鉄鼠の呪詛

    作者:J九郎

     太陽が、地に没する間際の黄昏時。
     京都の北方の山中に位置する古刹の本堂に、白い炎がぼうっと灯った。
     炎はやがてニホンオオカミに似た一つの姿を形作る。全身が白い毛に覆われている中で、四本の足の先だけが墨に漬けたかのように黒い。そして異彩を放つのは、額に刻まれた星形のアザ。
    『グルル……』
     白き獣は低く吠えると、何かの儀式であるかのように、黒く染まった四本の足で舞うように本堂の床を踏みしめる。
    『ワオオーーーンッ!』
     最後に一声高く吠えると。
     狼の体は再び白き炎となり、何処へともなく飛び去っていった。

    『千年の時を経ても、我が恨み、晴れること無し』
     白きオオカミが去った本堂の暗がりで、何かが蠢いた。それは人間ほどの大きさの、巨大な鼠の影。
    『全ては諸行無常。いずれ滅びぬものも無し……』
     続いて、本堂に数えきれぬほどの小さな赤い光が宿る。妖しく光るそれは、無数の鼠の瞳だった。
     
    「嗚呼、サイキックアブソーバーの声が聞こえる……。またしてもスサノオが現れ、“古の畏れ”を生み出したと」
     集まった灼滅者達に、神堂・妖(目隠れエクスブレイン・dn0137)は陰気な声でそう告げた。
    「……今回スサノオが生み出したのは、鉄鼠と呼ばれる鼠の妖怪」
     鉄鼠は、さる寺の高僧が、対立関係にあった寺院の横槍で己の功績をなかったものとされたことを恨みに思い、死後に鼠の妖怪に変じたものだという。
    「……鉄鼠は対立関係にあったお寺に出没し、鼠の群れを率いて経典や仏像を食い荒らしたという伝説が残ってる」
     古本屋で購入した妖怪図鑑を片手に、妖は説明を続ける。
    「その対立関係にあったお寺に、鉄鼠が古の畏れとして復活し、再び経典や仏像を食い荒らそうとしているの」
     古刹だけに、その寺の経典や仏像は皆、国宝や重要文化財クラスの貴重な品ばかりだ。それらの品や寺の僧侶達を守りつつ、鉄鼠を灼滅して欲しいのだと妖は告げた。
    「……バベルの鎖をかい潜って鉄鼠に接触できるのは、明日の夜、鉄鼠がお寺の本堂に出没する時。この時間、本堂では3人の僧侶が読経してる。厄介なことに、鉄鼠は鼠の群れと共に僧侶達を包囲する形で出現する」
     まずはこの包囲網をどうにかしなければ、僧侶達を逃がすこともままならないだろう。
    「……鉄鼠は元は高位の僧だっただけあって、とても頭が良くて狡猾。常に僧侶や仏像、経典を盾にするように動く」
     僧侶や仏像、経典などのそばで列攻撃のサイキックを使った場合、僧侶や仏像、経典にもダメージが行ってしまうので、注意が必要だ。
    「……残念だけど、今度もスサノオの行方は予知できなかった。でも、スサノオの起こした事件を一つずつ追いかけていけば、きっとスサノオにたどり着けるはず。今回は鉄鼠の灼滅に専念して」
     妖はそう締めくくると、灼滅者達を送り出したのだった。


    参加者
    柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798)
    殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)
    姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)
    海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)
    近衛・朱海(蒼褪めた翼・d04234)
    レミ・ライゼンシュタイン(血を愛する者・d20396)
    ヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)
    愛川・優香(陽だまり・d24185)

