摩天楼ノスタルジア

    作者:志稲愛海

    「随分と眠そうだな。大丈夫か? ルイス」
     もう何度目か分からない欠伸をした少年は、掛けられた声にハッと顔を上げて。
     目を擦りながらも、ふと首を傾げる。
    「あ……何だかすごく眠くて……昨日は早めに寝たはずなんですけど」
    「時差ボケか? とはいえ、フライトまで余り時間もない。土産も見ないとだろう?」
    「ジョン先生も、カノジョ……いや、奥さんにお土産買わないといけませんもんねー」
    「ようやく結婚できるんですから、逃がしちゃ駄目ですよ」
    「お、大人をからかうもんじゃないっ。って、ウィリアム先生まで!?」
     真っ赤になる教師を取り囲み笑う、彼の同僚教師や生徒達。
     そんなやり取りを微笑ましげに見つめながらも、生徒のひとり・ルイスはもう一度、ふわりと大きな欠伸をした。
     ここは――沢山の人が行き交う空の玄関口・国際空港。
     ルイス達は学校のプログラムの一環として日本旅行にやって来ていたが。
     その日程も終わり、これからアメリカに帰るところであった。
    「それで、フライトまでそう時間もないから……これから2班に分かれて、土産を買いに行こうか。私とウィリアム先生が、それぞれの班に同行しよう」
     迷子になったり、飛行機に乗り遅れたりしたら大変だからな、と。
     そう、ジョンという教師は生徒達を見回して。
    「ルイス、おまえは今日ボーっとしてるから、みんなとはぐれないよう気をつけろよ」
    「え……あ、はい」
    「ジョン先生も、カノジョへの土産選びに夢中になりすぎて遅れないようにですよ!」
    「こ、こら、からかうんじゃないと言っただろう!」
     また起こる笑いに、ルイスも眠そうながらも、つられて微笑んで。
     では行くぞ! と促す教師に続き、友人達と一緒に、空港の土産店へと歩き出した。
     

    「学年ごとの修学旅行があるのって、日本くらいなんだってねー」
     飛鳥井・遥河(中学生エクスブレイン・dn0040)は、集まってくれてありがとーと、灼滅者達にへらりと笑んだ後。察知した事件の概要を語り始める。
    「シャドウの一部が日本から脱出しようとしてる事件が起こってるのは、みんなももう知ってるよね? また同じ様な事件がね、察知されたんだ」
     日本国外はサイキックアブソーバーの影響でダークネスの活動はできないはずであるにもかかわらず、シャドウは帰国する外国人のソウルボードに入り込み、国外に出ようとしているという。
     これまでも同様の事件が数件起こっており、その目的はいまだ謎であるが。
     シャドウが海外に渡ろうとした結果、何が起こるかは未知数。
     最悪、フライト中に大きな被害が出てしまう可能性も考えられるため、国外に渡ろうとするシャドウの撃退を皆にお願いしたいというわけだ。
     今回は、学校のプログラムの一環で日本旅行に来ている学生のひとり・ルイスというアメリカ人の14歳の少年のソウルボードにシャドウが入り込んでいるのだという。
    「ルイスの夢の中はね、彼の住んでるニューヨークの風景だよ。お洒落なカフェとかベーグルやさんとかハンバーガーのお店とか……マンハッタンの大都会な街並みが広がってるんだ」
     ニューヨーカーとかなんかカッコいい感じするよねーと。
     遥河はそう小さく笑んだ後、改めて続ける。
    「ルイスの夢の中では、特に事件は何も起こっていないよ。シャドウはね、夢の中のユニオンスクエアにいて、公園でパフォーマンスしてる道化の姿をしているんだけど。その道化、シャドウに話しかけたら戦闘になるよ」
     場所は、夢の中の昼のユニオンスクエア。
     大都会の憩いの場であるこの公園に赴けば、シャドウはすぐに見つかるという。
     そして戦闘になると、敵はシャドウのサイキックとリングスラッシャーのサイキックで攻撃してくるが。そう戦闘能力は高くなく、劣勢になればすぐに撤退するので、ルイスの夢の中から追い払うのは難しくはないだろう。
    「シャドウを夢の中から追い出すのは、みんなの実力があれば難しくないと思う。ただね、ルイスのソウルボードに入るまでが少し工夫しなきゃいけないかも……」
     フライト前のルイスは、国際空港で団体行動をしている。
     切羽詰っているというほどではないが、フライトまで沢山の時間があるわけでもなく、付き添いの教師や他の生徒達が常に一緒にいる状態。彼を連れ出すのに少々工夫が必要であるし、ルイスがいなくなれば、教師達や他の生徒達が必死に探し回るに違いない。
    「ルイスと一緒に行動してるのは、付き添いのジョン先生と他の生徒が5人。もうひとつの班も同じ人数割りで行動しているよ」
     日本のように修学旅行というものはなく、希望者のみの学校プログラムのため、参加している生徒達の数は12人ほどでその学年もバラバラであるというが、参加者全員が互いの顔を知っている。また、周囲にも空港利用者や職員が多数いるため、ルイスの班全員など大人数に何か一度に異常がみられれば大騒ぎになってしまうかもしれないので、よく作戦を練って欲しい。
     
