不夜城の激突

    作者:カンナミユ

    「残念ですわ! 今宵はせっかくの満月なのに、星の一つも見えないなんて」
     不夜城・新宿。その片隅でひっそり眠る公園に、女の声が響く。
     厚い雲に覆われた空の下、不満げな彼女の声と視線の先には携帯電話を手にベンチに座る大男。
     鍛え上げられた体躯を袖のないパーカーに包み、目深く被るフードの奥にある瞳は携帯電話の画面に向いたまま。
     携帯電話を持つ右腕は胸にかけて大蛇の刺青。そして額から生える、黒曜石の角。
    「そう思いません?」
     フード越しのその先に、薄暗い街灯が灯る公園の入り口から若い女が言いながらこちらに向かって歩いてくるのが見えた。制服姿の彼女の後ろには同じ制服の少年少女が10人ほど。
     反応がないことを気にもかけず、ゆっくりとした、それでいて堂々とした歩調で歩き男の前に立つ。
    「それにしても最近、新宿も物騒になりましたわね」
    「……何が言いたい」
     慇懃無礼なその言葉に携帯に戻していた視線が女へと向き、低く落とした声が威嚇するように向けられても全く動じず彼女は続ける。
    「はじめまして。わたくしはロード・パラジウム。朱雀門高校の者よ……外道丸」
     何故、俺の名を? 男――外道丸の脳裏に一瞬、疑問が浮かぶが、どうせ誰かから聞いたのだろう。
     そんな事を考えている間に女――パラジウムは言葉を続けた。
    「わたくし達の仲間になりません?」
    「何?」
     外道丸の眉が微かに動く。
    「この間の戦争の時は何とかなったようですけれど、再び戦争になれば、今度こそ自分の身も守れないのではなくて?」
     上から見下す態度を隠さずに言うパラジウムに、外道丸はフード越しに見つめるだけで言葉を発しない。
    「わたくし達朱雀門の傘下に加われば、その不安は消せますわよ」
     無言の外道丸を前に彼女の言葉は続く。
    「あら、もしかしてわたくし達の仲間にならないつもりかしら? あなたと同じ、あの女はわたくし達の誘いを受け入れましたのに」
    「…………」
     続く沈黙。
    「まさかあなた、わたくし達を敵に回して生き延びられるとでも思っているのかしら? 最近この辺りを徘徊している灼滅者のアンデッドの狙いも、あなたが拾った――」
    「黙れ」
     反応がない事をいい事にパラジウムの言葉は続いたが、低く、重い声に遮られる。
    「ごちゃごちゃとうるさい女だ。どこでそれを知ったか知らないが、戸塚住宅で醜態をさらしたヴァンパイア風情が、歌舞伎町の外道丸を脅そうというのか?」
     鋭い瞳がぎろりと睨みつけるが、パラジウムは臆する風もない。
    「あの女がどの女なのかは知らないが、何でもお前の思い通りになると思ったら大間違いだ」
     気に食わない。
     自分達の方が優位だという、その物言いが気に食わない。同類だという女が誘いに乗ったから自分も乗るだろうと思われているのも気に食わない。
     ――『あれ』を持っているのを知られているのも気に食わない。
    「とっとと歌舞伎町……いや、新宿から出て行ってもらおう」
     どんな条件を出そうとも、お前の誘いには乗らない。
    「残念ですわ。交渉決裂なんて」
    「俺は全く残念では無いが、交渉決裂というのには賛同しよう」
     操作していた携帯電話をかちんと閉じ、ズボンのポケットにねじ込み立ち上がる。
    「どうしてもというなら、力づくで来い。相手になるぜ」
    「そうですわね、悪くない提案ですわ」
     パラジウムは合図するかのように手を動かすと、後ろに控える学生達がナイフを手に外道丸へ飛びかかった。
      
