Lock Stock Recorder

    作者:空白革命


    「フライングVはフライってついてるから飛べるはずだ」
     高速道路の下を通る、小さなトンネルの下。
     子犬にエサをやる男が居た。
     エサと言っても、自分の食べていたツナと食パンの切れ端である。
    「……と、『俺だった奴』の親父が昔言ってたんだ。まあ、言った直後にマンションのベランダから飛んでいったけどな。当然死んだよ。奴ぁ人間だったし、何よりアル中だったからな」
     がつがつ食べる子犬を撫でて、男は言う。
    「でもま、分かるんだ。ギターの弦を弾いた瞬間に世界が生まれる。空どころか宇宙を飛んでるようなあの高揚感。だから『俺だった奴』も飛んだんだ。そんで今、こうなった。こうなって、随分立って……」
     男はトンネルの壁に背をつけて、すぐ脇に転がる男たちの集団を見た。
     暴走族の一団だったのか改造バイクが横に並び、全員なにかの凶器を持っていた。
     しかし全員が全員白目をむいて、泡を吹いてぶっ倒れていたのだ。
    「俺は空を飛べなくなった」
     立ち上がり、男はギターを手に取った。
     先端がV字型になった、赤くてイカしたギターだ。
    「あの時確かに、飛べたのにな」
     

     大爆寺・ニトロ(高校生エクスブレイン・dn0028)がアンブレイカブルの動きを察知したという。
     彼は適当にぶらついてはガラの悪い連中にわざと引っかかり、そのたびに返り討ちにするという危険な行為を繰り返しているという。
    「要するに、リミッターをつけて危険な状態に自ら飛び込む奴ってことなんだが……より強い危険を求め続けた結果、強くなりすぎて危険そのものが遠ざかっていくようになっちまったらしいな」
     彼は完全に堕ちたダークネスだ。取り返しのつかない闇と、取り返しの付かない強さを持っている。
     おそらく灼滅者全員でかかれば、何とか活動を一時的に休止させる程度のところまで削ることが出来るだろう。そもそも彼自身がリミッターをかけてくる筈なので、適わないということは無いはずだ。
     しかし。
     しかしだ。
    「もしお前が望むなら。『空を飛んで』みせても構わないんだぜ?」


    参加者
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    館・美咲(影甲・d01118)
    一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)
    如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)
    高倉・奏(弾丸ファイター・d10164)
    黒木・唄音(夢想の歌・d16136)
    勾月・静樹(夜纏・d17431)
    江里口・剛之介(老兵・d19489)

    ■リプレイ


     先端がV字型になったギターを一本。
     ミラータイプのサングラスを一本。
     男の持ち物はたったそれだけだった。
     そんな彼が高速道路下のトンネルにさしかかったところで、足をとめた。
     サングラスに、壁によりかかるギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が映った。
    「ちーっす、毎度おなじみ灼滅者っす」
     二本指をたてるギィ。
     男はサングラスを外し、そのまま足下に放り投げた。
    「この先になんかいると思ったが、灼滅者だったのか。予感の度合いからして、一人ってわけじゃねえんだろ?」
    「そりゃあもちろん」
     背後から声がした。振り向けば、黒木・唄音(夢想の歌・d16136)がサイケデリックな色合いの砂糖菓子を咥えて立っていた。
     それだけではない。彼女を含めた八人の灼滅者がずらりと並び、男の……いやアンブレイカブルの進路と退路を塞いだのだった。
    「強くなりすぎたがゆえに『飛べなく』なったといったところじゃろう」
     きらりと光った額にカードを翳す館・美咲(影甲・d01118)。
    「それで思いっきりやれる相手を探してる。ちがう?」
     左手にカードを掴んで翳す一之瀬・暦(電攻刹華・d02063)。
     同じく如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)と勾月・静樹(夜纏・d17431)も静かにカードを取り出した。
    「ダークネス同士ではそうそうぶつかりづらいものな。簡単に欲しい刺激が手に入る世の中じゃあない」
    「ま、しょーじきよく分からん感覚っすけどね自分には。でも――」
     高倉・奏(弾丸ファイター・d10164)。
     江里口・剛之介(老兵・d19489)。
    「きっちり『飛ばして』やるぞい」
     唄音はフードを深く被り、ギィは腰のレコーダーの再生ボタンを押し込んだ。
     ギターネックを握り込む、アンブレイカブル。
    「そのいちいち分かってる感じの口ぶり。学園の連中か。オーケー、それじゃ」
     それぞれの解除コードとイントロミュージックが重なり、トンネルの中を反響した。
    「やってみるか」
     瞬間、世界はゆらぎにつつまれた。


