集え、燃える魂たち!

    作者:六堂ぱるな

    ●再戦上等
     雪の札幌、特設リングでプロレスの興行が行われていた。熱狂するファンに囲まれ、レスラーたちが白熱した試合を繰り広げている。
    「子供の遊びだ!」
     突如響きわたるマイクハウリングと大音声。
     気付けばマイクは奪われ、実況担当が腰を抜かしている。その前に仁王立ちでリングを仰いでいるのは、緑色の覆面をした女。
    「観客よ、魂のこもった真の戦いが見たくないか?」
     女の挑戦的な言葉に、わっと観客がどよめく。
     水を差された怒り半分、煽りに乗った歓声半分。
    「行け! 生まれ変わった力を見せろ!」
     応じてスパンコールびっしりの長いガウンの下から深紅の薔薇を取り出し、雪の花道を歩く青年が頷く。
    「お任せを、ボス」
     
    ●満員御礼
     入室した埜楼・玄乃(中学生エクスブレイン・dn0167)はファイルを開き、おもむろに切り出した。
    「昨年末、ケツァールマスクなる幹部級アンブレイカブルの報告があったことは、記憶に新しいと思うが」
    「また来たか!」
     喜色満面の宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)の方を見ないようにしつつ、ずり落ちた眼鏡のブリッジを押し上げて玄乃は続けた。
    「今度はプロレスの試合に乱入する。例によってギブアップした者は攻撃しない。だが選手たちはあまりに子供扱いされて、心をバッキリ折られ、立ち直れなくなる。阻止してくれ」
     死者が出なければいいというものでもない。後の一生を左右するのだ。
     場所は雪原のど真ん中に設置されたリング。防寒装備ばっちりの観客の歓声の中を、ゴージャス・ゲオルグが突入する。
    「見たところ変わりはないが、リベンジの為の修行でもしてきたようだな」
     相変わらず細身の身体だが、ストリートファイター三点セット+シールドバッシュ相当の頭突きのラインナップに変わりはない。今回は雪の結晶を撒き散らすオーラキャノンもついてくるようだ。既知の技にしても威力を上げてきているだろう。
     前回同様、ケツァールマスクは試合に一切参加しない。
     灼滅者たちが乱入しようと静観し、勝敗が決すれば勝者を讃え、敗者が配下なら回収して立ち去る。
     彼女の鉄の掟をおさらいすると。
     「ギブアップしたものを攻撃してはならない」
     「観客を傷つけてはならない」
     「地味でつまらない試合をしてはならない」
     いずれかに抵触すると彼女が乗り出してくるだろう。ケツァールマスクは幹部級だけあって絶大な強さを発揮する。
     ケツァールマスクが求めているのは観客の歓呼であり、強者の激突がもたらすエンターテイメント。
    「相変わらず勝とうが負けようが、ケツァールマスクと配下は盛り上がりさえすればいいようだ。勝敗にこだわるあまり、つまらない試合にだけはならんようにな」
    「普通にプロモーターやればいいのにな」
     首を傾げるラズヴァンにバベられてるから無理だと突っ込みを入れ、玄乃は灼滅者たちを振り返った。
    「この際、楽しんで来てくれ」


    参加者
    月見里・月夜(テメェは死ぬんだぜ俺の拳で・d00271)
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    檜・梔子(ガーデニア・d01790)
    聖刀・忍魔(無限六爪・d11863)
    土岐・佐那子(夜鴉・d13371)
    クリミネル・イェーガー(迷える猟犬・d14977)
    ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)
    茂多・静穂(ペインカウンター・d17863)

    ■リプレイ

    ●北のマットの上で
     ゲオルグが二人の選手へと向き直ろうとした瞬間だった。
    「誰とやり合うつもりだ? 俺達が来るのを待ってたんだろ?」
     会場に響き渡る大音声。
     雪の花道の上に一団が現れていた。腹に巻いたサラシの上から特攻服を羽織り、ロリポップを齧る月見里・月夜(テメェは死ぬんだぜ俺の拳で・d00271)の迫力に、会場からどよめきがあがる。彼がマイクを隣の稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)へ渡した。
    「アンタ達の挑戦、今回『も』私達が受けてあげるわよっ!!」
     ゲオルグが眉を跳ね上げた。橘・芽生が実況席を制圧したケツァールマスクの傍らでマイクを取る。
    『おっと乱入返し! 武蔵野学園・スレイヤープロレス連合です!』
    「またおまえか、小さいの」
     ケツァールマスクが思わず呟く。
    「前回のメイン、私は疲れた貴方からフォールを取った。今回は……全力の貴方と戦いたい! 勝負よ、ゴージャス・ゲオルグ!」
    「望むところだ!」
     雪辱の相手という餌をぶら下げられては避けられない。ガウンを客席へ放り投げ、ゲオルグが吠えた。マイクパフォーマンスの男女の他に、タイプの違う女性選手が6人もいる。それだけでも会場は熱気に包まれた。