    「朱雀門の次の動きが判明した」
     集まった灼滅者達を前に神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は言うと手にした資料を開いた。
    「鈴山・虎子が朱雀門の傘下に加わった事は記憶に新しいと思うが、今度は新宿の刺青羅刹と接触しようとしている」
     鈴山・虎子。
     箕輪御前の二つ名を持つ女刺青羅刹。灼滅者達でもその名を知る者は多く、実際に彼女の姿を目にした者もいるだろう。
     その虎子を仲間に加えた事に気を良くしたのか、朱雀門は他の羅刹も仲間に加えようと動き始めたらしい。
    「朱雀門の交渉役はデモノイドロード、ロード・パラジウム。そして彼女が接触する刺青羅刹は外道丸だ」
     レアメタルナンバーを有するデモノイドロードと、歌舞伎町を拠点とする刺青羅刹。どちらも強力なダークネスだ。
     二人の接触を阻止すればいいのかと問われ、その必要はないとヤマトは話す。
    「幸いといって良いかは分からないが、この交渉は決裂し、戦闘に発展する」
     利害が一致しなかったのか、それ以外の何かがあったのか。どちらにせよ、外道丸は朱雀門に下らなかった。
     パラジウムと外道丸の戦闘は両者痛み分けという結果となり彼女が撤退する形で決着するが、この戦いに介入する事が出来れば有力なダークネスを灼滅できるかもしれない。
    「灼滅できなくとも、朱雀門や外道丸の勢力の情報を引き出す事ができれば、今回の件に介入する意味は充分にあるだろうな」
     灼滅者である紫堂・恭也の他に虎子を加え勢力を強大させる朱雀門と、刺青の力により羅刹化し歌舞伎町を束ねる外道丸。どちらの情報も今後を考えれば必要だろう。
    「ロード・パラジウム、外道丸とも、戦闘力はかなり高い」
     二人、あるいはどちらかとの戦闘について、ヤマトは資料をめくりながら話す。
     場所は歌舞伎町にある公園。繁華街の一角にある広い場所だ。
    「説明する必要もないが、歌舞伎町は外道丸のホームグラウンドだ。時間が経てば彼の配下が駆けつけて来る可能性が高い」
     外道丸を狙うならば、駆けつけた援軍をどう対処するかが重要になる。戦闘に時間を掛け過ぎれば配下に囲まれ脱出不能という状況に追い込まれる危険性がある。
     ロード・パラジウムを狙うならば、交渉が決裂し外道丸をすぐに打ち取れないと判断すると彼女は配下の強化一般人を捨て駒にして撤退するので、その対策を講じる必要がある。
    「両方、あるいはどちらかと戦うかはお前達の判断に任せるが、無理はしないでくれ」
     灼滅者達が介入できるのは二人が接触してから。攻撃の刃をどちらへ向けるか、どのタイミングで動くかもヤマトが話したように、灼滅者達の判断に任される。
    「危惧すべきは、武蔵坂が介入した事でロード・パラジウムと外道丸が共闘する事になり、それがきっかけで協力関係を結んでしまう……という事だ」
     勢力を強大させた朱雀門に外道丸が加わる。最悪の結末だけは避けなければならない。
    「まあ、それさえなければ確実に交渉は決裂するし、協力する事もない。こちらからの交渉は必要ないと思ってくれ」
     言い終えヤマトは資料を閉じ、灼滅者達を見渡した。
    「とにかく最善を尽くしてくれ。俺に言えるのはそれだけだ」


    参加者
    卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)
    四季・紗紅(小学生ファイアブラッド・d03681)
    龍田・薫(風の祝子・d08400)
    靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)
    夏渚・旱(無花果・d17596)
    七代・エニエ(吾輩は猫である・d17974)
    白石・めぐみ(祈雨・d20817)
    夜川・宗悟(魔術師・d21535)

