜ」
    「さって、ヌシって言われるぐれえなんだからつええんだろうなあ。待ち遠しいぜ」
     司の報告に、獰猛な獣のような笑みを浮かべて鏡・剣(喧嘩上等・d00006)が身構える。それに、深火神・六花(火防女・d04775)も真剣な表情で呟いた。
    「守る命、守る土地あってこその主。騙る闇は祓わねば……!」
     そして、六花は見る――主と名付けられた、主とは呼べない『ナニカ』を。
     真っ黒な犬、見た目はそうだ。ただ、そのサイズはもはやライオンや虎のレベルだ。足音一つさせず、物陰からゆっくりと姿を現わしたのは、相手の警戒に不意を打てないと悟ったからだろう。
     その姿から、恐ろしさよりも悲愴さが見えたのは琴峰・薫(黒影の弦殺師・d24683)の気のせいだろうか? 薫は深呼吸を一つ、静かに告げた。
    「少し可哀相ですが、だからと言って犠牲者が出てはいけません。ここで倒させて貰います……」
     その言葉の意味が通じたのかどうか、獣は身を低く構える。そこに明確な殺意を感じて、水無月・弥咲(アウトサイダー・d01010)は闊達に笑い、言ってのけた。
    「天魔外道降臨。主、かな? 一勝負行こうかっ!」
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――!!』
     吹き抜ける風のごとき咆哮と共に、獣が地面を蹴った。それと同時、応じるように剣も疾走する。獣が放つ爪が、豪快に振り払われた。


     ザン! と爪から放たれた衝撃波が、灼滅者達を襲う。それに切り裂かれながらも、剣は構わずに加速した。
    「一番槍は、もらうぜ!」
     燃え上がる拳を硬く硬く握り締めた剣の真っ向からのレーヴァテインが、獣を捉える。ゴォ! と踏ん張った獣と拳を繰り出した体勢の剣が拮抗する――押し切れない、その手応えに剣は獰猛に歯を剥いて笑った。
    「ハハ! 強ぇッ!!」
     満足げに言い捨て、剣が横へ跳ぶ。そこへ蓮次と六花が、同時に踏み込んだ。
    「動物は火が苦手だし、……あ、熊は大丈夫なんだっけ。お前はどう?」
     蓮次の掌から溢れ出させた炎を握り締めての拳打を放ち、それに合わせて六花も炎を宿した初芽を下段から切り上げる。
    「緋焔、灼き祓う!」
     二発のレーヴァテインが、鮮やかな軌跡を暗闇に刻む――それを受けながら、獣は後方へ跳んだ。着地の直後、獣は炎に巻かれながら地を駆けた。一歩目から最大速度に到達する狩猟動物の俊敏性、そこへビハインドのヴェインは霊障波を繰り出す。ドン! という衝撃を、獣は大きく跳躍して回避――だが、その間隙に間に合った薫の鋼糸が踊った。
    「空中でなら――」
     ヒュガッ、と薫の指先が繰る鋼糸が獣の後ろ足に巻き付く。それにガクン、と減速した獣へと、駆け込んだ知信がシールドに包まれた拳を叩き付けた。ドォ! という、鈍い打撃音が、暗闇に響き渡る。
    「ほーら、鬼さんこちら!」
     これみよがしにシールドを見せ付けて挑発する知信へ、獣が牙を剥った。知信はすかさず手を引く。半瞬遅れで、ガチン! と獣の牙が空を噛んだ。
    「踊り、這いずり、吹き荒れ、切り刻め! Caput draconis!」
     積み上げられた鉄骨の上を駆ける弥咲が、ウロボロスブレイドを繰り出す。ヒュガガガガガガガガ! と、蛇腹剣の切っ先が獣を宣言通りに切り刻む。龍の頭、その意味する通りに、得物に食らいつく龍のどとく、ウロボロスブレイドが獣へと突き刺さった。
     それを見やり、遊真は袖の中からどことなくナイフを取り出す。そして、服の長い裾ごと握って、ナイフを頭上へと掲げた。
    「霧よ」
     音もなく、遊真が展開させた夜霧が建設現場を埋め尽くしていく。そして、司がその瞳にバベルの鎖を集中させて言った。
    「どんなに早い動きでも、『その先』が分かっていれば、どうという事は無いね!」
     その霧の中を、獣が疾走する。司は、その動きに警告の声を発した。
    「流阿武、行ったよ!」
    「了解!」
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!』
     司の警告に、知信はシールドを突き出して構える。直後、獣の牙が知信を襲った。


     無数の光源が、いくつもの影をそこに作り出していく。砂が巻き上がり、スティックライトが宙を舞う――そこへ蓮次は、回り込むように踏み出した。
     地面を踏みしめた獣へ、蓮次は踏みつけによる下段蹴りを繰り出す。靴底が獣の背を踏みしめた瞬間、影の触手が獣に巻き付いた。
    「もう一つ!」
     それに、知信の拳が獣を殴りつけ音もなく影が獣を更に縛り上げていく!
