この中に『外道』がいます、数はわかりません

    作者:一縷野望

    ●外道荘へようこそ
    『おめでとうございます! あなた達は『外道荘』の住民に選ばれました。
     退去のルールはただひとつ、24時間生き残ればOK。』

     そんなふざけた契約書を確認しあったのは11人。
     古びたモルタルアパートの部屋の数は12。
     ……ひとりは既に死体。
     狭い敷地から出ようとしても、半透明の壁に阻まれて出られない――そんな事実に、卸し金で削られるように摩耗していくマトモなメンタル。
     とりあえず情報を増やそうと、それぞれ宛がわれ四畳半を確認する事になった。ドアをあければ、こたつにずらり並べられるは物騒な刃物達がお出迎え。
     これは全ての部屋にもあるんだろうか?
     それともここだけ?
     ぐるぐる巡る疑問の中で、契約書の続きの文言が思い出される。

    『注意! 住民の中に『外道』がいます。人数は不明です。
     彼ないしは彼女がここから出られる条件は『全員を殺す』ことなのです!
     もちろん皆さんには自衛する権利があります。
     ただし――『外道』を殺した場合、次からの『外道』はあなたです』

     誰が『外道』なんだろう?
     その問いは、みかんのつまった籠を重しに置かれた1枚の紙切れが答えてくれる。

    『あなたは『外道』である。
     全てを殺さねば、ならない。
     甘言、暴力、ゆさぶりを駆使してさぁ殺せ。それだけが日常へ帰る路。
     あなたが自害をしたら住民は全て皆殺し。そんな善人エンドは赦されない!』  

    「――」
     所謂クラスで目立たない窓際読書少女……だった水瀬・南美(みなせ・なみ)は、ノックの音を聞きながら紙切れをダッフルコートのポケットへねじ込む。更に素早くこたつをひっくり返し得物は影に隠した。
    「どなたですか?」
    「僕だよ、朝日。良かった、水瀬さんは話ができそうだね」
     先程イニシアティブを取っていた高校生の声に、南美は大人しく怯えた女子高生の仮面を被りなおす。
     ――仮面は本当の姿だったはずなのに、あれおかしいな。
     もうこの時点で、水瀬南美という少女の心は闇へと捕われていたのかも、しれない。

    「やれやれ、やっとはじまった。これで帰れるよ」
     最初の死体だった彼は、むくりと身を起こすと狂い紅の瞳でモルタルアパート『外道荘』を後にする。
     部屋の中、襲いかかる男から庇ってくれる朝日を、背中から男ごと黒き影で刺し貫き返り血を浴びる南美。
     ――これは『外道荘』のありきたりなエピソード。
     
    ●外道荘へようこそ
     縫村針子、カットスローターの二人は、『暗殺ゲーム』で減った六六六人衆を生みだす儀式『縫村委員会』を至る所ではじめた。
     灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)がこれより語るはそのひとつ。
    「『外道荘』という閉鎖空間から、水瀬南美さんっていう女子高生……だった六六六人衆が解放される」
     出てきた彼女は闇堕ちしきっていて、もはやどうやっても救うことはできない。
     ……できないのだ。
    「縫村委員会を経て堕ちた六六六人衆は、強い。だからこそ、手負いで配下もいないここで灼滅して欲しいんだ」
     彼女が悲劇の連鎖を編む前に。
     
    「水瀬さんは元々は読書好きの大人しい人だった。けど、今は狡くて『如何にして人を騙して殺すか』に固執してる、ただの快楽殺人者のダークネスだよ」
     末期の彼女は『外道荘』での『生活』を心から楽しんでいた。
     臆病な女子高生の仮面を被りながら、人の疑心を煽り昂ぶらせ騙し、裏切り絶望の感情を向けられるコトに悦楽すら感じていたのだ。
    「水瀬さんは、殺人鬼と影業、契約の指輪のサイキックが使えるよ」
     殺し方自由自在だね、と標は口元を歪める。
    「手負いと言っても彼女の体力は九割方残ってる。上手く立ち回ってたんだろうね」
     そんな彼女が『外道荘』の2階一番右端206号室での殺人を終えた時点で、外への脱出を阻む『壁』が消え、灼滅者達は介入が可能となる。
     敷地には身を隠す場所はないが、いずれかの部屋に潜む時間ぐらいはある。
    「彼女はとても強いよ。ただ『外道荘』での『生活』がまだ続いていると誤認させれば、不意をつけて此方が有利になれるかもしれないね」
     当たり前だが、演技にばかり気が行きすぎて肝心の戦闘が疎かになればあっさり負けるのは確実。
     その上で、最後の一人を殺したと理解してる彼女に『生活』の継続を思い込ませるには、相応の演技や八人での口裏合わせが必要だろうし、最初から八人だと却って警戒させるかもしれない。
    「彼女が『外道荘』に囚われたのは本当に理不尽だよ。でも、さ……この境遇を愉しむダークネスになってた時点で、人としての救いはないんだ」
     何処か自戒も込めながら、標はそう締めくくるのであった。