     踏み出した足が大地を鳴らし、踏み込んだ足が空気を揺すった。
     ギィは相手の姿を両目にしっかりと写し、燃えさかる黒炎の中から一本の剣を抜いた。
     ただの剣ではない。それは巨大で、純粋で、しかし美しい一本の大剣である。
    「いよいよ本番、お待たせしやした!」
     強く大地を踏み、剣を横一文字に振り込む。狙いは首。
     ギターを剣のようにして受け止めるならよし。下がって避けるもよし。タイミングをずらしてこちらの懐へ潜り込みカウンターを仕掛けてもよし。すぐ後ろに控えた暦が絶妙なインパクトアタックを繰り出す隙がどうやっても生まれる筈だ。
     しかして男は――。
    「なるほど」
     受けも。
     避けも。
     潜り込みも、しなかった。
     一発で男の首が飛ぶ。
     思わず両目を見開くギィ。
    「――カッ」
     男は口を開き。
    「かはははは、足ァりねえなあ!!」
     首だけで笑った。
     その首を片手で掴み、ギィの胸元めがけて蹴りを繰り出す。
     真後ろに控えていた暦は彼を思わずキャッチ。
     そこへ、自らの首を片手に抱えた男がおもむろにギターを『ぶん投げて』来たのだった。
     回避行動と防御行動、ついでに攻撃行動もすべてキャンセル。暦は右手にバベルブレイカーを顕現させると、飛んできたギターめがけてインパクトアタックを叩き込んだ。
     空中で砕け散るギター。
     自分の首に自らの頭を押しつける男を前に、暦は自らのこめかみを指さした。
    「頭、大丈夫?」
    「心配してくれてんのか? 大丈夫くっつくってこのくらい」
    「脳みそ狂ってるんじゃないのかって聞いてんの」
    「それも大丈夫だ。もうとっくにイカれてる」
     ネック部分だけになったギターを拾い上げる男。
     彼の背中に、静樹の拳が押し当てられた。
    「悪いが、よそ見をしてる暇はないぞ」
     影業が開口ドリルと化し、男の胸を後ろから貫いた。
     直後、後ろに回した両手が静樹の顔を掴み取り、引っこ抜くように振り上げた。
    「まだ足りねえ!」
     視界が縦向きに反転。
     アスファルトの地面に静樹は顔から叩き付けられた。
     砕けて吹き上がるアスファルト片。
     男は即座に後方めがけてギターピックを投擲。
     しかしそれは牛頭丸(ライドキャリバー)のボディに突き刺さったのみで止まった。
     髭を撫で、トンネル内に深い霧を発生させる剛之介。
    「ほれ、今のうちに立て直すんじゃ」
     静樹たちは霧に紛れて男から距離をとった。
     一方で、視界の悪くなった周囲をぐるりと見回す男。
     小さく口笛をふきながら歩く。音はエネルギーとなり、男の身体をまるで何事もなかったかのように修復していった。
    「なあオイ灼滅者、この程度か? なにもこれで終わりってワケじゃねえよ――な!」
     振り向きざまに拳を繰り出す。
     空中に生まれたシールドが拳とぶつかり合い、聞いたことも無い音をあげた。
     霧が晴れ、シールドの向こうに美咲の姿が露わになった。
    「同じことを言ってやろう。この程度か? おぬしの出していた音とやらも大したことなさそうじゃなあ!」
    「言葉責めとかいいから、もっと出してみろよ。オラ!」
     虚空からギターを引っこ抜き、美咲に叩き付ける。
     シールド破砕。ギター粉砕。
     新たなシールドを出現させたところに、二本目のギターを引っこ抜いて叩き付けた。
     三本目、四本目、五本目と無数に引っこ抜いては叩き付ける。
     いくつもシールドを重ね続けていく美咲だが、十五本目に至ったところで最後のシールドが破砕。ギターネックを握った彼の拳が、美咲の鼻面をとらえた。
    「――ぐっ!」
     吹き飛ばされた美咲を、春香は両腕でキャッチした。
     リバイブメロディで緊急回復を図りつつ、春香は美咲の身体を脇にどけた。
    「あなたからは必死さを感じないわ。むしろこの状況を楽しんですらいるみたいね」
     語る春香の横で霊障波を連射する千秋(ビハインド)。
     対して男は飛来する波動を避けもせずにてくてくと歩み寄ってくるのだった。
    「そりゃあな。本気出しちまったらすぐ終わるだろ。それとも、今から闇堕ちして襲いかかってくれんのかよ。こちとら全然ヤり足りねえんだよ」
    「……」
     彼を殺す数十通りの方法を脳裏に浮かべる春香。
     その目を見て、男はうっすらと冷笑した。
    「無理すんなよ。適当に相手して、危なくなったらラクに逃げようって気持ちが浮き出てんぜ」
    「こちらが追撃する余裕を無くしても、撤退を許してくれないと? 今まで襲ってきた人たちと違って、私たちはあなたに対抗するすべを持っているわ。今全滅させれば、私たちがあなたを追撃する機会もなくなると思うんだけど」
    「ンなわけねえだろ。お前らお得意の遠視だの未来視だので追っかけて来られるじゃねえか。むしろここに居る全員をむごたらしく殺しといたほうが、やる気出るんじゃねえの?」
    「そうそう思い通りに行かないんだよ。ちょっと静かにしてくれると、ありがたいんだけど、ね?」
     地をすべるように急接近する唄音。
     高速で繰り出された剣を、男は右手で受け止めた。刀身を握り込むようにだ。当然のように四本の指がばらばらに飛んでいく。
     口の中でカリと何かを噛み砕く唄音。
     彼女は自らの後ろに隠していた二刀目を繰り出した。
     脇腹を切り裂き、胴体のなかほどで止まる刀。
     それを男は、左手でがっしりと握り込んだ。
    「――っ」
     進退窮まった唄音。そんな彼女の肩を馬跳びし、奏は男めがけて飛びかかった。
     雷を纏った両足でがっしりと頭をおさえ、身をひねり、男を地面に投げ倒す。
     男は派手に地面を転がり、トンネルの壁に身体をぶつけて止まった。
    「退屈そうにしちゃってますねー。もう少し本気、出しちゃいましょーか」
     目を細める奏。
     男もまた目を細め、トンネルの壁に背を預ける。
     すとんと両足を地に着け、奏は言った。
    「自分らを露骨に煽って、一体どうするんです? 何を、期待しちゃってるんです?」


