Hypodermic-Girl

    作者:空白革命


    「おつかれみくちゃん」
    「うん、ばいばい」
     毒縞美玖は女子中学生である。
     成績はそれなり。容姿はそれなり、体型もそれなり、運動神経もそれなり。身の丈以上でも以下でも無い、ごく普通を画に描いたような女子中学生だった。
     周りからもそう思われているし、自分でもそのように振る舞っている。
     そんな彼女にはただ一つ。
     ただ一つだけおかしなところがあった。
    「ただいま、っと」
     指紋認証によるロックを外し、地下への階段通路を開く。
     階段を下り、扉をあけ、照明のスイッチを入れた。
     そして。
    「ただいま、みんな。今夜も楽しもうね」
     壁一面に飾られた大量の注射器に、うっとりと目を細めた。
     彼女の名前は毒縞美玖。
     注射器に対して性的に近い興奮を覚える以外、ごく普通の女子中学生である。
     彼女がいつものように注射器の手入れをしようとした、その時。
     どくんと胸が高鳴った。
     いつもの興奮と同じもの。
     しかし底の方でちがうもの。
     それは闇からの誘いであった。
     知ったときにはもう遅い。
     彼女は突如変貌し、闇の化け物と成ったのだ。
     

    「注射器の歴史っつーのは割と古くて、いわゆる針治療の発展系にあたるものだったらしい。針に薬ぬって体内に差し込むなら、筒を針状にして強制的に押し込む方法もとれるだろうって寸法だな。まあ他にも諸説あるが……それはまた今度な。今回はこの注射器大好きな女の子がデモノイドになっちまうというトコから話が始まるんだ」
     大爆寺・ニトロ(高校生エクスブレイン・dn0028)はいつものように教卓に腰掛け、このように話した。
     ある日突如としてデモノイド化した少女は、自宅を食い破って住宅街へと飛び出し、破壊の限りを尽くすというのだ。
     幸い両親は仕事で不在。
     近所にも人はいるが、無力化できないほどの人数ではないと言う。
     どのみち外には出てしまうので、目撃されること自体は避けがたいが、被害は抑えられるだろうとのことである。
    「なんといっても相手がデモノイドだ。説得だの釣り餌だのがまず通じる気がしない。変化前の人格が影響するケースもそれなりにあるようだが……今回はガチな方だ。ロボット相手に戦ってるとでも思った方がラクだぜ」
     デモノイドは基本のサイキックのほか殺人注射器系のサイキックを使用するらしく、そのバリエーションの豊かさだけが反映している状態にあるそうだ。
    「倒しさえすれば、あとは何とか出来るはずだ。頼んだぜ」


    参加者
    羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)
    香坂・天音(ファフニール・d07831)
    琴葉・いろは(とかなくて・d11000)
    ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)
    遠野森・信彦(蒼狼・d18583)
    志賀・宵太(淡風の東・d22373)
    難駄波・ナナコ(クイーンオブバナナ・d23823)
    鉄地河原・黒乃(八紘一宇・d24245)