    参加者
    久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)
    西土院・麦秋(ニヒリズムチェーニ・d02914)
    月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    鳳・紅介(ブラッディエッジ・d15371)
    絡々・解(机上の空論・d18761)

    ■リプレイ

    ●ゲームエンド
     ぴくり。
     まるで獣の耳が音につられるように水瀬南美は聴覚を尖らせた。血塗れの肉塊めいた最期の一人を吊りさげて。
     足音。
     隣に数名入ったのは確実、さらにその手前にも何人か。
     ――殺し合い血に塗れた『外道荘』に現れた彼らは何者だろう。
     ゲームを仕掛けた側?
     それとも新たな住民?
     音をたてぬよう死体を床に置いて、真紅に染まった自分の服に目を落とす……。

     206号室の二つ手前204号室にて、月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)は携帯電話で隣の部屋に入った絡々・解(机上の空論・d18761)とつなぐ。
    「月見里です」
    「彼女のプレゼントのブレスレットの感度は良好。そろそろ行くから黙るけど、あ、でもしゃべるよお」
    「……刺されてもガッツリ回復してあげますよ」
     茶化すような響きに心強さを感じつつも浮かぶは苦笑、そんな无凱は通話の確保を仲間への目配せで示す。
     その脇で紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)も襲撃者役の西土院・麦秋(ニヒリズムチェーニ・d02914)とつなぎ終えていた。
    「外道荘……ねぇ。変な名前だね」
     鳳・紅介(ブラッディエッジ・d15371)は、解体ナイフを弄びながら蒼を柔和に傾ける。
    「まあやってることもヘンテコだけど」
     その声に縫い村委員会の非道さを愁う色は、ない。無垢な頃に攫われ暗殺兵として『調整』された紅介からすれば却って馴染むやり方だ。
    「強制的に人の道を踏み外さざるを得ない状況にする、か。不愉快だわ」
     忍長・玉緒(しのぶる衝動・d02774)は胸元の鍵を握り締め苦々しげに吐き出す。
     ダークネスを生みだすなら効果的だろうと思う、けれど……身を灼く衝動を苦しみ抑え込んだ彼女からすると、望まぬモノを引きずり出すやり方は腹立たしい。
     そんな人間らしい怒りは紅介にとってはむしろ縁遠くて、刃を摘み「そんなものか」と内心で小首を傾げる。だが、出力はこうだ。
    「六六六人衆が増えるのもアレだし、挫かないとね」
     それが学園の灼滅者の役目だから。

    「なんかほんとゲーム感覚なんだな……リアルだけどさ」
     部屋を出た解が落ち着きなく足音をたてるのにあわせ、久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)は静かに窓を閉めた。
     ガラスを隔てた向こう麦秋の紅藤が揺れにたりと吊り上がる唇、一端の殺人狂だ。
    「大丈夫? 詩音ちゃん」
     部屋に入ってからずっと押し黙っていた霧月・詩音(凍月・d13352)へ視線をあわせるように軽く屈。思索に身を委ねていた少女はフラットな眼差しのままで小さく唇を動かした。
    「既に手遅れならば、殺すしかありませんね」
     反吐が出るやり方だが、裏返ってしまったのならば。
    「そうだね……出来れば助けたかったよ」
     伏し目の織兎に詩音は僅かに面を下へ傾ける。それは肯定とも諦めともとれる仕草だった。