     遥河はそこまで説明した後、もう一度首を小さく傾げて。
    「シャドウのこの行動に、一体何の意図があるんだろうね……。でもシャドウに国外脱出を許すと、何が起こるか分からないから。シャドウの撃退、よろしくお願いするね」
     そう、灼滅者達を見送るのだった。


    参加者
    村上・光琉(白金の光・d01678)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)
    テレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905)
    契葉・刹那(響震者・d15537)
    静杜・詩夜(落藤の雫・d17120)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    三科・遙(霧雨・d24180)

    ■リプレイ

    ●Taxiway
     ここは空の玄関口、国際空港。
     そして色々な言語飛び交う中、調べておいた空港構内図を片手に。
    「この先に小さめのラウンジがあるようですね」
     契葉・刹那(響震者・d15537)はそう、共に歩く仲間達を見回した。
    「そこなら、保安検査場からも離れていて人気が無さそうだな」
     静杜・詩夜(落藤の雫・d17120)も刹那に頷きつつ、急ぎ、目をつけたラウンジへと向かう。
     そんな彼女達の格好は、空港関係者を思わせるような装い。
     そして村上・光琉(白金の光・d01678)はラウンジへの道すがら、ふと首を傾けつつ呟く。
    「シャドウは国外に出て何をするんだろうね……長い事続いてる事案だけど想像つかないよ」
     シャドウの国外脱出しようとする行動は、いまだその意図が全く見えていないが。
     見当つけてあれこれ考えるよりまず行動だけどねと、光琉は数度頷いて。
     同じく、なぜシャドウの一部が海外に行こうとしているのか、できればその理由を調査をしたいと思うけれど。
    「今は、素早くルイス君の中からシャドウを追い出し、彼のフライトを妨げないようにしないといけないですね」
    「日本が有名になるのは歓迎ですけど、ダークネスまで海外進出させる訳にはいきませんしね」
     志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)と三科・遙(霧雨・d24180)も今回は、少年の夢に潜むシャドウの撃退を目標にと考える。
     そんな彼ら彼女らが担うのは、場所の確保。
     ある程度人数が入る空き部屋が用意できないか探したものの、広い空港内でそんな空き部屋を丁度良く見つける事は難しかった。
     そこで目をつけたのは、空港内の休憩ラウンジ。
     余り人の多くなさそうな場所にあるラウンジを選び、そしてプラチナチケットを携えた刹那と詩夜を先頭に、到着したその中へと足を踏み入れる灼滅者達。
    「あの、あなた方は?」
     そこには、ラウンジの受付係の男性の姿が。
    「えっと、その……これからここの点検を行うという連絡、こちらに……入っていませんでしたか?」
     赤面しつつも一生懸命頑張って、そうでっち上げた点検の話を男性にする刹那に。
    「そうでしたっけ? ……!?」
     大きく首を傾げつつ、確認の為か彼が内線の受話器をふと手に取った、瞬間。
     爽やかな風が男性の身を包み込み、眠りへと誘う。
     そして受付係を魂鎮めの風で眠らせた後、詩夜はラウンジ内の客へと近づき、声を掛けていく。
    「申し訳ございませんが、これから点検を行いますので、別のラウンジをご利用下さいませ」
    「ここから一番近いのは、あちらのラウンジとなります」
     そんな関係者に扮した刹那や詩夜の言葉に疑う事なく、案内された別のラウンジへとそそくさ移動し始める客たち。
     ラウンジに着くと同時に遙が展開した殺界形成が効いているのだろう。
     それから念の為、ラウンジの前に『関係者以外立ち入り禁止』の貼り紙をしておく光琉。
     藍は他の仲間達に、場所確保の旨とこの場所の位置をメールしながらも。ルイスに対して、心苦しくも思う。
     せっかく日本旅行を楽しんでいる彼に、最後で不快な思いをさせてしまうかもしれないから。
     だがそうならないよう、工夫を凝らし作戦を立てて臨む灼滅者達。
     これであとは仲間がこの場にルイスを連れて来るのを、待つのみ。