     トンネルの中には風があった。
     そして音があった。
     剛之介の吹かせた清めの風と、春香の奏でたリバイブメロディである。
     それだけ、である。
     メタルテープの終わりがきて、ラジカセの再生ボタンがカチンと上がったのをギィは視界の端で見た。
     さりげなくスカートを狙って風を吹かせた剛之介を魔導書の角ではたく春香。
     唄音はフードを下ろして奇妙な砂糖菓子を頬張っていた。
     戦いは続いて……いない。
     男は胸のポケットから煙草を取り出し、口にくわえた。
     そんな彼を前に暦は肩を落とし、ため息をついた。
    「私たちを煽るだけ煽って、闇堕ちするのを期待してたって? 悪いけど私たち、そんなつもり全然ないわよ」
    「……だよなあ」
     サングラスを拾い上げ、粉々になっていたのを見て再び捨てた。
     腕組みをする静樹。
    「まあダークネス同士で喧嘩をしようにも、バベルの鎖が邪魔して遭遇することすら難しいだろうしな。それで偶然見つけた俺たちをアテにしたわけか」
    「そういうこった。アテが外れたし、もう帰るわ。酒飲んで寝るわ」
     一度しか吸い込んでいない煙草をそのまま放り捨て、アンブレイカブルは灼滅者たちに背を向けた。
     呼び止める暦。
    「ねえあなた、名前教えてくれない?」
    「名前? いや知らねえけど。『アレ』とか『オマエ』とかしか呼ばれたことねえし」
    「でも呼び名がないと不便でしょう? ここで決めましょうよ」
    「ああ? あー……じゃあコレでいいや」
     男は懐からギターピックを一枚取り出すと、それを暦に投げてよこした。
     ピックにはサイケデリックな文字で『JOHNNY STROBE』と描かれている。
     横から覗き込む奏。
    「ジョニー? そんなのでいいんですか?」
    「そんなのでいいんだよ」
    「本人がいいなら、それでよかろうて」
     美咲はぱたぱたと手を振った。
     同じく後ろ手を振る男、ジョニー。
    「そんじゃ」
    「さようなら」