    「頼みます、水無月先輩!」
    「おう!」
     蓮次の言葉に弥咲が豪快に踏み込み、腰溜めに構えたバベルブレイカーを放った。
    「徹貫烈撃! 砕けて沈め!!」
     ギュオ! と回転する杭が、深々と獣へと突き刺さる。弥咲はそのまま振り抜こうとするが、それでも構わず獣は地面を蹴って疾走した。
    「魔法の矢よ、踊れ!」
     そこへ、ドドドドドドドドドン! と唸りを上げて司のマジックミサイルが放たれる。疾走しながら、魔法の矢を一つ、また一つと牙と爪で引き千切る獣へと、剣が鉄骨を足場に跳躍した。
    「っしゃあああああ!!」
     ガガガガガガガガガガガガガ!! と剣はオーラを集中させた拳を、一打一打腰を入れて降らせていく。
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     まるで、流星群のような剣の閃光百裂拳だが、獣は怯まない――真っ向から獣は迎え撃ち、その牙で剣へと食らいついた。
    「こんぐらいで退くかよ!」
    「回復は、任せください」
     なお笑って踏み込む剣に、遊真はその背に輝く天使の翼のように舞う癒しの光で回復させる。これが自分の役目だ、遊真は誰よりもそう自分のすべき事を理解していた。
    「闇祓い、追い詰める……!」
     だからこそ、仲間達もためらわずに挑む事が出来る。クリエイトファイアの炎をこぼしながら、六花は渾身の力でオーラの砲弾を獣へと投げつけた。
     ドォ! という爆風が、建設現場に吹き荒れる。その爆音の中でもよく通る声で、六花は告げる。
    「そっちだ」
    「はい」
     爆発の中を突っ切った獣を、六花の言葉に薫が回り込む。鋼糸で組み上げられる結界に獣の速度が落ちた瞬間、ヴェインが刃を手に駆け込んだ。
     ――獣と灼滅者達の戦いは、互いに決め手に欠ける互角の攻防となっていた。しかし、灼滅者達には焦りはない。一撃の威力や個としての戦闘能力で劣っても、手数と幅の広さで勝っているからだ。だからこそ、互角であり続ける限り、獣側が後手後手になっていくのが道理だ。
    (「……やはり、違う」)
     眼前で暴れ回る獣の姿に、六花は思う。かつて、自然の中で本当に主と呼べるべき存在を目にした事があった。その自然の生態系の頂点に立つ者。六花が目にしたその姿は、どこまでも気高く尊い存在に見えた。
     しかし、目の前の獣にはそれを感じない。これが、自然を守るのではなく奪われた自然に対する報復のために生まれた都市伝説だからだろう。文字通りの紛い物――ニセモノなのだ。
    「来い、来い、来い――」
     獣が疾走するのを、司は身構えながら待ち受ける。獣の足元から走った影――それが生み出した影の獣が、司を襲いかかった。
    「かかった!」
     それに、司は真っ向から踏み込んだ。ゴォ! と炎に燃え上がるクルセイドソード。それを影の獣の口に突き刺し、司はそのまま駆け出した。
    「このタイミングを、待ってたぜ!」
     レーヴァテインで相殺、司はそのまま獣へと剣を振り下ろす! 燃え上がる炎に包まれた獣へ、蓮次はその右拳と共に光の刃放った。
    「切り刻め!」
     ザン! と、火の粉を散らしながら、蓮次の光刃が獣の身を切り裂く。グラリ、と揺れた獣へ、遊真はすかさず右手をかざした。