    ■リプレイ


     近隣住民から見た毒縞美玖はごく普通の女子中学生だった。
     大人しくも明るくもない。犯罪を起こしそうとも、起こされそうとも思われない。まるで背景に溶け込むかのようにごく一般的。そういう評価を彼女は受けていた。
     ゆえに、彼女の自宅から見たことも無い化け物が飛び出したからといって、まさかそれが彼女の変化した姿なぞとはつゆとも想像しないでいた。
     のしのしと歩く化け物、デモノイド。
     その姿を見て、何がどうなったのかも想像できないまま住民はおびえるしかなかった。
     壁に背を当て、震えるしかない。
     そこへ。
    「おいそこのデカブツ」
     こつん、と頭に石がぶつかった。
     かすり傷にもならない。しかしデモノイドはその方向を見て、明らかに警戒した。
     当然だ。
     デモノイドに備わったバベルの鎖が、『彼』を一般人(ただもの)ではないと直感させたのだ。
     灼滅者、遠野森・信彦(蒼狼・d18583)。
    「俺と、遊ぼうぜ!」
     彼は再び小石を投げた。腕を払って粉砕するデモノイド。
     その隙に信彦は数メートルの距離を一気に縮め、身体に巻いていた鋼の帯を引き抜いた。帯はかちかちとブロックのように合わさり、一本の剣となる。脇腹を擦ったことで流れた血が炎となり、剣の周りに蛇のごとく絡みついた。いや、ここは龍のごとくと言うべきか。
     勢いよく振り込まれる剣。デモノイドはそれを素手で受け止めた。
     その間にもう一方の腕を変形。
     咄嗟に腕を翳して防御に転じた信彦……だったが、彼の腕を剣が貫通していた。
    「つっ……!」
     そう。デモノイドの腕は剣へと変貌していたのだ。
    「き、きみは」
    「説明してる暇はないス! 早く逃げて!」
     霊犬幸子と共に駆け寄ってくる志賀・宵太(淡風の東・d22373)。
     慌てて逃げ出す住民たちとすれ違い、彼はデモノイドの背後より飛びかかった。
    「もとが女の子だと思うとやりづらいけど……!」
     背中に思い切りギターを叩き付ける。
     それ自体に意味は無い。激しく揺さぶられた弦が殺人的な音の波へと変わり、デモノイドの背中をめちゃくちゃに引き裂くのだ。
     両腕を振り回し、二人を強制的に引きはがすデモノイド。
     その瞬間、隙を見計らっていたかのように羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)が駆け込んできた。
     走りながら、影業とオーラをないまぜにしたものを腕へ巻き付ける。頑丈な糸を引きちぎるかのように腕を振りかざしたならば、彼女の腕は異形のそれと化していた。
     異形の?
     いや、強いて言うなら獣の腕である。
    「肉球、パンチ!」
     デモノイドの側頭部に叩き込まれるパンチで、大きく巨体がぐらつく。
    「ナイスタイミング、貰ったわ!」
     一拍遅れて突撃する難駄波・ナナコ(クイーンオブバナナ・d23823)。
    「ちぃっとチクっとするだけだから、大人しくしてるのよ!」
     影業とバトルオーラを巨大なバナナ型の何かに変えて腕へ巻き付けると、智恵美同様デモノイドの頭めがけて鬼神変を叩き込んだ。
     派手に転倒し、近くの壁を破壊。どこかの屋内へ転がり込む。
    「みくちゃん、私すっごく親近感が沸いてるんです。私も色々とそれなりなので……きっといいお友達になれます、だから!」
    「アタイも分かるわ、注射器が大好きなんですってね! アタイもバナナがバナナ過ぎてもうバナナになっちゃいたいくらいバナナなのよ!」
    「……外国語?」
    「ン、何が?」
     顔を見合わせる二人。
     そんな彼女たちへデモノイドがゆっくりと起き上がった、が。
    「ここは、屋内だから。外でやって」
     途切れ途切れの口調で、ポルター・インビジビリティ(至高堕天・d17263)が言った。
     どこから?
     デモノイドの巨体に隠れた、その後ろからである。
    「青き寄生の猛毒。対象浸食」
     ポルターは大砲化した腕をデモノイドの背中に直接押し当て、DCPキャノンを零距離乱射した。
     思わず屋外へと転がり出るデモノイド。反撃に転じようと腕を振り上げたその途端、横から突っ込んできた香坂・天音(ファフニール・d07831)とそのライドキャリバー・クラウディアに撥ね飛ばされた。
    「大人しくしなさい。そのまま大事なものを喪いたい?」
     ハンドルから手を離した天音はそのまま縛霊手を自動装着。各部から吹き出した炎をそのままに、デモノイドの身体へと突っ込んだ。
     そのままカーブをきり、デモノイドを放り捨てる。
     放り捨てた先は巨大な口であった。より正しく述べるなら、具現化した殺意の集合体であった。
     デモノイドを一口で頬張り、噛み砕くように口を閉じる。
     それらの殺意を自らの中に戻し、鉄地河原・黒乃(八紘一宇・d24245)は白い手袋をきゅっとはめ直して言った。
    「今、であります」
     のっそりと身体を起こすデモノイド。
     目の前には、琴葉・いろは(とかなくて・d11000)が立っていた。
     袖をまくり、注射器を高く構える。
    「人の嗜好はそれぞれですが、闇のささやきに耳を傾けてはいけません。まだ、間に合います!」
     デモノイドの肩に注射器を突き立て、掌底でもって無理矢理押し込む。
     注射器ごと突っ込まれたデモノイドはガタガタと身体をけいれんさせ、そしてその場に横たわったのだった。
     これで終わりか?
     本当に?