     その頃――ルイスは教師や友人と共に、土産屋にいた。
    「ワォ、これ気持ちいい!」
     物珍し気に青竹を踏み踏みした生徒に続き、引率の教師も興味津々乗ってみるも。
    「どれどれ……いっ、いたたた!」
     思わず声を上げ、青竹の上から慌てて飛び退く。
     そんな様子に笑いながら、土産選びを楽しむ生徒達。
    「この魚咥えてるクマの置物、なんか格好良くない?」
    「両親への土産、このコケシにしようかなァ」
    「ルイスはどう思う?」
     そう尋ねられたルイスは、あくびをした後、目を擦りつつ答える。
    「え? どっちも、いいね」
    「おまえ、大丈夫か?」
     相変わらず今にも寝てしまいそうな彼に、先生も心配気に目を向けた。
     ――その時だった。
    「すみません、そちらの方……お名前は?」
    「ルイス、ですけど」
    「ルイス様、ご協力していただきたいことがあるのですが」
    「え、僕に?」
     急に声をかけてきた空港関係者っぽい人物に、ルイスは目をぱちくりとさせて。
    「彼は私の生徒ですが……どうかしましたか?」
    「荷物検査中にちょっとした不具合があり、誰の荷物かわからないものが出てしまったので持ち主確認の協力をして欲しいのですが」
     ルイスの傍にいる教師の問いに、すかさず流暢な英語で答えたのは、女性のキャビンアテンダントであった。
     そして、その女性・テレシー・フォリナー(第三の傍観者・d10905)はこう続ける。
    「少しこちらについてきて頂けませんか? すぐに済みますので」
     最初にルイスに声を掛けた男性も勿論、武蔵坂学園の灼滅者、明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)で。
     さらに何か不都合等があった時の為にと闇を纏い、すぐ傍で密かに隠れている、淳・周(赤き暴風・d05550)の姿もあった。
     闇纏いを発動させた周は、少しでもルイス達に違和感を持たれぬよう、実際の空港関係者の制服を調達すべく事前に試みていたが。航空会社の職員をはじめ、土産屋の店員や清掃員、その他空港で働く人の数は膨大で。そんな人々が使う更衣室を見つけることは難しく、その中から使用するに適した制服を手に入れる事は少々無理があった。
     だが用意していた装いでも、止水のプラチナチケットの効果で、格好だけで疑われた様子はなさそうで。エイティーンを使ったテレシーも、違和感は持たれなかったようだ。そして普段はあまりやる気がみられない印象のテレシーも、キラキラ18歳に変身し、キャビンアテンダントのコスプレに身を包んで、何気にくねくねと嬉しそうである。いや……飛行機の中にいるキャビンアテンダントと荷物カウンター等にいるグランドホステスは別物ではあるが。少々その装いや雰囲気が違っても、その違和感に気付く人は多くないだろう。
     だが――問題は、見た目ではなく。
    「誰のかわからない荷物の確認を、何故ルイスだけに? それに、ここは荷物カウンターと階層すら違う離れた売店だけど……どうしてこんなところで、荷物確認の為の声を?」
     そう、彼らが持った違和感は、灼滅者達の言動によるものであった。
     荷物カウンターや保安検査場で言われれば、違和感が少ない内容だろうが。この場所は、カウンターから決して近いとはいえない土産屋。
     さらに他の客も沢山いる中、しかもルイスのものだと分かっているものだとか、いっそ全員に声をかけただとかならともかく。誰のものか分からない荷物の確認を、ルイスにだけさせようと促す言動。
     その違和感は引率の教師だけでなく、ルイス達生徒も抱いたようで。どことなく、不穏な空気が流れる。
     だが、その時。
    「あ、この財布、落ちてたのを拾ったって他のお客さんから今届いたんだけど……貴方達のどなたかのものですか?」
     そう声をかけてきたのは、土産屋の店員であった。
     そんな店員の言葉を、テレシーが通訳して彼らに完璧な英語で伝えると。
    「オレの財布だ! あれ、落としちゃったのかな?」
     生徒の一人が名乗り出る。
    「何ボーッとしてるんだ。気をつけろよ」
    「ちゃんとしまったはずなんだけどなァ」
     実はその財布は、闇纏いを使った周がこっそり抜き取ったもので。ルイスから少しでも皆の注意が逸れるようにと、抜いた財布を売店の店員にすぐに届けたのだった。
     そしてその行動が意識を逸らせるのに有効であったかはともかく。
    「いえ、ルイス様だけでなく、皆様ご一緒に確認いただければと」
     英語に不慣れで、誤解させるような物言い失礼しました、と。
     すかさず、さり気なくフォローを入れる止水。
     それを聞いて、まだ少し違和感は残ってはいるようだが。
    「あまりフライトまで時間ないんですが……すぐ済む確認でしたら、皆で行きましょう」
     漸くそう承諾した教師に、生徒達も頷いたのだった。
     