     事前にアデーレ・クライバーと須賀・隆漸による根回しで、乱入は容認されていた。興行側としても寒空の下で試合をさせる引け目を感じていた為、隆漸の仕掛けたイベントという口実とラブフェロモンで容易く誘導された。アデーレが配布していた『超サプライズ! 超人VS超人による超プロレス!』というパンフレットや使用したプラチナチケットももちろん大きい。
     客席で抗議の声をあげた客は、万事・錠がラブフェロモンで丸めこむ。
    「こんなに熱いタッグマッチ、二度とはお目に掛かれねェかもしれねェぞ?」
     確かに相手はアンブレイカブル、怪我せず試合を見られるだけでも信じ難い幸運だろう。
     乱入イベントは見事にお膳立てされていた。

    ●第一試合
     セクシーな真紅のリングコスチュームで晴香が観客の視線を一気に集める。ラウンドガールを務めるローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)のビハインド、ベルトーシカが試合数ボードを抱えてリングを下りると、集中力は嫌が応にも高まった。
    (「あのゴージャス・ゲオルグと再戦できるなんて、嬉しいわね!」)
     初手から最高に盛り上げて魅せたいところだ。前回一緒に戦った海老塚・藍や、手回しを終えた須賀・隆漸が最前列で観戦している。彼らの前で無様な試合は出来ない。

     ゲオルグの抉るような逆水平チョップが見舞われ、恐ろしい勢いで体力が削られてゆく。豊かな胸を揺らして漏れる苦鳴はどこか艶っぽく、観客からブーイングとも歓声ともつかない唸りが上がった。
     真っ向から戦えばおよそ敵わない。
     だが後に続く不慣れな仲間に、プロレスの何たるかを見せなくてはいけない。
     相手の猛攻を受け止め、返していくのがプロレスの王道だ。
     エルボースマッシュを返すが、ゲオルグはノーダメージをアピール。スリーパーホールドに行ったところで頭突きを見舞われ、晴香はよろめいた。
    「どうした、来い!」
     ゲオルグの挑発に素早く下がり、コーナーからドロップキックを放った。軌道はふわりと高く、美しい姿勢が目に焼きつく。まともに受けたゲオルグがたたらを踏み、どっと歓声が湧いた。
     ラリアットを仕掛けると、ゲオルグが上体を泳がせる。すかさずクラッチ、一気にバックドロップへと持ち込んだ。完璧に決まったが、起き上がりざまゲオルグがエルボーを見舞ってくる。朦朧とした瞬間、身体が持ち上げられていた。
     前回の試合でも見せていたスープレックス! 頭を庇うが、間に合わない。
     マットへ打ちつけられ、晴香の意識は飛んだ。