    ●2周目の悪夢
     解の前細く開いたドアから、血痕散らばる廊下よりさらに濃密な鉄の匂いが零れた。
    「あ、あの。こんなもの、渡されたんだけど」
     差し込むように見せた紙切れには『現在の入居者9人』の文字。
    「……誰に?」
     カサリ。
     渇いた音と共に返された契約書と問い掛けに、答えを用意してなかった解は話を変えた。
    「キミは安全?」
     その問いに開く扉、胸元と腕の先が血に染まった少女が伺うように見返してくる。
    「一緒にいようよ。二人の方が安全だよ」
    「…………そう、ですね」
     弱く震えるメゾソプラノ、それは演技とお見通し。だから部屋に入る解も演じる、庇護欲に目ざめた少年を。
    「安心して、女の子を守るのが男の義務だから」
     そう笑った。
     彼女も、嗤った。
     ルビーを飾った指輪をこちらに向けて。いやルビーじゃない、血だ――認識した時には石化の呪いに深く蝕まれていた。
    「なっ……」
     躊躇いは零、更に言えば戦闘にほぼ意識を裂いていない解が対処するのも無理な話で。
    「連れてこられてすぐ、私達は死体を前に平静でいられなかった」
     もう遠い時の彼方に思える昨日を辿る南美の足下、文字を象った影が揺らぐ。既に次の攻撃動作に入っているのだ!
    「でも、あなたには混乱がない。それに血塗れの私と死体を見ても事情すら聞かない」
     ――ねぇ、どうして最初からそんなに『外道』なの?

    「拙い、攻撃を受けたようです」
    「解さんが悟られた、フォロー頼むよ」
     息を呑む无凱を受けて、謡は素早く麦秋へ連絡する。答えの代わりに一拍後、ガラスの割れる音がアパートを貫いた。
    「んふふ~♪ こんな所に逃げてたんだー★」
     見開いた右目に解を映し、割れた窓から踏み込んだ麦秋はくつくつ喉を鳴らす。
    「信じて、くれなくても……キミ、だけは……」
     仲間の演技に応じ解は痛みを堪え南美を庇うように前に出る。
     が。
     ……どんっ。
     素っ気なく、南美は解を麦秋側へ突き飛ばした。
     二人を包む刹那の驚愕。
     対する南美は、まるで実験データを観測するような怜悧な眼差し。
    「さっそく仲間割れー? ま、どっちもオレの獲物だけどねー」
     気取られぬよう狂人の笑みの儘で、麦秋は大振りな杭に全体重を託し南美へと打ち下ろす。
    「グルかはわかんない、か」
     一方の南美は足下の影を止めず解の背中を引き裂いた。
    「な……」
     躓くように斃れる解の脳裏に『戦闘を疎かにすれば負ける』という忠告が細雪のように降り積もる。斃れ際辛うじて麦秋の武器を避け、ミキちゃんへ心の指を伸ばすのが今の精一杯。
     ゆらり。
     陽炎のように、主の代わりに立ち上がるビハインドの天那・摘木。
    「ミキちゃんが、本命……なんだよお」
     震える指で無念を託す。
    「危険な女……でもそれでこそやり甲斐があるぜ!」
     血の海に沈む解に胆を冷やしながら、高速回転させる杭は止めない。だが切っ先に南美はいなかった。
     ほぼ同時進行で、怪力の儘にこたつやテレビをぶつけはじめる紅介、玉緒も壁の脆い部分に狙いを定め糸を舞わせる。携帯をしまった謡も渾身の力で杭を打ちつけ、无凱も習う。
     隣でも、詩音の翳す指輪から描かれた軌跡をなぞり、膨れあがった腕の織兎は渾身の力をのせて全身で体当たりするように殴りつけた。
     耳を劈く破砕音、壁材をぶちまけてあっけなく二枚の壁は壊れた。
     だが彼らを出迎えた光景は、崩れる壁材を被ってもぴくりとも動かない無残な解の姿。息を呑み気色ばむ仲間達、其れを悟らせてはならぬと詩音は咄嗟に口を開く。
    「……あなた、既に何人も殺していますね」
    「そっそんな……」
     何処から何処までが外道?
     何処から何処までがマトモ?
     住民として迷い込んだのは誰?
    「だって、みんな襲いかかってくるんですよ、そこの彼みたいに!」
     泣くように覆った指の間、一気に増えた六人の様子を一人一人確認する南美。
    「……危険人物は協力をして倒す。ゲームの定石でしょう」
     外道荘から出られるのは、一人。
     徒党を組むのを訝しがられる前に詩音は手札を切る――だが、誰も続かなかった。
    「………………」
     黙り込んだ南美の顔から掌が剥がれ、怯えた表情が能面のような無に書き換わる。
     予知は告げていた――『外道荘』の生活が続いていると誤認させれば不意をつけるかもしれない。だがそれには『八人の口裏あわせが必要』だと。
    「俺も外道だ、お前を倒して……」
     沈黙の拙さに気付き織兎が煽るも、
    「なぁんだ、みんなで騙してくれないんだ」
     既に南美は落胆塗れ。
     斯くして、解が斃れながらも繕い、麦秋が演じ、詩音が貼り合わせた仮面は無為に帰す。
    「つまらないから、帰るわ」
     作りあげた檻から逃すかと、織兎が謡がドアを塞ぐように立った。
    「肉塊に変えて帰り道をあけろって?」
     声は気怠げ、だが剛暴なる怒りは前衛の命を奪い取らんと膨れあがる。
     ――鏖殺(みなごろし)