     デモノイド。
     人工的に生み出されたダークネス。
     闇の力を振り回すだけの改造人間であり、人間らしいあらゆるものを剥奪された兵器である。
     そんなデモノイドの一体。『毒縞美玖だったもの』が、今……びくりと身体をふるわせた。
     しゅるしゅると音をたて、ずんぐりした巨体が収束していく。
     やがて外皮はワンサイズ大きなロングコートとなり、頭蓋は深いフードへと変化した。
     しかしそれでもまだ。
     彼女はデモノイドだった。
    『――ッ! ――!』
     形容しがたい、言語ならざる何かを叫び、頭を押さえて起き上がる。
     そして。
     いろはは見た。
     フードの奥で光る、虹色の目を見た。
     灼滅者のそれとは決定的に違う、ダークネスの目である。
     目と目が、合った。
    『――!』
    「ぐ……!」
     コートの袖から注射器が滑り出す。
     いろはは反射的にさらなる注射器を手に取り、振りかざす。
     が、いろははその時起こった事実に目を疑った。
     コートの袖から飛び出した注射器が、一本だけではなかったのだ。
     二本、三本? それどころではない。目に見えるだけで二十七本に渡る注射器が飛び出したのだ。
     しかし振りかざした手を下ろす理由は無い。
     歯を食いしばり、デモノイド――いや美玖へと突き立てた。
     一本刺さった間に二十本がいろはに突き立てられる。
     それらすべてに意志があるかのようにプッシュ動作を行ない、いろはの中に常人なら一瞬で死亡してもおかしくないような毒を流し込んだ。
     口を押さえ、その場にうずくまる。手の隙間から大量の血が吹き漏れた。
    「いろは。下がって」
     横からいろはを縛霊手でかかえ、祭霊光で手当しながらかっさらうポルター。
     追撃を仕掛けようとした美玖との間にエレンピオ(ナノナノ)と幸子(霊犬)が割り込み、飛来した注射器を全て身体で受け止めた。
     そんな光景を、ポルターはちらりと横目で見た。
    「私もおちたら、ああなっちゃうのかな。ちょっと、やだかな」
     一方の美玖は手の届かない所へ運ばれたいろはを眼中の外に置いたようで、その場にゆっくりと立ち上がり、自らのコートを片手で広げた。
     内側にびっしりと並ぶ注射器の数々。大小様々。材質も生産国も、そして用途も異なるそれはそれは異常なコレクションだった。
     側面に『pusher』と彫り込まれた注射器を手に取り、まくった腕に押しつける。
     まるで自らのネクタイを締めるような鮮やかな手際で静脈注射を行なうと、ぽっと頬に桜色と灯し、深い吐息を漏らした。息が白い霧となり、夜闇にのぼって消える。
     信彦はその様子に苦笑した。
    「理解できねえ趣味だな。痛いのは好きじゃねえし」
     などと言いながら、先刻貫かれた腕から流れた血を炎に変え、自らの剣に纏わせた。
     展開したウロボロスブレイドはまるで龍。それを腕に巻き付けると、信彦は美玖めがけて突っ込んだ。
    「一気に行くぞ、手伝え!」
    「前よりやりづらく……うーでも、りょ、了解ッス!」
     バベルブレイカーを握った宵太がタイミングを合わせて突撃。
     二人は左右両サイドからになるように展開すると、鬼神変とドグマスパイクを同時に繰り出した。
     両者直撃。
     が、しかし。
     美玖の伸ばした両腕が信彦と宵太の胸にそれぞれ当てられた。
     いや、腕では無い。
     それは拳銃ににたシルエットをしていた。
     しかし医療品のような清潔感のある白さと丸みを帯びた造形をしていた。
     そして先端は極太の針だった。
     広く獣医学で用いられ、大型獣の麻酔手術に用いられるとされる。
     大型麻酔注射器である。
     トリガープッシュ。
     全身の神経が一瞬で弛緩し、二人はその場に崩れ落ちた。
     そんな二人を無視してゆっくりと歩いてくる美玖。
     ナナコはその有様に思わず身震いした。
    「何あの子、ヤバいんだけど!」
    「いや、でも。これは良い兆しであります」
     軍帽を指でなおし、黒乃は唇を引き結んだ。
     もし今の美玖の姿が、自分の心に素直になったがゆえの変貌だとしたならば。
     手強いだろう。
     だが手強いだけあって……。
    「意志を感じるのです。自らの拘りを恥じることも隠すことも無く、戦う姿。自分はその姿が……好ましいとおもうであります」
    「あーまーそういうことなら?」
     軍刀を引き抜く黒乃。冷凍バナナを握りしめるナナコ。
     そんな二人の間を、ライドキャリバー・クラウヴィアに跨がった天音が駆け抜けていった。
    「さあ、恐くないわ。あなたの全部を受け止めてあげる」
     ハンドルを握った拳に影が纏う。同時にキャリバーの全面から機銃が突き出た。
     突撃。ならびに全力射撃。
     機銃弾幕に押された美玖に、ペイント弾のように張り付く影業。散ったしぶきが糸のように伸び、彼女の身体を徐々に覆っていく。
     対して美玖は唯一自由な右腕でもってコートから無数の注射器を引き抜いた。
     突っ込んでくるキャリバーを片足を押しつけることで強制停止させ、反動に押し出された天音の胸元に注射器を突き立てる。
     ハサミの持ち手を両サイドにつけたような、銀色の金属注射器である。
     数本まとめて吸引。意識を一瞬で持って行かれた天音は、美玖の腕に抱かれる形で脱力した。
     そこへすかさず潜り込む智恵美。
     懐へ、ではない。背後へである。
    「隙あり、です」
     背中に押し当てた獣の手。彼女は一気にエネルギーを押し込み、接触部分を爆発させた。
     爆発に煽られてよろめく美玖。
     飛び散る大量の注射器。
     空中を舞い飛ぶ注射器や注射針をギリギリでかわしながら飛び込むナナコ。
    「アタイの必殺技その775(適当)! バナナスパイク!」
     無理矢理のバンカーアタック。
     美玖の胸に押し当てられたそれは、見事に彼女の身体を貫いた。
    「皆さん離れて!」
     そこへ、黒乃はおもむろに剣を振り込んだ。
     多段展開した剣は弧を描き、美玖の身体をばっさりと切り裂く。
     そして。
    「ァ……カッ……は……」
     目の色を取り戻した美玖が、その場にぐったりと崩れ落ちたのだった。