    ■リプレイ


     静寂に包まれた歌舞伎町の一角に、戦いの音が響き渡る。
     豪奢な髪に学生服姿の女――ロード・パラジウムの指示を受けた強化一般人達はナイフを手に大男へ飛び掛るが、大男――外道丸の鍛えられた腕が薙ぎ払い、捌く。その表情は余裕そのもので、まるで戦いを楽しんでいるかのようにも見えた。
     両者が激しくぶつかり合うその様子を、離れた場所から窺っている者達がいる。
    (「蛇と山猫の間に割り込んだ野鼠みたいな気分だ」)
     霊犬・しっぺと共に物陰に隠れる龍田・薫(風の祝子・d08400)は目の前で繰り広げられる戦いに思わず息をのんだ。
     薫の周囲には同じように仲間達が物陰に隠れ、彼らの戦いに介入するタイミングを計っている。
     今回の目的は、今戦っているパラジウムと外道丸が協力関係を結ぶのを阻止する事である。
     エクスブレインは灼滅者達が介入しない場合、協力関係を結ぶ事はないと話した。だが、敢えて介入し、目的を達成させるその過程で情報収集とパラジウムの灼滅を目指している。
     多種多様の勢力を取り込む朱雀門の勢力を、これ以上強大化させる訳にはいかないのだ。
     灼滅者達はパラジウムの退路を遮断すべく背後を陣取り物陰に隠れている。
     少しでも戦力を削りたいという思いを胸に、四季・紗紅(小学生ファイアブラッド・d03681)は犬に姿を変え仲間達と見守るが、その中でただならぬ視線を向ける者がいた。
     卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)の視線の先には、ウロボロスブレイドを手に外道丸へと刃を振るうパラジウム。泰孝にとって因縁の相手だ。
     夏渚・旱(無花果・d17596)と夜川・宗悟(魔術師・d21535)も物陰に隠れていると、視界に全裸……かと思いきやムタンガ姿の男が飛び込んできた。
    「今回の依頼、必ずや成功させましょう」
     靴司田・蕪郎(靴下大好き・d14752)だ。ナノナノ・みずむしちゃんと共に気合十分である。今回のために勝負下着ならぬ勝負靴下を履き、いつでも動けるようにしている。
    「安眠の為に、ちと気を張るかの」
     七代・エニエ(吾輩は猫である・d17974)が言うその横で白石・めぐみ(祈雨・d20817)が表情を堅くしていた。
     これから外道丸――歌舞伎町の羅刹と話をする事になる。交渉し、できれば共に戦う為に。すごく怖い。だが、頑張らなければ。
    「気を張りすぎてはならぬぞ? めぐみ」
     強張るその顔に気付いたエニエの言葉にめぐみは頷き、視線を戻す。
     強化一般人を従え戦うパラジウムと外道丸の二人の力は互いに引けを取らないものだった。あまりの激しさに介入を躊躇いそうになるほどに。
     灼滅者達はその姿を目に打ち合わせ通りにタイミングを慎重に見極め――今だ!
     

     まっさきに気付いたのは外道丸だった。
     ナイフを構える学生達とパラジウムの後ろ。物陰から新手が飛び出してきたのだ。闖入者に何事かと外道丸は眉をひそめ、パラジウムも背後からの気配に気付き振り向く。
    「初めまして、武蔵坂学園は龍田薫と申します」
     しっぺを伴った薫が最初に名乗り、
    「吾輩は猫。武蔵坂学園の者である。パラジウムを追っておったら、奴がお前と接触しての。戦術的不利から様子見に徹しておったが――」
     エニエの言葉は途中で途切れる。強化一般人の刃が彼女の言葉を遮ったのだ。
    「武蔵坂? 武蔵坂がわたくしを追って来ていたですって?!」
     信じられないという表情のパラジウムが、背後から突如現れた灼滅者達へと攻撃の対象を切り替えたのだ。
    「申し訳ありませんが、雑魚は黙っていて下さい」
    「戦いに割り込んできておいて、黙るのはあなた達ではなくて?」
     強化一般人達へ除霊結界を放ち言う旱に、パラジウムは言い返すと彼女へと刃を向ける。
    「ソォォォォックス、ダイナマイツッ!」
     解除コードと共に眩い光に身を包み、旱への攻撃は蕪郎がばしぃっ! と弾いた。
    「ありがとう」
    「これくらい当然でございマァス」
     旱からの礼に応えるが、弾いた際の痛みに思わず表情が強張りそうになる。防御に厚いディフェンダーといえど、強力なダークネス相手では一撃が重すぎる。
     みずむしちゃんからの癒しを受け、カオスペインを発動させる蕪郎に続きガンナイフを手に宗悟が強化一般人に切りかかると、霊犬と瓜二つの姿をした影を放つ薫としっぺ、紗紅も攻撃する。
     立て続けの攻撃を受けた強化一般人達は一人、二人と倒れた。
     闘いの中、泰孝はパラジウムへの挑発を試みようと包帯に巻かれた顔に触れようとし――
    (「我戦闘中也。攻撃以外の手段は行えぬ」)
     その行為は泰孝の攻撃の手が止まるという事を思い出す。生じてしまうかもしれない一瞬の隙。自分をチップに賭けるにはリスクが高すぎた。
     フリージングデスを放ち、エニエはフェニックスドライブを展開する中、
    「ぼくたちの話を聞いてください!」
     己に向く攻撃をしっぺが防ぐのを目にしながら薫は外道丸へと声を上げた。
     灼滅者達とパラジウム達が戦う中、最前まで彼女と拳を交えていた筈の外道丸は我関せずといわんばかりに腕を組み、その様子を傍観しているのだ。
    「あの、外道丸、さん。あなた達の戦いに急に介入してすみま、せん。でも、わたし達の話を聞いて欲しい、です」
    「戦争の件は言い訳にはなるかもしれないが、それでも聴いて欲しいのである」
     めぐみとエニエは戦いに介入した事、戦争で歌舞伎町を攻めた非礼を詫びる。