    ■リプレイ

    ●恨みの向かう先
     板敷きの本堂の中では、3人の僧侶が恐怖を抑えながら必死に読経していた。
     今、3人の周囲は無数の鼠が取り巻いている。皆一様に目が赤く光り、尋常な様子ではない。
     そして何よりも異様なのは、本堂の最奥にある本尊たる仏像の前に佇む、人ほどの大きさのある巨大な鼠。異様なのは大きさだけではない。その鼠は、あたかも僧侶のように、袈裟を纏っているのだ。
    『汝ら個人に恨みはあらねど、因果は応報し、罪業は輪廻の果てまで消えること無し。先達の罪、汝らの身をもって償ってもらおう』
     さらに奇怪なことに、大鼠は確かに人の言葉で、そう喋った。そして大鼠――鉄鼠の言葉に反応するように、鼠たちが一斉に牙を剥き、僧侶達に襲いかかろうとする。
     その時、
    「諸行無常と言いながら、自分の恨みには随分執着してる様子じゃないか?」
     凛とした声が、堂内に響き渡った。その声に僧侶達だけでなく、鼠たちまでもが本堂の入り口へ振り向く。そこには、黒づくめの着流しを着込んだ殿宮・千早(陰翳礼讃・d00895)の姿があった。
    「この世には不思議なことなんて何一つ無い。つまりは、お前の存在自体が許されない」
     次の瞬間、そんな言葉と共に千早が振るった剣の一撃が、一番手前にいた鼠の群れを切り裂いていく。
     そして、千早の速攻で鼠たちの注意が逸れた瞬間を逃さず、堂内に飛び込んだ者達がいた。
    「仮にも高僧が恨み残して死ぬぅ?  諸行無常が聞いて呆れるわね。意味理解してるぅ? してますかぁー? そんなんだから功績邪魔されんのよ。寧ろあんたみたいな、高僧カッコ笑いみたいなのが功績残さなくて良かったって後世の人は思ってるわよ!」
     早口でまくしたてながら、姫乃木・夜桜(右ストレート・d01049)は千早を追い抜くと、鼠の群れの中に飛び込み、雷を纏わせた拳を繰り出していく。
    「……って、この真夜ちゃんが言ってたわ!」
     さらっと夜桜からなすりつけられ驚愕の表情を浮かべたのは、音もなく堂内に潜入していた柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798)だ。
    「夜桜さん! 私、一般人ですからそこまでひどいことは思ってても口には出さないですよ!」
     そう弁明しつつ、真夜は虹色の障壁を展開する盾“彩光六花”を構え、夜桜の後に続く。
    「何はともあれ姑息な相手ですね。卑怯な穢れは、僕がはらってあげますよ」
     続いて堂内に駆け込んだヴィア・ラクテア(歩くような速さで・d23547)の銀色の髪が漆黒に染まり、夜桜や真夜が蹴散らしているものとは別のグループの鼠に向かい無数の鋭い槍となって伸びていく。
    「ネズミさんたち、ちょっとごめんね」
     続いて愛川・優香(陽だまり・d24185)の歌声が、ヴィアの髪に動きを封じられた鼠の群れに降り注ぎ、鼠たちの統率を乱し始めた。
     さらに、
    「Sunctus」
     小声で鎮魂歌を歌いながら本堂の入り口付近に陣取った海保・眞白(真白色の猟犬・d03845)が、剣状の長銃“Seraphim”を構え、ヴィアと優香のサイキックで混乱状態にある鼠の群れへ向け光弾を撃ち放つ。
    「高僧も今や有象無象の鼠共! 煉獄行きに経など無用、近衛の炎が葬ってあげる!」
     息を吐かせぬ速攻で2つの鼠の群れが散り、空いたわずかな間隙。その中に炎を纏った近衛・朱海(蒼褪めた翼・d04234)が飛び込んでいき、レミ・ライゼンシュタイン(血を愛する者・d20396)がそれに続く。
    「いけませんね、こんなことしちゃ」
     飛びかかってくる鼠を払いながら、レミは鼠たちの包囲網の内側に入り込み、僧侶達をかばうように立ちはだかった。
    『何者かは知らぬが、我の邪魔を為すならば、因果はそなたたちにも及ぶと知れ』
     鉄鼠は、乱入してきた灼滅者達にそう告げると、鼠たちに一斉攻撃を指示したのだった。