     晴香、フォール負け。

    ●第二試合
     晴香が搬出されると観客からブーイングが飛んだ。ゲオルグは『第二試合』と掲げるベルトーシカの反対側で、雪辱は果たしたと言わんばかりのアピール中。
    (「本来なら倒すべき敵と、まさかプロレスの試合を盛り上げる事になるなんて」)
     土岐・佐那子(夜鴉・d13371)は複雑な気分で和装のコスチュームに身を包み、檜・梔子(ガーデニア・d01790)と共にリングインした。
    『第二試合、土岐・佐那子&マスクヒロイン、ガーデニア!』
    「ガーデニア参じょってさぶぅ!……あれ? デジャヴが」
     つい先日、同じ北海道で寒い思いをしたばかり。吹き抜けた風に思わず名乗りを中断した梔子である。コスチュームが寒そうすぎるが、当然観客の応援に熱が入った。
     初手は佐那子。手を差し出し、ゲオルグが握手に応じるとぐいと引きざま腰を落とし、水車落としを仕掛けた。ゲオルグがまともに投げられ歓声があがる。
    「やってくれるな!」
     クロスチョップで返され、受け止めた佐那子が無言のままよろけた。息が詰まる。
     ゆるりと身を引いて息をつき、連続のチョップを叩き込むと、ゲオルグがわずかに苦鳴をもらした。忍びよったビハインドの八枷がゲオルグを羽交い締めにする。勢いよく飛び込んだ佐那子が、異形と化した腕でラリアットを喰らわせた。
     よろめいたゲオルグがロープを使ってボディアタックを返す。受け切ったものの、佐那子はぐらりと視界が回るのを感じた。
    「土岐先輩、しっかり!」
     コーナーまでよろけて梔子にタッチ。
     梔子はロープを越えると、モンゴリアンチョップの要領でオーラを叩きつけた。顔を歪めたゲオルグがエルボースマッシュを返してくる。小柄な身体には重い一撃でロープへ振られた彼女へ、ゲオルグが掴みかかった。咄嗟に飛び越えて躱すと観客からどよめきが起きる。
    「ガーデニアハリケーン!」
     振り返ったゲオルグへ飛び掛かると、両膝で首をクラッチして一気に身体を捻る。勢いよくコーナーポストへ叩きつけられたゲオルグが唸った。
     梔子は佐那子とタッチ、佐那子がゲオルグの足を掴むと、両脚で首を絞めて変則ロメロ式にゲオルグを吊り上げる。梔子が愛機ライちゃんにリズムよくエンジンを噴かせて、手を掲げ観客に手拍子を求めるアピール。
    『これは地獄車でしょうか?』
    「少なくともアングルスラムではないな」
     ケツァールマスクが眉間を揉む。
     梔子が手拍子に乗って、コーナートップからスカイツイスタープレスを放った。そのままフォール。しかし2.5でゲオルグが肩を跳ね上げた。ダメージが軽かったと思った時には、梔子はサイド・スープレックスを掛けられていた。
     フォールにかかるゲオルグへ佐那子がカットに向かうが、ゲオルグは踏み込んだ彼女の足を捕えて引き倒し、体固めをかける。

     佐那子、フォール負け。

    ●第三試合
     観客からは佐那子と梔子のファイトに拍手が送られていた。
    『ローゼマリー・ランケ&マスクドMの入場です!』
     会場内に微妙な空気が流れた。どこで切るんだろう、その名前。
     共に黒いマントに身を包んだ二人がベルトーシカと入れ替わりにリングへ上がる。ローゼマリーが問いかけた。
    「ワレラがタッグは有刺鉄線デスマッチを所望スル! 受けラレルカ!」
    「無論だ!」
     観客にとっても変化がつく。ゲオルグの返答と同時に、顔にX字にベルトを巻いた茂多・静穂(ペインカウンター・d17863)はウロボロスブレイド『アイゼルネ』をトップロープに絡ませた。マントを脱ぎ捨て名乗りを上げる。
    「私はマスクドM! どんな攻撃を受けても立ち上がる不屈の闘士!」
     可憐な肢体を包む白いスーツ、黒いベルトで絞めつけたコスチュームに、観客から妙な歓声が湧いた。
     ロックアップからスタートする。握りこんだ拳を連打でぶつけると、ゲオルグは鋭いエルボーで切り返した。ずしんとくる痛みと同時に恍惚が広がる。拳に影を纏わせてトラウナックルを捻じ込と、勢いでゲオルグはロープへと弾かれた。『アイゼルネ』に接触して苦鳴をあげる。
     流れた血に観客がどよめいた。
     ゲオルグは構わずロープを使ってフライング・ラリアット。衝撃で静穂はロープへ投げ出された。痛みが更に彼女を昂ぶらせる。
    『ドM変態なしずちゃん負けるなー!』
     芽生の応援に、観客から「やっぱりそこで切るんだ」みたいな空気が流れた。
     静穂がフォールされかると、マントを脱ぎ飛び出したローゼマリーがドロップキックでカットする。タッチついでに集気法で静穂を回復、派手なアルティメットモードの発動で観客が驚きの声をあげる。
     ゲオルグへ掌底アッパーを加え、ローゼマリーがフライングメイヤーを仕掛けた。息を詰まらせたところへ更にエルボー。しかしすぐさまゲオルグが頭突きでローゼマリーを突き倒した。腕を固めて立たせるとロープへ放り、雪の結晶混じりのオーラキャノンを放つ。
     ローゼマリーは苦痛を飲み下し、観客へ効いてないとアピールした。
     自分よりはるかに体格に恵まれぬ静穂が、自分と同じファイトスタイルで戦っているのだ。その姿勢に感服する。逆水平チョップで打って出ながら、ローゼマリーは叫んだ。
    「静穂!」
    「これまでの痛みを全てこの攻撃に込める! 震えろ、限界の私の体!!」
     コスチュームのベルトを解放してリミッター解除。コーナーへ上がるのに合わせてローゼマリーが、ゲオルグのキックを捕えてドラゴンスクリューに持ち込む。
    「トドメダ相棒! サァ来い、渾身のイチゲキ!」
     ローゼマリーがゲオルグの身体を肩車したところへ、静穂がダイビングラリアット。