    「「――なんて」」

     その場にいたダークネス、灼滅者。計九名の目が、一斉にギラリと光った。
    「言うわけねえだろボケェ!」
     手の指に大量のギターピックを挟んで振り向くジョニー。大胆なフォームから大量のピックが放たれる。
     それを美咲は高速展開した大量のシールドで空中停止させた。
     スーツの左腕から黄金のオーラが吹き出す。
    「モード黄龍!」
    「甘ぇ、『gold rush』!」
     光の中からゴールドカラーのフライングVを抜き出し、叩き付ける。美咲は強烈なギタースマッシュによってトンネルの天井へと叩き付けられた。
     即座にジャッジメントレイを放つ春香。
     入れ替わりに飛び込む静樹。
     大量の影業を矢の形に整えると、弓へつがえた。満を持して、射出。
     紙一重でかわし、矢を歯でくわえてキャッチするジョニー。だがそれを読んでいたかのように唄音が背後から飛びかかった。
     クロスした剣と刀を、巨大なハサミのように繰り出す。
     豪快に振り回したギターを間に挟み込んで受け止める。
     それを利用してバネ仕掛けのように飛び、トンネルの天井に『着地』する唄音。彼女と同時に、暦もまたトンネル側面に『着地』した。
     二本の剣を合わせ、巨大な影業の剣に変えて叩き込む唄音。
     それだけではない。
     ガントレットを握り込んだ暦が側面から飛びかかる。
     さらに。
     正面から金属バット片手に突撃する奏。
     三人のクロスアタックが同時炸裂。
     モロにくらったジョニーのボディへ、剛之介と牛頭丸の同時射撃が加えられる。
     ジョニー、緊急防御姿勢。だが遅い。
     既にすぐそばまでギィが接近していた。
    「迸れ、炎よ!」
     剣の宝玉が輝き、黒い炎が燃え上がる。
     からの、フルスイングである。
     防御姿勢のジョニーは派手に吹き飛び、トンネルの天井に一度ぶつかってから地面を長く転がった。
     膝を立てて立ち上がり、ゴールドカラーのギターを握り込み。
     そして。
    「手応えは掴んだ。けどまだ時期じゃねえ。次に会う時まで強くなっといてくれよ。頼んだぜ!」
     脱兎の如くその場から逃げ出したのだった。
    「……あ」
     あまりに潔い逃げっぷりに、春香は思わず身を乗り出した。
     たん、と踏みとどまる。
    「結局、逃げるんじゃないの」

     それから、『無名のアンブレイカブル』ジョニーの姿を見ることは無かった。
     彼がどこに消えたのか。
     いつになったら戻ってくるのか。
     それはこの世の誰にも分からぬことである。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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