    「…………」
     エニエの言葉に若干反応しつつも傍観を続ける外道丸へ攻め込んだ理由を話し、蕪郎は朱雀門の台頭を止めたいので狙いはパラジウムである事を伝えると、
    「私達も、朱雀門の戦力を削りたいのです」
    「パラジウムの灼滅に協力してもらえませんか?」
     紗紅、旱も外道丸へと言葉を向けた。
    「代わりに、刺青羅刹の情報を提供します」
     早が、外道丸に交渉条件を提示する。

    「……あなた達、わたくしを挟んでよくそんな事を言えますわね!」
     自分を間に挟み、しかも自分を倒すのに手を貸せと交渉され、腹を立てない者などいないだろう。怒りを露にしたパラジウムはぎりっとウロボロスブレイドの柄を握り締め、
    「その生意気な口を二度と利けないようにさせてあげますわ!!」
     力任せに刃を凪ぐ。
    「危ないっ!」
     後列へと向くそれをディフェンダー勢は防ごうと動く中、旱を守るべく飛び出しためぐみの体は勢いよく斬りつけられ、外道丸側へ飛ばされてしまった。
    「うっ……」
     地べたに叩きつけられ、めぐみは見上げると視線の先には腕を組んだまま微動だにしない外道丸。
     どうして手を貸してくれないの? さっきまでパラジウム達と戦っていたのに。
     彼女の表情からそれを察したのだろう。見下ろす赤い瞳がめぐみを見つめ、冷たく言い放つ。
    「そもそも、俺はこの女より強いが、この女を殺すつもりなど無い。
     俺には、朱雀門と事を構えて、街を無駄な危険に晒す理由が無いからな。
     叩きのめして追い払い、俺達に対する非礼を思い知らせる。
     それで手打ちにしようと思っていたところだ」


    「だから、俺はお前達武蔵坂に協力する理由は無いし、むしろその女を殺されるのはご遠慮願いたい……ざっくり話すと、そんな感じだ」
     外道丸の言葉に、公園は静まり返る。
    「それ以前に、だ。お前達、どうしてその女を挟んで交渉しようとするんだ。おかしいだろ」
    「……あなた、思ったより良い人のようですね。わたくしのラゴウ様ほどではありませんが、これは是非にも朱雀門に来ていただかないと」
     武器を向ける灼滅者達に強化一般人達が牽制し、こう着状態の中で話を聞いていたパラジウムは外道丸へと声をかけるが、
    「誰が行くか」
     間髪いれず拒否される。だが、彼女は気にもしない。
    「わたくしがつけられたせいで、とんだ邪魔が入りましたわね。今回のお詫びとお礼に後ほど、『あれ』の身辺警護に選りすぐりのデモノイドをお送りさせていただきますわ。使い方は、『あれ』が自然に身に付けている筈ですから」
    「詫びも礼もいらん。ここから出て行け」
     低い言葉と威圧する瞳にパラジウムは臆する風もない。
    「フフフ、それではまた。今度は星の綺麗な夜に会いましょう」
    「……待って下さい!」
     まずい。このままではパラジウムが去ってしまう。紗紅は武器を手にしたままパラジウムへと声をかけた。聞きたい事があるのだ。
     紗紅の言葉に足が止まり、顔が向いた。聞く意思を見せたパラジウムへと言葉を向ける。
    「人造灼滅者達の遺体のありかをご存知ありませんか?」
     人造灼滅者のアンデッドと、外道丸が持っている『あれ』は、恐らく関係があるのだろう。だが、『あれ』よりも彼らをアンデッド化させたダークネス――ノーライフキングが何者なのかが気になっていた。
     自分達と同じ灼滅者だった者達を埋葬したいのだ。
    「さあ? おおかた、どこかのノーライフキングが持ち去ったのではなくて?」
     真摯な思いは微塵も伝わりはしない。パラジウムの答えはひどくそっけないものだった。それだけ言い、パラジウムは止めていた歩を進めようとするが――
    「ああ、言い忘れていましたわ。あなた達、わたくしの後ろから出て来ましたわね。もしかして、わたくしの退路を断ったつもりでしたの?」
     体ごと、ぐるりと灼滅者達へと向くと続けて言い放つ。
    「退路を断つ、というのでしたら、こちら側も押さえておくべきではなくて?」
     見せ付けるようにばさりと髪をなびかせ、生き残った強化一般人達を従えたパラジウムはめぐみと、彼女の元へ駆け寄ったエニエと薫を横切り、こちら側――外道丸側へ悠々と歩き、そして出口へ向かい、去っていく。
     徐々に小さくなる姿に泰孝は歯噛みし、灼滅者達はその様子を外道丸越しに見守るしかなかった。
     