    ●外道荘住民のやり方
    「弔いは不要だ」
     仲間達の同情を刈り取るように短く言い切り、謡は鳥の翼のように腕を後ろに逸らし一気に距離を、詰める。
    「そうだよね」
     謡と織兎の巨碗が左右から彼女を捉えるように空間を斬る。そこは虚ろ、彼女が音も無くしゃがんだから。下からの麦秋の眩い拳も仰け反り避けた。
    (「厳しいですね……」)
     一人欠けた状態。
     不意もつけなかった。
     至る所に穴だらけで始まった闘いに、黒緋に隠さた半面は苦く奥歯を噛みしめる。だが无凱は、ネガティブに囚われるより前に白銀をなぞり祝福を風に変え解き放つ。
     傷は塞ぐ、小刻みに。前衛が憂いなく動けるように。
     もう一人の癒し手玉緒は握り締めた鍵から指を離す。代わりに現れるのは夥しい殺気と燐光纏いし糸。
    「余所見はだめよ」
     摘木の顔晒しからそっぽを向いた南美の首へ刻まれる玉緒からの糸紅。
    「そこは私の糸が届く範囲なのだから」
     畳みかけるように放たれた詩音の漆黒の弾丸は同じ指輪の黒で消される。だが狙い澄ました紅介のナイフは避けきれなかった。
    「いたぁいっ、えげつない所狙うわねー」
    「そんな僕まで『外道』みたいな言い方……」
     自然体の笑み、だがナイフは足首から抜かぬ儘で。

     当てるためにまず動きを鈍らせる。当たり始めれば雪だるま式に相手のダメージが積み重なっていく――そこに辿り着くまでに灼滅者達が斃れなければ、勝ちだ。
     祭壇からの糸が絡む。当たりやすい紅介の攻撃を突破口に、指に纏わせた影を放った詩音は、南美を床に縫い止めた手ごたえをようやく感じた。
     影以外は続けると悉く見切られ当たらず、予想より時間を要してしまったのは否めないが。
    「同情なんて、あなたは望まないでしょう」
    「そうでもないわよ? 私って可哀想」
    「そんな顔で言う台詞じゃないわ」
     叩きつけられた殺意からの立て直しを頭で繰りながら、玉緒は視界に入る死体達に胸が締め付けられる。
     できれば、日常への走馬灯を照らしたいけれど、果たしてその機会は巡るだろうか?
     糸を手繰り寄せ仕舞い、手元に招いた符を先程の殺戮の領域で深く傷んだ紅介へ放つ。
     苦しい選択だ。
     実は无凱にも同じぐらい傷が蓄積している。先程から様々に織り交ぜながらも南美が狙っているのはひたすらに後方だからだ。
     忌々しげに影を千切ろうと手刀をで凪ぐ南美に影が、降る。
     ガンッ!
     背中から抜ける衝撃に震え、蒼空の元で哀しげに翳る碧の木々を間近に感じた。
    「ねえ」
     ここは暗くて、たまに広がる彩りは紅ばかりで、
    「まだ空は青い?」
     もう忘れてしまいそう。
    「ごめんね、ここから出すわけにはいかないよ」
     苦しげに目を逸らし、織兎は突き立てたロッドを介して魔力で彼女の肉体を喰い荒らす。
     口元を擦る南美の腹に今度は正面から麦秋のドリルが突き刺さった。
    「助けられなくて申し訳ないと思ってるわ」
     でも。
     狂人の前へ解を突き飛ばすメンタリティ、戻す術はないのだともわかっている。
    「逃がさないよ」
     弧の軌跡は広範囲を網羅していて、とにかく南美の逃げ場は、ない。
     肋砕く音奏でるは狂った獣。
     だから救いなどない、と……何処か獣めいた動きで謡は銀槌を振り切った。
    「ふふふ」
     南美は余裕を口元に滲ませて右手を持ち上げる。射出された弾丸の狙いは、无凱。
    「ぐっ」
     力をなくした指先から無情にもカードがはらりはら。
    「月見里先輩、先輩っ」
     玉緒の声が遠い。
    「……だい……丈夫です」
     神託の名を持ち疵書き換えるカードが視界の中で踊るようにぼやけ、暗転。
     どうっと斃れ広がるローブに、畳に染みた血が吸いあげられて彼を飾る色はより黒く赫くなる。