     ゲオルグ、フォール負け。

    ●第四試合
     静穂のウロボロスブレイドが解かれ、ベルトーシカがリングを下りるのを見て聖刀・忍魔(無限六爪・d11863)は立ち上がった。
    「元気だな。ダークネスって……」
     タトゥーシールと血化粧で顔や身体に模様を入れながら、クリミネル・イェーガー(迷える猟犬・d14977)が微笑む。
    「この寒さも吹き飛ばす熱い闘いがでけるとエェなぁ」
     サポートにきている貴志・蘭花が飲み物を差し入れる。クリミネルが受け取った途端、爽やかな笑顔で首を傾げた。
    「150円です」
    「金とるんかいな?!」
     自腹でのご用意らしいので払ってあげてください。

    『クリミネル・イェーガー&聖刀・忍魔の登場です!』
     花道を犬が走ってきた。雪の中を転げ回って蹴立て、水蒸気爆発が起きたかと思うと獣皮のハイレグ衣装をまとったクリミネルが現れる。凝った演出に観客がどよめいた。続いて入場してきた忍魔が武器とコートを置くとコーナーに控える。
    「いくで!」
     クリミネルは素早いフットワークで回りこんだ。エルボーやチョップを入れては移動と、トリッキーに動き回る。一瞬の隙に踏み込んで正面から両膝でゲオルグの首をクラッチするとフランケンシュタイナー。バック転の要領で回転をかけ、ゲオルグをマットへ沈める。
     唸ったゲオルグが跳ね起きるとエルボーで反撃に出た。クリミネルのチョップに頭突きで切り返す。彼女も頭突きで応戦したが額が割れて出血、よろけたところでゲオルグのドロップキックを受けて吹き飛んだ。観客から悲鳴があがる。
    『駄犬とよく呼ばれるクリミネルさんもがんばれー!』
    「応援してるんだよな?」
     ケツァールマスクの疑問と芽生の応援を聞きながら、クリミネルは下がって忍魔とタッチ。代わりに出てきた忍魔が無表情で呟いた。
    「カモン……優男」
     ゲオルグがチョップで挑みかかる。忍魔は攻撃をしのぐとエルボー・バットで反撃した。見切ったゲオルグが腕をとってロープへ振り、鬼神変の忍魔とラリアット同士激突する。咄嗟に脇固めに切り替えたゲオルグは、掬いあげてバックドロップへ持ち込んだ。充分に受け身がとれない。
    「強い……でも、まだまだぁ! 俺の魂、もっと熱く、燃え上がれ!!」
     闘志を鼓舞する。拳を固めてリバーブローを狙うがゲオルグがかわす。と、ロープ外をやってきたクリミネルがタッチした。ロープワークでいかにもラリアットを狙っていますという動きをして見せる。
     ゲオルグが気をとられている隙に、忍魔はコーナーポストへと跳び上がった。異形化する腕に、雪の結晶がまとわりついて輝く。
    「行くぞ、クリミネル!」
     忍魔は背後からの鬼神変打ち下ろし。クリミネルは前方からのアックスボンバー。
     クロスボンバーでゲオルグがマットへ崩れ落ちる。
     ここで即座にフォールしていれば間に合った。しかし慣れていない二人は一瞬遅れ、転がって距離をとったゲオルグはロープに身を投げて忍魔へとプランチャ。リングの外へ放り出した隙にクリミネルへキックを放つ。
     足を抱えにいった瞬間、延髄切りがクリミネルを襲った。
    「まだあの人の目は立ち上がれる! 応援しましょう!」
     蘭花が観客を煽る。しかしクリミネルの受けた衝撃は重かった。