     ルイスだけとはいかなかったが、それも想定の範囲内。
     何とかルイス達一向を無事連れ出せて。
     一緒に、仲間が確保したラウンジへと向かう途中。
    「修学旅行か何かですか? 日本へは初めてですか?」
     そうペッラペラな英語で、ルイス達と会話するテレシーは。
    「日本はどうでしたか?」
    「物珍しくて楽しい国だね。でもニンジャを見られなかったのが残念」
     返ってきた言葉を、止水にも通訳してあげながら。
    (「いやー私ってグローバル!!」)
     うへへ、と密かに笑んで、どや顔です!
     そして闇を纏いつつ皆に続く周は、ふと首を傾ける。
    (「シャドウもまだ海外に逃げ続けてるんだなー。海外でお祭りがある、とかじゃないだろうし何かあるのかね? 案外お遍路さんみたいに世界各国巡る事に意味があったり……」)
     シャドウが海外脱出できた際に何が起こるかは、その時にならなければ分からないものなのかもしれないが。
    (「ま、それは後でいいや。今はできる事を!」)
     身を隠し行動している今は、ちょっとヒーローっぽさはないけれど。
     下手な仕事はできないし、ヒーローが隠密行動するのもたまには良いかも?
     そしてルイス達をラウンジ内へと促し、待っていた仲間とも合流を果たして。
     ルイス達全員をまとめて、詩夜の魂鎮めの風で眠らせる。
     遙はルイス達を、飛行機待ちの間に寝てしまった人の如く見えるようイスに寝かせてから。
    「当機はソウルボードへのフライトとなります。良い旅を」
     夢の中の摩天楼に潜むシャドウを追って、いざ、ルイスのソウルボードへ。
     