    ●護るべきは
    「柳真夜、いざ参ります」
     真夜から揺らめく炎のごときオーラが立ち昇り、次いで放たれた“一般人ビーム”が鼠の群れを打ち据える。
     灼滅者達は朱海とレミがこじ開けた突破口から包囲の内側に侵入し、今や円陣を組んで僧侶達を守っていた。
    「恨みをずっと抱いてるってのも辛かろうさ……」
     眞白が飛びかかってくる鼠の群れをWOKシールドで押し返し、
    「さ、悪い鼠は駆除しましょうか」
     レミは魔導書を繰りながら、鼠たちに痛みの呪紋を刻み込んでいく。
    『僧達を護るか。世に三宝と言うは仏・法・僧なれば、汝らの行いは仏の教えにも適っていよう』
     鉄鼠は、僧侶を守りながら戦う灼滅者達に感情の読めぬ胡乱な目を向けると、背後を振り返った。
    『されば我は、御仏そのものを奪うとしよう』
     そこには、豪奢な厨子に収まった本尊たる仏像が安置されている。
    「まさか!」
     縛霊手で襲い来る鼠の群れを迎え撃っていたヴィアが鉄鼠の意図に気付いたが、その時にはもう、鉄鼠はその鋭い爪を仏像に突き立てていた。
    「ああ……、なんと罰当たりな」
     僧侶達が一様に絶望の声を上げる。
    「形あるものいつかは崩れる……それは真理だ。しかし大事に受け継いでいけば、語り継いでいけば、千年残るものもある。そうして守ってきた尊い思いの結晶を、絶やさせはしない」
     鉄鼠の暴挙に憤りを覚えながらも、千早は今やるべきことを見誤らなかった。まずは僧侶達を避難させること。それが今の千早の役目。
    「御免」
     ESP“怪力無双”を発揮した千早は、恐怖と絶望で脱力しきった僧侶の一人を抱え、灼滅者達の猛攻で出来た包囲網の穴を強行突破していく。
    「仏像を壊すなんてホント信じらんない! あんたホントに元高僧? ただの生臭坊主だったんじゃないの!?」
     鉄鼠に罵声を浴びせつつも、夜桜も同様に“怪力無双”で僧侶を二人抱え上げ、後に続いた。 当然、僧侶を抱え無防備となった千早と夜桜に鼠の群れが殺到するが、
    「残念ですが、鼠の扱いには慣れていますので」
     以前鼠駆除をした経験のあるレミが、巧みに鼠を捌き、二人への接近を許さない。その間に、
    「時代錯誤な怨恨を今に顕すなら、私の激情を存分に振るいましょう」
     朱海が二人の盾となり、身から吹き出る炎で鼠を払いのけながら、その退路を確保する。
    『僧は去り、仏は砕けた。ならば我は、法を消し去るのみ』
     その様子を見守っていた鉄鼠は、今度は棚に安置された経典の山に目を向ける。
    「今度は経典をどうにかするつもりですか!」
     呪いの力で鼠たちを石に変えていたヴィアが鉄鼠に狙いを定めようとするが、鼠の群れが身を盾にして鉄鼠を守り、攻撃が通らない。
    『戦いは我が写し身たる鼠たちに任せておけばよい』
     鉄鼠が、鋭い爪で経典を引き裂かんとする。が、
    「そんなこと、やらせないの!」
     鼠たちの包囲を抜け出た優香が、身を盾にして経典をかばった。目を見開く鉄鼠に、
    「恨みが妖怪になったの? でもさ、高僧が恨みを捨てられなくて妖怪になるなんて変な話だよね。徳の高い人なんでしょ、高僧って。徳の高い人が死んでも死に切れない恨みを残すもんなんだ。優香には良くわかんないな」
     痛みに顔をしかめながらも。優香は経典をかばうように立ちはだかった。
    「ごめんなさい、優香さん。もう少しで鼠も片付きますから」
     鼠たちの注意を引きつけ、仏像や経典から引き離すように動いていた真夜が、群がる鼠を一般人ビームで焼き払っていく。
    「どうですか、この一般人らしい必殺技は!」
     得意げに胸を張る真夜だったが、
    「一般人はそもそも必殺技なんか持ってないと思うけどね」
     さっそく眞白につっこまれていたのだった。

    ●浅ましき者
    「謂れ無き襲撃を受けて気の毒だけど、これは現とも極楽とも違う世界の戦い。仏の救いなど存在しない」
     本堂の外に僧侶達を連れ出すことに成功した朱海は、僧侶達に厳しい口調で避難を促していた。
    (だからここは私達に任せて)
     その思いは、敢えて口にすることはなく。
    「さぁ、早く戻りましょ。あの腐れ鼠、ぶん殴ってやらなきゃ!」
     夜桜に促され、僧侶達の避難を見届けた朱海と千早は頷き合うと本堂へと駆け戻っていった。
     