     クリミネル、フォール負け。

    ●第五試合
     女子タッグの連戦で華やいだ会場に最後に入ったのは、二人の男だった。
     ロリポップの棒を吹き捨てて、月夜がにやりと不敵な笑みを浮かべる。傍らには宮之内・ラズヴァン(高校生ストリートファイター・dn0164)。どう見ても体格で劣る相手にタッグか、とヤジが飛ぶ。マイクをとった月夜がリングへ上がり、王者の風の発動と同時に咆哮した。
    「喋ンな! ゲロクソ共! 嫌なら帰っても良いぜェ? この試合を見るにゃァ10年早ェみてェだなァ?」
     一瞬会場が静まり返ると即座にケツァールマスクが動いた。
    「観客を威圧するのは頂けんな!」
     パフォーマンスだけなら煽りだが、王者の風は観客に対する攻撃、に近しい行動と判断されたらしい。
     ケツァールマスク参戦か。一瞬緊張が走ったが、彼女は続けた。
    「試合で観客を納得させてみろ!」
     パニックテレパスでも仕込んであったのか、その一言で観客たちがそうだそうだと気を取り直す。熱気が戻ってきたようだ。
    「そうすンぜ!」
     月夜は特攻服の上着と眼鏡を投げ捨て、ゲオルグと向きあった。
    「俺を負かしたアンブレに比べりゃ……ゲオルグ! オメェなんざまだまだ赤子レベルよ! 始めようぜ……楽しい喧嘩をよォ!」
    「来い!」
     互いににやりと笑った次の瞬間、両者は激突していた。

     疲れているとはいえ、ゲオルグのチョップは抉るように重い。真っ向から受け止めた月夜がスリップでロープに投げ出され、戻ってきたところへドロップキックが飛んでくる。腹の中の空気を絞り出されながらも踏みとどまり、月夜はゲオルグの髪を掴むとコーナーめがけて投げをうった。
     コーナーポストに激突したゲオルグが唸っている間に観客へアピール。
     その月夜の背中へショルダーアタックをかけ、ゲオルグがスリーパーホールドを極めようとする。咄嗟に飛び込んだラズヴァンがエルボーでカットし、よろけたところで首を絞めつける。
     跳び起きた月夜の拳が鳩尾へ入り、ゲオルグが大きく喘いだ。続けてもう一撃入れようとした途端、ヘッドバットでラズヴァンを振り切ると月夜へはトラースキックが飛んでくる。口の中を切りながらたたらを踏み、月夜は唇の端を吊り上げた。
    「強ェなお前。が、こちとら簡単にKOされたくねンでな!」
    「お互いさまだ!」
     掴みかかってきた月夜の腕をかいくぐり、ニー・スタンプを捻じ込む。身体が浮いた一瞬をとらえてバックブリーカーで月夜をマットへ叩きつけ、フォールに入った。カウント2まで堪えたところで肩を跳ね上げ、タイミングを合わせたラズヴァンが飛び出してチョップを見舞う。
    「いくぞ、月夜!」
     体格差を利用してラズヴァンが強引に投げ技へ持ち込む。アングルスラムで投げ出されたゲオルグの身体へ、ロープを使った月夜がエルボー・ドロップ気味に雷を纏った拳を繰り出した。
    「うらあああああっ!」
     避ける暇もあらばこそ。食いこんだ拳は、遂にゲオルグをマットへ沈めた。

    ●試合を終えて
     力を尽くした女子タッグの雰囲気は和やかだった。互いの健闘をたたえ、笑いあう。
     「ゲオルグ、君にも感謝する」
     忍魔の言葉に、ゲオルグが肩を竦めて笑う。よろける彼に、最前列でゲオルグを応援していた藍が近づいて肩を貸した。気づいていたゲオルグが苦笑する。存分に観戦した隆漸も拍手でメンバーを労った。一番ダメージの重い晴香も会心の笑みを浮かべる。
     コーナーに座り込んだラズヴァンの肩にコートを掛けて、錠が肘で小突いた。
    「よォ、お疲れ。お前マジ最高に輝いてたぜ?」
    「あーもう最高に楽しかった!」
     めちゃくちゃ疲れたけどな、という言葉に皆が笑う。
     ケツァールマスクが近づいてくると、彼女が口を開く前に、月夜はつけていたネックレスを取り投げ渡した。受け止めたケツァールマスクへ真顔で口を開く。
    「いつかはアンタと戦いたい。その時まで預かっててくれねェかね? 期待してねェなら……握り潰しても良い」
     マスクの下で、確かに彼女は笑った。ぐっと拳を握りこむ。
    「預かっておこう。だが女を待たせるものではないぞ」
     そう答えると一同を見渡す。
    「おまえたちとの戦いは悪くない。よいプロレスだった!」
     観客からも健闘をたたえる歓呼が再び上がった。
     身を翻し、ケツァールマスクとゲオルグが花道を去ってゆく。求める以上のエンターテイメントを供された観客からの賛辞を背に受けて。

     いずれまた彼らとまみえるであろう、その時に。
     灼滅者たちは心地よい疲労の中で思いを馳せていた。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年2月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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