    ●Skyscraper
     林立する超高層ビルと古い街並みが融合し、人々が目まぐるしく行き交う街。
     少年の夢の中の風景は彼の故郷、世界最先端の大都市・ニューヨークのもの。
    「それにしても、夢の中までお洒落な街並みなんてちょっと羨ましいです」
     外国に行った事がない遙がこの大都市の風景に、内心わくわくするのも頷ける。いや彼だけではなく詩夜も同じ様に、新鮮にみえるこの景色に、実はちょっぴりはしゃぎ気味。
     でも目的は、シャドウの撃退。それは勿論忘れていない。
     シャドウがいるというユニオンスクエアへと即向かい、人々の間をすり抜け、賑やかな街を仲間達と往く藍。
     そして足を止めないまま、刹那はふと首を傾ける。
    「シャドウはまだ国外に向おうとしてるのですね。何をしようとしているのか……」
    「何を考えておるのやら。ヒントの一つもよこせばよいであろうに」 
    「シャドーは何で海外いくんでしょーね。まぁ海外と言わずどっか消えてくれたらそれが一番なんだけどねー」
     演技をしていた空港の時とは違い、普段通りの偉そうな態度と口調で詩夜もそう頷いて。
     いまだ気に入ったスッチー姿なテレシーもくねくねはしゃぎつつ、いつものように半目で、ずばり言い放つ。
     見た目だけは周囲のニューヨーカー達とそう変わらない光琉も、見えてこないシャドウの意図に再び首を傾げた。
     気になる事も多い、この一連の事件。
     でも今回灼滅者達が最優先にしているのは、シャドウの撃退。
    「手早く終らせて、皆さんをちゃんと飛行機に送り届けないと」
     旅の最中で戸惑わせる事になってしまい、ルイス達には申し訳なく思うが。
     でも……ダークネスの脅威はここで留めておかなければならない。
    (「それが灼滅者の役割、ですから」)
     刹那はそう、改めて心に決めて。
     到着したユニオンスクエア内にいる道化の姿を、その瞳に捉えた。
     そんな道化へとまず声を掛けたのは、周。
    「こういう摩天楼、好きなのか?」
     そんな彼女の声に、その道化……シャドウはふと顔を上げて。
    「フライトまでの時間もないのでさっさと出て行ってもらいます」
     掛けられた質問には答えず、身構え言い放った藍の言葉に、ニイッと不敵に笑む。
     そして――道化の胸に瞬間浮かび上がるのは、ダイヤのスート。
    「水際のぎりぎりだったけど、ここで倒させて頂きます」
     藍は、姿を現したシャドウへとそう言い放って。
     焔の如く熱い紅の闘気を纏い、夜の様にどこまでも黒い影糸の茨を携え、敵へと真っ先に向かっていく周と同時に、動きをみせる。
    「さあアンタの魂の強さ、見せてくれ!」
     シャドウへと叩きつけられる、周のヒーロー魂のような炎の一撃と、藍の異形化した拳。さらにテレシーも絶妙に周と息を合わせ、伸びたその影が道化へと牙を剥いた。
     ぐるり周囲を見回せば、摩天楼そびえる大都市の風景。
     此処は、まるで旅行に来ているかのような、そんな錯覚を覚える夢の中だけれど。
     今は、ダークネスの撃破に集中。
     刹那も鬼神変の衝撃を敵へと叩きこみ、そして生き生きと、ありったけの想いを歌に乗せ、戦場に伸びやかな美声を響かせれば。
    (「わあ、公園も素敵です! ……っと、いけない。戦いに集中しないと」)
     初めて見るのにどこか懐かしいような、そんな風景の中で。遙も刹那の歌声が響くと同時に動き、霊的因子を強制停止させる結界を戦場に展開させて。光琉の振るう魔力を帯びた衝撃が、シャドウへと叩き込まれた瞬間に爆ぜる。
    「お前は、タロットの愚者か?」
     止水は鋭利な糸を解き放ち敵を斬り裂かんとしつつも、以前感じた予兆を元に、ふとそう道化に尋ねてみるも。
     予想通り、不敵な笑みを浮かべているだけで、相手からの返答はない。
     ならばもう、ルイスの夢から出て行って貰うのみだ。
     詩夜の癒しの霊力や吹き抜ける優しい風が、シャドウの放つ弾丸や光輪の衝撃で負った仲間の傷を塞いで。
     光琉が灰青色の双眸で捉えた道化へと魔力の一打を叩き込み、その上体を大きくぐらつかせた瞬間。
     燃える様な真紅の髪を揺らしながら放たれた、悪を灼き尽くすかの如き周の正義の一撃が決まって。
     シャドウを、ルイスの夢から退かせたのだった。

    ●Take off
     無事にシャドウを撃退した後、刹那は皆と共にフライトの時間が迫るルイス達を起こして。
    「旅の疲れが出たんでしょう、疲れに気づかないぐらいたのしかったんですね」
     ご協力ありがとうございましたと、用意しておいた自前の忘れ物をさっと確認して貰いつつ、止水は思う。 
     成績は良くても、英語はそうそう話す機会なんてないし、と。
     光琉も飛び交う英語の会話を耳にして、生まれも育ちも日本のエセ西洋人っぷりが浮き彫りになってるようななってないような……と少し肩を竦めるも。まあ今更か、とフライト時間が迫り慌てる彼らを見送って。
    「日本は楽しかった?」
     遙のそんな問いに、ルイスは大きく頷く。とても楽しかったよ、と。
     そして藍はそんなルイスに気付かれないようにそっと、あるものを彼の荷物にしのばせる。
     『Sorry』と書かれたメッセージカードと、お詫びの気持ちを込めて買っておいた、日本のお土産を。

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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