    「あなたに、罪を裁かせる訳にはいきません」
     ドン! と遊真のジャッジメントレイの光条に、獣は四肢を踏ん張り耐え抜く。そのまま、間合いを開けようとした獣の動きが、不意にガクンと鈍った。
    「今です!」
     低く低く、振るった鋼糸で獣の足を切り裂いて薫が声を上げる。ヴェインの霊障波を受けてふらついた獣へと、弥咲は宙を舞った。
    「纏い、絡み、阻み、咬み千切れ! Caput draconis!」
     ジャラララララララララララララ! と空中でウロボロスブレイドを振るった弥咲が、獣の胴を蛇腹の刃で巻き上げて引き上げる! 獣の足が地面から離れた――その瞬間、知信が跳躍した。
     獣が、咄嗟に爪を繰り出す。それを知信は左手のシールドで受け止め、獣の首元を右手で掴んだ。
    「捕まえた……紅蓮掌!」
     ドォン! と獣の体が更なる炎に包まれていく――その獣の体を、剣が強引に担いだ。
    「そろそろ、止めと行こうや!」
     剣が、豪快に獣を地面に向かって投げつける。そこに合わせて踏み込んだ六花が叫ぶ。
    「夜闇の獣! 暁の炎に灼け墜ちよ!!」
     地面に叩き付けられる轟音と、すんだ斬撃音が重なった。頭から地面に叩き付けられた獣の体が、ゆっくりと傾いていく。
    「飛燕、捉えろ!」
     キン、と初芽が、鞘に納められたその瞬間、獣の体がずるりと両断された。そのまま、まるでぶちまけられた液体のように形を失い、獣は掻き消えていった。
    『――――』
    「それではさよならです」
     ペコリ、と遊真が丁寧に頭を下げる。断末魔さえ、そこにはない。罪悪感が生んだ獣の、あまりにも静かな最期だった……。


    「消化完了っと。火事になったら大変だもんね」
     火をしっかりと消して、知信が安堵の笑みと共に言う。ヒュオ――! と戦いの後に体の芯まで染みる冷たい風に目を細めて、蓮次は言った。
    「本物のヌシってどうなったのかな」
     都市伝説の元となった獣は、どうしたのだろう? 蓮次は小さく笑みをこぼして続ける。
    「どこか他の森に移って結構長く生きたとか。出来ればこれからは、そういう前向きな噂が流れるといいかもね」
    「ああ、それはいいですね」
     同じ罪悪感から生まれた噂なら、誰も傷つかない噂の方がいい――そう、薫も笑みをこぼした。
    「自然との共存が上手く出来れば、あんな都市伝説も生まれないんだろうけどね……自然と文明、ダークネスと人間……共存って、難しいよな……」
     司もまた、そうため息をこぼす。どこか一つ、ボタンを掛け違えてしまうだけでこうなってしまうのだ……相手を思いやる、立場や事情が絡めばそれはとても難しい事となってしまう。
    「……まあ、今は帰ろう。暖かいベッドが待ってる!」
     司のその言葉に、灼滅者達はその建設現場を後にする。ここがどうなってしまうのか? それを知る者はいない。ただわかる事は一つ、罪悪感を抱いてしまった人々が、購う機会が奪われなかった――それだけは、灼滅者達が勝ち得た確かな戦果だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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