     残されたのは灼滅者達と、外道丸。
    「で、お前達、やるのか?」
     鋭い眼光が灼滅者達を睨みつける。視線の先にある彼らの言葉はない。
     灼滅者達の目的はパラジウムと外道丸が協力関係を結ぶのを阻止する事だ。
     灼滅を目指したパラジウムは去り、協力関係も阻止した。情報収集どころか提供も望めないとなればこの場に留まる理由はもう、ない。
     未練は残るが、このまま残っていても事態が好転する筈もない。
     しばらく対峙する中、
    「……退く」
     ぼそりと呟かれる宗悟の言葉。くるりと踵を返し、出口へと向かうその姿を追うように、無言のまま、万が一の事を考え武器を手にしたまま、仲間達も出口へと向かう。
    (「でも、もしかすると、真っ直ぐな気持ちを伝えれば、まだ、きっと――」)
     無言で出口へと向かう中、めぐみはまだ可能性を信じていた。だからその可能性を信じ、
    「外道丸さん……!」
     意を決して振り返るが――外道丸の姿は公園から消えていた。
     

     厚い雲に覆われ、星一つ瞬かない空の下、灼滅者達は歌舞伎町を歩いていた。
     彼らの足取りは、重い。
    「パラジウムの退路を断つと言いながら、外道丸の側に誰もいなかったのは失敗だったかの」
     歩きながらエニエは誰に言うでもなく口にする。
     『パラジウムは配下の強化一般人を捨て駒にして撤退する』とエクスブレインは説明した。ならば、彼女の背後を取るように行動するのは間違っていない。
    「確かに外道丸側から撤退されるとは思いませんでした」
     想定外だったと彼女の言葉に紗紅が反応すれば、
    「そういえばロード・パラジウムの言葉が気に食わないという理由で外道丸は彼女の要求を拒否していましたね」
     旱も思案しながら口にする。
     慇懃無礼な言葉を向けられ、見下す態度が気に食わず拒否した外道丸。自分達の言葉に対しても、気に食わないと拒否される可能性も想定できただろう。
    「もしかすると、パラジウムの背後を取って奇襲したのが、歌舞伎町のルール的に駄目だったのかもしれないね」
     落ち込む薫を励ますようにしっぺが寄り添うと、そうかもしれないとめぐみも言う。
     外道丸が布く歌舞伎町のルールとは何なのか。それは灼滅者達の考えが及ぶところではない。だが、何が最良だったのか、今となっては考えた所で意味はない。

     宗悟はヘッドフォンから流れる音楽に耳を傾け、先に行ってしまう。
    「何はともあれ、交渉の成立は防げましたが、危うく藪蛇になるところでございましたね」
     みずむしちゃんから労う様に差し出された靴下を受け取りながら蕪郎は仲間達へと声をかけた。
     結果はどうであれエクスブレインが危惧した最悪のシナリオは回避し、最低限の成果を上げる事はできた。それに興味深い話も聞けた。蕪郎の言葉に泰孝や仲間達が同意するように頷く。
     灼滅者達が残す仕事は学園に戻り結果を報告する、それだけだ。
     今後どうなるかはいずれ分かるだろう。
    「……月だ」
    「月?」
     ぽつりと呟かれるエニエの言葉に紗紅は思わず振り向いた。
    「月が出ておる」
     立ち止まり、見上げるエニエと同じように紗紅も上空を仰ぐと、何事かと他の仲間達も続く。
     灼滅者達が見上げると、いつの間にか厚い雲に覆われた空にぽっかりと濃紺の空間が開き、満月が星達と共に輝いていた。
     まるで、未来を暗示するかのように。

    作者:カンナミユ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年3月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 18/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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