     人間の趣味は多種多様という。
     智恵美もそれは知っていたし、自分もまあ大概だと思っていたが。
    「あ、ン……だめ、いっきに、ンンッ……きちゃう、きちゃうきちゃう、きて、う……ンンンーッ!」
    「…………」
     自分の腕に静脈注射を行ないながらガクガクとけいれんする少女にシンパシーを感じろというのは、なかなか難易度が高かった。
    「ハァハァ。ビタミン注射最高……これだけで生きていける……ハァハァ……」
     とろんとした目つきで荒い息をする少女。
     新生灼滅者、毒縞美玖その人である。
    「なんていうか、特殊な性癖……っていうのかしらね」
    「刺す方であり刺される方、なんですね……」
     遠い世界を見る目で呟く天音といろは。
     ここは美玖がデモノイドに変貌した地下室である。
     ポルターがちらりと部屋の隅を見ると。
    「バナナが好きすぎて、バナナになっちゃったわ!」
     着ぐるみのバナナに入ったナナコがツッコミ待ちの顔でこちらを見ていた。
     目をそらすポルター。
     反らした先では、宵太が小刻みに震えながら幸子(霊犬)の後ろに隠れていた。
     見ようによっては注射を怖がる子とその母という図である。
     再び目をそらすポルター。
     一方で、信彦は他人が見せる欲望の発露を前に……こう、ありていにいって引いていた。
    「注射好きの時点でわからねえが、更に分からなくなったな。まあ、俺の場合は血が火だから献血とか縁がねんだろうが」
    「へえ……血、火なんだ」
     ぐりんと振り向く美玖。
    「それ、増血剤を注射したらどうなるの? 電動吸引器で引っ張り出したらどうなるの? 試して、いい? ハァハァ、ちょっとだけだから!」
    「やめろ、こっち来んな!」
    「先っぽ、先っぽだけだから!」
    「ほぼ全部じゃねえか!」
     電動注射器を手に信彦と追いかけっこを繰り広げる美玖。
     その様子を見て、黒乃はちょっと……いやかなり頭痛がした。
     おそらくだが。
     デモノイドとして戦っている間、彼らのぶつけた言葉が心の底に響いていたのだろう。
     趣味を隠すことは無いとは言ったが、隠さないとこういうことになるのか。
     こわいな、現実って。
     まあしかし
    「趣味を恥じないのは、良いことであります。さ、学園に行きましょう毒縞殿」
    「うん、学園?」
    「エスコートは任せろ、であります!」
     頷いて手を出す黒乃。
    「……うん!」
     美玖は華やぐように笑って、黒乃の腕――に空圧ゴムバンドを速攻で巻き付け手首の静脈を一瞬で探り当て注射器を構えた。
    「大丈夫、痛くないからね!」
    「それはやめてでありますぅ!」

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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