    ●出られるのは、誰?
     ――二人欠けた。
     明らかに戦況が翳るが、灼滅者達は戦い続ける。生還が不可能になるギリギリまで、そうするコトしかできないから。

    「殺し合いからは逃げられないよ」
     本当に笑ってしまいそうな口元を隠し紅介は影で敵を覆う。
    「そうね」
     此処ではじめて指輪から癒しの力を引き出しながら、南美は苦笑する。
    「部屋からすら出してくれないなんて」
     ドア、窓……目を向ければ玉緒か詩音がいて、彼女達が間に合わない場合は目線だけで織兎や麦秋塞ぎにくる。そもそも喰らいつくような謡の相手で移動すら満足に行えない。
    「外道荘の契約よりタチが悪いわ」
     逃走阻止。
     壁を壊して作成し、阻止を意識して動く幾人かの灼滅者……見事だと言える。
     彼らは玉緒の防護符を要に、自己回復も織り交ぜて食い下がる。
    「だから」
     檻の中で連撃を喰らう南美は笑みから苦みを消した。
     彼女の足下を旅立っていく文字影。南美は執拗に紅介を狙い傷つけていた。故に回復できぬダメージが蓄積していた彼は膝を折る。
    「一人になるまで殺すわ」
     その台詞は脅しでは、ない。
     最初から灼滅者側は一人欠け、更に先手から思うままに戦えた南美のダメージは、残念ながらさほど深刻では、ない。
     何故こうなったかと突き詰めるなら、灼滅者の多くが囚われすぎたのだ――壁を壊し、ダークネスを閉じ込める『策』のみに。
     逃走さえ防げば斃せるという見込みは、さすがに相手を安く見積もりすぎた。
     逆に、八人で先手を取り、如何に戦うかをそれぞれが見据えていれば、檻は非常に効果を発揮しただろう……それは間違いない。
    「……」
     力無く首を振り解を抱えあげ摘木に預ける麦秋に、謡の奥歯がかちり、と鳴った。
     かちり。
     なにかのスイッチが入ったように獣めいた叫びをあげて、南美を押し倒し三爪を突き立てる。
     ここで、ここで、ここで、コイツを、コイツを、コイツを!
    「駄目よっ」
     包帯から見える瞳に歪んだ獣性を見て取り、玉緒は悲鳴のような声をあげた。
     駄目なのだ。
     そんなモノに身を委ねては、駄目。
    「謡ちゃん、謡ちゃん」
     巨碗を叩きつけて、織兎は少女をダークネスから引きはがそうとする。
    「あなたは此から殺してあげるわ」
     あの日の六六六人衆とは逆さま言葉、それに謡は気づかされる。
     ――闇に堕ちるには、まだ命の痛みが、足りない。
     うっそりと嗤う南美の殺意は広がらない。詩音が重ねた戒めが此処で効いた。ぽかりと湧いた『虚』を逃さずに織兎は紅介を背負い、玉緒と詩音は无凱を支え背を向ける。
    「あはっ、敷金礼金はお返しできませーん」
     外道荘で暮らしきった『外道』は、闇夜の湖に映る三日月のように歪な笑みを浮かべて、退去する灼滅者を悠々と見送る。
     縫村委員会を生き延びた六六六人衆が序列を何処まで昇るのか? またそのために無辜なき者の命がいくつ奪われるのか? ……其れは誰にもわからない。

    作者:一縷野望 重傷:月見里・无凱(泡沫深淵揺蕩う銀翼・d03837) 鳳・紅介(ブラッディエッジ・d15371) 絡々・解(死がふたりを結ぶまで・d18761) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月24日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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