     三人が戻った時にはもう、鼠たちはほぼ一掃され、残るは鉄鼠のみとなっていた。
    「さあ、残るはあなただけです。後腐れなく、払ってあげましょう。殺人鬼、ですけどね」
     ヴィアの髪の毛が鞭のようにしなり、鉄鼠に迫る。だが鉄鼠は堂内の燭台や仏具を盾にするように駆け回り、その攻撃をかわしていく。
    『我、畜生道に墜ちて尚、恨みの心少しも晴れること無し。所詮はそれが人の業』
     逃げながら鉄鼠は爪を振るい、周囲の仏像や経典を傷つけようとするが、
    「貴重な遺物を壊すのはいけませんねぇ」
     レミの影が鉄鼠に絡みつき、その動きを封じ込めた。
    「お前も元は人であったろう。だが俺が殺めるのは人ではない。鼠だ」
     動きの止まった鉄鼠に、千早の放った風の刃が迫る。さらに、
    「相手になってやるから……その荒ぶる心、ここで収めようや」
     眞白の歌声が、鉄鼠から平静心を奪い去っていった。
    『おのれ。我が大願を阻む者共に罰を下さん』
     鉄鼠が自由になる両の手で印を結ぶと、呪詛を込めた毒霧が発生し、前衛で戦う者達を飲み込んでいく。
    「みんな、負けないで!」
     慌てて優香が清めの風を吹かせ、毒霧を払うが、その時にはもう、影の呪縛を振り切った鉄鼠は夜桜に迫っていた。
    『まずは一人、御仏の下に送らん』
     鉄鼠の鋭い爪が夜桜を切り裂き、
    「あたしに手ぇ出して、ただで済むと思ってんの!?」
     同時に、クロスカウンター気味に放たれた夜桜の右ストレートが鉄鼠の顔面を打つ。
    『ぬおっ』
     その一撃で態勢を崩した鉄鼠に、真夜が音もなく忍びより、
    「晴れぬ恨みならば消してしまうしかありませんね」
     抜き打ち気味にクルセイドソードを振るった。辛うじてその一撃をかわした鉄鼠だったが、
    「ちょこまかと逃げ回る様はまさに鼠だが、私の炎からは逃げられない!」
     鉄鼠の動きを予測していた朱海の放つ炎が、鉄鼠を飲み込んでいく。
    『おのれ。我が恨み、このような炎で焼き尽くせると思うてか』
     鉄鼠は懐から取り出した札を自らの身に貼り付け、焼けこげた己の体を癒していくが、そこへ、愛銃“Seraphim”を構えた眞白がまっすぐに突撃を駆けていた。
    「紫明の光芒に虚無と消えよ……! バスタービームッ、発射ェーッ!!」
     銃の切っ先を鉄鼠の懐に突き刺しての零距離砲撃に、鉄鼠はかわす術とてあろうはずもなく。
    『おおおおおっ……我が恨みも肉体も……全てが光に飲まれていくっ!』
     バスタービームの閃光が膨れ上がり、そして消え去った時。鉄鼠の姿も跡形もなく消え失せていた。

    ●諸行無常
    「全ては諸行無常。いずれ滅びぬものも無し……か。その言葉通りの末路だったな」
     千早が呟くその横では、眞白が消え去った鉄鼠に手を合わせていた。
    「……鉄鼠たちも目覚めたくて目覚めた訳じゃねぇ。手くらい合わせても罰は当たらなかろうさ」
     全てはスサノオの引き起こしたこと。スサノオを止めない限り、同じような事件は繰り返されるだろう。
    「ご本尊を、守りきれませんでしたね」
     レミは鋭い爪で穴を穿たれた仏像を、痛ましそうに撫でた。それから、せめて修復が容易に済むようにと、散乱した破片を集め始める。
    「でも、守れたものもあるよ」
     そう言って優香が懐から取り出したのは、経典の束だった。戦いの最中、密かにESP“アイテムポケット”を使って隠しておいたのだ。
     真夜と夜桜が倒れた燭台や散らばった仏具を可能な限り元に戻していき、ヴィアは堂内の戦いの痕跡を消していく。
     そんな中、一足先に本堂を出た朱海は、助けた僧侶達の無事を確認しに向かっていた。
    (極楽など諦めた身だけど、獣を屠る私の戦いが少しでも弱い人の助けになれば)
     そうすることが、灼滅者としての自分の役目だから。

     浅ましき思いから古の畏れと化した鉄鼠は、こうして滅び去っていった。

    作者:J九郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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